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清野翔太の個性のカラクリラジオ。
このラジオでは、その人がなぜその人なのか。
個性のカラクリを研究してお伝えしている番組です。
翔太さん、お願いします。
はい、お願いします。
翔太さん、愛着についてですね。
1個前に話を始めていたんですけど、
そもそも、愛着障害の原因って何ですか?
というところを、今回教えていただきたいです。お願いします。
はい、ありがとうございます。
原因についてはですね、
愛着っていうのが形成されるのに、
特に重要な時期っていうのがあって、
正確には忘れてしまったんですけど、
確か、生後半年か2歳とか、
そこら辺だったような気がするんです。
ちょっと間違ってるかもしれないですけど。
その時期に、
まず、ちゃんと愛着の対象者がいたかどうかっていうのが結構ありまして、
例えば、親がその時期に死んでしまったとかなると、
結構深刻なダメージがあったり、
あと、親がどんどん変わっていっちゃったみたいな。
特別この人好きだなって、
愛着が生じようとした時にまた変わっちゃうみたいなことが
繰り返されていくと、
きついですよね。
そういう物理的に、
愛着対象者が安定して存在できなかったりするっていうのが1個。
これはよくある。
よくあるというか、
愛着が問題し、明らかに愛着障害だねっていう時って、
多分そういうことから見つけられることが多いんじゃないかなっていうのはあります。
あとは、親が愛着障害っていう場合、
もちろん親が愛着障害でも必ずではないんですけど、
やっぱり親自身が不安だったり、
回避型と不安型で表れる方が違うんですけど、
不安型だったら精神が安定してないわけですよね、親の。
だからそれは過剰にケアをするって形に表れたりとかする場合もあるし、
回避型の場合だったら多分、
愛情を注ぐってこと自体が面倒くさいって多分なるんで、
愛されているって実感を子供に持たせることが多分すごく難しかったりするわけですよ。
そういうふうに親が愛着障害を持っていると、
それが子供にそのまんま渡ってしまうっていうのは結構ある話みたいですね。
そういう対応を受けちゃうもんね。
そうですね。
だから親の片方でも安定型だとすごい違うみたいなんですけど、
安定型、愛着が安定している人が近くにいると、
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愛着障害の人って近くにそういう人がいることによって
愛着を克服していけるっていうのがあったりとか、
気持ちが安定するっていうのが一個あるんで、
片方でも安定型だったらいいんだけど、
2人とも愛着障害みたいな感じになると、
結構子供的には辛い感じになりますな。
なるほど。
あと親が2人とも安定型でもやっぱり子供が愛着障害になるってことはあるみたいなんですよね。
これは多分個性になっちゃうのかなって思います。
受けての問題なので十分に愛されているっていう実感を
子供側が察じているかみたいなところだったりするんで、
そういうので必ずしも親が愛着障害じゃなかったとしても
子供に愛着障害が起こるってことはあるみたいですね。
なるほどね。受ける側の個性の問題というか、
性質的なものもあるってことなんだよね。
環境要因が多いって言われてるんですけど、
愛着障害って。でも一応遺伝もあるにはあるっていう研究もあるみたいなんですよ。
そういうのもあるっちゃある。多分少ないと思うけどあるっていう感じですかね。
なるほど。
原因としてはそういうところなのかなと思いますけど、
いつでも愛が欲しいときに愛が与えられるっていう環境に
2歳ぐらいまで整えられたらいいですけど、
各家族が増えてるからそういうのも多分すごくあると思うんですよね。
親2人だとダメなんだけど、おじいちゃんおばあちゃんがすごく愛を注いでくれたってなると
またちょっと違うと思うんですけど、各家族っていうのはそこの保障体制が弱いので、
確かにな。
そういうのも現代は辛いところかなと思いますよ。
確かに。だって例えばさ、
うち3つ違うんだね、子供。
私も兄弟、弟と3つ違うけどさ、3つ違うって言うとさ、
それこそ上の子が2歳の時に妊婦なわけだよね。
でなったら妊婦期間の過ごし方とかさ、
しんどい時に関われないとかさ、
あと生まれて年5ちゃんとかだったらまさしく1歳2歳の時にさ、
お母さんお母さんで精一杯だったりとかになったり、
すぐ下の子が生まれたりとかってなっちゃうからさ、
構ってほしい時に構えてもらえないとか、
親の方も構いたいけど、それどころじゃないっていうか、
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っていう状況でさ、だからなんつーの、
仕方ないよね、みたいな場面もあるよね。
そういうのもある。だから実際しょうがないのはある。
そうだよね。
しょうがないのはある。
愛着障害って必ずしも悪いのかっていうと、
実は偉大なことを成し遂げた人って結構愛着障害が絡んでいるところがあるらしくて、
やっぱり満たされないわけじゃない。固活してるんですよ、心が。
だからそれが不屈のエネルギーとなって膨大な行動を乱すんですよね。
だからアーティストとか世の中で革新的なことをやるっていうのは、
当たり前に人々が受け取れるものでは絶対的に満足できないっていう、
ものすごい欠けてるものがあるから、
莫大なエネルギーを作るわけですよ。
そういう意味でいうと、ある意味その人の辿る人生の中で、
愛着障害っていうものを将来克服する、
将来大人たちが克服することもあるんで、
でも一時的にそういう状態であることは大事だから、
経験する人もいるよねっていう話はあるんで、
必ずしもそれが悪いんですかっていうと、
それもその人その子その子の人生の設計図というか物語の中で、
必要で愛着障害で経験してるっていうこともあるから、
それはそれで愛着障害になっちゃったから、
それが最悪だったのかっていうと、
でもそれによるギフトももう一方であるよねっていうのもありますね。
なるほどね。
なんかさ、ほら、
どうしようもないじゃん、不恰好力ってさ、
そこに対して何もできないとかさ、
その時に気づけなかった親の私とか、自分の親とかさ、
そこを思ってももうしゃーないっていうかさ、
なんだろうね、
なんかその得られなかったことに対してかわいそうとか、
なんか生きづらさがあるって不便だよねみたいな、
そういう価値観がくっついちゃうと、
なんか愛着障害超ネガティブって思っちゃうと、
でもなんか、
そういう人生結構思って生まれてきたよねって、
落ち着くとさ、別になんか、
そんなに落ち込まんでもいいかもねって思った。
そうですね。
なんか自分も、
なんだろう、
愛着障害ってなるまではいかないんですけど、
愛着スタイルって、
それをもうちょっと広く広げたバージョンのやつでいた時に、
それでも自分は、
明確に問題ですっていうところまでいかない、
そのちょっと手前ぐらいの結果だった。
だから、
普通に正常に生きられるレベルなんだけど、
すごくわかるんですよね、
その愛着の、
愛着障害の感覚は結構自分の中にあるなみたいなところはあって、
でもそれがあるから人とつながろうとしてきたな、
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みたいなところがあるし、
自分が今心とかを研究してるの、
それがあったからだよなみたいなのがすごくあるんで、
まあ、
それはそれで良かったのかな、
今これ喋っているのは、
そういうのがなかったらなかったかもしれないし、
何にもね、
ずっと満たされてきたら、
こんなことやってないかもしれないし。
しかにね、
そうだよね、
なんかみんなさ、
オーカリスクの中でこの愛着の感覚、
その満たされてない感じとかさ、
その不安方も回避方もさ、
オーカリスクの中であると思うんだよね。
ゼロクダックじゃないじゃない。
なんかこう、
それが良い悪いじゃなくてそうなんだね、
みてください。
本当は良いんだよね、
なんか、
良い人だからさ、
子供に寂しい思いをさせてしまってとかさ、
ついついさ、
親って思いがちだ、
私なんかも思うし、
けどなんか、
いくらでもね、
挽回できるし、選んできてるし。
そう、
ちょっと原因に戻って、
喋らなくてもいいんだけど、
個人的にちょっと気づき、
なんだろう、
そっかって思ったのが、
この愛着が満たされるためには、
人類に対する愛って、
執着がある意味ないわけじゃないですか、
その、
みんなに平等に愛を注ぐみたいな感じなんだけど、
愛着って特別、
この人は特別私のこと愛されてるって感覚だから、
ある意味、
執着されてないといけないんですよね、
だから、
執着されてないといけないっていうのは、
なんていうのかな、
個人的にすごく、
そうなんだ、
みたいな、
そういう、
生き物として大事なんだな、
みたいな、
必ずしも、
高次元の愛があれば、
健全に育つのかっていうと、
そうではないというか、
そういう、
動物としての愛情みたいな、
のが、
この愛着の中で重要なんだな、
って思ったよって、
うんうんうん、
なるほどだ、
でも言ってた、
子育ての、
あの、
花丸学習力の高浜さんっていう先生、
あの人が言ってた、
特別扱いされる経験が大事って、
そうなんですよね、
愛着なんですよね、
そうだよね、
特別扱いって気持ちいいもんね、
うんうん、
自分が特別だって思えるって大事だよね、
思わせてもらわないと、
自分のこと思えないじゃない、
何もない中に、
そうなんですよね、
うん、
なんか大丈夫?長くなった?
そうです、そろそろ、
今回はそんな感じで、
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次にあれですね、
克服という話をしたいと思います、
はい、お願いします、
翔太さんありがとうございます、
はい、では、
ご視聴いただいた皆様ありがとうございます、
じゃあこのお話がね、
よかったな、また聞きたいなと思ったら、
ぜひチャンネル登録していただいて、
何度でも聞いていただけると嬉しいです、
はい、では、
今週も楽しみにお待ちください、
ありがとうございました、
また明日、