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それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。 このラジオは、身近なテーマをきっかけに哲学について楽しく学んでみようという番組です。
哲学好きの弟と、哲学に馴染みのない兄の兄弟2人でお送りしていきたいと思います。
改めまして、兄の菅野翔介です。 弟のハヤトです。よろしくお願いします。
はい、お願いしまーす。さあ、今回から新しいシリーズということで、ジョン・スチュワート・ミルというところでした。
名前は知ってるって感じかな、ミルさんについては。
そうだね、経済学とかの方で聞いたことあるかな、ぐらいのイメージかな。
はいはいはい、あ、そうか、やっぱり経済か。そうだよね。
実際に知られてもですね、経済学、ラシマは哲学者ではあるんだけれども、
今日も話してくるんですけど、いわゆる大学で哲学を教えてました、みたいな、そういう人ではないんですよね。
ほうほうほうほう。
むしろ普通に仕事としては、東印度会社とかあるじゃないですか、あそこで働いてました、みたいな、そういう人なんですよ。
あ、そうなんだ。
そうそうそう。
うん、というような人なんですけど、やっぱり有名なのは、法律主義とか、自由論みたいな、あると思うんですけど、
そういう、なんだろうな、世の中、またこの後イギリスの人なんですけれども、
イギリスの社会において、どういうふうに世の中が疲れていくといいのかとか、
世の中で生きる個人というものと、この社会ってどう打ち上げていくのかとか、そういうことを考えた人っていう感じなんですよね。
あー、なるほどなるほど。
今回からジョーン・スチュワート・ミルに入るっていうことで、予習はしないようにしてるんだけど、
うちにある本で、経済学の名著30っていう、ほぼつんどくしてるんだけど、そういえばあったよなと思って、
軽く斜め読みしてみたら、ジョーン・スチュワート・ミルは経済学原理っていう本か、が取り上げられてたんだけど、
なんかね、こう、軽く読んだら経済学の方からだけ見ると見誤るみたいな。
そんなことも書いてるんだね。
そうそう。哲学思想の方も合わせて見ないとダメだよみたいなのが書いてあったね。中身はちゃんと読まなかったけど。
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それと僕は逆にミルさんの経済学の方を見てないので、家はたぶん片手持ちではあるんだけれども。
でもね、やっぱり彼の考えたこととか、これまでニーチェとかマルクスやってきたじゃないですか、
彼らドイツの人たちなんですけど、ミルさんはイギリスの人なんですよね。
やっぱりちょっと時代の流れだったりとか、ドイツだと隣に隣国フランスの革命が云々みたいな話があったりするけれども、
イギリスだとちょっと時代とかもうちょっと先取りしてたりとかも含めて、やっぱり世の中の流れも違ったりするので、
考えてることとか、やっぱり経験論的なイギリスっていうところで使われてきている思想的な部分とか、
そういうことも結構営業としては違ったりするんですよね。
そうなんだ。
時代的にはほぼ一緒で、今回やるミルさんも、この後今日第1回なんで話していくんですけれども、
ミルさんも生まれたのが1806年。19世紀ぐらいなんですけど、マルクスが1818年。
へー。はいはい。
ニンチが1844年なので、時代的にはミルさんが一番最初というか、早く生まれてるって感じなんだよね。
あーそうなんだね。そのぐらいの流れ的にはそうなんだ。
でもね、重なってはいますと。
ミルさんというか、たぶんね、公理主義みたいなことでいくと、
歴史とか倫理の教科書に書いてるんだけれども、最大多数の最大幸福みたいなものとかさ、
だからその個人の幸せっていうものを足し上げたものが、社会の幸福であるっていう、これはベンサムさんっていう名前もあるんだけれども、
ベンサムとかミル、イコール公理主義みたいな。
でもそんな感じで、たぶんテスト的には、高校とかの授業ではやるはずなんだよね。
はいはい、なんか2人あげようぐらいのね、名前を。
ベンサムやミルが提唱したそういった原理を何というかみたいな時には、公理主義みたいな。
ほんとそのぐらいしか僕も正直分かってなかったんですけれども、
結構ですね、やっぱり彼の人生だったりとか考えてることが面白いっていう話でもそうだし、
やっぱりこの19世紀の今年やっていきたいっていう話があったときに、
やっぱりこのミルさんが言っているような、社会とはみたいな話とか、
あと自由論っていう本も書いてるんですけれども、
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自由とは何かみたいな話ね。
そうなんだ、ほうほうほう。
というところが、かなり今僕らが生きている社会のベースにあるというか、
もちろん200年ぐらい経ってるから全然新しくなってたりとか、
当時のミルはおかしかったんだとかっていう話もあるんだけれども、
素朴に考えたときに、自分たちにもすごい通じるなとか、
それを捉え直せるなっていう話をしてたりするので、
そういうところを今回ミルさんっていう人を通じて見ていきたいなというふうに思ってますっていう感じなんですよね。
面白そうだね、なるほど。
今回ですね、第1回ということはミルさんがどんな人かってことでやっていくんですけれども、
結構ね、面白かった。面白かったって失礼なんだけど、
結構この人も腹の板上だなっていうのがありますね。
続けていこうと思っておりますよと。
でですね、ミルさんはさっきもお伝えしたとおり、1806年ですね。
イギリスで生まれますと。
で、お父さんがジェームズ・ミルさんっていう人なんですけれども、
その人も学者、歴史家であり哲学者であるみたいな感じで、結構インテリ層なんですよね。
そういうお父さんがいるんだけれども、
実はベンサムさん、公理主義の創始者って言われてきたんだけれども、
その人とお父さんのジェームズ・ミルさんが親友みたいなことだったり、
親友みたいなこととか、ものよっては弟子。
ベンサムさんの弟子がジェームズ・ミルさんみたいな感じで、
めっちゃ近かったらしいんだよね。
わー、そうなんだ。たまたまじゃないのか。
そうそう。じゃなくて、ある種、
二人がいたからこそミル、ジョン・スチュアート・ミル、
今日取り上げるミルさんが公理主義者になったって話なんだけれども、
なんかね、いわゆるインテリ教育を超えて、
お父さんとベンサムさんが、
その時代の担い手、
自分たちの公理主義っていう思想を次の世代に託すために、
作り上げた存在みたいな。
そうなの?
そういう感じの息子、ミルなんですよ。
とにかくお三歳くらい勉強させられてて、
させられたんだ。
させられてて、友達と遊ぶことも禁止みたいな感じで、
3歳からギリシャ語を学びますとか、
8歳でラテン語をマスターして、
それこそ哲学書とか、
そういったものを原点で読めるようになるとか、
散歩しててもいきなり、
今日学んだことを説明しなさいみたいな。
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ことをお父さんに言われて説明できないと、
また再学習みたいな。
幻覚というよりはあまりにも、
本当に厳しい生活だったらしいんですよね。
大丈夫?グレたエピソードとかない?
実はあるのよ。
あるんだ。ちゃんとあるんだ。
ある、ちゃんとある。
すごい、人間すら無理だよねって話なんですよね。
これで名を残すさ、
哲学者失踪か、経済学者なりましただとさ、
ストレートすぎるよねって思って。
そんなことあるの?みたいなさ、
感じなんだけど、
ちゃんとっていうかあれなんだけど、
いろんな苦悩とか迂闊があるんですよ。
もうちょっと丁寧に行くと、
そういった学習環境なので、
12歳、だから僕らで言うと小6とか中1?
ぐらいには当時の大学レベルを超えるぐらいの
学問を身につけてましたみたいな感じらしいんだよね。
なるほど、なるほど。
学校に行ってなかったのかな?
本当に家でずっと勉強してたかみたいな感じで。
その後もこういう関係とかないわけですよね。
まあね、友達と遊べなかったんだねっていうね。
そうそうそうそう。
さっき東インド会社で働いてましたって言ったと思うんだけど、
これはもうお父さんがそこで働いてたらしいのよ、もともと。
なるほど。
なので、ある種、小手入手じゃないけれども、
お父さんのもとで働くっていう前提に
17歳で東インド会社に入って、
イギリスなんで、イギリスの当時の植民地行政じゃないですか、
いろんなところをやるっていうところに
中心に入っていったみたいな感じなんですよね。
へー、はいはいはい。
なので、しかもめちゃめちゃ偉くないんですよ、最終的には。
ああ、そうなんだ。
なので、知識もあるし、仕事もできるしっていう感じで、
これだけ聞くと、本当に父親の期待通りの
天才だったのか、秀才だったのか、それですくすく育って
仕事も哲学も経済学もやりましたみたいな感じなんだけれども、
やっぱりね、さっき言った通り、グレルじゃないんだけれども、
心が持たなくなるわけなんですよね。
へー、はいはい。
これはミルさんが自伝っていうものを書いてて、
まさに自分の歴史を振り返るっていうものをちゃんと書いてるらしいんですけれども、
ここで書かれているのが、いわゆるグレルじゃないんだけれども、
どちらかというとヤムかな、今風に言うと。
で、これが20歳ぐらいの時かなって書いてあったんですけれども、
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やっぱり、当然そんな生活してると、よくわからなかったわけですよね。
20歳の時にふとこんなことを思ったらしいんですけれども、
さっき言った通り、公理主義みたいなものって、
これはね、次回以降ちゃんとやっていくんですけれども、
ざっくり言うと、最大多数の最大幸福っていう形で、
みんな一人一人の個人の幸せっていうものが差し上げられて、
社会とかの幸福になるよっていうふうなものがあったときに、
これミルさんが言ってたらしいんだけれども、
自分の思いがく、そういう理想的な公理主義みたいな制度とか、
社会変革、一人一人が幸せでみんながハッピーみたいな、
そういうものが今この瞬間にね、色々わかんないけれども、
実現されたとして、果たして自分は大きな喜びとか幸せを感じるんだろうか、
っていうふうに考えたらしいんだよね。
つまり、自分はそれを実現しようと思って頑張っている。
頑張ってきたんだけれども、もう3歳かね、そんだけガンガン勉強さされて。
だけども、今この瞬間、20歳のときに、それが何か実現されたとしたら、
果たして自分は幸せなんだろうかって思うわけだよね。
おー、はいはいはい。
あるじゃん、これって要はさ、プロセスとかやってる間はガム社にやれるけど、
果たして何か目標を達成しまったときに、いわゆるバーンアウトするとかさ、
目標が本当になくなるみたいな話ってあると思うんですけど。
いやー、今だとあれだよね、勝手な想像?
自分は経験したことないからわかんないけど、
例えばオリンピック選手の子供とかさ、2歳の選手で、
それこそ1歳2歳からボール触ってました、みたいなさ、
通りやってました、みたいな。
のがどうなるかみたいな感じありそうだよね。
そうだね、そうだね。やっぱりまさにその二世というか、優秀な親をもって、
そこである種期待もこたえてきた、自分。
なんだろう、なんだろう、オリンピックで優勝するっていう使命があるけど、
その達成した自分ってなんだろう、みたいな。
そこまでいくと嬉しいかもしれないけど、
そういう瞬間ってありそうだよね。
想像はできるじゃない?
そういうのを考えたときに、やっぱり見る自身が、はっきり言うとノーだと。
全然自分はその公理主義とかが実現して、
世の中がそういう社会に変わったとしても、
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でも自分は幸せになれないっていうふうに思ってしまった。
わー、なんかこのドラマありそうだね、そっか。
スポーツ選手とかと、あれほどこう、なんだろう、
優勝するとかオリンピックでうんぬんみたいな、あるかもしれないけど、
思想家とか、こういう二世だと、
なんかその親だったりさ、師匠ととか、
ちょっと感覚変わってきたとき、辛そうだね、より。
それも辛そうというか。
やっぱりレーンさんっていう、それもまたすごい学者というかね、
師匠と師匠やってるものは挟まれたときに、
やっぱり親の期待とか周囲の期待で答えようとする自分と、
本当に自分ってそういう人間なのかってギャップというか、
規律ってあるじゃないですか。
やっぱそれを、よくも悪くも20歳のときに自覚してしまって、
そこでやっぱり生きる意味を失うっていう、今まで打つ状態だよね。
そんなに凹むというか、ダメージ受けちゃう。
思想的に果たしてどうするかじゃなくて、
本当に心が病んでしまって、立ち直れないみたいな。
そういう状態になっちゃったらしいんですよね。
でもそこからはちゃんと立ち直って、
こういう本を書いたりとか仕事をしたりするんですけれども、
そのときのミルさんを救ったのが、いわゆる芸術というか、
美みたいなやつなんですよね。
そうなんだ、ちゃんと立ち直れたんだね。
具体的に出てるのがワーズ・ワースっていう、
ワーズ・ワースっていうのがイギリスの代表的な詩人の人なんですけど、
この人の、いわゆるロマン主義って言われるような現実を描くっていうよりも、
いわゆるロマン主義とかロマン派って、
啓蒙主義の反動みたいな感じなんだけれども、
啓蒙主義って要は人間の理性とか、
本来備わって生まれてきた合理的なものを大事にしようというのが発想なんだけれども、
それの反動ということで、
もっと感情的なこととか、あるいは空想的なことも含めて、
そういった人間の要は、いわゆるエモーショナルな部分も大事にしようみたいな。
そういうふうな芸術運動なんですよね。
なるほど。もうちょっと直感みたいなものを大事にしようよみたいな。
そうそう。
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まるで、ミルが受けてきたものは、いわゆる啓蒙主義の権限みたいなわけですよ。
知識とかロジックとか手伝うとか。
そういうもので世界は良くなるみたいな。
ところから、やっぱり人間は感情も大事だとか、
自然に何か美しいとか心地いいとか、
どこでも含めて大事じゃんっていうところに、
すごい染み渡ってくるというか、
そういうものを持っていいんだっていうふうにして、
ちょっとずつ立ち直っていくんだよね。
へー、そうなんだ。
なので、やっぱり彼がその後、自由論とか書いていくんだけれども、
人間にとって自由とは何かとか、合理的にきっちりやっていくっていうよりも、
そもそも、社会において生きるにあたって、
人ってなんで自由というのを求めるんだろうねって思ってもそうだし、
もっと言うと自由な状態ってなんだとか、
それってどうしたら成り立つんだっていう、
結構その、人間のちゃんと地に足がついた自由。
はいはいはい。
抽象的には自由とは何かじゃなくて、
あくまでもこの世界に生きる私たちっていうものにとっての自由とか、
それってなんで脅かされちゃうのかとか、
そういうことを結構語ってるような話なんですよね。
わー、なんかその反動みたいなのは、
面白いし、自分が大好きなブッダの指紋出遊みたいな、
あれとちょっと似てない、ある意味理性だったり知性みたいなものを、
わー、もうあふれんばかりに享受してきたわけじゃん。
むしろどんどん誘い込まれてみたいな。
で、一方で自分とは何かというかさ、
自分の自由とか友達とかさ、
そういう感情とか芸術みたいなものは、
びっくりするほど触れてこなかった人が、
20歳以上になって、
初めて世の中にこんな美しいものがあるのかみたいなさ、
そういう話だよね。
うんうんうん。それはそうだな、確かに。
だから、まさにブッダも親というか王様から、
そういう綺麗なものだけ見せようとかね、
というふうにされたわけだけれども、
見るもそういう、ある種、世の中の半分しか見えてこなかった感じ?
だってブッダもあれだもんね、
え、老人とかいるんだ?みたいなさ、
こんなシワシワな人いるのか?みたいな、
病気って何?みたいなさ、ちょっと異次元だったじゃん、もう。
そうそうそうそう。
何だよ、その驚きみたいなさ。
でも本当にそうだからね、初めて山の人を見たみたいなね。
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そりゃあね、びっくりするだろうし、
年取ったりさ、死ぬのってそりゃ怖いよね、みたいなさ、
話したと思うけど、
見るにとっては芸術みたいなものがね、
え、こんなのあるんだ?みたいな、
多分、うちらには想像できないぐらい、
本当にびっくりしたんだろうね。
そうだと思う。
本当に生まれて初めて自然の美しさに気づいたとか、
そういう感情があることに気づいたみたいな、
本当そういう感覚だよね。
はいはいはい。
そういうところがあるので、
やっぱりさっき言った、幼少から英才教育をされて、
そういった、
12歳までに大学の知識を身につけましたっていう話と、
やっぱりこの20歳でそういうところに気づいて、
ある種、もう本当に生死の危機だよね。
うち病とかになるぐらい落ち込んだんだけれども、
それを乗り越えました。
それがやっぱり感情とか、
人間の持っている、
本来大事にして良いもの。
良い目が向きましたっていうところ。
ここからやっぱり彼のある種、
第二の人生が始まっていくんだよね。
なるほどね。
これなんか、
教育論に応用したらさ、
絶対ダメだよね。
どっちの意味で?
怒られるかな。
例えばもう、
絶対無理だけど、
めちゃくちゃすごい芸術家にしたいのであれば、
小さい頃徹底的に芸術に触れさせないっていう。
まあ、
お勧めはしないよね。
やっぱり、
子どもの人権を何だと思ってるのって話だからさ。
虐待になっちゃうね。
大事です。
なんだろう。
賭けだよね、たぶんね。
賭けっていうか、
子どもは自分の思い通りな存在だみたいな。
それこそ子どもの自由を完全に奪ってるから。
そうだよね。
ミルのことを知ってそうするのであれば、
この後のちゃんと高齢主義とか自由の話も聞いてから、
やっていただく方がいいかなと思いますね。
やったらダメだよ。
ダメだし。
話はここで終わりじゃないんですよ。
そういうふうなミルさんがいたときに、
もう一個というか、
その裸足の時の危機を越えて、
もう一個彼の人生を変えていくのは、
出会いっていうのがあるんですよ。
これ何かっていうとですね、
いわゆる女性なんですけれども、
ハリエット・テイラーさんっていう人がいて、
この人はミルが24歳のときに出会うんですけれども、
すごく素敵な女性だったらしくて、
学問とか芸術、
でもにも造形も深いし、
ものすごい豊かな女性だったらしくて、
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やっぱりもう、
お互いに惹かれ合うみたいな、
すごい素敵な恋愛だって話なんですけれども、
一個だけちょっとどうしても良くないことがあって、
テイラーさん、結婚してたんですよね。
うーん、はい。
うーん、はい。
はい。
はい。
良くないじゃないですか。
いや、どうなの?
哲学的にはそれどうなんですかね。
はい。哲学的?
まあでも、やっぱ社会的には良くないわけですよ。
哲学的にはもう惹かれ合ったらしょうがないんだけれども。
で、今ではもちろん、
良くないっていう話もあるけれども、
当時のイギリスとかさ、
より厳格なやっぱり時代なので、
ああ、はいはい。
ある種もう十分なわけですよね。
あのあそこのミルさん、
あのオタクのミルさんなんか、
結婚者の女性と入れ込んでるみたいですけれども、
みたいな感じで。
まあやっぱりもう社会的にあり得ませんわ、
みたいな、こういう感覚なわけですよね。
なるほど、なるほど。
まあだからもう、
このSNS時代にさ、
そういうのが炎上したみたいな感じで、
なんならそれ以上にこう、
あそこのさ、ミルさんさ、みたいな、
なんだろう、そういうぐらいの感じ?
そうだし、いわゆる社会がっていうのもそうだし、
例えばさ、現代で言ったら、
まあ例えばね、近しい人だったら、
まあでも育てるのもわかるよねとかって、
同情とかってまあまあギリ成立したりするじゃん。
ちょっとその個別の状況でどうしてもね。
うんうんうんうん。
でも、当時はやっぱり友人とかも、
ちょっとミルないわみたいな感じで、
もう白い目抜けられちゃって、
本当にこう自分のこういう関係がゼロになるみたいな。
ああ、はいはいはい。
そういう風な感じなんですよね。
ああ、そうなんだ、うんうんうん。
で、一応ミルさんとテイラーさんっていうのは、
プラトニックな、いわゆる肉体関係は持たないようなところで、
しかも、旦那さんとかと3人とかちゃんと話しているのを。
ああ、え、なんだろうそれ。
友達じゃダメなの?それ。
ダメなのかなあ。
男女の友情が成り立たない時代だったとかそういう感じなんだら。
もうちょっと聞いてほしいけど、
例えばその取り決めがどうなったかっていうと、
テイラーさんの旦那さんではね、
がいない時にミルさんがテイラーさんの家に行って、
一緒に暮らすっていう。
あの、あれか。
仕事中何時間かいるとかじゃなくて、
暮らすね、暮らす。
暮らす、そうそうそう。
そこになってしまったので、
やっぱり友情では抑えきれないような、
やっぱりこう、なんか関係性というか、
お互いに惹かれ合いすぎている。
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なるほど、抑えきれないというか、
周りから見た時に本人たちがどう言おうと、
いや、あれ付き合ってんじゃんみたいな感じに、
しか見えないっていうね。
本人たちもやっぱりそれを望んでいる。
はいはい、まあはいはい。
な感じだったので、
男女の友情でとかっていうので収めればよかったんだけれども、
それを超えるくらいの関係性、
お互いの家に行ったり来たりする。
しかもその時に旦那さんがいないみたいな。
結構そういう風な感じだったんですよね。
しかもそれを何十年も続けて。
何十年なんだ。すごいな。
まずは、よくも悪くもっていうのが、
テイラーさん旦那さんがちょっと早めに亡くなってしまうんだよね。
その時にテイラーさんとミルが結婚をするんですよ。
ある種、テイラーさんが未亡児になったからっていう話なんだけど。
だからそれはお互い本当に生きずに愛し合っていたんだねっていう話もあるけれども、
やっぱり何ともすると、
その旦那さんの不幸をミルがかすめとったみたいなさ。
まあまあまあね。
そんな感じでやっぱりなっちゃうじゃない。
だしね、その旦那さんになんかよくないものを食べさせてたんじゃないかみたいな。
数十年かけてね。
別のドラマ的なサスペンス劇場が始まりそうな。
ヒルドラ的なやつ。
そうそうそう。っていうのがあって。
やっぱりさっき言った人の感情とかさ、
自然を美しいとも心を添えるロマン的なことに惹かれていくだけならいいんだけれども、
それは現実にやりすぎちゃったみたいな感じもあって。
なるほど。
だった結果はやっぱりミルさんは家族、実家ともやっぱりちょっとそれになるよねとか、
友人もいなくなるよねとか。
救いなのはテイラーさんと旦那さんの間にも子供がいたんだけれども、
子供の反響がすごく良かったらしくて、
だからテイラーの旦那さんが亡くなった後も、
テイラーさんと娘さん、
ミルさんというところがすごく良い関係で続いてたというか、
一緒に暮らせるようになったらしいから。
なるほどなるほど。
そういう話があって、
やっぱり彼の人生でいくと、
幼少期の厳格な教育と発信の危機だよね。
それを乗り越えた後のテイラーさんとの関係っていう、
これが結構自分自身を作ってきたんだみたいな。
そういうふうなことをミルさん自身が振り返っているという話なんだよね。
いやー、なるほどらしい。
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大変だよね。
ちっちゃい頃、友達が作らせてもらえないみたいな環境で、
それこそ芸術に対してさ、
これだ!みたいなさ、さっき話した。
同じように人に対してもさ、
めっちゃ会う人見つけた時に、この人だ!みたいなさ、
その深さとか強さみたいなもの。
だからそれを受け入れられる人がいちゃったってことなんだね。
そうだね。
響き合う人がいちゃったっていう。
そういう意味ではまあ運がいいとも言えるしみたいな感じなのかね。
次回以降の話は繋がるんだけれども、
やっぱり彼がね、
高齢主義ってのは元々ベンサムとかから引き継いだものだけれども、
そういった自由について書くとか、
女性の平等を訴えるみたいな、
当時はまだ女性の賛成権とかない時代だから、
そういったものを訴えていくんだけれども、
やっぱりその影響っていうのは、テイラーさんとの出会いとか、
その中でやっぱり自分の全く思うようにならない、
こんなにも好きって言うよね、恋を壊れてるのに、
やっぱり社会的に結婚できない、
それだけならまだ仕方ないけれども、
むしろその社会っていうものはやめるさんありえないんだけどとか、
そんな風にして自分の自然な感情を押し殺そうとしてくるとか、
あるいは自分がすごく尊敬しているテイラーさんという女性が、
社会的にはいろんな身分とか制限されているとか、
そういう風なことを感情的に、
やっぱりそれっておかしいんじゃないかとか、
もっとその国、イギリスっていうのはやっぱり変わる必要があるんじゃないかとか、
そういうことにかなり結びついていく。
しかもそれをやっぱり、もともとめちゃめちゃ英才教育を受けているので、
ただその感情とか思うがままに書くんじゃなくて、
過去にもこういうことがあったとか、
こういう歴史系の流れからこういうことが言えるんじゃないかとかっていう風に、
学者として書けるぐらいのやっぱりことをやっていくっていうのが、
このみるさんという風な人っていう感じなんだよね。
わー面白いね。そっかそっか。
みるが書いた本だったり考えたことっていうのが、
めちゃくちゃ、
見るとは計らずかもしれないけれども、
すごくみるそのものなんだね。
ああ、そうそうそう。
親とかベンサムから引き継いだ経済的なことも書いてるし、
すごく個人的な自由みたいな、
自分の経験から来るその自由とはなんだみたいなところを、
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そういうのもちゃんと書いてるっていうのは、
ある意味本人にとっては自然なことなんだね。
そうだね、やっぱそれを書かざるを得ないというか、
必然性があったっていう感じなんだろうね。
あとさっきの女性の話で言うと、
台本であるこの女性の霊獣、これも本として、
ちゃんとまとめてるんだ、こうやって。
そうそうそう。そうなんです。
時代的に言うと、
経済学原理という経済学を書いたところが、
1848年かな。
40歳くらいのときで。
1859年に自由論を書いていて、
1863年に公理主義、
1869年に女性の解放を書いていて、
そういったものが立て続けに出てるっていう感じ。
最初に経済を書いて、
自由について書いて、公理主義に書いて、
そういうような流れですね。
なるほどね。
あれ、さっき女性の霊獣って台本に。
霊獣って言ったね。
日本の和訳で出てるやつだと、
女性の解放っていうのがあって、
英語だとThe Subjection of Women。
Subjectionって霊獣するとか、従うって話なので、
現代に近いとそっちって感じかな。
なるほどなるほど。
霊獣して身分というか、
社会的な制限がある女性が従属している。
だから解放すればならないっていう。
日本で出てる本では、
女性の解放っていう名前で出てるんだ。
古いやつだと婦人論って書いてるのもあるみたい。
なるほどなるほど。
その役者だったりとかによってまたちょっと変わってくるんだね。
そうそうそう、そういうところです。
ある種このミルの話が、
その後の女性の人権とか、
社会的な身分につながっているというのもあったりするんですけども、
今回に関してはですね、
彼の元々のベンサムから引き継いだ公理主義というところ。
やっぱりそれはベースになるので。
あとはやっぱり今日もお話しした自由だね。
自由とは何かというよりは、
自由というものをどういう風に実現するのかとか、
逆になんで実現できてないのか、
みたいなことも結構書いているので、
そういったものを見ていくことでは、ミルさんってこんなことを考えたんだとか、
こういう人生を過ごした人がこんなことを発信してたんだねみたいな、
そういうところを見ていきたいなというふうに思っています。
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そういう感じですね。
いやー、なんかあれだね、すごく、
早藤も最初言ってたけど、面白そうな人だね、これは。
そうね、面白いって言っちゃったらね、
一人の人生だからちょっと申し訳ないけれどもさ。
まあ失礼だけどね。
僕も意外というか、ほとんど知らない中で、
今回調べてお届けしてるんですけれども、
人間になる人だったんだとか、
逆に大学とかちゃんと行ってなかったんだみたいな。
行ってなかったんだっけか。
行ってないね。
普通に仕事してるのか。
大学は行ってない。
17歳から働いてるから。
ヒガチンの会社勤務なんだもんね。
そうそうそう。
そうなんだよね。
そっか、そもそもベンサムと親からしたら、
もう大学のことを全部学んだからみたいな感じか。
行かなくていいのか。
うんうんうん。
面白いね。
そういうふうな人が、やっぱりこうやって歴史に残る、
やっぱり本を書いているとか、
哲学っていう領域で、
今でも参照されるようなことをしている。
やっぱすごいことだなっていうふうにやっぱ思うんだよね。
楽しみだね。
そして、いわゆる哲学の界隈というか、
そっちからも普通に出てくる人なのか。
出てくるよね。
あ、そうなんだ。
すごいね。
彼の自由って話もそうだし、
あとね、論理学とかもともとやってて、
その時代のあとイギリスにバートランド・ラッセルっていう人がいるんだけれども、
イギリスの論理学者・哲学者で、
分析哲学っていうものを進めてた人なんだよね。
この人がホワイトヘッドとも共同研究したりするんだけれども、
バートランド・ラッセルの名付け親がジョン・シュラと見るらしいんですよ。
文字通り赤ちゃんだったらその人を名付けたの?
そう。
へー。
っていうぐらい関係があるらしくて。
面白いね。
ちなみにラッセルさんはアインシュタインと
核廃絶の宣言をしたラッセルさんですね。
わー、そうなんだ。
なんか繋がるね。
そう。
っていうぐらい、やっぱりジョン・シュラと見るさんも、
イギリス社会の中での、
迫害というか、入地からもいろいろ相手はいたんだけれども、
業績を称えるじゃないけれども、
デモとかやっぱりあの人すごいねって一目を変える感じ。
やっぱあったんだろうなって思うんだよね。
はいはいはい。
なるほど、いやー楽しみだね。
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だいぶなんか、この人物像というかね、
イメージがなんか湧いてきた。
ね。
そんな話で、やっぱちょっとね、これまでやってきたニーチェとかマルクスは、
またちょっと全然違うような雰囲気の人かなと思うので、
次回っこはね、ちょっとその小売主義とは何だよっていう話も含めて、
見るさんのことをいろいろ手入れに乗っていこうと思うので、
ぜひね、今回、これまでとちょっとまた違う、
ある種ロジカルゴリゴリで、
世の中とはとか人生とはとかってことよりも、
もうちょっと身近な話になるかなと思うので、
そこも含めてぜひみんなで楽しんでいきたいというふうに思っておりますので、
次回っこも楽しみということでございます。
はい、わかりました。
では次回ですね、そんなジョン・スチュワートビルの小売主義の中身ですね、
見ていきたいと思います。
では、引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。