前回に引き続きまして、クマの野良の研究者、安江さんにお越しいただいています。
紹介もめちゃくちゃ面白かったというか、勉強になりましたね。
生態系は全然知らなかった。
そうですね。
分かんないことの方がまだ多いくらい。
冬眠というか、地面でしか理解していなかったという気がします。
よくよく考えると冬眠って何よって思いますね。
不思議すぎる。そして冬眠期に子供を産むという謎の。
いい話でしたね。
前回はクマの話と、そこからの植生変化みたいな話とか、
人の暮らしとの関わりみたいなことをちょっと話してきたんですけど、
後半、改めてクマと人みたいな話をしていきたいなというふうに思うんですけど、
人の暮らしの変化とクマの関わり、
こんなに増えてるんじゃないかみたいな話の中で、
安生さん的には、ツアーをやったりされている中でも、
変化とか感じていることってどんなことか。
クマの出没が問題視、世の中で出て始めたのが2000年代なんですよ。2004年とかくらい。
これこそ長野で最初の人身被害が確かあって、僕は大学入った年くらいからなんですけど、
多分それよりもっと前って、開発から森を守るみたいな、保護みたいな感じのがやっぱり強かったんですけど、
保全とか、逆に今ってノーサンソン加速化して、
あり余る自然資源を使い切れなくなったがゆえに起きている問題みたいなことが、
これはクマに限らずですけど、特に林業とかもそうですけど、
クマも多分そういう感じだからこそ起こってるみたいなふうに変化してきてるんじゃないかなと思いますね。
何が効いてるかっていうと、多分複雑だとは思うんですけど、
よく言われるのって何ですかね。今の食べ物がないからだみたいなのは。
クマが出てくる要因。
そうですね。山に餌がないっていうのと、
無意識的餌付けっていうので、柿の木とか野菜もそうですけど、
高カロリーなものを低コストで獲れる。
人が獲らなくなったら一部にクマが超えてしまう。
あとはクマの個体数が増加して、山の長張りじゃないですけど、
そのキャパシティみたいな話とかがよく聞くかなという気はしますね。
どれも多分当てはまると思いますし、
例えば食べ物がないから、今年は山に食べ物がないから降りてくるっていう、
何だろう、射手距離の話だったら、多分それは今年は去年かに関しては合ってたと思うんですけど、
人間が山を開発しすぎて、食べ物がなくなっちゃったから降りてくるってなると、
多分ちょっとそれは事実と違うんじゃないかとは思っていて、
やっぱり自然増加率がこれだけ高い理由は多分食べ物、
それをバックアップできるだけの食べ物があると思うので、
そこに何が効いているかなっていうと、
そうですね、これもよく聞く話ですけど、
一つは多分工作法基地の増加っていう話だと思うんです。
やっぱりそれまで畑だった、しかもそれまでは簡単に出てこれなかったので、
普通に生息圏とか食べ物にありつくための環境でなかったところが森に帰りつつあるみたいな。
そういうところって、熊って鶴植物とかアケビとかですよ。
ああいうの大好きなので、工作法基地ってそういうの多いイメージはありません。
やっぱり鶴植物が繁茂しているみたいな。
ああいうのが多分かなり効いているっていうのは多分一つあると思うんですよね。
気になって、その工作法基地、この過去20年でどれだけ増えたかとかって一回、
それこそチャットGBTに聞いてみただけなんですけど、
40万ヘクタールとかだったかな。
ちょっとあんまりちゃんと追ってないですけど、
それに対して例えばメガソーラーの開発で失われたというか、
メガソーラーのこの20年の面積っていうと同じ感じで対比すると2万ヘクタールとか。
それは山に限らずなので、多分増えている部分、
生息的地として増えている部分のほうがよっぽどまず多いんじゃないかなとは思いますし、
個人的には一番、人工林とかっていうよりも里山的な森。
大和和さんの裏手もそうでしたけど、奈良とか新田林ですね。
昔、木を取ったり炭を作ったりに使われていたところっていうのが、
今ちょうど拡大増林は1900?
60年、70年代くらいですね。
あのくらいまでは、あと多分燃料革命。
石油に切り替わるのもそのくらいですよね、おそらく。
60年代。
石油が入ってくる前は10年、20年に1回切っていたわけじゃないですか。
なので木のサイズもそのくらいまでで、ちょうど薪にもいいサイズだしっていう。
定期的にだから伐採をされていたっていう。
管理をされた山っていうのが多分ここもそうです。
日田もそうですし、いっぱいあったはずです。
1回切られて彦栄えしてくると、体の再生産にエネルギーを全振りしなきゃいけないので、
あんまりどんぐりつけないんですよね。
20年生くらいまではそんなに実がならないんですね。
血実量がそんなに多くなかったので、奈良林自体はあったけど、
そんなにどんぐりがあるかというとそうではなかったと思われます。
そこが今放置されて、大型木、何て言われているかな、
里山の奥山家みたいな表現がありましたよね。
大型木化してしまって、ちょうどその時にサイクルが止まるってなると、
そこから数えると今60年とか70年経ちます。
そこまで大きくなると今度子孫繁栄に蓄えたエネルギーを使えるので、
血実量がガーッと増えてくるんですよね。
なので、昔里山林で放置されていたところが今どんぐりめちゃくちゃ、
栗とかも含めてめっちゃ実らせる環境に変わってきていて。
よく良好的な感じになっちゃうんですね。
そうです。なので人里に近いところに生息圏を広げてきているとか、
距離、そういう意味での距離感がどんどん近づいてくるっていうのには
それはかなり効いているなと。
あまり単純な数値化をするべきではないと思いつつ、
例えばヒダ、僕のいる高山で、それも気になって一回GISを使って、
環境省の植生図みたいなやつで面積で計算すると、
ヒダの森林面積の4割くらい里山林なんですよね。
でもう4割が人工林で、あと2割が標高の高いところ。
奥山、今より奥山みたいな。
比率で4割あるところが、いずれも大型牧化してっていう風に変わってきているっていうのは
多分かなり効いていると思う。
どんぐりなりすぎ問題。
そうです。
そうなるとやっぱり、ギフト感すごいですよね。
そうです。めちゃくちゃなるようになっている場所が出てきたぞ、みたいな。
そう、なんかめちゃ餌振っていくんだけど、みたいな感じ。
特に里山林って、人が住んでいるエリアと、
そういう植生ごとの森林の配置みたいなのを面的に見るとすごい分かりやすいんですけど、
やっぱり人の生活圏の近くが里山林なんですよね。
増林地はあんまりそれに関係なく、いいところに植えられててとかってなるので、
やっぱり人里の周りにある森の方がむしろ今、振って湧くようにどんぐりが。
って考えると多分、これはかなり効いているんじゃないかなと思いますし、
結局だから人間側の生活スタイルの変化がやっぱり鍵になっていると思いますね。
確かにそうです。今日のミッションがあった山田の裏手の森のところも、
新田林であったところがあったら、ほぼ小ならで群生しているような、
残されているから群生しているという状態だったと思うんですけど、
あれって別に、本来で言えば曲草林とかで放置されていればそんな風になかなかならないっていうか、
全部小ならで構成されるとかってあんまりないと思うんですよね。
そうですね。
その辺は確かに増えているとかがすごい。
もっと西日本側に行くと、ああいう虹林のメインの赤松の比率がもっと高くなっていくんですよ。
西日本ほど。長野は多分どっちもあるみたいな状態だと思うんですけど。
東日本でもともとはブナの分布しているところと熊野生息エリアって
本当にぴったり一致していると言われているくらいリンクしていたんですけど、
今はそうとも言えなくなってきて、もともとあったところの周りにあった奈良林を使って広げているっていうのが
東日本の方が多分顕著に多いという感じだと思います。
柿の木もそうですね。
昔は定期的に収穫していたんですが、人間活動の縮小で取られなくなったので。
すごいですもんね。鈴なりに。
よく見えるもんね。葉っぱがないから。
去年のそれこそ熊ツアーの下見を松本さんとしたんですよ。
それこそ平熊さんの車輪でやらせてもらっているので。
だいたい食べられるものがあるっていうのが本当にツアーのコンテンツとしても大事で、
これ人間も食べれるんですよみたいな説明をしながら歩くんですけど、本当に食べられるものがなくて。
実りが本当に少ないなと思いました。
あれだけ山をざっと歩いて、本当に食べられるもの、説明できるものがなかったのでどうしようって言って降りてきたら、
そこから平熊さんのオフィスに帰るまでのところに柿の木とかブワーってあるから。
熊の目線で本当に見えるならこれは魅力的に撮らないわけないよなっていうのがあるんですよね。
そうですね。探してたらそこにしかなかったっていう状態ですね。
今自分が熊だとしたらそうやって見えるしかないなっていう。
これは考えてもこっちで撮る方が。
ないっていうのは、どんぐり類じゃなくて。
一つは、例えば秋なんで山ぶどう、サルナシとかああいう系も実りに多い少ないはあるんですよね。
桜がすごい実る都市とかもあるので、やっぱり軒並み少なかったみたいな。
唯一多分サルナシだけめちゃくちゃ豊作だったんですよね。
去年、それこそ仕事の合間にうんこ見たらあられちゃんごっこみたいな感じで。
去年はサルナシだけ100%くらいどの分にも入ってる。
サルナシ食うと本当にキウイジャムみたいなの落ちてる。
本当にそのまま出てくる。
緑色の。
そのままポテト。
全体的には少なかった。
そういう目線で見れば山から降りたくなる気持ちもすぐ分かるな。
昔は最後の最後で人里に出る前に心理的な障壁はきっとあった。
基本的に見通しの効くところに姿を現すのは野生動物にとってはリスクになる。
今はなかなかそこがないので。
そこから僕の実家の集落も獅子垣って分かります?
昔のもののけ姫の最初のシーンで石垣だらけの。
あんな感じで石積みをずっと集落で囲うんです。
それで防衛ラインにしてたんですけど。
石垣の前を掘りみたいに掘って。
今でもうちの集落は名残があるんですけど。
頑張れば超えれますよね。
鹿なんて2メートルくらいで。
今は掘りの、獅子垣と全く同じラインで物理的な金網のフェンス。
あれで囲ってるんですよ。
集落を?
そうです。
集落全部、従来対策のためにネット掛けようとして下見した結果。
侵略の巨人みたいな。
通って囲うのが一番合理的だとなって。
そこで設置したんですけど。
今ってそのくらい物理的に防御しないと止められない状態になってる。
昔は逆に多少超えられそうな垣根だけでもそこで食い止められてたんですけど。
多分カソカで変わったとしたらそこじゃないかなって。
たぶん動物も人を見てるというか。
猿とかも男性がいると獲らないけど、女、子供とかおじいちゃんおばあちゃんの場合は獲るみたいな。
そういうの聞くから。
本当にそういう老人の村みたいになったら攻め込まれる。
この辺猿います?
いますよ。
猿が来ちゃうと本当に獣害対策の深刻度が跳ね上がっちゃうので。
やっぱり人見るんですよね。
嫌ですよね。しかも撃てないじゃないですか。
人感ありすぎて。
ピッキオさんにインターン行った時は猿を見たら威嚇するように言って。
傘とか持って振り回したりしてたんですけど。
怖いですよ。
カミコシカイって言いますけど、普通に向こう歯を剥き出して威嚇してくるので。
しかもでかいやつでかいんですよね。
でかいですね。
オスザルの。
大原村行った時は確かにおじいちゃんたちがエアガンかポケット払いで威嚇してましたね。
そうですよね。
道路沿いの桜並木とかでクマが食事してるのとか車運転してると見かけるんですけど。
なるべくクラクションめっちゃ鳴らして落としたりとか。
緊張関係なくなっちゃったから鳴ってるわけで。
怖くはないんでしょうけど動かしたら。
嫌だなくらいには思わせた方がいいのかなとかって言って鳴らしたりとか。
意識はするようにしてますけど。
全然効かないですよね。
平気ですね。
昔って何が効いてた?
マタギみたいな銃持ってる人たちがいて射撃してたとかっていうのもあるかもしれないし。
煮たきとかで煙はすごい痛かったと思うから。
その辺も。
人が熱そう。
叫びとかも昔はしてただろうから。
そういうのもあるのかなと思うけど。
何が一番効いてた?
銃撃になるのに。
多分だけど、必死さだと思うよ。
切実さが違うじゃないですか。
今の銃害って言われるものと、
井上さんの本にも江戸時代にめちゃめちゃ銃害が増えた時代に
封印したって書いてある。
どうやって封印したんですかって聞いたら頑張って封印したんだよって言ってたから
多分本当に追い返すというコミュニティーの意識が良かった。
野山の資源を使わないと人間も生存できなかった時代の切迫具合でいうと
やっぱり獣との対峙とかは
圧力、心理的な圧力みたいな。
駆除数で言ったら今も1万と殺しちゃうわけじゃないですか。
駆除数で言ったら捕獲圧だけ見たらむしろ増えてる可能性だってあるけど
昔と変わってるのは心理的な圧力っていうか
もっと多分いろんな理由で山に人が入ってた時代だったので
体の大きな動物が群れて何かやってる。
聞くところによると撃たれて食べられた仲間もおるらしいみたいなところで
ずっと関係性を作ってた時代とは変わっちゃったんじゃないかなっていうのは。
しかもブロックディフェンスじゃないけど山全部守るの無理だから
そこから境界線を決めてここ以上来たら許さんっていう。
クマも物理的に入りづらいっていうか
神壇林整備というか整備する意味でやってたわけじゃないかもしれないけど
使ってた時って結局山を歩くたびに
芝刈りじゃないけど下草刈りもするし
見通しがいい状態を作られてたから
クマも見隠す場所がないとかあんまり。
それにさっきの話で餌が。
どんぐりの餌がない。
奥山のがある。
来る理由もないみたいなところがあったのかもしれないしね。
住むとこ自由に選べるんだとしたら
めちゃくちゃ交通量多くて騒音が多いところとか
うるさいところは避けるじゃないですか。
便利だったら別に都市に住む人もいると思いますけど
車とかめっちゃ通ってる。通り沿いをわざわざ好きで選ばないみたいな
そういう感覚もあるんかなくらいに思ってましたね。
安心。心理的安全性。
よくわからない奴らがいるところは
距離もわからないし
距離感を置いとこうってなるかなって思いますね。
クマ目線だとそうなるかもしれないね。
それこそクマがずっと減ってきたというか
狩猟長寿じゃない。今もそうだと思うんですけど
2000年代ってどっちかというとクマ絶滅。
その前に鹿が絶滅危惧種で
絶滅危惧種というか
取っちゃいけないようで爆増して今反転しているという感じだったんですけど
クマもそれまでは割と個体数が安定してたところとか
もしくは減っているというふうに言われ続けていて
僕の知り合いの宮崎角さんというカメラマンさんとか写真家さんが
こんなに増えているよって
2,30年言い続けてたけど
社会は全然信じていない。
そんなわけないみたいな。
そこは何なんですかね。
場所にまずよるというのが1個あって
海外だとアジアの他の地域では
次の悪魔は絶滅危惧種に今でも入っている
でも日本だけ例外的に数が激増している。
かつ日本の中でも例えば九州はもう絶滅したじゃないですか
四国も今数十都しかいない国の予算でも保護プロジェクトが動いているし
場所によっては本当個体群として少ないみたいなところもあるので
でもやっぱり東日本とかは長いこと
ずっと狩猟中ではあったんですけど
ハルグマの駆除とかが抑制されたりとかって時期もあったので
地域差があるので
日本でも場所によっては減っているところもあるんですけど
思想的な部分保護的な思想のままずっといっている人は
やっぱ減っているもんだって
減っている事例もあるとかっていうのももちろんあるので
減っているもんだってずっと長いと思っていて
確かにその方が馴染むっていうのがありそうですね
考え自然破壊の社会に対して
クマ減っているのが理解しやすい
メガソーラーに反対したい人が例として使っているみたいな
今も結局その保護団体の方とかもいらっしゃるんですけど
極端に駆除に対して攻撃する人とかっていうのは
今でも減っているに違いないから
こんな取り方しとったら絶滅しちゃうぜっていう主張をしているし
堅い研究者はもう増えていることが数字でも明らかなので
本当に隅分けというか距離感を保ちたいなら
増えてあぶれてしまったやつをまびいて駆除して
その上でゾーニングを考えなきゃみたいな話をしているので
まだその保護思想の強い人とはかみ合うわけがないんですよね
もう極端なこと言うとなので
僕よりクマに詳しい療師さんとか
ヒダにももちろんいますし
写真家の方がまさにそうだと思うんですけど
研究者だけがよく知っているわけじゃないので
肌感覚で知っている人の増えている減っているっていうのは
結構自分らよりも感覚
肉白して見ている人が減ったんでしょうね
あまりにも少ないからなので
今限られているじゃないですか
宮崎さんも僕もあの人の写真の本とか持ってますし
療師さんとか研究者とか
もうちょっと日常
今でこそなんか
昔はもうちょっと
どこまで身にしていたかわからないですけど
クマというものが距離感として近かったんですよね
山で暮らしている人にとっては存在としてはもう分かっていて
付き合っていかなきゃいけないと思っていたので
体感とか感情的な部分と
命を取るってことに対するみたいなのも
肉白していたからこその
純度で付き合えていたんですけど
多分一回だいぶ離れてしまって
離れている間にお互いの事情がめちゃくちゃ変わって
もう一回収容力の限界を超えて溢れてきて
お互い性質が変わってしまった人と
主体同士で今出会っちゃっているみたいな感じになっているんじゃないかなと思います