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#849 オースティンの言語行為論【言語学者とその思想 vol. 6】 from Radiotalk
2026-04-07 09:40

#849 オースティンの言語行為論【言語学者とその思想 vol. 6】 from Radiotalk

主要参考文献
オースティン, J.L. (飯野勝己 訳) (2019)『言語と行為: いかにして言葉でものごとを行うか』東京: 講談社.

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サマリー

本エピソードでは、言語学者のジョン・オースティンが提唱した言語行為論について解説します。オースティンは、言葉を発すること自体が「行為」となる「行為遂行的発言」という概念を提唱し、発話行為、発話ない行為、発話媒介行為の3つの側面から言語行為を分析しました。これにより、言語が単なる情報伝達手段ではなく、行為そのものであるという新たな視点が示されました。

言語の機能とオースティンの言語行為論の導入
言語の機能を考えた時に、真っ先に思い浮かぶのは、コミュニケーションの手段ではないかと思います。
言葉によって人間は、より高度なコミュニケーションが可能になって、文明・文化を発展させていったっていうのは、疑いようがない事実だと思います。
あるいは言語の機能として、思考するための言語。誰かに話すわけではなくて、ある意味自分自身の中で思考を組み立てるために言葉を使っている。
そういった機能もあると思います。しかし、果たして言語の機能ってそれだけでしょうか?
今回は、ジョン・オースティンという言語学者が提唱した言語行為論についてお話しします。
言語は行為そのものである。極端に言うとそういった考え方でございます。BGM、ゆけい。
始まりました。志賀十五のツボ。皆さんいかがお過ごしでしょうか。藤村不明です。
行為というと、どうしても動作が伴うような体の動き、運動みたいなものを思い浮かべてしまうかもしれませんが、
そういった行為も含めですね。ここで言う行為、アクトというのは、もうちょっと広いものでございます。
今回お話ししているオースティンという言語学者は、1911年の生まれで言語行為論、
ないしスピーチ・アクト・理論という一種の理論を提唱した言語学者です。
言語学の中でも語用論と言われる、ある意味、言外の意味みたいなものを扱う分野で、
おそらく入門的な位置付けで学ばれることもあると思います。
この研究の成果というか、まとまったものが、言語と行為という本があって、日本語でも読めるんですよね。
事実確認的発言と行為遂行的発言
オースティンはまず発言を2つに分けて、それが事実確認的発言と行為遂行的発言と言われるものです。
ちょっと堅苦しい言い方ですが、前者、事実確認的発言は従来重視されていた、
陳述のため、序述のための発言で、雨が降っているとか、電車がやってきたとか、
こういう出来事の描写をするような、典型的にはそういったものが事実確認的発言です。
それに対して行為遂行的発言というのが、ある意味今回の期望ですけど、
何かを言うこと、それ自体が何かを行うことになる、そういったものを行為遂行的発言、パフォーマティブという言い方をしました。
それって一体どういうことなのかというと、例えば謝罪というのがあります。
謝罪しますと言ったとき、その謝罪しますという言葉を言うことによって謝罪したことになるんですね。
これ納得いかない人もいると思うんですよね。
謝罪しますと言ってごめんなさいと言ってないじゃないかと、そういう人もいると思うんですけど、
一応謝罪します、これ自体が、この発話自体が謝罪という行為になっているんですね。
謝りますも同様だし、逆にお礼もそうですね。
感謝しますと言った場合、ありがとうと言ってなくても感謝します、それ自体で感謝したことになると。
ただこの辺は、さっきも言ったように納得できない人もいると思うんですが、
他の例だと、宣言します。開会を宣言します。
この宣言しますということによって、宣言したことになるんですね。
あとは、班長に任命します。
この任命しますと言ったことによって、任命するという行為が行われることになる。
こういった発話イコール行為みたいなものが行為遂行的発言、パフォーマティブと言われるものです。
このような言語の側面は、オースティン以前は光が当たってこなかったところで、
言われてみれば確かにそうなんですよね。
発話自体が行為になることがある。
言語にはそういった機能がある。
それを言語の中心的な機能と見るか、周辺的な機能と見るかは、立場がいろいろあると思いますけど、
どうですかね。
事実確認的発話と行為遂行的発話、どっちが言語のメインの機能でしょうと言われたら、
普通は事実確認的発話の方、雨が降っているみたいな、いわゆるコミュニケーションに使う機能の方がメインと多くの人は考えるんじゃないかなと思います。
ただ、一面としてそういう行為遂行的な側面もあるというのがオースティンの発見でした。
言語行為の3つの側面:発話行為、発話ない行為、発話媒介行為
さて、オースティンは言語によって行われる行為を3つに分けました。
この3つが名前が似ているのと結構難しいというか、聞いただけではイメージしづらいものなんですが、
1つは発話行為、もう1つが発話ない行為、最後が発話媒介行為。
この3つの言語行為、言語によって行われる行為を設定したんですね。
全部発話と行為が入っているんですけど、最初が発話行為、2番目が発話ない行為、3番目が発話媒介行為です。
発話行為というのはある意味これが一番シンプルで、要は発話をする意味のあることを言うというただそれだけのことです。
次の発話ない行為は発話の内側の行為ということなので、さっきお話ししていた行為遂行的発言というのはここに含まれると考えていいんじゃないかなと思います。
宣言します。開会を宣言しますということによって宣言というのが達成されるわけですね。
あるいは約束しますというのも約束するという言葉を発することによって約束を取り付けている行為が達成されているということです。
こういった行為遂行的発言以外でも発話ない行為っていうのは認めることができて、
例えばお願いしますって言った場合はこれは行為遂行的なんですよね。お願いするということでお願いしているわけですけど、
来てくれたらなーみたいな、いわゆる遠距離的な言い方をしてお願いすることもありますよね。
どっちかというとそっちの方が頻度としては高いかもしれませんが、この来てくれたらなーっていうのはその発話によってお願いというか依頼という発話ない行為が行われたことになります。
最後の発話媒介行為というのは、発話を媒介して何か行為を行うということなので、
今お話ししてた例で言うと、来てくれたらなーという発話によって相手が来るという行為をした場合、この行為が発話媒介行為です。
要は発話を聞いてそれに対するリアクション、反応みたいなのが発話媒介行為ということができます。
言語が絡む、言葉が絡むコミュニケーションには、この発話行為、発話ない行為、発話媒介行為と3つの側面があって、
それを整理したのがオースティンの業績なんですね。
まとめと次回予告
というわけで今回のエピソードは、ジョン・オースティンの発話行為論についてお話しいたしました。
個人的にはこの辺の話は苦手というか、誤用論とかあんまりいいだなって感じなんですけど、面白いところもあるかなと思います。
それではまた次回のエピソードでお会いいたしましょう。
番組フォローまだの方はよろしくお願いいたします。
エピソードを終了します。
09:40

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