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#154 個の痛みを連帯へ。次世代の表現を守る堀江栞の「抗い」(アーティスト 堀江栞)
2026-05-16 58:38

#154 個の痛みを連帯へ。次世代の表現を守る堀江栞の「抗い」(アーティスト 堀江栞)

傷を負い、それが「かさぶた」となり、その後治癒していく。作家特有の課題や機会の不均衡に目を向け、「誰もが描き続けられる場所」を模索する彼女の思索を紐解きます。身を削る創作の裏側と、美術界への切実な提言を伺いました。⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://sorosoro-art.vercel.app/ep/15⁠⁠⁠⁠⁠4⁠⁠  番組の感想は、⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#そろそろ美術の話を⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ でお願いいたします。⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠番組公式Twitter⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠もフォローをお願いします!


Guest Profile

堀江栞(ほりえ しおり)

  • 1992年, フランス生まれ. 2010年, 東京学芸大学附属高等学校卒業.
  • 2014年に多摩美術大学美術学部絵画学科日本画専攻を卒業.
  • 有機溶剤へのアレルギー症状により, 一貫して膠と和紙, 岩絵具での制作を続けている.
  • 2023年4月〜2026年3月: 多摩美術大学日本画専攻非常勤講師
  • 2026年4月〜:多摩美術大学日本画専攻専任講師

Show Notes

堀江さんについて

話題に上がった人物・用語

展覧会・出版情報

  • 個展「堀江栞(タイトル未定)」: 2026年9月、神楽坂の√K Contemporaryにて開催予定。
  • 記録集『堀江栞:私を数える』: 2026年1月〜2月に第一生命ギャラリーで開催された個展の展示記録集。刊行準備中。
  • 初のエッセイ集: 2027年2月末、かたばみ書房より刊行予定。刊行記念イベントも各地で計画中。
  • 画集『堀江栞 声よりも近い位置』: 2022年、小学館より刊行。版元在庫切れだが、個展会場等での販売が予定されている。

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、アーティストの堀江栞さんをゲストに迎え、彼女の創作活動、キャリア、そして美術界への提言について深く掘り下げます。堀江さんは幼い頃から絵を描くことが好きでしたが、周囲との違いや「気持ち悪い」と言われた経験から、一度は美術から距離を置こうとします。しかし、絵に向き合う時間が大切だと気づき、高校卒業後に画家としての道を歩むことを決意します。有機溶剤アレルギーという困難を抱えながらも、膠と和紙、岩絵具を用いた独自の制作スタイルを貫いています。 大学卒業後、体調を崩しながらも個展開催の機会を得て、それがきっかけでフランス留学を果たします。帰国後は、体調不良やコロナ禍による展示の延期など、数々の困難に直面しながらも、創作活動を続けました。特に、自身の苦しみや美術界の構造的な問題と向き合う中で生まれた「かさぶた」シリーズは、彼女の新たな表現の形となっています。また、ハシビロコウや石といったモチーフへの深い愛情や、それらを作品に昇華させる過程についても語られました。 番組の後半では、美術界における支援の重要性や、収益性だけではないアートの価値について熱く語られました。堀江さんは、アーティストが制作に集中できる環境が整うこと、そして多様な価値観を持つ作品が評価される社会を強く願っています。彼女の作品は、個展や記録集、エッセイ集などを通じて今後も発表されていく予定です。

00:11
はい、アートテラー・とにのそろそろ美術の話を。この番組は私、アートテラー・とにが、アートに関わる方をゲストにお迎えして、トークを繰り広げるポッドキャスト番組です。
今回は前回に引き続き、画家の堀江栞さんをゲストにトークをしていきたいと思います。
前半の時には日本画家って紹介してしまったんですけど、後半は返させていただきます。
いや、そのフリを聞きながらも、あっさり画家と言ってしまった私も、なんかだいぶ食い切れてないんですよね。
ちがうちがうちがう。フリじゃないですか、この番組の。いやいや、どうでした、前半、とりあえずやってみて。
本当に楽しかったです。何回かお話はさせていただいているので、全然緊張はしなかったんですけども、とにかく喋らせてくださるので。
もちろんもちろん。
もうありがたいです。
パーソナリティいないでしょ。ゲスト喋らせないで、自分が何のためにゲストを寄せるのか。
やっぱり喋りやすい空気を作るっていうのは大事なことなりたいですね。
美術への興味と画家への道
ありがとうございます。でも前半でもね、いろんなお話聞けましたけども、この番組では後半で必ず聞いてる質問がありまして、いつから美術に興味を持ってましたか。
これは多分子供の頃からって言っていいと思いますね。ただやっぱり、描くことが好きで、工作は全然得意じゃなかったです。
何者かは作ってるんですけど、本当に別に汚いというか、ぐちゃぐちゃしたものを作るぐらいで、でも立体よりも描く方が好きです。
でも前半の時に、周りのこと趣味が合わなかったみたいな話だけど、絵描いてたのは、女の子がよく描くお花とか動物とかだったんですか、最初は。
それもあったんですけど、多分ちょっと人と見てるところと描きたいと思うところはちょっと違ったというか、
絵が上手いって言われると、みんなに何とか描いてとか言われるじゃないですか。頑張って描いても気持ち悪いとか言われたりして、ひどいと思って。
確かに言われてみればわかるんですよね、思い返してみると。仕方がないかなっていう感じですね。
かわいくは描けない?
かわいくはなかった。
どっちかというと見たように描きたい?
私はかわいいと思ってるんですけど、たぶんかわいいの概念が違ったのかもしれないですけど。
でも絵描くのは好きだった?
好きでしたね。
物心ついた時から。でももうその道に行くっていうのがもうなんとなく。
全然そこはそう思ってなくて、毎日本当にできないことがたくさんあっていっぱいいっぱいだったので、いろんなことを経て絵を描ける時間が大事っていう感じで、
大切なものっていう位置づけだったんですよね。
絵は。
で、絵だけがあればいいっていう感じでもなかったので、高校までは本当に初期の勉強をしていて、
美術コースがある高校の進学とかも一瞬は考えたんですけど、まだいろいろやってみてから考えたほうがいいよなっていうのがあって。
その時、中学校の時は将来の夢とかは全然画家とかでもなくて。
美術に関する仕事はしたいっていう漠然とした思いはあって。
もしかしたら学芸員さんとかそっち側の。
研究者とか。
そのためにとにかくできることを精一杯やっとこうっていうような感じでした。
この美術に興味持った理由として、美術館巡り、ちっちゃいところからしてたとかそういうのもあるんです。
そうですね。結構連れて行ってもらってました。
でも高校の時には、じゃあもう画家になるってなんとなく決めた瞬間っていうのは。
画家になるってところまで踏み切れなくて、ただ真剣に絵に向き合う時間が欲しかったんです。
やっぱり勉強しながら描くってことももちろん可能ではあったんですけど、
こう帯路を立つというか、もうそれしかないっていう状態で、
たい当たりする時間がないと多分わからないだろうなと思って。
それが何歳の時ですか。
17ぐらいです。
早くないですか。
高校生でそこまで、なんか帯路を立とうと思ったことがないです。
高校生の自分は。
いやいや、もうなんか甘えちゃいそうだった。
いやいやいや、だからしっかりしてるなって思う。
してないしてない、逆にダメさがわかってるからこそ追い詰めないとやらない。
で、それで帯路立って、最初は油彩の予備校的なところに行くってことです。
で、前半でもお話になったけど、そうなったじゃないですか。
それこそだから帯路を立ってまでそっち行ったのに、って一回なっちゃうと思うんですね。
そうですね。
そうか。
何度ももう普通に一般大学の方に切り替えた方がいいだろうなっていうのはわかってたんですけど、
やり、どうしてもやっぱり描きたかった。筆を持ちたかったので。
でももうその時点でもう画家ですよね。なんかもう、もうなんかマインドというか。
いやいやいや、自覚した方がいい。その17、18でもう自分には筆しかないんだって思わないですよ、なかなか。
いやー、どうなんだろう、多分自分勝手だったんですね、本当に。親のこと考えたりしたら本当心配だったと思います。
でも両親も結構あれですか、応援してくれてて。
応援はすごくしてくれたんですけど、やっぱりすごく心配はしてたみたいです。体のことがあるので。
で、実際大学4年ぐらいで体調を崩しましたし。
そうなんですか。
割れ歴が悪化しちゃって。
結局その日本画をやってるとはいえ、大きく美大ではやっぱりいろんなところから要罪があるからみたいなことですか。
日本画といってもいろんな画題を使ってよかったので、たまびは。
そっか、じゃあ周りで使ってる人もいるから。
はい、きっかけはちょっとそういうことだったんですけど、それでちょっと倒れてしまってからどんどんダメになって。
でもそれでもやっぱりこの道だってなった感じってことですよね。
そうです。馬鹿にしたかったんですよね。
フランス留学と帰国後の挑戦
前半の時に東急の後藤文化財団でフランス行くって決めた。これは卒業して何年目ぐらいの話?
1年目です。
それはどういうきっかけでここに応募しようと思ったの?
それは応募ではなくて推薦制で、本当にその具合が悪いときにもうこれが最後かもしれないから今まで描いたものを全部まとめてどこかで1回は個展をしたいって言って。
その時の体調では普通のギャラリーだとだいたい油やってて要罪もこもってるので、そういうのあんまりやってないところで1回できたらなみたいなイメージがあって、それでちょっと小美術のところでやらせていただけることになって。
初個展を卒業した4、5月にやったんですよ。それで来てくれた方がなんか外国に行かないかみたいなこと言って、よくわかんないけどはいみたいな感じで言ったら、好きなところに1年間行っていい女性にちょっと出してみるからっていうことで。
それが実は恩師だったんですけど、もう誰も受かると思ってなくて、結構大きな衝動でチャレンジですっていう感じで送り出してもらって。私としてはその小学校の1年間、小5ぐらいのときにパリに住んでたことがあったんですよ。
親の都合でちょっと一時期。そのときにパリ町の人たちがすごく優しかったこととか、日本にはないいろんなご出身の方々がたくさんいる面白さとか、そこがすごく記憶にあったのでもう一度あそこに行きたいという気持ちがあって、それでパリを選んだ。
あ、そうか。で、楽しいと思ったら意外と自節柄そうでもなかったっていうところにショックを受けちゃった。
実際すごく留学全部楽しかったんですけど、自分の中の甘さに気づいたところもありますし、意識がどんどん変わっていったっていう。
でも前半ではフランスのちょっと闇の部分って言ったら影の部分みたいなところだったんですけど、楽しかったコーナーもあった?コーナーっていうのも変ですけどその留学。
基本全部楽しかったです。とにかく人が面白かったので、普通に多分深くコミュニケーションするほどの語学力がなかったせいで分からなかった嫌なところってたくさんあると思うんですけど、いろいろ関わっていく中ですごく一つ一つに救われたり助けられたりってことがたくさんあったので、それもいい思い出で。
フランスはもう自分の中ではすごいいいとこだ、思い出なんです。
はい、いい思い出です。
でもじゃあ1年で帰ってこなきゃいけないってなって帰ってきて、その前になんですけど、卒業した後にもう自分はこの道で行くって感じだった。もう決めてたんです。
具合が悪かったので、卒業できたことでも精一杯で。
卒業施策とかしてはいるけど。
ちょっと小さい、その時に書ける精一杯のものでギリギリこう書いてっていう感じだったんですけど。
なのでもう院の進学をもう考えられなかったですし、就職もできる状態じゃなかったので、完全になんか謎のフリーターって、フリーターでもないですよね。
ただ大学を出ただけの人間が誕生したっていう感じになってしまって。
だから体調崩していくのはしょうがないですもんね、それは。だからみんなと違って覚悟を決めてとかじゃなくてさ。
そうなんです。
とりあえず卒業はシステム上して、でもそこから個展はやるわけじゃないです。
その時はこれでもう、結果としてその後クランシス繋がったからいいですけど、個展やった時には、こっからこれで何かやっていこうなのか、それともとりあえず一段落ここでしようって感じの個展だったんです。
その半分ぐらい。
まあそうか。
絵は書いていきたいけど、どうなるかは全然わからないっていう。
じゃあでもそこで本当に運命じゃないけど、その個展をやった、それが個展が繋がってフランスに行きました、で行って、帰ってきて、まずはどうなるんですか。
その女性っていうのが、帰国後3年以内に成果発表展をしなさい、でそのお金は出しますっていうようなものだったので、3年かけて絵が描けるんだと思っちゃったんですよ、私。
はいはいはい。
で、人物も新しく描きたいし、とにかくじゃあたくさん描こうと思って、ずっと描いていたんで。
で深を開けたら、そんなに準備にかけた人があんまりいなかったみたいで。
でもときあえずできることになったんですけど、そしたらまず会場だったルート計算っていうのがその時まだできてなかったんですよ。
でその当初は、私ができてから1年後に私が女性発表展っていうような感じでできるはずだったのが、1年くらい遅れていて、
で、なのでちょうど新しい時に私が展示するっていうことになっちゃってたんですよ。それだともう具合が悪くなっちゃって。
だから最初に前半でもおっしゃってたけどシックハウスみたいなもんだからとですね。
でずらしてもらったんです。でそしたらコロナになってしまって、さらに伸びたんです。
それで結局17年の3月に帰ってきたのに、2021年の4年からになっちゃったっていう。
その間発表してないんですか。
してないです。
じゃあだから普通だったらもうその、たぶんあれですよね、前は文化村とかでやってる人いましたよね、その文化発表展って。
たぶんもう文化村もなくなってたし。
で、じゃあ4年間はとりあえずそれに向けてもやるしかないって。
そうですね、いろいろ創画の仕事なんかをいただいてたり、エッセイも書いたりしてたので、いろいろやってるつもりではいかんですよ。
表向きはなんか、絵は発表してないみたいな感じになってて。
美術館での展示と評価
いやでもそれこそ、小説の想定あるじゃないですか。あれはいつですか。
それは最初の古典でお声掛けいただいて。
小美術、男でやったときの。
そこから縁ができて、それで田畑陽子さんの検討誌っていう本の表紙になるんですけど、それを見た方からまた別の仕事をいただいてっていう感じで。
本当に縁、ありがたい縁がつながっていって、少しずつ。
へー。でじゃあもう古典やりました。だからルートKでやりました。でたぶん僕そこで知り合ってた。
そこからもう縁というか、つながるっていう感じなんですね。流れた。
それこそびっくりした。たぶんそれが2021年で、前半でもお話ししたアートビラマーケットはたぶん2022年なんですよ。
これこの人大物になると思うみたいな。それは本当に思ってたけど、なってたらもう本当その数年後には神奈川県立近代美術館で小企画展やってて。
本当に大物になって早って思った。
全然大物じゃないですけど。
でもすごくないですか。あの展覧会だって神奈川県立近代美術館鎌倉別館で松本俊介ってもう本当に日本を代表する油彩画の一人。
松本俊介の展覧会となんかセットでやってたじゃないですか。あれはどういう流れで。
なんかあれは元々新しい企画の在り方として館が持っているコレクションと現代作家を結びつけるようなものをしたいっていうようなものがあったみたいで。
私も神奈川の縁っていうのが、私の経歴の中の世帯学芸術アワードっていう審査員に神奈川の当時の館長が入ってまして。
そこで見て、いろんな神奈川の方にも見ていただいたりしてっていうのもあったと思うんですけれども、いろいろ後悔をかけていただいて。
なるほど。だから今そこにあります。世帯学芸術アワード、帰国後に受賞って書いてます。この世帯学芸術アワードっていうのはどういうアワードなんですか。
世帯文化財団がやっていて、世帯美術館の区民ギャラリーで個展が開催できるっていうもので、個展の企画として応募するものなんですけども。
一度やってみたいなと思ってたので、応募したらありがたくいただいて。
それは個展形式ってことは何点も出すってことですか。
そうです。
その時はどういうの出されたんですか。
こういう人物の文を出して、逆に言うと2021年の4月から始まった後藤の成果発表展と続ける形で。
それこそ先週に僕は世帯美術館で、多分この放送の時には終わってますけども、世帯美の足跡っていう世帯美術館のコレクション展やってて。
本当に世帯美術館の開館40年の歴史がわかるっていうのは何回も。
アンリ・ルソーだとか北大次郎三人だとか、世帯美術館にゆかりの宮本桜とかいろんな作家の作品があって、一番最後に堀江さんの作品が出てくるっていう。
本当にありがたいことにびっくりしました。
大鳥を飾って、美医者の位置です。位置的に言う。
あれはだからこのアワードでコレクションが。
そうです、アワードを自家製に収蔵していただけることになって。本当にありがたい嬉しい。
いやいやいや、そっか。
あの作品もだから後ろでの未来のシリーズになる。
あれは輪郭になる。
輪郭になるってことです。
それが世帯美術館のコレクションになるって言ったときはどうでした、実際。
本当に嬉しかったです。
神奈川県立近代美術館で言ったら、効率感で古典とか、それもどうだった?
気合というかかかるもんなんですか、それとも結構淡々と。
いやすごい緊張しました。やっぱり松本俊介私も小さい頃から好きな画家の一人だったので、
そんな凄まじい偉大な仰ぎ見るような画家と自分の絵が同じ空間にあっていいものだろうかってよくないだろうみたいな。
いやいやいや。
でもやっぱりいただいた機会はしっかり使いたいと思ったので。
だって言ったら松本俊介っていろんな作品描いてるけど、やっぱり代表作って立てるぞ、自分自身が立ってるでしょ。
でやっぱり言ったら堀江さんも立ち姿の衝動じゃない。
多分そういうなんとなくそういうのも多分美術館の方は思ったんだと思うんですよ。
だからそれってプレッシャーですよね。
なんか全く違うジャンルだったら、まあなんか怖いもの知らずでいけるけど、
なんか似たような構図のものの先人と並べられる。
会場としてはちょっとこっちはこっち、堀江さんは堀江さんみたいな感じになってたけど、やっぱり意識するもんだったんですか。
いやもう意識してました。怖かったです。
やはりあの美術館、私もコレクション自体がすごく好きなので、
しっかり絵を見るっていう人たちが集まるいい美術館じゃないですか。
そんなような方々の目に晒される、だったらもうちゃんとした強度がないと問題だし、
いやもう全然自分にはその力がないしっていうことで、もうなんか胃が出そうでしたね。
胃から何か出るんじゃなくて胃が出るじゃん。
そりゃよっぽどですよっぽどよっぽど。
でもどうだったんですか。実際でも始まってみて反応とかやってみたら。
ちょうどコロナの時期もあってっていうのと、4月の展示だったので、
告知できるのが年度切り替わった時からなんですけど、告知期間もすごく短かったんですよね。
なので正直全然その反響がわからなかったんですよ。
そのもちろん来館者数が多いとか、合唱がたくさん売れたとかありがたいことがたくさんあったんですけど、
なんかピンとは来てなくて、それが2022年なんですよね。
でもここ最近展示をやる中で、実は最初に鎌倉で駿助展を見た時に私の絵を初めてご覧になって、
すごくいいと思って来ましたって言ってくださる方がとても多かったんです。
こういうことでつながっていくんだなっていうのをしみじみとありがたく。
たしかに。本当に失礼な話ですけど、たぶんもしかしたら松本駿助展を見たくて行った人もいるわけじゃないですか。
気づいたらやってると思って見た人もいるけど、でもだから結果としては良かったですよね。
本当にそうやっていろいろなところから力をお借りして今にとらしてるんだなって。
で、また場所もいいなと思うんですよ。鎌倉別館って。
行かれた方が、このリスナーさんでいる方があれですけど、ちょうど僕が先週福田直代さんって方の展覧が今流行ってて見に行ったんですけど、
福田さんもどっちかというと、うちにこもるタイプの作家さんだなと思って、
すごくその感じと美術館の重厚な感じがすごい合ってるんですよ。
でも同じ兄弟館の早間館って光が差し込んですごく海の近くで開放的だから、早間館だとまた多分早間館で堀江さんの作品風ではないですもんね。
鎌倉別館のあの感じ。
で、あと鎌倉別館この前久々に行って改めて思ったんですけど、
北鎌倉駅からも鎌倉駅からも行けるんですけど、基本的に多分皆さん鎌倉駅から行くと思うんですよ。
鎌倉駅から降りて向かっていくと小町通りを通るから、もう本当観光客、もうこれでもかってくらい観光客がいて、
ちょっとうんざりしながらもうキャピキャピ見ながらなんかインスタ映えするスイーツとか食べてるっていうのを抜けていくと、
急になんか人がいなくなって遡ったら鎌倉別館っていう、なんかあの感じ、なんか俗から離れていく感じがいいなと思って。
だからやっぱり堀さんの作品もなんかそれが多分すごい合ってるイメージがあって、
だから場所も本当に合わせてすごく印象的だったから、多分初めて見る人もね、多分そこでこう残ったんでしょうね。
ありがたいです。私もすごい空間も好きで建物も好きで。
でも自分で選べるわけじゃないですもんね。ここでコテンやりたいって言えるわけじゃないから。
言ったところでなんかもうできなかった。本当に恵まれた機会だったなと思います。
でも今後もなんかこういうコテンやっていきたいなっていうのはなんかあるんですか?
もちろんお話いただけたら嬉しいですけど、とにかく私の絵ってそのキュレーションしにくそうだなと思って。
なんかこう、明快なトピックを掲げたタイプの作品ではないので、よほどの何かがない限りは、なんでこの人みたいになるじゃないですか。
ちょっと思ったのは、だからこれだけのそのいろんな美術館展覧会やって実績もあるけど、不思議なことにあんまグループ展に呼ばれてない感じじゃないですか。
コテンでしか見てないですもんね。なんかそういう何かのキーワードで紹介するっていう感じじゃないかもしれないですね。
もちろんその実力が足りてないという限定なんですけど、多分その何か、多分今のトピックにも入りにくかったりとかっていうところで取り上げにくいと思うんですよね。
だからなかなか難しそうだなってこれからキャリアを積んでいくのは。
いやいやいや、いやこれ別に堀江さん本人の前でなんか別に褒めてなんか知ってもらおうと思ったわけじゃないですけど、堀江さんって多分自身でキュレーションできるタイプだから。
テキストも書けるし、多分自分の中でこうするっていうのがしっかりあるから、だから多分なんか生半可なキュレーターが多分手つけづらいんだと思う。
何かこう自分がやって良いものだろうかみたいになってるぐらい世界観が確立してるんだと思う。
いやありがとうございます、恐れ多いです。ありがとうございます。
だからこれからこういう感じでやっていきたいなとかも、でも自分の中ではちょっといくつかあって。
でも別に声かけられたらやりたいことはやりたい。
全然やりたいです。
でもだから安心になんかトピック書かない方がいいと思いますよね。この堀江しおりワールドは確立してほしい、このままいってほしいなと思います。
新たな表現「かさぶた」シリーズ
ありがとうございます。なんか自分ではよくわかってないんですよね。なんか書ける斧がこれなので、ただ一生懸命書いてるだけで、これ以外が逆にできないので。
でもガラッと変わったシリーズじゃないけど、この前の展覧会にもありましたけど、ちょっとこうドローイング的なものも最近書かれてるじゃないですか。顔のドローイング。あれはどういう流れで。
あれはちょっとなんかこう美術界を信じられなくなる出来事があって、それがもう絵を描くこととかいわゆる具の絵と結びつきすぎてしまっていたことで、それを扱って描くというかできなくなっちゃってた。
一回そういうことがあって。
結局半年くらい本当に何もできない時があって、そこから絶対今手を動かさないと復活できないなっていう気持ちで、この日本画の岩絵の具じゃない色の感覚を自分にこう入れ込むことで何とか復活できないかなっていうところで、
水彩絵の具の全然違う色名のもので、ドローイングなんとなくちょっとでもやり始めたっていうシリーズ。
シリーズ名とかは。
かさぶたっていう風に名付けてて、それはその私が少し前にかさぶたは時折剥がれるっていう自分の過去の苦しかった話を描いたエッセイがあって、それは合集にも入ってるんですけども、
そこを起点にしてまして、今自分が描いてるこの苦しさっていうのを多分この水で流れていくような水彩絵の具っていうのはちょっとこう追い隠してくれるんじゃないかっていうところで、
最初は何も考えずに1枚1枚描いてたのは100枚ぐらい溜まって、そこでこれはもうちょっと多分続けられそうだし、そろそろ名前を付けてあげたいなと思ったのがかさぶたっていう。
最初からかさぶたをイメージして描こうじゃなくて、何かもう出てくるものだったの?自分の中で。別にそれを見せるわけでもなかったんだけど。
で、顔を描くってイメージもなかったんですよ。とにかく100枚描いて200枚になるとか、最初だけもう700枚ぐらいになって。
それから未だに続けて。
時々であります。それでギャラリーの方に見せてみていただいたら、これ展示できるよっておっしゃったので、じゃあぜひっていうことで。
だからその作風はもう全然その岩絵の具のとは違うんですけど、でもなんかやっぱりその顔の表情がやっぱりこう悲しみだったり怒りだったりいろんなのが見えて。
だからちょっと無表情とはまた違うんですよね。ちょっと表情はあるんだけど、でもやっぱり最初に見たときに、だからあれ何年前でしたっけルートKで。
それは2023年の秋ぐらいです。
だからあれもう全然一生入った瞬間には、堀江さんどうしたんだろうってぐらい全く違う作風だったんだけど、
向き合ってると、それもドローイングだから白地に顔だし、でも向き合ってると堀江さんってちゃんとわかるからすごいなと思ったのは印象深かったですし、
なんかそのかさぶたでって書いてあったから、本人的にはこれはもう、だからもう2025年ぐらいになると、
一回終わったのかなと思ったらこの前の第一声明のギャラリーでもまだその作品があったんで、これはまだ続けていく可能性はあるんですか。
続いていく可能性はありますし、それから発展した岩絵の具の作品って出てきてるので、感覚に任せながらやっていきたいなって思います。
イメージとしては、これまでの岩絵の具のシリーズは作品として、もちろんドローイングも作品なんだけど、ドローイングの方は詩小説読んでるみたいな感じのイメージでした。
もちろん作品だから見せてるんだけど、なんかそれこそ僕と堀江さんはもう何年も知り合ってるから、知り合ってるからこそ見ちゃいけないものを見てる感覚っていう感じ。
全く馬鹿になったら面白い半分で見れるんだろうけど、親しい人のラインを見ちゃったみたいな感じというか。
なんかその良くも悪くも居心地の悪さはちょっとありました。たぶん関係性があるからだと思うんですけど。
逆に覚悟を持って出してる作品だなと思います。それだからこそみたいな。
そうですね。本当に出すかどうかかなりためらったんですけども、逆にやっぱり描き続けていく中で絶対に描けない期間ってあるじゃないですか。
そこも見せていくしかないんだろうなって思って。
だから本当それこそ言い方あれですけど、もちろんそんなことないんだろうけど、今日今の話聞いてて、もちろん最初の油彩画から日本画に転向したのってすごい大変だった。
そこは僕は逆境だなと思ったけど、その後はポンポンと言ってるように見えるっちゃ見える。そんなこと全然ないですよ。
だから順調にキャリア重ねて鎌倉勤で別館でやって展覧会やってたのに、その後にまさかの何かがあって、描けなくなっちゃった時があってっていう。
なんか本当、大谷翔平とかのドラマ見てるみたいな感じというか。
そこでもしかしたら本当に堀江さんが終わってたかもしれないじゃないですか。結局もう描かなくなるって選択肢もあったけど。
だからそこからの復活しての今があるから、なんか鎌倉で見た時は当然のようにキャリアステップアップしてる堀江さんがここまで羽ばたいたのはすごいなって思って見てた部分もあったんですけど。
去年のね、今年やった大地生命のは、一回その挫折というか挫折って言い方が出るのかわかんないけど、もう本当引退まで追い込まれた中から来てるから。
同じシリーズの作品、それこそ日本画の作品も、なんかより強度が増してた気が。深みっていうのか痛みなのかわからないですけど。
ありがとうございます。
なんかそれがだから、僕なんか本当に薄っぺらい人間なので。薄っぺらい人間だし、悲しいこととかあったりしても、こういう仕事は出さないわけですよ。そんなもん。
なんかいちいち出すのも恥ずかしいし、見られるのが嫌だから出さなくて、もうぺらぺらっとやるんだけど、なんかそれを見せる、だから本当に強難でしょうなって思いました。
そうですね、なんかその私の苦しかったことっていうのはもちろん個人的なことではあるんですけども、やはり今映画業界もそうですし、いろいろ問題が出てくるじゃないですか。そういうものと通じるところで。
女性ならではのというか。
やっぱ美術界本当に問題がたくさんあるので、たぶん今までキャリアを中断せざるを得なかった方々の中で、たぶん同じようなことで筆を折った人がたくさんいただろうなって思うと、やはり諦めちゃだめだと思って。
ただ本当に苦しくはあったので、それは助けてくれた人たちのおかげではあるんですけども、この美術界の構造を少しでもいいものにしていくとか、そういうためにやはりやらなきゃいけないなっていうところもすごくこの復活のモチベーションにはなったと思います。
なんかだから、それを本当に一人で戦ってるなと思って、すごいいつも励まされるじゃないですか、別に僕は女性じゃないけど、でもその姿勢って別に、たぶん堀江さんは別に、だからといって女性だけに一緒に頑張ってこない。
たぶんみんな全人類に向かって言ってる感じがあって、だからすごく励まされるんですけど、何の力にもならないですけど、なんかあったら手伝うこともあるんで言ってくださいね。
本当にありがとうございます。
何ができるかわかりませんね。
心強いです、本当にありがとうございます。
いやいやいや、いつも一人で頑張ってらっしゃるなと思って。
本当にいろんな方に助けていただいてて、こうやってこの機会をいただけることをまた大きな支援の一つなので、感謝してます。
これが何かの棘にならないこと、この収録がならないことになる。
収支楽しく、ありがとうございます。
それでちょっと話がらっと変えてあれなんですけど、堀江さんとの関係性で言うと、前半でも言いましたけど、本当にちゃんと喋るのは、実は会って話すのはもう5年ぶりなんですけど、
1回ね、クラブハウスでトークしてるんですよね。クラブハウスありましたねって今思いながら。
クラブハウスでそれこそコロナで大変だった時に、何か面白くエンターテイメントできないかなと思って、この番組でも何回か登場してるんですけど、鳥博士の友達がいて、
高橋くんと一緒に鳥のトークをして、それはもうアート関係なしで、高橋くんがたとえばスズメとか鳩とか鳥を決めて、僕がMCとして鳥について教えてもらうみたいなクラブハウスをやってたんですよ。
その中でハシビロ公の回がありまして、そうだ、ハシビロ公といえばっていうので、これは堀江さんに出ていただかなきゃと思って、そこでコロナ禍の大変な時期に持ち破りましたなと思ってるんですけど、
実は2021年で最初にルートKで見た時に、ハシビロ公の作品があったんですよね。それが表紙の想定にも使われた検討書ですね。
で、その時に僕が、何の気もなくというか、だから僕がいかに薄っぺらい人間かなと思うのは、今ハシビロ公流行ってますもんね、みたいな。
ハシビロ公人気ですからね、みたいな感じで言ったら、いや、私は昔からハシビロ公が好きで、その人気にあやかって書いてるんじゃないですって言われて、ピシッと背筋が長い。
いやいや、それは完全に子さんアピールですからね。
ハシビロコウへの愛情と制作
だからハシビロ公ファン歴が長いっていうのでね、この番組で、この番組でね、クラブハウスにも出ていただいたんだけど、ちょっとぜひその話をね、教えていただきたい。
いやもう、それはもう私も完全に図鑑で見たんですよ。
最初は。
で、これなんてすごい素敵なって思って。
それ何歳ぐらいの時?
小学生ぐらい。
早いっすね。だから当然今みたいなハシビロ公グループはないと。
いなくて、で、もちろん友達に見せるじゃないですか。
もちろん、もちろんかわかんないけど。
見て見てって、こんなに。
可愛い猫の写真を見せてみたいな感じで。
まあ理解を得られなくて。
当時しかもみんなハシビロ公知らんし。
それはなんか鳥の図鑑ですか?
鳥の図鑑。
いろんな鳥が乗ってるわけじゃないですか。
多分そういうちょっとこう、なんかネイチャーな。
でもその中でもう引っかかったのはもうハシビロ公だけ。
で、なんてこう、好きなものはひっそり押すものだっていう。
その頃から学んで。
ひっそりひっそり大事にしてきて。
でもその大学に入って好きなものを描けるってなった時にも、絶対いつかは描くぞと思ってて。
で、もう上野に行って。
そしたらちょうどあの雪の日で、もうすーっと立ってたんですよ、一羽が。
もうその姿があまりに美しくて、もうこれだと思って。
もうかささしながら、頑張って描いて。
ハシビロ公も動かないけど、鳥居さんも動かないみたいな、お互い動かない。
どっちが先かっていうぐらい。
でもその後、一日頑張って燃えて凍えながら帰って。
で、連日通うんですけど、なんか寒いのが全然立ってくれなかったんですよ。
その一回だけだったんですか。
一回だけだったんですよ、通ってた間は。
それからデコインみたいな、鴨の置物みたいになって座って。
いやー、やっぱり一筋の暗いもんなと思って。
モデルとして難しいんだ。
って思いながら、もうその癖の強さも含めて好きです。
その後もでもいろんなとこ行かれたって言ってましたね。
そうですね、主には上野に通ってるんですけど、伊豆シャボテン公園にも長くいたビルっていう。
そう、ビル。
もう名物、柱広校がいて。
ビルはオス、メス?
ずーっとビル爺さんって言われて、オスだと思われてたんですけど、解剖の結果、メスだとわかるっていう。
なくなってからある。
でも当然通ってる頃は、もうオスだと思う。
そうですね、でもなんかあんまりオスとかメスとかも意識せずに、なんて素敵なんだと思って、
一ファンとして楽しんでたんですけど。
その時のクラブハウスの収録でも話してたと思うんですけど、
1日見続けてたら、急にそこら辺の、ビルがいたところって公園みたいになっていて、
いわゆる動物園の檻みたいなものじゃないんですよ。
その普通で隣を謎の鳥が歩くみたいな感じで、みんなナチュラルに生息しているような。
だから上野の動物園の場合はもう柱広校の檻だけど、伊豆シャボテン公園はいろんなのがいるんですね、そこのエリアに。
入れないエリアに巣はあるんですけど、歩いてくれることもあって、
ちょうどそこの近いところみたいにずっと見てたら、急に大きな木の枝をズバッと加えて、ずるずる持ってきて、ペッて。
その掘り餌のところに近づいてきてくれて。
これくれてるのかもしれないと思って、でも大きかったんですよね。
ちっちゃかったらちょっとパッと持って帰ろうとしたんだけど、さすがにこれを持って縁を越えることはできないサイズ感で。
結構でかい枝を持ってきて。
そう結構大きな、泣く泣くそのままにしたんですけど、その後にまたちょっと近づいてきたんで、あ、これはもしかしてシャッターチャンスかもと思ったら、どんどん近づいてきて、
下がってもどんどん近づいてくるんで、下がって行って下がって行ったら後ろが岩壁で、もうゼロ。
壁ドンみたいな状態。
ゼロ距離ですごい。
動かないで同じ意味のあれが。
翼を広げた状態でものすごい圧で来て、これどうしようと思ってたら、しばらくしたらヒューってまた戻って、本当に振り返ってチラッとこっち見たんですよ。
その後歩いて行っちゃったんですよ。
やっぱりこれ見続けたからちょっとからかわれたんだろうなと思って、でもやっぱり面白いなすごいなってもうしみじみと喜んで帰ってきたんです。
でもなんかその時のクラワースがおっしゃってたのは、ケダをくれるっていうのは結構求愛の行動みたいな。
なんかそれを高橋さんから教えていただいて。
鳥高さんが言ってましたよね。
なんか好かれてたんだと思って。
そうそうそうそう。
だいたい動物には嫌われることの方が多いんだよ。
いやだから感動しました。シェイプオブウォーターみたいな、種族感の愛みたいな話ですね。
もういざとなったら空飛んでみようかと思いますね。
海に飛び込むみたいに最後。
でもだからもうハシビロコはだからもうずっと、それはやっぱり描きたい課題だった。
最近はどうなんですか、ハシビロコ。
最近はなんかちょっといけてなくて、なんかその多分ハシビロコでいいと思ってたものとか描きたかったものっていうのがすごく人に通じてるんですよ、私に。
なのでなんかこう、そこが同じ重みというか。
なので今ちょっと人をいろいろ試していくことに注力しているので、多分そこが満たされてるんだと思います。
ただもう会いたいっていうのはあるので、ちゃんとじっくりいきたいなと思うんですけど。
モチーフとじゃなくてってことなんだ。
なんか今思い出した、そのクラブハウスの時にもなんかそういう高橋くんが言ってたのが、
ハシビロコはやっぱり描くときとか写真とかも正面性で、鳥って意外と横向きに描かれたりとか描くけど、
ハシビロコは多分、ハシビロコのビジュアルって多分みんな正面を向いてて、
多分それは鳥としても珍しい顔の作りでって言ってて。
だからその正面性と多分堀江さんの作風がやっぱりリンクするんでしょうね。
だから他の鳥じゃ多分成立しない話だったんでしょうね。
鳥として好きなわけではなかったんで。
存在として好きっていう。
鳥好きってわけではないってことですよね。
世間一般では多分鳥好きに入るんですよね。
鳥好きだからこそのハシビロコに行くわけではないって。
すごい、どうでもいいことなんですけど。
決定の問題で。
世の中がハシビロコブームしたわけじゃないですか、その後。
それはどう見てたんですか。
にわかはきっと猿だろうって思いながら、高見の見物をしてました。
あれにわかなんだ。
そういう人は一時期ちょっと賑わっただろうけどって思って。
確かにあれ前ほどブームなくなりましたもんね、一時期。
そうですね、でもすごく好きな人ってやっぱり濃いんですよ。
絶対そこにいる人っていうのは何人かいてやっぱり。
それこそ小説の想定がハシビロコだったじゃないですか。
それは作家さんから、小説家さんからの希望だったんですか。
それを見た編集者さんが今作ってる本のイメージに合うからもしかして声をかけるかもしれないっておっしゃってて、
何の話かも何も知らなくて、で蓋を開けた田和田さんの剣道師だっていうことでびっくりして。
でも別にストーリーにハシビロコ出てくるとかじゃない。
出てこない。
ですよね。
逆にそのあれですか、そのハシビロコの絵で、そのハシビロコ子さんの方から感想を言われたりとかそういうことはある?
結構好きな方からは何とかですよねって声をいただいたり、書いたもの。
もうハシビロコの人が見るんですよね。
特定が入ったりとか。
そんなにはっきりわかるんですか。
みたいで結構楽しく会話したりしたんですけど。
顔はちょっと違うもんなんですか。
全然違います。
見ればわかるんですか、ある程度。
ある程度は多分わかるんじゃないですか。
じゃあそのうち今度ハシビロコの集合地みたいなやつを一個描いたらいいんじゃないですか。
今まで人間はモデルで描かなかったんで。
確かにそうですね。
今堀江さんが考えるハシビロコというイメージというものはちょっと見てみたいなと思います。
そうですね、ちょっとやってみてもいいかもしれない。考えてみます。
他の動物は描きたいのはあるんですか。
ハシビロコぐらい自分の中で惹かれるモチーフってあるんですか。
それを超えるものはちょっとないかもしれないですね。
でもサンショウオウとかイグアナとかそれぞれ好きで描いたワニもそうですしありますので。
サンショウオウとかイグアナとかワニもやっぱり動物園で特定の子の子を描きたいなんて。
そうです。
じゃあモデルがいるんですか、それに関して。
イグアナはちなみに。
上の爬虫霊館に行って頑張りました。
一般的に動物って言われる猫とか犬とかは描きたいのはあんまりないですか。
その時はあんまりずっと猫を飼っていて、その子が一番好きな猫だったんですけどね。
彼女に注いでる愛はすごく大きいのになぜか絵にしようとは思っていなくて、その時は。
なんていうか、その後に絵にしていくきっかけがあるんですけども、そういう感じでした。
だから好きと絵のモチーフにするはまた別の話になる。
なるほど。
もちろん嫌いだから、嫌いなものは絶対に描かないんですよ。
そっか、それはそうですよね。
確かに。
これから描いていきたいなと考えてる、ネタバレになっちゃうからあれだと思うんですけど、
なんとなく自分の中で、いっていいやつでいったらなんかあるんですか、こういうの描いてみたいな。
動物園ですか?
いやもう全体的に何でもいいですよ。
昔からちょっと温めてて、いつか形にしたいな。
いや本当にふわっとして、ちょっとコアラは気になってますね。
確かに。でもなんでですか。いろんなかわいい動物いるけどコアラだけは。
コアラかわいいじゃないですか。
ワンバットとか、カンガルーとかオーストラリアにいるけど、やっぱコアラがいる。
なんとなく個体差が面白いし。
でもなんか全然まだつかめないんですよ、形が。
持ったこともないので、やっぱりちょっとかなり近くに行って、見てみないとわからないなと思って。
なんかあれですね、1年間オーストラリアに行ける何かがあるといいですね。
それも描けるかどうかちょっとわからない。
単純にちょっとコアラを近くで観察したいっていう感じが強い。
でもやっぱ気にはなってない。
気にはなってない。
でもやっぱそれが面白いですね、なんか全動物ってわけでもないし。
全然。
物とかはどうなんですか。
なんかやっぱり植物も含めてだけど、なんか生きている存在感みたいなものが多分、
堀江さんの結構キーワードだなと思うんですけど、抜物的なもの。
そうですね、やっぱり石とか人形とかすごい描いてるね、ユーチューブで。
でも生きてはいないんですけど、人とかこれまで描いた動物とかそれとつながっているものはあると思っていて、
人形、例えば人形だとそれ自体が存在でもあるし、だけど人の存在と不在を表すものにもなり得るし、
人の痛みを表すものにもなり得るっていう、いろいろな意味があるじゃないですか。
あの人形とかぬいぐるみとかは特定のモチーフはあるんですか。
一応あります。
あるんですか。
それをちょっとアレンジして、基本持ってるものなので。
だからやっぱりある程度使われたというか、なんか念がこもったような感じに見えるのはやっぱそういうこと、新品ではない感じですね。
そうですね、はい。
なるほど。
ちなみにちょっとまた話変わるんですけど、この番組では美術以外で好きなものを聞いてて、橋尾ロコーとか以外で。
石へのこだわりと制作プロセス
石ひのぎですか。
石ひのぎ。
どういうところで拾ってるんですか。
河原とか海辺とかいろんなところで拾うんですけど、最近ちょっと全然行けてないんですけども。
どういう石が自分の中で好きとかはあるんですか。
なんか灰色っぽい地味な石が好き。
それはモチーフ用に取りに行くのか、それとも本当にただただ集めるのか。
両方ね、本当に好きな地味な石っていうのがあるんですよね。
その持った感じとか色合いとか。
並べると私的にはもう全部違う良い灰色。
へー。
もう多分大多数が本当に同じような石っていうような。
確かに石を言ったら、なんかちょっと綺麗な色の石をとかだったらイメージ湧くんですけど、じゃないですか。
でもちょっと歴が入っててゴロゴロゴツゴツしてるものとか、層が見えるようになってる龍門岩とか。
いろんなものが好きなのといろいろあるんですけど、基本はやっぱりすごく落ち着いた色のものが好きなので。
へー。
それは昔からですか。
昔からです。
もうコレクションとしては結構じゃあ家にある。
たくさん謎の石が家にあります。
並べてたまに見るんですか。
見ます見ます。
だから石からパワーをもらうとかそういうことじゃなくて、単純にもう形として好きみたいな。
形も模様も重みも含めて好きで、その石が一つのこの石としてできるまでにたくさんの時間がかかってここに来てるわけで、その時間が積まれているようなその感じも含めて。
なるほど。意外とでも石好きのアーティストって多いっすよね。
意外と多いですよね。
そういうトークで盛り上がったことないです。
盛り上がりたいですね。
お誘いさえあれば盛り上がりたいんですけど。
確かに何人かいるし、うちの番外の月イテレギュラーの新井丸さんも石大好きだから。
石好きの回を一回ちょっとなんか実験的に石トークみたいなね。
でも多分人によってまた違うんでしょうね。こういう石が好きみたいな。
で、どこに拾いに行くお気に入りっぽいスポットはあるんですか、市場。
いや、そういうことは石ころずたんとかがあるんです。こういう石拾いたいなってところに行って拾うっていう感じなんですけど。
やっぱり車がないので、自分で行かなきゃいけないので、でもいっぱい拾いたいじゃないですか。
遠いところには行きづらいっていうところで。
そうか、拾って石持って帰ってくることになるから。
石拾いの行きなかったっていうのは、いいの拾うけどあんまり持ってこない。
何個か本当に軽く持ってこないぐらい。
でもやっぱり拾ったら持って帰りたいじゃないですか。そこがやっぱり素人ですね。私はちょっと欲が出ちゃって。
石拾いのプロは拾う工程を楽しむのであって、帰りはもう選抜だけを持って帰る。
とても選抜などできないって気持ちになっちゃうんですよ。
確かになー。
こんないい石を置いて帰るのかみたいな。
出会いだし。
今までベストの子は絵に登場してるんですか。
絵にも結構何点か一生描いてきてます。
それはさすがにモデルとしてその子を描くんですか。
それはその子か。
しびろ子スタイルというか。
石のいいところはいくら見てても負担をかけないところ。
相手に対して、石が。
この石の絵を描くときって、それこそ正面性みたいな話をしたときに、石って正面とかってどう捉えるんですか。
いい形があるんですか。
いい顔の部分とかを。
表情の部分。
ここっていうので。
もうそこが描く場所だと。
置いたときが良ければいいんですけど、実はこうがいいなとかがすごく難しい。
こうずっとこうやって。
どんどん置いて描くんじゃなくて、その子の角度もあるから、理想の角度が。
描いてるうちに結構変わってしまうんですけど、なんとなく最初は相手に忠実でいたいというか、感じはあります。
それちょっと1回展示でだから、その石と絵と石を合わせて展示して欲しいですよね。
だからこの石を見たときに、多分僕なんかそんなに石に興味ない方だから、石だなと思うけど、
それを堀江さんが見たときに、この角度がベストだと思うんだっていうのは興味津々なので、
なんか合わせて見てみたいですね。
ちょっと考えてみますね。
ぜひぜひ。
でも石の魅力に絵が負けるような気がします。
いやいや、そんなことはない。
この石でこの絵かみたいになっちゃうかもしれない。
石好きからしたら。
石好きからするとちょっと。
石界隈が。
石界隈からの目が厳しいかもしれない。
石界隈がどっちか。
あるかわからないですけど。
でもなんか面白いな。
やっぱりこだわりがある作家さんだなっていうのはずっと思ってましたけど、やっぱすごいですね。
そこはでも紛れない感じですよね。
そうなんだと思います、たぶん。
だから妥協はしないですよね、たぶん作品。
そうですね、なんかたとえ周りからわからなくてもちょっと手を抜いてしまうと、
手を抜いたって感覚が残るじゃないですか。
罪悪感的なものと。
なので絶対的にもうやり切るっていうのは。
でもわかります。
なんかもう比べたら大したことないんですけど、自分が原稿を書く時とかブログとかって、
本当に一時一句最後までチェック一応するんですよ。
でもたまにまぁいっかみたいな、他の仕事もあるしなった時に、
自分で言い訳、まぁなんとかあれ大丈夫だよって言うけど、
もう一生覚えてますもんね。
あそこのあの文字書いた方がよかったなみたいなのは、
言い聞かせて、自分に言い聞かせて、いやまぁでも大丈夫大丈夫って言うんだけど、
なんか大丈夫大丈夫って言ってる時点って多分大丈夫じゃないし、
もうこれ直んないっすよね。
あーだからそういう、そっかテキールのねところもあって。
いやーそっか、でもそう考えると、なんかもう今更聞くのよですけど、
一枚の作品書くのにどれぐらい労力かけてますか。
美術界への提言と今後の展望
例えばその後ろでの未来のたって194曲60っていうのだと、
毎日フルに一日中やったとして2ヶ月くらい。
でも結構最後追い込むますし、その2ヶ月っていうのも週に一回外学に行って、
多分その翌日も潰れてるような状態で、書ける時にものすごい詰めて書くっていうような感じで。
それは朝何時から何時ぐらいまでは制作ですか。
朝。
朝何時ぐらい、まぁスタートいつもどれぐらい。
適当なんですけど、続けられるところまでっていう感じ。
最長だとどれぐらい一日やるんですか。
8時間ぐらい。
10時間はこれぐらいは書いてます。
でそれが2ヶ月かかるじゃないですか。
なんかそのやり方として、変な言い方だけど楽しようじゃないけど、
例えばこうちょっと引ける部分というか工程を減らそうと思えばできなくはないと思うんですよ。
器用にやろうと。そうはやりたいとは思わないです。
なんかもう体に限界が来てるので、日本画って粒子があって絵の具が重いので立てかけて書けないんですよ。
もう重みもあるし。
平置きにしてこうちょっと覆いかぶさるように書くので、
なんかすごい変な形で書かなきゃいけなくて、
単純に健康に悪いっていうところもあって、
ちょっと何か省きたいんですけど、何を省いたらいいのかよくわからないんですよ。
やっぱ全力投球する以上省けないし、これはこれからも続きそうです。
そうですね。
なんか私は予備校時代に先生から無駄な動きが多いって言われて、
多分なんか無駄な作業がきっと間にいっぱい入ってるんですよ。
どっちかというとそれを省いてあげればもうちょっとなりやすくなるんじゃないかと思うんですけど、
何が無駄なんだか自分ではわからないので。
なるほどな。
でも多分なんか、いやいや体大事にしてほしいから、そこは無駄ってなくて、
まあ無駄って言い方をしちゃうとあれかもしれないけど、
効率よくできるところは効率よくやってほしいけど、
でも多分その全部つぎ込んでるから多分作品が感動を訴えかけてくるものがある気もするから、
なんか安易に言いづらいけど、このまま頑張ってくださいと言いたいですね。
ありがとうございます。
ファンとしては良くないんだろうけど、見ていきたいなと思います。
ということで後半もあっという間ですけども、どうですか?
2時間も喋っていただいてて。
楽しかったです。
本当ですか。またぜひ遊びに来ていただきたいと思っております。
こちらこそです。本当にありがとうございました。
最後にこれだけ言っておきたいとかないですか?
そうですね。やや固い話なんですけど、
やはり絵を描くっていうか作品を作ってて非常に端的にお金がかかるんですよ。
でも今って芸術にそういう生々しい話を持ち込みづらい空気がやっぱりあって、
なんかアーティストはやりがいを求めてちょっと苦しくても清らかにいるべきだみたいなところがちょっとあると思うんですけども、
実際やっぱり非常に苦しくて、そういうところにちゃんと支援や助成があればできることもできなくなっていくってことはたくさんあると思うので、
私が学生だった頃よりもいろいろ機会が増えているような感じが見受けられはするんですけども、
いろいろな形で増えていってくれるといいなと思いますし、
少し前に稼ぎる美術館とかそういう話がちょっと出てきたと思うんですけども、
やはり美術館とか芸術に収益を求めてしまうと、
人は集まらないけど残して検証していかなきゃいけない資料が大事には使われなくなっちゃったり、
派手なものだけが集客のために使われちゃったり、
もう価値が定まったものだけになってしまって新しいものを発掘する余裕がなくなったりということが出てくると思うので、
美術っていうのを豊かにしていくためにも、
そのあたりにちゃんとしっかりともらえるような世の中になってほしいなというのは。
いや、思います。おめ言葉なんですけど、って言いますけど、
堀江さんの絵って別にインスタ映えはしないじゃないですか。
そうなんですか。
だからそうすると多分収益とかになった時に、
やっぱインスタとかで多分映えるような作家さんが多分優先的に選ばれちゃう気がするけど、
でも多分この番組を前後半聞いていただいた方は、
堀江さんの絵、多分見たいってなってくれたと本当思うんですよ。
だからなんかね、その収益だけじゃないところにやっぱり、
もちろん見栄えのするアートの素晴らしさもあるし、
この堀江さんのような作品の素晴らしさもあるから、
なんかそこはちょっと伝わる。でも多分伝わったと思いますよ、この番組。
本当におかげさまです。
作家ってどれだけ活動を続けていっても、機会がないと発表ができないっていう意味で、
その機会をいただける方と作家の間にやっぱり勾配があるんですね。
なのでその機会をもらえる、もらう側だからこそやっぱり起きてしまう不利益とか、
構造上の問題ってやっぱりまだ解決されてないものがたくさんあるので、
そういう難しさにもいろんな方が目を向けていただけると、
アーティストがより本来集中する力を全部その制作のほうに回して、
より開かれた美術家になっていくんじゃないかなっていう。
本当ですよね。だから結局、僕らは作家さんが作った作品を見て楽しませていただく。
楽しむっていうのも面白いっていうだけじゃなくて、
感動とか感銘とか深いことを考えさせるとかあるけど、
結局僕らに返ってくるものだから、作家さんを食べさせるっていうことだけ考えると、
他の人たちは僕らはどうなってもいいのかじゃなくて、
それによって結局僕らにもいいことが返ってくるんだからっていうことが伝わるといいなと思いました。
せっかくなのでぜひ堀江さんの作品が見に行ける機会、
それからその冊子がということもありましたので、告知を最後にぜひよろしくお願いいたします。
1月から2月にかけて開催した古典、私を数えるの記録集が完工予定です。
情報は私のホームページに随時載せていきますのでそちらをご確認ください。
またその古典を下敷きにした古典を9月に神楽坂のルート系コンテンポラリーで開催予定です。
日時等の詳細は私のホームページで公開いたします。
また現在ウェブで連載を続けている片ばみ書房さんから、
2027年2月末に一斉集も完工予定です。
これに合わせて観光記念展も何か所かで開催する予定で準備を続けておりますので、
ぜひそちらもチェックしてください。
そしてこの番組にもちょいちょい出てきました、今ね、作品集を目の前に置いてくれました。
これちらも購入できるんですよね。ぜひ最後作品集ね。
ありがとうございます。
残念ながら版元には、これは2022年に小学館から出た「声よりも近い位置」という合集なんですけれども、
残念ながら版元の方にはもう在庫がなくて、
今たぶんネットで持っている在庫が変えたりとかする。
あとルート系さんとか私の方でまだ持っている在庫があるので、
そちらを展示に合わせていろいろ販売したりはしていく予定です。
イエスより声よりも近い位置ということですね。
これはちょっとね、必見、出続。
ありがとうございます。
絶対持っておいたほうがいいサスですからね。
ありがとうございます。
最後の告知で、なんか2人とも声が小さくなってしまいましたね。
ありがとうございます。
しみじょこの時のトーク、なんで最後急にこんななっちゃったんだね。
じゃあ改めて、今日は本当に楽しい時間ありがとうございました。
こちらこそ本当にありがとうございました。
もう何言ってるんだかちょっとわからないんじゃないかと思う。
ぐじゃぐじゃしちゃってしょっちゅう申し訳ない。
いえいえ、そんなことないです。
もうぜひぜひまたうちの番組に遊びに来ていただきたいと思います。
ありがとうございます。
プライベートなことですけど、今後はちゃんと連絡取って会えるようにしましょう。
ぜひぜひよろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
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感想はハッシュタグそろそろ美術の話を。
今後聞きたいテーマやゲストは番組ウェブページまでお願いいたします。
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