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【海外×キャリア Interview】海外大学院への道はどう開けた?|営業職から英国MBAまで
2026-10-23 25:01

【海外×キャリア Interview】海外大学院への道はどう開けた?|営業職から英国MBAまで

このポッドキャストでは「海外×サッカー」をテーマに様々なエピソードを配信します。ぜひ、フォローして次のエピソードをお待ちください!


Miki: 兵庫県出身、アメリカ・ダラス在住。高校卒業後に渡米し、ノーステキサス大学で運動生理学と心理学を専攻。日系スポーツメーカーで法人営業として働いた後、イギリス・リバプール大学院でサッカー産業MBA(経営学修士)を取得。TOEIC955点、IELTS 7.5点 (TOEFL換算105点)。


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“Step out for a new challenge” 新しい挑戦へ向けて、新たな一歩を踏み出そう。 「海外×サッカー」をキーワードに、皆さんの新たな挑戦を応援します⚽️🔥

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サマリー

Mikiは、日本のスポーツメーカーで法人営業として3年間働いた後、イギリスのリバプール大学院でサッカー産業に特化したMBAを学んだ経緯を語る。仕事に慣れて成長速度が落ちたと感じ、IELTSなどの準備をしながら軽い気持ちで応募したところ合格し、海外経験や家族の支えを背景に新しい環境へ踏み出した。一方で、大学院のコースを十分に調べずに進学したため準備不足も感じたが、転職や社内異動を含め、挑戦そのものに価値があったと振り返る。海外に関心がある人には、生活費などを現実的に準備しつつ、収入や肩書きへのこだわりでハードルを上げすぎず、自分の価値観に合う生き方を選ぶよう勧めている。

日本のスポーツメーカーでの法人営業
皆さんこんにちは、Mikiです。 今日は、私の当時、日本で仕事をしていた環境に、ちょっとフォーカスを当てて、その後、イギリスの大学院、リバプール大学院というところで、サッカー産業に特化した、サッカーM
BAっていうのを専攻した、そういう経験があるので、もうだいぶ時間が経っているんですが、かなり前の記憶を思い出しながら、
今、日本で働いていて、ちょっとこの先どうしようかなとか、このままでいいのかなと思っている人に、少しでも参考になったらいいなと思っているので、話していきたいと思います。
で、前回、たくみくんに来てくれて、経験をシェアしてもらったんですが、今日は、そのたくみくんに質問してもらって、インタビュアーとしてお願いできたらと思います。
はい、じゃあ、たくみくん、お願いします。
よろしくお願いします。
はい、では早速、お聞きしたいんですけど、みきさんが、その当時、大学はアメリカの大学を卒業されたと思うんですけど、
そうですね、はい。
あ、お聞きになっている方、もしかしたら知らない方も一部いらっしゃるかもしれないので、大学卒業されたと思うんですけど、その時働いていた会社にどういう経緯で、どういうようなお仕事をなさっていたのかな
っていうのを改めて伺いたいです。
はい、日本のスポーツメーカーに就職をして、もう日本の大学を出た人たちがほとんど同期で、日本の職場っていうんですかね、はい、いうところで営業として仕事をしていたんですが、
私は大学は丸々アメリカで4年間過ごして、アメリカの大学を卒業して、日本の会社に就職したっていう形だったので、おそらく将来的にはその会社の中でもグローバル部門っていうか、海外と仕事をしたり、海外支社が
あったり、そういう会社ではあったので、そういうところで仕事ができたらいいなとか、
会社としてもそういう視点で、私のことをいい人材と思ってもらって会社に入れてもらえたのかなとかは思ってるんですけど、最初はやっぱり国内で経験を積むとか、私としてもまず最初は営業として現場を見るとか現
場で働くっていうのが大事だなと思っていたので、
その中でも法人営業で新規開拓みたいなところをメインにしていた部署だったので、割とアグレッシブに電話かけたり訪問したりとかもしましたし、案件とかもいろんな規模のものを経験して、一つ最初の経験は、
社会経験、仕事としては広くビジネスに関わることだったり、お金売り上げを上げるとか、そういう意識も持ちながらでも厳しすぎない環境でありがたい環境で3年間働けたかなというふうに思います。
ありがとうございます。私と同じ3年間だった、同じ3年っていう意味では同じだったかなって。
そうですね、3年間はどういうような区切りでみきさんの中で取られていらっしゃったのか、いつ頃から一度仕事を辞めるだとか、また役員に最終的に行かれたと思うんですけど、それも踏まえてどういうタイミングでその
ビジョンが見えてきたのか、ちょっとその辺を伺いたいなと思うんですけど、どうですか。
成長速度の低下から海外大学院を考える
最初から3年間って自分の中で全然思ってたわけではなくて、ただ最初の1年、2年は今の新しい仕事の環境で慣れたりとか、先輩とか上司に混ざって仕事ができるぐらいになるにはそれなりの時間がかかったので、
もうそのことで必死というか、それ以外の環境のことを考える余裕もない中で、ただやっていくと全然完璧になるってことはないですし、まだまだ足りない部分っていうのは常にあるけど、一通り今の環境でやるべきこと、
これを抑えとけば大丈夫みたいなのがなんとなく見えてきたのが1年経って2年目の途中ぐらいだったのかなと思いますし、
当時の私なりには向上心を持って、新しいことを経験したいとか勉強したいとか、だから職場の中だけじゃなくて、ちょっと資格取ってみたりとか、フットサルもやってたんですよね、ずっとチーム入って。週4とかでフ
ットサル。
忙しい中でも仕事とフットサルと、それ以外も勉強したりとか、当時の自分の中で成長意欲を持ってできることをやって、どんどん早いサイクルで回していくみたいなことを意識しながら過ごしていたかなとは思うので、
その成長スピードとか、やっぱ同じ環境でずっとやってると1,2年経った時にちょっと余裕が出てきて、
その成長スピードがずっと同じではなくて落ちてきているなって思った時に、他により早く、より多くのことを学べる、吸収できる環境っていうのは、今の職場以外にあるのかなみたいなことをなんとなく考え始めたのが2
年目の途中だったかなと思うんですけど、
でもそれって仕事を辞めてとかそんなに強く意識してたわけではなくて、部署を変わったりするとまた新しい人たちとか新しい仕事っていうのがあったと思いますし、ただそれと同じようにそれ以外の会社の外とか、はた
また海外っていう選択肢も、私は大学でアメリカに行ってたので、自然と選択肢に入ってきたっていうような、
その程度だったんですけど、私は軽い気持ちで新しいことにポンって挑戦っていうかやってみるみたいなのが好きで、海外の大学院ってそんなにリスクないじゃないですか、受けることだけは。
だから受ける過程の中でもIELTS取ったりとかなんかいろいろ準備しながら、自分のいい経験になるかなと思って、軽い気持ちで応募したら合格をもらって、その時にどうしようみたいな、そういう流れでまだまだ
日本にいながら海外に行く選択肢っていうのがかなり現実的になったっていうことがありました。
なるほど、リスクのところはもう本当に共感できるところで、まずはどんどん興味があるところとかチャレンジャーできるところからやってみるっていうところがみきさんの価値観としてあるってことですね。
でも不安とかもめっちゃあるはずなんですけどね。
でもなんか一人で海外に行ってなんとかなったとかいう経験はすでにそれまで2回してるんですよね。
アメリカの大学と高校の時もニュージーランドに1年間送り出されたというか、母に行ってらっしゃいということで一人で行ったので、その経験がなかったらすごい怖いと思いますし、いきなり違うことする。
周りの動機とかも本当にずっと与えられた環境で一生懸命仕事をするみたいなところに一緒に馴染んだ方が、私も別にそんなに全然悪い環境ではないから、それ以上のことを考えるみたいなのもそんなになかったかもし
れないなって思うんですけど、
一つは自分の中でそれなりの成長意欲というか、もっと頑張りたいみたいな思いがあったのと、一人で海外に行ってすごい自分が成し遂げられるとかそんな経験はないんですけど、なんとかなるとか、なんとか生きれて、
日本にはない経験ができるみたいな体験は元々持ってたので、
それが海外にちょっと応募してみようかなっていうところには繋がったのかなと思います。
勉強になります。
リバプール大学院への挑戦と準備不足
もし万が一大学院が受からなかった場合は、みきさんはその3年が終わった時にどうする、どうしようかなって考えたことありますか?
もし大学院がダメだったらどうしよう、オプションB、オプションCを考えて、今現在進行期でやってるところなんですけど、もしみきさんがイギリスのリバプルの大学院が受からなくて、なった時には仕事はもう辞める
ことを決めてたのか、どういうことを当時考えてらっしゃったのか教えてください。
はい、私の場合は仕事をしながら大学院に応募したので、それがダメだったら全然その仕事を続けようって思ってました。
その中でも一応、転職サイトみたいなところに登録したりとか、話があったらちょっと検討したりとかいうことはしてたかなと思うんで、本当その時のタイミングと自分の状況と重ねて決めてたかなと思いますし、部署移動
の話とかもあったんですよ。
より自分が英語を使えたりとか、グローバルに関わるような部署もあったので、そういうところで仕事ができるかもみたいな話もあって、それもすごいワクワクしたんですけど、
会社の中にもいろんな制度があって、自分からこういうことがしたいっていうのを募集されてそのプロジェクトに買い入れるとか、ちょっと海外に行けるとか、そういうものがあったときに、私はそういうのをとりあえず応
募して受かったものもあれば全部受かるわけないんで、難しいっていうことがあったときに、
この会社の中でもちろんいろんないい経験をさせてもらえるけど、そればっかりに頼ってたら、自分が望んでることを望んでるタイミングでゲットするのは難しいんだなって、それは当たり前だよねっていうことにも気づ
いて、
じゃあそれだったら、もし自分の今のタイミングでこの環境が自分にとっていいっていうものがあるんだったら、自分から思い切って行動するっていうのもいいんだろうなっていうのは思ってたので、一旦は仕事を続けて
たとは思うんですけど、
似たような模索とかチャンスが来たら、その時に考えていいなと思ったら行動するとか、そういうマインドは常に持ってたかなと思うので、それがたまたま、だから私にとったら海外の大学院、リバプールでサッカーに特化
した勉強できたことが一番良かったっていう考え方じゃなくて、
転職でも良かったと思いますし、もうその社内の中で自分にとってすごいいい環境があったらもうそれで十分だったと思いますし、なんかそれがたまたま私には大学院だったっていうことで、そういう思い切って挑戦した
とか、新しい経験できたっていうことが一番大事だったのかなとは思います。
なるほど。
すでにみきさんの中では高校大学の中でグローバルなバックグラウンドを持たれてたので、そこの移動っていうのはそんなに違和感はなかったってことですよね。
うーん、ちょっと思い出しますね。
まあでも、やっぱりすごい大きなことで、私にとって仕事を始めてプレッシャーもあるし、周りの人に迷惑かけられないとかいうのもすごい感じてたから、仕事を辞めるってすごい簡単にできない、軽い行動として取られる
のは良くないって思ったから、
応援してもらいたいっていうか、いい形でその仕事も区切りをつけたいって思った時に、それぐらいのことを次、もう大学院合格もらったんでここに行きますっていうことで、結果的にそれならって思ってもらえる人が
いたりとか、すごいね、頑張ってきてって言ってもらえたりとか、
全員はね、こんなわからなかったですけど、私なりにそうやって海外の大学院に行くって宣言したからこそ、なんかそのキャリアのシフトっていうか、新しい環境に横にシフトできたっていうことはあるんですけど、
結局行った先ではすごい難しくて準備が足りなかったなぁと思うので、勢いはすごい良かったんですけど、最短の3年で辞めて、そういう難しいコース受講できたっていうのは、勢いだけで行ってしまったなっていう反省点
というか、ちゃんとコースのことも調べて自分に合ってるのかどうかとか、
その辺はちょっとすっ飛ばして行っちゃったなっていうところがあるので、客観的に見て自分が一番適してた選択肢だったかどうかはすごくクエスチョンなんですけど、まぁでも後悔は全然してないですし、ある意味私ら
しい旅出し方をしたのかなとは思います。
いやー、でも今お話しかかって思ったのは、なんか宇宙戦ロケットみたいなの、ジェット機みたいな、要はジェットエンジンがミキさんの中で爆発的なものを持ってたから、ある程度重力っていうものがあったとしても外に
飛び出せたんだろうなって。
なんかね、なんか今話してたりとか、もうその周りの同期とか友達とかからしたらそういう風に見えてたかもしれないんですけど、じゃあなんかそのエンジンはどこから来てたのかっていうと、やっぱ最初からそのすごい変
家族の支えと環境を変えるエネルギー
わってるじゃないですか。
日本にいるのにニュージーランド行ったりアメリカ行ったりっていうのはちょっと親の影響があって、そういう考えがもともとうちにはあるというか、それが自分の中に日本で仕事しててもどこかにあったっていうのは家族
のサポートなのか、そういうことしたいって言っても応援してもらえたり、いいねって言ってもらえる、特に母。
母親がいたっていうことはすごく大きいんですけど、もう一つは働きながらこのままでいいのかなとか、すごい楽しく仕事をできてたかって言われると、それはなんかその環境だったからっていうよりも、一つの限定的な職
場の環境でルールがあったりとか、こうすればいい。
でもこれをやったらダメとか、そういうのがはっきり決まってる環境ってちょっと疲れちゃう傾向があったので、やりすぎちゃう、考えすぎちゃうみたいなところもあったので、じゃあこのネガティブな感情とかなくす
にはどうしたらいいのかなっていう思考は常にあって、もちろん自分のできることもあるけど、環境がそういう思考に自分をさせてるとか、とにかくなんかいろいろ考えてたっていうのはありますね。
その今の環境でめっちゃハッピーっていうわけではなかったから、じゃあそれが逆にどこを解決したら自分はよりいい気持ちで過ごせるのかなっていう探求は常にしてたかなと思うので、
なんかそれがロケットが出発したんだとしたら、その元となる燃料はなんかその辺のちょっとフツフツというかちょっとネガティブに思ってたところを反動にして、新しい環境に行ってみるみたいなエネルギーにはなったの
かなと思うんですけど、えらい長々としゃべりましたけど。
海外挑戦のハードルを下げる
いやいや、とてもよくわかりました。
ミキさんはそもそも皮脂のスキルとして英語力は日本の平均以上はもうすでに持たれている状態で社会人になったっていう意味では、移動のしやすさっていうのは一つあったかなと思うんですけど、
ただ一度所属した組織を抜け出すっていうのは、そういうところを経験したミキさんでも大変な思いをしていたっていうので、もし仮に周りからもちょっとやめにくいような感じで、でもフツフツとした思いを抱えている、
重力したいなという人が社会人、今聞いている方に対してアドバイスするとしたら、ミキさんはどういうような声かけをしますか。
理由とかきっかけが何だったとしても、海外に興味が出たりとか、そういうところで生活したいとか、学校通いたいっていう人って、すごいなんかいいエネルギーを持ってるっていうか、向上心だったり、自分の価値観を
広げたいとか学びを増やしたいとか、
まずそこは誰でも持てるものじゃないし、ぜひそこの気持ちを今の職場、環境とはすごいギャップがあるかもしれないんですけど、海外に対する思いはポジティブで素晴らしい思いだっていうことは認知してほしいなって、
自分の中で認めてほしいなって思いますし、
あとは、どうやって海外に出るんだとか、現実的な問題ってどうしても出てくると思うんですよね。生活費どうするのとか、今働いてるからもらえてるお金もなくなるとか、いろんな形で守られているセーフティーネットを
なくして飛び出なきゃいけないみたいなこともたくさんあると思うので、
その安心感をどこで作るか、お金になる人もたくさんいるのかなと思うんですけど、そこは現実的に準備をしてやってみるっていうところもあるんですが、一つポイントはハードルを上げすぎない。
今の世界で収入を今から下げられないとか、今の肩書きを捨てるのがもったいないとか、多分いろんなハードルが出てくると思うんですけど、海外に出るとき、新しい経験をするっていう素晴らしいことをするときは、そう
いった目に見えるものっていうのはそのままの基準にしちゃうと、なかなか一歩踏み出すのが難しかったり、不安がどんどん出てきたりするのかなって思うので、
今結果的に言うと、そのハードルっていうのは別に下げちゃえばいいし、それ以上に目に見えないものかもしれないけど、自分はいい経験をして、新しいものを見て、今すぐじゃなくてももう人生残りの期間プラスになる
ような体験ができると思って、
ハードルを下げる、そんなにこだわらない、みたいなところは一つあると、より楽に決断できたりとか、思い切った一歩が踏み出せたりするのかなとは思うので、ちょっと過去の私に対しても言いたいメッセージとして、
そんな感じかなと思います。
組織に属さない働き方と自分の価値観
もう一個だけ聞きたい。
どうぞ。
ミスターは今フリーランスというか、大きい何か組織に属してやってるわけではないと思うんですけど、大きい組織とか強化の組織が飛び出すって時に、組織に属するってことは、そういう生きづらさとかいろんなしがらみ
とかってあるようなデメリットがある一方で、組織で今守られるみたいな話があったと思うんですけど、そういうメリットもあると思うんです。
僕は今実際そこを飛び出して、フリーランスという状態で、良い面がある一方で、所属がないことによるいろんなデメリットも今ちょうど直面しているところなんですけど、そこのミキさんとはどういうふうに折り合いを
つけて今やってきたのかな。
えっとですね、やっぱりそれって自分が学生の時から社会から教わったものとして、学校で良い成績が取れたら自分はすごくプラスだし、良い大学に行けたら周りからすごいって言われるし、良い会社に勤めてとか、それ
って全部社会的な判断軸じゃないですか。
そこを大事にしていると、すごい不安って増幅していくと思うんですよね。そこに属せてない自分とか、守られた中にいない自分っていうのはダメなんじゃないか。
すごいなんか自分に対して罰をつけたくなるんですけど、私は海外に行って、日本の中では有名とかすごいって言われるようなことも何の意味もなさない。そこにすがりついて生きてた自分がなんかアホらしいって思うぐ
らい、何にも通用しなくて自分は何も持ってないみたいなちょっと衝撃を受けた経験があったっていうのも大きかったかなって思うんですけど、
今は自分は組織に属してなくてダメだっていまだに思うんで、そこは常にあるんだっていうのは受け入れつつ、でもそれでも平均的に見たときにこれでいいって思える人生、それを選んで自分が生きてるっていうことをする
には、
その辺の自分が生きる上での基準、価値観っていうのを、社会の物差しで自分の価値を決めるんじゃなくて、結局自分はどういう生き方がいいのかなとか、メリットとデメリットがありますよね、組織にいるときの。
自分の中で納得して、一つの組織の中でずっと働くっていうメリットデメリットと、そうじゃない人生を選ぶメリットデメリットを並べたときに、私はこっちの方がいいかなって思うので、
でもなんか今って本当にフルタイムだと本当その一つの組織がメインですけど、いくつかの組織に属したりとか、一つの仕事の基準を落としたりとか、そうするだけでも自分が基準で仕事をそのとき必要なこととしてや
りながら最終的に自分が向かいたい方に進んでいくっていうことがやりやすい世の中かなと思いますし、
それがどうしてもなんか一つのフルタイムの仕事になっちゃうとちょっと引っ張られすぎて良くないかなっていう感覚は、はい、私は持ってるかなと思います。
ありがとうございます。
はい、たくみくんがね今ちょうどまだ海外には行ってなくて、そこに向けて準備してるっていう段階なので、大丈夫かなって思ったりとか、そういうのも自然とあるかなと思いますし、それでも今そこの段階に行けてるわ
けでもすごいと思いますし、
その前の段階でちょっと悩みながらもなかなか行動に移せていないみたいな人もいるんじゃないかなと思うので、今回もこのテーマで話してみようっていうことに至った経緯でもありましたし、たくみくんのお話も聞
けて、私の話もできて、少しでも伝わったらいいなと思います。
はい、ちょっと私なりにこういったテーマで今後も発信できるといいなと思っていますし、それに合わせてちょっといろんな活動もしていけたらと思っているので、またこのポッドキャストでも共有させてもらえたら
と思いますし、それ以外のSNSなどのアカウントでも発信していこうと思いますので、よかったら今後もチェックしてもらえたらと思います。
はい、じゃあ今日はここで終わろうと思います。たくみくん改めてありがとうございました。
ありがとうございました。
25:01

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