そこあに増刊号は、HOTCAST WAVEの制作でお送りいたします。
そこあに増刊号。今回のゲストは、アニメ評論家の藤津亮太さんです。
2月26日に日本評論社より発売になりました、新刊アニメと戦争についてお話を伺っていきます。
今日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
改めまして、今日のゲストはアニメ評論家の藤津亮太さんです。よろしくお願いいたします。
藤津です。よろしくお願いします。毎度毎度、本が出るたびありがとうございます。
ここ数年、ご本が出るたびにお話を聞かせていただいているので、今回もこれは行かなければと思ってお声掛けをさせていただきました。
ありがたいことです。
ちなみに前回出ていただいたのが、2019年、もう2年前なんですね。9月12日のそこあに増刊号。
その時は、僕らがアニメを見る理由、2010年代アニメ時評という本でご出演いただきました。
2010年代の代表するアニメの時評とか濃厚なレビューが並んでいる本でも、本当に私も未だに重宝させていただいているんですけれども。
それに対して今回は、2010年代という、その10年どころじゃないスパンを抱えた本と言いますか。
戦争というともすればちょっと重いというか、大きなテーマに向き合ったのかなというふうに思うんですけれども。
初めの導入として、このアニメと戦争という本を執筆したその経緯というところから伺ってもよろしいですか。
ちょっと話すと長くなるんですけれど。
もともと一つは、自分たちがアニメファンで育ってくる時に、ロボットアニメ、ガンダムですね、ざっくり言うと。
ガンダムが人気を得たっていう、みんなに人気があったっていうのはすごく大きい出来事で。
それをどう考えたらいいかっていう、その大人になってから。
ガンダムって当時、戦争はリアルでハードなものとして描かれて、それがすごく革新的だと思って僕らは見てたわけですけれど。
一方で、戦争をある種美化してるっていう側面もあるわけですね。
ある種のエンターテインメントとしてバトルを提供しているというところもあって。
そこをどっちでもあるし、どっちでもないよなっていう、その割り切れなさみたいなのをずっと持っていて。
アニメにおいて、戦争ってどういうふうに描かれているのかなっていうのは、一個疑問というか。
ぼんやりしたテーマとしてずっとあったんですね。
で、もう一個、これはその15年ぐらい前に、今度ヤマトとガンダムの話を考えてて。
なんで考えてたかっていうか、それを考えるのが仕事なので、わりと日常的にこのアニメとこのアニメは何が、どこが共通点で何が違うんだろうみたいなことは考えること普通にあるんですけど。
ヤマトとガンダムを考えていると、ヤマトが1974年にテレビで、77年に映画。
で、79年にガンダム。
5年くらいしか離れてないんですけれど、やっぱり決定的に僕らとしてはヤマトは古臭く見える瞬間がその時あり、ガンダムは新しく見える瞬間があったよな。
だからこう言っちゃなんですが、さっきも言ったような、マクロスぐらいから自分にもちょっと分かるっていう感覚が出てきて、
だからすごい最初のうちは難しいと思いながらちょっと読んだところもあったんです。
ただそこはちょっと一緒一緒が割と20ページぐらいで区切られているので、そこはすごい読みやすいなと思って読ませていただきました。
ありがとうございます。割とそういう意味では、なるべくアニメと戦争ってキーワードで、
ずっと戦後のアニメの、戦中からのアニメの歴史を追っかけていく。
前に起きたことが次の原因になっていくみたいな形で、アニメの歴史というとちょっと断片的すぎるんですけど、
大きな流れが分かるようには書きたいなと思っていたので、そういう意味では、
そうやって自分に近いところから分かるようになるっていうのはありがたい感想だなと思いました。
今回その戦中から現代までというかなり長期間にわたって、
戦争代々にしたアニメ作品の名前がたくさん出てくるわけですけれど、
富士山が生まれる以前の作品とかも取り上げているわけですよね。
そのあたりの取材とかはいかがでしたか。
取材というか、ただDVDになっているものとかもあるので、見れるものは基本的には見て書いたりはしたんですけれど、
大変なのは意外にそこというよりは、要は戦中なんか逆に先行している研究がいっぱいあるので、
そういうものも参考にはしやすいんですけれど、
一番大変だったのは、その時代が移り変わっていくということをどういうふうに伝えたらいいかっていうので、
5章に4章限に分かれた図を作ったんですけれど、
要は歴史から段々遠のいていって、歴史的事実から段々遠のいていって、フィクション化していく過程と、
それからお話の主眼として置かれているものが、
みんなというか、国民の物語みたいな集団を想定しているものから、もちろんどんどんキャラクターによっていって、
私とかあなたの物語になっていくっていう2つの軸を組み合わせると、
そうすると変化がある程度主観にはなるんですけど、
だいたいこの作品はこの辺って置いていくと一定の変化ですね。
歴史的でみんなの物語、戦中に作られたものはプロパガンダなので、
歴史的事実というか、今起きている戦争にのっとって、みんなの物語ですね。
このみんなでこの戦争をやり抜こうっていうことで作られているお話から、
どんどん個人的な、歴史的事実じゃなくて個人のドラマを書くものになっていくっていう、
プロセスを作れるっていうのを書いている最中に、
これはこういうものがいるんだと考えたところが一番大変だったんですよ。
それを作ったことで、これで書けるってなってて、
もともと朝日カルチャーセンターでやった講座、4回やった講座をもとに、
それをGreat Mechanicで8回に分けて、期間しなんで2年かけて原稿を書いたんですね。
そのテーマでアニメと戦争というテーマで書いたんですね。
ところが8万字あるから、これを少し手直しすれば本になるだろうと思って、
企画を通してもらったわけですけど、編集さんに。
ところがこの8回にはその全体を貫くテーマみたいなものがなかったんですよ。
なんで、それを足して背骨みたいにしてぎゅぎゅって通さないと本にならないって、
1章目、2章目ぐらいを書き終わった後に気がついて、
編集さんからも、なんか書いてあることわかるけど面白くないよねみたいな感じで返ってきて、
ラックリ言うとですね、グルーヴしてないよねみたいな感じで返ってきて、
ああ、わかるみたいな感じになって、それはなぜかっていうと、
背骨がないから、背骨があるとなぜなんだろう、それはこうだからだって言って、
問いと答えを組み合わせてその背骨に読者を導いていくことができるんですよ。
背骨がないと単なるジファクトだけで書かれていくことになるんで、
事実の並列になっちゃってグルーヴしないんで、そうか背骨を通せばいいんだ、
どういうふうに漠然とあるから、それを全体で通用する何か大きい絵を書かないとダメだっていうのが
分かったところで考えるあたりが一番大変だったんですね。
それが去年の緊急事態宣言中から終わるぐらいの頃かなって感じですね。
その図の中にマクロスの延長線上にガルパンがあるんだとか、なんかすごい不思議で、
え、そうなのって最初思うんですけど、文章をたどっていくと、
確かにって思うところもすごく面白いなと思いまして、確かにそれのおかげで
全ての章がつながっていく感覚がありましたね。
そうなんですよ、そこを見つけるのが一番大変だったんですよね。
あともう一つ、全体を貫くという意味で、私は結構第一章のゲゲゲの鬼太郎も
すごく、これはイメージする上でとっても役に立つなと思いました。
これは、よく見つけましたねって思ってしまうというか。
具体的に言うと、ゲゲゲの鬼太郎の8日のエピソードですよね。
これが全てのアニメシリーズでアニメ化されているというところから、
戦争をどのように、どの世代が描いているかっていうのを最初に導入されているわけですよね。
そうですね、これは単純に鬼太郎ロッキー楽しく見てて、8日が出てきて、
その時にはもうアニメと戦争のアサヒカルチャーセンターの講座もやってたし、
連載も書いてたので、自分の中で対抗戦争をアニメの中でどうやって扱うかっていうと、
こういうバリエーションがあるっていう知識があったわけですよね。
知識があって見ると、バッチリ戦争経験の戦後史っていう本で書かれてたものの、
現代だとこういう視点になるよねっていうのとバッチリハマる回だったんで、
これは面白いと思って、それで東映チャンネルとかで古い鬼太郎とかも見れるので、
古い鬼太郎のエピソードも全部8日アニメ化されたものはどこにあるかをチェックして、
そしたら予想通り、時代によってかなり描き方が変わってるって分かったんで、
それは連載ですね、アニメの文部位という連載で1回書いて、
あれが見取図というか、この本の全体の敷図みたいになってるので、
あれを第一章にすればいけるよねというような感じで組み込んだんですね。
でも同じエピソードっていうのはすごくわかりやすくて、
私自身もプライムビデオでいくつか見られるシリーズがあったので見させてもらったんですが、
本当に同じようかっていうキーワードというか、アイテムなのに全然、
描き方というか、同じストーリーラインなのになあ、不思議だなあ、
全然違う話に感じるなあっていうのが、何でしょうね、すごく面白かったです。
これ鬼太郎の話になっちゃいますけど。
いやいや、本当、もともとが親が死んで、親が死んで、
その南方で死んだところから花の種が飛んできて、家のベランダに花が咲くっていう
基本的なアイディアが面白い作品なわけですけど、
やっぱり時代が戦争から遠くなるにつれて、
その設定をどうやったら扱えるかっていう脚本家がいろんな工夫をするわけですね。
そのいろんな工夫がやっぱり見どころというか、
第1作から第6作まで2期だけリョーカーのエピソードがないので、
5回アニメ化されてるわけですけど、それぞれ全く違う。
特に第5期は戦争要素を外すというですね。
これはあれですね、やっぱりさすがに、
主人公周りに戦争で身内がなくなった人がいるって言っても、
もうおじいちゃんおばあちゃんの話になっちゃって、
なかなかギュエルなドラマを発生しづらいって多分考えたんだと思うんですよね。
4期の時点ですでにおばあちゃんなんですよね、当事者が。
なので、5期の時にはもう難しい。
だいたいキタロウって10年に1回ぐらいずつアニメ化されてるんで、
大変だろうっていう感じになったんだろうなぁと思って、
そこを6期でもう1回戦争を正面からやったっていうところがね、
6期のヨーカーの痺れるところで。
そういうふうに脚本家の仕事のすごさみたいなものも、
この本から知ることができるなというふうに思う。
なんですけど、6期のキタロウのヨーカーを書いたのは、
吉野ひろゆきさんなんですよ。
そうなんですね。
吉野ひろゆきさんは、クロスフロンティアとかね、
舞姫とかで知られてるわけですけれど、
吉野さんね、歴史の先生の免許持ってるはずなんですよ。
確か。
なので、たぶんすごく意図的に歴史というか、
今子供にどういうふうに戦争を語るかっていうのを意識して書いたんだと思うんですよね。
そこは、そういうところは明確に感じられる脚本だったんで、
よかったなと思うんですよね。
キタロウだけでなく、さっきからマクロスとかガンダムとか、
いろいろな作品のタイトルが上がっていて、
私今回、アニメンタリー決断であったり、
戦中とか戦後直後のアニメ作品のタイトルを初めて聞いて、
ただこれって結構見られるんですね、今でも。
YouTubeとかで、公式上げているものがあるんだなっていうのを初めて知りました。
戦中のものはパブリックドメインになっているものも多くて、
YouTubeに上がっていて、ちょっと前にふくちゃんの潜水艦が
若干ネットでバズったりしてましたけれど、
なんかも見られるんですよね。
で、アニメンタリー決断は1960年代後半、70年ぐらいかなの作品なので、
戦中じゃないですね、戦争中を扱ってるけれど。
これも普通にタツノコのプレガッチャマンの一部系の作品なので、
タツノコがああいうリアルなものを本格的にやるきっかけになった作品なんですけど、
あれもいろんな方法で見ることはできますし、
そこは意外に見ることはできるんですよ、主要なものと思えば。
全部を見るのは大変なんですけれど。
この本に出てくる作品の中で、本と並行して見ると面白いんじゃないかなって
特に思われた作品を挙げるならどれとかありますか?
1つは巨人の星何本か、戦争で亡くなって野球選手は使った話があるんですけれど、
これなんかはやっぱり作り手が8月に放送するためにやってるエピソードなんですけれど、
どれもやっぱり戦争ってものを何か伝えなきゃと思って、
野球とちょっとね、史実通りじゃないものもあるんで、
あれなんですけど逆に史実じゃない、嘘というかフィクション化してんでも、
戦争っていうのが大変なんだよっていうのを伝えたい気持ちが伝わってくるっていう意味では、
巨人の星なんかは見直してみると面白いんじゃないかなというのが1つあるんですね。
あともう1個これね、後書きに出てくるですね。
戦場でワルツオという作品があるんですけれど、
これはレバノンで起きた虐殺を現場にいたイスラエル兵たちの話なんですよね。
実はですね、そこで虐殺で起きた日の記憶がないと、
その時兵役で参加していた主人公が、その時一体何が起きてたんだっけって言って、
みんなに話を聞きに行くと、それぞれの戦争体験が出てくるみたいな話なんですけれど。
ドキュメンタリーですか?
そうです。イスラエルのアニメ作品なんですけど、
アニメーションドキュメンタリーの代表的作品として言われてるんですけど、
この作品がすごいのは加害者の視点なんですよ。
自分が直接的にレバノンで虐殺を行ったわけではないんだけれど、
レバノンの中で虐殺が発生するときに、
イスラエル軍が過激な集団と裏で手をつくんで、
襲撃を助けるために照明弾を撃ってるんですよね。
その照明弾を撃ってるところに自分はいたんだっていうことを最後思い出すっていう、
つまり当事者だったんだっていう風になってくるっていうのがあって、
日本の戦争を扱ったものの、良くも悪くもなんですけど、
それは小国民世代が中心になって語ってきたことがあって、
みんな十五の苦労が多いんですね。
要は戦争の、つまり国内にいて自分たちは無力で、
戦中が青春なんですけれど、ダンテかなんかを読んで戦中に、
35歳になって人生の半ばに来たみたいなことをダンテが書いてると。
だけど当時の自分たちとしては、20歳になるのもわからない。
35が人生の半ばなんて思えないと思って生きてたということを書いていて、
若者が数年先の未来がわからないと思って生きる国は、やはりあまりよろしくないよなと思うわけですよね。
若者命が安すぎるってことですから。
だからそこはね、いびつでどっかで破綻をせざるを得ないものがあったと思うんですよね。
ただ、そういう体験をしてる人がもういなくなっているのが現状なんでね。
しかもその子どもたちっていうのも、次の世代に移ってたりとかしますからね、やっぱりね。
ただ、最近ヨードラとか見てると、やはり戦争というよりもテロに対して、
みたいなことにどんどん物語が移りつつあるのかなっていうような気もしているので。
そこは意識的に言ったほうがいいと思ってるんですけど、
2001年以降というか、要は9.11ですね。
以降というか、そのあたりを線を引いてもいいと思うんですけど、
もうちょっと日本人は実は戦争に巻き込まれつつあるというか、
世界が常時戦争みたいな感じになってきつつあるんで、
あんまり無関係って思わないほうがいいんじゃないかなっていう気はしてるんですよね。
そうですね。テロは逆に言えば、
特に日本みたいな場所だと簡単に起こせる状況下にあるよねっていうのは、
あくまでも我々が見てるのはフィクションでしかないけれども、
そのフィクションがフィクションなのか、フィクションで済むのかっていうのは、
常に意識しておかなきゃいけないんじゃないのかなっていうのは、
ドラマ見ながらですけどね、思うことはやはりありますよね。
誰が当事者になってもおかしくない時代になりつつあるんじゃないか。
昔の戦争とはやっぱり種類が違うようになってきつつあるよねっていうのは常に思いますね。
だからそういう意味では、エンタメで楽しめるうちは幸せなんだってことだと思うんですけど、
その幸せってだけは言ってられないぐらい、世界が動いてる感じがするので、
そこはやっぱり動いてるってことは答えが見えないんで、
自分の考えというか、戦争っていうのは何かをずっと考え続けないといけない時代かなと思うんですよね。
あとは自分をいかに大事にしていくかってことも考えなきゃいけないですよね。
はい、ありがとうございました。すいません、ちょっと自分語りをしてしまいましたけれども。
でも今の話を聞くと、くむさんたちは、
戦争教育に対して嫌な気持ちになることに少しだけでも理由づけができていたのかなって感じがするのが、
私たちもたぶん戦争って辛いな、怖いな、痛いなとか、そういう感覚だけを教えられた世代なのかなと思って、
だからさっき言っていた原爆資料館が科学的なアプローチになってるっていうのはすごく納得だなと思うんですよね。
変わらなきゃやっぱりダメだと思うんですよ。
そう、いい意味で戦争を学ぶものとしていかなくちゃいけなかったはずなのに、
だからなんか、今まさに私たちがこの本は読むべきなんじゃないかなっていうのをお二人のトークですごく感じました。
ありがとうございます。
そう、なんか一番私たちがすごく勝手に敬遠している世代になってしまっている可能性があるんだなっていうふうに思ったので、
そういう意味でも30代とか40代とかの人にこの本を手に取ってほしいなと思いました。
ありがとうございます。
すごくなりましたよ、本当に。
私が知らないやっぱり、もちろん世代の話はやはり全く知らない話だったからねっていう部分もありましたし、
で、そこからちゃんとマクロスとかの流れにちゃんと行きますからね。
だからそういうのが、ガンダムからマクロスからね、もちろん知ってる作品がたくさん出てきますので、
そういう流れに、なるほどここがあったからこそなっていくんだなみたいな、
で、この辺の世代の作り手たちがこういうことをやっていたんだみたいなことになっていくっていうのは、
まさにその辺に関して詳しくこの本には描かれているので、
一冊ね、読んでみるっていうのはね、
頭に入れておくのと置かないのはやっぱり違うのかなっていう感じがするよね。
そういう意味では、僕は割とタイプとして整理屋の傾向にあって、
新しいことを付け加えるっていうよりは、
大体こういうふうになってますよねって整理することを、
割とこの本も整理をした感じなんですよ。
よく断片的に言われてるけど、アニメと戦争の関係で大体こんなふうになってますよねって整理をした感じなんですよね。
だからそのマップを一回頭に入れてもらえると、付き合い方がわかるみたいな感じになるかなと思うんですね。
すごく教科書的ではあった。
私の中ではエンタメっていうよりも教科書的な感じだなと思ってはいたんですけれども、
これで本当普通に授業受けたいわと思いながら読んでたんですけれど。
でも後半の方はね、教科書的なところはあるんだけど、
後半の方はやっぱり普通に我々がまさに大好きだったアニメたちがいっぱい出てくるわけで、
その最初の興奮っていうのはまさにその当時の自分たちは興奮した作品だったな、
その大和の特効にしても。
やっぱり当時は嬉しいというか悲しいに盛り上がっていましたよね。
もう盛り上がりました、本当に。
あの時は泣きながら帰ってきて、
なんで3機あんのかよっていうようなそんな風に思いながら、
これが商売だなとかいろいろ思うようなことみたいなこととかも含めて、
勉強にはなったなっていうね。
僕ももう普通に家にあったバトミントンのラケットを2つ抱えて斎藤の前でやってましたからね。
斎藤死ぬからね、斎藤はね。
そういうところに誕生の意味はね、子供の戦争をこうやって切るね、マインドは。
それはやっぱりね、どうしてもみんな持ってるものですからね、やっぱり男の子どうしても。
そうっていうものも含めて描いている本なので、ぜひお買い求めいただければと思います。
ありがとうございます。
すごく表紙も帯もかっこいいので、ぜひお手元にというところです。
では最後に、まだこの本を手に取っていない方に向けて一言メッセージをいただけますか。
アニメと戦争、タイトルは硬いんですけれど、読んでいただくと、
自分の知ってるタイトルのところを読んでいただけると、
自分が当時受け取ったものってこういうものだったのかなっていうのが俯瞰してわかるように書いたつもりですので、
ぜひお楽しみいただければなと思います。
特にですね、表紙カバーがですね、相田誠さんのザク戦争がリターンズ番外編という絵で、
戦争が有名な厚刀玉斎という絵があるんですけれど、
それのザクバージョンを相田誠さんが書かれたやつで、
帯が富野由悠季監督にいただいているというやつなんですが、
これはやがて電子書籍も出る可能性があるんですが、
電子書籍にはこのカバーと帯はつかないということなので。
なので、ぜひこの一番この本のコンセプトを体現しているカバー帯、
富野監督の帯と相田誠さんのカバーを手元に置くにはですね、
この紙のバージョンで買っていただくのが一番いいかなと思いますので、
ぜひ皆さんよろしくお願いします。
はい、ありがとうございました。
ということで今回はアニメ評論家の藤津亮太さんに、
新刊アニメと戦争についてお話をたっぷりお伺いしました。
今日は本当にありがとうございました。
ありがとうございました。
今回のそこあに増刊号は、
金猫さん、あの雲もって帰りたいさん、
たちぎれ線香さんのサポートにてお送りいたしました。
そこあに増刊号はホットキャストウェーブの制作でお送りいたしました。