長距離移動のあとに感じた「帰る場所」の感覚。実家と自宅、今の私がほっとできる場所について静かに考えた日。
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サマリー
語り手は長距離移動を経て東京の自宅に戻り、「帰る場所」について考察する。実家と自宅、どちらも安心できる場所だが、自分で選び作り上げてきた自宅に特別な居場所を見出す。帰る場所と、おかえりと伝えられる相手がいることの幸せを噛みしめる。
長距離移動と姉への感謝
こんばんは、すみのひとりごとです。
9月7日ですね。
昨日の毎日記なんですけど、
お休みします。
少し毎日、お休みしておりました。
後で40日から東京の自宅へ、日曜日に戻ってきました。
今回は、姉の車に乗せてもらっての移動で、
10時間くらいかかったんじゃないかな。
夜中の1時くらいに出発して、
私がちょっと作業があったので、
それが終わってからパソコンとかをしまって、
出発する感じになったんですけど、
今回の移動、正直なかなかの荷物量だったんですよね。
段ボールが4つ、小さめのものも2つ、
あとキャリーケースが1つ、
あとコマコマとした手下げっていう感じで、
なんでそんなに多いのっていうところはあるんですけれど、
半分でも積み込めたらありがたいと思っていたんですけど、
全部積み込んでくれて、東京の自宅まで運んでもらえたっていうのは、
本当にありがたいことでした。
荷物ってね、自分の過ごしてきた時間そのまんまを表してはいるんですけれども、
今回は本当に東京の自宅を出る時から、
とりあえず積み込んでという感じでスタートして、
今度実家から東京に移動するってなった時も、
とりあえず積み込むっていう感じにはなってしまったので、
実際本当に自分の余裕のなさとか、
ドタバタしていたなという感じがそのまんま出ている荷物ですね。
移動中はね、車の中でいろんな話をしながら、
特別な話をしたっていうわけではないんですけれど、
久しぶりに兄弟で話したっていう時間でしたね。
途中で仮眠を取ったりはしたんですけれど、
それでも10時間で帰って来れているっていうのは、
本当にすごいことだなと思います。
何より運転してくれた姉に、迎えに来て拾ってくれた姉に、
本当に感謝しております。
長距離を運転するっていうのは、想像以上に神経を使うはずで、
今回は途中の道中っていうんですかね、
車の窓から見えた景色っていうのが本当に霧が濃くて、
助手席に座っているだけの私ですら少し怖いと感じる、
かなりだったかな、結構怖いなと感じる瞬間が多かったですね。
自宅への帰還と達成感
東京の自宅に着いてから、今度は荷物を運び入れる作業なんですけど、
マンションの方で台車を借りて、2階に分けて玄関まで運んで、
実際その事前でちょっとした達成感はあったんですけど、
全く達成感ではなくて、これからまだ段ボールを開けていくっていう工程が残っているんですけど、
完全に戻ってきたというよりかは、まだ移動の途中のような感じで、
少しずつ戻っていくそんな感覚になっております。
月曜日から普通に在宅のお仕事もスタートして、
久しぶりに自宅のお風呂に入って湯船に浸かってっていう時間を過ごすと、
戻ってきたなっていう身体に感じる幸せというか、ホッとできるものがありまして、
身体の疲れはまだ完全に回復しているわけではないなっていうのはあるんですけど、
この日曜日、月曜日、いつもよりかは早く寝て休めたつもりでいます。
実家にいる間ずっとシャワーだったんですよ。
寝る場所は自宅とは全く違うので、どこか身体が微妙に緊張している状態。
自宅に帰ってから感じたのが、生活する場所、寝ている場所、リラックスするお風呂だったり、
そういうのって本当に身体に影響をしているんだなと、小さな蓄積に近いですよね。
「居場所」の変遷と自己肯定
子供の頃は実家が一番安心できる場所だったはずなんですけど、
今は自分の自宅があって、帰ってきたと思える場所にはなっていますね。
自分で選んで、自分で作ってきた空間、そこには自分の好きなものがたくさんあって、
私にとっては住み子暮らしのぬいぐるみたちがいるっていうこの空間が一つの安心の形で、
居場所って誰かに与えられるものから、自分で育てていくものに変わっていくのかもしれないなと思いました。
人との繋がりと帰る場所の幸せ
あと、今回の帰省で神戸で会えた人たちのことも思い出してはいましたが、
神戸で会えた友人や知人、そして東京にいる友人や知人たちともメッセージで
お帰りただいまっていうやり取りをすること、その言葉を交わせること自体がすごく温かいことだなと思いました。
本当に帰る場所があることと、帰ってきたよって言える相手がいるっていうこと、
その両方があるっていうのはすごく幸せなことですよね。
霧が濃くてって言ったんですけど、移動中ちょうど富士山が見えるかなっていう山梨あたりを通り過ぎながら、
このあたりに多分こっち側に富士山が見えるんだよっていうのを話しながら、見えないまま通過っていう感じにはなったんですけど、
見えないけどそこにあるって分かってるものね。ちゃんと存在もしてるし、今は見えないだけっていう、
それでも進んでいくしかない、進んでいけばまた景色が変わっていくよっていうのを自分の今を体現してるような感じがあって、
ちょっと感慨深いものがありながら帰ってきました。
とりあえず本当に段ボールを開けていかなければならない日常が残ってはいるんですけど、
帰る場所があるということにちょっと幸せを感じた小絵日記でした。
締めくくり
炭の独り言でした。
今日はここまで。また明日も話せたらいいなと思っています。ありがとうございました。
ちょっと聞き苦しいですよね。すいません。
08:14
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