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聖野翔太の個性のカラクリラジオ。 このラジオでは、その人がなぜその人なのか、
個性のカラクリについて研究している、聖野翔太さんにお話を聞いている番組です。 翔太さん、今日もよろしくお願いします。
お願いします。 今日はですね、個性は個人で完結しないというお話を聞かせていただきたいと思います。お願いします。
はい、ありがとうございます。 今日は個性のカラクリの話、個性というものについての話で、以前にもちょっと似たような話もしているような気もするんですけど、
個性って言った時に、なんか私、個人の話っていう感じのイメージを持っている人が多いのかなって思うんですけど、
そもそも人と一緒にいることを前提に、持っている才能っていうのはあったりするんですね。 つまり、
私一人だと使えないんだけど、人と一緒にいることによって使える能力っていうのは実はあって、
それも含めて個性だなというふうに思ってるんですけど、数比で言うとちょっとわかりやすい話があって、
12番って人がいるんですね。 12番っていうこと自体がちょっと一般的じゃないんですけど、相手は12番という人がいるんですね。
12番の人っていうのは、想像性っていう能力があるんですけど、人と一緒にいる時にしか発揮されない想像性みたいな感じなんです。
私一人で、ものすごく漫画を描ける、漫画を描けるというか、
完結するような、なんでも思いつくことができるとか、すごいクリエイティビティ溢れててみたいな感じではなくて、
人と一緒にいるという時に発揮される想像性みたいなものを、二人三脚みたいな形においてのみ発揮される想像性を持っている人っていうのは12番っていう人だったりするんですけど、
12番の人の想像性っていうのは、人ありきなんで、人と一緒にいる中でどう発動していくのかみたいな感じだったりするんですけど、その時にそれは依存的なのかっていうと、依存的という角度で解釈することもできるかもしれないけど、
いやでもそもそもそうじゃなくて、二人三脚で発揮するというふうに、そのために与えられている才能であるというようなものがあるなというふうに思っていて、
この話は何かその、以前につながりの中でしか個性は活かされないよみたいな話をしているんですけど、それと同じような話っぽいんですけど、
改めてその個性っていう時に自分の能力を高めるに結構フォーカスされがちだったり、いかに私が私であるのかっていう話になりやすいなと思うんですけど、
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そもそもやっぱり、私が一人でいる時と、私が人と一緒にいる時の出てくるものっていうこと自体が実は違う可能性があって、
人といる時に自分が時折発揮される特殊能力っていうか、そういうところも知っていけると、実は思わぬ自分の才能に気がつけたりするんじゃないかなっていうふうに、
思ったりしているという話です。
なんかあの、ヒューマンデザインで言うと、マイダンジョンカードとか、チュルリラグリーンカードっていうのがあって、
2つの数字が揃うことによって、なんかその進化するみたいな概念があるんで、ヒューマンデザインとかだとわかりやすかったりするんですけど、
この人といると、いつもはできないけどこんなことができちゃう私みたいな、そういう形の才能っていうのもあって、
なるほど、はいはい。
それも含めて個性なんだよなっていう。
依存とかとはまたちょっと違う感じですね。
そうですね、活動条件に他者がいるみたいな。
あー、お互い発揮できるもんね。
そうですね。
うん、生かし合えるやつだ。
へー。
そもそも個性って言うときに、地球、この宇宙に人間が1人しかいなかったら、個性はそもそも認識できないわけで、何なのかわかんないですね。
自分が、何が私なのか、私らしいのかとか、存在しないですよね、1人だったら。
なのでやっぱり、個性の話っていうのは、やっぱり個人で言い切れない、個人という話に収まりきらない話だし、
ちょっと今最近MIROSにハマってるんで、
話になると、私が封印している私を目の前の人が表してくれてますと、
言ったときに、じゃあ私は何なのかって言ったときに、
つまり、私が知っている私はあくまで半分でしかありませんよって話なんで、
だって私が封印した自分が目の前の人ですよねってことは、目の前の人は私って話になるじゃないですか。
そうすると、私って何なのって話になっていく。
だけど、全部で一つである中の部分が、部分として私は存在しているけど、あくまで部分であって、
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私が知らない私、私が発揮式、なんていうのかな、
つまり私、今持っている自分っていうのはあくまで、
自分の全体の偏った広角の一角に過ぎないみたいなものが私であるということなので、
他者を知るとか他者と繋がるということ自体が、やっぱり自分を知ることに役立つという。
なんで笑ってんの?
いや、なんかだんだん混乱してきたなって。
何喋ってるんだろうみたいな感じになってきたという。
なんか、この全体の中の一部しか認識していない、ここだけを自分だって思っちゃってるよねっていうことかなって聞いてきて。
そうですね。
あーすごいなー、これ3つ前かな、ぐらいのお話とミロスのお話だよね。これ繋がりますね。
そうですね。また全然ちょっと違う話するんですけど、
自分が興味あるものが集合地っていうものに興味があって、
場とかコミュニティが持っている知性のことを集合地って呼んだりするんですよね。
その集合地の脳みそだったらいっぱいシナプスみたいなものがいっぱいあって、
その集合体が脳みそっていうか思考回路を作ってるわけじゃないですか。
同じように集合地の場合は一人一人の人間っていうものがその場に存在していて、
その繋がりの中で起こってくる知性みたいなものを集合地って呼んだりするんですけど、
その集合地っていう概念が現れると、
自分個人が持っている知識やスキルやあらゆるものっていうものが、
たぶんその集合的なものと繋がることによって、
より引き出されたり本来のポテンシャルが発揮できたりとか、
自分を出すことによって場からまた返ってくるものがすごく多くて、
学びが深まったりみたいなことがすごく起きると思ってて、
その時にいかに個人としての有能性みたいなものが無意味なのかっていう話になってくると思ってて、
自分はあくまでその全体の中の一部として、その一部を発揮するためにいるけれども、
自分がいかに優れているのかみたいに、
考えること自体がもったいないというか、
あなたの優れた能力っていうのは、
自分で突き詰めることよりも全体の中に存在した方が、
よりめちゃめちゃ活かされる可能性があるよみたいな話なので、
みんなに還元されていったりとか、みんなの栄養になっていくっていう意味?
っていうこともあるし、自分の能力がその状態の方がより発揮される可能性がある。
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つまり自分が特別、自分にしかできないって思っていることが、
そう思った時の自分にはできないことが、
集合的なものと繋がることによってしか生まれないことが生まれていく可能性があると。
自分はそういうものにすごい興味があるんですよね。
だからその集合的なものとして、
そこに存在するすべてのみんなのそれぞれの望みが、
繋がるからこそ叶っていったり、
一人はできないことが繋がるからこそ、
想定以上のことが叶っていったりとか、
そういうことが起こり得るのではないかなと思っていて。
だからその人と繋がる中で個性を生かすっていうことによって、
自分個人には到底思いつきもしなかった、でも本当に望んでいたみたいな、
世界が出現する可能性があると思っていて。
プレイを見たい。
プレイを体験したいと思って、
いろんなことをやっている感じです。
なるほど。そこに一歩踏み込む勇気って結構私は大きいかなと思っている。
そこのハードルを翔太さんはすごく下げるのが上手な方だなと思う。
順番に、願望っていうのは順番に、
自分から順番に満たすしかないとは思っているので、
まず自分が満ちていたり幸せであるっていうことの次に、
自分の身近にいる家族とかパートナーみたいな、
次にまさと側みたいな感じで、
満ちていけばどうせこの周りに意識が向いていたり、
つながりを持とうとはするんですけど、
でも自分の望みを叶えるって段階でも、
つながるってことによって叶いやすくなるなみたいなこともあるし、
つながるには好きなことを言いふらすとか、どうしたらいいですか?
つながり、それはまた深い話になります。
じゃあそれはまた次の方がいいね。
つながりの持ち方っていうのも、
一つ前の個性への興味の持ち方、自己理解のきっかけっていうのもそうだけど、
次はつながりを持つっていうふうになる段階とか、
知りました、じゃあどうするの?どうしたいんだけど、
より自分を活かすにはつながっていくよなと思った。
それもまた聞かせていただきたいなと思います。
塩田さんありがとうございました。
はい、ご視聴いただいた皆さんもありがとうございます。
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