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はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ウパニシャッドへの導入
はい、インド古代哲学ということで、前回まではリグベーダという、どっちかというと宗教とか、そっち系の世界観を見てきたんですけれども、今回からいよいよ哲学っぽい話になっていくのかなというところでした。
はい、今回ですね、いよいよウパニシャッドなんですけど、いよいよって言ってもね、ウパニシャッドなんだよみたいな話もあるんじゃないかなとは思っているんですけど。
だってさ、古代ギリシャとかだとまださ、ヘシオドスが来て、タレスにつながったでさ、あのタレスねとか、そこからモニャモニャあって、ソクラテスみたいなさ、なんとなく名前はこのラジオでも出てきてるからなんとなく知ってるみたいな話ではあるんだけれども、
今回もね、一応物端にたどり着くんだろうな、みたいなところまではわかるんだけどさ、ウパニシャッドに来ました、いよいよって言ってもね。
結構ね、その満を持してたのは実は僕の中でちょっと悪いんですけど、ついについにウパニシャッドやりますみたいな。
それはあんまりワクワクしないよね。すごさがわかんないもんね。
ちょっとごめん、雑談なんだけどさ、最近読んでる漫画でさ、たぶんあると思うんだけど、知らん奴が出てきて知らん奴と戦ってるみたいな。
何それ。
なんかあるんだけど、要はその、例えばバトル漫画とかだとさ、主人公とかはもちろんわかるけど、例えばトーナメントとかをするときにさ、強そうなんだけど初めて出てくるキャラとかがいるわけよ。
はいはいはいはい。
だからその知らん奴が強いみたいな、そういうのがあって、要はその、なんかすごそうだけど知らんから知らんわみたいな話ってあるなって思うんですよね。
たぶんね、ウパニシャッドもそんな感じなのかなと思ってて、なんかすごそう感を出して感の肺とか言ってるから、なんかそんな気はするけど知りませんみたいな。
そうだね、前情報なさすぎてね。
はい、っていう感じなので、ちょっとねウパニシャッドとは何座ってとこからね、今回ちゃんと話していこうと思ってるんですけれども、
ウパニシャッドの歴史
ウパニシャッドって何だろうな、別になんか一個の思想とか一個の本を指して言ってるわけじゃないんですよね。
うんうんうん。
で、ウパニシャッドが何かっていうと、やはりベイダーの一部っていうか、ベイダーっていう全体のまとまりの中にウパニシャッドっていうのが含まれてますっていう感じなんだよね。
うんうん、だから前回言ったリグベイダーもそういう感じで、ベイダーの中の一部がリグベイダーで、リグベイダーは1028個の詩みたいなものからなってますよみたいな話だったけれども、ウパニシャッドもそういう感じ、ウパニシャッドっていうのがその中にあるよっていう感じね。
そうだね、そんな感じです。で、ウパニシャッドっていうのはその一番古いものだと、それこそ紀元前800年とかっていう、それこそブッダより全然前だよねみたいなのもあったりするんだけど、新しいやつだと16世紀なので、全然最近になって使えたものもあるんですよね。
そういう感じなの?
そういう感じ。だからウパニシャッドっていうのは当時、古い時代だけ使われたっていうものじゃなくて、なんか都度都度インドの世界の中で作られているんだけど、一応伝統的には108個のウパニシャッドっていうものがあるっていうふうに言われていて、
108個。
108。で、さらにそのうちの古代、最古に使われたものの13から14個ぐらいのものが古いウパニシャッドとして尊ばれてますよっていうふうなものなんですよと。
わかった。1個って何?1個って何を指してるの?
なんかね、例えばウパニシャッドっていうのもなんだろうな。例えばどんなものがありますかっていうと、ブリハットアーラニアかウパニシャッドとか、サンドギアウパニシャッドとかっていうふうに。
ほほほほほ。
なんて言ったらいいんだこういうの。
でも大丈夫、ベーダーっていう、リグベーダーとかなんとかベーダー、アイエムベーダーっていうか、いろいろあるようななんとかウパニシャッドみたいなのが108実はあって。
そうですよ、そうです。
108個のなんとかウパニシャッドがそれぞれ例えば誰かが作ったりとか、同じ人が2、3個作っちゃったりとかみたいな、いろいろあって数が増えてるし、そもそも16世紀になってもまだなんとかウパニシャッドがまた増えてる。
そうですそうですそうです、そういうことです。
なるほど。
ほにゃほにゃウパニシャッドっていうのがちゃんとあるよっていう感じなんだよね。
なるほどなるほど。
でそのうちの13から14だから、その前の1から12っていうのはもっと古いんだけれども、その辺は別によくて、その13と14がなんかすごいよねみたいな。
違う違う違うごめんね。
初期からの13から14個のウパニシャッド。
知識と神の関係
ああ、1、ナンバーワンからね。
ナンバーワンから、うん、ナンバーワンから。
なるほどなるほど。
さっき言ったブリハット、アラニアかウパニシャッドっていうのが一応ナンバーワンだというふうに言われていて。
ああ、うわーむずい、いきなりなんかもう、ウパニシャッドとは何かからむずいっていうか。
言葉がわかんない初耳のものが多すぎるのとさ、やっぱりこうね、サンスクリプトとかの発音とかがやっぱり発音っていうかなんだろうな、もうよくわかんないじゃんブリハットってなんだよみたいな。
まあちょっと馴染みがなさすぎる。
そうそう、なさすぎるからね、言葉として。
あんまりそこには引きずられずに、一旦ウパニシャッドって古代から、現代と言わないけど16世紀くらいまで使われている中の古いやつがあって、
そのナンバーワンからナンバー14くらいまでが尊ばれてますって、みたいな。
オッケーオッケーオッケー、わかりました。
今言うと例えばだけど、例えば何にしようかな。
まあダイエット法でもいいや、ダイエットの形成か。
断食ダイエット、バナナダイエットとか、よくわかんないな、なんとかダイエットっていうのがどんどん作られている中で、
時代とともに最新のダイエットとか増えていきますと。
ただ一番最初に誰かが作っていた断食ダイエットとか、
要は食べないとか、あと食べる量を減らしましょうみたいな、
ダイエットは結局効くじゃんみたいな、そういう話ね。
大体そんな話。
じゃあ行きましょう。
はい、すいません。
でもそれカテゴリーです、カテゴリー。
あーオッケー、ちょっとうかにシャットのイメージが多分なさすぎたのと、
勝手に多分その、なんだろうな、ストア派みたいなやつとかさ、
もしかしたらタレスがこういったみたいなのと同じような感じで考えていたから、
いきなり混乱しちゃったわ。
確かにね、ごめんそうだよね。
冒頭から。
イメージが何もできるじゃん、手がかりがないじゃん。
なんか思想だと思ってた。
そうだよね、確かに。
僕も今兄貴の反応を見て確かに思ったんだけど、
だからうかにシャットってまさに人でもないし、宗派でもないんだよね。
ただいろんな、それこそバラモンとかクシャトレイとか、
いろんな人たちが編纂した物語みたいなものがあって、
それを何ちゃらうかにシャットとかっていうふうにまとめた物を、
後の人が解釈して、うかにシャットとはこういう思想が含まれているとか、
こういう哲学的なことを語ってるっていうふうに意味付けているみたいな、
結構そんな感じです。
だからおとぎ話とかに近いかもね、日本昔話みたいな。
なるほど。
日本昔話の中に猿カニ合戦とか桃太郎とかってある感じで、
何ちゃらうかにシャットっていうのがありますみたいな。
ここまでとはあんまり言い過ぎかもだけど、
でも本当イメージそんな感じ。
なるほど。
やっと何かうかにシャットの方が、
人生で初めて形作られたね、うかにシャットの方が。
そうだよね、そりゃそうだわ。
今回ね、さらにその後のブロックマンとかパートマンってことがめちゃめちゃ出てくるんですけど、
それもなんとなく、
なんか凡害一如かみたいな話をした気がするので、
そうね、一回やったもんね、古代印象を。
一回やった、一応。
あるかもですけども、
これも真っ新な方も当然いらっしゃると思うんで、
真っ新だと思って聞いていただいて大丈夫ですし、
僕もちょっとそんな感じでちゃんと話していきたいなというふうに改めて思っているんですけれども、
いわゆる古、うかにシャット、古い方ね。
っていうのは、さっきもおっしゃった通り、
大体その紀元前800年ぐらい、
だからリグベーダからすると、
リグベーダができてから400年ぐらいしてから成立してきた物語というか、
そういうものだよというふうに言われていて、
まさにブッダが紀元前600年、早くても600年ぐらいだよって言われてるんで、
そこよりもだいぶ古いですよっていうのが哲学なんだよね。
これはリグベーダと同じで、
いわゆる哲学書みたいな感じで、
ある人が哲学を積み上げましたとか思想を積み上げましたとかってことよりは、
例えば、次回ここまでやっていくんですけど、
スター・アラカ・アールにっていう人がいて、
その人がこんなことを言った、あんなことを言ったみたいな、
まさにブッダの時にやったような、
ブッダが弟子に語りましたみたいな、
そういうのがたくさん話されて、聞こえてますっていう感じなんだよね。
全然その神話的要素とかまだまだあるんで、
厳密な意味で哲学っていうよりはリグベーダと地続きの感じではあるんだけど、
前回までやったリグベーダと大きく違ってくるのが、
人間の知識とか、いわゆる理性的なものを重視し始めてるんですよね。
なので、リグベーダであれだけ神様はお願いしますとか、
これあげるからこれしてくださいとかっていうようなことがあったと思うんですけど、
神様そのものとか、あるいは儀式だよね、
それの価値っていうのがめちゃめちゃ下げられちゃって、このバイシャットにすると。
へー、そうなんだ、儀式も。
そう、儀式も下げられちゃって、
正しい知識を持つっていうことの価値がブーンって上がってるんですよね。
実際バイシャットの中だと、どんなことが書かれてるかっていうと、
神と我が異なっている。
前回神様と人間とか動物が対立してとか、全然違う次元でとかって話をしてきたと思うんですけど、
そういうふうに言ってる人たちは真理を知らないんだとか、
祭りごとの儀式の構成要素って厳密に1個1個やってますって言ってたと思うんだけど、
それも不安定なものであって、
そういう儀式のやり方とかを優れたものというふうに尊ぶものとかは、
愚かに死んでいく存在だみたいな。
そんなふうに書かれてるんですよね、バイシャットでは。
へー、そうなんだ。
この4尺で何があったの?嫌なことあったの?って常に変わってるんですけど、
ある種、これは人間の知性の進歩と言っていいのかあれなんですけど、
なんで人は神に支配されて、神様と人間が対立してるんだっけ?とか、
どうしてその決まりきった伝統に縛られて、一時いく?
同じように言わなきゃいけないんだ?っていうことに疑問を持ち始めるわけなんですよね。
そうなんだ。
ウパニシャッドの思想の背景
だからあまりにも儀式ばっちゃうと、なんでこれやらなきゃいけないんだよ?とかさ、
あれをやっても上手く神様は答えてくれなかったじゃねえか?みたいなことがあるわけだよね、当然。
ああ、まあそうだよね。そういうダメなケースも増えてくるだろうね。
そうそうそうそう。どこにかかったとか。
まずは逆にバラモン以外の、それこそクシャトリアとかが、
実際当時だと結構、いわゆる王族なんですけど、やっぱりある種財産を蓄えて力を増していくとか、
バラモン自体は根欠が進んで、バラモンの純欠よりは土着の質をも流れ込んでくるよとか、
それ以外の、ヴァイシャとかシュドラという人たちも、やっぱりそれが固定化されてるのが不満だとか、
社会が固まっちゃって、身動き取りにくい、生きづらいみたいなことが起きてたらしいんですよね。
そっかそっか。変なカースト?だっけ?ヴァイシャシュドラとか。
それがリグウェーダーと共に始まってたのか。
そうそうそう。当時もだったんで。
なので、やっぱりなんでアクセントじゃなきゃいけないんだとか、儀式をその手順で行うっていうことにどんな意味があるんだみたいな、
そういう意義とか意識、イコール知識だよね。
っていうことの価値とか重要性が増していくんですよと。
はいはい、なるほど。
逆に言うと知識が大事ってなってくると、要は知識がなくてただただ意義も感じずに、
同じアクセントで言ってれば良いっていう風に言ってるバラモンとか、
儀式も手順通りやってれば万事オッケーなんて言ってる人たちっていうのが価値というか、
本当っていう風に疑われた時のそういった重要性がやっぱり下がっちゃうんだよね。
わー難しいね。確かに何百年もやってると、作られた当時の本質なんて忘れ去られてもおかしくないもんね。
そうなのよ、そうそうそう。まさに形骸化だよね。
バラモンからしても、いやもう生まれた時からとかね、おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんからやってるからって言っちゃうんだけど、
なんでそれが正しいんだって言われちゃうとやっぱりしんどいみたいな。
正しいものが正しいって言われたら、周りの人たちはえーってなるんだよね。
そうそうそうそう。
ええ逆にそんなことも知らないのかみたいになっちゃうんで。
もうそれはわかるけど。
そうそうそうそう。
だから面白いのが、実際ウパニシャットのお話がいろいろあるよって言うと思うんですけど、
その中にはいわゆるバラモンとかキサトリアっていう人たちだけじゃなくて、
自分の親が誰かもわかんない、生まれるのもわかんないような癒やしい身分の人。
あとは当時どうしても知識が低かった女性とかも出てくるんですよ。
これまでギリシャとかいろんな話もそうなんだけれども、
やっぱり時代とか世の中が動くときに思想哲学も動きますとか、
思想哲学がそうやって発展するからこそ、世の中の人がそれを使って世の中を動かしていきますみたいな、
そういうふうな転換点っていうのはあったんだろうっていう話なんですよね。
ブラフマンとアートマンの関係
という感じなんだけど、
じゃあね、このウパニシャットである種捕まっていた思想とか哲学が何かっていう話なんですけど、
まず結論だけを言っちゃうと、
それがいわゆるブラグマンとかアートマンっていうものが、
宇宙の最高原理なんだよっていうふうな話なんだよね。
ここで有名な言葉が出てくるわけか。
もうちょっと言うと、いわゆる世界の外と宇宙っていうのは一体分けるんだけど、
もうちょっと世界の外側っていうのは、いろんな多様性があって、
例えば目の前にパソコンがあって、マイクがあって、モニターがあってとかいうときに、
この現れはいろいろなんだけれども、それに共通する唯一の本質ってあるんですか、それは何ですかっていうふうな問いがあって、
それに対する答えが、それはブラグマンだっていうふうなものなんだよね。
逆に世界の内側、要は人間の本質とか、
例えば僕と兄貴は全然違う人間だけれども、違いって何で生み出されているのみたいなことを言うと、
それがアートマンだっていうふうな話があって、
かつこのブラグマンとアートマンは実は一緒なんだよっていうのが、
ウパニシャットの賢者たちが言った真の考え方、結論ですっていうふうな感じなんだよね。
これがいわゆるさっき言ったボンが1位よね。
ボンがブラグマンで、ガがアートマンですっていうふうな感じなんだけど、
これはある種、そう言っちゃえばもうおしまいなんだけど、
ただ、何か分かってるのか分からないような感じじゃない?
それでツーラジオ的には何も分かってないんだ。この段階では。
そうそう。何か言ってんの?みたいな感じじゃない?
これちょっと面白いというか、僕も改めて確かに思ったんだけど、
今日とかで無我みたいな話ってしたと思うんですけど、無我の境地みたいなさ。
あるじゃない。
これ、この無我の我の我とボンが1位の我の我って同じ、イコールアートマンなんだよね。
そうなんだ。
よく無我とかって言うと、私がいないとか、そういうのがないのかなって感じになっちゃうじゃないですか。
これをアートマンと捉えると実は面白くて、
実はこのサンスクリット語で、この無我ってアナートマンって言うんですけど、
これアンっていう否定語があって、これでアートマンを打ち消してるんですよね。
ああ、そうなんだ。アンアートマン。
アンアートマンなんだよ。
英語だとアンは1つとかっていう意味だけど、それは否定語なんだよね。
だから非アートマン。無我っていうのは無アートマン。
アートマンがない、アートマンではないってことなんだよね。
はいはいはいはい。
つまり、この仏教の無我っていうのも、このアートマンっていうのを理解しないと理解できないんですよ。
本来的な意味では。
そうなんだ。
なので、やっぱりこのぐらいウパニシャットと仏教とか、インドの古代思想と仏教って伝わってるのがやっぱり、
僕もまた最近見えてきたっていう感じなんですよね。
そりゃあ現状、中国からインド行くって話なんだね。
そうそう、ちゃんとインド行かないとって話なんだよね。三蔵法師かな。
そうだね、三蔵法師ね。
こんな感じなので、さっき松井兄貴言ってくれた、
ブラックマンとアートマンが1つだって言われても、それで連れ去るときには何も言ってねえじゃないかって話があるので、
ちゃんとそこをお伝えしていきますぜっていう話なんだけど、
それがやっぱり、できるだけ丁寧に伝えていきたいんですよね。
っていうのは、やっぱり難しすぎるのよ、ブラックマンとアートマンとか。
それも、さっき言ったようにウパニシャットって緻密に、哲学的に言ってるとかじゃなくて、
さっきウッドアラカーレンさんはこんなこと言っていたとか、
さらにその弟子のエアージアバルキャさんはこんな風に言ってるみたいな感じで、
一歩一歩深まりながらも、それがずっとこんなことだよっていう風に伝わっていってるっていう感じなんだよね。
なので、ブラックマンとアートマンとそれが一個とは何かっていうのは、
丁寧に丁寧に、こんな思想の深まりがあって、
それこそベーダーの時からこんな風に思想が発展していって、
繋がっていきますよみたいな。
それを今回チャレンジしたいと思ってますっていう感じなんだよね。
しかもだよ、さっきのブラックマンとかアートマンって、
最終的には言語を超えてるとかっていう話で言われてちゃってるのよ。
言葉では言い表せませんっていう話もあるんだよね。
なので、ブラックマンと何かって直接的に言えない、
言おうとするとあれでもなくこれでもないものだとかっていう風になっちゃうみたいな、
そんな世界観なんで。
意図減した意味がありますね。
言えないんだ、差し示すことしかできないんだみたいな話なんだけど、
ただ、やっぱりブラックマンとは何かというよりも、
それに対してどんな風に思想が深まっていったのかとか、
どんな考えが歴史的に残ってるのか、
逆に言うとそれがウーパレー・シャッターとできるんで、
イギリスで当てたことはできないんだよ、その断片しかないから。
そうか、ウーパレー・シャッターと残ってるのか?
残ってる、全部ベイダーから残ってるから。
ベイダーではこうで、ウーパレー・シャッターの初期ではこうで、
さらに発展して次ではこうでっていうのがちゃんと追えるんで、
インド思想の発展
この流れをちゃんと踏まえていくと、
なんとなくこのウーパレー・シャッターの中のブラックマンとは何で、
アートマンとは何でみたいなこともちゃんと理解できてるんじゃなかろうかと。
いうふうな感じで思ってます。
逆に前回、リグベイザーの神話的な話でいくと、
黄金の赤ちゃんがいて、それが世界を作りましたみたいな。
なんか言ったの覚えてる?
うん、言ってたね。
白赤みたいだなと思いながら聞いてたけどね。
世界で最初の個性を持って生まれたのは光る赤ちゃんだみたいなさ。
そうそうそうそう。
なのでさっきの黄金の赤ちゃんみたいな話で、
絶対者であるブラックマンと個人的な真理であるアートマンが一つだというものが、
ある種直感的というか言い切り的に言われてるんだよね。
理由はないんだけど、
そこからある種ブラックマン・アートマンゲームがまた始まっていくわけですよ。
あの有名なギリシャでは、
世界の根源は何だゲームが起きたと思うんですけど、
このウッパリシャットの時代になって、
ブラックマンとアートマンが同一だゲームが行われて、
そうやって何?っていうのがどんどん深まっていくっていう感じなんだよね。
なるほどなるほど。
はい。
そういうふうな神話的な話から、
理論づけられていくという流れをちゃんと追っていこうという感じなんですけど、
今回はあくまでも導入編なんで、
軽くその入り口をお伝えしていこうと思うんですけど、
シャンデリアさんっていう人がいて、
この人は初めて明確に、
ブラックマンとアートマンが一つだ、同じだって言った人だって言われていくんだよね。
ということはゲームの創始者ってこと?
そうですそうです。作った人。
ブラックマンとかアートマンっていうもの自体は、
もうちょっと前からあったらしいんだけど、
それが一つだっていうゲームを作ったのが彼、シャンデリアさんです。
そこで見ていくんだけど、
こんな人がどんな人だったかほとんどわかんない。
あんまり気にしなかったらしいんだよ、当時のインドの人たちって。
そうなの。
それこそ生まれとか、
どんな幼少期とかってあんまり興味なかったって言われてて、
興味なかったっていうか、
残ってないってことは興味なかったんだろうねっていうふうな感じで解釈されてて。
一応紀元前8世紀ぐらいの、
ウパネシャット最初期みたいな感じで活躍した人だっていうふうに名前が残ってるんですけど。
ちょっと待ってね。
ブラックマンの概念
シャンデリアさんに関しては、
ブラックマンと何かとかっていうのも一応言ってるんだけど、
これを一言で一切の事物だからイコール宇宙の全存在と一つだっていうふうに言ってるんだよね。
ブラックマンのこと?
ブラックマンのこと。
宇宙の全存在と同一だと。
なので、彼に言わせると、
世界の真理とか、世界とは何だよ、やっぱり世界の原因だよね。
っていうのは、どっか超えすぎなとこにあるんじゃなくて、
この世界の一切の事実とか事象、
それそのものが真理だっていうふうな発想をしてるんだよね。
じゃあどうなんだ、これ。
タレースが作った万物は丸々ゲームで言うと、
万物はブラックマンであるともちょっと違う概念なのかな、これは。
いや、基本的には近いんだけど、
基本的には近いかな、近いですと。
そういう理解で大丈夫?
そういう理解で大丈夫。
この世界の一切のそのままが真理だと、
万物は丸々とちょっと違うかなと思った意味合いがね。
ほど違うのは、やっぱり水とか火とかって言うと、
いわゆるその現象がそのまま現実世界にある。
で、火とか水が移り変わって別のものになるっていうふうな発想になったと思うんだけど、
ブラックマンは一切そのものの事物と、
道広がっているみたいな、ちょっとこの辺が言い方難しいんだけど、
ブラックマンっていう素材があって、何か別のものができるんじゃなくて、
ブラックマンというものが世界に既に広がっていて、
ここからあらゆる存在が生じてくるみたいな。
なるほど、じゃあデモクリと原子論的なのともちょっと違うんだね。
アトムともちょっと違うんだ。
アトムとも違う。
アトムは変わるもんね。
そうなんだよね。
組み合わせみたいな。
組み合わせまで変わる。
ブラックマンはちょっと違うんだ。
彼のブラックマン理解でいくと、
世界の真理イコールブラックマンっていうのは無限大の、
要は宇宙とかと同じ大きさを持っていて、
道広がっていますよと。
無限大に広がっているんだけど、
同時に米粒とか化粒機種よりも、
もっともっと小さいんだっていう風にも腐ってるんだよね。
無限に大きいんだけど、めちゃめちゃ小さい。
その小さい真理っていうのは、
実は人間の心臓の中にあって、
その人間の中にある真理をアートマンと呼ぶのだと。
つまり、ブラックマン、大きい目で見るとブラックマンなんだけど、
小さい目で見るとアートマンっていう名前で、
名前は違うんだけど、
実はこの真理であるということとしては、
同じものなんだっていう風に主張してるんだよね。
なので、さっき言った万物の根源はゲームでいくと、
万物の根源というよりは、万物はブラックマンである。
なるほど。
根源とかじゃないんだよね。
万物の根源は我々ゲーム。
根源っていうところでちょっとおかしくなっちゃうんだね。
そうだね、そうそう。
という風な感じなんで、
これはすごい抽象的な発想だなって思わない?
前回までの黄金の赤ちゃんみたいな話からすると。
その間に何もなかったのかなって思うよね。
ミルベーダーの世界観から、
このブラックマンってどうやって生まれたんだって思っても。
そう。
いろんな神様とかがいる中で、
それにちょっと飽きてきたというか、
前々回からお伝えしたと思うんですけど、
何が結局一番強い神様なんだよとか、
神様がいっぱいいるけど、
それってすごいうつくしくなくない?みたいな思いを触った時に、
まさに根源とか大物を辿るって思想が出てくるんだよね。
そういう時に、ブラックマンっていう言葉が何かとか、
あんまりちゃんとわかってないらしいんだけど、
そういうものを指して、それがブラックマンだとか、
大元にあるものがブラックマンではないかっていう風な発想が出てくるんだけど、
そこからさらに時間が進んで、
実はブラックマンこそが真理だとか、
ブラックマンこそ尊いっていう風になっていくのが、
やっぱりこのウパリシャットの思想?
ああ、なるほど。
アートマンとの関係
そういうのがヘッショードスがやってた、
ゼウスが一番であるみたいなのと、
ちょっと流れとしては似てるんだ。
最強のウパリゲームがあって、
そこからさらにこのブラックマンという良い昼食が進んでいくと。
というような感じなんですよね。
なるほど。
この段階で、いわゆる哲学まではちょっと言ってなくて、
このシャンデリアさんはね。
じゃあなんでミシュアンとか、
なんで無限大と小さいものが同じだと言えるの?
っていうところはあんまり説明がなくて、
ブラックマンっていうのは実は心。
心がいわゆる意識の意って書かれたから、
多分ちょっと意味合いがあるんだと思うんだけど、
心から生じていて、人間も心を持っていて、
それをアートマンと呼ぶからだみたいな、
分かるような分からんようなみたいな、
そんな感じの語り口なんですよ。
なので、このシャンデリアさんを研究することで、
ブラックマンとかアートマンは何だっていう言葉はちょっと分からないんだけど、
やっぱこれがブラックマン、アートマンゲームの始まりだっていう風には言えそうだよっていう感じなんだよね。
なるほど。みんなよく分かんないけど、そうかもって思ったのね。
なんか引っかかるわーって頭の人たちが思っちゃったんだね。
そうそうそうなんです。
逆に前回はリグベルと全然違うのは、
ここに神様の名前とか、自然がどうとかって一切ないじゃないですか。
前回はアグリっていう神がいて、息をしてるかしてないかで、
生きてる死んでるとかっていうのも特別とかってあったと思うんだけど、
今回も本当にブラックマンが牧匠の心臓の中にあるアートマンと等しいとかって、
別に心臓を解剖してもアートマンは見えないわけですよ。
でもそういう風な発想をする中で、
世界とか人間というものを説明しようとしてるわけなんだよね。
確かに。神はいないけど人間はいるもんね。
人間はいる、そうそう。
それは現実にいるんだけど、
心の中にアートマンがあるかっていうのは別に観測とか観測したわけではない。
ただこの世の原理を考えていくとそういうものがあるんじゃないかっていう風に発想していくって意味で、
かなり哲学的なというか抽象的な思想になってるんじゃないかって思うんだよね。
そうだね。
こんな感じでシャンデリアさんによって、
このブラックマンとアートマンは同一だって、
ボンガイチのゲーム、イエーイ!っていう風になってるんですけど、
それをグイグイ進めていった人として、
さっき言ったウッダーラカ・アーリンさんっていう風な賢者と、
エラジーナ・ヴァルキアさんっていう、
この人はウパニシャット最大の思想家っていう人たちなんだけど、
ある時点では指定関係があったんじゃないかみたいな、
こういう繋がりもあるんだけれども、
この二人をメインで取り上げつつ、
ちょっとその先の発想も拾おうかなと思ってるんだけれども、
主にこの二人取り上げていく中で、
不括弧のウパニシャットの世界とか、
ブラックマンとアートマンが一つだみたいな言葉の世界観とかの改造ですね、
ガリガリ高めていきたいなと思ってますっていう感じなんですよね。
なるほど、分かりました。
だけれども、
ブラックマンとアートマンそれぞれの概念って、
もうちょっとまたやってくれるのかな?
次からやります。
改めて。
良かった良かった。
今回は、よしじゃあブラックマンとアートマン分かりましたね、
じゃあっていうわけではないね。
っていうよりも、
次のウッドラカーリンさんとかヤージャーヴァルキャさんを通じて、
ブラックマンとアートマンと逆なんだとっていうのを話していこうという感じですね。
良かった、安心しました。
未知の探求
そこも自明ですよね。
違う違う違う。
良かったです。
むしろブラックマンとアートマンって何?っていう話を、
もうちょっとしたら惜しいんだけど、
かけてやっていこうというのが今回の試みです。
なぜかというと、それが分かんないと、
結局スーパーネットだと分かんないし、
っていうよりもそれが、
分かるとも言えない、ごめん、
今分かるって言葉はすごく照らしく使ったんだけど、
ブラックマンとアートマンとは何ぞや分かろうとすると、
一生使い切らないくらい使っちゃうんですよね。
はいはいはいはい。
世界観的には。
頭で理解できるのってここぐらいだよねとか、
言葉で、
うったらかアーリンさんとか、
ヴァルキュアさんが言うこととして、
こういうことだよねっていうところまでは言えるんじゃないかなと思うんで、
はいはいはいはい。
そこをちゃんとやらないと思ってますっていうところですね。
分かりました。安心しました。
はい。
ブラックマンとアートマンは、よしいいですね。
じゃあそれは一つってどういうことだって、
どういうことだの方だけかと思ったんだけれども、
やっぱりそれは、
一つはどういうことかっていうことを語るためには、
やっぱりそれぞれの通りにもやっぱり必要だよねっていうことなんだね。
そうなんです。
やっぱりブラックマンっていう言葉で指し示しているものとか、
それが何なのってやっぱり概念も、
やっぱり移り変わっていくんですね、少しずつ。
なので、シャンデリアさんにとってはブラックマンは、
さっき言ったような宇宙の全存在と同じだなんだけど、
これ自体も変わるんです、やっぱり。
そうか、私シャンデリアさんからさえ、
その人は当時からブラックマン、アートマンっていう言葉があったにせよ、
その人はブラックマンをそういうふうに定義したっていう文型みたいなのが残ってるから、
今日ハイトが話してくれた以上の話は、
もうそれ以上の話は解釈でしかなくなるみたいな話なんだよね。
シャンデリアさんにとってはね。
シャンデリアさんにとってはブラックマンっていう意味では解釈でしかなくなっちゃう。
本当じゃなくて、シャンデリアがどう理解してたかとか、
ブラックマンそのものはどういうことかっていうのを我々が理解しようとしたときには、
もうそれ以上、このシャンデリアさんだけ見たときはそれ以上の情報はないって話なんだね。
そうです、そうです、そうです。
なので、次の宇多良カーリンさんのブラックマンとは何か。
宇多良カーリンさんはブラックマンとアートマンが同一なゲームっていうものをどう解釈して、
どう発展させるのかっていうことをちゃんと見ていきましょうよっていう感じだね。
ウパニシャッドの哲学的探求
すごい世界に足を踏み込んでしまったような感覚を覚えたね。
なるほど。
確かにね。
ちなみに僕も今話したと思ったんだけど、ギリシャはさ、
要はこのゲームは何、ゲームはWATだから、
水田ひだとかっていう別のものを主張するっていうゲームだったんだけど、
このウカリシャットに関しては、
ブラックマンとアートマンが同一だとはどういうことだゲームなので、
深めるしかないんだよね、要は。
いやー、そうだよね。
どっちが難しいとかどっちも難しいんだけど、
より複雑な感じはするよね、なんか。
ホワイト、じゃあなぜ同一なのかっていうときに、
そもそもブラックマンとこういうものでとか、
ブラックマンとアートマンは固定だからさ。
ここに第三のサンドマンとか入れちゃダメなわけよ。
サンドマンか何か知らんけど。
本当に頭いい人たちがずっとやってるから、
そういうサンドマンみたいな人が、
いや違うよ、ブラックマンじゃなくてサンドマンだよって言ってもいいと思うんだけど、
多分その余地もなかったんだろうね、
そのぐらい多分、
抽象度が高い上に割とこう、
もうガッチリと、
フレームというかゲームだったんだね、
その大元の設定がね。
ちょっと怖くなってきたな。
なんか気軽にね、
ブラックマンとはこうで、アートマンとはこうで、
みたいにできると思ったんだけど、
誰々にとってもブラックマンみたいな感じなんだね。
そうなんです。
面白いっていうのは、
これあれだよね、
全然哲学の全容を分かってないんだけども、
やっぱり西洋だと、
多分これがさ、
3をやると、
シャンデリアさんの派みたいなのがあって、
次のウッダーラカR2さんやると、
ウッダーラカR2派みたいな感じで、
名前が変わるんだよね。
カントやって、
ヘイゲルやってみたいな、
そういう感じになるのが、
みんな同じブラックマンとアートマンやってるから、
言葉使うなよっていうね。
だからあったじゃん、西洋哲学の人さ、
言葉作り道に問題みたいなのあったじゃん。
この人たち作んないからさ、
ずっとこれもアートマンっていう、
同じ言葉でやってるから混乱するのかなって思った。
本当にそれはそう。
冒頭でさ、
ウパリシャットってなんだよみたいなの分かんないよってなったと思うんだけど、
それも延々ブラックマンとアートマンのことを言っているから、
もう何とかはとかって分かれずに、
ウパリシャットっていうのを、
紀元前800年から、
紀元後1600年ぐらいまで、
ウパリシャットを作り続けてるっていう、
途方もない話なんだよね。
そっか、それはすごいな。
108コイルだったらブラックマンとアートマン、サウンドマン、
ウィンドマンみたいなさ、
それでいいじゃんって話なんだけど、
なんなかったんだね。
怖っ。
その感覚が今回聞けてよかったなって思った。
確かに確かに。
僕もそういう感覚で捉えてなかったんだが、
さすが兄貴の感受性だと思うし、
これをやると、
ひっくり返した、あるいはひっくり返そうとした、
ブッダやべえってなるよね。
なるほど。
ブッダは、このブラックマン、アートマン、
この延々とやってきた、
世界観をぶっ壊して、
武器を作ったのか。
そうだよ。
ブラックマンとアートマンは同一のゲームをしている中で、
アートマンとかないからって言ったのがブッダだから。
怖っ。もっと怖い。
なるほどね。
ブッダの凄さみたいなのがより際立ってくるんだね。
本当にそう。
みんなすごいわ。
歴史に残るとすごいよねって思います。
もちろん西洋が軽いというわけじゃないけれども、
そこの対比が面白いなって思ったね。
やっぱり西洋は色んな道具を作り続けましたみたいな感じだと思うんだけど、
東洋は一つの剣を研ぎ澄ませて研ぎ澄ませて、
もう薄くなりすぎてませんかみたいな。
結構そんな感じな気がするよね。
より楽しみになってきた。
良かったです。
掴まるっていう意味がね、
性欲哲学的な感じと違うんだなって分かった。
めちゃめちゃ大事かも。
ごめんごめん。最後も最後でね。
そんぐらいびっくりした。
ありがとうございます。
だからやっぱり丸出しか言えないんだよね。
やっぱり分かった剣やっちゃいけないっていう意味で、
簡単には使わないようにしようって言ってた。
これは僕の言いましめとして。
学問一つ取っても言葉一つ一つでもっていう感じだと思いました。
ブッダの新たな視点
じゃあ次ね、
うったらかR2さんとかの
より楽しんでいきたいと思いますので、
次回も引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。