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#869 わかりそうでわからない少しわかる構造主義 from Radiotalk
2026-06-16 11:04

#869 わかりそうでわからない少しわかる構造主義 from Radiotalk

主要参考文献
ファージュ, J.-B. 加藤晴久訳 (1972)『構造主義入門: 理論から応用まで』東京: 大修館書店.

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#落ち着きある #ひとり語り #豆知識 #雑学 #教育

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サマリー

このエピソードでは、構造主義の概念を言語学の観点から解説します。特に、言語学の父と呼ばれるソシュールの理論を中心に、言語を個々の要素ではなく、他の要素との関係性の中で捉える「構造主義的」な見方について、チェスの例えを用いて分かりやすく説明しています。相対的な価値や否定的な定義によって言語が成り立っているという構造主義の考え方を掘り下げていきます。

オープニングと構造主義への導入
本日のエピソードは、構造主義についてお話ししていきます。
構造主義、なかなか堅苦しいというかね、
まあアカデミックな感じがしますよね。お便りをいただいております。
ペペロンチーノさんからお便りいただきました。ありがとうございます。
いつも楽しく配置をしております。構造主義について、
番組で取り上げていただけないでしょうか? よろしくお願いいたします。といったお便りでございます。
過去のエピソードでも構造主義について取り上げたことは多分何度もあって、
ジャンケンと構造主義というエピソードを昔撮ったことがあって、これはノートの記事にもしたものがあります。
そちらもぜひ読んだり聞いたりしていただけたらと思いますが、何はともあれ今日のエピソードのテーマは構造主義です。
BGMです。始まりました。志賀十五のツボ。皆さんいかがお過ごしでしょうか。眠り狂四郎です。
番組宛にもう一つギフトいただいております。
陽さんからラジオトーク宛にギフトいただきました。ありがとうございます。
この番組ではお便りや質問とか感想とかそういったものをフォームで受け付けております。
概要欄にリンクがありますのでそちらからお気軽にお送りください。
そんな中今回は構造主義についてリクエストがございましたので話していこうと思います。
構造主義とソシュール、言語学の変遷
構造主義っていうのは言語学とすごく深い関わりがあるというか、言語学から構造主義は始まったと言っていいんですよね。
構造主義そして現代の言語学はソシュールという学者によってその歴史が始まりました。
ソシュールという人物の名前は言語学をやったことがある、学んだことがある人であれば避けては通れないというかね、聞いたことがあるそんな人も多いと思います。
実際この番組でも何回も取り上げていますね。
ソシュール以前とソシュール以後で言語学というものはずいぶん変わりました。
ソシュール以前にも言語学というか言語を対象した学問というものは存在していました。
時代としてはだいたい1900年ぐらいを境にして19世紀以前か20世紀以降かである意味ソシュールを基準として言語学がガラッと変わったんですね。
そのソシュール以前の言語学、つまり19世紀以前の言語学はすなわち歴史言語学というか比較言語学であって、
ヨーロッパの言語の共通の言語、祖語を探求する、遡るというのが盛んな時代がありました。19世紀というのはそういった時代だったんですね。
ソシュール自身もこの歴史言語学において非常に重要な発見をしています。
なのでソシュール以前の言語学は全くダメっていうわけではなくて、ものの見方が変わったっていうような感じなんですよね。
その新しいものの見方っていうのが構造主義ということです。
ソシュール以前の言語学:歴史言語学と文献学
構造主義の話に入る前に、ソシュール以前の言語学についてもうちょっと深掘りしておくと、
今言ったように歴史言語学っていうのが盛んだったのと、あるいは文献学っていうのも言語学の一部みたいなところがありました。
ヨーロッパであれば古い文章とか書籍っていうのがあるので、それを研究する、内容も含めて研究するっていうのが文献学です。
こういった19世紀以前の言語学、歴史言語学であったり文献学っていうのは外在的言語学と言われることもあります。
外在的、要は外にあるということですね。
外在的があるんだったら内在的があるのか?まさにその通りで、ソシュールが始めた言語学は内在的言語学なんですね。
この外在的とか内在的とか一体どういうことか?
ソシュールはヨーロッパの人なので、チェスの例がよく出てくるんですよね。
言語っていうのをチェスになぞらえて、ある意味新しい言語学っていうのを提唱していったわけです。
チェスじゃなくても別に将棋でもいいんですけど、その外在的っていうのはどういうことかというと、
チェスの例で言えば、そのチェスのコマがどういった見た目をしているか、どういった形をしているかとか、あるいはどういった素材でできているかっていうのが外在的ということなんですね。
さっき言った文献学っていうのがやっているのはまさにそういったことなんですね。
文献学といってもその中身っていうのは様々だと思うんですけど、そのテキストの物質的な側面、どういった物質で書かれているのか、インクの成分であったりとか、あるいは用筆子を使っているのかパピルスを使っているのかとか、
こういった研究は文献学というよりは書詞学といった方が正確かもしれませんが、
いずれにせよ、こういったものは外在的な言語学です。
ソシュール以降の言語学:内在的言語学とチェスの例え
それに対して20世紀以降の、ソシュール以降の言語学は内在的な言語学で、
チェスの例で例えれば、簡単に言えばチェスのルールであったり手順であったり、そういったものを研究する、
そういった学問です。
チェスというゲームにおいて、チェスのコマの素材とか、あるいは形状っていうのは、
そんなに本質的ではありません。というか、全く本質とは関わっていないと言ってもいいぐらいです。
例えばチェスをやろうと思ってコマを並べていったときに、
ナイトのコマが一つ足りない。困った。とりあえずこの牛乳瓶の蓋をナイトの代わりにしよう。
でも構わないんですよね。ゲームは全然することができます。
そのチェスのコマが木であったり、造芸とかでも作られるのかちょっとわからないですけど、
その素材が何であろうと、チェスの本質には関わってこないんですよね。
あるいは形っていうのもどうでもよくって、牛乳瓶の蓋みたいに、
ああいう平面的なものであっても、チェスというゲームは問題なく行うことができます。
チェスというゲームにおいて重要なことは、
それぞれのコマが互いに区別できる、違っているということです。
そしてこのチェスと同じように言語も他と違っている、区別できるということが本質的だというのがソシュールの言語学。
さらに言うと構造主義的なものの見方なんですね。
構造主義的見方:相対的な価値と否定による定義
四五十五の壺
個々の要素、それぞれの要素を個別に研究するのではなくて、他の要素との関係の中で相対的に研究するっていうのが構造主義的なものの見方です。
言語っていうのはそういったものの見方、相対的なものの見方っていうのがしっくりくるんですね。
ですので構造主義を論じるときに価値という言い方をすることがあります。
つまり相対的な関係の中で、まさに価値というのは決まるからですね。
例えば日本語では、いとえという母音は別の母音です。
なぜなら、いきというのとえきというのは別個の単語だからですね、意味が変わるので、いとえというのは別個の音です。
しかしこの母音、いとえというのは絶対的に存在しているというよりはやはり相対的なもので、いっていうのはえではない母音だし、えっていうのはいではない母音です。
日本語のいという母音は、日本語の母音の体形、5つ母音があるわけですけど、その体形の中で相対的に決められるものです。
ここで相対的って言っているのは否定的と言ってもいいかもしれません。
いっていうのはえでもあでもおでもうでもない、そういったものをいと言っている。
あ、い、う、え、おっていうのは残りのメンバーではない、そういうふうに否定的に定義されるものであると、極端な言い方するとそういうことができると思います。
それが構造主義的な考え方なんですね。
エンディングと関連情報
今日の話はなかなかわかりづらかったと思いますので、ぜひ関連エピソードとあるいは関連ノートの方もぜひ聞いたり読んだりしてみてください。
それではまた次回のエピソードでお会いいたしましょう。番組フォローまだの方はよろしくお願い致します。
お会いでは7月15日でした。
11:04

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