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2025-08-16 11:38

【雑談回】中学時代に後悔していること。

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サマリー

中学校の思い出や恩師との再会を通じて、当時の後悔や成長について考えています。特に野球部での経験を振り返り、遠慮してしまったことがその後の人生にどのような影響を与えたのかを語っています。中学時代の後悔について振り返る中で、自己表現への遠慮がもたらす影響や、人との組み合わせによる新たなエネルギーの可能性についても触れています。自分の意見をしっかりと伝える重要性や成長への欲求が特に強調されています。

恩師との再会
おはようございます、しゅうへいです。この番組では、1年後のあなたが楽になるヒントを、瀬戸内科の島から毎日有効お届けしております。
はい、ということで、もうちょっとで筋トレ100…今、8日連続ぐらいだったんですけど、もうちょっとで危なかったね。今日、忘れてた。
昨日、あの、同窓会行ってきて、で、あの、中学校のね、恩師の方がいて、あの、本当に久しぶりに会いました。前なんかね、うどん屋さんだったんだけど、
そう、野球部も担任だったので、まあ、僕も野球やってたんですけど、なんか、時が止まった感覚っていうかさ、うーん、なんかまあ、どっきりさんも13人ぐらいですかね、島の中学、だいたい33人なんですよ、一クラス。
で、ずっと小学1、2年生から中学3年までみんな同じクラスで、で、最後のゆうすい担任、同じ、みんな同じクラスの担任だった先生だったんですよね。
そう、で、まあ、なんか、いろいろ、白内障とかね、ちょっといろいろ手術もあったんだけど、あの、前回来る予定が、まあ、今回その手術で、あの、難しくて、で、今回は、あの、元気になってね、うん、よかったと思って、で、まあ、変わってないし、ね、いやあ、なんだろう、中学2、3年の頃を思い出してね、
うん、なんかこう成長したようで、あんまり変わってないなあ、みたいなんで、よく覚えてるんですけど、今日なんか雑談だね、いいかな、お盆だから、お盆っていうか夏だしね、はい、夏だしってどんだけ言い訳してんだ俺、あの、よく覚えてるんですよ、いや、先生覚えてるかなと思いながら、だって先生だって多分、教え子っていうのが1000人ぐらい多分いるでしょ、うん、そのうちの33のうちのまた1になるからさ、僕だと、相当なあれじゃないですか、で、まあ覚えてないだろうなと思ったんだけど、
僕は県予選だったかな、あの地区予選か最後のあの総体か、総体ってありましたよね、あの早く帰るじゃなくて総合なんとか体育祭みたいな、で、あれで多分サッカーで言うとインターハイとか、で、中学校、あ、インターハイじゃないか、中学校だからね、まあなんか全国大会みたいなのがあると思うんですよ、
で、それの、まあ当時はえーと、今の今治市内ぐらいだったかな、10何校ぐらいだったのかな、で、あの試合があって、で、僕ピッチャーだったんですけど、うん、まあ一応、一応エースね、島の中学でエースってなんか全然あのどやれない、あれだけど、まあ全然体も大きくなくて、と、今本当に野球やめて伸びたんですよ、うん、あの野球やめて伸びて、だから全然もう本当に体もそんな真ん中ぐらいだったかな、で、球もすごい遅くて、
さあ、まあ中学校のピッチャーって早い人って110キロ、20キロ出すじゃないですか、うん、都会の人とかね、ね、たまにもう130とか行く人もいるけど、まあ僕はね、あの100キロも出てなかった、たぶん90キロ出てたらいい方だったのかな、すげー球遅くて、まあ自分もそれ嫌だったんだけど、うん、まあでも一応島だからエースには慣れて、やってて、で、あれ、何だったかな、新人戦だったかな、だから2年生の時の大会か、もうね、ボロマネだったかな、
それを負けしてたんですよ、ずっと、その先生がずっと練習試合を組んでくれて、野球部のね、で、20戦20敗ぐらい、だから夏の練習試合、もう夏ほんとお盆休みが2日3日ぐらいしかなくて、それが全部練習か練習試合、で、20校ぐらいと戦ったんですけど、1回も勝てなかった、で、正確にはですね、1校だけ勝ったの、1回だけ勝ったんですよ、
で、まあまあ割と強いっていうところに1回だけ勝てて、うん、でもなんかそれは、なんか、どうなの、Bチームだったのかなとか思いながらね、1回だけ勝てたんだけど、まあそれぐらい弱い、弱かった、その中学校、吉海中学校だったんですけど、が、新人戦でね、たぶん1回戦確か玉川に勝って、2回戦大西に勝ったのかな、もうそれも練習試合で勝ててないところで、で、勝って勝ってみたいな、で、2回勝って決勝だったんですよ、
うん、で、決勝が朝倉で、あの当時オチ君っていうすごいあの早いピッチャーがいてさ、北、北高に行ったんだけどね、うん、で、そのオチ君、オチ君だったよね、めちゃめちゃスラッとしててさ、玉早いんですよ、もうたぶん100、105か110ぐらい出てんじゃないかな、めちゃめちゃ早かった気がする、で、朝、その朝倉と戦って、まあ負けたんだけど、
負けたんだけどね、でも準優勝だったんでしょうね、20敗、夏の練習試合20敗もして、のになぜか吉海中学校が新人戦準優勝したみたいな感じで、まあ結構なんか、うん、なんだあんな弱小チームがみたいなね、そうで、何の話かっていうと、その僕がその1回戦2回戦、あれ、1回戦2回戦投げたのかな、投げたんだっけ、で、その後ね、要するにあの決勝でも、
投げるかみたいな、うん、次もいけるかみたいな感じだったんですよ、うん、あ、違うか、これ相対の時か、ごめん、新人戦の話じゃないかもしれない、ごめん、どっちでもいいね、まあまあ何が言いたいかっていうと、あのごめんごめん、今日本当にすごい雑談なんだけど、あの、
要するに僕エースで投げてて、2試合目いけるかってそのね、先生に聞かれたの、監督だったんだけど、その時に僕、いや、大丈夫ですって言ったの、
僕よく覚えてる、いや本当さ、うーん、出てるなーと思った自分の価値観みたいなものが、普通エースだったらさ、その次の試合も大事な試合なわけですよ、そこ行くだろうって、うん、みんな思うよね、2試合目も投げて、ちゃんと2試合勝って、で、多分次の試合みたいな、
なのに僕はもう一人そのピッチャーがいて、あの、そいつも投げた方がいいだろうなと思って、いや、大丈夫ですって言って、いけよ、みたいな、それ覚えてたんですよ、僕はね、ずっとなんかなんか頭の中残ってて、
で、親父からもね、あのその後、まあお前が投げとったら違っとったかもしれないなーみたいなね、負けたんですよ、次の試合でね、うん、
お前が投げてたから変わったかもしれないねっていう話で、で、なんかそれを言われて、ああ確かになんで僕は譲ったのかなーみたいな、結構思って残ってたんですよね、なんかそういうのない?なんか、
後悔と成長
中学校、高校の体育というかなんかで、ない?なんかそういう記憶、もっとあの時やっとけばみたいな、あるよね、で、うーん、
なんかすごいやっぱ中途半端に頑張っちゃってたなーというのはやっぱありますね、で、それを先生にね、あの話したら先生も覚えてて、うん、お前いかんのかいってやっぱ思ったって、でも本人がそうってことはね、
投げさせるわけにはいかんからっていうので、まあ結局その僕はその試合投げなかったんですけど、そうだから、なんかね、本当は投げたかったんですよ、うーん、なんかそういうものがすごいその後々の自分の人生の選択にも顔を出してるような気がするんですよね、なんかこう、
遠慮すんなっていうこと、うーん、なんか割と遠慮してたかも、うーん、なんか、いやそんな僕はいいですからみたいな、で、これってさ、
なんか誰かのためってなりそうじゃん、いやその同じ中学校同じ部活頑張ってるフィッチャー2人いるんだから、もう一人投げさせた方がいいんじゃないかってね、うん、
思ったりするんだけど、でも本当にそこで大事なのって多分試合に出てるんだから勝つことだし、勝つためのプランを、ゲームプランを考える、作るっていうのがやっぱ一番大事で、
で、勝つために僕はやっぱ投げるべきだったし、なんかその僕が投げたら勝ってたかどうかわかんないけどね、でもなんかそういうのってないですか、大人になっても、
どっかこう自分が本当はここ話した方がいいんだろうな、入った方がいいんだろうなっていう時に、いやちょっと遠慮して周りのこと気遣っていかない、で、まあ結果がちょっと微妙になっちゃったみたいな、ああ俺言っとけばよかったなみたいな、
うーん、なんかそういうのはね、僕多分結構人生の中で割とそういう場面が多かったかもなーって思うんですよね、うーん、だからチャンスがあればやっぱ手を挙げてどんどん行くべきだし、で、
それがなんか逆、逆にそれをしなかった時っていうのは上手くいったケースが多かった気がしますね、例えば、
あのブログを始めた時とかも、ね、池谷さんいて、ハーチュさんいて、どんどん僕はその池谷さんとハーチュさんがなんかこう、なんだろうそのサロン同士のコラボみたいなのが進むように、あの講演会企画したりだったりとか、
あのー、なんかいや僕はハーチュさんとなんか話すようなまだまだ実力ないんでみたいな遠慮とかもあったけど、あったけど、でもここはやっぱ自分行かないといけないなと思って、ね、ここは自分が行くんだと思ってハーチュさんと、確か母校でなんか対談させてもらったことが一回あるんですよね、
母校ってあの鶴文化大学で山梨の、で、そうそうそう、で池谷さんともね、なんかそういうセミナーとかね、対談とかもね、させてもらってるし、なんていうのかな、
そこで自分が出ないみたいな選択ももちろんあるんですよ、なんかもう自分は前座なんでみたいなね、うん、だけど、そういう遠慮ってなんかあんまり意外といらないかもって思うんですよね、だって他にうまくできる人がいないっていうか、
いやそこは自分の能力を発揮することが多分よりみんなの可能性とかその時間が良くなるのであればやった方がいいじゃないですか、
なんかそのスピノザの哲学じゃないけど、そのエネルギーがより高くなるとか、そのなんていうかな、能動的、より能動的になるというか、自分がこう、自分自身が原因となり、より良い結果を作れそうなときは多分絶対どんどん手を挙げていった方がいいですよね、そう、で、
そうしたときはやっぱうまくいくし、逆に気を使ったりとか、まあここまででいいかってなってるときがやっぱ中途半端だったなーなんてことをやっぱ思い返すとありますね、なんか受験のこともそうだし、なんかどっかでこう本気になりきれないみたいなものが自分の中で多分課題としてずっと降ってきていて、
それは今もそうなんですよね、どっかなんかこう、いや自分じゃない方がいいんじゃないかなとかと思ったりしてね、なんかこう譲ってしまうというか、アクセルを踏み切らないみたいなことがあって、そう、だからそれをちょっと思い出しながら昨日は帰りました。
でもまあみんななんか楽しそうで、ね、あの元気にそれぞれそのみんなの場所でね、なんかこう今こういうことやっててっていうのは聞けてすごくまあいい時間だったし、うーん、まあでもなんか本当にある意味あの中学校ね、2、3年ぐらいの時代から意外とみんなそのパーソナリティでいうとあんまり変わってないのかなーと思いましたね、そうだから、まあいいものは持ちつつね、その組み合わせとか、
人との組み合わせの可能性
ね、なんかそのチーム化した時にこの人とこの人組んだら面白いねみたいな、そうそうそう、そういったものもなんか原点としてあったのかもしれないね、クラス、同じクラスの中で、なんかね、スポーツとかなんかいろいろあるじゃないですか、そう、だから人同士のその組み合わせによっていろんなエネルギーが出てくるという可能性が広がるっていうのは多分これからのAI時代すごく重要で、うーん、なんかそういうことを進んでこう場所を作って機械を作って面白いそのエネルギーの交換じゃないけどができるような人それをこう
なんていうのがね、脚本するって言うとおこがましいけど、それを設計する人ってすごい僕はなんか価値を持つんじゃないかなって思うんですよね、価値っていうか、うん、なんかそれが本当に楽しい人同士のその価格反応が、僕多分そういうの好きなタイプだと思いますね、うーん、なんかチームをこう作ったり、これこの人とこの人組んだら面白そうみたいな考えるのすごい好きで、
物語考えるの好きだからかな、そういったこともね、あのいろいろ創作というか制作にもね、生かしつつ、まあいろんな可能性がこれから多分出てくると思うので、AI時代で、うーん、まあそのね、いやもっとやっとけばっていうことがね、またないようにやっていきたいと思います。はい、ということで、まあまだまだ暑いので皆さん、体調気をつけてお過ごしください。また次回お会いしましょう。バイバイ。
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