00:11
はい、それ哲ラジオ。今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今回でマルクス第7回ということでやっていきたいと思います。
はい、前回まではですね、最初に哲学的なところでヘーギルとホイールバッハという人を引っ張ってきて、そこから資本論ですね。
商品とか金とか、あとは貨幣みたいな、そこから資本になるよみたいな結構いろんな変遷があって、
マルクスが資本主義っていうものをどう捉えたのかとか、その中にどういう課題があって、人間が追いやられてしまうとか、自然っていうものもどんどん消費物化されるよみたいな、
そういう流れが現状分析でそうなってるよりは、必然的に資本主義っていうのはそういうことが起きるんだよみたいな、そういった話をしてきたかなと思うんですよね。
はいはいはい、そうはね。よくぞ当時、社会の周りを見渡してそれを思ったなっていうね、話だったね。
やっぱりそれがマルクスの分析力の高さだよねとか、今でも資本主義がやっぱり深く切り込んだ人だとかって言われるようなゆえんではあるんだけれども、
今回と次回で、そこをさらに経た上でのマルクスのいわゆる共産主義とか革命的な動き、
やっぱりこのぐらいのイメージだと、そっちのほうがイメージ強いじゃないですか、マルクスって言われたらね。前回もちょっと言ったけれども、
なんかちょっとタブー感っていうのがあれなんだけれども、
前回兄貴も言ったけどさ、大学でマルクス経済学とか共産主義経済学ってあったらちょっと行くのをためらうかもねみたいなさ。
でもそのイメージって何でだろうねとか、そもそも僕ら共産主義が何か知ってるかって言ったら正直知らなかったりするじゃない?
いやーそうだよね。だからタブー感あるよね。そんな知らないくせにあんまくれちゃダメなものみたいな。
なんだろうね、もう失敗した社会システムみたいな、過去のみたいなさ。そんな過去でもないのにみたいなね。
そういうイメージがあると思うので、今回はこれまでの流れを踏まえて、マルクスは何でそういった共産主義っていうものを考えたのか。
言葉そのものっていうよりは、それは別に名付けだからさ。
03:01
資本主義をそれだけ分析したマルクスが、より新しいというかより良い社会を作ろうとするわけだよね。
それに名前がついたものが共産主義なんだけれども、そのマルクスが考えたより良い社会って何とか、
それってその資本主義のいろんな欠点があると言ったけど、それをどういうふうに乗り越えていくのみたいな、そういうところを今回は話していこうと思っていますと。
あと前提として、やっぱりさっき言った多分、うちらが何となく触れちゃいけないと思ってる共産主義のイメージと、
あとこのマルクスが作ったというか考えたこの共産主義はイコールではないよねみたいな話を最初の方で早いとしてたよね、確か。
そうだよね、してたしてた。
うん。そこは今日聞いていただいて皆さんがどう思うか。結構僕は結論言っちゃうと違うっていう前提で今回は結構台本をガリって作ったので。
なるほどなるほど。
そんな共産主義にそんなことが含まれていたなんて、ってなったら嬉しいなとは思っているんだけど。
なんだろうな、タブーだから知識ゼロなんだよね、こっちは。
いやそうだよね、別に変に誘導したわけでもなくて、普通にマルクスが言うってことを、
ちょっとごめん、ここで一回パーゾル下げさせてもらいたいんだけども、やっぱりちょっと難しかったんですよ。
難しかったっていうのは、やっぱり今回共産主義とかマルクスと経済学みたいな話をいろいろ本とか論文でも読んでみたんだけれども、
やっぱり哲学とまたやっぱり違うじゃないですか、経済学と哲学って全然学問的にも違う分野だから、
例えばその読んだものがマルクスの当時の話を触れているものもあれば、
現在から見たマルクスのことを言っていることもあれば、
例えばアダム・スミスの経済学との比較だったりとか、ケインズとはどうだとか、僕も名前ぐらい知らないけれども、
いろんな観点でやっぱり語られたりするのよね。
なるほど。
なので今日その共産主義について話しますと言ったんだけれども、共産主義が何かとかっていうのも、
マルクスはこう言ってるとかってあるんだけれども、それは結局何を意味するのかとか、それって結局何なのとか、
社会主義と共産主義の違いとはとかって、いろんな諸説ありますよみたいな感じなんだよね。
ああ、そうか。社会主義っていう言葉もあるね、そういえば。
そうそうそうね。
意外と社会主義と共産主義何が違うのって言われたらわかんなくない?
全くわかんない。
そうそう。そこだっていうことも含めて、いろんなことがありすぎて、
06:06
マルクスこんなもう第7回も会ってるのに、まだ全然触れてない概念ありすぎんじゃんみたいな感じなんだよね。
なるほど。今回の共産主義で言うと、マルクスは資本論の最後の方で触れてたりとかそういう感じなの?
別の共産主義みたいな本を書いてるとか、あるの?
一応その資本論の最後に触られてますっていうのがあったりとか、
あとは当然共産党宣言、あの有名なマルクスとエンギルスとのやつもあったりとか、
あとは他のドイツイデオロギーみたいなものもあって、いろんなところでちょっとずつ触れてるっていう感じらしいんだよね。
だからまたまた、これが共産主義やとか、されてもわかる共産主義みたいなものを書いてることがなくって。
うわー、そうなんだ。
かつそれの思想の根幹がちょっと前に出したような、ヘーゲルのことについて書いた本にも実はここから一貫してるのだ、みたいな。
そういうことをみなさん研究されて、マルクスは結局どんなことをもって共産主義だと言ったのか、みたいな、そういう論文を書かれてるわけですよ。
そっか、これもしかしてだけど、マルクスが周りに資本論を書いたのは、されてもわかる資本主義的なさ、されてもわかる今の世の中みたいなのを書こうとして、
資本論っていう恐ろしい本ができたみたいな話を確かしてた上に、しかもあれだよね、資本論ってパーツパーツみたいなところはマルクスが全部書いたんだけれども、いわゆる本としてまとめたのはエンゲルス、マルクスが死んじゃったから。
死後にエンゲルスがまとめて出したのは資本論だから、その流れでいうと、共産主義っていう本を書く前にマルクス死んじゃってるじゃん、みたいなとこなのかな、もしかして。
それもいろんな考えがあって、たしかにこの辺大事だから話したいんだけど。
いろんな考えがあるんだ、それ。あるんだ、ちゃんと。
ある人、例えば僕が読んだ論文の人だと、やっぱりマルクスは資本主義に対する分析力とか切り込み方はものすごいのに、なぜか共産主義に関しては、だって共産主義いいじゃん、みたいな。
だって資本主義超えてるし、みたいな。そういうふうに言ってると、要は資本主義の分析をこれだけした上で、それを乗り越えるのが共産主義なのだから、
共産主義のメカニズムとか素晴らしさとか構造っていうものは、語らなくてもいいって思ったんじゃないか、ぐらいな。
09:10
そのぐらい共産主義とはこういうもので、こういうメカニズムで、こういうふうな体制であるみたいなことが、ちゃんと書かれてないんだ、みたいなふうに言ってる人もいるんですよ。
それがそういう人が見つけてないだけなのか、でもおそらくいろんなものを読む限りは、まとまって共産主義の構造、資本論ぐらい共産主義論みたいなものを出したっていうのは見つからなかったんだよね。
時間がなくて書けなかったというよりは、マルクスの中でも当たり前すぎて、だって資本主義こんなに始まった瞬間からはめすことが見えてるんだから、その構造とこの後話すんだけれども、
例えば社会っていうのはこういう構造で動いていて、それこそ資本主義の所属の根源っていうのは私的財産、私的所有家。
要は資本家が生産手段としての工場とか土地とか機械とかっていうものを資本家だけがあるし持っていて、それを労働者が持ってないってことが問題なんだから、
この根っこにある問題を解決しさえすれば、ある種いい社会になるよね。そのいい社会っていうのは共産主義なんだよ、みたいな。
もうそのぐらいにある種、終わっちゃってるよ。マルクスからしたらもうそれで、それ以上何を語ることがあるんだい、みたいな感じだったかもねっていう話もあるんだよね。
なるほどね。それでもわかる共産主義はそれだった、みたいなね。それでもわかるでしょ、みたいな。
マルクスにはわかっていた共産主義かもしれない。それが他の人がわかったかって言われると、それは難しいよねっていう。
ちゃんと残してほしかったね。その中で残ってるものっていうものを今回は見ていこうねって話なんだね。
残ってるものかつ、僕が今回の流れの中である種、共産主義ってみんなが知ってるのとこんなに違うんだよっていうものを伝えるために作った台本が今日のものですと。
次回は、どっちかっていうと、いわゆる共産主義の負の側面というか、いろんな問題を起こしてしまったのが何でだったのかなっていうところを触れるので。
何でタブーになっちゃったのかみたいなね。
そうそうそうそう。今回はその共産主義、マルクスが考えた社会体制の光の面と、次回が影というか闇というか、そういったものをちょっと2回分でお届けして、マルクス編を終わりにしようと思ってるって感じなんですよね。
12:03
はいはい。わーわかりました。はいはいはい。
なので、ちょっと前段階になっちゃったんだけれども、哲学書を読むみたいなのとまた違う難しさがあるなってすごい思いましたね、この辺のテーマは。
そうなんだね。いつもの読書というか、調べる感じと違かったんだね、感覚が。
そう違ったし、前提知識もないからさ、さっきもちょっと名前出した、アダム・スミス?もちろん名前ぐらいとか、そのくらいしか知らないわけよね。神の見えざる手があってとかって多分言ってるんだよね、アダム・スミスが。
言ってないよ。神のは言ってない。
言ってないんだ。
見えざる手しか言ってないみたいな。
じゃあ神じゃなかった。そのくらい知識しかない。要はそういう素人が勉強しようと思うと、やっぱりめちゃめちゃ困難があったよって話だよね。
はーはーはーはー。なるほど。
なのでちょっと今回に関してもですね、あくまでも神の早とが見た中ではという台本ではあるので、ちょっと皆さんの感じることもとはいえ、知らないことがいっぱいあるとは思うので、
前回とか前々回とさせており、いわゆる空っぽのイメージで、要は前回商品とかお金っていうものも一旦ゼロから積み上げてみたみたいな感じで、
共産主義ってやっぱりともするとちょっと抵抗感があるというか、なんか近づけがたいみたいな言葉にもちょっと近づいてみよう、みんなで近づいてみましょうよっていうふうな感覚ですね。
うんうんうん。わかりました。
はい。ではね、ちょっと早速そんな話を踏まえながらも、新しい概念を出して申し訳ないんですけれども、
さっきちょっとだけ触れたんだけど、マルクスの中で、社会をどう変革するかとか、より良くするかっていう中でいくと、
やっぱり今と未来だけじゃなくて、当然過去っていうものにも目を向けるわけですよね。
もっと言うと、世の中っていうのはどういうふうに動いてきたのかとか、その世界っていうのはどういう構造で成り立っているのか。
それがもしわかるとしたら、その構造を使って、だから次はこうなるとか、過去もこういう構造で世界が変わってきたから、今回もこういうふうに変えていくんだっていうのが説得力が出るじゃないですか。
はいはいはい、そうね。
なので、そういうのを実はもともといろいろとやっている中で、これもともにマルクスの中で有名な言葉なんだけれども、
その優異物主観とか、素敵優異物論っていうふうなことを考えるんですよ。
15:02
優異物?
優異物、優異物論、ただものがあるの優異物。
ほうほうほう。
で、主観は歴史観って感じだね。
なるほど、歴史ね。
そうそうそう。
あまり優異物っていうところに一旦捉えすぎずに聞いていただきたいんですけれども、
すごく平たく言うと、マルクスが考えた世界の構造として、大きく、出物の一階と二階、
下部と上部とかっていうんだけど、そういう構造があるんじゃないかっていうことを考えるんですよ。
どういうことかっていうと、その一階部分、土台とか下部のところには、いわゆる、
マルクスで商品とかや物を作るとか、商品を生み出すとかっていうことを考えたと思うんですけど、
まさにそういう物を作っていく働き、もっと言うと、いわゆるテクノロジーではね、
例えば農業をするのも、手でエッチラ落ちるのと、それでプワッとかスキができて鉄器ができたのと、
そこから機械とかができたのとって全然違うじゃないですか。
うーん。
っていうふうに、いわゆる労働とか何かを作り出すときのテクノロジーとか、
あとはそれにかけることの労働力。
例えば人間が10人しかいないときと1000人いるときで、
やっぱり全然作れるものとかって違うよねっていうときに、
そういったものが社会の土台にまずありますよね。
その上に、いわゆる社会の中での、例えば道徳とか法律とか宗教とか、
人間の価値観とかに近いもの。
これが2つの層を成してるんだっていうふうに考えるんですよ。
ほうほうほう。
例えばイメージで言うと、これはマルクスのイメージじゃなくて2階建てのイメージで言うと、
例えば昔の日本とか、農業とか、ほとんどの人が農業従事者で、
もっとお米になってほしいなとか、ヒエとかアワとか育ってくれないかなとかっていうときに、
例えばいろんな神様にお祈りとかをしたりするとしましょうと。
というときに、これはいわゆる土台の方に農業をするとか、
いわゆるどのくらい収穫できるか予測できないっていうテクノロジーの限界があって、
だからこそその2階部分、上部構造として神様にお願いをするとか、
それには水の神様とか火の神様とか、天の神様とかいろんな神様がいるっていう、
そういう宗教ができるよねっていう生産手段と、
例えば宗教とかっていうものが実は密接に結びついてるっていうことをマルクスは考えるんですよね。
18:07
なるほど、なるほど、結びついてるね、ちゃんと。
で、これ面白いのはマルクスは何を考えるかっていうと、
この1階にある方、要は生産手段とかテクノロジーとか、
こっちが実は主体になって、
その上にある宗教とか法律とか道徳とか、
そういうものは決まっていくんだよっていうようなことを考えるんですよ。
ちょっとフォイエル・バッハ的な感覚かな。
そう感じる、そうそうそうそう。
神様とかそっちの世界が先にあるんじゃなくて、
まさに人間の生活とか現実があるっていう、これがまさに有意物っていうイメージなんだけど。
なるほど、はいはいはい。
さっきの例で言うと、さっきの日本の例で言うと、
農業やってるところから、2000年経って、
例えばめっちゃ機械できましたとかさ、
めっちゃ生産力発展して、半年後とか1年後の収穫予想できるようになりましたとかってなったら、
みんな神様にお願いするよりも先に収穫予想の精度を上げると思うんだよね。
なると、そういった神様にお願いをするとかっていう宗教行為とか、
そもそも神様が頼るっていう宗教観とかって絶対薄れていくじゃないですか。
確かに確かに。
これってさっき言った、要はテクノロジーとか生産手段とかが先で、
その上にその時々に合うような価値観とか宗教観とか、
こういったものが出てくるっていう話なんですよ。
うんうん、なるほどなるほど。
昔の話だけじゃなくて今もそうで、
例えば今資本主義っていう話じゃないですか。
それでいくと、例えば僕とかがさ、
世の中は資本主義かもしれないけど、俺はお金なんて大事じゃないぜとか、
そういう価値観で生きていくんだぜとかって言ったとしても、
結局はやっぱりどうしても生産手段としては資本主義で行って稼ぐみたいなこととかなんだろうな。
もちろんそれを超えて自分でやっていくとかってこともできるんだけれども、
ある程度組織に所属しようかとか、
何らかの手段でやっぱり収益を出さなきゃいけないとかってことを考えた瞬間に、
意識的にとはいえお金って大事だよねとか、
とはいえこの資本主義が中でどういけるかってことを考えなきゃいけないよねとか、
もっと言うと、日本国っていう国の法律を守んないと悪いことはしていけないよねとか、
そういうふうな価値観を必然的に持っていくとしましょうと。
21:01
なると、その時に生きている僕は日本の法律を守りたくて守ってるんじゃなくて、
社会で生きていく経済的な主体として生きていくために、
そういうことを守るのが良いと思わされているとか、
そういう社会の中で生きているっていうふうな、
そういうふうな構造で世の中でできてるというふうにマルクスは言うんですよね。
そうか。というよりあれだね。
今思わされてる、そっちが良いと思わされてるみたいなあったけれども、
法律を守ったほうが良いとかっていうよりもあれだね。
守ったほうが自分にとってメリットが大きいみたいな感覚なのかなと思った。
そうそうそう。自分にとってだし、もっと言うと資本主義っていう世界において、
長期的な利益とか合理的な利益を考えたときに、
そのほうが良いっていうふうな話かな。
はいはいはい。
そう。だからやっぱりその、何だろう、
価値観としてそういった法律を守るのは素晴らしいから守るんだじゃなくて、
その資本主義という社会の中で経済的に成功するためには、
法律を守ったほうがリターンが大きいとか。
ああ、あれ、それってあれじゃない?
資本主義外で生きようとしたときにもっていうのは入んない?
例えばさ、資本主義と完全に切断して、
自分でご飯も取って、水も汲んで、
もう完全に学校にも行かず、電気も使わず生きていくんだっていうふうな選択が可能だとして、
超きついじゃん。
超きついと思う。
だから、例えば資本主義的な、貨幣、経済的な、そういうのを憎んでたとしても、
言ってそっと接続しないと生きていけないとか、
接続したほうがやっぱ楽だわ、みたいな。
っていう意味で、先の言うと法律を守るだとか、
資本主義の中で働いて貨幣を使うとか、
っていう選択を渋々やる、みたいな。
そういうイメージっていうのは入ってる?
入ってるけど、それは資本主義っていう社会の枠を出てないよね。
枠を出てない?
要はそれは資本主義に対して自分はアウトローになるよっていう話だから、
あくまでも資本主義っていう枠の中でそれを否定しているだけじゃないですか。
24:05
今の兄貴の例だと。
あー、なるほど。
結局、考える基準が資本主義になっているとか、
そこを比較して自分の人生を考えるってこと自体が資本主義っていう構造の中に含まれたってんだよね。
なるほど、なるほど。そっかそっか。
俺ここから出てってやるっていうのはただのカウンターだから、
資本主義挙げ木のムーヴなんだ。
文明社会から隔絶して昔ながらっぽい自然生活を送るのだっていうのは、
実はそれ自分の本当に考えたことじゃない可能性がとても高いって話だね。
資本主義ありきの選択させられている可能性が高いってことか。
そうですそうです。
その結果、渋々社会、さっき言ったさ、資本主義の方に接続しますっていうのは、
とてもおかしな挙動なんだね。
そうだね。
だいぶこじれてるというか。
お前のことなんて嫌いって言いながら、でも嫌われたら、
おなじじむざるをから好きでいてやるよ、みたいな。
一人で何やっちゃってんの?みたいな感じになるよね、それは。
なるほど、面白いね。
なので、実はこっからは面白い話なんだけれども、
兄貴が今言ってくれた通りで、
じゃあ資本主義を否定しようとか、資本主義の価値観を俺は受け入れないぞっていうこと自体も、
資本主義っていうメカニズムの中で行われるやり取りなんですよ。
じゃあ、その資本主義というメカニズムをやっぱり変えていくとか、
それを乗り越えるってどうやるのって話なわけなんだよね。
いや、むずい。それに言うと、
自分たち、法権制度で生き回すってのもおかしな話だし、
本当に法権制度の方がいいの?っていう話もなるしね。
そうなんだよね。
あんた王様で、私は戸作農家で、みたいな。
いいんですか?みたいなね。
一応土地に縛り付けられて、3分の税収持って帰れますけど、いいんですか?みたいな。
人権も所有権もありませんけど、いいんですか?みたいなね。
なるほどね。
実際、マルクスも言ってるんだけど、
別に資本主義が悪いとは言うんだけれども、
資本主義よりも戻ろうとか、
資本主義で得た果実を全部捨てろとは言ってないんだよね。
むしろ、資本主義という生産手段がめちゃめちゃ増えて、
物がちゃんと作れるようになって、
27:01
かつ、みんなが働く中で、
お互いの需要を満たせるようになってきた社会というものが、
ちゃんと活かそうよというふうに考えるんですよ。
逆に言うと、さっき言った通り、
第一回、
サブ構造としてあるのは経済的なものじゃないですか。
経済的な発展とか変化がないと、
常務構造としての宗教とか法律とか、
社会的な価値観みたいなものも変化しないんだって、
マルクスは考えるんですよね。
面白いね。そうだね。
ここからが面白くてすごい不思議なんだけど、
逆に言うと、
サブ構造を変えれば、
常務構造も後から変わるよねって、
マルクスは考えるんですよ。
確かに話の流れとしてはそうなるよね。
そう、メカニズムはそうだから。
じゃあ、サブ構造ってどの時に変わるのって言うと、
ここに実は矛盾というものがついてきて、
要は、さっきの日本の昔の話に近いんだけれども、
要は農業がずっと続いている間はそれで良かったんだけれども、
めちゃめちゃすごい機械を発明しちゃいましたとか、
弥生時代にトラクター開発しちゃいましたとかって人がいたらさ、
多分その人、もう世界を変えちゃうじゃない。
そうだね。
むしろその人は神になるぐらいのことになったと仮にした時に、
要は、生産手段とかテクノロジーみたいなものが発展すると、
要は社会の常識と合わなくなってくるんですよ。
その時に社会っていうものが変革されて、
次の時代になるっていうふうにマルクスは考えるんですよね。
なるほど。
つまり資本主義っていうものは、
前回やったような商品っていうものがあって、
それを貨幣で交換するっていうふうなものじゃないですか。
そこに対して機械とか工場っていうものがあるんだけど、
そうすると資本化が独占していると。
っていうふうな株構造、第一回の構造があって、
ってことはその構造を変えることによって、
世の中っていうものは資本主義じゃないメカニズムの社会になっていくんだって考えるんですよね。
ここまではOK?
OKだね。
ただその1階、2階みたいなところの区別に関しては、
その資本主義っていうシステムは1階にあるっていうふうに定義したんだね、マルクスは。
これもうちょっと資本主義という建物がありますと。
ああ、はっはっは。
例えばね、家があって、その1階には、
その資本主義っていうものの経済的な側面としての資本家がいて、
30:03
労働者がいてとか、
経営があって、商品があってっていうものが1階にはありますと。
なるほどなるほど。
その土台の上に、2階の中にはこういう法律が、
例えば、財産を保証しましょうとか、訴訟が起きたときはこういうふうに解決しましょうとか、
そういうものが作られていくっていうふうなイメージかな。
なるほどなるほど。
その1階部分の人たちが、
その1階の状況で作っている2階部分のイメージみたいなものが含めて資本主義だから、
だからその1階部分っていうものを何らかの形に変えていれば、
その2階部分もそれに従って変わるから、
その資本主義じゃないものができそうだよねっていう話ね。
そうそうそう、そういうこと。
つまり、新しい家を建てましょうと。
さっきの兄貴が言ってくれた、俺は資本主義なんてっていう人は、
家出してまた戻ってきたぐらいのイメージだね。
っていうふうなイメージをちょっと想像しやすいかと思うんですけど、
なのでマルクスは新しい家を建てたかったんですよ。
なぜなら資本主義っていうのは前回言った通り、始まった瞬間から終わるというかね、
その原画が見えていて、
人間もある種でみじめな姿にさせるし、
自然とかっていうのも良くない状況になっちゃうから、
そうじゃない家をちゃんと作りましょうねっていうことを考えるんですよね。
ここまでは別に何も変なこと言ってないじゃん。
そうね、流れとしては全然納得できるというか。
ここからも今日変なことも何も言わないんですけど、
なので資本主義っていう家を、
ちゃんと基礎のところから整えていきましょうというときに、
なんでこの資本主義っていう家はうまくいかないんだっけとか、
変になってるんだっけっていうのを考えるときに、
これもいろんな話はあるんですけれども、
パルクスが一個大きな課題だよねって言ったのが、
これさっきもお伝えしたいわゆる生産手段、
工場とか土地とか、
何かを生み出すときの手段を資本家が独占している、
保守的に所有しているっていう、
これが大きな問題なんですよっていうふうに考えたんだよね。
つまり、何かを生み出す、
商品っていうのは交換するためのものだから、
もうちょっと言うと、
生産物、塩とかキノコでもいいんだけれども、
そういうものを作るっていうときに、
本来なら海に行って塩を作ったりとか、
33:03
山に行ってキノコを採ったりって自由にできたのに、
なんか漁業圏とかできちゃったんだけどとか、
なんかこの山、この人の持ち物って言われて、
勝手に生えなくなっちゃったんだけど、みたいなさ。
マラクスの最初のときにも、
枯れ木を拾うのがダメになりましたみたいな、
法律の話したじゃないですか。
そうね、落ちてる木拾ったら犯罪者っていうね。
そうそうそうそう。
なんで?っていう。
これがまさに私的所有。
要はその土地の所有者だけが、
その土地にある木とかを使えるって言われたときに、
やっぱこれってどう考えてもおかしくないってことがあるわけなんだよね、マラクスにとって。
なのでこの生産手段を私的所有している、
そういう人たちが資本家になっているっていう、
この構造がやっぱり良くないなって考えるんですよ。
じゃあどうするかっていうと、
この私的所有ってものをなくせばいいよねっていう話で考えていくんだよね。
ただじゃあさっき言ったように昔みたいに、
全ては誰でも好き勝手に使っていいですとかってなると、
結局それって好き放題やっぱり自然を搾取することになるし、
結局誰でも拾っていいということは誰のものでもあるっていうことは、
要は闘争状態に戻っちゃうじゃないですか。
そうよね、そうそうそう。
ただ戻るだけじゃんってなるよね。
そうそうそうそう。
っていうのはもちろん良くないので、
それを一歩進めましょうっていうことを考えるんだよね。
つまり少数の限られた資本家だけが生産手段を持っていてもダメですと。
でも誰のものでもいいです、ルールはありませんもダメですと、過去に戻っちゃうから。
そうね、せっかくの文業が台無しというかね。
メリット全部なくなっちゃうよね。
そうなんだよね。なのでマルキさんどう考えたかっていうと、
社会、それは色んな社会って聞くにはちょっと難しいんだけれども、
誰がしかその生産手段、富を生み出すものっていうものを、
みんなで共有して共有財産にしましょうっていうことを考えるんだよね。
共有財産か、はあはあはあ。
これは国が何を作るとか、工場とかっていうものを保有して、
それを人民に分け与えていくというか、割り振っていくみたいな、
そういうイメージが結構強いんじゃないかと思うんですよ。
はいはいはい、なるほど。
でも実はマルクスはそういうことは言ってなくて、最初というか今の段階ではね。
あくまでも自由な個人、個人個人がそれぞれの、
36:05
それこそ良心とか老徳、それは後から使えるものではあるんだけれども、
要はその社会全体とか、同じ生産手段を共有している人たちというものと自然につながって、
そこで同じ生産手段っていうものをちゃんと共有化していくっていう風な、
そういうある種の理想的な共同体というものを考えるんですよ。
ふーふーふー。
これ何が違うかっていうと、要は、さっきとおり資本家が一部の人じゃないですか。
その資本家、持ってるものがどんどんお金を増やしていて、
どんどん持つものになり、持たざるものはどんどん持たざるものになるっていう風なことが、
当時マルクスが見抜いた資本主義の良くないところなので。
そうじゃなくて、今ありふれている工場とか機械とか、
そういったものをみんなで共同管理しましょうよと。
みんなっていうのも、別にやりたくない人はやんなくていいというか、
例えば自分はこの工場でこれを作りたいんだとか、
この仕事に関わることがこの社会にとっていいことだと思っているんだとか、
そういう風なことを考えられる個人が集まって、
共同でその工場だったりとか、そういったものを運営していくのがいいんじゃないかと。
そういったことを考えるんだよね。
これっていうのは、今の資本主義だと、
よく所有と労働の分離というか、
株式を持ってる人と働いてる人は別じゃないですか。
そうだね、株式会社の場合そうだよね。
そう、株式会社は。
マルクスが言うのは、その所有と労働っていうものを一つにしましょう。
もっと言うと、もともと分かれてなかったんですってことを考えるんですよね。
はいはいはい。
だって、そうじゃない、
塩を作ってるとかキノコ取ってるっていうところで言った人たちからすると、
普通に塩を作ってる人は、
塩を作るという能力も、
塩を売るということも、
自分たちで使うということも、
全部自分たちの自由になっていたわけだから。
これが本来、人と生産物のあるべき姿だよねっていうところが、
マルクスはやっぱり思ってるんですよね。
なるほど、はいはいはい。
それを、要は、当時でもいろんなテクノロジーの発展があって、
どんどん豊かになっていく生産手段っていうものを、
ちゃんと共同で管理して、所有して、
ここから作ったものをみんなで分ける。
100人いたら100人で100個作った机っていうものをちゃんと分けて、
39:02
仮に机工場としたときに。
それをどう扱うかっていうことは、
100人でちゃんとお互いに合意形成というか、
そういったものを下埋めて、
消費するなり販売するなり、
そういうことをしていくような社会。
こういうものを作ろうって言ったのが、
ある種、共に生み出すっていう共産主義なんだよね。
あー、共に生み出す。
おー、そういう意味なんだ。
そう。
あー、はいはいはい。
共通の財産と共通の所有物の中で生産していくっていうものが、
共産って話なんだよね、本来。
なるほど、なるほど。
なので、いいとこどりなんですよ。
要は、敵所有を否定して昔に戻るでもなく、
特定の人に富が集中するのを防ぐために、
みんなで作ってみんなで大事にするっていう、
そういう人間的な繋がりとか、自然との繋がりとか、
そういうものを取り戻そうぜっていうぐらいの発想なんだよな、ここまででいくと。
はいはいはい。
なんか変なこと言ってなくない?
変なことは言ってないけど、ちょっとピンとこないかな。
あー、なるほどね。どの辺が気になる?
イメージができない。
もうちょっと具体的な例が欲しいって感じかな。
なんかね、これマルクスも結構晩年にしたらしいんですけれども、
いわゆる生活共同組合、生協ってあるじゃないですか。
あれって実はそういった発想ができてるものなんですよね。
それ日本の生協の話?
日本の生協の話。
はいはいはい。
生協って株式じゃなくて、いわゆる出資者というか、
ユーザーがお金を出し合って運営をして、
運営主体がやってくれるものを、
例えば野菜を仕入れるとか商品仕入れる、それを届けてくれるっていう、
そういうものを受け取っているっていうふうな仕組みなんですよ、実は。
銀行で言うと、信用金庫とかもそうなのかな?
そうだね、信金そうだね。
ただお金預けるだけじゃなくて、
その信用金庫に出資金とかを預ける人が入れて、
そこに対して銀行の運営で配当があるみたいな、
そういうふうな仕組みがあったりするじゃないですか。
はいはいはい。
あれって、まさにみんなで所有するとか、
42:00
同じ共有財産を持つっていう発想にかなり近いんですよね。
そうなんだ。
結構ね、面白い。
聖教とかも誰が作ったのかって実は日本でもあるんだけど、
その歴史とか見ていくとね、すごい面白い。
これ余談なんだけど。
そういうふうに、要はさっき言った、
所有と労働、サブ主はサブだけを持っていて、
働く人は別ですっていうことじゃなくて、
サブはないんだけど、
会社を持っている人と実際に運営している人と、
そこから利益を得る人っていうものが、
かなり密接つながっている。
そういう組織みたいなことをイメージすると、
ちょっと入りやすいんじゃないかなと思うんだよね。
はいはいはい。
もっと言うと、
地域の、今でもあるところ、どこまであるかわからないですけど、
子ども会とか町内会とかあるじゃないですか。
それが近いかも。
要は町内住んでいる人が、
人間的なつながりの中で町内会費とか回収されるけど、
その分ゴミの収集とかやりますよとかさ、
共同で、
備品購入しておきましたよとかやるじゃん。
あれって、同じ利益とか同じ目標に向かって、
それぞれが町内会というものを所有して、
集めたお金とか物品を使うイメージだから、
それがそのまま、悪く言うと社会変革にはつながらないんだけれども、
悪く言うところの同じ生産手段を共有していくとか、
同じ利害関係を共有しておくとか、
そういう意味では結構近いかも。
なるほど。だから今の町内会みたいなものが、
例えば自動車工場とかでも起きるってことね。
そうそうそう、そういうこと。
人によっては自動車工場に所属している人もいれば、
パン工場みたいなところにいる人もいるみたいな。
さっきの町内会みたいな概念で、
お金とか労働力とかをみんなで出し合いながら、
できたパンはもらってもいいし、
もちろん合意の上でもらってもいいし、もちろん配るし、
絶対もちろん余るから、
それについてこういう風に言っていこうねみたいなのを、
みんなでワイワイワイしながら詰めて、
45:01
もちろん働いている分の費用だったらパンなんていうんじゃなくて、
給料ももちろんお支払いするしねみたいなものを、
その中でワチャワチャやっていくみたいなイメージ。
そうです、そのイメージ。
ああ、だとするとちょっとイメージは湧いてきたね。
そうそうそう。
だから資本主義的な言葉で言うと、
全員財布主とかさ、
本当の意味で全員がその会社を所有して、
その会社のために尽くしているような状態。
それが社会って大きな規模で行われてるっていうようなイメージになるのかな。
なるほど、今の仕組みは合同会社にちょっと近いかな。
そうだね、そう。
これちょっと面白いのは資本主義の言葉で言っちゃうと、
どうしても誤解が生じちゃうんだけれども、
資本主義ってやっぱり前回とかも言った通り、
どうしても目的っていうのは富を増やすこと。
お金を使って商品を作ってお金を増やすっていう、
そういうサイクルを回すことだっていうふうにマルクスは見ています。
マルクスが今言ってる共産主義は、
そんなことは全然実は目的としてないんだよね。
何が目的なのかっていうと、
言葉としてはちょっと抽象的で、
真実の富を実は求めるんだって話をするんだけど、
これ何かっていうと、
結局これもよく言われるけど、
人間が生きていく上で必要な物品、物とかって、
正直そんな多くないですね。
要は今の地球においても、
本来なら生きてる人が食べれるだけの食料っていうのは生産されてるはずなのに、
またや飽食の国があり、またや飢餓の国があるみたいなさ。
そういうことが起きてるわけじゃないですか。
そういうことを考えると、
本来ならばそういう資源っていうのはみんなでちゃんと分け合って、
全員が食べる、
社会とか地球でも作れるとしたときに、
もっともっと増やそうとか生み出そうっていうことって、
本来必要ないですねとかっていうことが言えますねと。
それならば、
仕事を再現なくやるっていうことじゃなくて、
むしろほどほどで辞めて、
余った時間で別にスポーツするでもいいし、
人と語り合うでもいいし、
想像的というか、
ちょっとそういう時間を楽しむと。
そういうことをむしろ自由にできる社会っていうほうがいいんじゃない。
そのほうが豊かじゃないですかっていうことをマルクスは考えるんだよね。
はいはいはいはい。
さっき言った資本主義の建物では、
48:03
テクノロジーが発展すればするほど、
ガンガン投資して稼いで生産してあげて、
お金を稼ぎますっていう活動が行われているんだけれども、
マルクスが新しく作ろうとしている共産主義の家では、
テクノロジーが増えれば増えるほど、
もっと一日を働く時間短くしましょうとか、
その分みんな本読んだり、
音楽聴いたり作ったり好きなことやりましょうとか、
そういうことができる家ですよっていうふうなことを考えるんですよ。
あー、ちょっとうつ見えてきた。はいはい、イメージが。
そうすると、そのマルクスの家では、
資本家とか労働者っていうふうな対立とか闘争もないし、
なぜなら全員が所有者だからね。
ないし、別に何かその、
例えば法律的にも、だからその何だろうな、
経率を整えましょうとか、こういうときは、
基本的には資本家の方が権利守られてるとか、
っていうふうにマルクスは見てるんだけど、
社会に誰かが優遇されて、誰かが不遇だっていうことも起きないしっていう、
ある種の、それだけ言ってしまうとちょっとユートピアっぽいんだけれども、
少なくとも資本主義で起きている、
そういった人間の対立とか、
追いやられてる感覚ってものがない世界っていうのがあるんだよ、
ということはマルクスが考えるんですよね。
わー、はいはいはいはい。
で、これ面白いのがね、さっき1回2回って話をしたじゃないですか。
資本主義はそういう生産手段があって、
法律とか国とかがあるよっていうふうなことを言ったんだけれども、
マルクスが考える共産主義の家では、
1回のそういう階級闘争、資本家と労働者の闘争とかがなくなることによって、
もう平和が実現されるんですよね。
そうすると2階にあった国とか、もしかしたら法律とか、
そういう概念もなくなっていいんじゃない、みたいな、
そういうことを言い出しますと。
そう繋がるんだ、あのなんだっけ、
クスモポリタンだっけか。
そうそうそうそう、まさに地球共同体的な感覚があるよね。
国境ないよね、みたいな感覚がそこからできるんだ。
その1階部分が今言った話になるから、
自然と2階部分を、その1階部分の人たちがそういうふうに考え始めるよね、
そういう価値観持ち始めるよねっていう順番なんだ。
そうです。ただ単純に国境っていうものをなくそうとかじゃなくて、
純粋に経済活動がそういうふうに広がっていって、
より豊かな財布方とか税金が所有するっていう経済になったら、
当然、国の在り方とか世の中の在り方も変わるよねっていうふうな話なんだよね。
51:04
はいはいはいはい。
どう、この流れ。なんかさ、そう言われると、
確かにそれって不自然ではないかもって思わない?
まあまあまあそうだね、話としてはね、
ただ、たぶん若干その、何だろうな、
共産主義の国が落ちた、いわゆる失敗的なものを、
たぶん歴史とかでちょっと学んでるから、
そこに潜む、好きというか、足りない部分みたいなものというか、
みたいなものがちょっとチラッチラついちゃうかな、例えば。
例えば、そういうふうな1階部分ができたとして、
じゃあその自動車工場だったりとか、パン工場みたいなものが、
さっきハヤトが、テクノロジーがちゃんと革新して、
生産能力とか効率が上がっていくと、どんどん例えば、
自分たちの時間も増えていく、
っていうようなインセンティブみたいなものを話したんですけれども、
実社会というか、それを実装したとして、
そういうふうな形態の、みんなで頑張ろうみたいな形態の、
その組織というか、集まりが、
そういったイノベーションみたいなものを起こし続けることができるのか、
っていう問題だったりとか、いろいろだよね。
そういう配る、誰がそれを調整するの?みたいなね。
例えば、超パン屋さんが人気でさ、
全国民の8割がパン屋さんに行ったらどうなる?みたいなさ、
さすがにそれ誰か調整しないとダメでしょ?みたいな、
そういうのとかが、一般的な歴史観から散らつくよねって思った。
非常にいいですね。
その話は次回にめちゃめちゃつながってくるというか、
次回の革新に実は触れてるんだけど、
でもね、ここで考えてみてほしいのが、
僕らが歴史をなんとなく知っている、なんとなくね。
けど、もしそれを知らずにさ、やや違うと。
だって今、資本家が富を蓄えていて、
労働者がこんな苦しんでいて、貧困の人もいて、
世の中おかしいじゃないかと。
そういうときに、でも私利・私欲を満たすために、
奴らは投資をして、イノベーションを起こして、
技術が発信しているのだから、
全員で所有権を持ってみんなで豊かになろう、
みんなでいい世界を作ろうって言ったときに、
なんで技術が発展しないことがあろうかって言われたらさ、どう思う?
全く思わずに、生産手段を開放せよって言うと思う。
54:05
たぶん工場に討ち入ると思う。
あなたも革命いっぱいになります、それで。
一瞬で。
一瞬でね。
そうなのよ。だから、僕もいろいろ読んでて思ったんだけど、
もし本当に当時そういうこと言われたら、
確かにそうだよね。みんなでより良い社会を作るために、
今こんだけ技術とかがどんどん右肩上がりで伸びてるんだから、
この速度ってむしろ加速して、みんなでいい社会作っていくっていう社会になるよねって思っちゃうじゃん。
俺も作ってやるって。だってさ、
毎日12時間労働とかもっと長い労働をしてるのに、
2人の給料しかもらえず、めっちゃ腹減ってんだけど、
子供も6人教育も受けさせてあげられないよみたいなさ、
毎日送って、なんだこれみたいなときに、
今の話しされたら、うちいっちゃうよね。
うちいっちゃう。
そうだよね。
開放せよって。
もっといいパン作ってやるからってさ。
そうそう、それ分けようよって。
なりかねない。
なりかねない、そう。
っていうのが、聞いてる方かどうかって分かるんですけど、
それとも、今回のマルクスの話でいくと、
たぶん何か変なこと言ってないはずなんだよね。
そうだよね。特に当時、リアルタイムではね、特に。
そう、特に。
ちょっと今日どういうことを感じてほしいかっていうと、
資本主義の分析をした結果、さっき言った、
これも一面的ではあるんだけれども、
生産手段の私的所有っていうものが、よくないんだと。
それを乗り越える共同体とか、自由な個人の集まりっていうものがあって、
それが適切に生産手段を持って経済っていうものを作っていけば、
世の中はもっと良くなるはずだっていうロジック自体は、
たぶん間違ってないというか、なんだろうな。
マルクスの中では絶対筋が通ってるんだよね。
はいはい。私、今日言ってたけど、
たぶん過去を見ても、歴史的に見てもみたいなさ、
そういう考え方をしたってあったけれども、
分かんないけれども、例えば法権制度みたいなのがあったときに、
それはそれであれだもんね。例えば土地だったりとかさ、
そういう身分みたいなものが固定化されまくってる。
それも開放されてないからの仕組みではあるだろうし、
あと例えば宗教改革のときは、
57:00
聖書だったりとか天国への扉みたいなものが開放されてないみたいなものが問題になってたから、
そうやっていろいろ開放されてはきたんだけれども、
今度はこの資本主義に至って、
貨幣、お金っていうものを資本家が独占し始めたね、
それ開放しない?みたいな、そういう意味では通ずるというかさ、
納得させられたいそうな感じがするよね、すごく。
それが納得できれば嬉しいし、やっぱりマルクスが指摘物論とかって言ったように、
過去も繰り返されてきたことが、今また繰り返されようとしているのだ。
それは資本主義っていう経済とか社会の在り方から、
次の社会の在り方への移行なのだっていう話。
っていうのが、やっぱり説得力があるんだよね。
ただですよと。
次回ここで、今日は終わりなんだけれども、
このマルクスを作ろうとした家っていうのは、
なんだろうね、地盤が緩かったというのか、
ちょっとイメージ難しいんだけれども、
やっぱりいろんな試みが、そもそもこれはこれであるわけなんですよね。
だからこそ僕らが今イメージしてしまうような、
なんかちょっとうまくいかないんじゃないとか、
それでも本当に、ある種うまくいかなかったって聞いたけどっていうことで繋がっていくので、
次回はですね、このマルクスが考えたことっていうのが、
やっぱり何が良くなかったのかというよりは、どんな問題点が潜んでいたのかっていうことを伝えることで、
一旦マルクスっていうね、第一回から伝えてる通り、ものすごいやっぱり、
哲学者であり経済学者であり、革命家というか行動家でありっていう人が、
考えたこととかやってきたことが、結局今だったらどういうふうに受け止められるのか。
その一つのお話っていうものを、あくまでも僕がいろいろ調べたりとか見たっていう考え方の中でお伝えしますというふうな回にしたいと思ってます。
次回ですね、マルクスが考えた共産主義の別の面ですね。
その辺りを見ていくというところで楽しんでいきたいと思います。
では引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。