はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
このラジオは、身近なテーマをきっかけに、哲学について楽しく学んでみようという番組です。
哲学好きの弟と、哲学に馴染みのない兄の兄弟二人でお送りしていきたいと思います。
改めまして、兄の菅野翔介です。
弟のハヤトです。よろしくお願いします。
はい、今回からマルクス編スタートというところでした。
カール・マルクスさんですね。
皆さん、名前は聞いたことあるよという方も多いかなと思いますし、人によってはいろんなイメージがあるかなと思ってまして。
前回の雑談でもちょっと言いましたけれども、やっぱり共産主義を推進した人でしょとかさ、資本主義の敵だとかさ、革命家でしょみたいな。
結構そういうイメージが強いと思うし、もちろんそれもあっているというか正しいと思うんですよね。
でも今回カール・マルクスさんを取り上げるにあたっては、そういった革命云々みたいな話よりは、
根本にある彼の哲学的な部分とか思想の部分。
もっと言うと、やっぱりヘーゲルっていうものをめちゃめちゃちゃんと理解したというか学んだ上で、
マルクスさんって考えてるよねっていうところは結構言われてるんですよね。
だとするとあれなのかな?マルクスは哲学者なのかな?何なんだろう?
ちょっと話すんですけど、大学の学習論文は哲学で書いてます。
でもそこから前回もちょっと言ったんだけれども、哲学っていうのは解釈しかできなくて、やっぱり世界を変革はできないっていうところから、
いろいろ変わってくるんだけど、いわゆる大学の哲学教授になったとか、そういうことはない人なんですよね。
哲学者かっていうと、哲学者ではないと思います。一般的な評価としてね。
別に教授とかではないから。
ただ、やっぱり彼の思想の土台に哲学っていうものがあってとか、
彼の資本論とかっていうのをメインに取り上げていくんだけれども、
その資本論の中の考え方も、やっぱり哲学的な、いわゆる抽象的な概念から作っていくみたいなところがあるので、
もちろんそこは哲学だけじゃなくて経済学とかいろんなものが含まれているんだけれども、
そういう本源的な要素とか出発点があって、そこから考えていくと全体はこうなっていくよねみたいな、
そういう論を作ったっていう意味では、哲学的な発想をした人っていう感じだと思うんだよね。
なるほど。
なんでそれで座場でこのマルクスを取り上げるかみたいな話は、
前回雑談会の後半とかで結構喋ったんですけれども、
やっぱり一つが、前回やったニーチェですよね。
取り上げたニーチェっていうところも、ある種、ヘイゲルっていうものを乗り越えようとしたというか、
このヘイゲル哲学っていうものを作った世界観っていうものを先に行こうとした人なんですけど、
マルクスもやっぱりそのヘイゲル側の流れで見たときに、
やっぱりめちゃめちゃ面白いなというか、やっぱり理解が進むんじゃないかなというふうに思っている部分があるんですよ。
かつそれがやっぱりその後の、マルクスさんも1800年代の人なんですけれども、
1900年代とか2000年代とか、
あれなんとは思って、僕らが生きるこの世界への影響力ってかなりある人だなと思ってて。
なので、ちょっと何回か言ったけど、今年以降の2026年は僕の中で20世紀とかの哲学者をちゃんと取り上げて、
僕らが物事を普段捉えているとか見ている常識的な考えの背景にある人たちってどんな人たちなんだろうかとか、
どういう思想、発想なんだろうかっていうことを伝えたいと思っているので、
そう思ったときにやっぱりこのマルクスさんも外せないのかもっていうふうに思ったっていう感じなんですよね。
なるほど、そういう感じなんだ。はいはいはい。
なので、やっぱり今日は第一回ということで恒例のどんな人なのみたいな話をちょっとしていくんですけれども、
いかがでも皆さんが持っているマルクスのイメージ、あるいは全くないという人ももちろんいると思うんだけれども、
それは一旦訳において、こんな話し方もできるので、こんなふうな聞い取り方をしたら見えてくれるものもあるかもねみたいな、
そういう気持ちでぜひ聞いていただけたら嬉しいなと思っておりますという感じですね。
なるほど、わかりました。
最初に気になることとかある?今時点でお兄さんの中で。
一応兄貴も経済学とかやってたわけじゃない、大学で。
経営だからあんまり経済のほうが。
経営がちょっと違うのか。
授業では取ってたけど、そんなにお勉強としてファファーってやってた感じからあんまり興味なかった、経済。
大学の授業としてってことね。
マルクスっていうものにどんなイメージを持っているとか、こんなふうな理解をしてるよとかってあったりするの?
マルクスはイメージはないんだけれども、いわゆる自分が資本主義だったりとか、経営とかと関わるっていう意味でのフィールドとしての資本主義だったりとか、
人間が生きていく上で労働だったりとか、働くって何だろうとか、サラリーマンって何だろうとか、自営業って何だろう、社長って何だろうみたいな、
いろんな働くみたいなところは自分のある意味テーマでもあるので、そことの接続っていう意味でマルクスが資本主義を表していたとか、
労働と何だろうみたいなところは少しだけ知識としてあるかなぐらいのイメージかな。
はいはい、なるほどね。やっぱり経済とか働く労働とはっていうところの切り口でのマルクスっていう感じだよね。
そっちだね。
OKOK、今回も多分そういうふうな切り口のマルクスさんになるだろうなと思ってますと。
ほうほうほうほう。
なので、そういった意味では、さっきも言った通り、いろんなイメージがある人ない人、そのイメージも共産主義みたいなところもあれば資本みたいな話あると思うんだけど、
一旦そういうのを置いた形で、是非ね。哲学者もみんなそう思うんですけどね、みんな裸で聞いてくださいとかって結構時々言ったりすると思うんだけど、
心を裸にしてっていう感じを、今回もぜひ持っていただけると嬉しいなと思っておりますよというところなんですけれども。
はいはい、一旦そういった全てのタグを外してね。
共産主義者とか革命家みたいなのを含めてね、全部。
そうそうそう。
っていうふうに聞いていただけだと思っておりますよというところなんですけれども。
早速お伝えしていくと、このカール・マルティフさんですね、生まれが1818年でございますと。
前回やったニーチェさんが1844年なので、20年ちょっと上なので、一世代上だよねみたいなぐらいの感じです。
で、亡くなったのも1883年なので、65歳とかかなで亡くなっておりますというふうな人ですね。
生まれたのはドイツですね。当時はプロイセンのとこに生まれまして、お父さんがユダ系の弁護士だったらしいんですよ。
弁護士って基本的には、今もそうですけど社会的な階級がちょっと高いとか、
裕福なところで生まれ育っているというような感じでして。
で、当時のプロイセンだとユダ人なんだけれども、仕事をするにはキリスト教徒にならなあかんみたいなことがあったらしくて。
お父さんとしては一応キリスト教徒なので、マルクス自身もキリスト教的な発想の中で育っているんですよね。
本来であればユダ系はユダ教の数なので、自分はユダ系の場合なんだけれどもキリスト教徒として生きているみたいな。
しかもそれが別に本人のお父さんがいたかったかとかじゃなくて、仕事をするにはそれを選ばざるを得なかったみたいな。
そういうふうなところがやっぱりそもそものねじれみたいな感じであったんじゃないかとかっていうのもあるんですよね。
それは本とかでも語られているの?そういう考察として。
うん、言われたりします。
幼少期の話とかも見たら、もちろんいろんなエピソードはあるんだけれども、めちゃめちゃ天才だったとかっていうことよりも、むしろ暴れっぽでもいいんだけど、
いろいろ適当な感じ?金遣い荒いとか、別に授業も悪くはないけど中の上ぐらいみたいな。
はいはいはいはい。
そんな感じで、すごい独立した子供時代を送ってましたとかっていうわけでもなさそうでしたと。
で、大学に入るんですよ。大学に入ってもともとはお父さんが弁護士なんで法学を学んでるんですよね。
入るときは法律で入ったんだ。
そうそうそう。で、やっぱり自分もそこを継ぐのはダメ。たぶんそういう家族に期待をかけられたらしくて。
で、やってるんだけれども、当時ね、やっぱドイツでいうと、当然ヘーゲル哲学はやっぱりすごい盛り上がってるわけですよ。
で、大学に入ったときに、やっぱりそういったヘーゲル哲学を学んでる人たち。
小ペン派のときにも言ったかな、青年ヘーゲル派とか、ヘーゲルを受け継いでそれをさらに進歩させていこうみたいな。
そういう若手のグループがあるんだけど、そこにやっぱり自分、マルクスも入っていって。
そこでやっぱり影響を受けて、やっぱり哲学をやりたいっていう風になって、哲学科に行くっていう風な流れなんですよね。
へー、そうなんだ。だから流行ってるんだ、哲学が。
流行ってる、うん。当時はドイツのベルリン大学に行ったからって言われるんだけど、ヘーゲルもいたベルリン大学だったんで。
お膝元に行ったときに、やっぱりそこに自分も入り込んでいったっていう感じかな。
あー、そっか、なるほどなるほど。より濃く、濃い場所に行ったからね、ベルリン大学っていうね。
これは家族からしたらすごい大反対みたいな感じで、要は法学なら食っていけるというかね、仕事もあるのに、哲学なんて食っていけないじゃないかみたいな。
そうか、流行ってるしイケてるんだけど、その場の大学に残って先生とかならないと食い口はないのか。
そうそうそう、そうなんだよね。
大変だな。
今も一緒だよね、法学部入ったのに哲学とかいってみたいな親の嘆きをあるとしたときに、この160年分くらいのマルクス家でもそういうことが行われたわけですよ。
しかもさっき言った通りマルクス家庭使いが荒いんだよね。
これは生涯治んなかったらしくって、ちょっとこの後の話すんだけれども、お父さんも結構その大学のときに亡くなっちゃったらしくって。
で、お母さんとやり取りしてるときにもマルクスの遺産をやらないとかやるとか、そういう話になったりとか。
で、お父さんが亡くなって家族も兄弟とかもいて大変なのに、法学じゃなくて哲学のほうに行っちゃって、あいつはもう本当になんだよみたいな感じになるっていうふうな。
結構そういうふうな話をするぐらい、別に哲学に応援されて入ったっていうよりは自分で行っちゃったみたいな。
そんな感じだったらしいんですよね。
なるほど、まあ面白そうだもんね。たぶんね、面白そうだったんだろうね。
だからそれで言ったら、僕が最初大学入ったときに教育会とかやったけど、哲学かとか言って親が嘆くとか、そんな話のほうと一緒だよね。僕は行かなかったけどね。
すごい悪口とどっちもどっちな気もするけどね。
教育会でしょ別に。教育会は先生とかになる人もいるからさ。
僕は教育取らなかったけどね。
そういったことがあった中で、前回雑談会のときに言ったんですけれども、彼が書いた末論文のテーマっていうのが、デモクリトスとエピクロスの自然哲学の差異っていうふうな論文を書いてるらしくて。
デモクリトスとエピクロスっていわゆる古代ギリシャの哲学者ですよね。
なので、この人たちに目をつけて書くんだけれども、これは結局は哲学的なところに大学の学びとか自分の原点がありますっていうふうな話なんだよね。
しかもその自然哲学の差異みたいな感じなので、別にそれ自体が冒頭言ったようなマルキスの共産主義だとか革命だみたいな世界を変革するんだっていうところとは直接結びつかないわけですよ、別に。
そういう匂いは感じないよね、このテーマから。
そうそうそう。なので、若い時から革命家としてこうしたんだって言われてたとかっていうよりは、普通に純正哲学をやって大学を卒業して、本当は大学教員になろうとしたみたいな、結構そういうふうな感じなんですよね。
おー、そうなのね。
そうそうそう。で、これはやっぱりなかなかうまくいかなくて、いろんな理由もあったし、保護してくれる、マルキスに目をかけてくれる教授がいたんだけれども、その人が失脚しちゃったりとかいろいろあったらしくて。
失脚。
失脚したりとか。あとはやっぱりマルキスの思想自体も、ヘーゲルの受け継いでさらに洗練させていこうみたいなところにいたから、ちょっと尖りすぎてるとか、ちょっと時代が早いみたいな感じで受けにくいとかっていうのがあって。
で、大学の仕事はやっぱりできなかったらしいんだよね。
はいはいはい。
その時に、さっきも言ったようにお父さんも亡くなっちゃってお金もないし、本人はお金使いたいから稼がなきゃってなって、やった仕事が、実は新聞の編集者なんですよ。ジャーナリズムなんですよね、もともとが。
うーん、そうなんだ。しかも最初は食うためみたいだね。
そうそうそう、普通にお仕事として入ってて。その時は24歳だったらしいんですけれども、新卒で新聞社入りましたみたいな感じだよね。
やった時に面白くって、やっぱりそれまで哲学っていう、古代芸者っていう、本当に遠い時代の話を考えていたんだけれども、そこでジャーナリズムとして、いわゆる現実の問題に向き合うわけですよ。
例えばね、これ面白い例があったんだけれども、当時のドイツのところで、木材窃盗取締法っていうものができたらしくて、要は領主さんとか土地を持ってる人がいるじゃないですか。
それまでは別に枯れ木とかを拾って持ち帰って燃やすとかって別に良かったんだよね。
でも要は領主さんが、ここ俺の土地だから、ここに落ちてる木も俺の地産だから、勝手に取っちゃダメだよねって法律ができたんだよね。
それは、いわゆる当時製鉄とかが広まっていた時に、やっぱり火を起こさなきゃいけない。木っていうものがすごい大事な資材になったから、それを守りましょうっていう話なんだけれども、
面白くて、要は自由とか、自分の個人資産、私有財産とか、いわゆる自分の財産を守りましょうっていう発想でいくと、この法律って全然いいんだけど、
その奥には、これまで拾えそうに拾ったら罰せられるとか、盗賊って言われるとか、寒くて火も起こせないのに木を拾ったらダメって言われるとか、
そういうふうに排除されてる、いわゆる一般市民がいるわけなんだよね。
という時に、あれ?これっておかしくない?っていうことをマルクスが考えますと。どう思う?この法律ができて、その辺の木を拾ったら捕まりますみたいな。
いやー困るよね。いきなりだから公共財というか、地域の井戸があったときに、それ飲んじゃダメだから以上みたいなさ。
かわりに水道とか別の井戸は?みたいな話になるよね。
そうそう。雨水でも飲んだけみたいなさ。
きついな。
うん。
っていうようなことが起きちゃったわけだよね。
という時にマルクスがそれを取り上げて、新聞で書いていって、避難していくんだけれども。
やっぱりその、これ別に法に入ってたわけじゃないんだけれども、やっぱりそういう法律って何のためにあるんだとかさ。
財産って、もちろん私有財産って大事な発想なんだけれども、そういうときから他人を占め出してそんなに苦しい人を生み出すっていうときに、
果たしてそこにこだわるのが本当に正しいんだろうかみたいな、そういうことが湧いてくるわけですよね。
そうね。
そういう現実の問題を直面して、哲学というもので果たしてこの問題解けるのかというと解けないんじゃないかみたいなさ。
そういうことも湧いてきたんですよ。っていうのが、こういった新聞記者時代っていう感じなんだよね。
おー、なるほど。
そうそう。
そのようなことをやってるんだけど、この新聞が結構怪奇なことを書いてたのかわからないんだけど、廃刊になってたんだよね。
政府から出しちゃダメって言われて。
人気がないとかじゃなくてね。
じゃなくて、編集長までやって頑張ってたんだけど、新聞出しちゃダメって言われて追放されちゃうんですよ、マルクスが。
で、そこからパリに亡命するんですよね、ドイツから。
亡命ってどういうこと?そんなヤバいこと言ってたの?
なんかね、結構いろんな意見とか法律とかをガンガン批判してるから、やっぱり当局からすると目の敵というか、ちょっと煩わしいわけよね。
危険分子だろうね。
そうそう。で、やっぱりちょっと身の危険が及んだらしくって、それからパリに亡命しますと。
へー、はいはいはい。
そうそうそう。もう一個大事なのが、マルクスといえばみたいな話なんだけど、
もう一人さ、マルクスと並んで言われる人として、エンゲルスっていう人の名前聞いたことないですか?
はいはい、あるある。共産党宣言とかの時に出てくるよね、一緒に。
そうやってマルクス・エンゲルスって名を続けて言われたりするんだけれども、
エンゲルスと出会ったのもこのパリ時代らしいんですよね。
そこから死ぬまでというかね、生涯の関係が続くんだけれども、
エンゲルス自体が実は工場長の息子なんですよ。なので、ザ・ブルジョアみたいな。
ちゃんとブルジョア側なんだ、それは。
そうそうそう。
だから資本家側だね、マルクスの言葉に。
そう、資本家側。自分で工場を持って労働者を雇って働かせてっていう感じで、
エンゲルスはもちろん息子なので、めちゃめちゃいい待遇でお父さんの会社働いてますみたいな。
言うたらあれだけど、ボンボンみたいな感じなのよ。
はいはいはいはい。
でもちょっと今回エンゲルスの話はそこまで踏み込まないけれども、
エンゲルスとマルクスが出会って、マルクスの活動をエンゲルスがずっと支え続けるんですよね。
そういった出会いもありながらですね、マルクス頑張っていくんだけれども、
マルクスはやっぱり亡命というか、パリにはいるんだけれども、
結局プロイセンのところからやっぱりやっかまれて、
プロイセン経由でフランスの政府とかからも追われるみたいなことになっちゃったらしいんだよね。
どんだけ嫌われてるんだ。
やっぱりそのぐらい嫌な発信する内容が鋭かったってあると思うんだけれども、
そこからまたいろんなところに行って、最初っきりはイギリスはロンドンに落ち着くんですよ。
30代とかでロンドンに移ってもそこから死ぬまで30年間ロンドンでみたいな感じなんだけれども、
結構面白いのが、マルクスの生活でいくと基本的には貧乏というか、
あんまりお金がない生活をしていたと言われてるんですよね。
子供が死んだときも棺が買うお金がなくて、
そうし暮らすにも苦労したみたいなエピソードがあるんですけれども、
これはいわゆる、出動に熱心になってお金を稼がずに自分の信念を貫いたっていうことじゃなくて、
基本的にはさっき言った金遣いが荒いっていうところに根っこがあるんですよね。
どういうことかっていうと、
彼自身、マルクスはさ、兄貴も言ってる通り、共産党宣言とかを書いて、
万国の労働者立ち上がれみたいな、団結せよとかって言って、
労働者っていうものに思い寄せたっていう話ではあるんだけれども、
彼自身の生活は労働者会計でもかけ離れたって言われてるんですよね。
例えば、いわゆる女中さんがいますと。
子どもたちはピアノのレッスンをして、上流階級のことを教えられてますと。
マルクス自身も、すごい仕立てのスーツみたいなのを着て、支払いができなくて困って、
お母さんとかエンゲリスにお金ないよって言ってますとか、こういう感じなんですよ。
つまり、お金がない、要は稼いでてないのに、
いわゆるいい家に住むとか、いい服を着るとか、いい教育をするっていう風に、
そういったものを抑えられなかったんだよね、マルクス自身が。
そこは面白そうだね。
どうなんだろう。
それとも社会的なものもあるし、結婚してるんだけれども、奥さんが貴族階級らしいんだよね。
あ、そうなんだ。
貴族っていうのはもちろんブルージャーよりもさらに上で、社会的にハイステータスなわけなんだけど、
奥さんのほうも、生活水準を下げるというか、
自分の生まれついた核っていうものを大事にする人だったらしくて。
でもそれを自分たちでは補えないので、エンゲリスにめちゃめちゃ援助してもらってるんですよね。
あー、そうなんだ。お金持ちのエンゲリスに。
そうそうそう。
いろいろ試算すると、総額数千万ぐらいをエンゲリスが支援してるらしいんだけれども、
今も仕送りっていう形で送ってるんだよね。
まあ、現在価値に換算してから?
そうそう、現在価値に換算すると数千万円ぐらい。
とんでもないね。
そうそうそう。
あるいは、これ面白くて、やっぱりマルクスって資本論とかを書いて、資本家が労働者を搾取するってこういう構造なんだみたいなさ。
それを鋭く切り越えましたっていう話じゃないですか。
でもやっぱり実際のマルクスの生活っていうのは、親が工場主で、エンゲリスってのはそこで働いていて。
もちろん彼自身はそういった労働者に対して心を配るというか、使い倒してやろうっていうよりは、やっぱりどうしたらそういった働き方が良くなるのかって考えた人らしいんだけど、エンゲリス自身はね。
あー、じゃあちょっと当時としては珍しいタイプの資本家というか。
そうそうそうそう。
階級の人でもあるんだけれども、結局はそのエンゲリスのお父さんの工場で稼いだお金でマルクスの生活、いろんな発信とか物を買い出とかっていうのを支えられてるっていう、そういう構造なんですよね。
拡張してるな、それは。
そうそうそうそう。間接的なんだけどね。
へー。
手紙もいっぱい残ってて、だからマルクスがどんな経済力だったのかとか、何が当時さ、でも結構いろいろ見えてるらしいんだけれども、
マルクス自身もこんなことを頼むのは申し訳ないがとか、本当に恥ずかしいんだがって言いながらお金くださいって言って送られてるみたいな。
へー。で、いい生活をしているとか。
うん。そうそうそう。っていうふうな、実際その生活だったらしいんだよね。
で、じゃあ彼は何やってるかっていうと、働かずにですね、彼は大英博物館の図書館、いわゆるイギリスにある大きい博物館あると思うんですけど、
ここの閲覧室に入って、とにかく本を読みまくって、で、自分の放送をまとめてノートに書いて、それを資本論っていう本、タイトにまとめていくっていう、そういうことをやってるんですよね。
あ、そうなんだ。
ほうほうほう。
そう。なので、別に彼はそれで稼いでた、何か執筆料で稼いだとかじゃなくて、
もらったっていうか送ってもらったお金で政権を立てながら、自分はとにかく毎日毎日図書館に行って、インプットアウトプットを繰り返すみたいな。
ふんふんふんふん。
そういうことをやっていくんですよ。
なるほどね。はいはい。これ、いつもさ、これで申し訳ないんだけど、コテナジオで実はマルクス・エンギルス回をシリーズ聞いてて、
はいはいはい。
なんでさ、こんなパトローンみたいなことをエンギルスがやってるかみたいなところを、ちょっと思い出したんだけど、
確かあれだよね、それこそパリでマルクスとエンギルスが出会ったときに、たぶん2人がめっちゃ話したんだよね、何日間も。
そうそうそう。
それでエンギルスがマルクスのことをとんでもねえ天才来ちゃったみたいな感じで、たぶんすごい感化されたんだよね。感化というか、認めたんだよね。
評価したみたいだね。うんうん。そうそうそう。
なんかお互いではね、たぶんマルクスも自分の話、え、こんな理解できる人いんの?みたいな、たぶんそういうすごい関係になったんだよね、確かね。
そうだね、そう。だいたいそういうのってさ、途中で仲違いしちゃったりとかさ、別れたりすることって多いと思うんだけど、
本当にこの2人に関してはマルクスが亡くなった後も、エンギルスはずっと支援をして、マルクスが書き上げられなかった資本論を編集して出すみたいなこともしてるから。
あー、そっかそっか。書き切れなかったのか。そっかそっか。
そうそうそう。出せなかったら出したから、書いたけど出せなかったってのがあって、エンギルスがそこで編集したり回数したりして出したっていうものらしいんだよね。
はいはい。だからすごいコンビだったって話だよね、確かね。その天才とその天才ってことをちゃんとわかる、だから編集できるみたいな。
経済力もあるしっていうね。
はいはいはい。おかしいもんね、だってこんな生活してるのにずっと金をちゃんと送り続けて。
マルクスはそのお金で働かずに、大抵図書館にこもって研究活動にひたすら邁進しているみたいな。
そうそうそうそう。
すごいよな。
よく信じられないと思うし、資本論を書き上げた、出されたのが1867年なので、マルクスは49歳の時らしいんですよ。
なので30歳くらいでロンドンに行ってるから、20年近くずっと書き続けてるわけだよね。
はいはいはい。
それをずっと支援し続けるって、やっぱりエンギルスのすごさというか、それをさせるマルクスのすごさというか、そういうのも感じるよね。
うん、あのー、何だろう、すごい、握力がすごい、この二人の関係の。
エンギルスのことちゃんと見てないからさ、本当に信じ続けていたのか、なんかもう参画こそみたいな感じでさ、もうこのままやったんだからもうやり続けようみたいな感じで。
だったらなんかもうわかんないっていうかね、たぶんあると思うんだけれども。
でもそういった関係の中で、この資本論っていう本が出ますよというような感じなんだよね。
なるほど。
中田はさっきもさせていただいて、65歳のときで、やっぱりまさかのね、どうやって言ってももうちょっと元気で生きちゃうんじゃないかみたいな話があるんだけれども、
結構体が悪くなっちゃったみたいで、肺炎とかそういったいろんな病気がある中で亡くなってしまったというふうな感じですね。
一応ね、ざっくりとそんな感じの経歴なんだけれども、やっぱりすごい大事なのが、マルクス主義って中に言われているものがあるじゃないですか。
それはまあいろんな言葉とか本が出てるんだけれども、それとマルクス本人が考えたこととか、ヘーギルとかフィエル・バッガルタが引き継いだものっていうのって、結構違う部分があるんですよね。
ああ、はいはいはい。
たとえば政治的な話をすると、僕もちょっとちゃんとわかってるわけじゃないんだけれども、たとえば20世紀のソ連とか中国、あるいはいろんなところが共産党としてマルクス・レイニン主義っていうのを掲げてると思うんだけれども、
要は不明で資本化を打ち倒そうだとかさ、これ正しいかわかんないけれども、そういったものが一般的にイメージされる共産主義的なものだとしたときに、それとあくまでもマルクスの思想の特定の部分を解釈して適用してるだけだったりするんだよね。
なるほど。
たとえば次回以降でもちゃんと伝えるんだけれども、マルクスは基本的に途中でお伝えした私有財産とか、個人が財産を独占するっていうものをやっぱり否定的に見てるんですよ。
さっき言った枯葉落ちる木拾えませんとかっておかしいよねっていうところから始まってるんだけれども、いわゆるソ連とかのやってた共産主義って国がいろんな資本っていうものを持って、これを国民に最適配分というか分け与えましょうっていう発想じゃないですか。
それって、資産とかそういう資本を持ってるものが個人から国に移ったっていうだけで、結局その私有財産、国がそれを私有してるっていうことでは変わらないんだよ。国有化。
私有が国有になったっていうだけで、結局誰かが独占してるとか、アクセスできないってことは変わりません。
というときに、マルクスが言った私有財産っていうものを否定と国有化っていうことは必ずしもイコールじゃないんだよね。
そういうのを一個取り上げるだけでも違いがあったりするので。
冒頭にもさせたとおり、今回マルクス会として話をしていくんだけれども、いわゆるそういった歴史的な流れよりは、マルクスは何を考えたのかとか、どうしてそういう発想をしたのかっていうことを、さっきも言ってるヘーゲルとかが増えるばっかりで、哲学的な発想とか。
あるいは資本論というところで書いた経済的な発想とか、そういうものをお伝えしていけると、マルクスっていうものを通じて、やっぱり我々がどういう社会に生きてるのかとか。
資本主義っていうものの中で基本的には生きているとするときに、何が問題で隠れているのかっていうところの根本的なところを理解できるんじゃないかなと思っているので。
おー、なるほど。
そういったものをお届けしようと思ってますっていう感じなんだよね。
はいはいはい。
こういうところが第1回なんですけど、どうですか?イメージ湧いてきました?
イメージ。マルクスのイメージだね。マルクスが何でそもそも資本論を書かなきゃいけなかったというか。
はいはい。
何を問題意識として何がしたかったのかっていうところのスタートラインだよね。そこがイメージ見えてきたので、じゃあどうするっていうところが多分次回から。
そうですね。
そこの繋がりというか、その土台ができた気がする。
よかったですよかったです。今回は本当に人の話だったので、思想とか次回からなんですけど、次回はヘーギルとマルクスみたいな感じでお話しようと思ってて。
マルクスっていう哲学を大学でやった人がヘーギルをどんなふうに受け取ったのかとか、どこに批判を見出したのかみたいな話をして、
その次にフォイエルバッハとマルクスみたいな話をすることで、2回分含めて哲学とマルクスみたいなところを土台を一緒に作っていこうと思うので。
あれはまた土台作りだね。
また土台作りです。その2つをやった上で資本論の話をすると、通りが良くなるというかイメージしやすいんじゃないかなって勝手に僕は今思ってるので。
今回そういう流れでいきたいと思ってますっていう感じですね。
分かりました。次回からマルクス生えるかと思いきや、まだまだ土台作りというところへ。
そうですね。やっぱりマルクスの発想に行くためにやっぱりマルクスの土台への哲学を理解しないとって言うとちょっとあれだけど、
そうやってトラジオンのね、やっぱりちょっとそこを丁寧にやりたいと思っておりますよ。
そうね。今、次回からじゃあマルクスの中身に入っていきませんっていう話を。
確かにね。確かに。それ言っちゃうとちょっと嘘になっちゃうからね。
フレーズが言えなかったことにちょっと、なんか、ああって思った。
まあいいや。というわけで、次回ですね。マルクスを理解するためにですね、一つ一つちょっと土台固めていくというところで楽しんでいきたいと思います。
では、引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。