おはようございます。2024年1月27日土曜日、ニュースコネクトパーソナリティの野村貴文です。
この番組では平日毎朝5分間で世界のメガトレンドが明るいニュースを開設しています。
日頃からお聞きいただきまして誠にありがとうございます。
さて今日は不定期で配信する土曜版ゲストトークをお届けします。
ゲストは先週に引き続きまして、エグザイル・ジェネレーションズの関口メンディーさんです。
先週の回ではメンディーさんがなぜパフォーマーという本業の枠を超えて新しい領域へ挑戦するのかというトークを展開したんですけど、
いつも以上にX状で反響をいただきました。ありがとうございます。
今回は時計の針を昔に戻しまして、現在のメンディーさんがどのように出来上がったのか、そのライフヒストリーを伺いました。
なるほどなーというエピソードが続々と登場しまして、私も思わず唸ってしまいました。
それではインタビュー本編をお聞きください。
それでは今週のゲストを紹介したいと思います。前回に引き続きまして、エグザイル・ジェネレーションズの関口メンディーさんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
メンディーさん、前回はですね、いろんな活動をされていて、特にビジネスや経済に関わる活動というのもされていく。
一体それがどういう思いのもとにされているのかということを主に伺いました。
最後もやっぱ面白かったですね。やらないことを決めるということが、自分の個性を決めると、輪郭を形作るというお話でしたね。
そうですね。個性とかって何なんだろうみたいなそういうので悩む方が多いと思うんですけど、それもやっぱりいろんなものを経験してみないとわからないと思っていて、
いろんなことを経験する中で、自分の苦手なこととかがわかる。やらないことを決めることによって、個性というものがくっきり輪郭として現れてくる。
っていうのが僕が思っていることで、できないことは別に悪いことじゃないですし、逆に全部平均点よりも何かできないことがあるんだけどすごいできることがあるみたいな、
人の方が多分これからの時代はもしかしたら重宝されるかもしれないですよね。
そうですね。
AIとかも、あれってものの要は平均点を出すものじゃないですか。AIとか。
っていうものが普及していく中で、尖がったものがある人の方が強いなっていうふうに思うので。
確かにな。だから過去のデータに基づいてそれっぽいものを出すっていうのはAIがやれちゃうんですよね、多分先は。
多分そうなんですよね。
じゃあ人間残ってるのは何かっていうと尖るしかないってことですよね。
だから自分の好きなものとかをどんどん尖らせていったほうがいいんじゃないかなみたいな。
確かに思いますね。
ちなみに前回聞けなかったんですけど、やらないことって具体的に何はやらないんですか、現時点では。
やらないこと、それは自分のライフステージみたいなところにもよって変わっていくんですけど、
昔とかは、例えばバラエティとかも何でもお受けしてたんですけど、今はかなり絞っていたりとか、今後の自分の人生において必要なものしか受けないとか、
手札選択していくみたいなことができるようになってきたっていう感覚ですかね。
やらないこととかで言うといっぱいあるんですけど、例えばお昼ご飯食べないとかわかんないですけど、
そういうことも含めてやらないっていうことってかなり個性になってくるんですよ。
お昼ご飯食べないんですか、一日一食なんですよみたいな話とか、そういうのってだいぶ個性強いなってなってくる。
とかお菓子食べないとかそういうこともいいんですけど、これやらないみたいな風に決めることって結構意外に難しかったりとか意思が必要だったりもするんですけど、
それこそがとても大事なことなんじゃないかなみたいな。
そういうことですね。私も前メンディさんの職生活伺ったときに一日一食って聞いて、結構マジかよって思ったんですよね。
耐えれるのかなと思ったんですよ。でももう習慣化されてるってことですもんね。
そうですね。慣れるといけるもんですね。
ってことですよね。じゃあちょっと今日後半ではメンディさんの反省をさらに詳しく伺っていきたいなと思うんですけど、
10代、20代、30代で聞きたいなと思いました。
10代って言っても子供の頃からっていうよりも物心ついてからっていうお話にしようかなと思ってるんですけど、
今のご自身のエグゼルジネーションとして活動しているキャリアにつながっている起点としては、
高校までは野球をされてましたよね。その後ダンスを始められたんですかね。大学から。
そうですね。大学からダンスを始めてました。
前井戸メンディでは、ダンスを始めた動機っていうのがモテたいかなっていうふうに言われたんですけど、やっぱりそうなんですか。
それはもう変わらずモテたいからですね。高校時代が男子校だったっていうのもあって、
置いた話ひとつもなくただひたすら白球を追い続けたっていう。
ストイックですね。
そういう時代だったので、そろそろちょっといわゆる大学デビューしたいなみたいな。
ちょっと遊びたいなみたいなところもあって、大学で大工の先生になるための勉強をしていたんですけれども、
その勉強だけだと大学生活つまらないので、何か新しいことを始めようというので、モテそうなのないかなと。
いろいろ見てた中で、その大学の中でダブルダッチサークルっていう縄跳びを日本でやる競技があるんですけど、
ダブルダッチサークルとストリートダンス、ヒップホップ同好会みたいな、そういうサークルがあって、
その二つが大学の中ではすごくイケてる風だったんですよ。
このイケてるコミュニティに入れば、そういう先輩たちからいろんな教えをいただいたりとか、
こういう服着たほうがいいよとか、そういうものをいろいろ学べて、イケてる男になれるんじゃないかという風に仮説を立てて、
どっちに入ろうかなって悩んでた時に、僕単細胞なので運動神経いい人ってモテるじゃないですか。
そうですね。男子は本当にそうなんですよね。子供の頃から運動神経いい人ってモテるんですよね。
そうじゃないですか。なので、爆点爆中ができたらモテるだろうって思って。
なるほど。はいはいはい。
もう完全に中学校ぐらいで女の子に対する価値観みたいなのストップしてるんで、
中学校とかで爆点爆中できたら大モテするんで、大学でもそれ以外同じだと思ってた。変わんないだろうと思ってて。
そこはやっぱり男子校の高校3年間があったから、更新されてなかったと思うんですよ。
もう鎖国してたんで、僕もその本当に。なので、爆点爆中できればモテると思って、それを結構積極的にやってたのがダブルダッチサークルだったんです。
ナトビー止めながら爆点爆中したりとか、アクロバットめちゃくちゃ決めるみたいな。
かっこいい絶対これできたらモテると思ってそこに行こうと思っていたんですけど、たまたま大学のサークル勧誘の時にとある方に声かけられまして、
君ハーフ?って言われて、ああそうです。ハーフだったらダンスやった方がいいよって声かけられたんですよ。
その先輩がダンスサークルの先輩だったんですけど、いや僕アクロバットやってモテたいんでダンスはいいですと。
ダブルダッチやるんでさよならって言おうと思ったら、いやいやダンスやっててもアクロバットできるぜって言ってその場でその先輩が爆中をパーンって決めて、
おおかっこいいってなって、ちょうどその時ダンスにもちょっと興味が出てきた。
いろんなミュージックビデオとか見てて、ダンスかっこいいな、運動神経あるし俺できんじゃね?みたいな感じでかなり侮ってたんですけど、
ダンスに興味があったんでダンスサークルに入ろうっていうので入ったっていうのがきっかけですね。
そういうことですね。サッソルになんですけど、高校の野球部って坊主だったってことですか?
坊主です。 坊主ですよね。でまあわかんないですけど割と格好も地味めですよね、たぶんその頃って。
そうですね、ただたまたまファッション好きな同級生がいて、彼は親友みたいな感じで、実は高校の時に漫才コンビを組んでたんです。
なんと、なんとなんと。 漫才コンビを組んでて、実はその当時は高校卒業したらNSC入ろうと思ってたんですよね、吉本さん。
それぐらいお笑い芸人さんのやる道を考えていて、相方と一緒にやるぞみたいな感じだったんですけど、そのこといつも一緒に言ったんですよね。
で彼が結構洋服詳しかったりとかしたんで、それなりにオシャレは一緒してたんですけど、高校生レベルというか、とびきりオシャレという、そういうわけではないんですけど。
じゃあ結構大学に入って髪型も服装も変わった感じですか? そうですね、でも大学入ってからも結局坊主は坊主でしたね。
なんかその美容院とかに行くお金もなかったりとか、割とストリートダンスなので坊主とかでもキャップ被ったりとかして十分様になるので、これでいいやみたいな感じでずっと坊主ではありました。
そういうことですね。でそのモテたいという動機、であとその幕天幕中かましてやりたいという動機で入ったわけじゃないですか、ダンスの道に。思惑は当たりましたか?
いやー結果そんな変わらなかったですね。そんな幕モテするみたいなことはなかったですね。結局ダンス上手いからモテるっていうか、かっこいい奴がダンスやったらモテるっていうことなんだろうなってその時は思いました。
まあでもダンスの腕自体は上がっていったわけですよね、活動を繰り返していくと。
はい。大学生からダンスを始めたので、もちろん最初は踊れなかったです。でさっきその高校時代にストリートファッションをしてたみたいな話をしたと思うんですけど、そういう出立ちなので、ダンスサークルにいる先輩方からするとハーフでストリートファッション好きでそういう格好をしていて、ダンスの体験に来たら俺一年の大型新人来たぞみたいな。
ボーカル歌う人はその当時にやっていたボーカルバトルオーディションっていうオーディションがあって、そこの勝者が三代目ジェソルブラザーズになったんですね。今市さん、戸坂さんという2人がなったんですけど、そのオーディションで惜しくも落ちてしまったんだけれども、とても才能があってまだまだ若いし、身がけば光るみたいな2人。
カズハラリウッドとカタヤセリオタ、この2人をボーカルにして、あとの5人をEXPGから決めましょうというのでオーディションが行われて、それに出たときにありがたいことに受からせていただいて、そこからまたジェネレーションズの候補生という正式メンバーじゃないんですけど候補生として、全国各地を武者修行といって、バス1台で全国各地回って、いろんなショッピングモールとか公園とかそういったところで無料イベントみたいなのをして土砂回りをずっとして、それが約2年間くらいから続いて
で、2012年にデビューみたいな感じですか
そうなんですね、じゃあ最初EXPGでオーディションを受けて候補生になったのって何歳のときだったんですか?
カズハラリウッド 候補生になったのは20歳です
20歳のときですね、じゃあそこから今に繋がる流れってことなんですね
カズハラリウッド そうです
ああそうですか、そのときでもあれですよねオーディションってことはもうかなりたくさんの方がエントリーされていたってことですよね
カズハラリウッド いやそうです、なんで僕が多分一番ダンス歴は浅かったと思うんですけど
そうですね、だからEXPGの1年間とサークルでやっていた時期ってことですもんね当時
カズハラリウッド なんで本当に周りの人はふざけんなと思ったと思います
ダンス2年しかやってない奴がなぜ受かるんだと
他の周りのオーディションに出てた人達っていうのは小さい頃から叩き上げでEXPGで頑張ってた人もいましたし
僕なんかより全然ダンススキルがある人達も多かったんで
なんでだと思ったと思うんですけど、なんでなんですかね
多分でもなんか以前にオーディションの前に一回ヒロさんがEXPGに来て講演会をするって機会があったんですよ
代表のヒロさんが ダンス2人 代表のヒロさんが
そのとき僕はエグザイルになりたい、アーティストになりたいって思ってたので
ヒロさんの言葉絶対聞きたいと
エグザイルになりたいのにエグザイルに会ったことがなかった、エグザイルのことわかんないし
イメージできないじゃないですか、エグザイルになるってどういうことなのかっていうのが
なんで会ったときに絶対一言聞き逃さずにメモしてやるぐらいな感じで身構えていったら
割と講演会みたいなのが子供が多かったんですよね
子供が多かったりとかして成人があまりいなかったんですよ
小さい子供に混じって画体の大きい僕が端っこで
ヒロさんをちまの子になって見ながらメモを取ってる姿に
ヒロさんがびっくりしたようですごい突っ込まれたんですよね
そんな真面目な顔してメモ書いてるけど絶対落書きしてるでしょみたいな
突っ込まれて、いやいやめっちゃメモ書いてますよみたいなところで
僕とヒロさんの最初の交流というか絡みが
そこからあいつ誰なんだっていうので僕に注目してもらえるようになったってのがあるんですよね
ああそういうことですね、あいつ誰なんだってなって
東京で通っている関口メンディ君という青年だみたいなそういうことですか
なのでオーディションの時には既に僕の存在はヒロさんも知っていて
そういうので何か縁起を感じてくれたのかわからないんですけど
そういうのもあってもしかしたら選ばれたのかもしれないですね
へえそうなんですねめちゃめちゃ面白いですね
そうするとダンス歴、前編でもお話いただきましたけど
ダンス歴が一番短いかつ自分が一番最年長という立場での指導だったってことですよね
やっぱりあれですよね大変ですよねその時って
そうですね本当に先ほどお話した通り野球をずっとやってきたので大会系なんですよ
ってなった時に最年長なのに自分が一番ダンスが下手っていうのは結構耐えがたい状況でしたね
でもそれでやっちゃるメンバーも多いのでそれによっていじられたりとかすることが結構自分の中で屈辱的だったんですよ
悔しいなみたいなし一生懸命練習はしてるんですけどなかなか差が縮まってる感覚がなかったんです
どうすればいいのかなとか自分才能ないのかなとか思うことがすごくあったんですけど
でもふとした時にこれ見方を変えてみたら自分よりダンスが上手い先生が周りにいっぱいいるってことじゃんって気がついて
だったらその先生からいっぱい教えてもらえばいいし盗める技どんどん盗んじゃえばいいんだっていう風に考え方を変えることができて
そこから少しずつグループにいることが楽になっていった感覚がすごくありますね
なんで年齢関係なく自分がリスペクトしてる人とかこの人すごいなって思う人に教えを超えるようになったのはその時の経験がすごい大きいかもしれない
そうですねイドメンディーですごい人がいっぱいいるってことは周りに先生がいっぱいいるという風に捉えればいいっていうお話されていたじゃないですか
私すごいこれいい考え方だなと思ったんですよね
この考え方ができれば人生楽になるわっていう風にすごい思ったんですよ 嬉しいです
でも当時あれですよね20とか21ってことですよね結構成熟してきたというか
20,21の頃ってまだなんかプライドが邪魔をするみたいなところって普通の方はあるんじゃないかなと思うんですけどあんまなかったですかそのあたりって
いやーでもあったと思うんですけどでももちろん先生だから色々教えてもらってとか盗んでやろうって思いもちろんあるんですけど
その中にやっぱり絶対いつかはこうやってやるみたいな思いはありました
そういうことですね内なる投資を秘めながらでも今は冷静な頭では周りのことを先生だと思って学んでいこうっていう
そういう冷静と情熱の間みたいなそういう両方を持っていたってことですかね
そうですねなんでそういった意味では尖ってた部分はあるかもしれないですね
そういうことですね土佐周りの2年間っていうのはもう本当バスで地方を回っていったってことなんですか
そうですバスとか時にはこうフェリーでバスごと移動して回るみたいな時刻とか
どういう意味だったんですか体力的になんか大変そうだなって感じはするんですけど
そうですねなんで本当に行きっぱなしになったんですよね
その家に帰ってホズニーとかですか
何週間が行きっぱで戻ってきてでまた何週間が行きっぱみたいな感じだったんで
その洗濯みたいなものとかも自分らでやらなきゃいけなかったんで
公演後にコインランドリーを探してそこで洗濯をして次の日のライブに備えるみたいな
でライブは1日大体3公演をやっていてで30分40分くらいのパッケージですかね
それを毎日毎日毎日続けていくって感じですね
夏場だったのでそれが結構大変でしたね
お客さんが集まるところはいいんですけど
なかなか集まらないところとかは公演前にビラを配って
そうだったんですね
この後あそこでライブやるのでぜひ来てくださいみたいなことをやりながらお客さんを集めていってましたね
ビラもご自身で配られていたんですね
そういう時期もありましたね
ビラ配りって結構精神的に大変じゃないですか
なんかでもありがたいことにも武者修行とはいえど夜深夜LDHの番組
週刊エグザイルっていう番組があったんですけどそこで密着みたいな感じで追っかけていただいてたので
一応メディアに出てる人なんであのオーディション番組のあのテレビで見ましたみたいなところはあるので
そういう意味でだいぶ
全く冷たく走られることはなくて
はそこまでなかったですね
そういうことですねどうなんですかその当時2年間武者修行をやってるって
ある意味芸能活動としては下積みの時代だったってことじゃないですか
どういう思いだったんですかやっぱり売れてやるっていう思いが一番強かったんですか
売れてやるって思いが一番強かったと思いますね
僕はなんかその時エグザイルのEXPGに入るってなった時に初めてエグザイルのライブを見に行ったんですよ
それが2010年のスタジアムツアーファンタジーってものだったんですけど
それを見に行った時に衝撃を受けて僕はアーティストを志したんですけど
その時のステージあるぐらいの大きなステージに立ちたい
あそこに僕は立つんだっていうその思いだけでずっと走ってた感じですかね
そうなんですね結構もう素晴らしいステージを見てあそこに立ちたいっていうので
自分が燃焼できていたというかエネルギーになっていた感じなんですね
そうですねあんまり不安に感じることとかはあんまなくて前しか見てないみたいな
そうなんですね なんで悩むことはそんななかったかもしれないですね
もちろんもっとダンス上手くなりたいとかなんでみんなみたいに踊れないんだろうみたいなのはもちろんずっとあるんですけど
変な風に悩むことはあんまりなかったですね
進んでいる道に対しての疑問っていうのはもう抱かなかったってことですよね
抱かなかったです そういうことですね
いやいやでも本当にそれでフォーカスできたってことですよね
エネルギーを全部そこに投入できてっていうことですね
そのデビューに成功されたじゃないですか
そっから先はやっぱりジェネレーションズというグループって今は国民的グループですけど
どんどん知名度が高まっていったのかなというふうに思うんですけど
メンリーさんご自身として天気じゃないんですけど
あれがあったから今に繋がっているとか何かターニングポイントってあったりしましたか
そうですねさっきお話したみたいにジェネレーションズになってからもやっぱり
一般の人が見てわかるほどのダンススキルの差みたいなものはだいぶ縮まってきてはいたんですけど
目立つまではいかないっていうところでやっぱりすごく自分の中では危機感があったんですよね
このままグループの中にいて他の人にどうやって勝つというかどうやってこう目立てればいいんだろうみたいな
仲間であり良きライバルなのでみんな まずその斜めの中でてるんですね
その中でどうやって自分というものを世に打ち出していけばいいのかっていうのを考えたときに
髪型とかいろいろ描いてみたりとかあとはその他のメンバーがやらないようなこと
例えばバラエティーのお仕事とかに積極的に出て行ってみたりとかそういうところでだいぶ道が開けてきたっていうのはあると思ってて
最初に僕が次に注目していただいたときっていうのが多分おそらくスポーツ男子っていう
いわゆる昔の筋肉バンズみたいな番組に出させてもらってそのときの僕のヘアスタイルと
あとはそのとき最初2位だったのかな良い結果を出せたのでそれであの人は誰だみたいなところで注目してもらって
それがきっかけになってしゃべくりセブンとかに一人で出たりとか
しゃべくりセブンに一人で出るってLDH初だったんですよそのときとか
そういうところでバラエティーの道がどんどん開けていったっていうのはあります
なのでそういってみてそのスポーツ男子に出たのが自分の転機であったんですけど
結局なんでそういう立ち回りというかそういう選択ができたのかっていうと
めっちゃ遡ると僕がその幼少期というか生まれながらにしてハーフだったからだと思ってて
ハーフだからってどういうことって思うと思うんですけど
当時ってやっぱり今ほど国際結婚とかもなかったし
クラスにハーフとか日本人以外というかその他国籍の児童とか生徒って
いて一人か二人ぐらいだったと思うんですよ
そうですね確かに今よりも全然少ないですよね
全然少ないんですけど僕って本当にただ一人だけそういう存在だったんですよ
しかも黒人っていうのが本当にいなくて僕一人だけで
でそれに悩んだ時とかもあるんですよ人と違うってことに対して
なんで僕の髪の毛がこんなにクルクルしてるんだろうとか
みんなみたいになんでストレートに生えないんだろうとか
そうですよね周りからもいろんなこと言われちゃいますよね
そうなんで肌の色が違うんだろうとかそれで先輩からいじられるみたいなことがあって
それが悔しかったりとかしてでもある時にとある小学校の僕の中で恩師なんですけど
その先生にあなたのその存在っていうのは見る人から見たらとても羨ましい存在で
マイケルジャクソンっていう素晴らしいアーティストがいるのは世界的だって
あなたはそういうマイケルジャクソンと同じような血が流れてるから
それですごいことなのよ私はあなたのことがすごい大好きよみたいなことを言ってくれた先生がいて
その先生のおかげで人と違っていいんだって思えたんですよ
これはすなわち人と違っていいと同時に人と同じ道は生きられないっていう
生きたくないも含めてそういう考え方になってたんですよ
人と同じことをやりたくないので人がやってないことをどんどんやっていく感じになってたんですよね
必然的に人と違うファッションとか人が違うような道に進むとか
そういう考え方がどんどん醸成されていって
小学校の時とかも中学に上がるタイミングで他のみんなは地元の野球チームに進むんですけど
僕は公式でやりたかったんで一人だけで公式野球チームに行くとか
人と違う道を自然的にどんどん選べるようになっていったんで
それは親に感謝というかこういう境遇に生んでくれた親がいたからこそ
他の周りのメンバーがやってないことを積極的にできる
そもそも人と同じに生きられないんだからと思ってるので
それが芸能界に入ってからの自分のポジション
前編でもポジショニングって話がありましたけど
どういうふうにこの芸能界の中で戦っていこうかっていうところに
結構その現体験が繋がってるわけなんですね
そうですねそれが繋がってますし
自分がたまたまというかあまり人と被らない存在っていうか
レアな存在なんだなっていうふうにどんどん自覚するようになってきたのと
そういうふうに自分を作り上げていきたいなって思ってたのもあるんですけど
やっぱり周りを見渡しても僕みたいな人がいないので
それってとても価値があることだなと思うんですよね
結局ダイヤモンドの価値って何でダイヤモンドの価値があるかっていうと
希少性だと思っていて
ダイヤモンドが石ころみみたいにそこにいっぱいあったら
みんなダイヤモンドなんて興味ないわけですよ
でもダイヤモンドの興味があるのはダイヤモンドが希少価値が高いから
これってやっぱりこの芸能界とかにも言えても
希少価値が高い人のところには人が集まるし
この人にしかお願いできない仕事があったりとか
これでビジネスパーソナルの方にも通ずると思うんですけど
その人しかできないことがあればその人に仕事が集まってくるので
そういう存在になれば戦いやすくなるだろうなっていうふうに思えたので
それは本当にこの境遇に生まれられたからかな
よりそれを自覚できるようになったのはそのおかげかなと思ってます
そういうことですね
結構素朴に思ったのが
スポーツマン、芸能人のスポーツマンの番組で
ブレイクされてバラエティに呼ばれたわけじゃないですか
バラエティに出て何か面白いことを喋るって
今までのメンディーさんのキャリアからすると
ちょっと別の類の面白いことなんじゃないかなと思ったんですけど
最初から割とそれは上手くできたんですか?
それで言うと世間の皆さんの認識がとても間違っていて
僕バラエティに出て面白いことを言ったこと一回もないですよ
っていうのは芸人さんが面白くしてくれてるんですよ
僕がただそこにいるだけで
芸人さんが面白くしてくれてるのは本当に芸人さんのおかげなんですけど
テレビの映り方として
いじられてる側も面白く映るじゃないですか
だってメンディー面白いってなるんですけど
実力と世間の認識が全く合ってないみたいな