00:00
日々お伝えしているニュースや話題の中から一つのテーマに絞って、専門家や当事者に話を聞く週替わりの特集コーナー。
Weekly Close Up。
今週はですね、イスラム教について知るというテーマでお送りします。
明日28日からイスラム歴で断じ気づきを表してラマダンが始まるということになりまして、こういうテーマにしております。
今日もですね、日本人でイスラム教に改修したこの方に橋本アナウンサーが話を聞いています。
慶応義塾大学大学院政策メディア研究科でイスラム教を学ぶ辻秋穂さんです。
秋穂さん、おはようございます。
はい、おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
今日はリスナーさんや私のSNSで募集した秋穂さんへの質問をたくさん聞いていけたらと思っています。
まず一つ目、毎日の礼拝大変なのでは?という質問です。
こっちに今私がいるインドネシアの人たちも含めて、ちゃんともちろん5回礼拝、その明け方起きて礼拝する人もいれば、
てっきり私はムスリムの人ってもっとちゃんとオンタイムで5回しっかり礼拝するのかなと思いきや、
全然そんなことがなくて、割とみんなお昼の12時と3時につってまとめたりすることができるのね。
人によっては普通に生活してるとその時間に礼拝できないって人もやっぱりいるから、
本当は5回礼拝するのは義務だけど、実際みんなそんなちゃんとやってるかと言われると、そうでもないっていうところがあります。
礼拝をまとめられるんですね。
ただその、日本ではまだムスリムの方少ないと思うんですね。
で、そんな中で礼拝されるところも限られてくるじゃないですか。
日本に住む中で大変だったことってありますか?
まず一つ目がやっぱり食べ物。それこそ最初の回収したての時とか、
今までなんか適当にコンビニで自分が食べたいものをピッピッピッピッって選んじゃえば良かったんだけれど、
回収してからもしかしたらあれに例えばアルハドが使われてるかもしれないとか、フォークオイルが使われてるかもしれないとか考えるようになって、
その確認作業みたいなのがあったかな。
カップ麺がほとんど食べれなくなったのは、ちょっと結構来たかもしれない。
大体豚肉使ってて、使ってないやつだとね、もはや覚えてるんだけど、
イシンのカップヌードルのトムヤムクン味とか。
うん、結構カップ麺はね、もうほぼほぼ全滅っていう感じだったかな、私に関しては。
自分で料理しちゃえばね、自炊しちゃえば何が入ってるかも分かるから全然大丈夫なんだけど、
外でご飯買うときとか、レストラン注文するときに、
これはどっちなんだろう、大丈夫なんだろう、みたいなそういうのは、
こういう原材料は豚肉が含まれてるっていうのがちょっと理解するまでが少し大変だったかもしれないかな。
2つ目が、礼拝したいときとか断食したいときってなったときに、
まず礼拝するってなると、基本的にあんまり場所がない。
03:02
礼拝する前に、日本でも例えば、帳図とか口と定規読めたりすると思うんだけど、
同じでムスリムのうずって呼ばれる顔洗ったりとか手洗ってとか足洗ったりとか、
そういう場所がやっぱり限られてきちゃうから、
大体今、いろんなところで結構その、礼拝室みたいなところ設置するとこが増えてきたから、
割とどんどん良くなってきてるんじゃないかなっていうふうに思ってるけど、
それこそ毎日、さっき言ったように毎日ちゃんと5回礼拝するみたいな人からすると、
近くにないっていうのは結構すごい大変みたいで、
後衛室とかで礼拝することになっちゃったりとかする人もいる。
プライベート空間にはできるし、それなりに座ったりするスペースもできるからみたいな。
あとは、断食のときに、やっぱり日本の生活の時間って、
例えば朝9時に学校行ったりとか仕事行ったりとかして、
それで5時に帰ってくるみたいな。
しかも休みが大体1時間くらいしかないじゃない?12時、1時とかで。
そうすると、その時間帯で礼拝するとか基本的にほぼ無理だし、
朝早く起きすぎちゃうと今度は夜すぐ眠く、夕方には眠くなっちゃうとか、
そこら辺の生活リズムの調整はやっぱり大変かもなっていうふうに思います。
確かにインドネシアの空港は、礼拝所が結構どこにでもありましたし、
日本でも少しずつでも増えていったら、
そういった苦労はちょっとはなくなるのかなと思いますね。
じゃあもう一つ、一神教のイスラム教を信じるムスリムの方たちは、
他の宗教信者、そして無神論者のことはどういうふうに思っていますか?
っていう質問も来ています。
実はクルアンっていう、イスラム教の中で言えば聖書のようなものなんだけれど、
その中に2つ、ちょっと引用したい部分があって、私の中としては。
1つ目があなた方にはあなた方の宗教があり、私には私の宗教があるっていうふうに書かれている場所と、
神様が人間をいろんな性別、いろんな民族にしたのは、
お互いがお互いを知り合うために人間の違いを作って分けたんですよっていうふうに書かれていることがあって、
よくその2つが大体他の宗教の人とか、他の民族価値観とかの人と、
どういうふうに立ち向かうべきかみたいなところで引用されるんだけど、
要は全然他の宗教、多神教でもいいし、キリスト教とかヨダイ教の異神教の人でもいいし、
あとは無神論者の人とか、宗教ほどではないけどスピリチュアルなことに興味がある人とか、
イスラム教の人はどっちかっていうと、全然OK、あなたはあなた、私は私。
違いがあったらどういうふうに違うのっていうところをお互いに知り合ったりとか、
コミュニケーションをとって情報交換しようねみたいな感じのふうに思っている人が大半で、
ニュースで見るような結構過激なタイプの人は本当にごく一部っていうふうに思ってもらえるといいかもしれない。
06:01
私もインドネシアに行ってた時に、やっぱりどこかでちょっとネガティブなイメージがイスラム教に対してあったんですけど、
本当に一部の人たちのことがニュースとして取り上げられて、世界でニュースになってるんだなっていうのは学んだので、
そこは、自分はもうイスラム教わからないし、ムスリムでもないしじゃなくて知ってほしいなっていうのはありますね。
例えばインドネシアとかだと、宗教なんなの?イスラム教だよ。そうなんだ。
なんか血液型とか聞くくらいのテンションで聞かれる。
だから例えば日本人が来て、宗教なんなの?仏教だよとか神道だよって言ったら、
仏教はインドネシアにもあるからそうなんだってあるし、神道だよって言うと、神道ってどんな宗教なの?みたいな感じの会話になる。
だからほとんどの人は全然そのニュースで見るような、他の国とか他の地域の人を攻撃するようなっていう感じではなくて、
割とお互いのことを受け入れて、違いがあっても本当にそうなんだぐらい。
みんな宗教が持ってるのが当たり前みたいな国の方がやっぱり海外だと多いから、
それはそれ、これはこれ、あなたと私の違いがあるのは当たり前っていう感じ。
イスラム教って言うと厳しいとかそういう風なイメージを持たれることが多いけど、
どっちかって言うと寛容だなっていう風に思うことが多いかな。
礼拝とかも生理中の人とか病気の人、子どもとかはやらなくてOKだし。
寛容の部分っていうのはもしかしたら、私たちの日常生活の中でも掘り入れて、
生活の中で生かしていくっていうのができるかもしれないですよね。
日本人の中での同調圧力みたいなのってあると思うんだよね。
それを同じ日本人なのになんでこうじゃないの。
例えば同じ日本人なのになんでムスリムなの?みたいな風に思われることとかやっぱりあるけど、
私は私、あなたはあなた、あの人はあの人、うちはうち、外は外みたいな感じで、
お互いの違いをそのまま受け止めて、
人が持っているものを大事にしていることとかに、
口出しをしないとか、自分の価値観を押し付けないとかするのは大事かもなっていう風に思います。
本当に大事なことですね。
改めて秋穂さん2日間ありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
この時間は慶応義塾大学大学院政策メディア研究科でイスラム教を学ぶ辻秋穂さんでした。