はい、それ哲ラジオ。今日も始めていきたいと思います。 よろしくお願いします。
よろしくお願いします。 はい、前回でメルロ・ポンティ編終了ということで、今回は雑談会やっていきたいと思います。
はい、メルロ・ポンティお疲れ様でした。 はい、お疲れ様でした。結構長かったね。7回ぐらいだったね。
そうね、7回ですし、結構駆け抜けた感じもありつつ、でも一個一個繋がっているから、何だろうな、振り返りながら新しい概念を毎回出しながらみたいな、結構盛りだくさんだったなって思いますね。
確かにね、なんか共通する前提というかさ、基本初めての概念だから、外側に100点はないのだとかさ、
なんとかその辺だけは忘れないようにみたいな感じでいたんだけれども、それが通定しているとはいえ、やっぱり毎回結構新しいことをやってた感じはあるんだ。
そうだね、拡張というかなんていうのかな、ずっと言っていたデカルト的な主観と客観を分けないっていう話はある中で、
でもやっぱり僕らが使う言葉もそうだし、受け取る概念とかも含めて、やっぱり分けちゃうじゃん、どう頑張っても。
うん、分けちゃう。
そう、やっぱりそれを、視覚とか体とか他者とか言葉とか、最後肉とかまだ言ったけどさ、いろんなことを話しながら、でも同じこと言ってるんだよとか、でもずれてないんだよっていうことの難しさというか、
はいはい。
そういうことも感じたなと思ったね、僕自身が。
そうそう、盛りだくさんではあったんだけれども、やっぱり自分からすると深めきれなかったみたいな、なんていうのかな、ちょっと反省というか。
おお。
これはなんですかね、自分の理解が及びきらなかったとかも含めて、あと台本作るときにここまで言えるとちょっともうよくわかんなくなるなみたいな。
はいはいはい。
そういうことも含めて、やっぱりこう、一旦一通り、何だろうな、その主要概念というものは触れたとは思いつつも、やっぱメルロポンティの本当の凄さはなんかこんなもんじゃないぞって自分が一番思ってるみたいな。
へー、あー、やっぱそのボリューム的にも本当はもっともっとあるみたいな、そういう感じの人なの?
ボリュームっていうか深さみたいな感じかな。
今回さ、兄君言ってくれた100点じゃない世界みたいな、ちょっとこれもね、例えというか、別にメルロポンティがそういうことを言っているわけではないから、自分なりの会食の中でそういうことをやった人じゃないかっていうことで話してはみたんだけれども、
そっちに行き過ぎた結果、本当はメルロポンティが伝えたいちょっと別の切り口の部分とか、なんていうのかな、哲学的なもっとこんなところまで考えたんだみたいな驚きみたいな。
いいよ、具体的に話してもいいよ、そのね。
いや、それって僕もわかってないんだよ、だからそれ。
なるほどね、具体的に説明するほどみたいな。
そうそう、じゃあそれって何、ハヤトさんは何を伝えたいのって言われると、ごめんなさい、僕もまだわかってないんですけどってなっちゃうんだけど。
あーなるほど、勉強する時間をくださいみたいな。
そうそうそうそう、うん、っていうようなところがあったので、ちょっと何回か言ってたけれども、もっと勉強したいというか、ちゃんと読みたい哲学者だなっていうのは改めて思いましたね。
なるほどね、これは何だろう、自分の場合はさ、これだけソレテツラジオを聞いてても哲学書とか読まないようなやつなんだけど。
まあまあそうだよね。
あの、そっちの方なんだけど、何だろうな、いわゆる哲学書を読むことができる人にとって、どうなんだろう、まあそれもいろんなケースあると思うんだけどさ、例えば今ハヤトが言った迷路ポンティを勉強しようとか、
知ってみようという時に、まあバーッと読むじゃん、その読み方ってさ、例えば今回のラジオの台本、ちょっとハヤト的にはまだ深める余地が全然あったねっていう感じ、っていう意味で一回多分それでも一回は読んだみたいな、ある程度ね、
一旦は触れたみたいな感じになると思うんだけど、どうなんだろう、それを足掛かりにして、より、まあ足掛かりだと高い方になっちゃうんだけど、
まあまあそうだね。
うん。よりまあ掘っていくというかさ、深めていくみたいな感じのイメージなのか、もしくはもう最初からさ、もう何だろう、一定の深度、深さで学んでいくみたいな、そういうのってできるの?実は。ちょっとずつ掘っていく感じなのかな。
まあこれはすごく僕もわかんないっていうのはあるんだけれども、まずやっぱその本職の人から言わせると、やっぱ原文で読みましょうとまずはね。
あれか、そこハヤトが教えてもらってる元教授の方とかからすると。
フランス語で読みましょうというのがまずベースだから、そこまで僕はたどり着けないわけよ、まあそもそもね。
そもそもね、はいはい。
じゃあ次は信頼できる翻訳で読みましょうなんだけど、今回迷路ポンティ編で僕がちゃんと翻訳した本を一冊通して読んでるからって正直読めてないんだよね。
はいはいはい。
で、解説本とかってやっぱりそのいわゆるいろんな教授の方が書いてるんだけれども、あくまでもその教授の方の切り口とかだったりもするし、
なので僕がやったのって、その迷路ポンティを理解する手前の迷路ポンティについて言われているいろんなことを見ながら、
だいたいこういうことを語られてるらしいぞとか、こういうことを伝えると一定間違ったはいなさそうだっていうところを自分なりに整理とか理解をしてお伝えするっていう感じなんだよね。
あー。
ここから、なんだろう。
うちら素人からすると全然十分なんだけど、
はいはい。
それから哲学を学ぶとか、迷路ポンティもうちょっとちゃんと向き合っていこうねみたいな話からいくと、
今回のレベルというか内容は、迷路ポンティ入門の入門みたいな感じなのか。
あーそうそうそう。
迷路ポンティの解説書を使った解説みたいな感じだから、僕からするとまだ迷路ポンティの哲学をちゃんと読んだとか学んだっていう感覚はまだないんだよね。
なるほどなるほど。
読んでみたし、論文とか、意味と無意味っていう論文集があって、それとか一人目を通した見たものの、やっぱわからんっていうか、掴めぬみたいな感じになっちゃって。
なるほど、それは迷路ポンティの原著の日本語訳って話だね。
そうそうそうそう。
はいはいはい。
なので、やっぱもうちょっと時間が欲しいとか、紙砕く、整理するタイミングをくださいみたいな感じになっちゃってはいるんだけれども、
とはいえ、やっぱり今回話した内容も、自分なりに迷路ポンティが取り組んだことってこういうことだよねとか、
一般論としてこういうふうに解釈することはおよそ間違ってないだろうみたいな、いくつかの論文とか辞書の内容とか当たってやっているから、
その解説の解説っていう意味ではずれてないとは思うんだけれども、学ぶ余地がまだまだあるっていうのはそういうふうな感覚かな。
なるほどねー。だからこれ、何だろう、いつも言うけどさ、今ハヤットが言ったような厳密性だったりとか、深さで哲学と向き合うとなると、
それ哲ラジオってものは多分成立せずに、迷路ポンティラジオがやっぱり一個生まれちゃうって話になるようなってことだもんね、それぞれの哲学者とかについて、
ある意味一生果ててラジオできますってみたいな、週に更新で一生できますっていう世界になっちゃうからみたいなとこもあるって話だね。
あるある、だってさ、今回もやったけれども、迷路ポンティの思想についての話をしたけれども、あくまでもそれって外側からの話じゃない?
おー、そうなんだ。
で、兄貴も言ってくれたさ、迷路ポンティって彼の思想で生きていたのかなっていう時に、
じゃあ迷路ポンティの言ってることを身体化して生きてみましたっていう、そのラジオができるわけよ。
あー、なるほどね、はいはい。
だからたぶん一週間ごとに、私、観音ハヤトはこういう生活をして、この中でこういう相互作用っていうものを感じましたとか、
見る見られるっていう関係性っていうもんってこういうことだと思いますっていうことを言うっていうことももちろんできるわけよね。
なるほど、それもう肉狂だよね、それね。
そうね、確かに。
生まれてるよね、何かがね、それは。それ肉ラジオになっちゃうよね、それはね。
うわー。
確かに、絶対期待、事前の期待値と本編が合わないやつだよね、それ。
合わないねー。タイトルで、ジャケに行きたい人大失敗だね、それ。
間違いない。
いやそうそう、まあ、やっぱそういうことがあるので、やっぱあくまでもね、僕がやってるスライドディスラジオは、いろんな人を学べる、つまみ食いできるよっていうものでもあるし、
逆に言うとつまみ食いが、やっぱりいろんなものを味わうからこそ見えてくるものがあるんじゃないかと思うし、
でも時々はやっぱりちゃんと深くやるよとか、
あるいはじゃあムーロポンティ第2回でちょっとちゃんと学んできましたみたいな、
っていうところをやりたいと思ってやっているっていうような感じかな。
なるほどなるほど、あーわかりました。
ね、だからこの辺はちょっとね、ジレンマというかね、僕も何だろうな、葛藤あるけれども。
いやーまあ確かにね、そこは、聞く方はね、面白いねって言えばいいけど、
確かにその伝える方の責任というか、だったりとか、その向き合い方みたいなとこは、
結構そこなんだろうね、葛藤だったりとか、難しさみたいなものは確かにありそうだよね。
なんかこれは、いろんな人が例えば自分の推し活とかね、推しているものについて、
どの程度の深さで、どの程度の広さで説明するかみたいなね、
そこでも多分なんか想像すると近いような気もするよね、なんとなくね。
いやー確かにね、これがさちょっと面白いっていうか、雑談で話し合いと思ったことがあったんですけど、
ちょっと前回の雑談でさ、音楽の話させてもらったじゃないですか。
いやー時間足りなかったし、よくあれだよね、その、何だろう、方向修正せずに、変更せずにさ、15曲紹介しきったよなーと思って。
あれはただやりたかったからやりましたっていう。しかも本当にね、ただただ僕が好きなものを語るってやつだったんだけれども、
あの後にさ、スノーっていう、それこそAI作曲というかさ、そういうサービスあるじゃないですか。
で、あれもちょっと権利問題とかあるからさ、あんまり大役に使ってるのかどうか、別にスノー使うこと自体悪いことじゃないっていう話もあると思うんだけれども、
なんかふと、好きなAI音楽があって聞いてる時に、今作ったらどうなるんだろうと思って試してみたのよ。
しかも前回やった、自分が好きな曲の傾向っていうのがあったから、それをクローズに読み込ませて、こういう曲を作りたいんだっていうのと、あと歌詞は自分で書いたのね。
あ、そうなんだ。
さすがに自分のオリジナリティをどっかに入れたいなと思って、2曲作ったのよ。2曲分の歌詞を作って。
で、それをスノーに作らせたのね。
そしたらさ、どちゃくちゃいい曲ができてさ、びっくりするぐらい、要は自分の好きな曲を作ってって言ってるわけだから、それはできてくるわけよね。
しかも最新版、僕が使ったのは無料版だからまだフルで作れないんだけど、最新版のやつはやっぱりクオリティがめちゃめちゃ高くって、デモの1分の曲ができるんだけど、
あーはい、5.5版、バージョン5.5ね。
そう、5.5、よくご存知で。
5.5で1分でできたやつを、気付いたら多分30回ぐらいずっとリピートして聞いてたのね。
1分のやつね。
1分のやつを。
これをこの先を聞きたければ、有料の方にやってねみたいな。
そう、で、その30分の中で聞きながらずっと課金しようかどうしようか、月1500円は出せるけど、でも本当に作るのかとかずっとこう考えてるやつをやったんだけれども。
はいはいはい。
結論を持ったのは、これ自分の性格だからもちろん自分には刺さるけど、これを世の中に公開して誰が喜ぶんだろうって思ったわね。
あーはいはいはい。
つまり、やっぱりそのアーティストの方とかはさ、やっぱりこう聞いてもらって喜んでもらうとか、聞いた人がやっぱりこれいいねってなる曲を作るわけじゃない?
うーん、まあ理想としてはそうだね。
理想としては基本的には、要は本当に自分だけが好きな曲で作り続けた人って多分そんな多くないと思うのよ。
そうだね。
うん、だった時に僕がそのSNOWで出した曲は僕だけが好きな曲なわけよね。
うんうんうん。
誰かに聞いてもらおうとか、なんか好きな人がいるかもってことを思考を一切なしにして作った曲だってした時に、
この曲を世に出す理由がないかもって思ったの。
へー、はいはいはい。
だった時に、さっきのソイレツラジオの話だとそうだけれども、やっぱり僕は聞いてくださる方に何かを学んでほしいとか一緒に学びたいって思いでやってはいるから、
ソイレツラジオを世に出すことには何の恥ずかしさもないし、もちろんめちゃめちゃ楽しいわけよね。
うん。
でもそのSNOWで作った曲をこれ出すか、フル版作った時にどうにかするかって思った時に、やっぱなんかこれは違うって思ったのよ。
へー、そうなんだ。
うん。だからこの違いって面白いなというか、自分のためだけに作った曲ってなんか扱いに困るなみたいな。
うーん。
そんなことをね、ちょうどこの1週間思ってたんだよね。
なるほど。でもそれで言うとあれじゃない、ハヤトが前言ってたさ、ソイレツフォーラムで創作やろうよっていうところで今人作りというかさ、
いろいろやってるけれども、その流れで言うとどう思う?
これは明確に僕の中ではあって、ちょっと補足というかね、お伝えすると、ソイレツフォーラムっていうコミュニティの中で、
みんなで冊子陣を作りましょうという曲を今動かしていて、ちょうど締め切りぐらいでいろいろな作品が届いてて、すごい嬉しいというかね、めちゃめちゃ素敵な文章とかイラストとかいただいてるんですけど、
それは、ちょっとその冊子を読み出すかどうかはまだ決めてないんだけれども、一緒に作るっていう共同創作、作る場を共有してるっていうことに価値があると思ってるよね。
なるほど。だから共同制作っていうのは、みんなで一つのものを作るんじゃなくて、みんなこれをテーマに作ってこようよっていう場の話ね。
そう、創作の場を共有するっていう話かな。
で、それぞれが持ち寄るっていう話ね。
うん、そう。だからやっぱり、まずそもそも自分が作るっていうことでテーマに、今回テーマ愛、ラブの愛にしたんだけど、そのテーマに向き合う自分っていうこともあるし、同じテーマに向き合っている他の人との交流でもあるし、
この作品が自分のものが読まれるとか、相手のものを読むとか見るとかっていうふうな交流もあるし、そういったもの全てが価値があると思ってやってるんだよね。
だからその作った冊子を一般に例えば販売しますとか、届けますかっていうと、ちょっとまだわかんなくて。
あー、なるほどね。はいはいはい。
これはさっきのAI作曲とちょっと近い感じがする。果たしてこれって世に出す必要があるのかなみたいな。
なるほどなるほど。そっか、そこまでいくと今のタイトの疑問にぶつかるわけだ。
そうそうそうそう。
なるほどなるほど。
作ることとか、みんな作った人が手元に届いて、お互いに読み合うことにはめちゃめちゃ価値があると思ってるんだけど、その先、第三者っていうところはちょっとまだわかんないって感じなんだよね。
なるほど、確かにそうだね。何の文脈とか脈絡もなしに、世の中にその曲、ハエトの曲がポンって出てきた時に、確かに取り扱いに困るっちゃ困るかもしれないもんね。
いや、そうなんだよね。俺の好きな曲を聴け!みたいなさ、なんだろうな。それ別に悪くないとは思うんだけれども。
でもそれを持って、お前はどうしたの?って言われたら、いやちょっとわかんないんすみたいな。作ってみたから聴いてほしい。聴いてほしいとも思ってないんだよな、今はまだ。
ってことだもんね。自分が聴きたい曲を作りました。やった!までだもんね。
そうそうそうそう。
一応それは創作なんだけれども、じゃあその創作の意味だよね。それが売れたらいいのか、人気になったらいいのか、バズったらいいのか。
それとも周りの人が何人かいいねって言ってくれればいいのか。もうなんなら自分だけ聴いてればいいのかみたいな、いろんな可能性がまだあって、まだ限定してないもんね。
限定してないね。だからまさに意味の問題というか、それって何のためなんですかって言った時に、やっぱりいろんな可能性が良くも悪くもあるし、
あとはね、ちょっとまた話広げちゃうんだけどさ、今日どんどん広がるかもしれないんですけど、
たぶん2年前くらいから僕は意味の問題を向き合ってますみたいなさ。意味って何?とか。
それで山口卓龍さんっていう人の意味の啓示枠って本読んでます?とかさ、そういう話をしてきたと思うんだけれども、
ちょうど昨日ね、これもクロードってやり取りしてて、結局自分何を語ってきたんだろうっていうことを整理したいと思ったのよ。
何を語ってきた?
そう。それで卓龍がでも400回超えて、たぶん450回ぐらいやってるじゃないですか。
そうね。
っていう時に、この450回、菅野駿さんは何を話してきたんですかっていう、それを見てみたらいいと思うよってクロードに言われたのね。
なるほどなるほど。だから哲学のことをいろいろ話してきたよだけじゃない何かがあるはずってことね。
そうそうそう。っていう中で繰り返してるテーマとか、つい語ってしまうことの中に、たぶん菅野駿さんの本当のもの、何かがあるから、
今思いついたことを言うんじゃなくって、そっちを見なさいよっていう風に怒られたのよ、クロードから。
はいはいはい。
そうそう。なんか話ループしてるんだけど、みたいなこと言われて。
そう、今蓄積があるんだから考えなよって言われて、どうすんの?っていうところからいろいろやって。
結果的に各回の内容を要約したものを、さらにタグ付けしたかうんぬんとかいろいろやって、
で、菅野さんは400回の中でこんなこと話してましたっていうのをリスト化したのよ。
おー。
いろいろやってね。
はいはいはい。
結果的にめちゃめちゃ面白かったのが、僕はやっぱその意味の話をしてると思っているから、
なんかそういう意味って大事だねとかそういうことを言ってるのかなと思ってたんだけれども、
うん。
なんかね、一番話してたのが、結局そのこの世界ってのはプロセスだっていう、
うん。
あのホワイトエッドの方の話とか、世の中ダイナミックなものであるとか、
あの迷路ぽんっていう時にも話したけどさ、
うんうんうん。
そういうことを結局話してますよっていう風になんか帰ってきたもんね。
うん。
で、これね、めちゃめちゃ面白かったのが、その、
なんでその、何だろうな、
今回100点の世界の話をずっとしたじゃない、迷路ぽんっていう話で、
これって要は、やっぱ自分がずっとそういう世界があって欲しいとか、
自分っていうのはカンのハヤトさんがね、
そういう風な世界であって欲しい、望んでた世界なんだよね。
うんうん。
やっぱどっかに答えがあってとかさ、
はいはいはい。
あのね、正解があってそれを探すために哲学にのめり込んでいったみたいな話をね、
時々してると思うんですけど、
うん。
やっぱずっとその世界で生きてきてるんや、やっぱ自分って。
おー、はいはい。
あのー、正解があるはずだ、あればいいのにっていうね。
そうそうそう、正解があるはずだっていうね。
でも、この2、3年ぐらいでやっぱないかもとか、
世界ってもうちょっと動的で、その日々生まれてるものとか、
生み出されるもののかもみたいなさ。
うんうんうん。
で、メルポンティも最後のところでやっぱり肉っていう概念から、
世界というのは開いたり閉いたりする、
結構ダイナミックなものだよっていうふうな話をしたじゃないですか。
うんうんうん。
それって結構やっぱ僕の中では割とこの2、3年で馴染んできた世界観とか、
そっちに行きたいと思っている世界観なんだよね。
あー、なるほどね。
うん。
だから、生まれ持った方の価値観じゃ全然ない方の。
そうそうそう。
頑張ってそこそこ理解しようとしてる方の価値観みたいな。
生まれ持ってたかもしれない。子供とかは割とそういうことを持ってたと思うんだけど、
やっぱりテストの点数が良くて褒められるとかさ、
偏差値教育の弊害みたいな感じで、
やっぱり数字で評価されるとか、どっかの正解に当てはめると自分が褒められるとかさ。
あー。
そういうところに自分を寄せていってしまってた感じなんだよね。
へー、なるほどね。
うん。
なのでそれを乗り越えていこうよっていう話なんだけれども、
こっからが自分の面白い気づきっていう感じで、ちょっと聞いて欲しいんですけど、
さっき言った事故とか世界っていうのは固定的なものじゃなくて、
関係性とかプロセスで現れるんですよと。
これって仏教的なこともそうだし、ネメロポンティとかホワイトヘッドもそうだよねっていう風な話なんだけど、
これね、要は何が起きてますかっていう時に、
僕はプロセスっていうものを通じて意味が生まれるっていう風に言葉を使ってたのね。
生まれる、はいはい。
例えば僕と兄貴がこうやって話している中で、
二人の関係性における意味が生み出されるとか、
要は話している言葉っていうものを言葉そのものじゃなくて、
コミュニケーションの中で何かが見えないものとして伝わってるみたいな、メロポンティ的に言うとね。
そういうことを思っていたんだけれども、
クロードに言われて発動したのが、
意味が生まれるってなると、
誰が生んだんですかとか、
どこに生まれたんですかっていう、
そういうまた主観と客観とか場みたいな話が出てくるじゃない?
そうだね。
これって罠じゃないですかねって言われたのよ。
確かにと思って。
生まれるっていう風に言っちゃうと、やっぱり志望が必要になってくるから、
そうじゃないって何だろうなっていう時に、
色々と方法を挙げた時にピントが来たのが、
意味が有効化する。
つまり意味の種みたいなものとか、
素材っていうものは常にありますと。
それがこのやり取りの中で、
こっちは今有効オンになりましたみたいな。
でもそうじゃないものはオフのままありますみたいな。
そういう風な発想とどうですかっていう話が言われて、
確かにそれは要は主語がいらない。
つまり意味は意味としてあって、
それがオンになるかオフになるかによって、
僕らに対して見えるとか見えないとか感じる感じが変わるみたいな。
その世界観ってめちゃめちゃフィットするかもと思ったのよ。
なるほど。
その有効化したものがあった時に、
どうなんだろう。
それに対して一応有効化させる人もいるよね、それで言うと。
これが多分面白くて、
オンっていうとボタンみたいな感じになっちゃうけれども、
そうじゃなくて、
その人が望んだからといって、
その意味がオンになるとは限らないわけですよ。
例えば僕が兄貴に対して、
何でもいいや何でもいいけど、
本当はお金貸してほしいと思ってますと。
でも直接言えないから、
最近ちょっと苦しくてとか言ったとして、
でも兄貴のほうがそれを受け取らないと、
お金を貸してほしいという意味はオンにならないんじゃない?
そうだよね。
そうそう。
主体と客体みたいな話で、
意味って受け取る側によっても変わるから、
その点どう表現するんだろうと思った。
まさにその辺。
じゃあこれを兄貴はその意味を受け取ったんですか?と。
それともその意味をオンにするっていうことを一緒にやったんですか?
っていう問題が出てくるじゃない?
そうだね。
なのでそのオンになるっていうのは、
要は僕がオンにしたいからとか、
兄貴がそれを受け取ったからっていうことじゃなくて、
その関係性において、
たまたまその場にいる人が、
それがオンになったということに気づくとか、
そういうことを認識したっていう、
主語がなくても成り立つことなんじゃないかって思うのよ。
主語がなくても?
うん。
これはちょっとごめん、
めちゃめちゃ今日ややこしい話になっちゃってるんだけど、
あえて言うと、
ホワイトヘッドもね、
たぶんちょっと似たようなことで語れると思ってて、
ホワイトヘッドは、
いわゆる法枠っていう概念があって、
世の中のいろんなものを受け入れるか、
それとも拒否というか、受け入れないかっていう、
両方の働きで世の中は動いていくんだっていうふうなことを考えてるんですよ。
言ったときに、今オンにするって言ったのは、
それを受け入れたっていう話で、
オフのままであるっていうのは受け入れなかったっていう話なんだけど、
それでいくと、人間って生きてる中で受け入れてるものって、
たぶん0.00001とかしかなくって、
だって世界を全て、
1等したときに、
世界の全てを100等したときに、
僕らが認識できるものとか、理解できるものってめちゃめちゃ少ないじゃん。
そういう意味で、はいはい。
そうそう、そういう意味で、ほとんどのものは認識できてないし、
切り捨ててるし、自分とは関係ないものになっちゃってるんだけれども、
だけれども世界はあるじゃん。
なるほど、はいはい。
これが意味ってものでも、
意味というものはありふれているというか、
世界にものすごい大量に存在してますと。
でもその瞬間、
たぶん恩になる意味って、
本当に豆電球1個分というか、
そのぐらいしかないはずなんだけど、
その恩になるということ自体が、
初めて僕らに意味というものを理解させるとか、
なるほど。
そう、そういうふうなことが起きてるんじゃないかっていうことを思ったのね。
なのでここには、守護がいらないというか、
その恩になった後に、
守護とか、死体とか虐待受けてっていうのが出てくる。
はいはいはい、確かに。
っていうふうな感覚を持ったのよ。
うんうんうんうん。
確かに今ちょうどハヤトが豆電球っていう話してくれたんだけど、
自分も今ちょうどハヤトがさ、
さっきの話から電球をイメージしてて、
おー、はいはいはい。
面白。
さっきのさ、
片方が何かを伝えようとしてる状態があった時に、
他人は受けてというか、
ここちょっと死体虐待もう別れちゃってるけど、
話の通常で。
現実的にはでもそうだからね。
意味を受け取るかみたいなとこで、
受け取るか受け取らないかで、
片方が想定してる意味が有効化するかどうかが決まるみたいなところがあると思うんだけど、
そうやって例えて言うと、
単三電池とか単四電池があります。
で、豆電球があります。
ハヤトが赤い銅線を持っています。
ハヤトは電池のマイナスと、
豆電球を赤い線でもうつないでますと、ハヤトは。
はいはいはい、僕はね。
こっちは黒い銅線を持って、
その電池とその電池をつなりますかつなりませんか、
つながりますかつながりませんか、みたいな感覚で言うと、
すごい納得できるっていう感覚がして、
さらにハヤトが言ったホワイトヘッドの世界観で言うと、
もう赤い線は全部つながり済みなんですと。
はいはいはい。
自分と世界は。
あとは自分がその黒い放電線をどこにピッてつけるかだけですよね、
っていう意味で、もう100つながり済みです。
ただ、自分の黒い銅線がつながるのは、
そのうち何パーセントなんでしょうね、果たしてみたいな、
考え方すごいなんか、理解できる気がした。
あー、でもそれは嬉しいな。
嬉しいし、でももう一個だけちょっと踏み込んで言うと、
やっぱり兄貴の自分が黒い線を持っているっていうのも、
やっぱり自分出発じゃん。
そうだね。
そう。じゃなくてやっぱり、その意味の方からやってくるとか。
そのホワイトヘッドで言うと、
永遠的客体とか、そういうちょっと難しいいろんな言葉があるんだけれども、
そういうものがやってきて、
その集約された後にできるものが、
現実的存在っていう風な主体となり得るものというか。
しかもホワイトヘッド面白いのは、
主体になったものはすぐに客体になるんだと、世界に対して。
つまり一回自分が主体になったと思ったらすぐに客体になるっていう、
こういう動きをしてるっていう風に言ってるんだよね。
なので、やっぱりさっきの自分が黒い線を持っているっていうと、
やっぱりまだ自分が強いんだけど、
そもそもその線って意味の方から手を伸ばされてるみたいな。
お互いに触手みたいなものがフワーって多分広がってて、
僕もその触手を伸ばしてるし、
意味の方ってちょっとイメージ湧かないと思うし、
僕も湧いてるわけじゃないんだけれども、
意味の電球の方もフワーって線が伸びてて、
それがピタッてお互いにくっつくみたいな。
そんな感覚が、
なんかね、より近いのかもなって思ったんだよね。
なるほど。確かに黒い線を持っているってなると、
まだこっちの意思であっちにつけよう、こっちにつけよう、
こっちは続けないみたいなことがあり得るけれども、
そういう話じゃなくて、
もうちょっとというか、もっと確率論的なというか、
なんならみたいな偶然だったりとか。
ただこの偶然必然の話をすると、誰だっけ、
クキ収葬とかになっちゃいかない。
そうね、クキさんね。
みたいなまたちょっと面白い話も
なりそうだなとは思うけど。
ホワイトウェットはそれが面白くて、
フィーリング、感じみたいなことで言ってるんだよね。
そうあるんだ。
あるある。
だからコントロールするんじゃなくって、
なんかこんな感じみたいな。
そんなにそういうフィーリングっていう言葉で表現してたね。
でも確かにフィーリングで言うと、
この音楽好きとか、
この音楽がなんとなくなじまないなとかね、
この味好き、
この料理はちょっとイマイチかなみたいな。
例えばね。
みたいな感じでいろんな物事と
接続するしないみたいなのってあるとしたら、
確かにとは思うよね。
確かに。
そうそうそう。
ちょっとややこしい話をした時に、
さっきの音楽とかの話に戻るんだけれども。
そうだね、なんかホワイトウェット界みたいになってきたね。
ちょっと今やっぱり自分がどうしても基盤に置いてるからね。
なっちゃうんだけど、
今話しててやっぱ思ったのは、
今僕が作った、
僕が作ったって言っていいのか、
歌詞を書いてSnowに作ってもらった音楽。
で、僕はめちゃめちゃ好きですっていうのがあった時に、
この音楽が伸びてく先がないというか、
なんだろうな。
わかんない。
もしかしたら別にとりあえずYouTube出せっていうことはできるかもしれないけれども、
そこと何が繋がるのかっていうことが全く見えてないし、
そもそも繋がるのかこれっていう。
はいはいはい。
そこにやっぱ僕が何も見やせてないっていうことが、
多分抵抗感なんだろうなって今ちょっと思ったんだよね。
そうだね、そうだね。
だからそういう意味で、
ハヤトが作ったその曲を、
意味がないとか、
まだ意味が確定してないじゃなくて、
そういうふうな意味付けをもうしちゃってるっていうことじゃない?
そうそうそう、そういうこと、そういうこと。
だから、これを出す必要がないという意味がオンになってしまっている。
だよね。
っていう状態だね。
だから、いくらというか、
例え自分が本当に好きですっていう曲があって、
自分のためだけに作ったとしても、
いや、きっとこの世界にはこれを聴いてくれる仲間がいるはずだっていうものを、
動線なのか触手なのかわからないけど、
触手気持ち悪いからちょっと動線の方がいいなと思うんだけど、個人的には。
いいよいいよ、一旦動線にしようじゃん今日は。
そういう意味付けを早くしたとすれば、
もしかしたら、そういう意味付けをしたとしたら、
とりあえずYouTubeアップしてみようになるかもしれないし、みたいな。
そうね、意味付けをするっていうとやっぱり主体が出ちゃうから、
そういう意味を有効化されたとすると、
多分そういう行動が起きる。
例えば、今話してて思ったのは、
自分が好きな曲を本当にここからいいと思ってくれる人を見つけたいとかね、例えば。
はいはいはい。
だからYouTubeに上げて聴けるようにするんだとかってことであれば、
それはちょっと有効化できそうだなって思ったのよ。
うんうんうん。
そういう動詞みたいなものとか、なんていうのかな?
そういう人が知りたいんだみたいなさ。
そうだよね。
まあ、この料理、この創作料理作ってみたから食べてみて、みたいな。
で、それでレストランで繁盛させるとかってわけではなく、
自分の味覚に合う人と出会いたいのだ、みたいなね。
出会うというか、いるのか知りたいのだみたいな話。
そうだね。
っていうことがもしかしたらあるかもしれないから。
でも、やっぱりそこもまさに今どんな意味が有効化しているのか、みたいな。
話で考えると、いろんなことがもしかして、
自分の考えてることとか哲学として学びたいことと、
それこそ自分の生き方みたいなものがもどとかされるのかなとかって、
ちょうど昨日思ったんだよね。
なるほど。それは面白いし、有効化する次第にフィーリングみたいなところ。
哲学の言葉だからフィーリングを一般的なフィーリングとして解釈していいのか置いといて、
ハヤトがそういうスイッチが有効化した、みたいなスイッチというか意味が有効化した。
その意味が有効化した気がするね、今ね。
そうね、意味の意味がね。
それで言うと、今有効化する話してるじゃん。
今回のソリテスフォーラムの創作にも言えると思ったんだけれども、
なんだろうな、これは自分のカルマというかテーマなのかもしれないけど、
そういう話を聞くとどうしても逆にね、意味が有効化するじゃなくて、
意味が無効化される無意識の力が働いているんじゃないか、価値観的にして、
そのフタを取ったらいいんじゃないかっていうような概念が出てくるんだけど、
その辺どう何かわかるように。
もうちょっと聞きたいです。意味が無効化するってなったらどんなことを想像してるの?
無効化するのか有効化しないようになってるのかわかんないんだけど、
逆でもいいや、特定の意味が有効化してしまうでもいいんだけど、
だからまさにハヤトが言った何かを創作するっていう時に、
完全に自分自身のためにする創作って意味があるんだってっていう意味が何か有効化されちゃう。
その結果誰かが自分のために創作するという行為っていうものが無効化されてるというか、
という感覚が何かしらの社会的なのか文化的なのか、家庭環境なのかわからないけど、
そういうのがあるんじゃないか。
そういうものを自分はできたらフラットにした方がいいんじゃないかみたいな感覚があって、
これがたぶんハヤトのルディ・クレアーでいうところの借り物の言葉じゃなくて自分の言葉みたいな。
もうちょっと繋がるのかなって思ったんだけど。
たぶんさっきの電球とかの例で言うと、本当は赤も青も緑も色々あるのに、
何か知らんけど気づいたらずっと赤ばっか灯ってるみたいな。
本当は青をつけたいのに何かそれができないみたいな、そういう感覚なのかな今のって。
できないというよりは、本当は自分が青がいいっていうことにすら気づいてない状態。
そこを一回外せば、自分って青が良かったんだっていうところが灯るはずなんだけど、
何かそこに蓋なのかされてる状態みたいなのってあるよねっていうのが、
よく言う無意識的に思わされてるからさ。
そういうところに近いテーマなんだよね。
なるほどね。面白い。
たぶんそれは、僕の中ではもう一本、ルディ・クレアーのクレアーがホワイトヘッドだって話をしたと思うんだけど、
このルーディスの方はローソーシスのソージなわけよ。
これは遊ぶなんだけれども、僕の中で遊ぶと想像するのを組み合わせた遊走っていうことを最近コンセプトにしてるんだけれども、
また難しい言葉。
この2つがあることで僕が整理するっていうことをちょっと気づいちゃったんだよね。
気づいてくれましたか。
気づいちゃったんだよ。
どういうことかっていうと、何かを作り出そうとか、こういうふうにしようっていうときって、
やっぱりこう、いろんなバイアスとか、自分の価値観とか、あるいはスタンスとかそういったものが出やすいですよね。
っていうときに、遊ぶっていうのは、ソージな遊ぶっていわゆる、これ商用言うって元々言葉だけれども、
何かにもとらわれないとか、特定の立場に依存しないとか、そういうふうな発想が強いんだよね。
なのでっていうときに、この遊びっていわゆるプレイで、みんなで遊ぼうぜっていう遊びじゃなくて、
やっぱり自分っていうものからいかに自分が自由になれるかっていう、そういう試みなわけなんですよ。
はいはいはい。
なので、これがじゃあ何っていうと難しいんだけれども、
作るっていうことと遊ぶっていうことを両方やるっていうことが、実践として僕大事だと思って。
だから今回みんなでやろうとしている共同創作っていうものも、結構上手く作られてくださいとかさ、
なんかそういう、なんていうのかな、何でもいいんですよって言ったとは思うんだけれども、
でも上手く何か作りたいとかさ、せっかく見てもらうなら、こういうふうに思ってほしいとかって気持ちって絶対湧くじゃん。
そうだよね。
その自分の湧き上がる気持ちと向き合うことが大事だと思ってるよね。
なるほどなるほど。はいはいはい。
兄貴がそうやって、なんかもっと本当は無意識化したいとか、そういう、なんだろうな、こういうふうにしなきゃっていうものを抑え込んで、
もっと違うところにアクセスしたいって思ってるとしたら、それ自体が一個の、何ていうのかな、いい体験だと思ってるのよ。
それを繰り返していくことによって、それこそそう思ってる自分からすら自由になれる。
自分はもっと無効化しなきゃいけないとか、もっと違う光の伝統あることに気づかなければいけないとか、それも一個の意味だし立場じゃん。
そうだね。ひょっとしたら陰謀論的な感じだよね、ある意味。
あーそうそうそうそう。思い込まされてるみたいなのもあるけれども、そういう自分からも自由になるみたいなことって、
なんかできるんじゃないかなとか、なんかそういうことがふと訪れるんじゃないかなとか、
なんかそんなことを考えてるんだよね。
なるほどなるほど。そっかそっか。
だからもしかしたら、まず少なくとも9個ぐらい作りたい。3つテーマがあって、愛と遊ぶと新しいっていう。
3つのテーマを長3年ぐらいかけて9個やりたいっていうことを思ってるんだけど、それはやっぱ1回系だとさ、なんかやっぱりちゃんとやんなきゃとかさ、失敗したらどうしようと思うじゃん。
でも9回やるって言われたらさ、全員が9回全部やっていただけるかどうかわかんないとしても、最悪次やればいいかとかさ、ちょっと今回は少し違うテイストでやってみようかとかさ、
そういうことがやっぱりやりやすくなったりするじゃない?
そうだね。
試行錯誤っていうのはまさにそうだと思うんだけど、なのであえて最初から9回やりますとか、テーマはいっぱいやりますとか、そんなことを言ったんですっていうのもあるんだよね。
なるほどなるほど。別にあれだもんね、9回全部やらなきゃいけないとか、途中参加ダメとかそういうのもないしね。
全くない。ただこの場とかこの陣を作るっていう活動は何回かやりますよとか、時間をかけて数年単位でやっていきますよっていうことを最初から自分に決めたって感じだね。
その方が遊べるから。みたいなことは思ってる。ちょっと姉貴の言ったことに直接答えてるわけじゃないと思うんだけど、僕の中では遊ぶっていう想示のことと想像するっていうホワイトヘッドが重なったときに、
なんかこれ次の時代を作るんじゃないかって勝手に思ってる。
あ、そうなんだ。遊びは確かにそうかも。やっぱり創作するっていう時にすらあるべしみたいなものが支えてくるわけじゃん。
むしろね。
しかも無意識にね。無意識に、あ、赤か、みたいなさ。赤にしなきゃ、みたいな。これやっぱ思っちゃう。
作るからにはやっぱりさっきハイトイ言ってた、みなさんが楽しんでもらわないと、みたいなとか。売れないと、みたいなさ。
そうね。
果たして、それが悪だとも言わないんだけれども、それが果たして本当に自分が心から創作、今回のね、今回の創作、今やってる創作っていうものを考えたときに、
本当に自分とその創作っていう営みの中で自然と有効化した意味ですかね、それみたいなところ。
まあね。
っていうところの、確かに対策じゃないけれども、具体的なアクションとして遊びってものが確か生えることで、
その、なんだろう、無意識の鎖みたいなものがバーンってなんか、ちぎられそうな感じがして。
はいはいはい。
なんか、そこは、なんだろう、答えなのかもなとは思ったね。
でも、そういうふうに感じてくれるのは嬉しいよね。
なんか、自分自身もこのコンセプト、そのユースを遊ぶと想像するっていう感じをくっつけたものだけど、
これはなんかね、やっぱりもっと磨きたいなってすごい思ってて、最近。
だから、なんかそれをやることで、やっぱりこう、なんていうのかな、ただ物を作りますとか、ただ手伝うしますっていうだけじゃなくて、
やっぱりこう、最終的に豊かに生きたいし、豊かに生きてほしいんですよ、いろんな人に。
っていう、人生の幅を広げるとか、兄貴が言う、もうずっと繰り返してるけど、自分の道幅の話だよね。
道幅、あ、幅ね。道ではないけど、幅ね。
そうそう、幅を知るってなった時に、やっぱそれやって、やっぱ試すの怖いじゃない?
幅をさ、やっぱりこう、あっちかなこっちかなっていう時に、これ超えたらなんか自分がダメなんじゃないかとかさ、
コンフォートゾーンとかもそうだけど、これやりすぎるとなんかダメージ食らうんじゃないかとかってやっぱ怖いんだけれども、
それをなんかやっぱりこう、気軽にできることとか、むしろやってもいいんだって思えることってやっぱ大事。
大事な、そういうのって素敵だなと思ってて、それを哲学とかこういう思考みたいな場でやれると面白いんじゃないかなって思っている感じかな。
はいはいはいはい。
なるほどね。まあ、さっきの宮城谷正光の、確か暗視だね、という小説の中で出てきた概念の話だね、人の幅。
ただその人の幅をね、自分で一寸違和理解することができるのは、一億人に一人ですよってその暗視が言ってたから、
基本無理だよねっていう話を、どっかでしたよね。
そうそうそう、でもそれほんとその通りだなと思うし、ぴったり知ることはできなくても、だいたいこのぐらいかなで普通に生きていく分にはいいじゃん。
その暗視さみたいにさ、国をどうこうするとかさ、そういった人はそうかもしれないけど、別に僕らは普通の人間であれば、別に10千円ぐらいの誤差って多分そんな許容範囲だと思うのよ。
いやもう500メートルぐらいの誤差で全然大丈夫だと思う、全然。
なるほどね。
そんな幅あるか知らんけどね。
確かにね。
僕の幅そんなないなと思ってたのに、30センチぐらいかなと思ってこう見てたんだけど。
30センチだとして上下10センチ、合わせて20センチぐらいの幅ぐらいはいいだろうっていうね。
ずっと答えればまあいいかなみたいなさ。
はいはい。
っていう感覚ではあるんだよね。
なので今日ちょっとややこしい話とか、ちょっと昨日山さんにちょっとやりとりして自分が思ったことをバーって言ってたから、ちょっとね、ややこしい話が多かったかなと思うんですけど。
いやーそうだね。でもその、どうなの?でもそのハヤトの曲作った感覚は面白いなと思ったんだけど、それはどうなの?それはそれで満足したの?
なんかその意味での、そのAIの曲を作るっていう意味での、その創作の楽しさみたいなとこはもう有効化してOKみたいな感じなの?
えっとね、多分これはもう一歩いけるなって思ったのが、やっぱり僕歌詞を作って、その歌詞に歌を乗せたい、曲を乗せたいっていう思いが強かったんですよ。
えー面白いね。
そう、曲作れない、むしろ歌詞を書きたいっていうのが先にあって、だから僕今一番なりたい職業は作詞家なのよ。
へー、そうなんだ。やっぱり言葉っていうのはあれなんだね、大事なんだ。
どうしてもやっぱりそこに向いちゃうんだけれども、それがなんとなくできるってことがわかったんだけれども、その歌にしたことによってね。
やっぱり、多分これは当然だと思うんだけど、やっぱり曲にした時の歌詞の言葉って、やっぱり普段使ってる言葉と当然違うじゃないですか。
ほうほうほう。
で、そのおさほを僕は全然知らないやってことにも気づいたのよ。
あー、なるほど。
つまり歌詞っぽいものを作って、歌っぽいものを作ったんだけど、多分それは歌詞ではないんだよね、まだ。
なるほどなるほど、そうか。料理で言うと調味料の使い方?
塩を何でこの何グラム、肉100グラムに対して、このグラム酒使うんですか?とか、胡椒何のために使うの本当は?とか、そういうなんとなくは使えたりとか、なんとなくは料理作れるんだけど、そのおさほだよね。
そこを理解してないから、自信っても違うけどね、そこがわかっちゃうって話だね、足りてないのが。
そう、例えばバーモンのカレー作りました、料理上手ですねって言われても、いや別に料理したわけじゃないんでってなるみたいな、そういう感覚?
なるほどなるほど。
僕はやっぱり弟のことはもうわかんない、これは今から勉強してもちょっと無理だと思ってるからしょうがないんだけれども、やっぱり言葉とか歌詞に関してはこだわりたいと思ってるのね。
そこをちゃんと突き詰めたら、もしかしたらもうちょっと出してもいいと思えるとか、ちゃんとこれ自分が作ったAIだけれども作った曲なんですっていう風に言えるかもなと思っているっていう感覚かな。
なるほどね、確かに今回でAIが絡んでるからね、どこからがこれ自分の作品です、AI作曲っていうとこ、そこでOKできるかっていうね、線引きの話ね。
だからまだ僕はカレールーを作ってカレーを出しましたっていう感覚?で、お腹美味しいけど、お腹いっぱいになるけど、料理上手いねって言われたら、いや違いますって言っちゃうみたいな。
はいはいはい。
だから僕もめっちゃいい曲、自分にとってはいい曲作ったけど、これを人に聞かせようかっていうと、いや別にそんなものではないんだってなってしまう感覚?
あー面白いね、確かに確かに、そっかそっか、夕飯を誰かにご馳走すると、家にいるんで、で、バーモントカレー出して、ほらなっていう、ほらなみたいな、もうできないよね、撮影っていう感覚。
ちょっとねドヤ顔しにくいじゃん。別にバーモントカレー悪くないよ、美味しいよ。
だし、ちゃんとバーモントカレーが最高に美味しくなるように、具材の切り方だったりとか火の入れ方とか、ちゃんとやってますって言うとこやけど、まだこれ自分の手料理なんですって言って振る舞うっていうことに対する、後ろめたさみたいなものがどうせ抜けないぐらいの出来ってこと?
そうだね、そう。そっちの方が有効化してるって感じだね、今日の話。
あー面白い。
だからわかんない、これが半年一年経って、やや良い歌詞作れるようになったんですよ。で、その歌詞に基づいて、こんだけAIが馴染むような曲を作ってくれるようになったんですよって試行錯誤を経てね。
うんうんうんうん。
っていうことになったら、満を持して公開するとかはあるかもしれないね。
はいはいはいはい。
うん。
そこはね。
そこはね。
で、あのさ、これなんでもさ、やっぱりAIだから簡単に作るってまだ違うわけじゃない?
そうだね、うん。
これはまあいろんな論争だからさ、簡単には言えないけれども、やっぱり見てると、音楽作るとかイラスト作るにしても、やっぱり何百枚って作って、その中で良いものをやっぱり磨いていくみたいな試行錯誤があるという話は聞いてるので。
まあまあまあ、そうだね。
うんうんうん。
逆に言うと、やっぱりそういう、なんだろうな、僕らはやっぱり自分の好きな曲をあれだけ分析したからこそ出てきたものだと思うと、そこに対する、なんだろうな、理解が深まっているから。
うんうんうん。
なんかそういう意味での、まあ、やっぱり向こう3年5年くらいしたときの、やっぱりAIが当たり前だった時代の創作活動?
うんうんうん。
人は何座や、みたいなものっていうのはやっぱりアップデートされてるじゃないかっていうのも思うよね。
うんうんうん。
よくもあるくも。ここはまあ賛否両論、いろんなものはあるとは思うけどね。
そうだね、現状はいろんな立場というか、あるとは思うけどね。
そうそうそう。
うん。
っていう風な感じかな、なんか自分がやってみて気づいたことというか、今感じてるのは。
はいはいはい。
うん。
なるほどね。だいぶ感じてるね。
めっちゃホワイトヘッド、なんか途中ホワイトヘッドの抗議にもなったしね。
なるほどね。
確かにね。
うんうん。
まあただあれだね、結論は、遊べって言ったね。
遊んで。
遊んで。
遊べ作れ。
遊べ作れ。
まあね、一言で言うとそう。もうちょっとちゃんと言うと、掃除の優なので、自分の立場を固定化しないようにしましょうって話と、
ホワイトヘッドの創造なので、その創造っていうものは実は世界の創造力であって、あなたの創造力ではありませんって話。
えー、あ、そうなんだ。
うん。
なんか第二回言ってほしいぐらいの、今回の話何だったんだってぐらい意味わかってなかった。
うん。
あれほんと?
でも一緒だよ。だってさ、意味が語りかけてくるって話と、創造力は世界の側にあるってのはイコールだから、感覚的にはね。
ほうほうほうほう。
自分の創造力を使いましょうとか、自分の意味を生み出しましょうっていうのは、やっぱ自分が主の話だから。
うんうんうんうん。
それを一回で超えれるかっていう風な話は、なんか通じてるって感じがね。
うんうんうんうん。なるほどなるほど。
ね、まあこれ難しいというかね、なんかいくらでも語れちゃうけどね、ここほんとに。
まあね、その、そこの概念を伝語化するのはね、たぶん楽しいらしいね。
楽しい。普段ね、そう話さないからね。
うん。
まだ探究中だからね。
はい。
まあ、そんな感じで今日もね、だいぶ話してしまって、ほんとにお付き合いありがとうございますというとこなんですけれども、
次回はですね、レビナスやるんですよと。
うん。
はい。で、レビナスね、前回も言った通り、割と断絶というか、
うん。
人と人は分かり合えないよね、みたいなことを結構強調する人らしいんですよね。
僕もちょっとまだね、これからちゃんと読みますっていう感じは、今少しずつ読み始めてるぐらいなんだけど。
うんうんうん。だからメルロポンティが共感だったから、結構逆っぽい感じがするね。
ああ、そうそうそう。うん。やっぱりそれはそれで大事というか、そんな簡単にさ、やっぱりね、あなたと私は通常会えますとかさ、
うんうんうん。
根っこでは一緒ですって言われても、そんなわけないじゃんって思う気持ちもあるわけじゃない?そんな簡単にわかった気になるなよ、みたいなさ。
うんうんうん。
なのでやっぱりそこも含めて、ちょっとね、この点では今日話した意味の有効化みたいな話もちょっとあるなと思いつつ、
エビナスの話もすることでよりね、深く理解したいというか。
うんうんうん。
メロポンティが言ったことも、なんかちょっと相対化しながら言えるんじゃないかなと思うんで、
はいはいはい。
次回ですね、そちらに進んでいこうと思っておりますよというふうな感じですね。
はいはい、分かりました。了解です。
ちなみにあれですか、じゃあ今回ハヤトが作った曲聞きたい人は、こっちにお便りもらえればハヤトにインクを送ったりするの。
あのね、有効化しないと、あ、違う、有料化しないと多分送れないらしいんだよね。
あ、そう?じゃあお便りくれる人もいたら有料化しようか。
まあそうね、それは意味ができるからそこに。
ほら、1500円くらい、安くはないけど、確かそうすると、あれ?無料でもダウンロードはできないってか。
確かに、でもでも聞きたいんですよみたいな。
カンノさん、ハヤトさんが自分のためだけに作った曲、自分も好きかもしれないから聞きたいですって言われたらもうそれは世に放つよ、じゃあ。
世に放つよ、その人に放つよ。
そういう人にね。
いや、そういう人がいるんだって嬉しいじゃない。
この前の音楽会とか聞いてさ、自分も、例えばだよ、そのね、紹介してもらった曲聞きましたとかでさ、自分もすごい好きでしたっていう人がもしいるんだったら、そりゃ嬉しいよ。
でも興味本位でちょっと聞いてみたいですだったら悩むかもしれない。
ああ、そうなんだ。
だったらちょっと待ってくださいって、もうちょっとちゃんとした曲作るんで待ってくださいって言いたくなるかも。
なるほど、じゃあ興味本位じゃない方の方はぜひGoogleフォームに聞きたいですと。
ややこしいね、本当に。
聞いたければ。
聞かせる気ないのが伝わるよね。
ちゃんとメールアドレス書くところがあるんで、メールアドレスなりSNSのアカウント書いていただければこちらからね、コーナー取れるんでね。
そうですね、もしそういったね、奇特な奇抜な方がいらっしゃったら、ぜひお待ちしておりますので。
恥ずかしいな。
はい、ちょっとふざけちゃったけどね、今回はこんな感じで終わりということで、次回ですね、デビュースに入っていくということで楽しんでいきたいと思います。
では、引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。