1. 水中の会社員たち 〜30代ふたりの雑談Podcast〜
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17|綺麗な発言のつまらなさと印象に残る言葉/論理的思考や言語化偏重への懸念
2026-09-23 47:38

17|綺麗な発言のつまらなさと印象に残る言葉/論理的思考や言語化偏重への懸念

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◆トピック

  • 過去に聞いたことをなぞるような「綺麗な発言」に、新規性のなさやそれ故のつまらなさを感じる中で、どのような発言だと印象に残るのか。
  • 論理的思考や言語化できることが重要視される現代社会で、直感が軽視されていることへの懸念。


◆番組内で言及した本

ノヴァセン 〈超知能〉が地球を更新する

[著]ジェームズ・ラヴロック、[監訳]藤原朝子、[訳]松島倫明

https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000818152020.html?srsltid=AU7gw4X995Um3Ui4lWh_3BNJJT1DjwldCcOw_AU8kbGv5ggoUI_Ei3aS


出演:村田、中野

収録日:2026年9月14日

感想

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サマリー

村田と中野は、タウンミーティングで聞いた高校生の発表や、海外経験を得意げに語る大学生の会話をきっかけに、既存の価値観をなぞる「綺麗な発言」のつまらなさを話す。一方で、「平和は綺麗なんですよ」と述べ、身の回りを綺麗にすることから平和を築くと語った参加者の言葉は、駅前掃除という実践も伴っていて強く印象に残った。印象的な言葉には、経験や本人なりの解釈が乗っていることが重要だと整理される。

夏休みの過ごし方と日常の発見
夏休み、開けた? そうやね。開けましたわ。
どうやった夏休み? 夏休みは、どうやら、まあ、あんまりどこか行ったわけじゃない、どこかっていうか、その遠いとこ行ったわけじゃなくて、
ほんまに一人の時間が5日間あったって感じ。 ほほほほ。貴重な。
うん。 そうそう。だから、行きたかった銭湯行ったりとか、それから土砂カム。
土砂カムなんか近くに2、3軒あって、その、味比べするとか、そういうやりたかったことを全部潰してったって感じ。
めっちゃいいやん。めっちゃ素敵な。 そうそうそうそうそう。
おむつが外れたら子供とも一緒に行けるよみたいなの銭湯で、そのスーパー銭湯じゃなくて地元のちっちゃい銭湯なんやけど、なんか、子供用の袋とか、その浅い袋みたいなのがあったりとか、
子供スペースみたいな、子供が遊べるおもちゃが転がってるスペースがあったりとかで、結構こう、なんか地元の子育て世代に愛されてるみたいな銭湯で。
めちゃくちゃいいやん。 それもすごい。
そうそうそうそう。それがそこのこうなんていうかな、事前調査というか。
うん。 みたいにちょっと行ってみたって感じやね。
成長したらここ行こうみたいな。 そうそうそうそう。
いいねーなんか、めっちゃ平和な、平和夏休みやな。
そうやな、もうでも最高やな。俺がほんまに最高やなって感じさ。
最高やった。
いいですな。
今日はどうでした?
今日はあれっすわ、いよいよ俺も子供成長エピソードというか。
お、ついに。
あの、保育園から今日、なんか初めて、保育園で作った製作物を持って帰ってきて。
あとはクレヨンでこう横に円が入ってるだけの絵というか、描きというか。
だけど、確かにこれを捨てれへんなっていう感じやな。
分かる。俺だって壁に貼ってるもん。今目の前に。
これはな、やっぱ親から見るとアートやねんな。
アートであり、成長の証であり。
いやなんか、あんまり横がってなかったけど、
もうそのやっぱ、ペンを持って紙に描いてるって時点ですごいもんな。
精神を感じるっていうなんか。
ほんまにほんまに。これやな、あかんステップ超えてるもんな。
2個ぐらい。
それがすごいことなんやっていうのを気づかへんから、
なんでこんなん飾るんやと思ったけど。
学校がおらん時は、そういうことやなって感じを。
めっちゃ受け取るもんがあるからな、こっちからすると。
子供の感性のポテンシャルに対して。
そうだね、こういうのを感じた1日でしたわ。
どうですか、村田は。
俺はね、今日はね、あの、ジーパンを下ろしました。
おぉ。
新しいジーパンを。
はいはい。
ジーパン持ってなかったと言っていいでしょう。
ジーパン持ってなかってん。履けるやつを。
で、そもそもデニムあんま好きじゃないというかさ、こう窮屈やから。
はいはいはい。
あんまり履いてなくて。
でもやっぱりかっこいいなって思うからさ。
1本ぐらい持っててもいいかなっていう気持ちもあって。
欲しいなとは思っててんけど、買えてなかってん。
何、なんか種類が多すぎて何買ったらいいか分からへんから。
まあまあまあまあ、確かに。
リーバイスとかもさ、なんかいっぱい形あるけど。
うん。
まあリーバイスだけじゃなくてもいっぱいあるけども、世の中にデニムがあふれすぎて。
何を買ったらいいか分からんから。
うん。
買ってへん買ってん。
はいはい。
けど、昨日、あの、服屋さん行って、久しぶりに。
久しぶりに服屋さん行って、ちょっと出会ってしまって、デニムに。
あら。
これやったら買っていいかなって思えるやつに出会って、
で、それを今日、あの、翌日におろしたと早速。
そらな。
でもこれも、買い立てってやっぱり大事で、取っときたくなる気持ちもあるんやけど、
そういうことやると、ほんまにいつまでたっても吐かへんから、俺の性格上。
そうね。
そうやね。だからもう翌日にもうガシガシ履いたれと思って、
今日もう会社に履いていったと。
あ、会社に。
うん。会社にデニム履いてきましたわ。
あら。
だからちょっとこう、あのトイレ行った時とかも鏡の前にいる時間が長い1日やったかな。
うん。いやもう次の日が一番楽しいからな。
ほんまに。
なんなら帰り、履いて帰りたいぐらいもんな。
あ、わかるわかる。ちょっと恥ずいんやけどな。履いて帰りますわが。
そらな。
気持ち的にはな、ほんまに。
あーいいですね。しかもやっぱデニムの経年変化というか、それも楽しめるし。
そうやねんな。なんかやっぱりもう35にもなって、
そろそろなんか同じのをしっかり長く履いていきたいなぐらいの感じになってきてるからさ。
はいはいはい。
ちょうどいいかなっていう。
うん。
そんな1日やったね。
いいね。テンション上がる1日やね。
綺麗な発言と印象に残る言葉
さあさあというわけで、テーマ的なもんに行きますか。
そうですね。
まあそうやね。このテーマに関して言うと、
最近そのタウンミーティングをね、2週間くらい前行って、
なんかタウンミーティング自体はいろいろ語り口があるから、
まあ今後も出てくると思うんだけど、その1エピソードとして。
なんか、なんていうのね、
なんか高校生がなんかちらっと5分10分話してくれて、
それをみんなで聞くみたいな時間があってんけど、
でその高校生っていうのが中学生の時に、
長崎だけか広島もかちょっと忘れたけど、
その英語学習みたいなのをなんか行ってた。
でそれはそのクーが派遣して、
広島とか長崎とかも英語学習しに行ってみたいな感じで、
おー。
いう背景というかバックグラウンドがあって、
で多分そこでこういろいろレポートとか書いてたのを、
なんか発表しましょうみたいなパートとして、
そのタウンミーティングも来てたみたいな感じ。
へー。すごい意識高いな、その子。
そうそうそうそう。
でまあ意識高いから、なんかほんまに発表もすごいしっかりしてて、
まともというかやってんけど、
その結論がなんかその、
英語を持続させるためにどうしたらいいかみたいなの、
なんていうかテーマで喋ってたんやけど、
そういう問いを自分自身が持ち続けて、
生き続けるんやみたいな、そういう結論で、
なんかまあうんと、
はいはいみたいな感じちょっと俺は受け取ってしまったんやけど、
テンプレ的なというか、
少しな、確かに。
まあまあはいはいみたいなちょっと感じで、
高校生からっていうのもあるし、全然あれないけど、
その悪い意味でもなんもないけど、
そういう受け取るようなシーンがあって、
それが一個特徴的な印象というか、
あのミーティングにおいて思ったんやけど、
うんうん。
なんか別、全然違う日に、
映像にザクスの奥さんと飯行ってた時に、
なんか隣に、隣かちょっと、隣に隣れたかもしれんけど、
なんかまあ近くに座ってる人らの会話が聞こえてきて、
うん。
なんか会話口、会話の口調的に多分大学生で、
で、おそらくなんか和世田とか、
そのちょっと優秀そうな、
賢いところや。
そうそう学生でなんか喋ってなき声、
なんかほんま大声というか、
声デカいから聞こえてきてしまってたんやけど、
なんか海外行ったらその子はちょっと短期留学とかしたんかな、
なんかそれでなんかヨーロッパはこう、
なんていうかな、ヨーロッパの県内はさ、
国間移動ができやすかったりするやんか。
そうね。
とかなんかロシアはちょっと今危ないからどうのこうのみたいな、
とかこう、その友人に対してこうすごい自信ありげにというか、
こうどや感を持ってね。
世界を見てきたと。
そうそうそうそう。
なんかそういうのをね、見てて、
なんかこういうすごいテンプル的な、
さっきのタウンミーティングの高校生もそうだけど、
すごいテンプル的なところを、
なんかもう真正面に語れるっていうのはなんかまあ結構、
ちょっと気恥ずかしいというか、
ちょっと俺にはできないムーブやなとはちょっと思って。
はいはい。
うん、なんかもうすでに共有、共浮遊されてるような価値観とか、
なんていうのね、概念みたいなのを、
なんか口もごもごせず喋れるというか。
綺麗になぞるというかね。
うん。
それはなかなかできないなとは思うねんけど、
なんか一方で俺は結構なんか、
仕事とかでは結構ベラベラそういう、
当たり障りのない発言とかよくするなと思って。
あ、そうなんや。
まあなんかこの円滑に物事をね、説明したりとかするときに、
こうまあシナジーがどうだとかも。
シナジー。
常味使うし。
最近全員が使う言葉やな。
シナジー。
そうそうそうそう。
なんかそうだね、なんかそういう日常では使わへんけど、
なんかそういう滑りの良い言葉みたいなのが結構あるなと思って。
まああるね。
仕事文脈で使ってればいい感じになる語彙たち。
そうそうそう。
滑り良い言葉と滑りが悪い言葉と、
なんか多分それぞれありそうな気がしてて。
でなんかその、ちょっと話はずれるかもしれないけど、
タウンミーティングで俺が一番印象に残ったのが、
なんかその高校生じゃなくて別の人なんやけど、
平和は綺麗なんですよみたいな発言をしてた人がいて。
平和は綺麗なんですよ。
綺麗は平和と密接につながってるみたいなそういうニュアンスだと思うんだけど、
インパクトのある言葉でなんかパンって言ってて、
でそれは要は平和持続というか維持するためには結局まあ、
身の回りを綺麗にしておくというか、
それは街中とかもそうだし、
そういう綺麗にしておくとなんか心が晴れやかになって、
人付き合いとかもまあなんか心地よい関係で築けていくから、
平和を築く第一歩として身の回りを綺麗にしておくのが大事だし、
それをしっかりやるべきなんやみたいな発言をしてて。
だいぶ身近なところまで落とし込んでいったんやな。
そうそうそうそう。
大きなゴールから。
そうやね、なんかその発言がむちゃ良くて、
でかつその人はこのターミーティングの日も駅前掃除してきましたみたいな。
すごいね。
だからもうなんかその経験とかも乗っかってるし、
そのメッセージ性もインパクトあるしで、
なんかすごい、
俺なんかそのターミーティングが一番印象に残った言葉がそれやて、
でかつなんていうかね、
その平和と綺麗というかクリーンなところっていうのはあんまり直接的に結びつかへんけど、
ひとまとめにしてメッセージ出してみたいなところがあって、
なんかかっこええなと。
結構距離があるよな、平和と綺麗、身の回りの綺麗さって。
なんかその距離を一足飛び飛ばして、
でかつ経験でその間を補ってるかみたいな。
めっちゃかっこええな。
かっこええな、確かに。
その人の乗っかってる発言みたいなところとか、
あとはその滑りが悪いけれども、
なんかこう自分で考えた発言というか、
その辺が結構俺は大事にしたいなと。
なるほど。
いう思いがあって。
だからなんか、そういう印象に残った言葉とか、
最近なんかあれば、
どういうジャンルで印象に残れるのかというか、
みたいなところがちょっと気になったなというところかな。
今話聞いてて、もうほんまに今パッと思ったけど、
印象に残ると記憶に残るって微妙に違うよな、ニュアンスが。
確かにね。
経験が言葉に厚みを与える
なんか俺が記憶に残ってんのは、
小学校の時の、小学校6年生の時に担任の先生に言われたというか、
担任の先生が多分好きな言葉で、教室に張り紙貼ってたんかな。
継続は力なりっていう。
真正面だ。
モットーが、俺はもう未だにそれをこう、
そういうの言ってはったなって覚えてるし、
自分のモットーにもなってるっていう。
ちょっと内面化してるっていうのはあるんかもしれんけどな。
めちゃくちゃ記憶には残ってる。
そうね。
確かにそう言われると確かにな。
それは記憶、やはりモットーでもあるね。
確かに。
印象に残ると。
そういうことじゃないんやと思うね。今言ってんのは。
そうやね。なんかちょっと違うかも。
で、これはどうかなっていうのはちょっと共有したいのが、
これは俺的には印象に残ってる言葉と言っていいんちゃうかなって思ってるんだけど、
最近読んだ本で印象に残ってるフレーズがあって、
まず著者がほぼ100歳やね、その本の。
そう?
めっちゃすごい人が書いた本やったけど、
そのほぼ100歳の著者が書いてた文章、エッセイ的な部分で、
100年経った今でも祖母の庭の細部まで思い出すことができるっていう文章があって、
これをめっちゃ俺的には印象に残って、
なんでかっていうと、どういう文脈で語られてたかっていうと、
そのロボットとかAIみたいなその電子的な生物、
まあ電子的な生物って言ってあったんやけど、
の持ってる記憶力と、
俺らみたいな人間の記憶力どっちが優れてるんかみたいな文脈で出てきた言葉で、
その人が言って話す出来事の強度によって、
記憶力の保持される時間が変わりますみたいな言ってあった。
この著者にとっては、
子供の頃のおばあちゃんの庭で過ごした時間っていうのが出来事の強度がめっちゃ強くて、
100歳経った今でも鮮明に覚えてるっていうであって、
なんかもうこの言葉がその、
発言者が歳とるごとに威力をどんどん増していく言葉であるし、
一方で親としての立場から見ると、
なんか自分の小っちゃい子供が大きくなっても、
そういう風に記憶に残ってくれるようななんか体験をさせてあげたいみたいな、
なんかそういう親目線で受け取るものもあって、
なんかこれがやけに印象に残ってるな、その分厚い本の中でも。
それはだいぶ、
もうちょっと、
泣けるレベルでいいもんな。
ちょっとグッと狂うねんな。
やっぱその時間乗っかってんのはやっぱやばいな。
そうやね。
そのなんかこう、具体何かがあったからその庭の端っこ覚えてるの?それは。
うん、なんもない。
なんかもうあれば、空気感というか、
おもろかったっていうその感情ってことやんな。
そこは何も語られてないね。
語られてないね。
けど別に何かをつぶ立てて書かれてるわけでもなくて、
おそらくは何でもない日々やったけど、
きっとなんか印象に残って、なんか覚えてないんやろうなっていう。
まあおそらく楽しかったやろうし、
ばあちゃんの、ばあちゃん家の庭って。
それは熱いね。
いや、ほんまにやから、やっぱ経験が乗っかってるとおもろいというかやっぱ厚みが出るんやろうな。
うん、この経験の威力はえぐいよな。
だってもうほぼ100歳の人が言うてはるってそんな、
身の回りにそんなおらんもんな、まず大体100歳の人って。
絶対ほんまやもんな、なんか。
ほんまこの人にしか言われへん、発言というか。
何かをなぞってるわけでもおそらくないし。
そうだね。
まあテンプレでもない気もするしな。
なんか、そうだな。
それがこう、例えば、ばあちゃんの固みがどうやとか、
何かそこに帰着してると、何かもっと安っぽくなってたらな。
テンプレ感増すな。
確かに。
何か例えば、ある自然の景色を見たときに、
そこに咲いていた花がおばあちゃん家の庭に咲いていた花と同じで、
おばあちゃん家の庭。
もう何か味気ないね。
思い出しましたみたいな。
そうなるともういよいよな。
いよいよやけど、そんなんじゃないから。
もうシンプルに、100年たった今でも、
祖母の庭の細部まで思い出すことができます。
もうシンプルにこれやから。
いや何か、こうやってこう、あいくとかを楽しめるようになってくるんかな。
おそら思える。
やっぱ庭っていうのが、何て言うのね。
確かに、部屋とかじゃないもんな。
そうそうそうそう。
なるほどね。
だから、そうやな。経験が乗っかってるし、
かつこう、その人ならではのというか、
まあ結局経験があるからこそ、その人ならではになるっていう話なのかもしれんけど。
そうなのかもね。
まあでもその早稲田の子も、言うたら経験してると言えばしてるから、
そうやねんな。
あれなんかな。自分の経験の範疇を超えた発言をしてるのかもしれんな。もしかしたら。
それもあるよな。
祖母でかいみたいな。
一回行ったっていうそのベールをまとってな。
そう、それだけでヨーロッパはこうだ、ロシアはこうだ、
と言うてるそれに対して引っかかるんちゃう。
それもあるかも。
が、まああれかな。
その言い回しがあまりにテンプレすぎる。
いや、俺はちょっと高校生問いをし続けるみたいなのも、
ちょっと苦笑いしちゃったもんな。聞いてて。
ちょっと気弾な手紙。むずかゆくて。
まあ、むずかゆさはわかるかもしれんな。
しかもそれをこう、正々堂々言うてはるわけやろ。
そうそうそうそう。
きっと多分どっかで聞いた言葉なんやろうしな。
その子らにとっても。
そうやねんな。
そうやねんな。
なんかその辺の雰囲気というか、どっかで聞いた感が感じられてしまってね。
ちなみに興味本位やけど中野はなんて言うたん?
俺はえっと、これはかなりテンプレ的な回答を俺はちゃんとしてんけど。
あえて?
そう、あえて。
タウンミーティングっていう公共のあれなんで。
まあなんか平和を持続させるにはみたいなのを
各々の結論を話していくときに
俺は結局その平和が損なわれるっていうのの大きな要因というか原因は
他社会の創造力の欠如なんじゃないかと思いましたと。
他社会の創造力の欠如っていうのをどうやって補っていくかっていうと
結局他社との会話であるんじゃないかと。
なので補っていくためには他社と会話していく。
でもなんか雑談というか日常の会話においては
例えば平和がどうやとか戦争がどうやとかっていう
こうシリアスなテーマってなかなか会話できないよねと。
なのでこういうタウンミーティングみたいな
こういう場があれば全然知らない人とかでも
平和についてどう思いますかみたいなのを色々議論できるんで
こういう場がきちんと持続できるように
自ら足を運ぶことですっていう
すごいこう
絶妙やな
タウンミーティング向けに発言した
そうやね
よいしょした発言
締めはそうしまったけど
でも始め良かったけどな
そうそうだから始めのインパクトでそのまま突っ切ったね
なんか別にすごい学びのあるコメントな気がする
テンプレなぞってる感はあんまり
最後の最後の最後だけ
気に使ったってことやと思うけど
職員さんにてか区長が近くにあったけど
区長に向けて話した最後
30代のな30代の技を見せたわけや
そうそうそう仕事に
ちょうど平和はこの人って思ってもらったんちゃう
それで区長から最後のフィードバックというか
結局タウンミーティングって何でしてるかっていうと
いろいろ区民からの声聞いて
区政政策とかに役立てていくための
材料として使うよみたいなので
区長が全部話聞いてて最後
いつぐらい区政に導入が来るのか
持っていきますみたいなの一個が
まさにこのタウンミーティングはやっぱり
持続させていかなあかんって思いましたっていうのを
言ってたからこれは俺の成分が一個出たんちゃうかな
ほんまやな貢献してるな
っていう事故もあるんだよ
気持ちよく追われたんちゃう
この結論というかあれで言うとやっぱ
経験を乗せていくっていうか
言葉の厚みというかになっていくからね
前もちょっと話したけど
やっぱ何をしてきたかっていうのが
その人のおもろさになってくるんやな
確かにな結局そこかな
やっぱ薄っぺらい発言の人っておるもんな
その年重ねてとて
そうやね経験が全てってわけでもなくて
そこの解釈自分なりの解釈をしていくっていうのはやっぱ大事か
でもほんま積み重ねな気するな
なんとなくじゃなくて毎回ちゃんと引っかかって
考えて行動して発言してっていうのをやってったら
なんか10年後とかに
その人間としてのおもろさに差は出てそうな気するな
なんかそうだな
そうなるためにも日々積み重ねていきましょうと
そうですね
いい整理になったじゃないですか
村田の話に
うんうん
俺はね
これもね本読んでて引っかかったところで
テーマとして提供したんやけど
自分の中で全く考えが1ミリもまとまらんというかね
論理的思考と言語化偏重への疑問
テーマが言語化や論理的思考のデメリットっていうテーマで
本の中で
最近、現代はその論理的な思考であるとか
言語化できる事象であるとかを基本的に重要視してますと
だから非論理的なことであったり言葉に言い表せないことは
逆に言うと軽視されてますと
そうですね
例えば直感とか
直感的にこれが良いと思いましたって言っても
仕事とかやったら分かりやすいけど
いやいやそんなんちゃんとロジカルに話してくださいって絶対言われるし
でもその直感ってそんなに過小評価されてて永遠かということを書いてあって
これ確かにそうかもと直感したわけですね僕は
ほんで色々その後にテーマを提供した後に自分の中で
じゃあ例えばどういうデメリットが
その論理的な思考とか言語化変調の現代にどういうデメリットがあるんやろうかとか
自分の経験に照らし合わせてとか
なんか直感で動いて良かったこととかっていうのを考えたんやけど
なんかねあんまりこれやっちゅうのがなくて
行き詰まって今に至るという状況なんですね
だからこれはもう没ネタになるかもしれないと思っている
この人この著者が言うてはったんは
研究者いろんな肩書きある人やねんけど
研究者としてすごい広い分野の研究をされてる人で
ある分野とある分野のアイディアをガッチャンコして
直感的にこれガッチャンコしたらいいアイディアになるんじゃないかって言って
ガッチャンコしたらめちゃくちゃいい発明ができたっていう文脈で
こういうこと言うてはったん
それは直感によるものですみたいな
その直感っていうのはどういうところから来てるかっていうと
例えば職人の勘であったりとか
それって一朝一夕に養われるものじゃなくて
これまでの経験とかを通して
養われる第六感っていうの
みたいなもんやと
だからそんなにこう軽視しすぎやんでもええんちゃうかと
言うてはったんこの人は
なんか分からへんけどプロスポーツ選手のほんまに
人間離れしたプレーとか
分からへんけどプロマージャンシーのなんかとか
なんかそんなんとかも直感から来てるんやろうな
そうやな
より野生的というか
でもう一個言うてはったんは身の危険があった時に
ヒュッて体避けたりとかピタッて足止めたりとかすんのも
まさに直感で
ロジカルに考えてそういう行動を取ってるわけではないから
やっぱ直感っていうのは生物的にも絶対必要なことやし
それが人間になって言葉を操れるようになって
そういうのが他の動物に比べて
過小評価されてるというか
それはやっぱりなんか裏目あるんちゃうのみたいな
そのテーマを受けて
ちょっと俺の解釈があれだったけど
なんか言語化できないもんもあるよねみたいな話かなと
デメリットというよりはそっちで考えてたのがあったから
ちょっと発散させる意味でベラベラ話すけど
言葉にできない感情と結婚の理由
なんかやっぱ言語化できないもんはやっぱ確かにあって
何なら言語化しようとすると野望みたいなところもめっちゃあるなと思ってて
パッとその時思ったのが結婚する理由なんてか
全部を語り切るなんて到底無理やん
やっぱり語り切ったら野望というか
なるほど確かにね
ダサいというか
これとこれとこれとこれです以上
そう
絶対よくない
その会話というかね
飲み会の場とかで結婚した理由とかをベラベラ話すときはさ
表向きのというか表に出せるというか
明らかなわかりやすい言葉をとりあえず差し出してると思うんだけど
当然それが全てではないし
言語化できない部分がむしろ多いというか
それが結局居心地がいいだとか
またまた長年付き合ってもうたから
時間的なところがあって
情けというかちょっと言い過ぎかもしれんけど
そういう感情もあって結婚するとかもあるかもしれんけど
それをひっくるめて
情けとかでも言い表せない何かみたいなのがいっぱいあると思って
っていうのを考えると言語化できないものなんて当然あって
むしろみたいなところはあるなと
あと映画を見て急に具合が悪くなるっていう映画を見て
俺はあれ3時間ぐらいの映画ないけど
偶然とかたまたま起こることによる奇跡みたいなところを
追体験というか映画を通して体験できて本当に感動してるけど
それをこう偶然っていいよねとか
偶然って奇跡だよねみたいなのを言語化してベラベラ語ったところで
俺はあの感動を覚えなかったよなと思って
なんかその辺にヒントがなんかないかなと思ったり
たしかに言語化したら急にしょうもなくなるみたいな
良さみたいなのがあるんやろうなと解釈するか
俺が今中野の話聞いてて思ったのがその
結婚の良さみたいなメリットみたいなのを言語化するのがやぼやっちゅう話でもあり
言語化は結局到底しきれるものでもないという話でもあり
でもなんかこう結婚せえへんかった時と結婚した時で
どっちの方が良かったと思うかって聞かれたら
結婚した方が良かったと思うと思うんやけど
でもそれをロジカルに説明はできひんような気もする
例えば経済的にとか精神衛生的にとか
プロコンを並べたとて説明しきれへんというか
でもなんか別に俺はほんまに結婚して良かったと思ってるし
みたいなことなんかね言語化できへん良さみたいな
なんならそっちの方が大事な気もするもんか
プロコンを並べた並べきったとして書ききれない何かの方が
確かに確かに
だからそれが聞いては直感みたいなところにあってるかもしれんけど
なんか直感的にそれを限っとるみたいなのもあるんかもな
例えば結婚する前に結婚したいって思う時になんか
こうこうこうこうこういう理由で結婚したいっていうよりかは
なんか結婚したいみたいな
それは直感なんかもしれへんよな
そうだな
その直感というのはすごい短時間のインパル
なんていうかパルス的な感じやけど
もっとなんかじんわりとした直感みたいなのもあるんかな
なるほど
ひらめきとかではなく
感みたいな
そうかもしれんけどな
そういうのがありつつ
その直感とかが軽視されてると思われるかもしれへんけど
なんか実はそんなに軽視もしてないんじゃないかと思えたりして
今の結婚の話もそうやけど
データと言語化の役割
あとなんか一個前の部署が結構データとかを扱う部署やって
なんかこう
いろんな数値分析してみてこんな結論が出ましたみたいなのを
偉い人とかに見せたりしててんけど
その時にこう
なんかみんな
多分そうやろなって思ってるのが
ちゃんと数値化されてやっぱそうやったかってなるのがむっちゃ多かったね
例えばなんかこの部署はむっちゃ忙しそうやけど
っていうのをなんとなくみんな共有してるんだけど
数値的にも確かにやっぱ残業時間が多いみたいな話がすごい
簡単なレベルではそんな感じじゃないけど
なんかっていうのをすごい
結局なんかその
直感とかみんながなんとなくそう思ってそうなやつを
保管している関係にデータがあるなとその時すごい思って
つまり言語化っていうのは
みんながそれっぽいというかなんかこうかもしれへんっていうのを
思ってたのを
なんかみんなの共通理解というか共通認識にさせるためのツール
なんかもしれへんと
それは別に本能とかその直感みたいなやつを
別に否定してるわけじゃなくてただただ保管関係にあるというか
なるほどなるほど
どんどん解釈が難しくなってきたな
なんかそれはこう言語化がうまくいった時の
好事例みたいな考え方もできるのかな
例えばその保管ができませんでしたと
うまく言語化できませんでしたってなった時に何が起こるのかなと思って
こうしたらもうあかんやんって
で、却下されるんやったら
なんかみんなの直感が軽視されてる
確かに
気もする
それはそう
気を保管しきれてないもんな
結局さこういう話をしてるのも言語化して喋って
自分たちの思いを交わしてるやん
だからこのテーマを挙げた時に難しいなって思ったんが
こうこうこういうことですって説明しようとすると
その枠にハマってしまってるから
俺何してるんやろってなって
行き詰まったっていうのがあるんやけど
そもそもが不可能なテーマなのかもしれんけどな
ポッドキャストにするのが
あれだね
願いが叶いませんようにって
願い事するのと一緒な
そうそうそう
なんとかのパラドックス的な
その類なんかもしれん
まあ確かに言語
まあそんなにそうだな
ちょっと思ったのは言語化しちゃうと
世界に共有されるから
自分のもんじゃなくなると
あー
なんか良さそう
自分は軽視してへんと思うねんな
はいはいはいはい
言語化できへんもんとか直感とかって
でも社会が軽視してるというか
それはその
なるほどね
個人は多分めっちゃ大事にしてると思うんだよな逆に
この言葉にならないこの感情みたいな
あー
だからこれを流通させるためのツールでしかない
というか
結局劣化版な気がする
自分の中にあるこの言葉にならないこの
なんというかなんとも言えないこの形のこの素晴らしい
こいつを世に出荷するってなった時に
こうまんまるく加工して流通させるから
結局ちょっと削れてますみたいな
劣化版ですみたいなイメージだけど
そうだね
私はそのまるく切り抜くときというか
削れてしまう部分をなるべく小さくしようとするっていうのは
なんか言語化の努力しましょう感が出てくるな
そう
でも結局そうなんじゃない流通される
でもそうなったらあれだな流通させる
社会のルールとして
それを加工しましょうっていうルールになって持ってるから
社会からしたらその言語化を努力しましょうってなると
そうだね
宿命なんかもな
直感と公平性のジレンマ
言葉というツールを使うと決めた
私なんかパッと思いついたのを言うけど
入社面談とかでさ
結局顔がいいやつの方が成績いいみたいな話もあるやん
あるね
あれは多分結構本能的なというか直感的なというか
が悪さしてるって言ったらあれやけど
そういう結果を招いてしまってる気はするやん
どういうことやろ結果を招いてしまって
いい顔の人の方が取れやすいってことはさ
本能的にというか直感的に
顔が整ってる人の方が仕事できるやろうなとか
そういうのを感じとってるわけやんか
だからこそルッキズムがどうやとか
そういう話になっていくやん
直感に従ってしまうと
社会のルールにおいてあんまり良くないとされることが
発生してしまう可能性もあるのかもしれないと
直感を大事にというか直感が
その意思決定に反映されてしまうと
社会が崩壊するみたいな
平等な公平性がなくなるというか
きっとその先には良くないことが起こるんやろうな
そうだよね
社会を回していくためのほんまになんか工夫なんかな
な気もするよな
ベストじゃないけどベターですみたいな運用をしてるんかもな社会が
例えば全員が直感を信じたら
めっちゃこうめっちゃ良い結果が出るかもしれんし
良くない結果が出るかもしれん
すげえ変動があるけどみたいな
なんかこう直感とはちょっと違うけど
親の背中を見せていきたいというか
勉強しろというよりは勉強してる姿を見せて
子が勉強してくれるのを祈るというか
そのスタンスになりたい感あるやん
それが理想やな
気づくためのおせんだ手間でしかやれへんというか
結論を出さずにもやもやを残す
良いのもあるよなこの言語化しないっていうところで見ると
言語化しない選択ね
これはもう到底結論なんて出えへんし
なんか整理される整理できるようなテーマでもないなこれは
もやもやして終わる感じか
まあそれも良いんじゃない
そうですね
もやるけどしょうがないもんな
まあまあいろいろお互い掘ってみたんで
利き手がどう思うかって思うので
利き手に委ねるパターンでいきましょう
いやーすごい良かったよ
哲学対話的で
以上にしますか
はい
ではでは
はい
お疲れ
またねー
47:38

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