2026-03-07 56:00

Vol.137 クマへの愛着と距離の取り方を考える 安江悠真さん(クマ研究家)

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クマ研究家 安江悠真さん ⁠https://www.instagram.com/ymyse_525

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感想

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サマリー

このエピソードでは、クマ研究家の安江悠真さんをゲストに迎え、人間とクマの関係性、特にクマの出没増加の背景にある要因と、それに対する距離の取り方について深く掘り下げています。安江さんは、開発による生息地の変化や、放棄された耕作放棄地がクマの餌場となっている現状を指摘。特に、管理されなくなった里山林が大型化し、ドングリなどの実りが豊かになったことが、クマが人里近くに進出する一因となっていると解説します。また、昔と比べて人間とクマの間の心理的な障壁が低下し、物理的な防御策が不可欠になっている現状や、クマの個体数増加に関する議論の複雑さ、そして保護思想と駆除の必要性の間で揺れる社会の状況についても触れています。さらに、クマの生態系における役割や、人間中心の視点だけでなく、共存のあり方を模索することの重要性を強調。最終的には、クマとの関係性を再構築し、持続可能な共存を目指すための具体的な取り組みや、地域社会における専門人材の育成、そして自然との関わり方を再考する必要性を訴えています。

00:03
自然と生きるを考える 自然資本論〜
この番組は森で働くことを愛する高橋と奥田が、マーケティングやデザイン視点を持ちながら、森、海、里など自然資本を巡る話を面白おかしくしていく番組です。
はい、北本の高橋です。 山戸川の奥田です。よろしくお願いします。
クマの出没増加の背景と要因
前回に引き続きまして、クマの野良の研究者、安江さんにお越しいただいています。
紹介もめちゃくちゃ面白かったというか、勉強になりましたね。
生態系は全然知らなかった。
そうですね。
分かんないことの方がまだ多いくらい。
冬眠というか、地面でしか理解していなかったという気がします。
よくよく考えると冬眠って何よって思いますね。
不思議すぎる。そして冬眠期に子供を産むという謎の。
いい話でしたね。
前回はクマの話と、そこからの植生変化みたいな話とか、
人の暮らしとの関わりみたいなことをちょっと話してきたんですけど、
後半、改めてクマと人みたいな話をしていきたいなというふうに思うんですけど、
人の暮らしの変化とクマの関わり、
こんなに増えてるんじゃないかみたいな話の中で、
安生さん的には、ツアーをやったりされている中でも、
変化とか感じていることってどんなことか。
クマの出没が問題視、世の中で出て始めたのが2000年代なんですよ。2004年とかくらい。
これこそ長野で最初の人身被害が確かあって、僕は大学入った年くらいからなんですけど、
多分それよりもっと前って、開発から森を守るみたいな、保護みたいな感じのがやっぱり強かったんですけど、
保全とか、逆に今ってノーサンソン加速化して、
あり余る自然資源を使い切れなくなったがゆえに起きている問題みたいなことが、
これはクマに限らずですけど、特に林業とかもそうですけど、
クマも多分そういう感じだからこそ起こってるみたいなふうに変化してきてるんじゃないかなと思いますね。
何が効いてるかっていうと、多分複雑だとは思うんですけど、
よく言われるのって何ですかね。今の食べ物がないからだみたいなのは。
クマが出てくる要因。
そうですね。山に餌がないっていうのと、
無意識的餌付けっていうので、柿の木とか野菜もそうですけど、
高カロリーなものを低コストで獲れる。
人が獲らなくなったら一部にクマが超えてしまう。
あとはクマの個体数が増加して、山の長張りじゃないですけど、
そのキャパシティみたいな話とかがよく聞くかなという気はしますね。
どれも多分当てはまると思いますし、
例えば食べ物がないから、今年は山に食べ物がないから降りてくるっていう、
何だろう、射手距離の話だったら、多分それは今年は去年かに関しては合ってたと思うんですけど、
人間が山を開発しすぎて、食べ物がなくなっちゃったから降りてくるってなると、
多分ちょっとそれは事実と違うんじゃないかとは思っていて、
やっぱり自然増加率がこれだけ高い理由は多分食べ物、
それをバックアップできるだけの食べ物があると思うので、
そこに何が効いているかなっていうと、
そうですね、これもよく聞く話ですけど、
一つは多分工作法基地の増加っていう話だと思うんです。
やっぱりそれまで畑だった、しかもそれまでは簡単に出てこれなかったので、
普通に生息圏とか食べ物にありつくための環境でなかったところが森に帰りつつあるみたいな。
そういうところって、熊って鶴植物とかアケビとかですよ。
ああいうの大好きなので、工作法基地ってそういうの多いイメージはありません。
やっぱり鶴植物が繁茂しているみたいな。
ああいうのが多分かなり効いているっていうのは多分一つあると思うんですよね。
気になって、その工作法基地、この過去20年でどれだけ増えたかとかって一回、
それこそチャットGBTに聞いてみただけなんですけど、
40万ヘクタールとかだったかな。
ちょっとあんまりちゃんと追ってないですけど、
それに対して例えばメガソーラーの開発で失われたというか、
メガソーラーのこの20年の面積っていうと同じ感じで対比すると2万ヘクタールとか。
それは山に限らずなので、多分増えている部分、
生息的地として増えている部分のほうがよっぽどまず多いんじゃないかなとは思いますし、
個人的には一番、人工林とかっていうよりも里山的な森。
大和和さんの裏手もそうでしたけど、奈良とか新田林ですね。
昔、木を取ったり炭を作ったりに使われていたところっていうのが、
今ちょうど拡大増林は1900?
60年、70年代くらいですね。
あのくらいまでは、あと多分燃料革命。
石油に切り替わるのもそのくらいですよね、おそらく。
60年代。
石油が入ってくる前は10年、20年に1回切っていたわけじゃないですか。
なので木のサイズもそのくらいまでで、ちょうど薪にもいいサイズだしっていう。
定期的にだから伐採をされていたっていう。
管理をされた山っていうのが多分ここもそうです。
日田もそうですし、いっぱいあったはずです。
1回切られて彦栄えしてくると、体の再生産にエネルギーを全振りしなきゃいけないので、
あんまりどんぐりつけないんですよね。
20年生くらいまではそんなに実がならないんですね。
血実量がそんなに多くなかったので、奈良林自体はあったけど、
そんなにどんぐりがあるかというとそうではなかったと思われます。
そこが今放置されて、大型木、何て言われているかな、
里山の奥山家みたいな表現がありましたよね。
大型木化してしまって、ちょうどその時にサイクルが止まるってなると、
そこから数えると今60年とか70年経ちます。
そこまで大きくなると今度子孫繁栄に蓄えたエネルギーを使えるので、
血実量がガーッと増えてくるんですよね。
なので、昔里山林で放置されていたところが今どんぐりめちゃくちゃ、
栗とかも含めてめっちゃ実らせる環境に変わってきていて。
よく良好的な感じになっちゃうんですね。
そうです。なので人里に近いところに生息圏を広げてきているとか、
距離、そういう意味での距離感がどんどん近づいてくるっていうのには
それはかなり効いているなと。
あまり単純な数値化をするべきではないと思いつつ、
例えばヒダ、僕のいる高山で、それも気になって一回GISを使って、
環境省の植生図みたいなやつで面積で計算すると、
ヒダの森林面積の4割くらい里山林なんですよね。
でもう4割が人工林で、あと2割が標高の高いところ。
奥山、今より奥山みたいな。
比率で4割あるところが、いずれも大型牧化してっていう風に変わってきているっていうのは
多分かなり効いていると思う。
どんぐりなりすぎ問題。
そうです。
そうなるとやっぱり、ギフト感すごいですよね。
そうです。めちゃくちゃなるようになっている場所が出てきたぞ、みたいな。
そう、なんかめちゃ餌振っていくんだけど、みたいな感じ。
特に里山林って、人が住んでいるエリアと、
そういう植生ごとの森林の配置みたいなのを面的に見るとすごい分かりやすいんですけど、
やっぱり人の生活圏の近くが里山林なんですよね。
増林地はあんまりそれに関係なく、いいところに植えられててとかってなるので、
やっぱり人里の周りにある森の方がむしろ今、振って湧くようにどんぐりが。
って考えると多分、これはかなり効いているんじゃないかなと思いますし、
結局だから人間側の生活スタイルの変化がやっぱり鍵になっていると思いますね。
確かにそうです。今日のミッションがあった山田の裏手の森のところも、
新田林であったところがあったら、ほぼ小ならで群生しているような、
残されているから群生しているという状態だったと思うんですけど、
あれって別に、本来で言えば曲草林とかで放置されていればそんな風になかなかならないっていうか、
全部小ならで構成されるとかってあんまりないと思うんですよね。
そうですね。
その辺は確かに増えているとかがすごい。
もっと西日本側に行くと、ああいう虹林のメインの赤松の比率がもっと高くなっていくんですよ。
西日本ほど。長野は多分どっちもあるみたいな状態だと思うんですけど。
東日本でもともとはブナの分布しているところと熊野生息エリアって
本当にぴったり一致していると言われているくらいリンクしていたんですけど、
今はそうとも言えなくなってきて、もともとあったところの周りにあった奈良林を使って広げているっていうのが
東日本の方が多分顕著に多いという感じだと思います。
柿の木もそうですね。
昔は定期的に収穫していたんですが、人間活動の縮小で取られなくなったので。
すごいですもんね。鈴なりに。
よく見えるもんね。葉っぱがないから。
去年のそれこそ熊ツアーの下見を松本さんとしたんですよ。
それこそ平熊さんの車輪でやらせてもらっているので。
だいたい食べられるものがあるっていうのが本当にツアーのコンテンツとしても大事で、
これ人間も食べれるんですよみたいな説明をしながら歩くんですけど、本当に食べられるものがなくて。
実りが本当に少ないなと思いました。
あれだけ山をざっと歩いて、本当に食べられるもの、説明できるものがなかったのでどうしようって言って降りてきたら、
そこから平熊さんのオフィスに帰るまでのところに柿の木とかブワーってあるから。
熊の目線で本当に見えるならこれは魅力的に撮らないわけないよなっていうのがあるんですよね。
そうですね。探してたらそこにしかなかったっていう状態ですね。
今自分が熊だとしたらそうやって見えるしかないなっていう。
これは考えてもこっちで撮る方が。
ないっていうのは、どんぐり類じゃなくて。
一つは、例えば秋なんで山ぶどう、サルナシとかああいう系も実りに多い少ないはあるんですよね。
桜がすごい実る都市とかもあるので、やっぱり軒並み少なかったみたいな。
唯一多分サルナシだけめちゃくちゃ豊作だったんですよね。
去年、それこそ仕事の合間にうんこ見たらあられちゃんごっこみたいな感じで。
去年はサルナシだけ100%くらいどの分にも入ってる。
サルナシ食うと本当にキウイジャムみたいなの落ちてる。
本当にそのまま出てくる。
緑色の。
そのままポテト。
全体的には少なかった。
そういう目線で見れば山から降りたくなる気持ちもすぐ分かるな。
昔は最後の最後で人里に出る前に心理的な障壁はきっとあった。
基本的に見通しの効くところに姿を現すのは野生動物にとってはリスクになる。
今はなかなかそこがないので。
そこから僕の実家の集落も獅子垣って分かります?
昔のもののけ姫の最初のシーンで石垣だらけの。
あんな感じで石積みをずっと集落で囲うんです。
それで防衛ラインにしてたんですけど。
石垣の前を掘りみたいに掘って。
今でもうちの集落は名残があるんですけど。
頑張れば超えれますよね。
クマの個体数増加と社会の議論
鹿なんて2メートルくらいで。
今は掘りの、獅子垣と全く同じラインで物理的な金網のフェンス。
あれで囲ってるんですよ。
集落を?
そうです。
集落全部、従来対策のためにネット掛けようとして下見した結果。
侵略の巨人みたいな。
通って囲うのが一番合理的だとなって。
そこで設置したんですけど。
今ってそのくらい物理的に防御しないと止められない状態になってる。
昔は逆に多少超えられそうな垣根だけでもそこで食い止められてたんですけど。
多分カソカで変わったとしたらそこじゃないかなって。
たぶん動物も人を見てるというか。
猿とかも男性がいると獲らないけど、女、子供とかおじいちゃんおばあちゃんの場合は獲るみたいな。
そういうの聞くから。
本当にそういう老人の村みたいになったら攻め込まれる。
この辺猿います?
いますよ。
猿が来ちゃうと本当に獣害対策の深刻度が跳ね上がっちゃうので。
やっぱり人見るんですよね。
嫌ですよね。しかも撃てないじゃないですか。
人感ありすぎて。
ピッキオさんにインターン行った時は猿を見たら威嚇するように言って。
傘とか持って振り回したりしてたんですけど。
怖いですよ。
カミコシカイって言いますけど、普通に向こう歯を剥き出して威嚇してくるので。
しかもでかいやつでかいんですよね。
でかいですね。
オスザルの。
大原村行った時は確かにおじいちゃんたちがエアガンかポケット払いで威嚇してましたね。
そうですよね。
道路沿いの桜並木とかでクマが食事してるのとか車運転してると見かけるんですけど。
なるべくクラクションめっちゃ鳴らして落としたりとか。
緊張関係なくなっちゃったから鳴ってるわけで。
怖くはないんでしょうけど動かしたら。
嫌だなくらいには思わせた方がいいのかなとかって言って鳴らしたりとか。
意識はするようにしてますけど。
全然効かないですよね。
平気ですね。
昔って何が効いてた?
マタギみたいな銃持ってる人たちがいて射撃してたとかっていうのもあるかもしれないし。
煮たきとかで煙はすごい痛かったと思うから。
その辺も。
人が熱そう。
叫びとかも昔はしてただろうから。
そういうのもあるのかなと思うけど。
何が一番効いてた?
銃撃になるのに。
多分だけど、必死さだと思うよ。
切実さが違うじゃないですか。
今の銃害って言われるものと、
井上さんの本にも江戸時代にめちゃめちゃ銃害が増えた時代に
封印したって書いてある。
どうやって封印したんですかって聞いたら頑張って封印したんだよって言ってたから
多分本当に追い返すというコミュニティーの意識が良かった。
野山の資源を使わないと人間も生存できなかった時代の切迫具合でいうと
やっぱり獣との対峙とかは
圧力、心理的な圧力みたいな。
駆除数で言ったら今も1万と殺しちゃうわけじゃないですか。
駆除数で言ったら捕獲圧だけ見たらむしろ増えてる可能性だってあるけど
昔と変わってるのは心理的な圧力っていうか
もっと多分いろんな理由で山に人が入ってた時代だったので
体の大きな動物が群れて何かやってる。
聞くところによると撃たれて食べられた仲間もおるらしいみたいなところで
ずっと関係性を作ってた時代とは変わっちゃったんじゃないかなっていうのは。
しかもブロックディフェンスじゃないけど山全部守るの無理だから
そこから境界線を決めてここ以上来たら許さんっていう。
クマも物理的に入りづらいっていうか
神壇林整備というか整備する意味でやってたわけじゃないかもしれないけど
使ってた時って結局山を歩くたびに
芝刈りじゃないけど下草刈りもするし
見通しがいい状態を作られてたから
クマも見隠す場所がないとかあんまり。
それにさっきの話で餌が。
どんぐりの餌がない。
奥山のがある。
来る理由もないみたいなところがあったのかもしれないしね。
住むとこ自由に選べるんだとしたら
めちゃくちゃ交通量多くて騒音が多いところとか
うるさいところは避けるじゃないですか。
便利だったら別に都市に住む人もいると思いますけど
車とかめっちゃ通ってる。通り沿いをわざわざ好きで選ばないみたいな
そういう感覚もあるんかなくらいに思ってましたね。
安心。心理的安全性。
よくわからない奴らがいるところは
距離もわからないし
距離感を置いとこうってなるかなって思いますね。
クマ目線だとそうなるかもしれないね。
それこそクマがずっと減ってきたというか
狩猟長寿じゃない。今もそうだと思うんですけど
2000年代ってどっちかというとクマ絶滅。
その前に鹿が絶滅危惧種で
絶滅危惧種というか
取っちゃいけないようで爆増して今反転しているという感じだったんですけど
クマもそれまでは割と個体数が安定してたところとか
もしくは減っているというふうに言われ続けていて
僕の知り合いの宮崎角さんというカメラマンさんとか写真家さんが
こんなに増えているよって
2,30年言い続けてたけど
社会は全然信じていない。
そんなわけないみたいな。
そこは何なんですかね。
場所にまずよるというのが1個あって
海外だとアジアの他の地域では
次の悪魔は絶滅危惧種に今でも入っている
でも日本だけ例外的に数が激増している。
かつ日本の中でも例えば九州はもう絶滅したじゃないですか
四国も今数十都しかいない国の予算でも保護プロジェクトが動いているし
場所によっては本当個体群として少ないみたいなところもあるので
でもやっぱり東日本とかは長いこと
ずっと狩猟中ではあったんですけど
ハルグマの駆除とかが抑制されたりとかって時期もあったので
地域差があるので
日本でも場所によっては減っているところもあるんですけど
思想的な部分保護的な思想のままずっといっている人は
やっぱ減っているもんだって
減っている事例もあるとかっていうのももちろんあるので
減っているもんだってずっと長いと思っていて
確かにその方が馴染むっていうのがありそうですね
考え自然破壊の社会に対して
クマ減っているのが理解しやすい
メガソーラーに反対したい人が例として使っているみたいな
今も結局その保護団体の方とかもいらっしゃるんですけど
極端に駆除に対して攻撃する人とかっていうのは
今でも減っているに違いないから
こんな取り方しとったら絶滅しちゃうぜっていう主張をしているし
堅い研究者はもう増えていることが数字でも明らかなので
本当に隅分けというか距離感を保ちたいなら
増えてあぶれてしまったやつをまびいて駆除して
その上でゾーニングを考えなきゃみたいな話をしているので
まだその保護思想の強い人とはかみ合うわけがないんですよね
もう極端なこと言うとなので
僕よりクマに詳しい療師さんとか
ヒダにももちろんいますし
写真家の方がまさにそうだと思うんですけど
研究者だけがよく知っているわけじゃないので
肌感覚で知っている人の増えている減っているっていうのは
結構自分らよりも感覚
肉白して見ている人が減ったんでしょうね
あまりにも少ないからなので
今限られているじゃないですか
宮崎さんも僕もあの人の写真の本とか持ってますし
療師さんとか研究者とか
もうちょっと日常
今でこそなんか
昔はもうちょっと
どこまで身にしていたかわからないですけど
クマというものが距離感として近かったんですよね
山で暮らしている人にとっては存在としてはもう分かっていて
付き合っていかなきゃいけないと思っていたので
体感とか感情的な部分と
命を取るってことに対するみたいなのも
肉白していたからこその
純度で付き合えていたんですけど
多分一回だいぶ離れてしまって
離れている間にお互いの事情がめちゃくちゃ変わって
もう一回収容力の限界を超えて溢れてきて
お互い性質が変わってしまった人と
主体同士で今出会っちゃっているみたいな感じになっているんじゃないかなと思います
クマの生態系における役割と共存の模索
たしかに都会に住んでいる人たちに
鹿が増えているよって言っても肌感は絶対わからない
わからない
鹿を見ることないし
間違いないですね
それはクマの一生らしい
こんだけ被害が出ているとはいえ
たぶんまだ一度も鹿を見たことがありません
野生の鹿を見たことがありません
そうですよね
いるだろうから
なんかサファリのように喜ぶのねやっぱ
そうそうそう
見たら見るって
野生動物
クマだって話しているとね
今は流石にニュースがいろいろあったから
クマを見てビビらない人はいないかもしれないけど
下手すぎると写真を撮ろうとするってことはあります
環境倫理とかの授業で
やっぱりホゲの問題とかもそうで
やっぱりスーパーホエールっていうのかな
対象から距離が遠いほど
対象を神聖死しがち
一般的にあるらしくて
クマもまさにそうだと思うんですよ
でもYouTubeのドキュメンタリーとかで
ニュースとかのコメント欄とかも
すごい見てるんですけど
SNSとか
保護派と駆除派が
すごい戦ってる感じが
どっちも自然感みたいなのは
自然音痴って言っちゃうと
ちょっとディスりすぎたもんですけど
距離感の遠い人同士で
白か黒かみたいなのが
めちゃくちゃバチバチやってるみたいな
それはそういう感じに見えますね
どうしても
どちらも別にむしろ
クマの存在から遠いところで
守らなきゃいけないっていう
人間被害出てたら
殺してしまうべきだろうって
で自然の近くに暮らしてる人たちは
難しいもん
その間にめちゃくちゃ
グラデーションなのかあるはず
例えば青森の下北半島
あそこも地域個体群があるんですけど
結構珍しい例なんですけど
青森の下北に関しては
行政の計画の中に
根絶するっていう目標書いてるんです
もともといなかった地域なんです
東北って一時期
人間がすごい狩猟で獲ったので
鹿猪の獅子いずれの猿も
少なかったんですけど
今めっちゃ増えてますけど
クマももともと
数十年そこいない状態の
環境が保たれたところに増えてきてるので
部分的にはいない地域もあっていいだろう
っていう前提で
根絶を目指してるとか
その駆除とか根絶って
本当極端な例なんですよね
逆に保護できる環境とか
カルイザーのベアドックの事例も
極端じゃないですか
分かりやすい極端な例ですけど
日本の9割5分の環境は
多分その間のどこかで
バランス取らなきゃいけない状態に
あるんだとしたら
やっぱり
その間になかなか
目向けづらい
分かんないからってのもあると思うんですけど
そこをね
あらゆる問題の中で
感じるなというか
その距離の話は
距離の取り方とか
森の方だと
本当そういうのは
そうですよね
まさに森の活用とか
そうですよね
やっぱりさっきおっしゃってたような
一回離れちゃって
出会い直した時に
どう付き合っていいか分かんない
という話が
どこもあるなというので
まさに今そんな感じですか
そこですよね
なんで熊がいる必要あんの?
何の役立ってんの?
みたいなコメントとか
めちゃくちゃありますし
ひどいね
すごい偉そうじゃないか
すごい偉そうじゃないか
青森の下北半島とか
いなかったところにいてしまったから
戻る状態に戻そう
みたいなのだと
理解ができなくもないけど
熊がいて本当に悪い
どういう風に環境変化が起こるのか
みたいなのって
どうなんですかね
そんなに
悪い影響っていうのは
正直パッと浮かばないですよね
鹿だと
人間目線で言ったら
林業被害はとんでもないことになって
下草もまるでないみたいなところが
あれだけの数で攻め込まれると
退職してるみたいな
数の暴力が
人海戦術で
人間じゃないけど
日田の森のいいとこなんですかって聞かれたときに
一個あるのは鹿が入ってないことだと思うんですよね
そのくらいやっぱり鹿が入ってくると
危機に変わるので
熊も増えると
クマハギ
スギの皮とか
夏場にちょっと水分
糖分含んで甘いタイミングで
かじるんですよね
あれが増えてデメリットがあるとか
そういうのはもちろんありますけど
森の中に増えすぎちゃって
森林の生態系が困る
みたいなことは
パッと浮かばないですよね
今みたいな感じで
街中にどんどん出て来られたら
当然人間の世界には害があるじゃないですか
年間10人死者が出ている死亡要因って
なかなかのもんだと思うので
プラス面でいうと
例えば
種子を運ぶ役とか
森林生態系の中で
担っている役割はいろいろあるんですよね
むしろ
クマの胃袋を通った
桜の実の方が
発芽率が高くなるとか
そういうのもあるのち
動物に運んでもらわないと
自分より標高の高いところに
子孫を残せないじゃないですか
例えば種子散布で
かつ種子を食べる動物はいろいろいるんですけど
大型の肉食獣
移動範囲も広いので
動物が子孫を肝炎して
遺伝的な多様性を保つみたいな
ところでは当然役に立っているというか
役に立っているというか
それに合わせて植物も進化をしているので
クマというピースだけ
ポコって覗いちゃったら
蜂がいなくなって
花粉を運べないというのと
同じことが起きるので
デメリットはもちろんある
パッと答えられるんですけど
生き物が
相互作用で生きている中で
一部を取り除いちゃうことの
倫理観とか
危機観みたいなのは
覚えていいだろうし
人間にとって有益かどうかで
判断していいんだっけ
という話は
大いにあるので
いかに共存的な
営みを考えるかだし
今やるべきは
僕らは切実な封印活動
と思うんですけど
封印するしかない
しかも結構県庁になってから
クマとの関係性の再構築と未来への提言
有害苦情の
桁数とかがめちゃくちゃ増えたんですよね
岩手県だけで
年間2万頭とか
今もそれ以上あるのかな
やっぱ増加が
抑えられるレベルまで捕獲活を
かけるというのは
他の動物でいうと事例はありますし
本当に5年で2倍になって本当になるのか
と思ってたんですけど
海外でも結構北半球
アメリカとか特にアメリカ黒クマとかは
人の生活圏で
しかも都市部みたいなところに近くにいるんですけど
昔は少なかったんですけど
ほっといて
今の月の馬と同じく
人間との距離感が1回離れた
20,30年の間に
個体数でいうと50倍くらいに増えた
範囲が広範だから
行政の職員に
クマ対策の専門医が
いるんですよね
知識がある人が
対策を打つという
結構高度な専門知識がいる
しかも自分で鉄砲も打てたり
チェーンソーで切り切るくらいのことまで
一人でできるみたいなことが求められるので
行政職員なんですけど
異動というのがないらしいんですよ
今この間テレビ番組でやってた
女の人は僕と同い年くらいだったんですけど
前任者は20年それだけ
やって引退したっていう感じらしい
そのくらい対策が育っている
そういうのは確かに
専門職としては行政機会があってもいいですね
確かに今
そういう意味では
自治体もそうですし
民間でもそういう
専門的な機関
というのは
ほとんどないということですよね
ないですね
重害対策の
担当者というか
みたいな括りで言うと
いろんなところで事例はあると思うんですけど
そうですね
あとはその行政
ガバメントハンターみたいな
やつとかもあるんですけど
少なくとも熊対策だけを
仕事にしている
行政職員というのは
僕は知らないですね
今年でも国立公園とか
中山岳国立公園
とかっていう括りで
あの辺の
レンジャーさんって人気付きなんですけど
それで熊対策専門で募集がかかっている
みたいなのがあるみたいですけど
レンジャー的な
憧れの仕事だね
レンジャー
僕もそうでした
名前がいいもんね
自然の中で
働くことのイメージとして
一番なんか
自然科学とか森林に入ってくる
人の最初思う
進路のイメージって
割とそういうのありますよね
僕もそうでした
大学の先輩で
大笠原に赴任して
グリーンアノールって爬虫類
駆除ばっかりずっとやっちゃいました
いたので
めっちゃ楽しいとは言ってましたけどね
でも3年とかのあれですけど
民間でレンジャーがあるといいよね
確かに
野生動物対策とか
野生動物調査とか
対策まで含めた専門会社みたいなのは
いくつかあって
学会で例えば発表したりもしてるし
個体数管理の仕事をしてるみたいな
でもひだとかもめっちゃ出没が多かった
一昨年とかには
そういうとこに依頼して
カメラトラップの調査したりとか
そういうこともしてるみたいですけど
やっぱり
事情が違いすぎるので
各自治体に一人くらいいるのが
やっぱり理想みたいな
やっぱなんか
それこそ都市の在り方というか
街の都市の在り方っていうのが
変化しないと
やばそうですよね
自治体として
駅前再開発みたいなことから
どうやって
この暮らしを
成り立たせるところに
そのお金を投じていくのか
っていうのが
すごい重要だし
そっちのなんか良さは出てきそうですけどね
そろそろね
つきそうな気もする
国の予算とか
そこをやってるところのほうが
面白いというか
住みたいという
それこそ海外の
クマ対策の番組で
対策専門員
行政職員なんですけど
その人の人権財源は
スポーツハンティング
ってあっち文化があるじゃないですか
ああいう人らの乳残料から
賄われるみたいな感じらしいんですね
なんかその
高山も観光地なので
乳頭税とか
あるじゃないですか
今森林環境
雑用税って言ってみんな年間負担したりとか
なんか
受益者が誰なのかみたいなので
そういうところから
徴収したものを
当て込むみたいなことは
なかなかスポーツハンティング的な
種類の文化がないので
あれですけど
なかなか公益性のあるものなので
なかなかそろそろ
住外対策なんて
もともとマイナスなものを
税金投じてそのマイナスを緩和するみたいな
話なので収益上げるみたいな形
取りづらいじゃないですか
そういう難しさもあると思うんですけど
かたや森林の
環境雑用税とか
余ってるみたいなのが
かたや余ってる
生動物対策が逼迫してるって言って
なぜ進まないかって時は予算が足りない
みたいな
その辺の
感を埋めるだけでも
変わってくるところがあって
思いはするんですかね
全然行政にタッチしてないので
分かりませんけど
公益性を保つために使わないといけないみたいなところが
そういう
難さを生んでるっていう感じ
多分監修
なんじゃないですか
監修というか
今までやってたことがあるから
利権と監修みたいな
ところで
一回
税金
補助金の使い方を
再構成じゃないけど
再構築し直してみるっていう
最適化みたいなのをしないと
積み増し積み増しで
それに頼る
それがないと
成り立たない
仕組みの人たちが
大反対するだろうから
そうですね
そこら辺が
熊にならって
20年ぐらいでちゃんと
世代交代
しないと
必要性はすごい感じます
今後そうなってくると
本当に増えてきてバッファーゾーンもなくなって
本当に
2倍とかになったってなったら
もっともっと出てくるみたいな感じになる
そうですね
そうなると本当に結構
クマへの愛着と日本における存在意義
大変だよね
これ本当に理由分かってないんですけど
どんぐりの
教則の話してたじゃないですか
あれのサイクルが
短くなってるらしいんですよね
もともとでも2,3年ぐらいで
ブナに関しては
6,7年に一回
平均だったんですけど
奈良とかはもっと短いんで
例えば奈良と水奈良と
3,4と7で
どっかでゾロ目みたいに
そういう時が大量出没
みたいな感じだったんですけど
ブナの教則のサイクルが
2,3年に一回の
波に変わってきてて
環境変化ってことですか
そこははっきり分かってないんですけど
考察できることとしては
温暖化で
だいたい血実数って
日照を浴びて穴を開かせるとか
っていうのがあるので
温暖化で温かい気温の
積算日数が増えてるみたいなことが
あるんですけど
まだ因果関係は出てないらしいんですけど
でもそれこそ
前の出没2023年で
2025年に起きてるじゃないですか
多分来年はさすがに
こんなに教則にならない
という感じがするんですけど
ここから先
今までみたいな感覚で
もっと短く
今年なんか
過去最高と言われた
また2023年を
超えるって言われたじゃないですか
またなんか普通に超えてくるみたいな
全然入るなっていうのは
多分
むしろそう思ってた方が
ひっくり返って済むかなくらい
そうですね
毎年更新して
温暖化みたいな
きっと影響あるんだろうなと思うんですけど
今後が
何ですか2,3年に1回
豊作
山に餌がある方が
降りてこないんだけど
固体が増えて
なんか結構
怖い話だな
南に水注いだコックン
ちょっと揺すったら
ジャックポットみたいにジャバー
全部出てきたみたいな
なんか
そうですね
本当に
人との距離感がバフっちゃってる
固体を
間引くみたいな
感情的な部分とかは
一回グッとこらえて
やった上で
それこそ
めっちゃ長いスパンで本当に行っといてできるのか
ってなりますけど
間引いた上で
間引かれた固体数はちゃんと生きていける
その上で
そこで
ちゃんと森林に対する
利用の圧力を
人が本当にかけられたら
そこで一回動的並行みたいな感じで
バランス取れるんじゃないかなと思うんですけど
言うのは簡単ですけど
どこもそうなってないから
森みたいな
話は
なってるわけで
人間がだから森に
堂々的に関わりを持つっていうのは
いろんな意味で効くとは思う
手を入れた方がやっぱり
ゾーニング的な意味もあるし
僕クマがアリを食べる
アリを食べるクマをずっとついてきてる
人間が
切り捨て缶バツとかするじゃないですか
缶バツちゃんとすると
切り株残って口菌になるので
アリめっちゃ飽くんですよ
夏の一時期アリばっかり食べてる
食べやすい
切り株の
切り株の材質を
ずっといろんな林文で測ったら
紅葉樹林とかよりも
ちゃんと缶バツされた
新葉樹の人工林の方が多い
切り株で腐るやつが多い
そうですね
腰した木がある環境っていうのは
むしろ人が手を入れた人工林の方に多いので
どんぐり
もちろん秋はどんぐりですけど
1年食べて食いつながらなきゃいけないので
高度圏の中に
手の入った新葉樹人工林が
あるっていうのは
社会性根地を食べられるっていう意味で
めちゃくちゃ意味のあることだというのは
自分の論文のテーマはそれだったんですけど
いろんなところで
手を入れないと
一律な環境になっちゃうので
細かい範囲でモザイク状に
攪乱しているほど多分豊かになっていく
という意味もあるので
両方の意味があるなと思います
本当に結局
暮らしぶり
暮らし方を
僕らが
獲得せずまま
森との関わりみたいな
獲得しない世代が
すごい拡大しちゃって
取り戻すのが超難しいみたいな
遠くなりすぎちゃって
感じなんで
それこそ里山
再解釈じゃないけど
今の
暮らしの中で
面白がれる
何かとか
必要に駆られてやるとか
衝動でやるみたいなことを
いかに作れるか
エリアごとに作れるかっていう感じ
だけどやっぱそれは
本当にヤマントワとしても
いろんな活動をやってますけど
めちゃめちゃ難しいなっていうのを
感じているので
なんか興味を
持ってくれる人たちが
なんだかんだ山から遠くに住んでいる
っていう感じがあるじゃないですか
たぶんツアーに来られる方も
地元の方じゃなくて
遠いからこそみたいなのがありました
別に悪いわけではないんだけど
知りたいっていう勢がすごく強くて
っていうことはすごくありがたいんだけど
行動に移る中と
別に自分たちがそこっち側にいるわけでは
なかなかないから
関与しづらいね
やっぱもう
環境常用税やめて
みんなで
薪を納めるようにしましょう
全員薪ストーブを導入して
全員が
ノルマ薪を
チェーンソーを
確かに何が
都市部にいる私に何かできることは
みたいなのに返す
ものとじゃ分かれんすか
薪を使いましょう
だから
昔は米を
縄納してたみたいに
今は
一人一人納税額分の薪を
作んなきゃいけない
代行会社にお願いしてもいいけど
それ金で解決
でもその分
作んなきゃいけないから
代行会社がいっぱい増えて
薪が増えて
心理が活用されるみたいな
強制力
必要ですよね
デジタルネイティブから森林ネイティブ
強制的に
行政相手の
コンサルの会社に至って
町づくりもやってた
自分も
のったいないから
食べましょう
食べるんじゃなくて
お金払っても食べたいわ
木工とか
ツアーもそうですけど
お金払ってもこれやりたい
魅力的なコンテンツに
していくと
もったいないかられると
反対でお金使ってくれる
山戸さんのやられていることは
そういう形だと思いますし
それにはやっぱり
デザインの視点とか
ブランディングとか
そういうのにお金がかかるのも
分かった上で
いいと思ってくれる
生き方と今みたいな
薪の野菜
年貢みたいな
年貢の客か
すぐ山が裸になっちゃうかもしれない
アフリカとか
いまだに二滝で生活をしている
みんな
違法伐採とかで
とにかく伐採しまくるので
森なんてやばい
日本って石油が入ってきて
石油でエネルギー確保できたから
こんだけ森が残ってるみたいな
逆転な考え方に
むしろ使わない理由になっちゃってますけど
僕も一億何千万人分の
持続可能な共存への道筋
エネルギーは山から取れないなと
考えないとね
全部薪で倍を増すで
と言い出して
今のエネルギー減に全部当て込んだら
途端に今度はハゲ山
村単位とかだったら
いいかもしれないですけど
数千人の村とかで
みんなで年間何トンの薪を
用意しましょうみたいな
ところで
子供から大人まで
取れたら
例えば常用税分減税されます
千円か
月千円でしたっけ
月千円
年間千円
年間ぐらい
減税でいいんだけど
コミュニティの問題だから
千円のために
村のために
やったりすると結構面白いですね
小さい単位だったら
自立強制権どうやって作っていくか
全然考えられそう
お菓子って墨焼きして
墨を都市部の人に持っていく
山村の収入減
同じように都市部に薪の需要がめちゃくちゃ増えた
山村単位とかで
薪を作らねば
薪を作ったら収入減になる
今度こそ
審判人の特に人里に近い部分から
ちゃんと活用していって
だんだん距離を空けていきましょう
2、30年サイクルに戻して
そこでできると
面的に距離を空ける
つながる
確かに軽井沢
軽井沢とか草津
別装置があるだけで
こんなに薪使うんだ
全員が使ってるわけじゃない
地下場で消費地あるのが
デカいですね
津波先のほうが薪の販売やってて
東北産のふるさと納税とかに出してたんですけど
財としても使えるやつを切って
またその適切なエネルギーを使って
遠くに運んでるわけじゃないですか
農学部出身の人間活動も
思う部分はありますけど
地下場で使えるって一番
売り先見ると
別装置多かったですよ
軽井沢の別装置とかに
買われてるんだなって
需要があるんだなって思いました
いい提言が生まれました
薪納税いいな
だいぶ時間も長くなったんですけど
身体感覚と命への向き合い方
最後に
クマの生態とか
恐ろしさみたいな話も含めて
聞いてきて
ただやっぱり
安井さんも
クマの研究もずっと
やってるからこそ
クマへの愛着とかもあると思うんですけど
しかも日本ではクマって
信仰的なシンボルというか
部分もあったりすると思うんですけど
日本におけるクマの存在感みたいな
話を最後少し聞いて終われたら
と思ったんですけど
もともと
興味を持った
研究対象として興味を持った
理由の1個はまさにそれだったんです
神様でもあるし
食料でもあるし
外獣でもあるみたいな
子供が2人いるんですけど
子供服買いに行って
一番思うのはクマを肩取った
めちゃくちゃ多くなって
あれってでも
狸とか狐とかオオカミとか
いないですよね
クマは明らかにベビザラスの中に
多いみたいな
ベビザラスの中
何か意味はあるんだな
距離感の問題なのか
っていうのはあるので
生態に対しての興味は
尽きないので
野良でずっとやってますけど
人間との関係性とか
みたいなところの
今興味も結構強いので
そういうのって結構民族学の人とか
他人類学の人の方が多分
詳しいと思うんですけど
書いてあるやつを断片的に読むと
クマ牧場みたいに座ってる
形が子供が
座り込んでる
フォルムに似てる
それに書いてあったの
ゴジラいるじゃないですか
アメリカ版のゴジラってめっちゃスリムじゃないですか
そうなんですね
ピントがきてない
すげえ足細くて
めっちゃ走るんですけど
日本の昔のゴジラって
三角形
三角形ですね
走れない
ゆっくりこうやって歩く
下半身でっぷりした体型
日本人に愛着が湧くらしい
フォルムで
そもそも北半球の方が
神様に
くっつけるらしいんですよね
進化の
理論が入ってくる前は
人とクマの祖先
同じ考えられてたくらい
川はぐと人間そっくり
とかもあって
そもそも
北半球では別に
交流し合ってない地域で
ずっと同じように
北海道も愛のもそれですけど
神様に見立ててる
加えて日本にしかない状態
日本人しか見ない
関係性みたいなのも
あるみたい
パーツで追っていくと今みたいな
オジラの話とか
なんでそうなるのか
みたいなところは
自分も興味のつきないところ
その辺を追っていったり
とか
生態系の関係と
クマっていう生き物
日本人とか森との関わりとか
いろいろ多分
含めると結構
衝立てできるじゃないですか
なんかその
今ってどれも切り取っての発信
になってるじゃないですか
ニュースで取り上げられると
生態学者がコメンテーター
そっち公明の人とか
漁師さんの声聞く機会ってあんまりないですし
みたいなところまで含めて
発信できる
何かじゃないですか
自分が体を動かしてやるのと同時に
あんまりコンテンツとして
使いすぎるのもどうかと思いつつ
森との関係性とか
日本人が昔からやってきた
自然との関わり方みたいな
ところも含めて説明する媒体として
クマを位置づけて
いろんな方面を捉えた
発信媒体までいかないんですけど
そういうの考えてみる
っていうのはすごい今興味のあることで
取り組みたいことの一つかな
とは思いますね
体系的に捉えていく
研究者だけだとなかなか
そういう風にならない
研究として責任を持てないことは
むしろ言わないほうに
行くじゃないですか
でも世代学者とかの目線で見てると
関連性とかが分かってくるし
例えばそこに冬眠って面白いんだよね
みたいな話も入ってくるとなると
福田さんとか高橋さんの
得意分野にもなると思うんですけど
発信とかマーケティングとか
と繋げてクマのことを
伝えていけるみたいなものって
大事かなと思います
大事ですね
結局
愛着とか
そのものを尊厳とか
尊敬するってことと
駆除したり
自分たちの暮らしを
守るために
少し距離を取るみたいなことは
両立するはずなのに
そこの議論が
すごい極端になるのは
別々両極端で話されすぎてる
とこは
多分
編集の仕方で
変えていける部分かなと
聞き取りに進みながら
僕も
クマはないですけど
両氏さんに止めさせてみろって
鹿を自分の手で止めさせたけど
やっぱ忘れないですもんね
手が震えるみたいな感覚とか
言語化できるレベルにない部分とかも
入れたらなお良いと思いますけど
多分いろいろ
複雑なものとか
ちゃんと
間違いないですね
身体感覚なしに議論するから
うまくいかない
それもある
そうですよね
身体感覚持って議論するのは
すげえ難しいですね
ただやっぱり何も謝めたことがない
という状態の中で
殺すな殺せ
っていう
ことが
やっぱり
なんとなく違和感
命からの距離感
線にしかない
殺す自体に自分が入る
その人は想像してない
コメントの炎上
それはそう思います
知り合いには本当に
クマのない自分で入ってて
剥がしめしてバーって撃つみたいな
タイプの両氏さんとかも
いるの?
すごいすごい
びっくりしましたけど
東北とかに
クマの追跡とかで
お世話になってた人とかもそういうタイプでしたし
そこまで肉厚しろと
僕もやれって言われたら
なんでそうするんだろう
生きる意味みたいなのに
くっつけて
やってる人
現代の中にもまだ
いるんだなって思うと
そういう
ある種の美学ですよね
そこまでやる必要はないけど
命を取るために
行動を取るために
自由が主張だから
なるべくイーブンな関係性にしたい
資本主義とか
現代的な安全管理の枠の外に
いる人みたいな
現代にもいるというか
同じ現代にまたそういう人が
同じ日本人でいるんだなって思うと
大事にしたい
そこまでいかなくていいですけど
取り戻すべき
ワークスルーとか関係性の
再構築みたいな
めっちゃそうなんだよな
本当にちょっと
身体性についてはめっちゃ話したいことがあるけど
これを話すのも終わんないから
また別の機会で
話したらと思います
読んでください
いろいろしゃべり回ってください
2回読んだのでありがとうございました
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