松浦シゲキの、それでもメディアは面白い。
この番組、それでもメディアは面白いは、メディアコンサルタントで、コミュニケーションプランナーの松浦シゲキが、ありとあらゆるメディアの器をこねくり回しながら語り尽くします。
さて、今回のテーマは、
はい、みなさんこんにちは。松浦シゲキでございます。すいません、間が空きました。
なんだかんだ忙しいというか、なんというか、お夏休みもあり、おた、お夏休みってなんだ?夏休みもありまして、
はい、8月が終わるとしております。みなさんはいかがお過ごしでしょうか。
ね、ちょっとね、間が空いちゃって、大変恐縮であるんですが、
まあ、もちろんね、この番組忘れてませんよ。はい、続けていきたいなというふうに思います。
さて、今日はですね、書き手のお仕事についてお話ししたいなというふうに思います。
で、きっかけはですね、ヘンプロ、編集プロダクションのプレスラボさんがですね、
編集プロダクション事業を2026年12月31日で終えると発表しましたというのがあります。
ぜひ概要欄にノートのリンク貼りますのでお読みください。
かつ、代表の梅田さん、梅田和彦さんが、これまた8月29日にノートで出された
18年間のお世話になりましたという文章をですね、私、読ませさせていただきました。
会社という器は役割を負えるけど、自分自身はまた別の形で科学史を使って
これまで時間や体力の制約で世に出せなかったものを作れるかもしれない。
そういうとても前向きな文章でございました。
なんて言うんですかね、とってもなんて言うんですかね、あれこれ、ほんとその18年間で言うと
見てきた文章の一部だったりとかするので、はいとってもいいなぁみたいな話ではございました。
でですね、このプレスラボが終わることをね、編集プロダクションが終わる、書き手が終わるという
単純な話なのかというとね、そういう話でもないかなというふうには思っておりまして
なんて言うんですかね、もう書き手の環境はまあとっくに変わってるなぁみたいな話もあるかなと思ってます。
だからですね、まあ私的にもその梅田さんの文章の締めにもですね
前向きに考えていきましょうよみたいな話がありましたけど
変わった後の場所で何をやるかをちゃんと考えていきましょうよという話をしたいなというふうに思います。
でですね、私自身のですねキャリアをちょっと振り返ろうかなとも思いますと
そうですね、ライブドアっていう会社にそれこそ20何年前にいたわけですけど
2000年代後半8年9年くらいから私、まあだいぶそういう意味ではネットメディアっていうところですね
あれこれあれこれやるような立場になりましたと
今なくなっちゃいましたけど、まあいろんなブロガーさんの集約した元老サイト
ブロゴスっていうのをね立ち上げのプロデューサーやったりとか
ブログメディアって言葉がありました。個人がね発信できるブログが
それがまあまあそもそもメディアなんですけど、まあ収益性を持ってなんていうかね
いわゆるなんか旧来従来型のメディアと同じような形で
本日作っていくんだっていうブログメディアもいくつかプロデュースしたりみたいなところからスタートし
かつですねその時はですねポータルサイトとニュースの時代でしたと
たくさんの情報があってねその中から何を見せるかどう見つけてもらうのかっていうところがですね
トピックスというまあある意味仕組みにおいてですねどんどん届けていくと
今ももちろんヤフーさん元気です。ヤフーニュース、ヤフートピックス元気です。ライブ動画もまだ元気かな
はい、でもまあ他もまだやられてるところも多々あるんですけどね
インコシックさんとかエキサイトさんとかね、あ、無くなったので言うとググさんありますね
っていうのはあったんですけどこういうテキストはですねそのようなポータルサイトのページ
トップに置かれてですねもしくは検索されたりとかそういう感じで読まれる
書くことと届けることがですねかなり近い距離にあった2008年代
2008年からね10年にかけてっていうところがありました
そこから今Xですけどツイッターが出てきてフェイスブックが出てきてソーシャルメディアが
ソーシャルメディア、ソーシャルネットワークが出てきたみたいな形になりましたけど
その変遷においてですよ私はですねWiredJP再立ち上げに関わりまして
これまたウェブ版のですねWiredJPのプロデュースディレクションというところを行いまして
一瞬ねグリーンに至りとかしたんですけどまあその後ね
ハーフポスト日本版立ち上げましたと
自分の体感で言えばですねその2010年代前半
テキストメディアにとって一つのピークだったと思います
さっきプレスラップさん18年っていう話で言うんであれば
プレスラップさんも立ち上がったのは2008年ですよね
テキストメディアにとって本当に一つのピークだったと思うんですよ
スマートフォンが広がり始め
SNSのタイムラインが記事を運び
ウェブ広告の市場もですねどんどんどんどん大きくなっていくと
書き手が書いた記事がですね編集部の看板だけではなく
ソーシャルの社員によって一気に多くの人々に届くというような状況が出来上がりましたと
新しい媒体が立ち上がってそこに書き手が集まってテーマを立てて記事を出していく
その循環がですねかなり強く回っていた時代ですねそれで言うと
もちろんそれがねいい時代だったというだけ言いたいわけではありませんと
ページビューをですね追い過ぎることもあったかなというのもありますし
広告単価というところにね振り回されることもあったかなというふうに思いました
でもねテキストを書けばですね仕事になる書けば読者に届く書く人を集めればメディアになるというね
見通しみたいな感じでですね
2002年後半から2010年代前半というところはですね今よりずっとずっと
楽しい時代だったかなというふうには思いますと
その波に乗って私もいろんなお仕事をさせてもらいましたというのはありましたね
ただですねその前提がですねもうとっこの昔にですね
とっこの昔って言うとあれですけどまあまあ変わってますという感じですと
変わったのは読まれ方変わりました
ポータルのトップページとかねから記事が読まれるというところもですねだいぶ少なくなりましたと
それで言うともう残っているのはヤフーとライブドアぐらいですかね
それで言ったらねもちろんスマホの時代になって
ドコモさんから読まれるというのもあったりとかするんですけど
でもとはいえ検索結果並ぶソーシャルのタイムラインに記事を置けば届くみたいな形の配分もですね
崩れつつありますし
スマートフォンのアプリアルゴリズムでね
私が前に所属したスマートニュースもそうですけどそこも含めて変わったりとか
あとそもそもというと短い動画が出てきたりとかスマートフォンの世界観というと通知
レコメンド
人が情報に出会う入り口というところがですね
さらに細かく分かれてきましたというのがあります
4マスの時代からインターネットの時代につながり
かつインターネットの届き方もですね細分化されてきましたと
記事のURLをクリックして最後まで読むことだけが情報の接点ではなくなってきたというところもあります
変わってきたのは競争アイテムもあります
書き手の皆様方は隣の媒体のライターと競争しているわけではないですよね
ユーチューバーとも争うような世界観になりましたし
今やポッドキャスター私もこのような形で喋ってますけど
あと企業の公式アカウントというところの発信力も強くなりました
専門家が直接コミュニケーションを取れるような形になってきました
専門家の発信というところはその昔4マスの時代だと新聞テレビを介してみたいな形でしたし
インターネットが出てきても何かしら編集者が間に入ってその伝え方をあれこれするみたいなのがありましたけど
直接投稿できるような形にできる人でやっちゃいますという感じです
かつここに今はAIが要約し叩き台を作り言い換えまでしてくれるような形になりまして
情報発信が下手だなというか苦手だなという方々も届ける環境を整ってきました
昔のように文章を一定の品質で量産できることだけでは価値を置きにくくなっているかなというような状況です
非観論ばっかり言っちゃうような話にはなるんですが
ヘンプロが怒るというところはそういうある意味
発信できなかった人にお手伝いみたいな形で言うんであるんだったら
終わってくるのも致し方ないかなみたいな企業が直接発信できるような世界観にもなってきましたし
それで言うとあまり関係ないですよ紙もウェブも関係ないですよ
AIが記事を書くっていうところの話で言うんだったらね
だったら書き手いらないんじゃないのとか
編集したら編み手とかいらないんじゃないかなというふうには思っちゃったりするところもあるんですけどね
ただ自分はそこで言うと違うかなというふうに思っています
なくなっていくのは別に書き手ではないかなと思うんですよ
2010年前後に成立した書き手の仕事のパッケージっていうところがなくなっていくみたいな形
発注があって一定の文字数で書いてSEOとかページビュー獲得するために頑張りましょうみたいな記事を作ってバイトに載せると
それで広告が回収されて次の発注が生まれると
この流れ時代は今もあるんですけど今も必須な仕事だと思うんですけど
ただそれだけでキャリアが積み上がる時代ではもうなくなりましたからね
そこは認めた方がいいんじゃないかなというふうに思います