割と作品全体から想像してみてほしいっていうテーマ性を強く感じるなって思うんですよね。
登場人物とかも全体的に普通の人よりじゃないですか。
だからこそ身近な人がいなくなるかもしれないってことをよく考えてみてっていうことが言いたい。
戦争の怖さっていうものを、特に今だからこそなおさら今感じれるものとして。
戦争の怖さは理不尽に奪われる命みたいなことですよね。
関係なく生みにじられることっていうのはひでえことなんだぞっていう。
そうなんですよね。
だってほら、連邦はもともとクソでしたけれども、一般人を置いて先に逃げる連邦軍の好感とか、
もうほんと連邦軍の腐敗は相変わらず深刻だなっていうのを改めて我々は感じるわけじゃないですか。
守ってくれるはずの連邦の人に子供を盾にするみたいなことも言われたりして。
冗談じゃないって感じだよね。
冗談じゃないし。
一方で空飛んでるダギールスからは、市民に被害を加える気はありませんみたいな声がずっと流れてるけど、
いやこの状況見てよって。
言ってることはいいこと言ってるんだけど、やってることはおかしいよねっていうのが、
この作品すごく多い作品だと思う。
そうですね。だからコスモ・バビロニア構想とかいうこと自体、連邦の腐敗から考えれば、
言ってることは決して間違っていないわけではない。
完全に正しいわけでもないけど、完全に間違いとも言えない。
ああいうものを生み出す。
誰かが頑張らないといけないんだよっていうのは確かにそうなんだよ。
そうなんですよね。
貴族主義が正しいかどうかは別として、
結局またシャアというかジオンがやろうとしたことの繰り返しをやろうとしているわけじゃないですか。
まあ、シャアと一緒ですよ。人類を強制的に地球から育たせるというのは。
だからまた…
住めなくするか、もういっそ殺してしまうかっていう違いがね。
でもそれはお父さんが考えただけであって、おじいさんはそんなことなんか考えてなかったわけでしょ?
いや、粛清はしなきゃいけないと言ってたんです。
バグによる、機械による無作為の粛清は多分おじいちゃんの考えではない。
なぜなら、おじいちゃんはそういう多等規模の貴族は血を流すことを恐れてはならないというのは、
自分の血も相手の血も、そういうのは責任がある、志がある人間がやらなきゃいけないんだっていうのがおじいちゃんの考えなんですけど、
そこでお父さんの方は、じゃあそれはバグにやらせよう、誰の良心も痛まない、いい作戦だって言って、
お前何言ってんだっていう。
誰も止める人がいないからね。
そこでその非難を素顔で受ける度胸もないし、自分で自ら手を下すようなこともしないっていうのが鉄仮面の器の狭さなわけですよ。
私はもうこのまま旗になりましょうぐらいな雰囲気にどんどんなっていったのに、
そこでお前裏切るのかっていうのが。
やってることとしては塩に銃を撃たれてまでシーブックたちの方に戻ろうとしたのに、
ドレルが来たらそのままドレルの中とか行って里帰りしちゃって、
紙切って、でシーブックいたらやっぱりそっち行くわっていう。
やってることとしてはそうなんですけど、
結構な時間が流れてるはずなんですよ、あそこまでの間に。
本来だったらでしょ、本来だったら。
しかもほら、大量の血が流れてるとこ見ちゃったからこれは助からんなっていうのを思ってたっていうのもあるので、
私は全然セシリーの心理って理解できるっていうか、理解できるキャラクターの一人なので。
でもセシリーとシーブックの関係も昔からの友人とかなわけじゃないわけですよね。
どっかに幼馴染って書いてあるらしいけど幼馴染じゃないはずですからね。
それ公式サイトに書いてあるんですよ。
違うと思うんだよな。確か違ったはずだし、
昔はそうだったんだよとかいうのがあるかもしれないですけど、
いや俺の記憶に全くそんなんねえぞっていう。
なんか昔違ったことあるぐらいの距離感だったような気がするんだけどな。
楽園で見かけたぐらいじゃなかったかみたいなところはありましたけど。
決してすごくシーブックに対してセシリーが好感度を持っているという雰囲気はなかった。
ちょっと気になるぐらいはあるかもしれないけど、もう付き合ってますみたいな状態ではない。
全然ね。お友達というほど普段から関係を持っているわけでもなさそうな感じだったし。
僕の想像、このF91の映画を見る上でのシーブックとセシリーの関係って、
友達だった序盤とガンタンクR44で移動している間に信頼関係が結ばれていって、
結ばれていった信頼関係がそこから進展しそうかなぐらいのタイミングで、
ドレルが迎えに来ていなくなってザビーネと一緒に現場見に帰ったら、
血が大量にある。死んどる。いやでも死んでないかもしれないやんみたいな。
いやでもここは結構戦闘してましたし、みたいなこと言われて。
ああ、絶望みたいな。そこからシーブックいないんだったら、
もう私はでもこんな年で一人で生きることもできないから、
じゃあ、じゃあ、必要とされてるならじゃあ、みたいな。
そういう心の流れがあったんだろうなと想像してみてるから。
偉いね。
そんな感じかな。
だってそれこそ本当に自分が絶対帰りたくなくて嫌なところに連れ去られようとしてる時に、
こっちにいないよって言ってくれた唯一の人とかは一生大事にすると思うので。
なんでそうなるねんっていう説明を一切無視して、
いやとにかくアクシスさん戻ってったんですよって。
じゃあここでTMさんどうぞじゃららんって始まるから。
みんなが力を合わせたら奇跡も起きるっていうことですから。
そういう意味ではすごいでかい話だったのに対して、
こっちってすごい小さな話で終わってるからそこがね、
綺麗にまとまったといえばまとまった部分だとは思いますよ。
だからその辺を結局ユニコーンとかで一生懸命取り繕おうというか、
説明をしまっている感じがね、好きなんだけどね。
ユニコーン大好きなんで私はいいんだけど。
俺も好きですよ。
なるほど、後の人はそこをトミノさんがぶん投げた部分をフォローしようとしてるんだなって思っちゃうわけじゃないですか。
言ってしまえば野望なんだけど、野望なのはわかってるけど、
その後の話作るからにはやっとかんとなっていう。
繋げないかんのやろ、こっから先にっていうことですよね。
商売って言葉あるんやと思って。
正しいなあ。
それがガンダムというものに関わる怨念みたいなものですから、呪いですからね。
その呪いを背負いながらみんな頑張ってガンダムを作るわけなので。
これだけ面白いのがいっぱい出てるからすごいことですよ。
そうですね、確かにね。
つねしんさんからの投稿です。
もう30年経つのですね。
主人公らしいシーブックと典型的なヒロインのセシリ。
冒頭のテレビ初期ガンダムをなぞる演出、ぐっと引き込まれます。
はじめの仲間と挑む無謀な戦いから、
友が死に戦いに疑問を感じつつ戦う様はまさに王道の主人公です。
連邦軍ははぐれ者ほど人間味があるし、
その対比としてのレジスタンスは無謀の代表として狂言回し、
鉄仮面の残虐さを引き出す演出としていい位置に配置され、物語にテンポをつけていたと思います。
よくできた妹、割としっかりした両親の配置も良かったし、
綾鳥の不調で母親との関係を表すところも印象深いです。
そしてラストのセシリを探すシーブックの叫びは、辻本さんの声が絵と重なって最高でした。
森口さんのエンディングも最高です。
当時はきっと続きがあると思っていたのですが残念です。
あとはスピンオフの漫画クロスボーンがアニメ化しないか楽しみです。
ありがとうございました。
僕はシーブックの叫びと同じぐらい息が好きですね。
シーブックの息遣い。
吸い込む時の音がすごくいい。
あれシーブックだなって感じする。
呼吸でわかるようなシーブックっていう感じを出そうとしてくれているのがいいなって思います。
あの年代のアニメらしさっていう感じの演技もちょっと良かったかなと思っているんですけどね、全体的に。