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#455 「顔」の言いなりにならないとダメ?レヴィナスの「倫理」と無限責任
2026-09-06 44:22

#455 「顔」の言いなりにならないとダメ?レヴィナスの「倫理」と無限責任

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00:11
はい、それ哲ラジオ。今日も始めていきたいと思います。 よろしくお願いします。
よろしくお願いします。 はい、今日はレヴィナス第5回ということでやっていきたいと思います。
はい、レヴィナスはですね、一応今回と次回で最後かなと一旦思ってるんですけれども、 今回はその前回に出てきた他者ですね。
他者っていうものがあるという意味では、自分の一人の世界っていうものを壊して、違う世界へ連れてくれるという話もあるし、
一方でその他者っていうものは、すごい自分に迫ってくる。 タイトルでも兄貴が配給の日向正陽か、みたいなこと書いてくれたけど。
悩んで、入れちゃったっていう。 そうそう、イメージを共有したい人にも伝えると、やっぱり外から自分というものをある種強制するとか、
自分を鋭く問いかけてくるみたいな、別に何が言ってるわけでもないんだけれども、 そういうふうな発想があるよっていう話をしたと思うんですよね。
だからあれだもんね、自分が好むと好物混ざるとに関わらず、勝手に自分の世界に入り込んでくるというか、移り込んでくるみたいな。
干渉してくるぐらいの感じなのか、応答しなきゃいけないから。 そうだね、干渉だし入り込んでくるだね本当にね。
だからその自分の一人の主観的な世界に閉じこもっていることっていうのを、ある種よく丸くもさせてくれないよっていうふうな。
その他者に応答しなきゃいけない、答えなきゃいけないっていうことが、実は自分の生存とか存在っていうものよりも先にあるから、
だからこそその存在論、その存在が第一だっていうんじゃなくて、その倫理っていう相手に応答するっていうことが第一だっていうふうな、そういうふうな話をしたかなと思うんですよね。
はいはい、だし、どうなんだろう、その辺を今日さらに詳しくみたいな感じなのかな。 あ、そうそう。
あ、よかったよかった、倫理の話全然わかんないなと思って。 そうだよね、今回の倫理って何ぞやみたいな。
もっと言うと、その他者ってどういう存在で、そこの関係って何っていう。前回も言ったけど、やっぱり倫理って、僕らが普段言ってる倫理っていうのが出てくるのは、実は次回なんですよ。
あ、そうなんだ、へー。 そう。で、次回は、今回ね、その他者の話をちゃんとした上で、次回はいわゆる国家とか社会っていう、もうちょっとそれが広くなったものとしての、
リビナスが考えるその社会のあり方みたいなものをお伝えしようと思ってるんですよ。
03:02
おー、なるほどだし、やっぱりあれなんだ。結構あれだね、自分について考えて、他社員について考えて、最終的には社会について考えるみたいな、結構あるあるなんだ。
そういう人をね、今回並べてるっていう感じかな。 あー、なるほど。そっか、早田もそういうふうに比較できるというか、時代的にもそういう人が並んでるしみたいな。
感じなのかな。 そうそうそう、私、実際リビナスもメルポンティーとかってやっぱり参照してたりはするので、一定に繋がってるは繋がってるんですよね。
なるほどなるほど、そっか、今、時代的にって言ってたけど、その時代にこういうことを考えた人を並べてくれてるというか、いろんな人いるもんね、哲学者とか。
いろんな人いる、いろんな人いるからね。なのであくまでも今回はそういうふうな流れで、まあ伝わりやすいかなと思ってますよっていう話なんだけれども、
ちょっと今後の話もすると、1回東洋の方をちょっとだけ挟んで、たぶん1回2回ぐらいだけど、そしたら今度は国家とか社会っていう側をより考えた人。
要は今個人から出発して国家とか社会入れてると思うんだけれども、もっと抽象的なものとして国家とは何かとかってことを考えるともちろんできるわけなんだよね。
おー、ほうほうほう。
なのでそういう、ちょっとその自分とか、なんだろうな、個人っていうところから出発しないというか、そういうところともうちょっと違うような流れの人っていうのをちょっと並べることで、やっぱり両方の発想があるし、それぞれやっぱり見えてくればもう違いよねみたいな。
時代としては同じ20世紀ぐらいなんだけれども、やっぱりいろんな発想の仕方とか、やっぱり観点があるねっていうところを伝えていこうかなっていうふうに思ってるんですよね。
おー、なるほど。面白そうだね。逆からか。
そうそうそう。なので今回はレビナス編というところで、他社に出会いましたね、前回まで。4回も話したけど、4回話してやっと他社に出会いましたねと。
うん、そうだね、確かに。ずっと前提の話をひたすら続けてたんだね。ある意味で。
そうそうそう。イリアみたいな。でもやっぱりその前提がね、やっぱりわかんないと、倫理大事だよねとかってやっぱりなっちゃうから、そうじゃないんだよっていう話をしていくんですけれども。
今回はね、その他社の話なんですが、前回言った通りね、その他社の顔っていうものが、ある種イリアっていうものがなんだろうな、具現化した姿っていうか、イリアってもともと存在の奥にあるなんだろうな、深い穴というかさ、
そういうちょっと恐ろしいものとか、なんだろうな、自分をザワザワさせるものみたいな、そういうものがあったと思うんですけれども、その他社が何時殺す中でみたいな、要は自分っていうのは相手からして、自分というものをお前の勝手な主観で理解的になるなとか押しつかみにするなよみたいなさ、そういうことがあったと思うんですよね。
06:12
はいはい、あれだね、だから理解するなよ、勝手に理解するなよみたいな。 そう、とか理解した気になるなよっていう話ね。
というところまでは話したと思うんですけれども、じゃあねと、じゃあなんで僕らはその殺すなよっていうものに答えなきゃいけないんですかねと。
確かにそうだね。 別にさ、そんな関係なくさ、うるせえよ、俺は理解し尽くすぜって言って、主観の側に立つことを別にできなくはないわけじゃないですか。
そうだね、それは思う、その自由がありそう。 そうそうそう、そうなった時に、レビナスはそれっていうのはダメなんだよって言うんだけれども、
もちろんレビナスの言うことは理解したい一方で、でもそれって本当なんだかなんでそこまで言えるのみたいなさ、いうことは両方あると思うので、その辺の話を今日ちょっとしようと思ってるんですよ。
おーはいはい、いいね、だってね、やっぱ自分、なんだろう、相手の言いなりじゃんみたいなね、今度自分がゼロになるじゃんみたいな感覚やっぱあるから。
そうそうそう、それって本当にいいんだっけみたいな感じになるからさ、というところを今日話していくんですけれども、ここでね、1個目を向けたい考え方があって、いわゆる対照性とか、もっと言うと人は基本的に同じ存在であるというか、似ているみたいな、そういうところからちょっと考えたいんですよ。
例えばどういうことかっていうと、今日その倫理の話をしていくので、一旦僕らが思っている倫理っていうものをイメージしてほしいんだけれども、いわゆる正義とか悪とか道徳みたいな、いろんなことを考えたときに、やっぱり僕らってやっぱりその道徳みたいなものを考えるとイコール、お互い様というか、
うんうんうん。
よくさ、学校とかでもさ、自分が最低嫌なことは相手にもしたいけませんとかって言うじゃない?
うんうんうん。
これって要は、自分と相手ってのは基本的に似たような発想というか、感覚を持っているから、要は自分のことをちゃんと考えれば相手のこともわかるよねっていう、そういうふうな発想なんだよね。
おー、確かに確かに。
もっと言うとさ、それこそデカルトぐらいもそうだったけれども、人間というのは理性がありますねと。
その理性というのを磨いていくと、どんな人間でもそれを正しく使えば、正しく発想したりとか物事を理解できるはずですねと。
うんうんうん。
なので、人間というものはその理性を磨くことで、全員が高まることができますよねみたいな。
09:03
おー。
そういったものが、物事を考える前提にあるんじゃない?ってことにレビュー屋さんは目を向けるんですよ。
わー、確かに今の二つの例はすごく同じだね。
そうそうそう、ただこれまで聞いていただいた方はわかると思うんですけど、めちゃめちゃ自分中心じゃないですか。
うんうんうん。
自分と相手は一緒であるとか、自分と相手っていうものは、まさに対照性を持つ、対照性ってのは自分と同じものを相手が持つとか、相手が持っているものは逆に自分も理解できるとか、そういうことを前提にしてるんだっていうことを考えるんですよね。
で、ただここまでの流れでわかる通り、レビュー屋さんはこの対等な関係性とか、自分と相手は対照、同じものを持っているっていうことが、結局はやっぱり他者を自分に回収するっていう、まああの帝国主義の話に繋がってるというか、そういうふうな働きになっちゃうんだよっていうことを言うんですよ。
いやー、だから良かれと思ってってことね。
良かれと思って、自分が嫌なことを相手にもしたらダメですよって言うんだけど、でもそれって、じゃあ自分が嫌じゃなければ相手にやっていいのかみたいな逆のことも言ってるわけじゃない?
うん、言ってるのか。それはアリストテレス先生に聞いてもそれは言ってることになるのかそれは。
ごめん、これはね、逆はまた死にならずだから別に死んではないんだけど。
危ない危ない、騙されるとかあった、危ない危ない。
そうね、今ロジック問題みたいになっちゃったけど。
誰だっけ、アリストテレス院だっけ?論理学だっけ?
ああそうそう、アリストテレス院、あってるあってる。AはAであるとかね、AはBではないならみたいな、そういうのがある。
なんかあったよね。
うん、そうそうそう。すごい鋭い、ちゃんと今のスルーしなかったね。
危ない、ダメだダメダメダメ、騙されないよ。
まあまあでもそういうふうに思っちゃう人もいるよねと。
実際の世界はそうやって回ってる面もあるっちゃあるからね。
そうそうそう、レビナスはその言葉自体を否定したわけじゃないけれども、その根底にある、やっぱり自分と相手は同じように考えるはずだとか、
ある種同じルールを適用させて、自分が良いと思うものは相手も良いと思うはずだっていう、これっていうところにやっぱりメスを入れてくるんですよね。
うんうんうん。
なので、もっと言うとこれは次回話す、その社会とか国家っていう、もうちょっと進んだ時に出てくるルールの話なのであって、
うんうん。
今この自分と相手、しかも確か顔として表現、表れている場においては、やっぱり相手と自分を同じ属性を持っているとか、そういうふうに考えることは絶対にやっちゃダメだよっていう、そこから始まっていくんだよね。
12:10
ああ、面白いね、そっかそっか。だからその倫理のレイヤーみたいなものをちょっと考え始めてるんだ。
ああ、そうそうそう。まさに僕らが言っている倫理っていうものはちょっと高いレイヤーというか、後のもので、もっと根本的な倫理っていうものを考えたいですねと。
その倫理っていうものは、結局は自分と相手っていうのは全く一致な存在で、理解もできないし、もっと言うと自分の安定というか、そういった存在の根拠を揺らがすような存在ですっていう、そういう私とあなたにおいての関係性というところから考えるんだよね。
はいはいはい。
ほい。でね、これ面白いんだけれども、他人がさあそうやって、さっきも言った通り殺すなって言ってくるんだけれども、じゃあなんでやっぱそれに答えなきゃいけないんですかっていう話なんだよね。
で、これがある種、さっき言ったような義務だからとか、それが正しいことだからとか、自分も助けてほしいからとか、そういうふうに言っちゃうと全部、さっき言った高いレイヤーの倫理の話になっちゃうんだよね。
うわあ、そうなんだ。
うん。だってさあ、殺すなって確かに殺されたくないよね。だって私も殺されたくないもんって言った瞬間に、結局相手を自分に吸収してるじゃん。
うわあ、まあそうだね。
うん。で、善とか悪って言った瞬間にも、その善ってじゃあ誰が考えたんですか?今私とあなたしかいませんよねっていうことになっちゃうから、
この自分の善とか悪で判断するのもやっぱり自分に吸収したいじゃないですか。
そうだね、うんうん。
ってなると、そういった、いわゆる世の中一般で今考えてる道徳とか倫理ってものはこの場合では使えないんですよ。
おおー、すごい、うん、そうだね。
うん。だってまだ出てないからさ、そういったものが。
うん。うわあ、何が使えるんだ?どうしよう。
どうする?このさ、極限の私とあなたしかいませんっていう時に、お前、俺を殺すなって言われてさ、何をもって対応しようって。
これもしかして、やっぱりそうやってさ、人は殺しちゃダメだよねとか、嫌がることはやっちゃダメだよねとかさ。
うんうんうん、まあ通常の倫理、通常の道徳的なものだとね。
早いと言う通りで、それが全部、何だろう、ここじゃ使えないって言われたら、相手の言うことを聞くしかないんじゃないか。
おおー、面白い、なるほどね。
うん?待ってよ。
お、何か気づいた?
もしかして今最初、相手の言うことを聞くしかないんじゃないかって言ったんだけど、どっちかを選んでるってことになっちゃうから。
15:07
はいはいはい。
究極的にはもしかしたら何もしない、何もできないみたいな感じなのかな、どうだろう。
いいねいいね、うん。
もう無理、これ以上無理。
いや、でもそうそう、そのぐらい、やっぱりこの私とあなたしかいない状況で、既存の価値観とか倫理とか道徳とかが使えない状況って、すごい悩ましいわけだよね。
うーん、困った。
ね、で、困るじゃないですか。で、兄貴が言ってくれたのは、やっぱり一面正しくて、何もできませんねと。
ね、やっぱ判断塾がないから。
ってことは、その何もできない状態で何をしますかっていうふうな話になるんですよ。
つまり、これちょっと僕も、なんだろうな、細かいところまでちょっと言い切れないかもしれないんだけれども、
ではじゃあ、他者からのそういったね、何事殺すなかれっていうものに対して、それは命令ではないんですよ、実は。
なかれって言ってるから言葉的に命令っぽく見えるんだけれども、
フェミナスはこの、ある種他者の現れっていうものを、低さ、なんていうのかな、まあそうね、低さっていうところから考えるんですよ。
どういうことかっていうと、顔として立ち現れる他者っていうのは、なんていうのかな、いわゆる弱者の姿をしているのと。
つまり貧しいものとか、あとはいわゆる未亡人みたいなものとか、あるいは孤児、親を亡くした子供とか、そういう最も傷つきやすい存在として現れるんだって言うんですよね。
レビネスはそういう例えというかで話してるんだ。
そう、そういうことを話している。これをその栄光に満ちた低さとかって言ってるんだけれども、
要はね、要はその気になれば、いや殺すなって言っても、嫌だ俺はお前を殺すって言えるかもしれないと。
かもしれないんだけれども、その他者があまりにもか弱いとか、あまりにも無防備であるとするならば、
やっぱりその存在を自分が何だろうな、こうないがしろにするとか、そういうことに対して、きっと恥ずかしさというか、ちょっと戸惑いみたいなものが出てくるんじゃないかと。
もっと言うとさ、自分の世界に生きてた時っていうのを王様っていうふうに表現したじゃないですか。
自分の世界の王様で、その世界っていうものを自分に奉仕してるんだみたいな話をしたと思うんだけれども、
そういうふうな生き方を教えたところが、その最も弱いというか、最も無防備な存在にその世界というものを壊されるっていう、
18:11
こういう構造をレビューナスが考えるんですよ。
ちょっとこれがなんでその弱さっていうものがグッと出てくるのかっていうところまで、ちょっと僕使い切りたくて、ちょっと今ね、話しながら考えたいと思っているんだけれども、
要はその弱さに対して自分の行い、要は世界を暴力的に掴んでいたっていうことを変えりみるときに、
これじゃダメなんだっていうふうに思いませんかっていうことを言うんだよね。
その弱さに接するからこそ、自分もこのままじゃダメだと思って、違うことをしなきゃいけないっていうふうに思うと。
そういう相手が弱いからこそ、自分をちゃんと変えりみるっていう、そのきっかけになるっていうふうな、
こういう逆説っていうものをレビィアスは考えるんですよね。
なので、その、なんじ殺すなかれっていうのは、お前殺しだめぞっていうふうな命令とか権力じゃなくて、
まるして殺さないでくださいとか、そんなひどいことはしないでくださいっていう、まるして懇願というか、そういうふうなものなんだっていうふうな感じなんだよね。
ふんふんふんふん。
そうすると、人っていうものは、その弱さの前で自分を変えりみて、確かにそんなふうに、むやみにというか、無思考に世界っていうものをわしづかみにして、
自分の世界として吸収するのは良くないねっていうふうに思いますと。
ふんふんふん。
そうすると、その殺さないでっていう声に対して、わかりましたっていうふうな、それはしませんっていうふうな応答が起こるっていうふうな、そういうことを考えるんだよね。
ほうほうほうほう。
なので、兄貴の話で言うと、殺しても殺さなくてもどっちか選ぶことになるんだけれども、選べませんと。
選べなくて、ただただ、その自分を恥じるとか、自分を変えりみることによって、殺さないようにしようっていう、そういう思いが湧き上がってくるというか、そういうふうなことが自然に起きてくるよねっていうふうな、
そういうことを、まずは、ちょっとね、この次また少し違い言い方もするんだけれども、一旦この始まりの時点では起きるんだよっていうことを話してるんですよね。
オッケーオッケー。とりあえずこのイメージは持っておくね。
そうね。ここまでは、理解できるかできないか置いておいて、なんとなくイメージは持てるかな。
そうね、うん。理解はできないけどイメージ持ってる状態だね、今。
21:03
あ、オッケーオッケー良かった。
で、ここからがね、面白いというか、そこまで行くんだって話なんだけれども、いわゆる、私と弱いあなたとの出会いって、要は対照性が破られてるじゃないですか。
言うかとかって言うと、さっきさ、私とあなたは同じようなことを持ってるとか、その根底が共通してるから、自分がやって欲しがることはあなたにもやりませんっていうのが普通の道徳だって言ったじゃないですか。
っていうふうな意味で対照性を持ってるんだけれども、この自分と相手っていうのは、もともと自己中心的な、自分が王様だと思っていた自分と、殺さないでっていう弱い相手とっていう、全然違う、なんだろうな、存在なわけですよ。
その地点にいる人は、その顔だよね、対して対照性があるっていう状態? 自分と同じだねーとか、相手も同じだねーみたいなことはないっていうことはわかってるというか、そういう状態だって話だから。
そうそう、そういうこと、そういうこと。 前回最後にハエットがさ、例えて話してくれた魔法使いの嫁の状態だってことだよね、何だっけ、骸骨と人間だよね、状態。 そうそうそう、顔が骸骨の存在と、人間なる自分の関係性みたいな感じ?
だからどっちがどっちかわかんないけど、例えばじゃあ主人公が人間だっけか、すると自分が主人公で顔、骸骨が、なんかただホラーみたいになってるけど、どうしようかっていうのは全くわかんないよねっていう状態だって話だね。
何食べるのかも、何が好きなのかも、何が嫌いなのかも、何に喜ぶのかも、何が痛いのかもわからないみたいな、状態だって話ね。 その対照性がないって話が。 お互いに全く理解できそうにないっていうのはそういう状況だね。お互いというか自分が相手のことを理解しきることができないという状態か。
今はお互いじゃなくて、まずは自分視点で大丈夫? そう、自分視点。で、自分視点ですと。で、さっきの話で応答しなきゃいけないってどこまでは来ましたねと。そうすると、じゃあその応答ってどういうあり方になりますかって話なんだけれども、これがまたわかんないのよ。
つまり、対等な関係。例えばわかりやすい契約関係とかにするけど、契約だったらさ、やっぱり何をするかってことがクリアじゃないですか。例えば、お腹空いたからお前は俺を養えとかって感じになったとしっきに、だいたい人間が食べるご飯の量ってパン大きくしても3つぐらいでしょみたいな。
24:17
言葉でパン3つ渡しといたら、俺を養えっていう、そういう要望には応えましたよねっていう。そういうことが考えられるじゃない?
確かにだし、今の例もそうだもんね。そのガイコツ、何をどのぐらい食うのかもわからない。なんかちっちゃい頃適当に捕まえてきた虫にさ、どうしよう何与えようみたいな。ちょっとそれ思い出しちゃった。
何食べるんだそもそもみたいな。 バッタとか連れてきてね、何食べるんだこいつみたいな。 いろいろ入れてみるみたいなね。
そうそうそうそう。だったときにさ、ガイコツわかりやすいから、ガイコツっていうかなんだろうな、ちょっと動物の骨っぽい感じなんだけど、一旦それ置いといて、リティーラー置いといて、そもそもこの人は何かを食べるのかとかさ、吸収とか消化とかどうなるのかとか。
どんだけ食べるのか、パンなんか0.5個でいいかもしれないし、でも10個食べた後どうしようみたいなさ。わかんない中で俺を養え、俺の胃袋を満たせって言われてもさ、めっちゃ困るじゃん。 バッタ困る、うん。 何すればいいのみたいな。 バッタ あとあれでもね、あの固形物食べれるんですかみたいな。やっぱりもう液体ですかみたいなね。いろいろ大変だよね。
いろいろ大変じゃん。っていう中があるので、そのやっぱり対照性がないと、あれることがやっぱりわかんないというか、どこまで行っても考え尽くせない。もっと言うと限界がなくなっちゃうんだよね。
うんうんうん。 バッタ つまりさっきの話で言うと、その弱い存在がさ、私を殺さないでって言うわけじゃん。この人にとっての殺さないでって何?みたいなさ。 にもなるよね、確かに。 バッタ うん。何をどこまでやったら、あるいはやらなかったら、この人のその要望に答えたということになるのかっていうことが、もうどこまで行ってもわかんないのよ。
確かに確かに。半径3メートル以内に近づくことを殺すって言ってるかもしれないしね。もしかしたらね。 あと目を合わせるとかね、例えばね。 バッタ そうそうそう。目を合わせたら死んじゃうんですって言われたらさ、わかんないじゃん。
面白いね。 バッタ そう。っていうことを指して、レビナスは無限責任っていう言葉を使ったんですよね。
おおー、いい言葉。イメージ湧くね。 バッタ そうそうそう。つまり、これ次回言うんだけども、僕ら普段生きてる中では責任ってことは基本有限な社会に生きてるはずですと。
27:10
うんうんうん。 バッタ つまり、例えばじゃあ盗みをしたら、このぐらいの罰ですよとかさ、法律的に言うとね。とか、相手を気を付けたらちゃんと謝罪すれば許してくれるかもねみたいな。
うんうんうん。 バッタ でもそれに対して、何かした時に罰罪までかけて罪を償いみたいなことっていうのは基本ないと思うんだよ、今の世の中。
うんうんうん。 バッタ でもレビナスが言う私と他者の関係とか、さっきの女性と骨の魔法使いの関係性ってそういうことが送り得るっていうか、もうわかんないんだよね。
確かに確かに。 バッタ そう、いうところがあるので、この2者間、私と顔としての他者においては、私は無限の責任、応答するってなった瞬間に、その責任は無限にまで広がりますと。
いやだね、早く株式会社っていう仕組みを教えてあげたいね。 バッタ そうだね。 ヤンヤンそう、有限責任の世界へようこそって。
バッタ っていうことがないとやっぱり人は何もできなくなってるじゃないですか。 これはね、面白くて。レビナスはそういった無限責任の考え方を、こういう例で言うんだけど、
自分の口の中にあるパン、まさに今食べようとしているパンを引き剥がして、その目の前の他者に与えるんだ、みたいなことを言ってるんですよね。
つまり、自分の生存法の中で何かを食べようとするって。 でもその自分を生かすことよりも、相手の問いというか、向かってくる顔に応答する。
こっちの方を優先するみたいな、そのぐらい自分の生存よりも他者ということをするのが、この無限責任の応答だっていうふうに言うんですよね。
まあ、そうなるよね。あらゆることを想定するとそうなるよね。 そうそうそうそう。
本来その存在論的に言うと、やっぱり自分の存在っていうのはベースにあるから、それをね、やっぱ保つとかさ。
基本的人権もそうだけど、まずは自分の生存じゃん?
っていうのが、ある種人間という存在を与えられた基本的な人権だとか権利だとかっていうのが普通の考え方だと思うんだけれども、
ルビナスに言わせると、この私とカオのあなたの関係においては、その自分の生存本能とか生存権みたいなことすら他者に明け渡さなきゃいけないっていう、このぐらい徹底しているっていうふうな話なんだよね。
30:09
うん。なので、この私と他者の関係においては、もうこれだけやったから十分だとか、なんとなくやっぱ倫理とかで言うと正しいことやってればいいとかっていう発想になるんだけれども、その正しさもよくわかんないから、
相手がOKっていうまでなのか、それも含めて、やっぱり何でも応答し続けなきゃいけないっていう、
そういうふうな発想で、このゼロ地点というか私とあなたの関係、本当に哲学が始まる、この第一段階というものを描いているのがルビナスだって話なんですよね。
うわー、すごい正解感だね。どうなるんだこれ。
いや結構これさ、やっぱりね、誤解分かかったなって改めて思ってるんだけれども、いきなりさ、やっぱり第1回とか第2回ってさ、こんな話をしてもさ、全くイメージ湧かないと思うんだよね。
湧かないね、たぶん。 うん、ね。他者に対する応答が無限ですからって言ってもさ、なになにみたいな、どういうこと?ってなるじゃん。
そうだね、責任がとかって言われても、ちょっと分かんないよね。
ね。でも今はね、ちょっとなんとなくイメージ湧くかもな、どうかもな、みたいなところまで来たとすると、やっぱりこの今日も話しているその他者の在り方だよね。
うん。 さっき言ったその弱さみたいな話、ちょっとじゃあなぜ弱いのかみたいなところは、ちょっとごめん、僕もね、なんかこの世だからですって今言えないんだけれども、
でも少なくともその他者っていうものに従わされるだと、結局はその、なんていうのかな、正しさの軸が自分から他者になっただけっていう、
うんうんうん。 兄貴が前言ってくれたような、それって自分軸だと他人軸になっただけじゃないっていう、そういう風になっちゃうと思うんですよ。
はいはいはい。 でもそうじゃなくて、あくまでもやっぱりその倫理、ここでレビナスのような倫理の出発点っていうのはやっぱり自分の側にあって、
それが自分が世界を理解できるっていうその傲慢さじゃなくて、むしろそんなことは全くできないっていう恥ずかしさとか、そういう風に知らなかったのに、
そういうことを知らないまま生きてきたっていうことに対する、やっぱりこう、なんだろうな、追い目でもあり、
まずそれが自分の世界を壊して、もっと世界を自由にしてくれる、開いてくれるっていうことへの、なんだろうな、希望でもあり、
そういったいろんなものがないまぜになっている感覚っていうものがこの場面ですっていうような感じなんだよね。
33:01
うんうん。いやー、そうだね。だから、なんでその顔?エリアにおける顔が、必ず自分よりも弱者として現れるって話だよね。
そうそうそう。
確かに自分も今話を聞きながら、そのなんでだろうみたいな、もっと強い人を売ってもいいんじゃないって思ったんだけど、
うん。
多分その、どうしようさ、王様とかさ、さっき何て言ったっけ、戸敷だったっけか、なんかその、
あーそうね、弱い人をね。
立場っていうのが出たから、現実世界のそういうのを想像しちゃうんだけど、
あーはいはい。
ここまで聞いてきたレビナスの話からすると、いわゆるそのエリアがあったとして、エリアからの逃走じゃなくて、
多くの人は逃避の方に行ってるって話したじゃん。
はいはいはい、そうね。
それから、何かを理解するとか、もしくはその生きてる時のスタンスとして、基本的には世の中対照だと思ってる。
周りの人もその対照性の世界で生きてるみたいな話で言い換えられると思うんだけど、
うん。
その状態は、それこそ王様っていうふうに比喩したように、その人が、たとえ本当の世界で王様だったとしても、
本当の、僕らが生きている世界でってことなの?
そう、リアル、リアル。
リアル。
リアルの世界で、その人が仮に奴隷だったとしても、
うん。
戸敷だったとしても、その逃避の方。
はいはい。
何かを対象だと思ってるとか、理解してわし掴んでる世界で生きてる人は、全員強者。
はいはいはいはい。
だから、それをやっぱ崩す。
だから、リアルで王様だろうが、貧乏人だろうが、なんだろうがなんだろうが、とにかくそれを崩してくる方は、必ず弱いもの。
はいはいはい。
っていうふうなのは成り立つかなとは思った。
ああ、面白いね。確かにね。今兄貴の話がすごい確かになと思ったのが、
原理世界でどんな人であれ、全員強者だと、なぜなら自分の視観によって世界というものを作っているから。
そうそうそう。例えば王様だったりとか、めっちゃ強い人は相手を自分の思うがままにして復讐しろとか、
自分の方が正しいから、自分に合わせた方が幸せになれるよっていうのがリアルの強者感はあるんだけど、
逆に例えば戸敷的な方、お金ないとかあった方からすると、
なんで俺たちはこんな貧乏なんだと。生まれながらの貧乏ってなんだよと。ちゃんと金をよこせや食べ物をよこせや。おかしいだろっていうのもある意味あり得るじゃん。
36:01
ただただ弱いっていうよりは、不平不満みたいなものもある意味、逃避じゃん。人間はこうであるべきとか、同じみたいなさ。
これは平等とかとはちょっと違う話で、対照性の話で、からしか多分それは話してないじゃん。
間違いない。
テオくん っていう意味では同じなのかな。そこに対して、このイリアとかカオっていう概念を持っていくと、そこの世界からすると、誰だろうが確かに強者というか、王くんだよねみたいな。
そういう意味で捉えると、なんで自分に強いやつ、お前を殺すぞみたいな奴が現れないのかみたいなのは、一定理解はしていいからとは思うかって感じかな。
うんうんうん。本当にそうだと思うな。だから、やっぱりもっと言うとね、この世は基本強者だらけであると。でも、一枚もっと根本に降りていくと、実はその強者だらけの世界、主観性を持って他人を押しつかめしようとしている世界の根本には、実はそういう弱さとか、圧倒的な非対照性。
っていうものがあるよって言いません?そこに目を向けたのが、やっぱりリビナーさんっていうのは、本当に兄貴が言ってくれた通りだと思うんだよね。
おー、はいはいはい。
じゃあね、そこまでのイメージはいたとして、これってどんな良いことがあるんですか?要は哲学もさ、ただ単にお気持ち表明ではないから、やっぱりそれを知ることによって、やっぱり世の中をよりちゃんと捉えられるとかさ、よく生きるかどうかはまた別だとしても、そういうものに繋がっていくっていうようなものってあると思うんですよ。
でも今のところさ、なんかね、自分の食べるパンも相手にあげなきゃいけないんですか?みたいなさ、なんかしんどそうだなみたいな感じになっちゃうと思うので、ちょっとここまでの話を整理して、次回の社会とか国家みたいなところに繋げていこうと思うんですけど。
うんうん。 これもねちょっと、でも何の話でもいい、難しいから何の話でもいいと思ってるんだけれども、やっぱり人間、僕らっていうものは、いわゆる存在論、自分の存在っていうものから世界を理解していくと、結局はやっぱり自分中心で世界っていうものを足掴みにして、自分に取り込んでいくっていう、
やっぱりそういう、よく言えば王様だけど悪く言うと自己完結したもうなんか孤独な世界。もう世界に自分しかいませんみたいな、ってなっちゃいますねと。それで享受して豊田が生きてる間はいいんだけれども、やっぱりそれを掘り下げていってね、前々回とかかな、一個一個存在化していくとさ、
39:03
そこにも消えきれない、残る、なぜ何かが存在しているという不気味さみたいなさ。これがイリアだと思うんだけれども、これはやっぱり拭いされない。このよくわかんない不気味なものに囚われている自分っていうものに出会うよねみたいな、そういう話をしたと思うんですよね。
そうね、うん。
世界でないっていう意味ではいいんだけれども、他者の呼びかけにある種、無限に応答し続ける必要があるっていう意味では、また別の問題が出てきましたねと。
うんうんうん。
犠牲というか、ただ自分が逆に相手に奉仕するっていうふうな、そういうふうな世界になっちゃってるねっていうところまで来ましたよっていうような感じなんだよね。
あーはいはい、まずそこまで来ましたよって話ね。
そうそうそう、一旦そこまで来ましたよっていう話。
はいはいはい。
はい。で、ただ当然こんな生き方は僕らしてないしできないわけじゃないですか。
まあしたくもないしね。
そうそうそう。なので非対称性っていうものが根本にありながらも、僕らは一定その対称性を持つ社会とか、一定のルールがある国みたいなものを作っているわけじゃないですか、現実的に。
そうだね、このレビナス的に言うと、そういう非対称性を自覚してるかしてないかはわかんないけど、とりあえず作っていきたいよねって感じかな。
そうそうそうそう。
うんうんうん、オッケーオッケー。
うん。で、もうちょっと先取りすると、要は今の僕らが生きてるこの社会とか国家の根底に、今日これまで話してきたような非対称性とか、弱者の存在とか、そういうものがあるし、ちゃんとそこに目を向けましょうねっていうところが、ある種次回の確信でもあるんだけれども。
うんうんうん。
そうした時に、この私とあなたっていう関係性からどうやって社会とか国家っていうものができてくるというか、広がっていくのかっていう話を次回、一旦のレビナス最終回としてお話しようと思ってますっていう感じなんだよね。
42:07
わー、なるほどなるほど。とすると、今はもう自分の視点からすると、もう八方塞がりというかさ、どうしたらいいんだよおいみたいな感じですけど、ある意味ここから人って一人でもないし二人でもないし、いっぱいいるよね、社会があるよね、共同体があるよねってところで考えて一周回って、
その中の誰かもう一人と対峙した時には、やりようがあるというか、戻ってくるって話ね。振る舞いが。
まさにその通りです。
なので、やっぱり二人だと行き詰まるんだけれども、やっぱり3人、4人とか10人とかになっていくとって話もあるし、もっと言うとレビナスは実際今は二人の話をしたんだけれども、本当は三者関係なんですみたいな話もする。
そう、そういうのもあるな。
そういうのもあるので、次回そこまで話すことで、なるほどと、レビナスが考える、もっと言うとこの根底にあるものを使って、今の社会とか国家とかを分析するみたいなふうにもなっていくから、そういった話をして、
今回ね、レビナス界もそうだし、もっと言うとフロイドとか、その前からか、ベルクソンぐらいから続いている個人の生き方みたいな話から社会へみたいなところの繋がりっていう話をして、次回やろうとしている社会編というか、ここに繋がる橋渡しにしようと思ってますって、そんな流れでございます。
わー、いいねいいね。
という感じでね、一旦今日のお話に関しては以上でございます。
はい、わかりました。では次回ですね、この流れから社会ですね、そっちの方を見ていくというところで楽しんでいきたいと思います。では引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。
44:22

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