ビジネスは人と出会うための手段
清野翔太の個性のカラクリラジオ。 このラジオでは、その人がなぜその人なのか。
個性のカラクリについて研究している 清野翔太さんにお話を聞いている番組です。
翔太さん、今日もよろしくお願いします。
お願いします。
翔太さん、今日はですね、 ビジネスの本当の目的とはについてお話をお願いします。
ビジネスってことなんですけど、 これは一般的にビジネスは、
もうけるためにあるみたいな。 売ることによってもうける。
もうけを増やすために、集客を人を 集めて、どのように売ったらいいか
みたいに考える。っていうのが 一般的な見方だと思うんですけど、
最近、シンクロ企業塾をやっている 堀内さんとの話で、
面白いなって思った話があってですね。
人と出会うために、これは僕の言い方。
堀内さんとの話を受けて、 自分が今思っていることみたいな感じですけど、
人と出会うために、ビジネス、 集客みたいなものがあるっていう風に
思っていたりする不思議があってですね。
そもそも才能とか願いっていうものが、 ここで完結しないと思ってるんですね。
だから一人の人間の中に、やりたいことの すべてがあったりするわけではなかったり、
才能っていうものを自分一人で使う前提 作られていなかったりすると思っていて。
例えばユッキーと一緒にいる中で、 ユッキーといることによって
その時だけ発動する才能っていうものがあったり、 発揮され方があったりするなと思うんですよ。
集団の中で発揮される才能
あと人が集まるとまた違うというかですね。
例えばポテンシャルストーリーっていう 2月に300人イベントやったんですけど、
その時70人のクルーがみんなで一緒に イベントを作るってことをやっていたんですけど、
その時そういう場面でしか発揮されない 僕の能力みたいなものがあって、
例えばビジョンを示すとか物語。
イベントに向けた物語を語るってことだったり、 イベントの物語を作るってことだったり、
物語っていうものを使って人を動かしていったりとか、
循環を生み出すみたいな能力っていうのは、 あの集合体だからできたなみたいな。
人が集まらないと発揮する場面もないし、 発揮できないみたいなことがあるという時に、
人が集まる時にしか発揮されない才能があったりとか、
ある人との組み合わせによって発想される 才能みたいなことがあった時に、
そもそも自分という人間の機能っていうのは 一人で完結するものじゃないって思ってるんですよね。
人と出会う、自分を本当に100%使おうって思ったら、
それを一緒に発揮してくれる相方だったり、 周りにいる環境っていうものがあるから、
自分の才能100%発揮できる。
環境によって自分をどれだけ使えるのかどうかっていうものは、 変わってしまうなって思ってるんですよ。
あと、思いとかやりたいことっていうものも、 自分に全て欠片があるって思っていて、
例えば最初、ゆきが起業したいっていう時には、
ママ向きの何かをしたいみたいなところが 最初あったわけじゃないですか。
そこからいろいろ発信を始めたり、 じゃあどんな商品作ろうかなみたいなことを考えてやって、
ショータジックの仲間だったりとか、 クライアントとのやり取りみたいなことが発生して、
会話をしていったりとか交換をしていく中で、 ある時、性教育っていうものがしたいかもしれないみたいな、
願いの交換から生まれる活動
ハッと気づく瞬間みたいなものがあった時に、
それはゆきの奥深いところに、 ゆきのより深い思いがあるという見方もできるんですけど、
もしかするとその思いっていうもの、 それがより深い思いではあるんだけど、
やっぱり自分の願いの欠片を他の人が元々持っていて、
自分が最初の、じゃあ私起業したいっていう表現であったりとか、
今向けの何かをしたいっていうことを語っていることによって、
必要な出会いが起こって、 その必要な出会いとの、
起こった相手との思いの交換の中で、
その合体したものが自分のより深い願いになるみたいな、
そういうふうに思ってたりするんですよね。
だからそもそも自分の中に、自分を深掘れば本当の願いにたどり着けるかっていうと、
そうではなくて、そもそも願いっていうものは、
一人が持っているものじゃなくて、
多くの人が欠片を持っていて、そこの交換によって、
より深い真相の、より本当の姿、
より完全に近い願いというものが出現して、
そこに感化されて、また活動しているうちに、
そこに引き寄せが起こるわけじゃない。
強い思いには人が集まってくる。
集まってきた人、それぞれの願いがまたそこに融合されていって、
まとまって、より深いものになっていってっていう、
連鎖が起こっていくんじゃないかなと思うんですよね。
持ったときに、ビジネスの目的っていうのは今の表明なんですけど、
今私はこのような人にこういうものを与えたい、
こういうものを実現していきたいっていう表明によって、
人が集まってくるんだけど、
だからある意味、ご縁とか運命の相手っていうものがいて、
その運命の相手との出会いを引き起こすためのきっかけとして、
商品があったりとか、
集客っていうものがあるんじゃないかなって思うわけですよね。
この世のどこかには自分と一緒にミッションを果たして、
ミッションっていう言い方は男性っぽい言い方なんですけど、
この世で体験したいこと、
この世で味わいたい感情だったり、味わいたい体感っていうものがあって、
それを共に味わっていく相方たち、仲間たちっていうのはこの世のどこかにいるんですよね。
その人との出会いを作るためのきっかけとして、
ビジネスがあったりとか、
その人の活動、
市民もそうかもしれないですけど、
活動っていうものがあるのかなみたいに思っていてですね。
その方が、そう思った方、
そうすると、
出会うべき人と出会うためにビジネスっていうものがあるので、
自分っていうものを、
自分じゃないものを使って人を集めても意味がないっていうことになるわけですね。
自分じゃない魅力的な言葉、
自分が本当は思っていない言葉で集まった人っていうのは、
自分とシンクロしない人たちなわけじゃないですか。
その人と出会っても才能の交換とか思いの交換ってものが起こらないので、
起こるべき人生の展開ってものは起こらないって話になるわけですよ。
だからやっぱり、
自分がこの人生で起こしたいことを起こす、
体験したいことを体験する、
果たすべきミッションを果たすっていう、
一部としてビジネスがあるっていうふうに思ったら、
やりがいのある活動であったりとか、
思い入れのある、
自分を発揮できるビジネスみたいなことになっていくのかな、
みたいなことを最近思っているみたいな、
そういう話ですね。
ビジネス以外の手段と目的・才能
なるほど。
ビジネスじゃなくても、
例えばその才能を活かし合う場所であれば、
ビジネスじゃなくても才能を発揮できる?
もちろんもちろん。
何でしょうね。
その人が体験したいことがあって、
これから進みたい人生、
起こしたい人生の展開というものがあって、
ビジネスは手段なので、
その手段がビジネスではなくて、
表現活動っていうところにある人もいるだろうし、
ボランティア活動っていうところにあるかもしれないですよね。
だからビジネスをやるときにも、
その前提で考えたほうがいいけど、
ビジネスじゃなくても同じ構造かなというふうに思います。
そうかそうか。
他にもできるけど、
前提としてってことね。
他にもできるけど、
その人の何をやっぱり願いとして持っているのか、
何をこの人生の中で表したいのかっていうことが先にあって、
ビジネスを選ぶ人は、
ビジネスじゃなきゃいけない理由が強い人のほうが、
やっぱり形になるんですね。
その自分がこの世界、この人生の中で起こしたいことは、
ビジネスが最も効果的に起こせる。
ビジネスじゃないと自分のやりたいことは果たせないっていう人は、
やっぱりうまくいくというか、
うまくいくまでやるって感じかな。
ビジネスじゃなくてもいい人はビジネスじゃなくてもいいので、
ビジネスじゃなくてもいい手段のほうが早いかもしれないから、
やっぱりビジネスって形は長続きしなかったりする。
なるほど。
自分とかその相手の才能を生かし合うっていう手段として、
ってことだよね。
ビジネスじゃないと果たせないっていう人は、
そういう、
生かし合う。
そうですね。
その才能っていうところもそうだし、
やっぱり願いですよね。
何を満たしたいのか、
何を表したいのか、
才能も手段なので、
才能はそれを果たすための武器じゃないですか。
そうか。
目的は願いで、
才能は武器なんですよね。
道具なので。
なるほど。
ただ、まあ、
願いがわからないときは才能を使うっていう方向にいったらいいのもあって、
なぜかっていうと、
その才能たちは願いを果たすために持たされているので、
才能を辿っていけば願いが辿り着くはずなんですよね。
雪絵の活動から見えてきた願い
なんかさっき雪絵のことをちょっと事例に出してくれたじゃないですか。
はい。
それ、自分のことを今ちょっと遡りに聞いていたんだよね。
例えばそのスタートのところだったら、
自分の中にあった深いところが出てきたっていうよりも、
私がこれやってみたいってポンポン言っていったら、
あ、ちょうど聖教君の話してほしいっていう人いるんだけど、
やってくれるっていうオファーが来てきて、
話してみて、めっちゃ喜ばれて、
というか、初めてだったんだけど、
もうすぐ満になったんですよね、出してすぐ満。
はいはい、満席ね。
はい、満席。
で、来月もやりましょう。
で、来月も埋まりました。
というので、結局私が気づいてやりたいって言ってやり始めたんじゃなくて、
言ったら、じゃあやりましょうっていう方が現れて、
で、参加した方が喜んでくれて、
で、やってるうちに、私人前で話すの好きだったりとか、
これやってるのって、なんか、
やっててよかった、めっちゃ楽しかったっていうのをやりたかった。
っていうのが、他と違う、
恐怖、怖いよね、こうなったら困るよね、
みたいなじゃないところで話してるのがすごい気持ちよかったとか、
やっぱりだんだんこう見えてきた。
で、あ、そっかそっか、怖くてじゃなくて、
安心して普通に喋れる場が欲しいんだよね、みんな。
ってなったところから、少しずつ規模が大きくなってたような気がする。
決められた道ではなく試行錯誤で進む
そうですね、だから、今の話もそうですけど、
なんか、自分もやりたいことが先にあって、
それを成し遂げていくっていう、そういう見方もあるんですけど、
これは原内さんが言っていたことです。
何が起こることになっているのかっていうのを感じるみたいな話があって、
起こることになっている。
そう、だから、性教育を最初からやりたいって言ったわけじゃないですか。
でも、たぶん、たどるべき道っていうものは進むようになっているんですよね。
このような現象を、神様なり自分が生まれてくる前なり、
決めてきたこと、決まっていることだったり、
今の宇宙だったら宇宙の意識ってものがあったときに、
宇宙的に引き起こしたい出来事や、起こしたい展開みたいなことがあって、
そのときに、ユッキーという人生の中でいうと、
このルートはめっちゃ進みやすいみたいな流れみたいなものがあって、
それを宇宙は引き起こしたがって、それと共鳴する命なはずだから、
宇宙が起こしたがっていることをやりたい人は、
この世の世界にはどこかにいるみたいな、そういう対応関係なんですけど、
だから、性教育やりたいってなっていくっていうことは、
男性性的な進み方なんだけど、
そんなに重い気持ちが最初あるわけじゃないけど、
いろいろやってみたら、そこの道がすごい進みやすかった、
やってみたらものすごく反応がいい、楽しかったし、
でもそういえば、私はそういう背景があったな、
本当は私は性教育やりたいのかもしれないみたいな感じで、
内面的に深掘っていったものとも、一致感があるみたいな感じのこと、
このような展開が起こることになっていて、
いろんな試行錯誤をやっている中で、その道が発掘されたみたいな、
だから、そういう意味で言うと、最初にやりたいと思ったことに、
こだわりすぎると、本当にやりたいことを見失ってしまう可能性があって、
最初に、いつも今やりたいと思っていることって、きっかけにすぎなくて、
その先に出会うべきことになっていること、
出会うことになっている人とか、やることになっている活動みたいなことがあって、
そこのプロセスの中で、今その時にやりたいと思ったんだみたいな感じで、
あらゆることを見ていくと、
今やっていることにとらわれすぎている人の人生が、
すごく動きやすくなったりするのかなっていう感じはあるかなって思いますね。
身近な人との関係とセックスレスの話
そうだよね。だって、性教育の方で求められているなとか、
自分としてもやりがいがあるなってなっていると、
それをやっていくみたいになっちゃいがちなんだが、
やっていくうちに、自分がやりたいと思っていたのって、
身近で大切な人との関係をどう作るか育てるかなんだっていうところだよね。
なるほど。
そうそう。だから別に、親子の性教育とか、
性教育だけに限ったことでは全然なくて、
って思ってたら、なんと私、来月、
ラブホテルでセックスレスのお話をするっていう。
へー。
はい。だからそっちも私はやりたかったから。
なるほど、なるほど。
うん。だからもうそれは子供の性教育じゃなくなってるでしょ?
はいはいはい。
だからそれも、うわー面白いなって思ってる。
やらせてくださいっていうよりは、
はい、これあなたの部屋、何話す?好きなこと話していいよみたいなので、
話したいこと、去年もお声掛けいただいて、
去年とは違う感じでやりたいと思って。
だったらセックスレスに対しての反応がめちゃめちゃ、
それがいいですってなって、
性的教育がセックスレスかで迷ったんだけど、
今回セックスレスでいきましょう。
へー。
大切な身近な人との関係っていうのがやっぱり、今は楽しい。
うんうんうん、いいですね。
うん。
願いは人によって受け取り方が違う
だからそんな感じでやっぱり思いの交換とか、
その中で次のものがやっぱり見えてくる。
その次のものをまた引き寄せるっていうのと違うけど、
次の展開に行くための今、目の前のことがあるみたいな感じで思っていくと、
自然の流れの中でいろんなことが起こっていく気がしますよね。
うーん、確かに。
なるほどねー。
なんか願いって最初からわかっててそれに進めるのもあれば、
やりながら掴んでいくってこともあるよね。
やりながら掴んでいくほうが多いんじゃないんですかね、本当は。
でもなー。
なんかショウタさんも願い願いって言ってるからさ、
願いありきかなって思っちゃうのね。
あー、はいはいはい。
でもほら、変わるもんだよって前置きで言ってるじゃない。
はいはいはい。
だから、願いってなんだろうなーって私もよく思ったりするんだけど。
へー。
うんうん。
ショウタ熟成ですから。
なるほどですね。
あのー、そうですね。
だから願いっていうのは、純度100%の願いっていうのは、
多分人間が受け取れないものだと思っていて、
もしくは受け取った時に言葉にできないものだと思うんですよね。
それは、人はなんかそのー、
えーと、
ワンネスの体験をした時に感じる高速感みたいなものが、
多分純度100%の願いみたいなもので、
それは言葉にはならないみたいなものだと思うんですね。
だから、
でもその中の一部を受け取ることしかできないんだと思うんですよ。
でもその中で今最大限キャッチできる限りのは、
自分はこういうことがしたいのかもしれない。
こういうことを体験したいのかもしれない。
どっちに向かって行ってみようっていうことの連続の中で、
あのー、生きていくっていうことが、
僕の言う願いに生きるみたいなことで。
うん。
その願いが最初からかなりの回答で分かってる人分かってない人みたいな個性も、
まあ、あると思うんですよね。
それはなんかあのー、なんだっけ。
野球で人気者なんだっけ。
あのー、アメリカで勝って。
大谷翔平さん?
大谷翔平さん?
あ、そうそう、大谷翔平さんとかは、
子供の頃から変わらないわけじゃないですか。
一郎とかもそうですけど。
そういうね、
あのー、これはまた別の理論で5タイプっていうものがあって、
時間軸の個性みたいなものがあって、
終わりを本当に思い描いてそこから逆算していける。
だから願い、本当に多分最初からキャッチしている明確な願いがあるみたいな
タイプの人だったら多分その
逆算的な本当に明確な願いの元進むみたいな人もいれば、
僕は前進型って言って、ちょっと先のことしか分からないみたいなタイプなので、
僕はやっぱり変わり続けちゃうんですよね。
あのー、1ヶ月後こうなっていきたいからそこに向かってみたいな。
なんかそれもね、あの個性はあるのかな。
まあ、願いに生きる生き方っていうのも人によって違うんだろうなぁとも思います。
なるほどね。
なんかいっぱい喋ったね。
なんか長かったし、テーマも多様な書いてありました。
そうだね、そういうこともありますね。
はい。
はい、今回長かったけど、あれだね、最後まで聞いてくれたかしら。
最後まで聞いたよってコメントくれたら嬉しいです。
はい、翔太さんありがとうございます。
リスナーの皆さんも最後まで聞いていただいてありがとうございました。
いろんなテーマがあるけど、いいわね。
またね、次のお話も。
次っていうか別のお話も楽しみだな、聞きたいなって方はぜひ高評価、チャンネル登録していただいて楽しみにお待ちくださいね。
では、ありがとうございました。また別の話でお会いしましょう。
そうです。