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2024-10-13 20:26

SNSをお休みしようと思ったきっかけをログとして

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サマリー

このエピソードでは、SNSから離れることを決意した背景とその感情について語っています。特に、大山信代さんの死を受けて感じた喪失感や、SNS上での反応に対する複雑な思いをニュアンスを交えて考察しています。SNSからの一時的な距離を置くことで、自身の情報収集の在り方を見つめ直す機会を得たことが語られています。また、SNSを通じた人間関係の利点を認識しつつ、情報の雑多さに対する懸念を表明しています。

SNSから離れる決意
はいみなさんこんばんは、ゆうすけです。少し投稿間が空いてしまいましたね。
あの僕よくコーナー演ができるんですけども、4人にもよってできちゃいけない箇所に何個もできるという事態に見舞われてましてですね。
もうしばらく喋るなんてことが本当にできないぐらい、ちょっと良くないところにできてしまったっていうことがありました。
あと僕自身は幸いね、大丈夫だったんですけども、職場の方でね、コロナウイルスの陽性者が多数発生するっていうようなことにもなってて、
講師ともにちょっとバタバタしている時期があったので、久しぶりのね、スピーチ番組になっています。
お久しぶりです、はい。 だいぶ涼しいですね、今外を歩いてますけども。
で先日ですね、僕Xの方で、しばらくSNSから離れますという
投稿をしました。 今日はね、なんでね、そういう風にしたのかなっていうところを
ちょっとね、声の記録として残しておこうかなと思いまして、思いまして喋ってます。
今日の気持ちとかね、今どういう気持ちになってるっていうのは多分今この声が一番リアルに残せるかなっていうことで、ログという感じですかね。
そこの投稿にも添えたんですけども、そもそもね、わざわざSNS離れますっていうことを宣言してね、
やることではないと。 そんなね、わざわざね、僕やりませんからみたいなことを言うのもね、
なんか変な話なんですけども、 Xを使って連絡を取り合っている人とか、あとまだお返事ができてない案件とか、
いろいろあったのでね、そういう方々はですね、僕のXのタイムラインの方はよく見てくださっていると思うので、
ゆる業務連絡みたいな意味も兼ねてのSNS離れます投稿だったわけですね。
大山信代さんの死
で、なんでそうなったかですね。
数日前にですね、皆さんご存知かと思いますけども、女優、そして声優としてね、
大活躍されてました大山信代さんがお亡くなりになりましたね。9歳。
で、僕はそれは職場のテレビでやってるのをちらっと通りがけで見かけて、そうなんやということで知りました。
職場中?仕事中だったんで、もうそこで立ち止まるっていうこともなく、次の瞬間には仕事に戻ってたんで、
切り替えなあかんっていうことで、そういう事実を咀嚼するのに少し時間がいたような感じでしたね。
いやーでもね、ショックやった方はいっぱいいらっしゃるんじゃないでしょうかね。 なんと言ってもね、あの声、今でもね、
頭の中で聞こえてくるような方多いんじゃないですかね。ドラえもんの声やってましたからね。
で、声優を交代されてもう20年ぐらい経つんで、ぶっちゃけね、この何十年っていう単位で大山さんの声を聞く機会ってのほとんどなかったわけですよ。
新しくね、録音された、収録された声っていうのは。 たまにね、過去の映像見たりとかするtokini聞いたりはしましたけども、それもね、何十年前の
お仕事っていうことで、ぶっちゃけ、まあ
皆さんね、すごく尊敬してるし偉大な方だっていうのはわかってるんですけども、 えっとじゃあ毎日大山さんのことを考えてましたっていう人はほとんどいないと思うんですよね。
で、亡くなったってこう知ったtokini、あ、なんかこうポカーンとするというか、わかるかなこの感覚。
なんやろうな、ま、いくら大好きでも、なんかこう寝ても覚めても考えてるってわけじゃなくて、 なんかそういう存在として
あの心のどっかにいるみたいな 感じで
これねあの有名人とかね芸能人とかがこう 亡くなった、今日ちょっとね人が亡くなる話なのでそういう話苦手だという方ちょっとごめんなさい
なんですけども、そういうね、えっと 著名人とかがね亡くなった時とかに
感じるこの感覚っていうのもしかしたら共感いただけることもあるかもしれないんですけども 毎日その人のことを考えてるわけじゃないわけですよ
だけど
この日に亡くなりましたって聞くじゃないですか。ほんだら、 逆に言ったらその前の日は
同じ空のどっかにおったよなみたいな、わかりますかね。 で、今はこの世の中のどこにもいないんだな、その人はみたいな
身近なわけじゃないんですけどね 身近なわけじゃないんだけど、例えば僕が先週ね
車に乗ってお出かけしてましたよ、その時も大山さんは日本のどっかでね 何かしてらしたと、ご飯食べてたかもしれへんし
外を眺めてたかもしれへんし やけど今日はもういないんですよ、この世、世界に
っていうなんかこう不思議な喪失感って言ったらいいんでしょうか 家族とかね、親族とかね、友人とか身近な人が
いなくなってしまった時の 喪失感とはまた別の種類の
不思議なね、距離感の
ぼっかり穴が開いた感っていうのがすごい今は 感じてますね、すごいショック
ショックって言ってもね、もう人間は死んでしまうものなので あれですけども
そういう出来事がありましたと、なかなかSNSの話に行きませんけども 次にそんな話になります
えっとまあそういうニュースが駆け巡った後ね、世の中を駆け巡った後ね テレビでもやってるし
ニュースとかでも見るしみたいな感じで もちろんそのSNS上でもそういった話題がこうすごく
増えるわけですよ 大山さんの
死を痛む声であったりとか
ドラえもん良かったよねとかね その一人一人にとってやっぱり大事な存在
SNSの影響と個人情報
大きな存在だったっていうことが分かると 僕だけじゃなくてね
っていうのはいっぱい見る機会があったわけですけども
あ、ごめんなさい、この話ね 大前提として悪い人っていうのは誰も出てきません
一人も出てきません
で、あと僕がそう感じたっていうことの めちゃくちゃ主観なんで
もしかしたらね、そうかなとかね そうは感じひんなと思われる話があるかもしれませんけども
そこはご了承くださいと
多くの人がですね、その大山さんにお別れを
言いたい 届けたいご本人に届けばよいなぁみたいな形のね
願いを込めていろんな投稿されたんですけども
やっぱりね、全部が全部そうじゃないなって 感じるのがあったんですね、僕の目からすると
いわゆるすごい平たく言うとリップ稼ぎというか
昨今のSNSっていうのはもうそういうものになってきましたからね たくさん反応があっていろんなところに拡散されて
多くの人に目に留まるっていうことがすごくいいことみたいな
自分だってね いろいろな形で発信配信をやっているので
そういう気持ちはすごくわかるし大事なことやし 個人として嬉しいのはすごく共感できるんですよ
ただ やっぱりわかるじゃないですかその投稿の内容を見てて
あとは前後のね、他のこの人がどういう普段から投稿をやっているのかっていうのを見たら
もともとその小山さんに対して興味があった方なのかなかった方なのかっていうのがやっぱりわかると
ていうので あんまりやっぱりその
それもねしかもなくなったっていう当日の話ですよ たくさんたくさんこういろんな関連する投稿が上がってくる中に
そういうものもたくさん含まれているっていうことがちょっと僕はなんていうか 言語化できない
なんとも言えない気持ちになってしまったと
まあその人はねその人なりのその人の 持っている世界の中での大山さんに
対してのメッセージということでもちろんその ただ単にねその雑に扱ってるなんて僕は言うつもりはありませんけども僕には
そう見えるっていうものもいくつかありましたよということなんですね それですね
あの だからSNSやめますって話じゃないんですよ
これはまだまだ前段というかただのきっかけでしかなくてですね えっとまあもともとその sns っていうものに対してどういうふうに
していけばいいのかなっていうところを考えぐねてるっていうのは日頃あったんですが
えっとまあ僕に限らず皆さんねこれ聞いていただいている皆さんもだと思うんです けどタイムラインって
私が見ているタイムラインとあなたが見ているタイムラインで違うものですよね 日頃の例えば興味関心どんな話題に対して反応しているかとかどんなコメントを
しているかとかあとはフォロワーさんにどんな人がいるかとか いうのがアルゴリズムでね
いろいろと解析されておすすめの投稿が出てくるとか それに関連する情報が出てくるとかっていう形でタイムラインというのが形作られていると
つまり僕がえっと そういうのをいろいろと目撃してしまってちょっとやりきれない気持ちになったっていうこの
タイムラインの世界も僕が作ったものなんですよ ねっ
日頃の なんていうかなえっと
何下台投稿であったりとか こういうこういうニュースが新しいよっていうふうにね
リポストしたりとか いうのの成果成果物として今の見てるタイムラインがあると
そのでえっと
sns っていうのがもうそういうものになってますよね なんか昔のメディアとね比較するっていうのは何前すかなって僕は思うんですけども
あえてねそういう言い方を今回すると例えばテレビをみんなが見てる時代とか 同じものを見てる同じ
漫画を読んでるとかねそういう共通のこの情報の中で生きてた頃からどんどんどんどんその
個人の 情報個人向けの情報にシフトしていってるっていう風なのが現在
というふうに言えるかと思うんですね そうなってくるとですね自分が日々受け録ってる情報ってやっぱり自分に向けたものなんだなっていう
ふうに感じるわけですよ その中には
この積極的に取り入れたい情報もあれば またそれとは
違うものそのアルゴリズム的に関連情報として吸い上げられて僕に届けられているものっていうのも 含まれてくると
っていう風になってきたらですね 自分の見ている世界ってすごくすごく狭くなってるんじゃないかなというふうに思ったわけ
ですよ なんていうかなぁ
テレビとか新聞とかやったら自分の興味のないようなジャンルとか分野の情報とかも 一色たに音を流れてきてその中で自分の気に入ったものを
選んで 意図的であろうが無意識であろうがね選んで自分の中に取り入れていくと
SNSとの向き合い方
咀嚼して自分の血となり肉となりっていう感じだったのがだんだんだんだんなんかその 深く深く狭く
広く浅くの反対でね深く狭くみたいになってるよなぁっていう風なことを 日々
感じててそれでその sns でどういうふうに向き合っていったんやろうみたいな形で僕思って たんですよね
そもそもの話ねこの先ほどの大山さん云々とかの全然前から考えていることで
でそれがこの数日間の中で まあちょっとその
もう一度ちゃんと考え直すきっかけになったというか
だから なんやろうな
まあ現代病とよく言われますがスマホ持ってたりとかするとね 何かやってる作業の合間についついこのスマホ開いてしまって
sns 見てザーッとこうタイムラインをスワイプして でまた何かの作業に戻ってと
でもちょっとしたらまたね気になっちゃってそっち見てみたいなこと なりがちじゃないですか僕もそういう風になってて
で僕その生成された生成というか何やろう えっとその成果物としてね日頃のえっとつぶやきとか
リポストとかの 成果物として出来上がった僕が見ているタイムライン
の情報ってすごい客観的にね1回ちょっと距離をとって よくよく考えてみるとすごくね
情報量が 多いんですよ
うん まあ何年もねやってますとフォロワーさんもどんどんどんどん増えてきたりとか
これまでのねその 使ってきた蓄積とかもどんどん溜まっていって
タイムラインに流れてくる情報って本当に あの言い方を変えると雑多なんですよ
すごい雑多に思ったんですね ある人はこんなことを喋ってて
このアカウントは例えば メディアの
アカウントやからその なんていうかなお知らせ的なことをね
こうポストしてて またある人は普通に日々の
なんでもないこと喋っててみたいな感じのが縦に縦画面にずらーっとねギュッと凝縮されて ドドドドドドドってすごい勢いで自分の目に飛び込んできてる
整理されてなくて雑多な情報っていうのにどんどんどんやっぱりこの蓄積をね していくうちにタイムラインがこのコントンとしていくというか
そういう状況になってるなぁということにはたと気がついて そういう情報の洪水みたいなものを
隙間時間にねポチポチポチっと喋るポチポチポチっと 開いて流して目にいっぱい注ぎ込んで
でまた仕事とかに戻っていってでまたしばらくしたら開いてまたすごい情報の荒波 を自分の目の中にね注ぎ込んででまた戻っていってっていうことをしていると
いうのがちょっともしかしたら自分の なんやろうな世界
情報を取り入れるという意味での自分の世界を狭めてしまっているような気がすると そういうふうなね
気持ちに どんどん収穫されていったというか
日頃ねなんとなくは なんとなくは感じてたことが一つのきっかけを
一つのことをきっかけにして なんとなくその
感じてた違和感を 一つの仮説にねたどり着かせることができたみたいな感じではありますかね
ちょっとあの あの考えながら喋っててちゃんとまとまってないんでね
あのどういうふうに伝わっているかどういうふうに僕があの ね今回のお話がなってるかちょっとわかんないまま
ちょっと収録しちゃってるとこあるんですけども今の気持ちというか今の心の状態 みたいなところはこんな感じってことですねうん
ね何言ってんだって感じになってるかもしれないですけどもはい
まあでもね実際やっぱりあのなんでもね使い方向き合い方 活用の仕方なんじゃないかなというふうにはねやっぱ思うわけですね
すごくやっぱり便利なものですし 指示たいことは何でもね手のひらで知れるっていう時代になってるし
っていう中で少しね その取り入れすぎてて雑多になっている
頭の中をしっかり綺麗にスッキリさせたいみたいな 今状況になっててそのための一つの手段として
sns からしばらく離れてみようかなと まあこういうまあお話だということですはい
人間関係の重要性
そういうことですはい
まあでもね 今すごくあの
いろんな方と猫知り合って仲良くなってということが 実現しているのも
まあ sns のおかげじゃないですか これをね聞いてくださっている方の中にも
初めのね僕ゆうすけと 繋がったきっかけは
それは sns みたいな方はすごくたくさんたくさんいらっしゃるので その人たちの繋がりを生んでくれたのも
sns この情報社会の賜物だと だから別に sns 悪っていう考えを別に持っているわけではなくて
いったん えっとそういう同じ話のね繰り返しになっちゃうけども
活用のさせ方っていうのに ちゃんと向き合ってみようかなっていうところでの今回の話なので別にあの
ごめんなさいあの投稿を見てね ギョッとされた方もしかしたらいらっしゃるかもしれませんけども全くそういう
ネガティブな話ではありませんのであそこだけはねちゃんと今回ちゃべとかなかな っていう感じは
しましたねはい あの
投稿を見てね連絡をすぐに連絡をくださった方が何人もいらっしゃって ありがたいなぁっていうのとちゃんとね
なんでそういうことをやろうとしたのかっていうのはどっかで こう出しとかないと
心配をねおかけしてしまった方に対してもうちょっと失礼かなという感じだったんで 今回のお話ですはい
まとまってるかなそして何言ってるのと思われてないかなちょっとまあ心配ではあります けども一旦
一旦お休みをします sns をねうん
なんで全然あのこういう場所での発信とか続けていくし 他の場面での
つながり持ってる方とは全然あの 残り変な言い方やな
他のねツールを使ってねやり取りしている部分に関しては全然僕その世界にいるんで あの
変わらず僕全然何も変わってませんのでおかわりなく 接していただけたらなという感じではあります
はいちょっと長々となりましたけどもそんな感じです じゃあ今日はここまで
皆さん三輪機を楽しんでらっしゃいますかね またいろんな話をしましょう
というわけでありがとうございましたゆうすけでした
20:26

コメント

SNSとの距離感の取り方は難しいですね 自分も悩むことが多いです 二か月前に旧TwitterからXに戻って来た時に雰囲気が悪くなっていたのは驚きました💦 なので、今はパソコンで短時間のみXを閲覧するようにしています(スマホを使うと四六時中見てしまうので) そのため、今は不快感を感じることは減りましたよ

フォロー数、確認させていただいたら900人もいらっしゃるんですね。180くらいでフォロー中しか見ない私でもたまにウッてなるのに、900人もいたらそりゃ有象無象になるでしょうね。 社交辞令のフォローは外したりミュートして自衛するしかないですねぇ。 こういう話聴ける声日記最高。これからも気が向いたら更新、楽しみにしてます。

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