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新規就農のフレームワーク with 小林さん@power of plants
2026-05-15 1:48:49

新規就農のフレームワーク with 小林さん@power of plants

新規就農を考えている人は聞きましょう!

「宮崎県産!録れたてラジオ」

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小林さんのケールを食べましたが、まさしくパワー!美味しかった。僕もあんなケールを作ってみたい。


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サマリー

今回のエピソードでは、新規就農を目指すリスナーに向けて、有機農業系ポッドキャスト「小農ラジオ」のパーソナリティである高谷さんと、宮崎県で有機農園「パワーオブプランツ」を営む小林正明さん(通称:ゆーちゃん)が対談しました。 小林さんは、自身の新規就農に至るまでの経緯を詳細に語りました。高校卒業後に進路に悩み鬱症状を経験したことから健康に関わる仕事として農業を選び、愛知、福岡、高知、長野での研修や就業を経て、最終的に宮崎県綾町で独立就農しました。特に、野良蔵農場の萩原さんとの出会いが大きな転機となり、そこで5年間スタッフとして働き経営や技術を学びました。 番組では、AI(ChatGPTやGemini)を活用した情報収集や思考の深化、有機農業における土壌の重要性、そして新規就農におけるフレームワークの必要性について深く掘り下げました。小林さんは、自身の経験から、土壌の物理性、水利、地域の理解といった条件を絞り込み、最終的に綾町を選んだ経緯を語りました。また、当初思い描いていた「裏作」による産地化という計画が、宮崎の気候では通用しなかったという現実や、そこから「パワーオブプランツ」という名前にふさわしい栄養価の高いケールとビーツに特化するに至った経緯も明かされました。 対談の後半では、高谷さんが自身の新規就農の経験や、白川町での農業の難しさ、そして「産地になりたい」という思いについて語りました。両者とも、新規就農の難しさや、経験から得られる「生データ」の重要性、そして「本気でやりたい」という原点的な感情の強さが成功の鍵であるという認識を共有しました。また、AIとの対話を通じて得られる知識の深さや、土壌や微生物に関する探求心についても語られ、農業における学びの奥深さが示唆されました。

オープニングとゲスト紹介
おいしい野菜と勇気を君に
はい、どうも。有機農業系ポッドキャスト、小農ラジオです。
えーとですね。
ジャッ。何の音かわかりますか?小林さん。
あ、これ、もう僕入っていいんですね。
え?
あー、何ですかね。
えー、あ。
雪、大雪、大雪の後の足音じゃないですか。
あー、惜しいですね。
これは、大飛を切り返している音です。
あー、なるほど。言われたらちょっと、あの、インスタグラムの絵と繋がりましたね。なるほど。
あの、スコップで大飛を切り返している時の音です。
あー、そうですね。その、あの映像に、あの画像にその音をはめると非常にしっくりきますね。確かに。
はい、あのー、ちょっといきなり何言ってんだって感じですけども、えーと、今日はゲストに来てもらってます。
えーと、宮崎県産トレタテラジオ、若手有機農家の雑談配信の小林さんに今日は来てもらってます。
えー、小林さんどうも、今日はよろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
はい、えーと、まああの、出だしのなんかあのー、やつはですね、あのトレタテラジオで、最近やってます?この、この出だしって。
いろいろあの、瞑想して、その、音、農業周りの音クイズってのを最初にキャッチでやってたんですけど、あの、音がつきまして。
なんか僕の中にある。
ネタが。
いや、そうです。出題できる音が、あのー、なんかこう事故、事故とかの音とかに近づいていっちゃうんですよね。ネタがなくなってくると。
なんか、何かが、何かが崩れた時の音とか。
問題が発生した時の音に。
いや、そうです。トラブルの音に寄っていっちゃうんで、ちょっとあの、ちょっと良くないなと思って辞めたんですよね、今は。
最近ちょっとやってないですね。たぶん1年ぐらいやってないですね。
そうですよね。あのー。
いや、そうなんですよ。
あのー、僕あのー、この撮れたて、撮れたてラジオっていう風に呼ばせてもらうんですけど、この番組を、何だったかな、今年の頭ぐらいに何かでたまたま知って、で、すごく面白くてですね、あのー、遡ってもう最初からずっと聞いてるんですけど、
あの最初、まだちょっと途中までしか聞いてないんだけど、最初の頃やってたのこれが、あーちょっとこれは面白いなと思って、あの小林さん出てもらう時は、これで始めようと思って、ずっとあの、からで練習してたっていうね。はい。
非常にでも、たかやさんらしい音ですね。よく考えたら。そうですよね。うちにはない、うちにはないですから、やっぱその音。
いないですよね。農家でもなかなか対比作る人いないですからね。
いやそうですね、それがやっぱたかやさんを有機農業界で際立たせてますよね。もちろんその、あの、しょうのうラジオ込み、しょうのうラジオもあり、それもありということだと思いますけど。
いやいや、それで、あの、まあ、ちょっと僕はね、もうちょっとたかやさんって言うと誰か分からないんで、ゆーちゃんで呼んでください。すいません、すっかり、すいません、ありがとうございました、ゆーちゃん、はい。
で、あの、小林さんは、あの番組内で小林さんなんで、僕もちょっとあの、ポッドキャストでこう、整合性が取れるように小林さんと呼んでますけど、はい。
えーと、じゃあ、ちょっとまず最初にあの、簡単に小林さん自己紹介してもらっていいですか。
小林さんの自己紹介と「とれたてラジオ」について
はい、えー、宮崎県。
番組紹介もしてもらっていいですよ。
はい、了解です。ありがとうございます。えーと、宮崎県の、えー、綾町という、あの、地域で、あの、有機農業をしております。えー、野後は有機農園パワーオブプランツという名前でやっております。
今、独立収納して5年目になる、えー、農園です。の、代表の小林正明と申します。
えー、基本的には、あの、有機ニーショウ、有機ジャスをとってですね、えー、ケールと、えー、ビーツを作っている農園をやっています。
えー、で、あの、同じ地域にいる、あの、ホホホっていう農園をされている関さん、関さんという方と一緒にですね、えー、週に1回、えー、宮崎県産とれたてラジオというポッドキャストを、まあ、もう、もうちょっとで2年になるんですかね。
今年の6月で2年になるんですけど、まあ、1年ちょっとぐらい、えー、配信させていただいておりまして、えー、ゆーちゃんのショウのラジオももちろん、あの、頻繁に聞かせていただいております。
今日は、あの、そんな番組に出れて非常に光栄に思っております。
いや、あのー、あのですね、ちょっとこれショウのラジオ聞いている、新規収納を目指している人とかは、今回の聞いたらもう次、ちょっともう、とれたてラジオ1から聞いた方がね、いいと思います。
すごく、あのーね、本当にね、僕が収納する前だったら、これ聞いてたら、ここにはいなかっただろうっていうね、思いましたけども。
めちゃくちゃ、あのー、いい、あー、なんていうのかな。
まあ、僕もあのー、結構農業をしているときに、ずっともやもやいろいろこう、土のこととか考えてるんですけど、
光栄さんのなんか、面白いなと思うのは、すごくなんかこう、なんていうのかな。
思考が、なんで、想像力というか、自分の中にあるこう、理論と、こう、想像してる土の中のこの、見えない世界みたいなのを、言葉でちゃんと説明してるのが、いや、本当にすごいなと思って、面白いです。
いや、ありがとうございます。もう、最近は完全にwithGPTでやっておりまして、あのー。
あー、なるほど。
そうなんですよ。あそこからやっぱGPTを頻繁に活用するようになって、GPTの性能が上がってきたあたりから、あのー、だいぶ加速度的に僕の中では、土の解像度が上がっていってるという状態ですね、最近は。
分かります、分かります。僕も、あのー、僕ジェミニーなんですけど、音声でこう、会話でやりとりできるのあるじゃないですか、チャットGPTもありますよね。
あー、はいはい、ありますね。はい、音声モードですね。
あのもう、運転中とか、結構ずーっとジェミニーと話してますね。
めっちゃ一緒ですね。
面白いですよね。
めっちゃ一緒ですね。本当はあれ。
いやー、ほんとそうなんですよね。あれができるようになってから、あのー、40分ぐらいの、あのー、地方特有のちょっとした都市に行くための40分がすごい楽しくなりましたね。
あー、そうそうそうそう。なんか、ちょっとこれ、普通だったら聞けないなーみたいな、バカみたいな質問も、もう全然恥ずかしくなく聞けるみたいなのが、AIすごいなーって。
AIすごいですね。やっぱ、普通、その、まあ、地域の農家とかの人に、ちょっとこう、何気ない会話で振ったら、たぶんその、負荷が大きくて嫌がられるというか。
そうそうそうそう。
急に、急に聞くことじゃねーなーみたいなことを、やっぱその、起動して1秒で聞けるっていうのがやっぱ素晴らしいですよね。
いやー、ほんとね。
いや、でも、やっぱりその、じゃあ全部AIが大体できるかっていうとそうじゃなくて、やっぱり小林さんがそれをこう消化して反数したのが、あのー、撮りたてラジオで話してるのが、あー、めっちゃいいっすね。本当に面白い。
いやー、ありがとうございます。いや、もう、あのー、農業分野以外ではできないことももう判明してまして、やっぱ、あのー、GPT登場前に今12、3年、農業分野で、まあ、特にやっぱ、AIとか、そういう、何て言うんですかね、の、思考の委託みたいなのがしないでやってた分、
割と何かこう、還元納粛された、こう、思考みたいなのと、あと、まあ一応10数年分の、10数年分の、あの、経験、実体験というか、まあ、あの、体で覚えたデータベースがあるんで、まあ、農業分野なら、あの、GPTと一緒にやり合えるけど、他の分野に行った瞬間、なんかやっぱ質問の質が悪くてですね、なんかなかなかできないっすね。
農業分野だけだなって思ってますね。
いやー、わかります。僕も本当に、あのー、やっぱ質問の質がいいと、向こうもどんどんどんどん、こう、解像度が、解像度というか、こう、難しい内容もちゃんと話してくれるようになるんだけど、質問の質が低いと、本当に何か平易な話しかしないから、やっぱこっちのスキルも、スキルというか知識もすごい求められる会話だなと思って、あれが面白いんですよね。
あれ、面白いですね。ちょっとこの、現実わかってねえな、みたいなことも結構言ってくるじゃないですか。
そうそう、言ってくる。
理論の話ね、みたいなことすごい言ってくるんで、その辺も、あの、やっぱ、実地があれば、なんか言ってんなっていう風にも判断できるのも大事かなって気がしますね。
あー、そうそうそうそう。いやー、いいっすね。
で、あの、この撮れたてラジオは、あの、今日はちょっと小林さんだけ来てもらってるんですけど、この関さんがね、またいいんですよね。なんかこう、結構対照的な感じですよね、二人。
いや、そうなんですよ。本当に、あのー、なんていうか、やっぱ関さんは、あのー、対人に対して非常に、あのー、強いと言いますか、やっぱ地域でも、あのー、圧倒的コネクション力を発揮しておりまして、関さんに話さえ振っておけば、なんか、あと何とかしてくれるみたいな。
っていうぐらい、やっぱその、なんですかね、懐に入るのが上手と言いますか、あのー。
あー、そうそう。なんかこう、人たらしとはちょっと違うんだよな。まあ、とにかくこう、いい人っていう感じが、もう、声とか、あの、会話から染み出てて。
いやー、本当にそうですね。
なんかその二人が、話す時に、割と僕はあのー、この間もちょっとあのメッセージでも送ったんですけど、なんか言葉について結構二人で深くずっとこう入っていくのが、またなんかすごく面白いなと思ってて。で、そういうなんかボールを投げるのが関さんで、そっからこうどんどんどんどん。
で、なんか小橋さんのまたこの、その言葉の捉え方と関さんの捉え方がこうちょっと違うんだけど、それがこうなんか、マージュしていくのがね、面白いっすよ。いやー、すごい組み合わせだなと思って。
いやー、でも初めて言われました。その観点からのお褒めいただいたのは初めてですね。その言葉。
あー、なんかね。
やっぱゆーちゃん特有のというか、あのやっぱ独自の観点があるんだなって思いました。
あー、でもなんか結構僕あの好きなポッドキャストであの、キキカイカイっていう番組があるんですけど。
はい。
あの、この番組も、まあこのあの、タイタンっていう人と玉置集計って2人ともミュージシャンなんですけど、この2人が話してるんですけど、割とこう言葉をずっとこう掘っていくんですけど、これがね、なんかすごく好きで。
へー。
なんかそれのね、農業バージョンみたいで、あのー、すごい良いっすよ。
恐縮です、非常に。ありがとうございます。
ということであの、ぜひ皆さんあの、ちょっと概要欄にも貼っておきますので、とれたてラジオ、ぜひあの聞いてみてほしいんですけど。
よろしくお願いします。
えーと、まあそんなちょっと小林さんにね、ちょっと何の話しようかなと思ってたんですけども、まああの今その宮崎県の綾町にいるっていうことなんですけども、
小林さんの新規就農までの道のり
ちょっとそこを行くまでの経歴というか、まあいろんなとこで研修してたっていう過去について、まあ本当にあの、簡単にでいいんでちょっとお話ししてもらえます?
はい、えーと、今は33歳でして、で34歳に今年なるんですけども、あのー、一応農業を始めたのは20歳から始めてまして、えーで、一番最初はあの綾町の方に自然栽培の農業法人のところで研修で入ったのが一番最初だったんですね。
で、まああのその前の話、20歳以前の話すると、あのちょっと高校を卒業して、えーその次の進学の時に、えー進学っていうかまあ進路ですかね、えーどうしようかなと。
それまで全然、あのちゃんとその次のステップのこと考えてこなかったせいで、あのちょっと追い込まれすぎて鬱症状みたいなの発症しまして、えー過呼吸とかまあパニック障害みたいなの症状が出ちゃってたんですけど。
なので、ちょっとなんかどえらいことになってたな、人生見直さなきゃいけないなということで、なんか生きるとは何かとかいうことをその19、20ぐらいの時にめちゃくちゃ考えた結果、ちょっと健康、まあ自分も健康損なってしまったし、その健康に関われる仕事がしたいなということで農業に行こうかなと思ったのがきっかけだったので、えーなんか特に農業のことはあんまり知らなかったんですね。
まあおじいちゃんは一応観光のリンゴ農家を兼業みたいな形でやってたんですけど、えーまあなんか農業界全体については疎いし、農学についても全然知らないし、という感じの本当にすごい外部の人間だったので、えーもう怖いもの知らずで、まあたまたまホームページ調べたら自然栽培の愛知の研修先が出てきて、えー何も使わなくて、えーなんかいいものができて、
高く、高く売れるんだったらこんなのをやらないことはないだろうと思いまして、愛知行ったんですけど、まあで愛知のとこ1年やって、あ、やっぱ何も使わなかったら何も使わないなりにしかできないんだということをちょっとあの体験として覚えまして、えーでやっぱ僕はその、まあその時言語化できてなかったですけど、
あの、心の中にあったのはやっぱその農業ちゃんと野菜を作って人に売るっていうことで生計を立てたい、えーちゃんと生産をちゃんとして、えー自分の中で納得できる量を出して、まあそれに見合った対価をもらうっていう仕事がしたいっていうのが心の中でずっと思って、まあ感じていたので、まあここじゃないなと思って、でその後福岡の方に炭素循環農法の会社、まあそれをあの生産のやり方として据えてやったんですけど、
で、えー来地1年の後福岡の方に1回行きまして、で、まあその、まあ自然栽培で何もできなかったけど、まあ何もできなかったじゃない、自然栽培ではやっぱそれ相応のものしかできてなかったけども、えーもうちょっとこだわりをあの、えー減らして、えーやっぱ森の土を作るんだみたいなあの世界観で、あのー描かれていたのでその炭素循環農法の会社は
まあ確かに森みたいにすればいいのかと、まあその時はそう思いまして、もうちょっとこだわりを減らして、えーと有機物は入れてもいいんだっていうところに行こうと思って、で炭素循環農法のとこ行ってみたんですけど、えーやっぱあのだいぶ過酷でして、もうほんとなんかえー近くのキノコ工場から出る背筋章を使って、えーこうそれを毎日2トン出てくるんですよ
でそれは2トン全部使ってくれるっていう約束でえー分けてもらうっていう風になってたので、毎日絶対巻かなきゃいけないんですよね、まあ巻くっていうか回収しない、毎日2トン、毎日2トン出てくるんですよ
結構ですね、まあそこそこの大きさのキノコ屋さんだったんで、毎日2トン出てきてて、で必ずそれは使ってくださいと、まあ要は回収してどっかに持ってってくださいねっていう約束だったんですけど、あのまあそこでは毎日2トン畑にもうすぐ巻いちゃおうということで巻いてたんですよ
でもなんかその、ほんとベンチャーもベンチャーな会社だったので、ほんとに夜11時とかその月明かりの中であの背筋章を畑に巻くみたいなことをしてて、それ一緒にやってたんですけど、でなんかそのスタッフの人が、いや楽しいね楽しいねっておっしゃってたんですけど、あのまあ楽しいと思えばね楽しいかと思って
でもまあそれはやっぱちょっと違うなと、その僕の思ってたその野菜をね、僕の思ってる量作って、それを出荷して作る、あの対価をいただくっていう世界観がちょっと違うかなと思って、そこは結局1ヶ月ちょっとぐらいで、まあ使用期間っていう感じだったんで、1ヶ月使用期間でやって、ちょっと違うかと思って、それであの1回実家の方に長野なんですけど実家に帰って
いやなんか農業思ったのと違うなと思って、その有機農業、僕がしっくりくるのはどこにあるのかなって思ってたんですけど、もうちょっとやっぱ基準を、やっぱりこだわりすぎてたんじゃないかなと思って
で、じゃあ有機農業と呼ばれる世界まではこだわりを減らしてもいいんじゃないかなと思って、その後あの高知の土佐自然塾っていう、山下和夫さん、もう亡くなられちゃったんですけど、が開いてくれてた塾の方に行きまして
で、そこは1年間学校みたいな感じで有機農業を学べる場所っていうとこだったんですけど、その当時はその学校的な感じでちゃんとカリキュラムを組んであって、実践もちゃんとできてっていう場所がそこぐらいしかあのネットで調べたらなかったっていうのが、まあそこを選んだ理由だったんですけど
で、1年間あの高知の方に行って和夫さんの下で有機農業ですねを座学も含めて、実践も含めて勉強させてもらって、これはだいぶ自分が思い描いてたのに近づいてきたなという感覚を得てですね
で、その1年間の後半のあたりで、あのブロフ理論の小岩井さんが講師で来てくれたんですよね、まあ山下さんも小岩井さんと親交があって、でブロフ理論の話を聞いて小岩井さんの本、有機栽培の基礎と実際を読んで
これだなと思いまして、これが有機農業、まあいろいろそれまで本をいろいろ読んできたんですけど、なかなかしっくりきてなかったところがなんかバチッときた理論だったなと思ってですね
って思っている時に、あの
野良蔵農場での経験と独立への決断
そうなんですよね、あのまあその豊田自然塾の作物でうまくいかない作物があって、それをなんかSNSで解決してる農家さんというか
公演かテデックス作っていうあのyoutubeに上がってた動画で、ちょうどその問題を解決している農家さんの講演を聞きまして、動画の中ですけど、それが野良蔵農場の萩原さんだったんですよ
で、それを見たので、あのまあ若かったんでまだ22とかだったんで、あのもういてまい精神で、フェイスブックで連絡して、あのちょっと今やってる研修先の作物が公演の内容と同じような症状になってしまってるんですけど、解決策教えてくれませんかとか言ったらめちゃくちゃ丁寧に対応していただいて
その対応していただいた時は電話で対応していただいたんですけど、その電話のしゃべってる向こう側から伝わってくる知識の量がえげつなくてですね、いやこんなにすごい農家いるんだということをあのすごい感動して
どうしてもその人がやってる農場を見てみたいなと思って、塾の終わりがけの最後の方に、あのちょっと手伝いに行かせていただけませんかということで、あの萩原さんに連絡取ったら受け入れていただいて、4日間ぐらい野良蔵農場の方に研修、手伝いがてな話を聞きに行くようなことをしに行った時に、萩原さんに来年スタッフ探してて
3日目ぐらいですかね、いい動きしてたからぜひ一緒に働かないかってお誘いを受けて、で高知の後その後長野に行くことになって、長野の野良蔵農場さんですね、で野良蔵農場さんで5年間スタッフとして働かせてもらって
5年も
そうですね5年間働かせてもらって、そこであの基本的にやっぱ農業の技術もそうですけど経営に対するまあこのアプローチの仕方とかもほとんどそこでやっぱり学ばせてもらって、それをもって今宮崎に来て独立した、で5年目っていう感じですかね、ちょっとすいませんあの話まとめが下手くそで長くなってしまいました
いやいやいやいやすごくいっぱい話してもらって、いやーすごいですね、あのちょっと小林さんの話を聞いた後で僕が今ここにいるのがなぜかっていう話をちょっとすると
聞きたいですね
僕は本当にだからちょっとこれ比較として話すんですけど、僕は岐阜横浜にいたんですけど、岐阜にロッククライミングが趣味で25年ぐらいやってるんですけど、でしょっちゅう遊びに来てたんですよ岐阜に、それで岐阜いいなって移住しただけなんですよ、終わり
みたいな、いや本当にだから小林さんすごくなんかめちゃくちゃ考える人だなーってポンピキャス聞いても思ったけど、やっぱり今聞いても愛知行って福岡行って長野行って高知行って長野行って、で最後宮崎行って
いやまあ、俺全然そういう、あのなんていうのかな、僕どっちかっていうと田舎に住みたいっていうのが最初のモチベーションだったんで、ここが気に入ったからここに住んでどうやってここでやるかみたいな方だったんですよ
うーん、あ、でもなんか非常に萩原のりゆきさん系統ですね、なんかあの野楽屋の代表ののりゆきさんも非常にそんな感じでした、あの夏に長野に研修に行ったら涼しくて、なんかここいいなーって思って、あのそこにしたって言ってましたね
いやーでもなーもう萩原、僕あの萩原さんとはあの京都の坂の途中という会社のあのイベントとかで、ここ2年ぐらいお会いして話もしてて、でなんか小林さんの話し方と萩原さんの話し方というか、あの熱の入り方に似てるなーとかって思ってたんで。
それは。
僕があの影響されてるだけですね、完全に。
いやーだから2人で話してたら本当に終わらなそうだなーと思って。
それは本当にそうでしたね、なんかあそこまで。
そうなんですよ、あそこまでなんか終わりのないあのコミュニケーションも人生で経験したことがないんです、確かに。
はい。
いやーでもその、ちょっとこの高校出て、少しこう鬱っぽい自分が健康になるためっていうので、そこで農業っていうのもすごい、まあ食べることはやっぱり健康にとって一番大事なことだからっていうことですよね。
だからその、いわゆる内蔵疾患とかじゃなくて精神疾患だったので、どっちかっていうとその当時の、あの僕の中での不健康がなんですけど。
なんで、なんかなんでこんなにやりたいことわかんないのかなっていう、なんかこのフラストレーションというか。
進路を決めるにあたって自分が何やりたいのかなってことをすごい考えてたんですけど、なんかあまりにも自分のこと知らない、自分のことがわからないなっていうことに対する、なんかこのフラストレーションが精神疾患につながっていた感があったんですけど。
なんで、その、どうやってそれを解決するかも全然わからなくて、でも、まあでも、なんか体が非常に調子が良かったら、あの、なんか、発達としてなんとなく自分の興味の方向ぐらいはわかるもんなんじゃないのかな、人はみたいな。
結局なんか、そもそもの問いが非常にアバウトすぎたんで、着地もすごいアバウトだったんですよね。まあその当時の着地の仕方はなんですけど。
だから、なんか、やれることが体を元気にするぐらいしかなんか見当たらないなぁみたいな、あのその自分が感じてフラストレーションに対するアプローチの仕方が、なんか、そうだな、それぐらいしか見当たらないなぁみたいなところもありましたね、農業にしたとき。
えー、いやでもそこで、まあやっぱりこう、なんて言うんですかね、外でこう体を動かすとかそういうのも農業いいなぁみたいな感じだったんですか。
あ、それもそうですね、やっぱなんかその健康って言われたときにやっぱイメージしたのがやっぱ野菜、果物とかで、あの一応そのおじいちゃんが兼業農家だったので、その農家特権みたいな生活を一部享受してたんですよ。なんか例えばリンゴ、リンゴをコンテナでもらうとか。
いやそうなんですよ、リンゴはコンテナでもらうものだったんですよ。なんか食べたいだけ食べていいものっていう。
バグってますね。
そうなんですよ、お米もお米もまあなくなったら取りに行けばくれるものだったし。
あーわかるわかる、もう今そういう感覚になっちゃってるけど。
そうですよね、まあ今はもう、ゆーちゃんが主体だと思うんですけど、僕もそのおじいちゃんのその農家特権を受けていたので、
まあなんか、こういう生活、野菜とか果物にフリーにアクセスできるみたいな状況はやっぱすごい体にはいいだろうなっていうのはすごいありましたね。
そうですよね、食べて健康みたいなのもあるし、ちゃんと自分で作ったもので自立して生きていけるみたいなのってなんかこう安心感がありますよね。
そうですね、農家の生活って今思えば大変なことも、今実際十何年もやれば大変な面もすごいわかるんですけど、
その当時のイメージからするとやっぱ朝早く起きて、日中は働いて、作ったもの食べて、でまあ疲れてるから夜はしっかり寝れてみたいなイメージだったんで、
まあそりゃ体にはいいよなって思いましたね、確かに。ライフスタイル的になんか正しそうっていう。
いやわかる。
いやでもその、まあ愛知に行って、福岡の話もちょっと興味深かったですけどね、毎日2トンってできてたのかなとかちょっと気になるけど、まあちょっとそこはさておき。
そうですね、はいはい。
高知に行き、でまあその縁あって萩原さんのところで5年、そして宮崎なんですけど、
はい。
いやなんかちょっとこの小林さんがなんで綾蝶を選んだかっていうのは、僕実はあの取り立てラジオで聞いてて、
はいはいはい。
なんか占いかなんかで、みたいな話してましたけど。
そうですね、そうなんですよ。
でも、
あ、それ。
なんていうのかな、長野の多分あの、僕ちょっと萩原さんのところ行ったことないんでわかんないんですけど、
多分まあ黒木のすごく良い土で、まあしかも冬ができないっていうのはあるけど、すごくまあ多分良い土だったりとか、
綾町を選んだ理由と土壌へのこだわり
なんかこう一番綾蝶に行こうっていう決め手になったのはどういう、どういう意識だったんですかね。
いやもうあの占いの話でも出たので非常にセキララに話すとなんですけど、
20歳ぐらいのその進路を本当に決める農業かどうか決める、ちょっと前ぐらいなんですけど、そのまあ1年半ぐらい僕は専門学校を卒業した後1年半公務員の専門学校、
消防の消防士になるための専門学校なんですけど1年行って、それで精神がボロボロだったので面接で落ちまくってですね、
やっぱやりたい、まあそうやりたいって強く思えてたわけじゃなくて、まあ親が公務員だったとか、
その当時仲良かった友達が消防士目指すって言ってたとかっていう理由で何かやらなきゃなっていう理由でその消防の学校に行ったんですけど、
まあやっぱ心からやりたいわけじゃなかったのもあってなのか、あの筆記は受かるんですけど、あの面接で落ちまくるっていうことになってですね、
やっぱその本当にやりたいって思えることじゃないと、特に僕みたいな性格の人間は、あのやっぱ何も仕事、就職というもののままならないしみたいな、
なんでまあまずは自分のやりたいことをちゃんと見つけるのが先だよなみたいなことを思って、そこから1年ちょっとぐらいフリーターしながら、
あの本読みまくるみたいな期間があったんですけど、でその最終的に1年ちょっとくらい本読みまくったんですけど、自分のことなんかほとんどわからなかったんですね。
本読んで見つけるってアプローチが今はもう間違ってるんで、あの見つかる自分のことなんかわかるわけないとは思うんですけど、だけどわからなかった。
どんな本読んでたんですか?
結構仏教系の本はまずすごい読みましたね。なんかその人生を、人生見つめ直そうってところから行ったんですよね。
いやうつっぽくなったっていう理由は何かが間違ってたからだろうなって思ったんですよね。
で、その何かその思い込み、何か自分が勝手に思ってる思い込みみたいなのが、事実に即してなかったからこんなことになってるんじゃないのか。
だからルールを理解してなかったからこんなことになったんじゃないかって感じがしたんですよね。
だからまずはそのルール、ルール理解したいな。何がその確かなものは何なんだろうかっていうところから遡らないとこれしばらくしたら、今とりあえずなんとなく回復することは多分できる。
正常者、健常者っぽいふりをして社会に戻ることはできるとは思ったんですけど、ただ今それやっちゃうとまたしばらくしたら同じことになるなっていう気がしてしまって。
だから一回ちょっと本当にゼロベースで戻って、何が確かで、どこからスタートしていいのかっていうことを見つけたいなって思って仏教の本を読んだりとか、
あとはやっぱりその自己発見的なやつとかですか、ストレングスファインダーとか。
はいはいはい。
いやでもなんか、今こう植物について、そういうルールを知りたいみたいなの、そういう欲求なんかずっとあるんじゃないですか、小林さんって。
いやそうなんですよ。それは本当その時の感覚が。
今にもずっとつながってますね、確かに。さすがですね。
いやいや、多分ずっとそういう感じなんでしょうね。で、今そのルールと自分の目の前の現象が合致しているのが、多分すごい気持ちいいっていう言い方がピッタリな感じするけど、そういう感じなんじゃないのかなとも思いますね。
本当そうですね、確かに。そこが今の人格の原点かもしれないですね。
で、結局その1年ぐらいそんなことやってたんですけど、自分のことはほとんどわからず、なんとなくわかったぐらいでほぼわからずだったんですけど、
いやでも最後ここまでちょっとやってわからなかったら、このままジリジリ、このまま2年も3年もやるわけにはいかないなと思ったんで、
ちょっと一発占いでもしてみるかと思ったんですよね。しっかりめにお金を出して、ちょっと結構斎藤吟味して、この人は信用に足るぞっていう人を探してやってみようと。
それに踏み切った理由の一つも、先制術をその時は選んだんですけど、西洋先制術だったんですけど、先制術でインドだと国家資格だとかっていうのを聞いてたりとか、
あとなんか仏教のそういう系のことを勉強していく中で、ある意味全てのことには意味があるし、意味がないといえば意味がないんですけど、
必然だというような価値観が僕の中で出来上がっててですね、ある意味その生まれたタイミングの星の位置みたいなのも必然だよねみたいな。
だからそこには何かこの、それを見て何かを統計学的に判断するっていうのは結構合理的なんじゃないのかなっていうふうに思ったっていうとこもあるんですけど。
それで先制術で少し数万円のお金を払って見てもらってですね。
見てもらったらだいぶこう、自分が今でしっくりきてなかったとか、自分って何でこうなんだろうみたいなことを思ってたことを結構ズバズバ言い当てられてですね。
すごいな、すごいな先制術と思ったんですけど。
その相談の中で最後の方で、その当時僕は仕事で悩んでたので、まず仕事がしっかりしてることが人生の柱だろうなっていう感覚がすごく強かったので、
仕事運のいい地域ってあるんですかねっていうことを聞いたら、日本だと九州ですねって言われたんですよね。
そうやって、そうなんですねって聞いて、そこからさっき言ったその自然栽培で愛知に行くみたいなのが始まるんですよ。
だいぶじゃあもう本当に初期の段階に、なんかこう九州みたいなのはちょっとぼやっとあった中で、いきなり九州に行ったんじゃなかったわけなんですね。
そうなんですよ。だからその20歳ぐらいの時にそうやってぼやっと聞いてて、なんか九州って仕事もいいんだな、あの人それ以外のことがだいぶ個人的な部分がだいぶ当たってたので、
あの人が言うことだから結構信憑性があるのかなぐらいの熱量というか。
それぐらいの信憑性でというか、自分の中の存在感的にもそれぐらいの感じだったんですけど。
で、農業を始めるタイミングの時からずっと独立しようって思ってやっていたので、それはなんかやっぱその楽しく、
自分が本当にしたいことをしてる人が仕事をうまくいってるよねみたいなことを、その当時のいろんな電気とかを読んで思ってたので、
自分もそんな風にしていきたいな、仕事が自分の趣味で、それが人生みたいな生き方がしたいなっていうロールモデルみたいなのがあったので、独立したいな。
独立したらやっぱ自分が一番思い描く仕事が形作れるもんねっていう。
雇われている位置はやっぱその、雇っていただいている方の描く仕事を一緒に作っていくって形だと思うんですけど、自分で仕事を起こせば自分が描く形により近づくだろうなって思ったので、独立したいと思っていて、
農業に入っていってるんで、いつかは独立するっていう気持ちでずっといたんですよね。
で、それが野中農場5年目になった時に、今だったらできるぞってなったっていう感じなんですけど。
で、野中農場さんのところで独立、野中農場さん3年目くらいからもう独立そろそろかなって思ってたんですけど、
代表の萩原のりゆきさんから、マッキー、僕のことなんですけど、マッキーは5年くらいやった方がいいと思うなっていう、なんかその、
なんか不安とした、何気ないアドバイスをいただいてですね、僕の中では結構救いの手だったんですけど、
えいやで言っちゃうこともできたんですけど、のりゆきさんが、自分の中でも確かに不安はあってですね、3年目くらいだったら、
のりゆきさんがそう言ってくれるんだったら、ちょっとお言葉に甘えられるなって思って、
それをなんか自分の中での言い訳にというか理由にして、えいやしない理由をのりゆきさんのその言葉にしてですね、そこから結局2年プラスして、
5年目まで残って、でもまあ5年以上いてもずるずるいってしまうだけなんで、どっかでえいやしなきゃいけないなと思って、
ここか、5年って言われてたしここかと思って、独立するぞっていう、まあ1年ぐらいの間、いろいろ考えてたんですけど、
このまま野良化農場のお膝元で収納っていうのが一番王道だったんですけど、
実際それをやってる人も、そうなんですよ、もう何人もいて、結構コミュニティが出来上がってるレベル。
選ばなかったっていうのが、すごい、どういうふうに思ってそれを選ばない決断をしたのかっていうのと、
まあ旧市はちょっとその占いの影響もおそらくはあったと思うんですけど、よく決心に至ったなと思ってそれだけいろいろ見て、
いやそうなんですよ、ただなんかその野良化農場の周りで、今そこはその中庭ファーマーズっていう名前で出荷グループになってるんですけど、
そこも結構人が増えてきていて、現在ある取引先に対して、やっぱその、
網の目を縫うような三角の仕方をしないといけないっていう感じになってきていたんですよ。
つまりはその一つのコンテンツがものすごい余力があるっていうわけではなくて、やっぱそのコンテンツは今そのコンテンツを作った人たちによって埋まっているし、
それを今拡大しようとしてみんな頑張ってるけども、そこにだからただ独立して従属する感じで、
すいません僕も出させてくださいよっていう形になるのはやっぱり言いづらいですし、申し訳ないなっていう感じもしてですね。
そうならないと、じゃあ次その人たちが発見してないような新しい品目を見つけてこないと、新しいコンテンツを作らなきゃいけないっていうことになると思うんですけど、
それがやっぱりものすごい難易度に見えたんですね、まずその場所にいて。
もう何か幸っちゃってるわけですよね。
そうですね、もうかなりパッと見は劣等おっしゃん的と言いますか、やっぱそのグループを作るぐらいの先衛たちっていうか、
野中農場の萩原さんとか、それに匹敵するような人が何人もいるような状態なので、その人たちが今開発してないコンテンツを後から自分の経営が成り立つぐらいのレベルまで作り上げていくっていうのはだいぶ難しいだろうなっていう。
だいぶ器用じゃなきゃいけないなっていう感じがまずパッとした感じであってですね、感覚的に。
自分にその器用な動きができるのかなっていうのもすごく疑問が残ってですね。
ってなったのと、その時は28だったんですけど、28でもうずっとこのままここ長野の5年間働かせていただいた場所環境。
かつ僕実家が長野なんで、18年間ぐらい最初の人生の前半長野にいたので、だいぶ知った環境で農業人生を全うしするっていうか終わらせるのでいいのかなっていうのもちょっと疑問だったんですよね。
なんかもうちょっと違う場所の農業を見てみたいなっていうか、っていう気持ちがこう合わさっていって、
でもそういえば占いで九州ってまず言われてたよなと思います。ここで出てくるんですよ急に。
ここに来て。
ここに来て仕事運いいって言われてたよなっていう。
で、仕事運がいい九州で新しい地で、どうせこれからあと何十年も農業するんだったら新しいとこを見てみたいというこの好奇心というか、
ちょっと冒険心的な気持ちと、自分はそんな器用な立ち回りができないっていう。
この3つが何かこう合わさった時に、
でも真裏の時期、長野は基本的には5月から12月ぐらいまでがその中庭ファーマーズの方たちのメインの出荷期間なので、
そこからだから1月から5月の前半ぐらいまでとかを出せたら、
同じ出荷先に同じ品目で入れるんじゃないかっていう案が浮かんできたんですよ、自分の中で。
そしたら品目探さなくていいし、器用な立ち回りしなくていいんじゃないか。
誰のことも損させずにっていうか、誰の今持ってるものも既存せずに、
自分は新しいものを得られるんじゃないのかっていう一つのアイディアが浮かんできまして、
それをのりゆきさんにそんな感じで提案させていただいたらいいんじゃないっていう感じで言っていただいて、
その当時コンタクトが取れる範囲の売り先の方にも相談させてもらったりしたら、
いいんじゃないっていうことで、そういうことなら是非みたいなぐらいの返答をいただいたので、
であれば仕事運いいしなっていう最後は行くかっていう感じで、
九州に1週間だけ視察に行ってですね。
でも1週間だったんで、回れる範囲限られてると思ったので、
まずはだから温度的に長野の作王町の裏を取れる場所っていうので、
もうだいたいそれで南九州になっちゃうんですけど。
南九州になって、その時に知り合いだった九州の農家の人に会いに行ったら、
やっぱ地域の理解がある方がいいよ、有機農業は。
やっぱ地域の理解のないとこで、その人が地域の理解のないとこで入った人なんですけど、
すげえ言われるしねっていう。
大変ですよね。
俺ぐらい、夜渡り上手じゃないと土地なんか絶対入ってこないよみたいな感じで言ってて。
なるほど、そうなんですねっていうのと、
違う人に会った時には、鹿児島は火山灰がすごいから宮崎の方がいいよって言われたんですよ。
鹿児島出身で、今宮崎に住んでる農家の奥さんの人が、
あのやっぱ私鹿児島に行った時大変だったから、葉物野菜とか作りにくいからねだいぶみたいなこと言われて。
そうなんですね。
でもそれで地域の理解があった方がいいよな。
鹿児島やっぱり火山灰のことがあるのかっていうのがあって、
それプラス長野から長野の時から、8年研修してるんですけど、独立前に。
その8年間で、やっぱり黒木がいいよねってまず思ってるんですよ。
物理性がいいっていうのはやっぱその圧倒的な作業性の差があるようになって、
その高地がめちゃくちゃ赤土っていうかだいぶ物理性の悪い土で、
その後行った長野が黒木だったんで、そこで生産性の差がえげつなさすぎて、
やっぱ黒木になるだけでもうこんなに違うんだっていうのがあったんで、
黒木じゃなきゃいけないなっていうのがまず1個あったのと、長野の時にやっぱ水利で困ってたの水で。
長野はやっぱ畑管とかなくて、田んぼの用水路以外ほとんど水ないっていう感じだったので、
できれば畑管が欲しいなっていう。
っていうぐらいだったかな。
でもその環境的には黒木で畑管があって、
他の人から言われたのは地域の理解があることと火山灰の影響が少ないところっていうので当たっていったら、
あやちょうぐらいしかないかってなったっていう。
おー、すごいな。なんか条件絞り込んでたどり着いたのが。
あやちょうって言ったら結構ね、もう有機農業の歴史すごい長いんですよね。
そうなんですよね。一応僕も九州視察に来る前に一応あやちょうがあるっていうことは知ってはいたんですけど、
まあでもあやちょうも視察の一箇所でそれぐらいの感じで行ってたんですけど。
実際その宮崎県の宮古の城とか、一応熊本も下の方、ひとよしとか熊村とかあたりは一応行ったりしてはいるんです。
鹿児島も上の方は行ったんですけど。
まあでも総合的に考えると、いろんな人の話をまとめて考えたらあやちょうが一番いいのかなっていう感じになりましたね。
いやー、すごいな。まずは黒木土であると。そして水利がある。地域で理解がある。
この3つぐらいで絞り込んでいったらあやちょうかなみたいな。
そうですね。
準備期間がさすが長かったから。
宮崎での農業の現実と当初の計画の崩壊
本当に、ある程度思い描いた農業が今できてる感じなんですか?
そうですね。だいぶ最初思い描いてたのとは変わりましたけど、
むしろ初心に近づいてる感の方が強いっていう感じなんですよね。不思議と。
最初、独立収納当初考えていたのは、やっぱ長野の出荷グループの真裏をしっかり担える農家になりたい。
なんならこっちでも出荷グループを作って、本当に裏を張ってサンチリエレができるような状態を作りたいとか思ってたんですよね。
一応、あやちょうの年間平均気温と長野の方の年間平均気温の大体同じ温度帯になる時期っていうのをなんとなく計算して、
そのぐらいの時期ずらしで作物を作ればリレーができるんじゃないかみたいなことを最初1,2年目ぐらいまでやってたんですよね。
今、本当に冒頭言ったみたいに2品目しかやってないんですけど、最初は25品目ぐらいやってるんですよ。
やってみて、やっぱ平均気温ぐらいじゃできないんだってことが分かっていくっていう。
平均気温の一致ぐらいじゃ全然環境一致にならないんだってことが肌身で分かっていくというか。
そうですよね。温度が上がっていく時期と下がっていく時期のパターンがもう逆なわけで、その中でまるっきり真逆ってわけじゃないですもんね。
まあ確かにそうですね。だし、冬の生物性が死にきらないことによる、1年間を通じた生物性の高さといいますか。
長野にいた時の、例えばハモグリバエ。ハモグリバエっているじゃないですか。豆か、例えば春菊ちょっと食べたりとか。
エカキムシみたいな。
そうですね。エカキムシですね。スナップエンドウが一番わかりやすいと思うんですけど。長野の時のハモグリバエって本当なんかイルナぐらいの害虫だったんですよ。
僕にとってもそうですね。
そうですよね。そうだと思います。やっぱ岐阜。中央高地帯という、僕が勝手に呼んでる日本の中心地辺りの標高の高いエリアだとみんなそうだと思うんですけど。
宮崎のハモグリバエって致命的害虫なんですよ。
そんななんだ。
死にいたら占めるレベルのやつなんですよ。
全然そういうイメージないな。
ないですよね。
ちょっとなんか葉っぱが白っぽい線入っちゃってるなみたいな。
まあいるのかみたいな。
真っ白になって死んじゃうんですよ。本当。
全然違うんですね。
そうなんですよ。1年目やったスナップエンドウとか本当ハモグリバエ出たなって思ったら、2週間くらい経ったら真っ白になっちゃって、スナップエンドウが。
もうそのハモグリバエ。
とか春の春菊とかもハモグリバエが増えすぎちゃって、出荷先からハモグリバエが気になりますねっていうクレームが来るとか。
全然そんなイメージないな。
そうなんですよ。しかもやっぱ一発の雨量が長野とかだとやっぱ1時間あたりだいたい1ミリ2ミリぐらいなんですけど。
本当に宮崎だと5ミリ6ミリ7ミリぐらいは正直平時でも降るし、ちょっと多くなったら10ミリぐらい普通に降るっていう感じなんで。
なんかその野菜のこの含水量っていう含水率っていうんですかね。
その植物体が持ってる水分の量みたいなのがやっぱ圧倒的に多くなっちゃって。
輸送に耐えられないとか雨後の出荷が葉物を輸送に耐えられないとか。
ああ。
ですね。なんかそういう、そりゃそうだよねって今思えばそりゃそうだよねなんですけど。
その平均気温ぐらいじゃ全然わかってなかったその解像度のその環境の違いみたいなのが1年目2年目。
まあ今もどんどん気づきは深くなっていってるんですけどやっぱまあ衝撃が大きかったのはやっぱり1、2年目ぐらいの時にものすごいあってですね。
それでその平均気温を合わせればいいやぐらいの感じで立てた計画っていうのは全てぶっ壊れてるんですよ。
なるほど。
そうなんですよね。
で、なんかその中でちゃんと本当ここから複雑なんですけど経営的に成り立つその要件みたいなのを満たしつつみたいなことを一個一個潰していったら
最初そもそも僕が農費やろうって思ったきっかけはやっぱ健康に寄与したいっていう一心だったので。
なんか気づいたら栄養価の高い野菜2種類に今なってるっていう感じなんですよね。
「パワーオブプランツ」という農園名と理念
あのヤゴーのパワーオブプランツっていうのはその綾町に行ってから最初からそのヤゴーだったんですか?
まあそうですね一番開業当初からそうですね。これ長野の時に独立前に考えた名前なんですけど。
本当農業始めた時の気持ちのままですね。
今ほらこうケールとビーツ作ってていや本当なんかパワーオブプランツってまさしくだなと思って。
それは別にその2品目に絞ってからそういうヤゴーにしたわけではないですね。
本当にさすがですね鋭いですね。
いや本当そうなんですよ。
それが最初農業。
でもそうですねブロフ理論に出会った時ですかね。
野良クラ農場に行った時かもしれないですけどその時に感じた感動というか。
植物が作る物質というか光を使って合成するものの可能性というか。
そこに対する感動みたいな気持ちを表現できる農場にしたいなっていう気持ちでヤゴーをつけていて。
それが結果的にそうなったという。
すごいですね。
そうですねそういうつもりじゃなかったんですけど最終的に環境に合わせて経営を変えていったらそうなったっていう。
ありがたい話ありがたい誤算です。
新規就農の難しさと「発明」としての経営
いやなんかこれめちゃくちゃ話したいこといっぱいあるんですけど。
もうちょっとネタがありすぎてこの9年ぐらいかな。
いろいろとこういろいろなところに行って最終的に宮崎に行ってそれだけの経験をもってしても割と思った通りにいかないっていうのが農業じゃないですか。
いや本当そうですね。
農業に必要な考え方のフレームみたいなのがやっぱできてなかったなっていうのが地域を変えた今思うことですね非常に。
いやでもこれだけ経験してでも入る段階でさっき言ったような黒木と水利と地域の理解っていうのはちょっとまたちょっと違う条件だけどそういうのがあって選ぶっていうのは僕から言わせると僕はここの景色いいなっていうので移住した方だから。
正直僕は結構土で。
かっこいいっす。
土でだから苦労してるんですよ。
なるほどなるほど。
黒木の人はできるとかそういう農家の話聞くと黒木だろうみたいなそれはいいよなみたいな。でも選ばなかったのはお前だろうみたいな。
面白い。いや思いますよね。いや本当に思いますよね。
だからすごく無知だったなと思ってそれはこれから新規収納する人とかにはもうせめて土のことはもうちょっと知って収納する場所を選ばないと後から僕は大秘作っていろいろ頑張ってるけど変えられないじゃないですかなかなか。
いやーそうっすよね大秘人間の力で変えるってすごいことですよね。
それでも最近ものすごいパワープレイで大秘で結構短い期間でものすごい土の構造を変えてるような農家の話聞いて僕からするとちょっと衝撃だったんですよねもう10トンとか入れちゃうんですよ。
でもまあそれができる土だからそれは入れてるっていうのでうちは作土層すごい浅いっていうかまあ作土層っていうか田んぼの基本的に20センチぐらいしか土ないんですよここ。
もう交番っていうか敷きですよね田んぼの固いのがあってもう巨大なバックホーを持ってきてとりあえず氷土剥がして敷き取らないともうオリジナルの土にはならないような農地しかないところで。
この薄い土層で作土でどう戦うかみたいなのがちょっと違うゲームにここではなってるんですけども。
いやすごいっすね。
まあここまでたどり着くのにすごい時間かかってでああなんか思い描いてたものでは戦えないからちょっと作るものも考えなきゃなーみたいなのにまあ10年とは言わないけども結構かかっちゃって。
これはみんな新規収納って大変だって思いますよ。
いやそうですよねでもなんかやっぱだからこそやっぱその唯一性と言いますか今この存在感と言いますかゆうちゃんのっていうのはやっぱそのそこに対するやっぱこのちょっと僕の中でそのやっぱ
経営って発明であってほしいなっていう願望がどっかにあるんですけどその強制的発明と言いますか結構あの野楽屋農場とかも強制的発明なんですよね。
勢いで入った現場で何とかするっていう何とかした結果なんかすごくピカピカなものができたというかその唯一唯一無二なものになったと言いますか。
そうですよねなんか農地農業的栽培ではないけど結局出荷がないから自分たちで生産力を上げてまあなんかほぼ自社便みたいなあの野楽屋の荷物だけでいっぱいになるような便が。
ありますね。
できてるわけですよね。
そうですね。
でまあそれをそうかちっちゃな農協みたいな感じにしてるとかっていうのはいやすごいあの僕らもそういうことをやりたいなと思ってるんだけど結局そのためには生産量を上げなきゃならないし生産量を上げるにはこの土でどうするんだって話でそこを全部クリアしてたあの萩原さんは本当にすごいなといつもね思いますね。
まあそのベースにはやっぱ黒木がありますけどね。
越えられない壁がありますけどそこには。
そうですねやっぱりそこはごめんなさいちょっと気になっちゃってやっぱり越えられないというかその今ユウちゃんがやられているその土質。
えっとこれね前にも言ったんですけどね。
それこそ小岩井さんの勉強会で聞いたことあるんですよ。
はい。
あの僕の住んでるところ割と収納して本当に数年まあ2、3年ぐらいの時にたまたま勉強会に出て当時はちょっとかなり理解できてなかったんだけど。
あの作土がこれすごく浅くて田んぼの転換であのそういうところでどうやってやったらいいんですかねって言ったら田んぼにするのがいいですよねって言われて。
確かに。
米作ったらいいかって言われて。
地獄の怪盗だ。
あの3人ぐらい行ったんですけども帰りみんなガーンって。
あーそっか大人しく米作ってるってことかみたいな。
いやそれはちょっとでもだいぶちょっと死刑宣告に近いですよね。
でもまあ今もあの思うのはあのやっぱりもう火災類とかみたいな割と長期取りのものは結局あの船立ててもせいぜい火葬作土が稼げてまあ30センチぐらいなんですよ。
だからもう根っこ付いちゃったらそこでもう横に伸びるんですけどあの上もそこら辺でピタッと止まっちゃうんですよね。
あー確かに。
でまあそこで別にでも終わるわけじゃなくダラダラずっと取れるもんだからついこう続けちゃうんだけど。
まああのやっぱこう茄子の枝がこう頭より高くまで伸びて上でこうどんどんどんどん実がとかああいうふうにはねやっぱどうやったってここではできないんだなっていうのをもう悟って。
でまあ数年前に悟ったんですけど僕も少量多品目をどうしてもなんかそういうのをやりたいっていうのがもともと木の木を始めた当時だったから維持で続けてたんですけどもうなんかこれを続けることはまあ自分にとってもあまりちょっと技術がいつまで経っても俺以上上がんないし。
なんか僕結構地域をどう残していくのかっていう中でももうちょっとちゃんと儲かる農業をしてこの地域をなんかあの農業やりたいって入ってきた人にこうこれだったらちゃんと食っていける農業できるよみたいなのが示せないなと思ってもうやめようと思って。
高谷さんの新規就農と堆肥作りへの情熱
いやいやでもゆーちゃんは収納してから今は何年になるんですか。
僕もう10年です。
10年。
いやでもだからすごいですよねその10年続けて来られてて大秘の事業は大秘の事業で結構なんかちゃんとあの軌道に乗せられててっていうことがやっぱ強いですよねなんかこうたくましいというか。
まあなんかさっき小橋さん経営は発明みたいなこと言ってましたけどやっぱりここそうやって農業生産性もあんまり高くなくてしかもやっぱり冬が寒くて結構あのまあ12月の一杯ぐらいでもう野菜ちょっと作れないんですよね標高700ぐらいあって。
そうかそっちの制限もだいぶあるんですね。
だからまあ反応反育的な感じにもならざるを得なくて。
なるほど。
でその時に全然農業じゃないことをやっている仲間もいてまあそれはそれですごいあのバイタリティーあってねまあそこがこの地域の魅力なんですけど。
僕はなんか前種苗会社いたんですけども野菜の種のメーカーで種の生産の仕事をずっとやってたんですよ。
なんかしら農業の底支えみたいなのをしたいっていうのが実は自分の中にはずっとあってまあそれは結構僕は新規収納の当時つまずいたこう培養土でやっぱ培養土がいいのがないからいい苗ができないっていうのが新規収納した瞬間に気づいてああこれやばいぞこれ苗できないぞってなって。
培養土を作るために良い堆肥があればまあ完熟のちゃんとしたこうなんていうの発芽にも悪い影響の全くない完熟の堆肥があれば良い培養土できるっていうのを僕の師匠の橋本さんという方から聞いてああもうバーンってきて絶対これだと思ってもうそっちの世界にどんどんどんどん入っていって。
えー。それもうすごい初期からやられてるっていうことなんですか。
もうそうですね2年目というか週の1年目にその橋本さんの学校に僕行って。
堆肥どうしても作りたかったから近所の石を砕く工場をやってる社長さんと友達になってその工場の片隅が貸してもらえたから休みの日にはそこに行ってあの堆肥をひたすらさっきのあのオープニングの時みたいにスコップでジャーってやって切り返して。
もうなんか3時間とかで切り返して堆肥作ってたんですよね。
それ聞くとあの音の奥深さがすごいんですよね。なんか違って聞こえてきましたね。そんなに原点の音だったんですね。
今はあの流石にローダー使ってますけど最初はもう本当に手でなんかもう3000リットルとかだとあのまあ三流米ぐらいだと2時間とかかかるんですよね。ずーっとそれ手でやってて。
すげーなー。すごいっすね。
やってましたよね。
ちょっとクレイジーな感じがしますね。
いや今はもうできないなと思う。あの当時は本当にそれが楽しくてなんかちょっとね風邪ひいたりしてる時に堆肥切り返すと元気になるんですよ。
えー好きすぎてって。
なんかちょっとこう体がなんか多分これは未だに思うんだけどなんかこうやっぱり微生物との交換的な何かがあるんだろうと思うんですけど。
でも。
大事なことはいいんですよね。体に多分。
僕はでも畑行くと元気になるんでやっぱなんかその好奇心のむく先のものとあふれ合うとちょっとやっぱ人は元気になるような気がしますね。
まあそれは間違いないです。
えー。
ちょっとごめんなさいだいぶ話しとれちゃったんだけど。
新規就農における「生データ」と「もがき」の重要性
まあなんていうのかな。結局この新規収納の難しさってあるなーって。
いやー確かに。
自分のことを振り返っても思うし。
小林さんぐらいなんかまあ割とこう丁寧に丁寧にというかまあいろいろなものを見た結果選んでもなかなかこうまあ最初ままならなかったみたいなのっていうのは。
いやーほんと新規収納ってめちゃくちゃ難しいなと思う。
そうですね確かにまあそうですね。
なんかなんであの圧倒的ななんか独自性みたいなのはむしろ何にも知らないで突入していって生き残った人からしか生まれない気もするんですよね。
それこそ悠ちゃん、野良クラ農場とか。
むしろあんまり情報が整理されてなかった時代に飛び込んだ人とかのが、もちろん生存率がすごい下がっちゃうとは思うんですけど、その代わりやっぱり生き残った人のピカピカ感がすごいなっていうのが僕感じていることでして。
ただなんか確かにあの悠ちゃんが先ほどから取り上げてる新規収納の前に欲しかった情報みたいなのは僕めちゃくちゃあるんで。
あのそうなんですよそこに対するなんていうかこの奉仕というか過去の自分に対するなんかこの、
過去の自分を救ってあげたいみたいな思いでラジオやってる節は結構あるんですよね。
だから僕はこれから新規収納したい人はこれ聞いた方、ちょっとねたまになんか暴走しすぎて難しい時があって、これはみんな知らない人は置いてけぼりだろうなみたいな感じがあるけど。
そうなんですよ。
いやでもね、この取り立ての話を。
関さんの愛の手がまたちょうどいいっすよね。
僕だけだと辛くなると思うんで。
やっぱ関さんがやっぱこのマイルドにしてくれるっていうのがすごく重要。
そうそうそうそう。
で、2人の会話からなんかこう、あ、ここ大事なんだとか。
僕はあの土上居の資格のことをすごくみんなに勧めてるんですけど、
なんか割と土上居やったらいいよっていうのも新規収納者が、なんていうの最低限と間違わないで収納してほしいなーって。
とか思って、取り立てラジオは本当にそういう意味では教材としてはすごくいいなーって思ってますね。
まあちょっとあの、生々しい、生々しさが売りと思ってるんで。
新規収納のまあそのしんどい部分もだいぶ現役でお伝えできたらなっていうのも。
いやでもそこで大事ですよね。
そうですね。
いやなんで今すごい思うのは、ゆーちゃんが描く新規収納のフレームワークというか、すごく聞いてみたいなって思いましたね。
なんか、ここの情報を整理することが必ずしもいいこととも思わないんですけど、さっき言ったみたいな発明的な人が多分、圧倒的発明みたいな人は多分減るんですけど、
ただ、やっぱ生存率を上げるというか苦しみを減らすっていう観点でいくと、情報は整理されてた方がいいなっていうのが。
それは分かった上で選ぶか選ばないかはみんなの判断だから、あった方がいいとは思う。
そうなんですよね。すごく本当は急に振ってあれなんで、今すぐって話じゃないんですけど、いつか聞いてみたいなと思いますね。
僕はね、小林さんが結構最近の回で僕のことを文化的農家に僕の中に位置づいてますね。
それはすごい言えてみようというか、だなと思ったんですけど、僕ね、じゃあもっとバリバリ生産できるところに行って、
野菜たくさん作って安定して出荷して、いわゆるザ農家みたいなことがやりたかったかと言われると、
そっちになったらそっちになったで、なんか俺はこういう感じじゃなくて、もっと生き方としての農業をやりたかったんだよなとか言ってそうだけど、
でもな、ちょっと振り返って過去の自分に言うんだったら、お前もうちょっと勉強してから収容した方がいいぞとは絶対に言うとは思いますね。
あまりにも思いつきが過ぎると。
でも、その修行メーカーの段階は、だいぶリテラシーあったんじゃないんですか?修行メーカーで働いてた段階で。
ありました。だから、それがなるとちょっと反作用的に働いてるのもあるんですよ、実は。
やっぱり大産地行ってたんですよね。長野の神村とか千葉県の三無とかタコとかみたいな人参の大産地とか、北海道の、そこは大豆とはまたちょっと違うような感じだったんですけど、
とかみたいな感じで、もう本当に土もその作物に適していて、大面積で効率的にみたいな、そういうのを見てて、なんかどっか弱いな、脆いなっていう風なのを感じてたんですよ。
結局、例えば神村とかぐらいレタスばっかり作ってると、ネグサレ病ってもうフザリウムの病気ですけど、普通だったらあんなに広がるはずないのに、やっぱりずっと連鎖してるから止まんなくなっちゃって、
で、新しい品種、大病船の品種を作って出て、数年するともうブレイクされてまた新しいレースが出てみたいなんで、ずっとイタチごっこみたいなのをやってるのを見てて、なんかこういうちょっと脆い、
で、まあでかいんだけど脆い農業じゃなくてタフな農業がしたいなーとか思って、まあ有機ってすごくそういう意味ではタフだし、なんか多様性もあって、多様性っていうかこういろんなものを作れるって、やっぱなんかいいなーみたいな感じで思った。
で、そうするとやっぱりなんていうの、大惨事じゃなくて、なんかちょっとこう田舎がそういうのには向いてるだろうぐらいな感じで、で、この白川町っていうところに僕いるんですけど、ここは結構そういうアイターンで有機農業やってる人がもう何人か前にいて、で、なんかまあ僕はともかく岐阜県に住みたかったんですよ。
その中で有機といえば白川町みたいなところがあって、あまり疑問も抱かずに入ってきて、っていう感じだったから、なんか今こういう身になって白川町で新規収納したいっていう人が来たら僕は最初に、いやここは全然あの野菜作りとか向いてないよって。
かつての自分に言い聞かせるように。
結構詰めて、他のところに行くっていう、まあ最終的には僕はそうなって、うん、それは正しいと思う。
いやー、なるほど。だからまあ最初の現体験にあたる部分がちょっとこう、王道の負の側面を見すぎたというか。
そうですね、まあ本当に結局育種の最先端ってなると逆にそういうところを、もうばっかりを見るような感じになっちゃってたから、なんか田舎に、まあ田舎に住みたいというのも一つだったけど、田舎で農業をやる方がなんか実は裏掻けるんじゃないかと思ったら全然、ただの裏だったっていう。
うわ、ただの裏だったっていうのめっちゃそれほとんど同じ感覚なんじゃないかと思うんですけど、僕もそれ宮崎来た時すごい思ってるんですよね。
長野、いやそうなんですよ。じゃあ多分この、何ですか、転換的な、概念の転換的にはほとんど同じ感覚な気がするんですけど、長野でやってた時には、やっぱ長野しかよく分かってなかったんで、長野が、長野を中心で考えてるというか、ちょっと地道説的な考え方をしてたんで、
あの長野の裏作れたら、そりゃあこれこんなに出荷できてるんだから、まあそりゃいっぱい売れるだろうと思って、まあ宮崎来ちゃったんですけど、宮崎来た後に、あれでもよくよく考えたら、長野がほとんどのとこの裏なんだよなっていうことに。
そうなんですよね。気候をこうなんか他の地域と相対化して考えてた時に、あれでもなんか関東ってほとんど九州と一緒だし、なんか関西とかもなんか四国なんかもほとんど九州、もう一緒だよなみたいな。
そうなんですよね。だから裏の裏は表というか、表に出ちゃっただけだったっていうことに、宮崎に来てから思いましたね。裏じゃなかったんだ、表だったんだって。
そうか、だからさっき新規中のフレームワークっていう言葉もありましたけど、実際やっぱだからないのかなあんまり。結局ここを選んだ僕はここでできる面白いことをやって、で僕この地域の仲間はあとクラフトビールを作る農家がいたり、
干ばつが全然進まないから、その干ばつをしてそこの木を使ってバレルサウナってあの樽みたいな、サウナを作ってそれを販売するとか、そういう農家がいたりとか。
それ農家なんですね、すごいっすね。
それ農家なんですよ。僕の研修先の農家なんですよ、それが。
かっこいいっすね、やっぱその生きていく力が高いですね。
そうそうそうそう、僕もそれはすごくかっこいいなと思うとみんな。
すごいなあ。
フレームワークっていうのはやっぱりあまりなくて、みんなが本気でなんかやりたいと思ってるかどうかっていうところに結局かかってるんで、本気でここに住みたいとか。
そこね、なるほど。
やりたいと思えばやるんだろうな。
なるほど、原点的感情の強さみたいなことになってくる。
だから小林さんが健康みたいなことから始めて今でケールとピーツ作ってるっていうのは、なんかすごいちゃんと原点回帰して、でパファオブプランツってなんか本当にもう大断言みたいな話じゃん。
いやなんか気づいたら、目を薄めてみたら一本線に見えるんですけど。
実はすごい細い線でグチャグチャグチャグチャってのがいっぱいあって、なんか気づいたら太い線が一本通ってるように見えてるだけっていう。
メディアに出してもらう機会が最近ちょっとずつ増えてきたんで、その時はちょっと繋がりがいいんで、太い線のとこだけ喋るんですけど。
言っても分かんないしなと思いながらも、確かに自分で話してても綺麗な線に見えるなとは思いながら聞いてますけど。
え、その白川町に収納したけど離納されちゃう人も結構いらっしゃるんですか?
うーんとね、何人かやっぱりいますね。やっぱりそれは、ちょっとその農業一本足でやっていこうっていう多分そういうつもりで来たんだけど。
結局その冬の間が全然収入がなくなっちゃうから、全然例えば別のバイトに割り切ってその期間は全然違う仕事に就いちゃうとかっていうのが、他のことをやらないんであれば一番収入もむしろ安定するしね。
そうですね。一番手堅いですね、確かに。
そうそう、それぐらい割り切ればいいんだけど、じゃあ夏に野菜すごいたくさんできて。
そうですね。
で、やっぱり稼げるかっていうと、なかなかそうでもなくて。
じゃあその今、ゆーちゃんの周りの有機農業とかでやられてる方はやっぱりその農業以外に結構強めの別の事業を持たれてるっていう感じなんですか?
ほとんどみんなそうなんですよ。
すごいですね。それはそれですごい魅力的ですね。ちゃんとXの方がちゃんとしてるってことですね。
そうなんですよ。で、Xの方が強い人が多いから、まあ面白がられるんだけど、なんか最近オーガニックヴィレッジとかああいうのでうちのこと見学に来ると意味わかってきてるのかなっていうふうに思いますね。
これをあんまりモデルにしてはちょっと違うんじゃないかなと思いながらも、まああの見学は歓迎なんですけどもね。
いやでもなんかある意味やっぱその、なんかまあ、あの生きてく力を、なんか生きてく力のすごい高い人が密集してる地域ってことですよねきっと。
そうですね。
それはそれですごく魅力的な気しますね。なんかやっぱ授業をやってて、生きる力上がってるなっていう瞬間のこの面白さというか、あのやっぱ知らないことが知れたな。
なんかこう取り先とのやりとり一つとっても、まあなんかこういう順番でやっておけばよかったんだなっていうことを知れたとか、なんかそういうこの生きてくのに強くなっているな自分っていう瞬間の楽しさはすごいあるなと思うんですけど。
それ野中野上もすごいその力がスタッフなのに養われるっていうのがあそこのすごさだと僕は思っているんですけど。
なんかそれを凝縮した場所っていう感じがお話から感じられるんですよね。
いや、かなり特殊な例だと思いますよ。で、そんな中でもでもやっぱり僕農業、なんか小林さんの最初の取り立てラジオの結構最初の方で農家になりたいみたいな話があったよね。
あれなんかすごいいいなと思って、僕ももっとちゃんと農家になりたくて、きちんと作って、ちゃんとこう世の中に自分の野菜をちゃんと出していくようなのがやりたいなと思ってて。
高谷さんの夏レタスへの挑戦と産地化への思い
なるほど。
なんか最近はちょっとこう生産をちゃんとできるようにするため、僕だから今年から結構その夏のレタスをやろうと思ってて、サニーリーフなんですけども。
はいはい。
ここの土地の標高がちょっと高いんで、それを活かせるのは夏だろうなということで、夏レタスで、しかもなるべく名古屋とか近郊のところでそれを収められたら、多分東海であんまりないんじゃないかなと思ってて。
これ結構狙いどころかなーというので、そこに集中して今年から他品目辞めてやる一つの、中量に移行する一つの品目がその夏レタスなんですよ。
はいはい。
でこれがまあうまくいけば周りの仲間でちょっといろいろ苦労してる人も誘ってこう一緒にできたら、なんかまあ産地になりたいみたいなのがあるんですよ。
あーいやわかります。すごくなんか、今日はじめから結構共感する部分が結構深い部分の共感するやつが多くてびっくりしてます。めっちゃわかりますね、ほんと。
そうだから小谷さんもなんかね、そうやってまあちょっとそういうのはうまくいかなかったけど、その長野の裏として産地感みたいになって、なんかあーわかるーって。
いや小谷さんこれ、なんなんですかね。なんで産地になりたいんですかね。なんか自分でもなんかなんで、なんで産地になりたいんですかね。
僕結構ねずっと騒いでるんですよ、それあの一人で産地になりたい産地になりたいってなんか。
いやすごいですね。
人参の例えば11月出しができる産地になれば他にいないから産地になりたいとかって言ってて。
あーいやでも思考の喜び点としてはほんと一緒ですね。他にこのメジャー品目この時期いないならやったら喜ばれるよねっていう。
そうそうそうそう。やりたいなーと思ったら土のこともっとこう勉強して。
僕ブロフはあんまり積極的にやってないんですけど小谷さんの本はすごく面白いんでずっと読んで勉強はしてるんですけども。
なんかまあ言ってること、いろんな本読んでも結局言ってることはまあどっちの面から見てるかだけで同じこと言ってるんで、
アプローチの違いかなというので、いろんなの読むんですけど。まあすごくなんかだいぶ解像度も上がってきて。
いやー今どんな世界が見られてるのかめちゃくちゃ気になりますね。その土について。
AIとの対話と土壌科学への探求
なのですごく最初の方の話でも気になったんですけど、ジェミニーと何喋ってるのかなとかめっちゃ気になりますね。
もう何話してるんだろう。でもかなり面白い話してるなと思います。ちょっとアホみたいな質問もバンバンしてるから、
読み返すと何この質問みたいなのもあるんだけど。
いいですね。
科学のことがやっぱちょっとわからないと。イオンって何なの?
わかりますわかります。
なんでカルシウムの方がカリウムよりくっつきやすいとか離れやすいとかそこら辺は何でなの?
確かに確かに確かに確かに。
電子とのこの距離とか何で2かなのにとかなんかそういうの延々ずっと話してて。
それいいですね。それ聞きたいですね。
楽しいですよ。
楽しいですね。すごくわかります。最近僕もそのどうやってやったら抗酸化力上がるのかっていうのをもうちょっとちゃんと
まあその修了の話じゃないんでなんかまあ経営にすぐ直結って話でもないんですけど
ちょっとこと栄養価分析毎年出してるんでどうせやったらなんかもうちょっと上げられる方法ないんかなっていうのをちょっと考えたりしてる時にやっぱ
そうなんだ抗酸化力というのは
なんていうかその
紫外線に対する何か対策ってよりかは
なんかこう電子が電子が余ってしまう
高剛性の段階を2つに分けたら最初に水から電子を奪って
その奪った電子を二酸化炭素にくっつけて
等に変えるという2段階にあるその1段階目は物理的な反応だからどんどん電子が光に当たれば電子は生まれてしまう
けどもその2番目の方の
二酸化炭素を有機物に合成する方は生理的なというか生態的な反応なんで周りの環境によって左右されてしまって
進む進まないっていうのが非常に変動的で電子が余っちゃうから
その余った電子が酸素にくっついた時に活性酸素になってしまっていろいろ壊されて危ないからみたいな詳しいことをやっぱ
GPTがこの会話の中で教えてくれた時の楽しさたるいはすごかったですね
あの僕も3年ぐらい前かなに一度だけ人参の人参を出品したことがある
はいはいはい
あの栄養効果を見ました
でももう全然箸にも棒にも変わらなくて
あのやっぱ人参はもうとんでもないもう化け物みたいなのがいっぱい
そうですねあそこだけちょっと崖高いですよね本当
いやでもなんか全然あの小三体なんかほとんど検出限界以下みたいな
いやすごい良い値でしたよね僕も拝見しましたけど
で食味がね5だったんですよ
これは嬉しいですね
食味5はね嬉しいですね
嬉しいですよね僕5取ったことないですよね
4しかなくていつもあそこちょっと残念なんだよな
嬉しいな
ちょっとこれもしかしてノミネートされたりしてとか思ったら
全然なんかしれっと当日迎えてなんか上位ノミネートされた5つ見たら
なんかもうあの全然あのなんていうのコントロールの表示される範囲が違う
っていうかスケールが違って
なるほど
これぐらいじゃないとダメなのねみたいな感じ
いやちょっとそうですねケール部門だったらノミネートは絶対してましたね
あの賞賛値が低ければノミネートできる
あーそうかケールだとそうですね
ケールだとそうです
その時に降参火力っていうのが結構重要視するじゃないですか
ですねあの大会はそれですよね
そうで降参火力って何なんだろうって僕もその時に
あのいまいちちょっとよく分かってなかったんですけども
なんかあの撮れたでラジオ聞いたり
それこそあのジェミニーとこう話したりして
降参火力って何なんだろう
まあ要は活性酸素をどれだけ抑えるかみたいな
そういう指標みたいなのですよっていうような話で
じゃあそれどうやって上げるのみたいなのとか
ずっと話してますけども
いや面白いですね
いや面白いですよ
土壌上位と農業経営における知識の解像度
なんでその土上位とかも僕の中ではすごい
土上位ぐらいだと思うんですよね
なんか僕の知ってる農業周りで農業経営の栽培において
実際に実務的に役に立つ知識がすぐ得られるやつが
土上位ぐらいだなって今思ってるんですけど
それをちゃんとやられてる方
僕もなんかテキストを勉強するために
3級読んだり2級読んだりしてたこともあるんですけど
なかなか試験を受けようとまで思わず
要は隅々までちゃんとやろうっていうことは
一回もできてないんで
それをちゃんとやられて
あれをちゃんと詰め込んだ
ちゃんとやられた人は
今どういうふうに世界が見えるんだろう
ってすごい気になりますね
その栽培上
いや小林さん全然もうね
空で2級受けても多分
米の話とか多いから
そうなんですよ
興味が向いてない
ちゃんと掘れてない分野も結構あるじゃないですか
果樹とか
分からないんで
ちょっと分かんないな
果樹のこともある程度見えて
米のことも見えて
僕の中で農業っていう球体があると思ってるんですけど
その球体をいろんな角度から見ることで
実態に近づいていく気がするんですよ
長野から見てた農業と
宮崎から見た農業を両方見たことで
僕の中で農業の球体の解像度が
だいぶ上がってるんですけど
それと同じのが
イネから見てとか
果樹から見てとかってことをやると
もっと解像度上がるじゃないですかきっと
僕は米も作ってるんですけど
イネ分かると
すごい解像度上がりますよ
野菜の
健気的環境って
こういうことなんだ
だから微生物の動きこうで
とかいうのが
全部繋がるんですよ
大谷さんちょっとタボなまったり
そうやって言われるとすごい
関さんのところに
いかしてもらって
めっちゃ面白いんですよ
米の話を
するの結構好きで
そんなに大して作ってないし
めちゃくちゃ取れるとかじゃないんだけど
微生物とかの動きとか
有機物の分解の
意味合いとかが
稲作のことを知ると
旗作の方の解像度がグーッと
上がるので
そういう意味では面白いと思います
すごいですね
「とれたてラジオ」の役割と今後の展望
立体性が高い人が
見てる世界を共有してもらう
っていう喜びが
僕の中にすごいあって
それの
僕目線の発信が
やっぱり
ポッドキャストでやってるつもり
本当そうですね
小林さんの
CNで
CN比で世界を見るみたいなのは
僕もなんか
ああいう感じすごいあったんだけど
CN比で
全部説明作って
これいい発想だなと思って
使おうと思いました
CN比
CN比を知った時の感動
すごかったんですよね
CとNで大体見れるんですか
世界って
小岩井さんの
好きだった時の感動
話は尽きないんですけども
ありがとうございます
結構話したんで
そうですね
もうだいぶいきましたね
1時間50分とか
記録して
そのラジオ長い番組なんで
いいですよね
ポッドキャストなんか僕長ければ長いほどいいって思ってるんですけど
僕もそう思う
作業中何もしたくないから
どっちかしてくれって
ある程度関心のある
レベルを保ってくれれば
無限に話してくれていいなっていう
思いで
そうなんですね
高谷さん
申し訳ございません
優ちゃんの
敬語が抜けなくてすみません
全然それはいいですけど
見られてる
そういう
栽培の
微生物関係の特に
大肥をやられてたらやっぱ
大肥がものすごい
接続点ですよね
微生物と
有機物と
畑で起こることの
圧縮というか
そこをやっぱ深く
惚れてる人の見てる世界
イベント告知と今後の対談への期待
すごく
引き出せる質問を出せない自分が悔しいですね
今非常に
大肥のことだったら
何時間でも話せるんですけど
果たして
自分の番組でそんな大肥のことを
こうやって話すかというと
本当ですよね
一人で話してもあんまり
うまくできないというか
なるほど
取り立てラジオは
高谷さんが話したいことを関さんが
受け入れて
お互いに
本当そうなんですよ
関さんに受け入れていただいて
成り立っているわけです
すごいいいなと
思ってますよ
なかなか番組の中で
どう話すのかな
僕学校やってるんで
学校では体系だと
話すんですけど
学校の話をそこでする
それ違いますもんね
学校やってますもんね
そこがすごいアウトプットの
しかもだいぶ
体系だったアウトプットの場になってる
ですね
すごいな
行きたくなってきましたね
行きたいな
小谷さん来ないで
物理的距離が一番の障害ですけど
それがなければ
行きたいですね
なんかこう
ゲストスピーカーとかで
一回出て話してもらったりしたいぐらい
ですよ本当
with g なんで本当
with gpt だから
ああなってるだけなんですよ
僕単体の能力としては
本当にだいぶ限られたもんで
gpt がいることによって
喋れてるっていうだけなんで
いやいやいやもう絶対そんな
聞いてればわかりますよ
あれでも
毎回収録のときって
なんか原稿とか書いてる
書いてること聞こえるんだけど
あれは関さんが
僕の話を
あの
ちゃんと
つじ道立てて聞いてくれるために
書いてくれてるんですよ
関さんいいな
関さんいい人なんですよ皆さん
ぜひ関さんとつながってください
いや本当
僕だから
6月6日行きたいっすもんね
ありがとうございます
ありがとうございます
あれ決まったんですか場所
多分宮崎市になると思うんです
市内
なんか本当にびっくりしてるんですけど
県外から飛行機のチケット
取ってくれたっていう人がいらっしゃって
いや俺も行こうかな
ちょうど
ターン上なんだよな
それはもう外せないですよちょっと
いやまあでもね3、4
とかで終わると思うから
終わった日が一番動けんすよ実は
助走に入るの
4日目からなんで
4日間ぐらい空くんですよ
4日目からもう助走なんですね
まあ4日目ぐらいから
初期助走入らなきゃなくて
植えてすぐ入るとちょっと浮いちゃうんで
いやちょっと
今日はさすがにちょっと
2時間になりそうなんであれなんですけど
ぜひ僕はどっかの何かの機会で
ちょっと
でもな
エンディング
その
教材なんだよな
その
ゆーちゃんの大秘についての
お話には
僕ねなんかね全然
まあ確かに教材なんですよ
でもyoutubeでも一回
農家の種
まさとっちが
来て大秘作るの
あれ僕全部話したし
もう
結構すべて話したんですよ
そこに対してはいいですね
あれ見て
分かった人は別に
来ないだろうし
あれ見てもっと知りたいという人の方が
絶対多いなと思ってるから
あんまり
話すことに対して抵抗がない
というか
話したがっても減らないだろうな
っていう
ようなのはあるんですよ
だからあんまり話すことに対して別にこれはちょっとな
みたいなのは
経営のこととかだとちょっと
話しちゃったら
色々
難しいところはあるけど
まあ多分技術に関しては
そんなに
あんまり
隠すこともないかなみたいな
マジですかちょっと
それどっかで僕企画してもいいですか
いや取り立てラジオに
来てもらうでも
いいですし
呼んでください
逆に聞かれたら僕は話せるけど
自分で話せって言われると
なんか何話そうみたいな感じになっちゃうから
全然話しますよ
めっちゃちょっと
すごい
ユイちゃん僕の中で
際立たせてるとこやっぱ対比について
のやっぱ
スコップでやってた
スコップから始めたっていうところも
すごい多分重要で
大事だと思うんですよねやっぱそこから
生データの量
っていうか
すごい重要じゃないですか
僕もサイバーやってても
思いますけどその
ローダーでやってないスコップでやってたみたいなのも
すごい重要なんですよね
大事ですよね
なんで大事かについて
細かく言語化できてないんですけど
でもなんか大事な気するんですよね
その生データは
でもやっぱり
手でマルチャ貼ったことがある人は
マルチャ使い方が上手になりますよね
最初からマルチャ持ってる人より
そうですよね
手で尻を撒いたことある人が
サンパー使った方がいいよねとか
やっぱ思いますよね
やっぱね
意味がわかるっていうか
それすごい大事だなと思います
そうですね
そうですね
そこの生データの量がやっぱすごそうっていう
部分と
今そっからローダー使って結構量作るところまで
行かれてることと
やっぱその白川町っていう
ところで
生き残られてるっていう
その生きる力の
どういう
思考を辿ったら
そうなったんですかっていうところに
すごく興味があるので
そのポイントをぜひ掘らせてほしい
もがきまくってる
いやもがきが聞きたいですね
やっぱその
普段見えないそのもがきの部分を
聞けたらこんなに幸せなことはないですね
はいわかりました
ぜひよろしくお願いします
ぜひ読んでください
興奮してますよ
はい
ということで
もう2時間近い
長くなりましたけども
はい
今日は
宮崎県
綾町の
とれたてラジオをやっている
小林さんに来ていただきました
今日はどうもありがとうございました
ありがとうございました
01:48:49

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