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日々お伝えしているニュースや話題の中から1つのテーマに絞って、
専門家や当事者に話を聞く週替わりの特集コーナー、
ウィークリー・クローズアップです。
人類の被害をもたらした東日本大震災の発生から今年で15年となります。
当時のことを知らない世代も増えてくる中、記憶を風化させず
後世に伝承していくことが課題となっています。
今週は、震災の記憶ス東日本大震災から15年というテーマでお送りします。
きょうは、この方にお話を伺います。
宮城県渡り町ではどういった被災経験をされたのでしょうか。
私の住んでいたところは福島都の県境の沿岸部で、
地震の後に津波が来まして、
街の半分以上が寒水被害を受けたという形になりました。
斉藤さんはその時、午後2時46分はどんなことをされていたんですか。
あの日は、ちょうど金曜日だったので
会社の庭で工事の立ち会いをしていました。
携帯の方に緊急地震速報が流れて
当時開くやつだったので、パッと開いたら
その瞬間に大きな揺れが来まして
自分が立ってられないくらいのすごい揺れが来まして
その中でも従業員とか外に避難するように
大声で掛けてやったんですけど
その時に広いところにいて助かったというのもあるんですけど
その時っていうのは、こういう地震が起きた時に
まず津波っていう発想っていうのはあったんですか。
太平洋側沿岸部って常に
津波っていうのは頭の中にあるんですよ。
でもね、その1年前に地理地震津波がありまして
その時もほとんどの方逃げたんですよ。
逃げたんですが、そんなに水位が上がらなくて
30センチでもすごい水位なんですけど
被害ないじゃないかってみんな油断してしまったんですよね。
日本大震災という風になったので
油断満針のところにちょうど大きいのが来てしまったっていうのが
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僕が考えるところです。
斉藤さんはその後、福岡にいらっしゃったということですけど
その経緯っていうのはどういうことだったんですか。
たまたま食品会社に勤めていたもので
電気、ガス、水道すべて使えなくなって目処が立たないということで
優先順位がいろいろあるんですよね。
なので目処が立たないということで
一時的に福岡にあります関連会社の方に
復興という形で転勤をしまして
そこで1年間ぐらい様子を見ようかということで
そのタイミングで福岡に来ました。
もうそこからずっと福岡でお住まいなんですね。
そうですね。変わらず。
福岡にいらっしゃりながら
語り目として活動しようと思ったのはなぜだったんですか。
最初はですね、報道とかでいろいろ
綺麗な話ってあるじゃないですか。
誰々さんが助かった、助けたとかそういう話あったんで
僕はいろんな面を見てきて
意外と人って怖いもんだなぁとか思いながらいて
世間がそういう美談の方でまとめるんであれば
僕は黙った方がいいのかなとか思ってたんですよね。
でもそれをたまたま知り合いの方が
ケゴ公演で震災復興イベントやってたんですよね。
そこで学校の先生なんですけど
その方がちょうど私の住んでた渡里町にボランティアで来られた方で
その先生とお話ししたら
生徒の方にも話をしてもらえないかっていう
依頼を受けましたね。
それが2、3年くらい寝かせてたんですけど
そこで切り出したって感じになります。
もう期間としてはどのくらいになりますか、語り部の活動を始めてからは。
細々とはやってたので10年以上になりますかね。
実際語り部をする時にどういうことに気をつけてらっしゃいますか。
怖い話とか怖い映像とか見せて怖がらせるんじゃなくて
正しく怖がるのを主眼においてはやってますね。
正しく怖がる。
正しく恐れる。
その正しくってのはどういうふうに思えばいいですかね。
ただ地震来て怖い、津波来て怖いじゃなくて
地震が来た時にこの行動をする。津波が来た時はこの行動をする。
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今メディアとか記録する部分はあるんですけど
記憶の部分、とっさに動けるところで自分の体の中に落とし込んで
こういう行動を取るっていうことの方に着眼点を置いてます。
それがまさに自分自身を守ること、あるいはその周りにいる大切な人を守ることにつながる。
はい、そうです。
実際でも10年ほど続けてこられてどんなことを感じますか。
そうですね。やっぱり関心の福岡って災害がほとんどないじゃないですか。
あるんですけど、全国から見たら安全な方の部類だと思うんですよ、福岡って。
過ごしやすいですし。なので私こういう後編やってると
斉藤さんそんなこと心配しなくていいけん福岡は俺たちが守るってよく言われるんですよね。
年配の方なんですけどね。
でも東北にもそういった意気込みの方いて何人か亡くなってはいらっしゃるんで
やっぱり気合だけでどうのこうのじゃなくて
正しく判断して正しく行動するっていう方に舵を切っていかないと
こういう災害が起こるたびに誰かが亡くなった悲しいとかで終わらすのではなくて
東日本で亡くなった方々が報われるような
公正の社会にしていかないといけないと僕は思います。
5年配の方からのお声もあると思うんですけれど
今年で15年になって知らない世代だったり生きている時に経験していない世代っていうのも
増えてきていると思うんですがそこに関してはどう感じですか。
最近大人向けじゃなくて子ども向けの方で活動がメインになりつつあるんですよね。
小中高大学あと学童とかその辺の子どもたちにもお話しして
感想文をいただくんですよ必ず。短くてもいいんで。
それを読むと小学生、大学生ぐらいならまだ記憶が残ってるんですけど
今のもう10歳とかだと全くわからないんですよね。
話の中に記憶ある人も暗くて怖かった、電気が使えなかったとか
そういう抽象的な言葉ばっかりになってるんですよね。
今のこの15年っていうのは今の20歳以下がもう全部そういう風になってしまってる。
彼らがまた大人になって親になって子どもができた時に
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その子どもたちを守れるようにしていかなきゃいけないと思うんですよね。
そうですね。震災の記憶15年が経つわけですけども
風化させないために斉藤さんはどんなことを伝えたいですか?
東北から九州ってなるとすごく遠いイメージあるんですけど
これは遠い外国の話ではなくて日本で起きた本当につらく悲しい出来事っていうことに
気持ちを切り替えていかないといけないと思うんですよ。
この3.11っていうのは必ず切り替えて
個人を思う、推倒の意味で繰り返さないっていう決意を決める日だと思うんですよ。
その切り替えるためにはどうしたらいいかっていうことは
映像を見るんじゃなくてこの当事者たちの話を聞いて
この当事者の話っていうのは本当に身近な話で
皆さんに当てはまる部分がすごく大きいんですよね。
そういう今の震災を知らない世代が増えていく中で
過去の災害から学んで悲劇を繰り返すように
よくテレビとかで奇跡の生還をしましたとか話聞くじゃないですか。
僕その奇跡の生還っていう言葉があまり好きじゃなくて
みんな助からないといけないと思うんですよね。
災害あるたびに犠牲者ゼロというのは僕は目標にしてまして
そういうふうに奇跡の生還が当たり前の社会に
こういった語り部活動を通じて社会に福岡に紡いでいきたいと考えています。
佐藤さん今日は朝からご対応いただきましてありがとうございました。
今日は宮城県で被災し今福岡に移住して語り部として活動されている
斉藤忠さんにお話を伺いました。
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