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性のshotaの個性のカラクリラジオ。
このラジオでは、その人がなぜその人なのか、個性のカラクリ研究についてお伝えしている番組です。
shotaさん、今日もよろしくお願いします。
はい、お願いいたします。
shotaさん、前回の臨時体験のお話。
身体と意識の話をしていただいたんですけど、そこから気になったことを聞きたいなと思ってお伝えします。
身体と意識は別のものっていうところが多くて、それは何かわかったんだけど、なんで体に入るの?っていうところ。
意識は、さっきの話で言ってたけど、生まれるとか死ぬとかっていう感覚もないようなお話をしたじゃないですか。
あえてなんで体に入るの?っていうところで、ちょっとこれを抑えておいた方が何かより繋がってくるので。
はい、教えてください。
千内さんがまず本の中で言っているのは、暇だからっていうことなんですけど、いわゆるワンネスの世界みたいな意識が全部繋がっていて、全てがあって満たされている。
なんでもわかっているから、完結しちゃってるわけですよね。暇なんだと。
その時に意識の歪みを作って、そこに3次元世界が生まれていったのがこの世界だよっていうふうに千内さんは言ってるんですけど、
その捉え方自体がすごい男性っぽい捉え方だなっていうふうに思う。兄とはそんなこと言ってないけど、千内さんはやっぱり男性だから物事を成し遂げるとか超えていくとか実現していくっていうのがある意味、男性の性質なわけで。
それが一切必要のないその意識の世界がつまらんっていうふうに千内さんが思ったんだと思うんですけど。
その時にあえて制限をかけて、その中で本当に苦しみも喜びも味わっていける世界っていうのを作って、そのゲームをプレイしているんだと。
そういうふうに千内さんが言っていると。
僕はちょっとなんだろう、それはそうだなっていうのと同時に違うことも考えていて、意識は基本的に拡大に向かいたいものだって思っているんですね。
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意識っていうのは全体の意識ですね。集合意識というかワンネス的な意識っていうのは常により拡大した状態に成長したいものなのではないかなっていうふうに思っているんですけど。
ただワンネスの世界にいるよりも、この肉体という制限された一見分離した世界の中でワンネスを感じられる意識ができた方がより拡大しているのではないかなって思うんですよ。
目の前の分離している私とあなたは別々の存在ですっていうふうに喧嘩し合ったり奪い合ったりするこの世界の中で、でも本当はつながっているよねっていうことを知っている意識の方が、ただワンネスの世界よりもより次元の高い意識なんじゃないかなって思ってるんですよね。
だからあえてこの制限をかけて、その中で、だけど本当はこの世界はつながっている。だけど本当は私たちの意識はつながっているっていうことを知って、そこから生きている世界になった方が、より意識としての成長が垂れている状態なんじゃないかなっていうふうに僕は考えていて。
だからこの意識の本能というか性質として、より高次のワンネスみたいなところに向かいたいみたいな性質があるからあえてこういう世界を作っているんじゃないかなっていうふうに、これは僕が勝手に感じていることなんですけど。
なるほど。
なんか、キウチさんはアトラクション的に楽しみに来てるみたいな感じなのかな。
そんな感じなのかな。そんな伝え方してますね、キウチさんは。
なるほど。翔太さんは成長のための体験みたいな感じなんだね。
成長、より意識の全体としての望みみたいな、全意識としての望みとして、より拡大したいっていうのがあるんじゃないかなって思うんですよね。
より完全な存在になりたいみたいな。
わからないですけどね。そんなことは思ってないかもしれないけど。
だから、同じかもしれないですね。キウチさんが言っていること、島だから、島だから作っているとも言えますよね。
もっと拡大できないかなみたいな。
そうそう。
面白いね。
ワンネスとは、みたいなところを考えている。すごいね。
だから、魂とか言いますけど、自分は魂の中身は全員一緒だと思っていて、人間の意識は全部同じ意識なんですよね。
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でも、同じ意識が佐藤幸恵という意識の中に、体の中にあって、聖の翔太という体の中にあるけど、
これは、肉体の条件とか、肉体が持つ個性が違うから、違う人間っぽくなるんだけど、純粋な意識は全員同じ意識を持っているんですよね。
だから、そういう意味では、魂っていうのは本当に大きな次元で言うとないんだけど、
ただ、意識自体の濃淡の違いっていうか、意識自体が全部均等になっているわけじゃなくて、
意識自体の濃淡とか、偏りみたいなものが存在したりするわけですよ。
動き回ってて、ぐるぐる回って。だから、究極的に言うとこれは全部同じ意識だから、全部同じ意識ですって言ってもいいんだけど、
でも、やっぱり偏り、動いているものだから偏りがあって、その偏りの違いが魂と言ってもいい。
つまり、この一つの部分が個性っぽくなって、一時的に一つの存在として動き回っているようにも捉えられるけれども、
これは一つの時間、その時はそうかもしれないけど、でもこの意識自体も溶けていったり、混ざり合っていったりするんで、
あるとも言えるしないとも言えるみたいなものが魂なのかなって思ったりはしてるんですけど。
何回も聞きます、これ。
すごいマニアックな話です。こういうこと喋ることもあんまないですからね。
あえてそういう話をする必要がないというか、別にそういう話し会する人じゃない。
自分の興味関心があってずっと探求はしてるんですけど。
なるほど。でも面白いよね、自分の好きで探求してるもの。
意識はみんな一緒。
そうですね。だからそういう意味で言うと、本当に犯罪を犯す人とか、あいつが悪いって言うんだけど、そうじゃなくて、
その肉体を持ってその時間軸で同じ体験をしたら、あなたもそれやるんですよって話なんですね。
そう。
それが分離なんですよね。それはあなたがそうだったかもしれませんよって。
たまたま自分のこの肉体が今使っていて、その中で生きてるから、あの人は私とは違くて、あいつが違うんだ。
あいつがおかしいんだってなるんだ。いや違いますよっていう。
あなただって場合によってはそうですっていうか、あなたなんですよっていうことなんですよって。
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なんかさ、ああいう状況で同じような、何か大きなことしてしまった大きなこともあって、
同じ状況だったらきっと自分もそうなっちゃうんじゃない、なる可能性だってあるだろうなって思ったりはするんですけど、
そういうこととも違う。
まあそういうことですね。そういうことなんですけど、でもその肉体から離れた意識が全体意識に戻ったときに、
その非難していたその人の意識も自分だっていうことに物理的に感じるわけですよね。
肉体から離れた意識っていうのは他のどの人間の意識の中にも入れる状態になるんですよ。
だから本当の意味でその人は自分そのものなんですよね。
だから自分じゃないって感覚がなくなるので、本当にその人は自分なんですよ。
これ難しいかもしれないけど。
でも全部自分っていうのを聞いたことがあるし、でもそれでも分離が生まれちゃうっていうのってありますもんね。
それでも分離が生まれるのはやっぱり肉体を持ってるからなんですけど、
まあ肉体ってレベルで言ったらもちろん別の存在ですよね。
意識は繋がってるけど。
ちなみにみんな同じ意識だけどさ、っていう話だったけれども、
亡くなったりしてる人とか近しい人とか好きな人とか応援してる人とかがお別れ、肉体を卒業というか亡くなった時だよね。
一応に別れは悲しいっていうふうな感覚ってありませんか?
悲しいですよね、人間としては。
人間としてね、会えなくてね、めっちゃね、さっき翔太さんとも話したけどめっちゃタイムリーで、
私ちょっと昨日が親戚の葬儀があったんですけど、
お別れって独特ですよね、もう会えないっていう。
この肉体の動いているこの人にはもう会えないっていうところが一番の寂しさだなって感じたんですよね。
そうですね、葬儀って基本的には生きてる人のためにあるんですよね。
死んだ人たちは死んだ瞬間に死なないってことがわかるので、
どちらかっていうと悲しんでるみんなを見て悲しくなるというか、
私は今ここに元気にいますよっていうふうになるらしいんですよね。
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自分は体験したことないかららしいって話になりますけど、
っていう時にじゃあ何のために葬儀があるんですかって言ったら、
やっぱりその大事な人が亡くなった後でも生きていかないといけないから、
区切りだったりとか、ちゃんとお別れとしてちゃんと一旦味わい切るために葬儀ってものがあるのかなっていうふうに思ったりはしてます。
その肉体としてね。
そうそう。
なるほど。
何だろうね、会えなくなるイコール悲しいみたいなのか、
肉体のある人生の中だと植え付けられているって言ったらいいのかな、何て言ったらいいんだろう。
でも基本的にやっぱり見えるものがあって見えないものはないっていう感覚じゃないですか、普通に。
そうですね。
だから見えないものが本当にあるよねみたいな、
死んだあの人も今意識は元気だもんねっていうことが深底を信じられたら、
何だろうな、深底を信じられたとしても悲しいっちゃ悲しいと思うんですけど、
また違う感覚にはなるのかなって思います。
そうですね。違う感覚になるっていうのがすごい合ってるかも。
ただでもやっぱりこういうふうに口を動かして声で話すってことはできなくなるし、
そういうのは亡くなる寂しさみたいなのはやっぱり喪失感としてあるんじゃないかなって思いますよね。
やっぱりアニータの本とか読んでても、やっぱり臨時体験を経験した後でも、
やっぱり亡くなる人へとのお別れの寂しさみたいなことが書いてあったりするので、
でも元気で楽しくやってる、すごい幸福な状態だよねってことは知ってたとしても、
やっぱり自分の人生の中にもその人と会話をする場面がないんだなってなると、
寂しいは寂しいですよね。
そうですね。
喪失感か、そうだね、喪失感だね。
喪失感とかその別れとか、そういうのもすらきっとないんでしょ、その意識の。
意識の方はないですね。
ああ、もしかして。
感情ともどんどん散り離されていくというか、その感情にとらわれなくなるんですよね。
感情っていうのは、この三次元世界に没入してないと感情ってちゃんと味わえないですよ。
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そうなんだ。
この三次元世界の外側にこんなに無限の世界があって何も失うことないじゃないかっていう自由な意識の状態で、
悲しみに浸ることは難しいんですよね。
そうか。
だから、
そうそうそうそう。
この悲しいとか苦しいとか、イライラするとか、最高に楽しいみたいなその一つの感情を味わえるのはやっぱり人間の、生きた人間の特権なんですよね。
なるほどね。
うんうんうん。
感情を味わいに来てるってそういうことなんだ。
うんうんうんうん。
全部一緒になっちゃうんですよね。
いや、これは人間楽しんだほうがいいですね。
そうですよね。だから、悟った人とかがやっぱり言うのは、結局今この瞬間を味わえばいいだけなんだなっていうことをよく言うんですけど、
本当そうなんだろうなって思いますよね。
すげー。
うわー、私びっくりした。
そうか。
喪失感とか、別れとか、寂しさとか、悲しさとか、もうないから。
うんうんうん。
いやー、じゃあなんかもう悲しんでいるようで、その悲しみ味わってるわー、みたいな瞬間でもあるわけだ。
さよならの時は。
うん、そうですよね。生きた人間としてはそうですよね。
死んだ人たちは別に悲しくないっていうか、目指されている状態になっちゃってると思うので、基本的には。
はー、やばいね、これは。ちょっと。
へー。
いや、これいろんな人に聞いてほしい。
本当に。
結構なんかほら、死ってね、生まれる以上に死って扱いにくいテーマになってたりとかさ、
やっぱこう、難しいじゃない?そこを話すのって。
難しいものなんだろうなっていう感覚があって、やっぱりそれで悲しみがくっついてたりするからだなと思ってた。
いやー、でも悲しみはそうなんだよね。
残された人が味わえる醍醐味の一つでもあるわけか。
そうですねー。
だからその臨死体験の本とか読んでるとやっぱり死がちょっと怖くなくなるというか、そういう感じはすごいあるなーって思います。
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なるほどー。
これちょっと、あの、これ本当にいろんな人を聞いて、お盆だしね、お盆。
確かに確かに。
ここで流れるのは元佐紀か。
まあそうだな、まあでもちょうどお盆ぐらいの時に1本目が配信されるかもしれないです。
お盆の後お彼岸もあるしね。
うんうんうん。
いやーこれいろんな人に、なんか聞いてほしいわ。
ふふふ。
あ、なんか大丈夫?時間が。
今日、そうですね、今回も結構長くなった気がする。
そうですね。よし、ちょっと男女差、男女差じゃない、男女の違いは次ですね。
そうですね。
次にしたいです。
はい。
塩田さん、今回もありがとうございました。
ありがとうございました。
なんか体に入るとか、死の感覚とかですね。
はい。長い時間だったけどご視聴いただいた方ありがとうございます。
このお話がね、楽しかった、面白かった、また聞きたいなっていう方は、ぜひ高評価とかいいねだったりとか、チャンネル登録していただけると嬉しいです。
また次のお話も楽しみにお待ちください。ありがとうございました。
ありがとうございました。