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日々お伝えしているニュースや話題の中から1つのテーマに絞って
専門家や当事者に話を聞く週替わりの特集コーナー、
Weekly Close Upです。
ことし2025年は日本でラジオの放送がスタートして100周年です。
そこで今週は、ラジオのこれまでとこれからというテーマでお送りしています。
きょうは、戦時中のラジオとその後、についてです。
戦争によって役割はどのように変化したのでしょうか。
戦争に対して国策を宣伝しようという意識が非常に高くなって
だんだんそういう番組が増えていくんですが、逆に
それを受ける国民の方も、当時やはり戦争というものが非常に大きなニュースですし
だんだん身近な人が戦地に行くようなことも増えてくる
というふうになると、戦争のニュースへの関心というのが
非常に高まってくる時代ですので、こういう戦争のニュースが増えてくる時代って
思われてないんですが、だんだんとこの時代物がなくなってきて
ラジオの方も入手もしにくいし、値段も高くなるというような時代になるんですが
聴取者の数は、太平洋戦争の改善に向けてどんどん増えていくんですね。
当時はやはり新聞も売れましたし、国民もみんなそういうニュースを求めていた
というのが正直なところですね。
ただ、その放送の内容というところでいうと、政府にとっては
放送業にあたる情報は統制されて出されなかったという側面もあるわけですよね。
当時は日本放送協会以外の電波は一切聞いてはいけない
というルールになっているんですね。
国が認めた内容だけが報道できたと。
当時の日本放送協会は自主取材をしていませんので、
通信社のニュースをリライトして放送していましたので、
外国人から出てくる原稿というのは問題のないものしか来ませんから。
国にとって都合のいいニュースを国民を戦争に導いていくように
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放送させていたというのが戦時中の放送ですね。
そういった反省もあって、終戦を迎えた後のラジオは
どのように変化していったんですかね。
戦争末期は空襲警報を伝えることで命を守る大事な手段にもなったわけですけれども、
昭和20年8月15日に戦争が終わって、
日本が連合軍に占領されるわけですね。
連合軍総司令部GHQは、日本を民主化するという目的で
放送も始動するようになるわけですね。
そのときはまだNHKしかないわけですけれども、
今度はラジオを戦意向上のほうから
民主化するための手段として使おうとして
それにかなうような番組を作らせたわけですね。
これは娯楽面でも今でもやっているようなクイズであったり
インド自慢であったりとか、いろんな番組が始まって
戦争のニュースばかりって軍歌を流している放送に比べれば
ずっと楽しいものになりますから、国民も受け入れるわけですけれども、
戦後から民放のラジオがスタートしていくわけですけれども、
このあたりの背景を教えていただけますか。
日本が独立を果たしまして、1950年に今の電波散歩ですが
放送法ができて、それによって今までNHKが独占していたラジオが
民放と共存する形になって、1951年に
ラジオ九州さんを含めて民間放送が
ちょうど16局開局したというのが
今の形の放送になる最初ですね。
九州と大阪と東京のラジオは当然違うことをやってますし、
それぞれバラエティもありますので、そうすると
今まではとにかく地元のNHK1個しか聞こえればいいというだけのもので
簡単なラジオで受信できたのが、もっと遠くのラジオも聞きたい、
その中で性能のいいラジオが民間放送ができたという
コンテンツが変化したことで一気に普及したという背景があります。
この性能のいいラジオというのは、本当に民放が始まって
1年ぐらいで一気に普及したということがありますね。
その中でテレビが50年代後半に普及してくると
ラジオを聞く人が減っちゃいますので、その中でまた
ラジオが普及されてしまったので、今度は一人一人に寄るそうような形の
編成に変わって、ラジオがパーソナルのメディアに変わるということで
今まで残ってきたということを言えますね。
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リビングに端末を置いていたものが、一人で楽しめるようなポータブルの
ラジオが生まれたりということにもつながっていくわけですよね。
近空間の大きいラジオが置いてあったものから
簡単に家の中で持ち運べるラジオが普及したことで
部屋から部屋に持って歩けるということで、いつも傍らに置いて
誰かが使うというライフスタイルができたということですね。
そういうラジオの歴史を日本ラジオ博物館を設立して
始めていこうと思ったきっかけは何だったんですか?
もともとラジオも博物館も好きで、将来は
リアルな博物館を持ちたいという夢は持っていたんですけれども
そこから3,40年かかっていますけれども、周りの友人の手助けなどもあって
この長野県の松本でリアルな博物館を開くことができたというのが
2012年ということになるんですけれども
そんな岡部さんにとってラジオってどんな存在ですか?
そうですね。ラジオは昔から聴いていますし
伝える媒体は何になるか、電波なのかインターネットなのか分かりませんけれども
何らかの形でこういうメディアというのが残って
どんどん発展していってほしいなという思いはありますね。
これからのラジオに期待することってありますか?
また今のインターネットでのSNSみたいなものとは違う
もう少し穏やかなメディアとしてずっと信頼できるものとして
伝えてほしいなという思いはありますね。
若い世代も今ラジオを聴き始めている人も増えてきているというところもありますので
そんな方のためにもラジオ博物館を通して
ラジオの魅力や歴史などを広めていってください。
今日は貴重なお話を聞かせていただきましてありがとうございました。
岡部さんが館長を務めております日本ラジオ博物館
貴重な資料も数を公開されておりますので
もし機会がありましたら中野県にある日本ラジオ博物館にも訪れていただきたいですし
ホームページの方もぜひ覗いてみてください。
日本ラジオ博物館館長の岡部忠信さんにお話を伺いました。
今回のパッテンラジオ帯はポッドキャストでもお楽しみいただけます。
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