Twitter5周年目で思うこと。娘への思いなど、帰り道に歩きながら
2026-10-24 14:03

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00:06
こんにちは、まりぃです。この放送は、私看護師まりぃの声日記です。
今日は、まだ10月23日、土曜日の夜に収録しています。
一人で今、地元の焼き鳥屋に行って、一人で帰っているところです。
県道沿いで車の走る音で騒音が聞こえるかもしれませんが、お聞きづらいところ申し訳ございません。
家に帰ったら娘がいるのですが、実は娘は先に焼き鳥をいっぱい一緒に食べまして、先に帰りました。
私は残って、店の対象と、そこでいつも働いているバイトの人が、2人とも同い年です。
そこの店に行くのが2回目で、家から20分ぐらいです。
駅前ではなくて、でも今日は娘と一緒に初めて行けたというのもあって、私は嬉しいです。
なかなか娘と過ごす時間が取れていなかったというのもあって、いろいろ話したかな。
普段はしていないので、今日は土曜日ということもあって、ゆっくり話せました。
本当は娘は学校にあるのですが、土曜日は休みました。
今日は子どもの娘のリフレッシュを兼ねて、高校野球の関西地区の近畿大会に私の母校が出るので、
その試合の応援に一緒に行くと言ったら、めっちゃ楽しみにしていたのですが、雨で順延になり、明日になり、
しかも今日の夕方には明日も延期になるということで、月曜日になって関西に行けなくなりました。
それをすっごく残念があって、だから今日は一緒に出かけようということで、
昼間はカフェで一緒に英語の学びをして、その後お腹が空いたので、
前も行ったことがある同い年がやっているお店に行くということで、焼き鳥屋に行っていました。
結局私が残って、マスターと同い年の働いているバイトの人と一緒に、
03:06
バスが2台に通っていました。雑音がすごいです。すごく大きなバスが通ります。
この時間もバスが通ります。
娘と近畿大会に一緒に、朝早朝起きて9時からの試合を京都の西京国球場に行く予定だったのですが、行けなかったというのもあって、
娘は残念があって、それを機会に私も、昔、私は高校野球部のマネージャーもしていたということもあって、
当時は近畿大会で初めて、近畿の競合高校と対戦して奇跡的に優勝したという、高栗高校で優勝したのは本当に奇跡だったのです。
最後の決勝戦は法徳学園で、しかも今回は法徳学園と初戦だったのです。
約30年前ぐらいになるのですが、その時に法徳学園と初戦で、兵庫県一位の、もしくは兵庫の法徳学園と対戦するというのを応援しに行こうと思って計画していたのですが、行けなかったのは本当に残念です。
残念だったのですが、これを機会に当時の記録、私は結構新聞、地元の新聞とか切り抜きで置いていて、それをスクラッチブックというか、そういうのに残していたファイルを見たら、
法徳学園に勝って決勝、優勝して選抜の大会の切符を得たというか、決定した時の瞬間の新聞だったりとかを見返す機会にもなりました。
考え深かったですね。私がプレイヤーではないので、マネージャーとしてなんですけれども、同じチームの一員として本当に感動をいっぱい与えてもらいましたし、高校時代は本当に部員さんのおかげで感動をいただいたな
というのは本当に感謝ですね。
私は決していい高校生ではなかったです。入学した当初は、私は何をバイトしようかなと思っていたぐらいで、高校生活に何の期待もなかったです。
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私は結構冷めた高校生でもあって、そもそも私が高校1年生で帰国至上という感じでアメリカから帰ってきて、もう全てが否定されたような感じだったんですよね、英語教育においても。
私が使う英語はまだ習ってないよとか、その文法は習ってない、その単語は使ってないからというだけで、試験は全然100点も取れないし、評価もされないし、ただ英語の先生に嫌われたというだけで、
友達からも特別な目で見られたりとか、私は結構本音というか意見をしっかり言う方だったんですけど、徐々にそれを言っていることで浮いてきたというのもあって、半年ぐらいでみんなに馴染もうと思って、
本当に英語で言うとTwo Japanese、日本人らしい人間に変わっていったんですね。押し殺して自分の本音は言わず、言われたままにやる。親に言われたままに国公立目指せと言われてやるというぐらいで頑張
ってきたつもりでした。
それが弾けたのが最近の41歳ですかね。やっと私は英語が好きだなと自信を持って言えるようになりました。それが自分の脳の欠陥の病気、モヤモヤ病という病気で解凍術、頭を開けてバイパス術をしたんですけど、
それがきっかけで後遺症として工事の機能障害の、本当は軽度かもしれないんですけど、私にとったら仕事を復帰するにおいてはとてもすごい障害でしたね。
だから早くでも克服したいと思って、自分の脳をトレーニングしなきゃと思って、それで英語を始めたんですね。
外国語を学ぶというのはすごく脳のトレーニングになるし、かつ運動をすることも脳にいい。あとメンタルが落ちてもダメだからかなり落ちていたんですね。やっぱり仕事ができない、前みたいにできないということが落ち
ていて。
私がスタンドFMを始めたときは、何度か英語の音読をしながらつらいことを話していたら泣いていたんじゃないかな、本当につらかったんですよね。
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体が元気なのに頭が働かないというのが本当につらくて、見た目は元気、でも脳が働かない。本当につらかったですね。
今は慣れた環境になってできることも増えてきて、分かってくださる人が増えたことで、本当にありがたいことに働きやすくなりました。
だからいろんなことがあっても頑張って来れているんだなと思っています。
こういう話をするのも、5周年です。Xを知らせて5周年なんです。
それを知った時に、当時のツイッターで5周年目という通知が来て、つまり私が病気を知って、情報収集のためにXを始めたというのが5年前。
11月8日に手術を受けたんですね。だからこの時期ぐらいに情報収集をしようと思って、
10万人数人の難病なわけですから、Xでだったら知っている人がいるかもと思ってXをしたんですね。
でもそれが正解でした。本当に今では、Xで知り合ったモヤモヤ病の患者の友達、モヤ友と言っているんですけど、
私と同世代というか私よりもだいぶ若い人が多いですね。
小学校になった時にモヤモヤ病で、小1で2回も右と左で解凍術をしてバイパス手術をしたという子もいれば、
大きくなって脳出血でわかったという人もいれば、人それぞれ様々です。
その中で今日は5周年、5年前を思い出す機会になりました。
その中、娘とこうやって、なかなか普段一緒に過ごして話すことがないけど、話す機会もできてよかったなと思っています。
娘は高校に継続していくかどうか、私も今は分かりません。
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だって時々休んだり、今のクラスでは一緒にいてることがしんどいから距離を置いてるって言って、
他のクラスの子たちと接するのが楽しいって言ってるわけですけど、それはそれでいいのかなって。
その特権として、娘は一学年に17クラスもあるので、いろんな会う人のところで過ごせばいいと思うんですよ。
社会に出たらいろんな人に会う。今はその訓練中なのかな。
家の人から距離を離せるときには離せてもいいけど、いつかはそういうこともできない環境もあるじゃないですか。
今はできるんだったらそれでもいいのかなって。
私はガツンとそういう環境でも頑張っていようと思うんだけど、
娘が今は他のクラスの人と接することで楽しさを見出して、
行くときには行くって感じで、休むときは休むみたいな感じで出るのは、またそれはそれで応援していこうかなと思います。
聞きづらい放送だったかと思いますが、
5年目の記念放送、娘と一緒に過ごせて嬉しかったよっていう話を話させていただきました。
最後までお聞きくださりありがとうございます。
皆様とても素敵な一日になりますように。
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