1. 素顔会議
  2. 「プラダを着た悪魔2」を観た..
「プラダを着た悪魔2」を観た母娘の感想【番外編】
2026-05-03 55:15

「プラダを着た悪魔2」を観た母娘の感想【番外編】

今回は緊急企画🚨

プラダを着た悪魔2👠を観た直後に「母娘」で感想を語りあった内容を、ノーカット編集版でお届けします!

ぜひ今後の配信もチェックしてください!

#プラダを着た悪魔2

#TheDevilWearsPrada2

🎙️ お相手

【 えま母 】

アラフィフ。ファッション・家電・サンリオ・鉄道が好きなミーハー体質。ポジティブな娘を常に心配し続ける母

🔍 参考

プラダを着た悪魔2

✉️ お問い合わせ&各種SNS

「素顔会議」へのお便り、Instagramなどはこちら。

https://linktr.ee/sugao.kaigi


SNSへの投稿は #素顔会議 でお待ちしています。

💄 制作

「素顔会議」製作委員会

・この番組および番組内で話している内容は全て愛社精神の強い会社員による個人の見解です。 ・所属する企業の商品やサービスの宣伝は一切なく、社会で頑張る人たちを応援する番組です。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

今回のエピソードでは、えまさんとお母様が映画「プラダを着た悪魔2」を鑑賞した直後の感想を語り合っています。お二人は、映画が単なるエンターテイメントに留まらず、現代社会におけるジャーナリズムのあり方、資本主義の影響、そして女性のキャリアや生き方における葛藤といった深いテーマを扱っている点に感銘を受けました。特に、登場人物たちがプロフェッショナルとしての誇りを持ち、困難な状況でも美学を貫く姿勢に共感し、自身の仕事や人生に対するモチベーションを高めました。また、世代間のコミュニケーションや、若者が大人に対して持つイメージについても考察し、互いを尊重し合う関係性の重要性を再認識しました。映画を通して、自身の内面と向き合い、よりポジティブに生きるためのヒントを得たようです。 映画の終盤、特にエンドロールで偶然の出来事から自身のポジティブな生き方に確信を得たえまさんのエピソードや、登場人物たちの人間ドラマの深さに触れ、感動を共有しました。さらに、映画に登場する大人たちの生き方や美意識に触発され、自身の会社への愛着を深めるとともに、今後の人生や仕事に対する意欲を新たにしました。世代を超えて共感できるメッセージ性や、登場人物たちの人間的な深みに感動し、今後の人生をより豊かに生きるための糧となったようです。

緊急番外編!「プラダを着た悪魔2」公開直後の母娘トーク
素顔会議、こんばんは、えまです。毎週日曜夜9時にお届けしているこの番組ですが、本日は急遽内容を変更して、緊急番外編としてお届けします。
と言いますのも、5月1日に公開されたばかりの【プラダを着た悪魔2】をゴルデンウィーク休暇中に母と観に行きまして、
もうその直後の熱量が我々すごすぎまして、どうしても今日このまま皆さんにお届けしたくてですね、ノーカットでお送りすることにいたしました。
また、本日から3日間はゴールデンウィーク特別編ということで、私、えまの素顔に迫る会を、
明日5月4日、そして、あさって5月5日の夜に、2夜連続のスペシャル企画としてお届けします。
というわけで、今夜は母娘の映画感想トーク、ぜひ一緒に映画を見た気分で楽しんでください。どうぞ。
映画鑑賞後の率直な感想と楽しみ方
いやー、ゴルデンウィークで実家に帰ってきて、いま母にマイクを向けてるんですけど、ただいま。
はい、おかえりなさい。
私ね、すぐ連休帰ってきちゃうから、タイプだからね。
そうだね、珍しいタイプでしょ。
あんまりこういう子いないらしいよ。
そうだよね。
親孝行だなって自分で思ってるんだけど。
そうなんだ。私はなんかあれなんだよね。
なんか、えまのご飯がなんか浮くから楽でいいやとか思って帰ってきてるかと思って。
親孝行されてるんだ。
あ、いや、そっちの方が大きいかな。ご飯代ね。
まあまあ、餅つもたれつって感じだね。
そう、いいんだよね。楽しめるしね。
そうだね。
今日はちょっと、昨日もレジャーに出かけたりとか、今日はね、映画の話をしたくて。
そうそう、私もずっと見たかったんだけどさ、一人で行ってもさ、映画ってさ、終わった後にさ、
わかる。
あんでもない、こうでもないって言いたいじゃん。
そうそう。で、あんでもない、こうでもない、言いたい時間に、ただちょっとマイクを向けてるっていう趣旨の収録をしてる感じでね、やっていこうかなと。
親子のなんかこう、映画見終わった後のなんかこう、お茶飲んでなんかグダグダ喋るみたいな感じ。
いいのかな、これを配信しちゃっていいのかわかんないけど。
それはなんかね。
そう、おのおの判断で。
ちょっとやってみようかなって感じかな。
で、見てきた映画はプラダを着た悪魔2なんですけど、20年ぶりなのかな。
昼間さ、どうしても見たいって言ってさ、もう一回1を配信をね、うちで見てて。
ママは見なくていいって言ったんだけど、覚えてるでしょって。
そうそう、でも見たほうがよかった。
そうそう、やっぱね、伏線回収とか、私はその、取り逃したくないのよ。
あの、あれだよね、またダメなとこなんだけど、私の完璧主義が出た、ちょっと。
私はさ、2見てさ、その2を感じて、1見て、なんか、あ、伏線あったかも、みたいな感じで。
あ、思い出してもう一回後から見るタイプか、そっかそっかそっか。
いいんだけど、最初から面白かったからよかったんだけど、なんか2度目の味とかさ、3度目の味とかもさ。
それもまたいい楽しみ方だね。
そうそうそうそうそうそう。
私はね、せっかちだからね。
全部の横張りだからあれじゃない?
予習タイプ、予習してからいきたい。
ママは復習タイプだね。
まあ、いろいろあるよね。
そうだね、楽しみ方。
「プラダを着た悪魔2」に見るアメリカ映画の風刺と娯楽性
まあ、やばかったね。
やばいが、もうそれしかないよね。
なんか、なんだろうね、アメリカのさ、映画の、映画界のさ、世の中を俯瞰して、ちゃんと風刺するんだけど、
なんか、洒落も言いながら、特定の誰かを多分指してたりとか、するんだけど、なんかギリギリのところでそうではなく、傷つけないで、
ちゃんとおしゃれに昇華する感じというか。
今回の映画は、娯楽とかっていう感じ。
そうだね。
真正面で娯楽とはちょっと取れないような感じなんだけど、でも、娯楽だよね、なんかこう、ギリギリ娯楽って言えるような仕上がり方をやっぱりちゃんと完璧に。
そう。
落とし込んできてるっていうのは、やっぱりアメリカ映画のすごいところだなって。
そう、なんかギリギリ娯楽みたいな、そのギリギリのラインをきちんと攻めてる。
今回のは、本当にワンを見た人はびっくりするような内容だったよね、なんかね。
そうかもね、なんか、ただ一人の女の子が成長して、編集の世界で厳しい世界で頑張る、成長した、めでたしめでたしでは決してないっていうところが。
深かったよね。
深いよね、なんでこんな。
20年の変化と深み:アメリカ映画界と女性の生き方
このさ、20年間でさ、アメリカの映画も、なんかすごくこう、いろんな厳しいことがあったりとかして、ああいう感じで成長していくんだ、みたいなところがあるのかなっていうのはちょっと思って。
アメリカ映画って、バンバンとかさ、なんかこう、好きしたみたいな。
タミレターみたいなね。
とか、女性の映画でも、なんかこう、かっこいい女性が、なんかこう、カッポして。
風切って歩いてやるぜ、みたいな。
風切って歩いてやるぜ、みたいな、そういう、なんかこう、映画が多かったと思うんだけど、わあ、20年たって深いなあっていうさ。
深みやばかったよね。
なんだろう。
思ってたこと間違ってなかったなってこう。
そう、それも思ったね。
あと、あんなキラキラした世界で仕事してる人たちも、なんかこういうこと、同じようなことを、しんどがったり、なんか思うようにいかないこと、でも、それでも私たちみたいに弱音を吐いてグチグチ言うと、言わないかっこよさ。
なんかこう、いろんな状況の中で大変なことはあるんだけど、仕事をしていて、でもファッションって美しさって、こうやって牙った大人たちが作ってきたんでしょっていうそのプライドを。
そうそう、あの、痩せ我慢してるんだけど、その痩せ我慢を絶対外に見せないっていう美学っていうのが、めちゃめちゃグッときたというか。
なんかこうさ、やっぱ手触れ30年さ、まあ若者の間でもよく言われる言葉として、礼尚文化すごいよねとかさ、まあもういいかな、こう気張るのは良くて、なんかこう本音ベースでみんな行こうよとか、私も弱音をどっちかっていうと見せたいタイプだし、
なんかかっこよく見られすぎちゃうと、なんかこう逆に攻撃に合うんじゃないけど、そこをこう、何だろう、うまく回避していくことが、なんかこうしなやかに生きるってことなんじゃないかなって思ってたんだけど、
あれ見ちゃうとさ、今日のプラダ2を見ちゃうと、いやいやこう美しさとか、プロフェッショナルな仕事を追い求めるんだったら、やっぱ歯食いしばってても気張ろうぜっていうこの、
かっこいいところをね、見せていくっていうかね。
メッセージを感じたな、普通に。
なんかこう、時代がこうガラッと、そのガラッとが昔みたいに派手さでバーンみたいなガラッとじゃないんだけど、静かにこう、なんかこう時代を変えていきましょうみたいな、みんなで頑張ろうねみたいな、なんかメッセージがあった気がしたね。
美学と痩せ我慢:プロフェッショナルとしての矜持
刺さるね。
いやーもうなんかね、ゴルデンウィークに、なんかこうすっきり、わー楽しいみたいな気持ちで、ほら前回の映画が割とそんな感じだったんじゃない?
そうだね、すっかっとした終わり方というかね。
なんかそんな感じをこうリバイバルとして、なんか、なんていうのかな、頑張っていこうっていうメッセージはあると思うんだけど、女性が。
だけど、なんかその前回の終わり方の期待値で言ったら、いやーもうね、なんだろう、180度、なんだろう、違う意味で静かに、うん、頑張ろうみたいな、なんかそういうこう、なんだろう、今までのこう鎧というか、
なんかこう牙ってきたものっていうか、なんかそういったものを、もうこう、なんだろう、静かに下ろして、そろそろもう一回エンジンかけ始めませんかみたいな。
でもなんかそれを、そういう牙ったやつっていらなかったよねってことじゃなくて、
そうなんだよ。
なんか牙ってきて頑張ってきたものとかにも、もう一度プライドを持ち直して、ただ誰、今度は誰かを傷つけるとか、なんか喧嘩するんじゃなくて、なんかこう熱意だけちゃんと燃やして美しくあろうよっていう、なんかメッセージに私は取ったなというか。
そうだね。
気高くありましょう、一緒にみたいなこの、ね、美しかったね、なんかね。
コミュニケーションの尊さ:信頼関係の構築
美しかったね、あとコミュニケーションの仕方も、なんかこう、なんだろうな。
なんかあれだよね、やっぱその、今ってさ、みんな嫌われたくないから、最初から飴を甘え、与えがちだし、なんかこう、褒めて伸ばすみたいなこと、私も大好きだし、
そういうふうになっちゃうんだけど、いやそうじゃなくて、やっぱ最初は毅然としていて、お前できんのか、みたいな、なんか、大丈夫か、みたいな、お仕事なくなるぞ、みたいな、こう、
そういうね。
成果を出したりとか、なんか、うまいことやったな、よく頑張ったな、コングラチュレーションっていうときに、正解をこう出して、飴を与える、この尊さ。
信頼感の構築?
お互いが信頼してるからこそできるコミュニケーションだよね、それってね。
なんかすごいね。
先生協協としてる関係では、絶対成り立たない。
お互いにリスペクトしてるからこそ、できんの?頑張ってみな、みたいなさ。
なんかそういう、かわいい子にはおかけから落とすみたいな。
そうだね。
なんかそういう、這い上がっておいでよ、みたいな。
なんかそういう、這い上がってきた子には、
絶大な信頼というか、そういう関係性になっていく深みだよね、人間の。
深みだね。
あれにはこう、なんていうのかな、今までみたいにこう、なんていうのかな、
何かで立てずに、なんかこう、いいんだよ、いいんだよ、みたいな。
なんでもいいんだよ、休んでいいした、みたいな。
そこでは生まれない、人間の深みというか、なんかそういうものを改めて見せられた気がしたよね。
わかる。
世代を超えた共感:高校生の涙とメッセージ
で、これ、このメッセージって、なんかその、私さ、間近さ、その、ママに育てられてるからっていうのもあるけど、
割と中身昭和だと思うの、私。
ガッツ入れてこうぜ、みたいな、めっちゃ自分追い込むタイプだし。
で、なんだろう、刺さんのかな、もっと若い人にって思うのが気になったんだけど、隣で見てた高校生がめっちゃ泣いてて。
あ、そうなんだ。
なんか逆に求めてたのかな、この子たちも、みたいな。
で、私もね、その会社に入って、そういう感じてたのは、
じゃあ自分がその強度に今まで耐えられるほど精神力があったかって言ったら、そりゃ違うんだけど、
なんだろうな、もっとこう、求めてほしかったり、もっとなんかこう、刺激を、刺激のある仕事がしたいんだけどな、みたいな。
なんかこう、ただ別に怒られたいわけではないし、それをどう伝えるかって難しいんだけど、
そう、頑張りたいっていう気持ちってやっぱ誰しもね、貢献したいとか認められたいとか、本当の意味での証人が欲しい。
何もしてない時に、いいよいいよって舐められるんじゃなくて、なんかやり遂げた、頑張った、それに言葉は少なくても最大の賞賛というか、
やっぱ人間はそれが欲しいというか、その重みがよくわかるんじゃないようにできてるんじゃないかなって。
だからなんか、ね、よく我々世代なんかも含めて言われるよ、根性ないとかさ、実際ないよ、実際ないんだよ。
実際ないのはすっごい自分が一番悔しいんだけど、なんだろうな。
いくつの時代も一緒よ。
そうかな。でもなんか、もっと若い世代も、なんかかっけえなってこれ見て思ってくれるんだなって思ったのめっちゃ。
私さ、あなたが言ったその先だから、若い子がどう思ってんのかなっていうのは思いながら見てたんだけど、
私がこう、ね、50代になっていろんな経験をしてきたからないって言ってたのかなと思ったんだけど、今それ聞くと、めっちゃ嬉しいよね。
めっちゃ嬉しいよね、なんか。
なんかこう、希望が持てるというか、なんかこう、いろいろ感じてくれたんだなって、嬉しいよね。
これをかっこいい大人がいいな、感動するなって思ってくれる感性を持ってる子なんだなっていうのが。
めちゃめちゃよかった、それ聞けてよかった。
ポジティブ思考の源泉:偶然の出来事と確信
ありがたいなって思ったのと、両サイドでさ、泣いてるじゃん。両サイドで泣いてるんだけど、真ん中に挟まれた私はものすごくポジティブになっていて、
持ち歩いのね、ポジティブみがね、また増しちゃったんだけど、怖いよね、怖いんだけどさ、
その、なんつうんだろう、やっぱ間違ってなかったじゃんっていうか、
うん、なんかね、なんかこう、またこう、自分のやる気とか、進むべき方向、うわー、これ間違ってなさすぎないか、みたいな。
あの、エンドロールが恐ろしかったよね。
そうそう、あの、この番組ロゴを収録してるタイミングで、ちょっと緑に変えたんですよ。
で、昨夜ね、母上から、ちょっとあの、なぜお前はその緑のロゴにしたんだと。
上級か、と。華やか、みたいな。
そうそう、化粧品が好きな女の子が配信するっていうことに一貫性を持たせようよって指摘を受けたんですよ。
まあ、ごもっとでもですよね、ごもっともです。
で、それはちゃんとその、インスタとかね、トレーラーとか、ちょっと聞いていただけるようにちょっと環境を整えたいなって。
今出てるかちょっと分かんない。
今ちょっと出てないんですよ。
うん、整えたいなって思ってるところなんですけど、その反省いただけたのは非常にありがたかったんだけど、
ちょっとね、最後のそのエンドロールのところに、ちょっと緑のちょっとエマっていうちょっと名前とかね、あの全然別の組織なんですよ。
別の組織なんですけど、ちょっとね、リンクしたっていう。
エマクリーンっていうのが出てきちゃってね。
そうそうそうそう、ちょっとリンクしたって、別の組織とリンクしたっていうところがあって、その私はね、その偶然の出来事でも何でも都合よく解釈していくタイプの人間なんで、
これはゴーストレイトって言われてるなっていう、ちょっと確信があったというか。
いやー、びっくりしたよ。
そうそう。
あれ見て。
いいんですよ、だからその、なんだろうな、私のポジティブみって別に何か根拠とかないんだよね。
実力に裏打ちされたものでないということは自分が一番わかっているので、ただこじつけでも何でもいいからポジティブに生きていくっていうこのポリシーをずっと保ってたんですけど、
ここに来て、プラノの悪魔2にこの押される。
まさかね、映画見に行ってね、なんかそんなことになるとは思ってないよね。
映画を見た皆さん、勘違いしてほしくないのが、この親子、こんなことでもこじつけてポジティブに生きていくんだっていうその姿勢とかに普通に驚いてほしいっていうことなんですけど、
これを見習えってことじゃなくてですね、なんかね、そういうおかしな親子もいるよっていう目で見てもらえればいいんですけど、
ちょっとね、ありがたかったね。
鳥肌立ったね。
なので私はね、引き続きポジティブにちょっとポッドキャスト頑張っていくし、自分のお仕事も頑張っていけばいいんじゃないかなっていうことになりましたね。
映画のディテール分析:ジャーナリズムと資本主義
ちょっとここら辺で内容の方にも。
そうだね、ちょっと内容に深く触れたいので、もしまだプラノの悪魔2を見ていらっしゃらない方で、ちょっとネタバレになってしまうかもしれないので、
そこからはね、見てから。
一旦閉じて、映画を見終わって、またなんか、この親子、変な親子と、
そうそうそうそう、ドラマのことを共有してください、してみたいなっていう心優しい方がいたらね、ぜひ引き続きも聞いていただきたいっていう、ここで区切りとさせていただこうかなと思います。
ここからはじゃあ遠慮なく。
ディティールもね、含めて。
そうだね、話していきたいなと思うんだけど、どうだった?
まず最初のさ、なんかこう、アンジーがその、
20年前の、
そうそうそう、伏線みたいなこととか、
あとはその、自分もショー、ジャーナリストとしてショーをもらうんだけど、
ちょっとショックなことが起きて、
やっぱ、なんだろうな、ジャーナリズムの重要性とか、自分が信頼を置いて、信念としてやってきたことが、
資本主義によって、何て言うんだろう、否定されてしまう、そこに裏返り声を上げる感じとか、
でもそれによって、ランウェイに戻る決意につながったり、
自分が積み上げてきたランウェイでのキャリア、みたいなところがまた再評価されるというかね、
ご縁がまたつながる。
グローバルな視点:日本と世界の出版業界
なんかさ、初っ端からさ、そんな感じなんだっていうのはびっくりしたよね。
そう、結構不穏な感じのスタートだったよね。
そうそうそうそう。
ただそれを美しく昇華してるから。
このギャップがさ、ショーを取りますっていうのはさ、今まで20年前の、あれ見ている人からするとさ、
あ、やっぱりここよね、みたいなところから。
そうそう、アンジーってだから、あの20年前のフィニッシュを迎えて、
逆着とキャリアを進めて、やっぱ素敵な大人になったんじゃんっていうところから始まるのに、
それをこう、出花でくじかれるというか。
あのギャップからもうなんかやられてたよね、なんかね。
それがなんかすごく象徴的。
あとは、これミランダにも言えることで、ミランダもグローバルをこう率いていくような立場にずっと目指していて、諦めていた。
でもコツコツ20年、キャリアを積み重ねて、やっと社長に認められて、っていうところで、こうね。
え?っていう出来事が起きて。
で、そこから資本主義とか、いろんなものに巻き込まれていく。
本当にね。
いや、日本だけじゃなかったんだっていうのは、この田舎に住んでると、なんかこう、日本だけかな、とか田舎だけかな、日本の田舎だけ置いてかれてたのかなっていうふうにずっと思ってたんだけど、
いやー、今回見て反省したよね。
いやー、日本の田舎だけじゃないわっていうさ。
なんかこう削り取られていく感じとか、なんだろうな。
豊かさって本当にそれでしたっけ?みたいなこととか、感じてたりとか。
あとなんだろうな、やっぱその、やっぱね、向こうの出版業界、日本も出版業界大変だと思うけど、なんだろうな。
全く違う人生を送ってきて、出版業界なのか、私は化粧品業界でとか、なんか全然違う世界の話のはずなのに。
でもなんかさ、内容はさ。
めちゃくちゃわかるみたいなことなんだよね。言葉を選ばずに言うと。
バチバチなんかそのままだったんじゃない?
ね。なんかこう、出てくるキーワードとかさ、なんかこう。
映画を見てるときみたいだけどさ、噛み合わせでさ。
そうそうそうそう。え?みたいな。え?どこの話?みたいな。
ほんとよね。
ことなんだよね。言葉を選ばずに言うとね。
これさ、企業陣見るとさ、わぁ自分たちだけじゃなかったんだみたいなさ。
そう、なんか世の中みんな思ってる違和感とか、言語化できなかった、表現できなかったことを、ちゃんと映像に落とし込んでくれていて、しかもめっちゃクールみたいな。
女性の葛藤とキャリア:トップ層の苦悩
っていうこの経済的なこの流れみたいな、このストーリーの大枠はそうだったと思うんだけど、それだけじゃなくて、その大きな流れをやりながらも、なんだろう、女性としてのこの葛藤。
そうね。
ほんとに金持ちの男に頼ってていいのか。
そうね。
とか、ここまで女性のキャリア頑張ってきた、ミランダみたいな女性も、引き際?とか、私から仕事を取ったらどうなっちゃうの?っていうところを、通った今のパートナーのセリフとかね。
そう、だからほら、私なんかはさ、田舎でさ、子供をがっつり見てきた大局なわけじゃない?
まあまあまあ。
想像ができるんだけど、いや、女性ってどの立場でも、
しんどいよね。
しんどいのはしんどいんだよね。
もちろんね、メンズのみんなも大変なことあると思うんだけどさ。
メンズはメンズで、私たちがわからないことももちろんあると思うんだけど。
でも、こと女性っていうことに、ちょっとスペースをね、確保させてもらうと、なんかこう、すごい、なんだろう、トップの、なんだろう、すっごいバリバリ仕事していて、
自分とは違う世界を生きているように見える人でも、感じている苦しさとか、なんかが、全く同じ現象ではないんだけど、同じような苦労とか、別の尺度で感じるんだなあ、みんなみたいなところ。
ただ、それを見らんだわ、なんだろう、だってみんなが悪いんだもんとか、なんかこう、弱音を吐いたりしない。
私は気高くあるぞっていう、作詞であるぞっていう、強さ。
どんだけこう、ね、なんだろう、みんないい人なんだけど、状態が悪くなると、縦箱の隅を突きたくなるじゃない。
とか、完璧な人であればあるほど、縦箱の隅を突かれるじゃない。
で、私が反省したのはさ、私もさ、普段はさ、こうグッとこらえてさ、飲み込むんだけどさ、もう究極まで行くとさ、茶舞台返ししたくなっちゃう。
わかる。
そこをさらにグッとこらえて、ミランダの、あの、ちょっと涙は流さないんだけど、目が充血してる感じとかっていうのは、まあ、グッときたよね。
また、それを表現している、その女優さんの技術力よね。
そうだね。
人間関係の深み:信頼とリスペクト
どんだけレベル高いんだよ、ハリウッドってな。
ああ、そうだよね。だから、本当に背景を噛み砕いて、噛み砕いて、あの舞台に立ってるというか。
仕事の丁寧さよね、それを思うと。
多分、何十倍何百倍の、あそこの演技をするために、多分その、頭の中でそのミランダの20年間っていうのを、ものすごく噛み砕いて、あの表情だったり、あれを作ってるんだろうなと思うよね。
で、まあ、ミランダとか、アンジーとかのこの、なんだろうな、苦労もすごく見えるんだけど、ナイジェルの、なんかこう、20年前のこのアクシデントというか、自分に降りかかった不幸、ミランダに裏切られたみたいなことなんだけど、
アンジーがこう、なんだ、あれ忘れてないよね、あんなひどいことだったのにって言ったけど、いや、あれ以降20年100万回は同じようなことがあったよって、こう軽く。
それがね、かっこいいよね。さらっと言える、あれ、あの感じね。
軽く言って、でも最後、ミランダが私を操作してたの?みたいな。
そうなんだよね。
言いな、なんだろう、嫌味も言いながらなんだけど、めっちゃ信頼してるっていう、あなたに託せてよかったっていう、その表情とか、なんか、これだよね、信頼関係みたいな。
そうなんだよね。
本物の人同士の信頼?
深いよね。その深さが、今の、あんまり言いたくないけど、コンプラとかっていうような、なんかそういったことに表、なんだろう、人生の深みが出るかっていうことよね。
そうそう、だからコンプラ別に全く気にしなくていいわけじゃないし。
それだってさ、20年前の、あなたが子供の時のあれを見たら、考えられないでしょ。
考えられないっていうか、なんだろう、そういう前提で育ってないから、考えられないだけなんだろうなっていうのは、なんかこう客観的に思うんだけど。
あれ本当にいい表現してるなと思うよ。本当にああいう感じのことが普通だったからさ。
世の中とは理不尽だっていうね。
そうそうそうそう。
あれがいいわけではないよ、決して。嫌な思いもするし、なんだろう、なんでこんな思いをさせらなきゃいけないんだろうっていう思いでは、当時、なんかこう、いた人間からすると、思うよ。
思うけど、行き過ぎはなんかよくね、どっちも。
バランス取ってこうよっていうことだよね。
そうね。
困難を乗り越える力:自己成長と選択肢
コンプラと本当に厳しく行く時と、私もこう仕事でしんどいこととかあったり、なんかちょっと体調悪かったりとかした時もあって、うわ、その時はきついんだよ。
うわーと思ってたんだけど、なんか結果、なんだろう、万事最悪だっていうことも思ったりも、今だったらするし、
あの時踏ん張っててよかったなとか、あの時こう文句たれなくてよかったなとか思う場面も、こう映画を見ながらね、思い返して。
だからこそ今自分がこうあるんだなというか、決していい出来ではないと思うんですけど、あるんだなと思うと、
じゃあその一時的に厳しい言葉もらうとか、嫌な思いするっていうのが、全部間違いかって言われると、決してそんなことはないんだよね。
それが私を作ってきてくれたとも思うしね。
ただね、私が思うには、自分の体を壊してまではする必要は全然ないし、本当に自分が壊れてしまうって危険があるんだったら、やっぱ逃げてもいいと思うし。
ただその選択肢が、ある時代ってことをすごくありがたいと思っていたいなって思ったね、改めて。
世代間の架け橋:若者へのエールと希望
で、そういう可烈な時代を生きてきた大人たちも、今こう配慮を求められたりとかするんだけど、
なんかやっぱこのまとまり方として、みんな頑張ってるよねっていう、なんかこう私が思ってたメッセージというか、
なんか、生きてきた背景とか、見てきた文化とかが違うけど、みんな頑張った上での社会って、なんか、世紀末に向かってるみたいな言い方する人もいるけど、
いや、確実に良い方向に進んでるんじゃないかなって思わせてくれたね。
何よりさ、高校生がさ、涙してくれたっていうさ。
ほんとね。
この映画で。
ありがたいよね、まじで。
いやー、日本人の若い女の子、捨てたもんじゃないですよ。
そうだよ、そうだよ。なんかさ、私もなんだろうな、コンビニでタムロしてる子たちとかさ、なんか、一見こう、わーってちょっとなんだろうな、
あ、集まってる、ヤンチャーのお兄ちゃんたち集まってる、お、ちょっと遠回りしていこうみたいな気持ちにならないこともないんだけど、
でも彼女たち、彼らたちも頑張っていて、めっちゃ頑張ってTikTok上げてて、フォロワー増やそうとか、すごい意思を持ってやってる子たちもいるし、
なんかそれなりの、なんだろう、みんなそれなりの場で、おのおのの立場でめちゃくちゃ頑張っていて、おのおののその、なんだろう、前提の中で。
切り取り、てかその場面しか見ないから、そう思うかもしれないけど、でもその、なんかこう、感受性の高さっていうのは、いやー、いいね、なんかね。
いやー、日本の若者を捨てたもんじゃないってね、なんか、より思ってほしい。
そういう、自信持ってもらいたいよね、なんかね。
そういう、なんか、そういうことを、なんだろう、だから日本の大人も悪い人たちじゃないし、日本の若者もめっちゃ元気あるよっていうことがね、
なんか、仕事とか、こういうポトキャストとか通して、なんか伝えていけたらいいなーって、なんかこう思ったね。
いいこう、きっかけというか。
ファッションへの愛と自己肯定感
まじで、Tシャツ買っちゃったしね。
だって映画見る前からかっこいいって言って買ってたもんね。
かっこいい、だってプロダクトとしてかっこいい普通に。
まあまあね。
好きだしね。
なんだろうな。
で、映画見たらさらにでしょ。
買って間違いなかったねっていう、その直感で買ってる自分のセンスに、ああもうやっぱ私テンスあるわっていう。
前の回でも撮ったんだけど、ママがおしゃれだったから。
いやいやいや。
おしゃれだよ、おしゃれなんだけど、その指摘、ご指摘をね、いただくことが多かったから、私はダサいと思ってたんですよ。
私自身のことを。で、実際ダサかったと思うんだよ。
いやその、まあわかんないけど。
いや実際ダサかった、マジでダサかったんち。
まあ、あのね、お父さんのちょっとち。
どうしてそれとそれを、いいのを買ってるはずなんだけど、どうやったらそういう組み合わせたちで生きるのかしらね。
ただ、なんかそれをこう、いろんな、まあボトキャスト始めたりとか、いろんな経緯の中で、
一回その自分がダサいっていうこととか、ファッションはうといっていう前提をちょっと疑ってみようじゃないけど、
一回消してみようっていうことを思って、まあいろんな買い物をしたりとか最近してたんだけど、
なんかそれがこう、一個、なんていうんだろう、ポジティブになったし、
やっぱ私ファッションとか美しいものを改めて好きだなって、映画を見ても思ったし、
で、それを思ったときに、いやそりゃそうだよな、だって私ママの子だし、
直感力とかセンスとかないわけないじゃん。
で、改めて自分の素質とか素様に、ちゃんと自信を持とうじゃないけど、
は思えて、さらにいい映画も見て、刺激も受け、
よりこう、能動的に自分の正解を探していけばいいんだなって思ったかな。
自分を見つめ直す時間:反抗期と自己探求
この間なんかお休みをいただいたときからちょっと思ってたんだけど、
やっぱりこう、なんていうのかな、自分、割と素直だったじゃない、あなたって。
なんかひねくれてると思ってたんだけどね、自分のこと。
いやいやいや、反抗期とかほぼなくきちゃったじゃない、割と。
でも意思通したいところはなんか主張してた気がするけどね。
大きな反抗ってなかったじゃない。
そうだね。
で、今回のが、出てくれてよかったなっていうのは正直思ったのね。
私に対しての反抗ではないんだけど、なんだろうな、こう、私たちの被害の下で育ってきて、
まあなんていうのかな、親の考えだったりとか、まあ大人の考えをふんふんって聞いてきて、
で、なんていうのかな、こう、それでよかったじゃんっていう感じで生きてきたんだと思うんだけど、
なんか今回のお休みいただいたことで、もう一段自分の考えというか、
その、なんていうのかな、いろんな人の考えをこう一回疑ってみるというか、
そうだね、自分ってなんなのかっていうか、絶対その大人たちが言ってること、正解、その切り取り方をとか、考え方の方面で言ったら絶対正解なんだけど、
じゃあ、それは一旦置いといて、自分の正解って何なのかとか、
てか私もね、一番こう状態が悪い時とか、自分が仕事に向かってる中でこう、うまくいかないなっていう時って、
自分を見失うというか、てかそもそもね、自分ってあんまなかったかも。
人に合わせるほうが楽だし。
そう、だからね、さっき言ったみたいに、なんかこう反抗期っていうものがなかったから、ちょっと心配はしてたんだけど、
なんか今回、自分っていうものを考え、見つめるいいきっかけにしてくれたかなと。
そうだね、なんかめちゃ迷惑かけたし。
なんだけど、なんか一回こう自分自身とは何かとか、自分が本当にこうやりたいこととか、
を見つめ直す時間をいただけた、その上で同じ職場に戻してもらえたっていう、このありがたみを全部ね、こういい感じで。
まあ貢献というかさ、あなたの就活もまあ、すごく劇的ななんか就活だったから、
なんか今回も、やっぱり会社にとって、なんかこう、いい。
そうだね、いいかたちで。
そういう形をどんどんしていってもらえると、いいんじゃないかなとは、横で見てる親としては思うよね。
鋼のメンタルと生き方の柔軟性
だから、よりはをかけてポジティブになっちゃったからさ、この一連の、まあ映画も含め、自分がこうちょっとお休み、お仕事お休みいただいたっていう経緯も含めて、
むちゃくちゃポジティブになった結果、大丈夫そうかな、みたいな、なんかその、こんなにポジティブになったんだけど、なんだろうな。
いや、疑ってないんだよ。まったく疑ってないし、めちゃくちゃポジティブになったし、なんかこう、いいんだけど。
そのギャップがこっちはあれよ、なんだろう、半年間さ、もうさ、大丈夫かなっていうさ、戻って生きていけんのかなとかって思ってさ、心配してた段階でさ、
いいよ、私もう帰るわぐらいのこと言ってさ、いや、マジいいのかみたいな、これ返してとかって思いながら返したんだけどさ、
ただなんかもうさ、爆発してさ、またなんか、収穫してなんかこう、いた頃のさ、なんかその、
無敵メンタルね。
そうそうそうそう、戻ってるからさ、まあよかったのかなと思ってるよ。
すいませんね、こうやって私は大きな壁にぶつかって、
そう、受け止めた。
心配はしながらもう、また何度でも立ち上がって、あの鋼のメンタルを強化していくんで、はい、そんな感じでね。
ちょっとね、生き方の、でも生き方の柔軟性とか、なんか一回考えなくていいのかな、分かんないけど。
うん、なんとなくそんな感じはするよね。
なんか、私の生き方としてね、めっちゃその壁、キャロにも指摘をもらったんだけど、壁をどんどんこう、なんだろう、向かっていくよねっていうさ、
キャロみたいな生き方めちゃくちゃ憧れるし、その誰とも衝突しないし、しなやかだし、
そうあることがいいのかなって思ってたんだけど、
でも生まれ持ったもんだし、こう、ぶつかって、私は私のタイプとしてぶつかって、何か得ていくタイプなんだなって決まってこうぜって。
そうね。で、今回の映画で思ったのは、なんかほら、この間、なんだろう、ヒューストン兄弟の2人と話してた、なんか役割みたいな。
フラットな関係性と会社の魅力
そうだね。
その会社のヒエリアルキーだったりとか、そういうものあるんだけど、それはただの役割であって、
なんかこう、何かこう、みんなで頑張るときに、フラットな関係性みたいなところっていうのは、なんかこう、今回の映画を見ても、
なんかこう、実現できていくような感じが出てきたな、世の中的にも。
なんかいい感じだなっていうのはどうだった?思わなかったかな。
思ったし、私がその会社が好きな理由として、やっぱその、社長でもさんづけで呼びましょうねとか、結構そのフラットを意識したり。
そうなんだ、社風がそういう感じなんだね。
そうそう、あとなんか仲良くなってくると、結構私、部長さんのこととか、あの、あだ名で呼んだりとか。
それはいいの?本人の前で言ってるの?
言ってる。てか、私の同期の方がもっと酷いくらい。
あ、そうなんだ。
私は逆に遠慮してるぐらい。
めちゃくちゃその、大人たちがかっこよくて、フラットにしてくれる。
で、いきなり飲み会とか誘っても、いいじゃん、いいじゃん、みたいな。
私の今後、会社でやりたい方向性とか、正直さ、なんか、なんだろう、え?って話なんだよ、また。
いつもね、いつも私、何かやることを始めようとすると、え?ってなっちゃうからさ。
そういうことなんだけど、でも、なんつーんだろうな。
うん、いいじゃんって。
なんかこう、やってみな晴れ精神っていうかさ、そういう大人、かっこいい大人が、うちの会社は多いなって思ってるから、
なんか、そこがやっぱ、そこを感じて、改めてその、感じて、
あ、やっぱ、会社好きだわーってなった。
うちの会社にいる大人たちのこのかっこよさ、ちょっと異次元だな、やっぱって。
じゃあ、プラダの、あの、映画、今回の映画。
自分を生きる人たちがなんか、こう、いる感じだから。
いやー、ちょっとね、似てるとこあるよね。やっぱ積み上げてきたものの、美しいってことに対する。
伝統とか、あれだよね。
伝統とか、美意識とか。
個人個人のその、身につけてるものとかも、やっぱね、専念されてる大人が、うちの会社多いなって思うね。
だから、通ずるものあるし、なんか、もっと会社の中も、なんだろうな、そういうものって、あんま意味ないよねっていう感じになるときもあるんだけど、
いやいや、かっこいいっすよ、先輩みたいな感じで盛り上げていきたいなって思ったね。
仕事へのエールと人生の可能性
いやー、こんななんかこう、なんだろう、これからのことを考えさせられるような映画を見に行く予定じゃなかったんだけどね。
そうそうそうそう。だってアメリカ映画ですから、そのダイハード的な感じで。
すっきりする。
ドーンとかバーンとかで、イエーイみたいなさ。
そうそうそうそう。
そういう気持ちになるのかなと思ったけど。
深かったねー。
こんなに仕事に対するエールをいただくことになるとはね。
今後自分の人生を、なんかこう、ちょっと諦めていたようなところがあるんだけど、いや、もう一回なんか、まだ長いっすみたいな。
そうそうそう。だってね、二人生100年時代だから、まだ半分ぐらいあるし。
いいえ、それとかちょっと分かんないけど。
そう、だってね、なんかあれ言ってたもんね、炭水化物食べて寝てる場合じゃないねって。
ほんとよ、なんか炭水化物でなんか気絶して、なんかこう、ごまかしてる場合じゃないよね。
そうそうそう。ちょっとね、今日ラーメンを、ちょっとおいしいラーメン食べに行って。
美しさへの情熱と世代を超えた生き様
もう帰ってくるとあなた、あそこしか行かないからね、なんかね。
そうそう、お気に入りのラーメン屋さんがちょっと地元にあるんですけど。
他あるんだけど、行かないって言っても、いや、うん。
私、一途なのよ。そう、すごい一途だから。
その、気に入ったお店にずっと行っちゃうタイプなんだけど。
今日お昼ね、ラーメン食べて。
久しぶりに食べてね、気絶。
大量の炭水化物を浴びて、でね、その、ブラダを着た悪魔版になるのかな?を見て。
眠い目をこすりながら、なんかもう寝たいんだけど、昼寝したいんだけどみたいな。
で、夕方6時からの映画だったから、一回お昼寝をしてっていう感じだったんだけど。
でもチケット取ってあるし、行かなきゃみたいなね。
眠い目をこすりながら、いやいや言ったら、炭水化物なんか食べてんじゃねえっていうメッセージをね、いただいて、反省したね。
もう気絶してる場合じゃないっすよ。
ここから意識をちょっとね、しっかり持ってね、行こうよっていうメッセージ、いいメッセージをね、もらえる映画だったよね。
なんか、美しさとかそういうのって、おさらいにしていいもんじゃなくない?みたいな。
もう一回気合い入れて、いくつでも、だってね、ミランダが70いくつであんなに美しいんだから。
それでも結局引退をね、しなくて。
そうよ、延期してるから。
そうよ。
私これ通ずるものを、舞踊を一緒にやってるおばあさまたちというか、師範の先生たちにもすごく感じていて。
やっぱね、あの世代のガッツすごいね。
そうね。
戦後生きてきたおばあさまたちが、そのね、おっしゃるのよ。
私は死ぬまで踊りますと。
あと80歳のおばあちゃんが、私あとここから10年、20年、20年は生きられないかもしれないけど、
あと10年、思いっきり踊って、思いっきり楽しんで、もうできるだけ長生きして、それで元気にピンピンコロリでいくのよっていう、その生きなきがいをね、感じるの。
そうね。
そう終わらなきゃいけないなって思った。
そうね、ほんとだよね。
反省する、あの世代の元気さを見ると。
大事だよね。
世代間交流の重要性と若者へのメッセージ
だからね、そうやって感じて思うのは、映画を見ることによって、上の世代の人たちの素敵さとかを感じるのもすごい大事なんだけど、
今世代間でさ、やっぱ飲み会もなかったりとか、コミュニケーションが世代間で薄い、各家族になってきて、
自分より50も60も上の人とはなかなかしゃべれる機会とかないじゃない。
そうね。
私は喫水のようきゃなので、いろんな人としゃべる。
それは会社の中にいれば60歳、65歳までの人しかしゃべれないんだけど、もっと社会に出て、舞踊みたいなものを始めて、
そういう80、70のおばあちゃんたちが元気に庭の手入れしてるお話とか、一生踊るんだよって、頑張るんだよっていう人が実際にいるっていうリアルで関わるのもこれめちゃくちゃ大事だなと思っていて、
だからなんか若い、私より若い世代の人とか、私の世代の人にもなんか言いたいのは、
いや結構大人とか買ってみると楽しいよみたいなことかなって。
なんかいい大人結構いるよみたいな。
そうなんだよね。逆にさ、こうなんていうのかな、こう、
私たちの世代ってさ、もうセクハラダメだよねー、何々ダメだよねーとかって言われてるからさ、
かかりにいけないんだよね。
遠慮しちゃうよ。
正直全然仕事と関係ない話なんだけど、私なんか子育て終わってるから、昔だったら子供が泣いてたりとか、
するとおばあちゃんが愛表なんか抱っこするよーとかって言うと、なんかこの赤ちゃんにもそのおばあちゃんの安心感みたいなのが伝わるのか、
なんか泣きあんだりするわけよ。
だけど私たちの世代だと、いろんなことをほら、SNSで聞いちゃったりとか、
なんか気持ち悪いんだけどとかっていうような、なんかそういうことを見ちゃったりとかすると、
ギャーって泣いてて、お母さんも困ってるんだけど、声かけていいものなのかどうなのかっていうのは、
そう、戦線恐々としちゃうよね、お互い。
そうなのよ。だからなんかこう、できたら、私たちもそこを超えていかなきゃいけないのかもしれないんだけど、
いやーでもね、私は若い人に、若い人が超えた方が、なんだろう。
なんか困ってるよ、助けてみたいな、なんかこう、メッセージ?
なんだろう、今の大人の人、生意気な若者結構面白がってくれるぜって、生意気代表の私がね、言うっていう感じかな。
そういう感じだから、こう、なんていうのかな、対等にフラットに、こうなんだけどとかっていうことも、
なんか率直に言ってくれても、たぶん受け止めてくれる人はたくさんいるんじゃないかな。
そう、生意気だなとはいじられるんだけど、いじるだけで終わるんだったらさ、生意気でいこうぜって。
それはなんか、ただ、ちゃんとリスペクトを持った上での生意気だと、それが大人の人にも、なんだろう、言わなくても伝わることはすごく感じてきたかな、ここまで社会人やってる中では。
めっちゃすごいことやってるんだけど、おじさんじゃん?みたいな、お姉さんじゃん?みたいな、肩の組み方というかね、大事だね、そんなことを一通り思ったかな。
映画を超えた学びと今後の展望
なんかね、映画を越えて、なんかこう、いろいろ感じることはあったし、
そうだね。
最後、次回、プラダの起きた悪魔が3がある場合は、ぜひ東京ランウェイを。
そうだね、ちょっと日本人の登場が少なかったからね。
そうなんだよね、ちょっとね、日本人もうちょっと頑張りましょうみたいなね。
なんか、中国系の人とか、オランダ人とか、いろんな人種の人が出てくるね、多民族国家なんだけど、なんかこうね、ぜひ3があるときには、加わってね。
日本人の意気だったり、また違う文化を、世界の人たちと一緒に関われていけたら面白いよね。
そうだね。
まあ、ちょっとそこを目指して、どう寄与できるかわかりませんが、生きな大人になっていきたいと思います。
お互い頑張ろうね。
頑張りましょう。
興奮冷めやらぬまま、お開き
はい。
じゃあ、そんなとこかな。
そうだね。
寝るか。
寝ますか。
寝ますか。興奮冷めやらないけども。
そうね。
一生懸命寝ましょう。
そうね。
はい。ありがとうございました。
はい、もちろん。ありがとうございました。
はい。
ありがとうございました。
55:15

コメント

スクロール