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おはようございます。
この放送は、僕の頭の中の生理性とのため、
自分の中のあかん人のあかんこと懺悔、
そして時々、愛車JB64ジムニーのよもやま話など話しております。
今日は7月23日、3連休明けの平日4日の水曜日。
今日で今週も前半終わり。
最高気温は35℃超が予想される相変わらずの猛暑日の朝です。
さて、今日の本題は、ひょっとしたら枕よりも短くなるかもしれません。
タミヤ俊作の功績
株式会社タミヤの会長、タミヤ俊作さんの不法が耳に飛び込んでまいりました。
現株式会社タミヤ、僕が10代のプラモ少年、
花垂れのプラモ少年だった頃はタミヤ模型と言っておりました。
タミヤのプラモデルといえば、その再現性の確かさと精密さで、
他のメーカーから群を抜いて出来が良かった、そんな思い出がありますし、
何しろ、今の言い方は違うな、
多分後から言われだしたんですが、ボックスアートと呼ばれる、
当時新進記のイラストレーターであった小松崎茂さんとか、高乳茂さんとかを用した、
まるでモデル化した、製品化した、艦船なり飛行機なりが稼働していた頃、
彷彿とされているような背景まで入った箱絵、これが有名でございまして、
箱絵だけで買ってしまいたくなるような、そんな時代を築いたメーカーでした。
赤と青の四角の中に白い星を、2つの四角の中に白い星をかたどった印象的なロゴも、
いまだに古くなることなく、タミヤといえばあのロゴマーク、
そして平成の子供たちには、何と言ってもミニ四駆のタミヤとして有名なメーカーでした。
当時小学生からその親である大人まで巻き込んだ一大ブームになりましたが、
僕も少しハマりましたが、そんなタミヤの黄金機を作った会長、タミヤ俊作さんが亡くなったというのは、
90歳お年でもありますが、とても残念な出来事でした。
全然まとまりません。これしかもテイク5です。
5回撮り直してもまとまらないので、このまとまらない内容でそのまま配信しようと思います。
それでは、きのう今日の良かったこと。
睡眠時間が比較的長めに撮れました。12時前には寝ておりました。
が、寝起きがいまいち良くないのは質が相変わらず良くないのだろうか。
それだけが心配な今日この頃。
それでは今日はこの辺でバイバイ。