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私と文化人類学④: 初フィールドワーク
2026-07-26 15:45

私と文化人類学④: 初フィールドワーク

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こんにちは、しんりんです。 私と文化人類学④です。
今日はですね、確か大学2年が終わった時の、 春休みだったと思うんですけれども、
ゼミ旅行のことを話したいなと思います。
こういう文化人類学って、結局のところ、 調査対象地に入って、人の行動観察したり、
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インタビューをしてっていう手法が、 とても特徴的ですので、
ゼミで、もちろん行きたい人だけだったんですけど、
ゼミで沖縄に行こうっていうことになりました。
で、おかしたんじゃないのか。
そもそもゼミは定員が10人だったんですけど、 文化人類学はまあまあ人気だったので、
その10名の枠に漏れて、他のゼミに、 正式には他のゼミに所属しているんですけれども、
全く単位にはならないんだけれども、 文化人類学を学びたいって言って、
確か1人か2人ぐらいはプラスで、 学生がいた記憶があります。
で、私たちゼミの先生が、 引率してっていう感じで、
全員で、全員じゃないや。
かなりの人数で、8割ぐらいは参加してたのかな。
多分学生は10人ぐらいいたような気がします。
で、プラス先生とっていうことで、沖縄に行きました。
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で、文化人類学の先生方というのはですね、 異文化研究もしてますし、
基本人の行動観察したり、 人に話を聞くっていう学問ですので、
人とコミュニケーションするのが得意というか、 好きな先生方が多いので、
他の学校の先生方とも文化人類学者というのは 比較的仲良しな感じでして、
それで私たちが沖縄に行きますということで、
先生の知り合いの、沖縄の何大学だったんだろうな、 忘れましたけれども、
そちらの大学の文化人類学の先生が 私たちを迎えてくださいまして、
最初はそこの大学に行き、そこの大学でその先生が、
沖縄について少しレクチャーをしてくださいました。
その先生の紹介で、私たちは名護市で フィールドワーク体験みたいなことをしました。
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名護市に泊まりまして、 泊まったのは確か名護市の市街地だったと思うんですけど、
そこから多分レンタカーでも借りてたんでしょうね。
3台なのか4台なのか借りて、ちょうど山を越えて、
反対側、東側の方なので、 毎日山を越えて行ってた記憶があります。
山藍の地区を沖縄の大学の先生に紹介してくださって、
私たちはそちらに行って、いろいろ話を聞いたりするっていうことを2、3日しました。
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それまで沖縄には行ったことあったんですけど、
基本観光で行くとホテルに泊まって、観光地行ってビーチ行って、
どこかでご飯食べて、買い物して、みたいなことで、
普通の家、沖縄の人が住む普通の家に行くっていう機会がなかったので、
実際に沖縄の方の家、それもちょっと名護でも少し離れた、
どちらかというと田舎っぽいエリアで家に行きましたらですね、
まずびっくりするのは、仏壇の大きさですよね。
家は普通の家なんですけれども、
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こっちでいうとリビングルーム、仏間ではなくリビングルームに大きな仏壇がまず置いてありまして、
まずその仏壇の大きさが違うっていうこともびっくりしますし、
ちょうど私たちが行った時期が春休みで、
沖縄ではですね、春休みの4月の頭ぐらいだったのかな、
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先祖供養のお祭りというかイベントがあります。
沖縄の言葉でシーミーと言って、こちらの日本語ですと、
清明祭、清いに明るいに祭りと書いて、
これは先祖供養ということで、お若参りをするというイベントというか、
そういうタイミングがあります。
私たちはですね、多分、
今年の清明はこの時期ですよ、みたいな、
清明をする時期っていうのが決まっていて、
多分私たちは3つのグループが中に分かれたんでしょうね。
それぞれ、Aグループはここのお家に今日お世話になりましょう、みたいな感じで、
そちらのお家の私も、私たち何人かのグループでいて、
私たちを相手をしてくださる現地のご家族の人たちと一緒に、
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がされるその清明祭を参加させていただきました。
何をするかというと、沖縄のお墓に行きます。
その家のお墓に行きますと。
沖縄のお墓はキッコウバカといって、
とてもとても本土のお墓と比べ物にならないぐらい立派なお墓で、
って言いますね。
人間は生きている時間よりも死んだ後の時間の方が長いので、
沖縄では死んだ後のお墓がとても立派であると。
そこのお墓にいろいろ食べ物をお供えして、
お餅なんかもお供えして、
お供えをしてお参りをすると。
別にお坊さんが来るとかっていうわけではなく、
本当に家族身内でお参りをして、
キッコウバカは大きいですし、
変な言い方なんですけど、
前庭っぽいスペースがありますので、
先ほどまでお墓にご先祖様にお供えしていたものを、
みんなで食べると。
その場で、前庭でみんなで食べるということで、
私たちもご庄番に預かりました。
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お墓参りに行って、お墓でピクニックをするような感じですね。
お墓でピクニックみたいなことをしたことがなかったので、
とても新鮮でした。
とても天気が良い日だったので、
私たちは学生ですし、
おじいさんとかおばあさんとか若い人にとっても優しいので、
食べなさい、食べなさい、みたいな感じで、
私たちは文化人類学者としては、
まず最初にラポールという関係性を築くというところが大事ですので、
まずは勧められたらありがたく招待するということで、
食べさせていただいて、みたいなことをしました。
その後だったんですかね、
家に戻って、その家のおばあさんにお話を聞いたんですね。
ちょうど市民に参加させてもらったっていうことがあったので、
市民について話を聞こう、みたいな風になりまして、
学生がですね、たぶん3人か4人ぐらいで、
おばあさんの話を聞くんですね。
市民はいつからされてるんですか、とか聞くと、
昔からしてるよって言って、
スピーカー 1
昔ってどれぐらいですかって言ったら、
分かんないねって言って、
なんで市民をするんですかって言ったら、
昔からずっとしてるからねって言って、
一問一答で全然話が広がらなかったっていうことは、
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今でも鮮明に覚えてて、
なんか文化人類学者ってこうやってフィールドワークをして、
いろいろ話を聞いて、いろんなことを明らかにしていって、
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自分が疑問に思っていることだったりってのを明らかにしていき、
論文にまとめていきってことをするんだけれども、
話を聞くのって本当に難しいなって思ったのを、
名残で思ったことを今でも覚えています。
どうして聞いていったらいいんだろうって、
なんか分からなくて、
多分あんまりそのインタビューというか話は、
盛り上がらなかったんだと思います。
一体全体その後何を聞いていたかは分かりませんけれども、
なんかとっても難しいなって思った、
その感じた気持ちだけは今でも覚えています。
今だったら違う尋ね方もできたでしょうし、
今振り返ってみると、そもそも私は何を明らかにしたいのかっていう、
準備不足ですよね。
私たちはそもそもそこで何を明らかにしたいのかっていう目的も、
全く分かっていませんでしたし、
本来、正式であれば、
もっとお祭りに行くっていうことが分かっていれば、
お祭りのことをもう少し調べておいて、
もっと聞ける、幅広く聞けることもあったでしょうし、
スピーカー 1
その後分かったのは、
オーラルヒストリーとかって言うんですけど、
一般論ではなくて、
その家のその方がどういうふうにお祭りに向き合っているかとか、
その家でどういうふうに向き合っているかとか、
もう少し個人の経験とか人生に当てはめて聞いていければ、
もっともっと話は広がったのかなってふうに今では思いますが、
その時はそんなことを分かるわけもなくっていうところで、
ただ本当に最初の経験だったのし、
ゼミの先生としてはそういうことも含めて、
こう経験してほしいということで、
私たちをこう連れて行ってくださいました。
まさかですね、
何十年か経ってこんなインタビューの仕事をするようになるとは思っていませんでしたが、
スピーカー 1
私のインタビューのスタートはきっと、
12:02
スピーカー 1
その名古屋の体験から始まったんだろうなっていうのが、
今でも記憶に残っているところです。
その後、結局ゼミで帰ってきて、
スピーカー 1
何かをまとめたかどうかは全然記録がなくてですね、
なんか過去の記録も見たんですけど、
私はその後実は大学院に行っていて、
大学院の記録っていうのは結構残しているんですが、
学部の時の記録というのは、
本当に卒業論文に関係することぐらいしか記録がなくて、
なので沖縄のことは私は知って、
研究テーマではなかったので、
なんか特に何も残さずに終わってしまったのか、
何か残したけれども、
私の記憶媒体には何も残っておらずというところではあります。
ただ初めて、そのような類のインタビューが初めてだったんですけど、
スピーカー 1
難しいって感じたことだけは今でも残っていて、
今の仕事でつくつく感じている準備が大事、
一番準備が大事だなって思うことは、
つくづく感じていますし、
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私たちがうまくいかなかったのは、
準備ができていなかったからだなって、
スピーカー 1
今振り返ってみるとよくわかります。
とても楽しい、
初めてそんなフィールドワークをしたので、
とても楽しい思い出でもあります。
このゼミはですね、結構仲が良くて、
先生も本当に良い先生で面倒見の良い先生だったので、
その後、確か大学3年の時はですね、
この福岡の少しまた片田舎の方に行って、
神社のお祭りか何かを話をみんなで聞きに行ったり、
その神社の掃除をしたりという、
ある地区に何回か2,3回みんなで通った記憶もあり、
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で卒業後、卒業旅行もゼミで行って、
卒業旅行は台湾に行きまして、
そもそも私が文化人類学に興味を持つきっかけとなった
国旗博物館もその時初めて行きまして、
白菜にもちゃんと対面し、
でちゃんと文化人類学のゼミらしくですね、
15:02
スピーカー 1
台湾には結構少数民族的な方々もいるので、
その少数民族の村みたいなところにもみんなで行った記憶があります。
というところで、
私の今のインタビューの大元にあたる、
沖縄ゼミ旅行の思い出について語りました。
私と文化人類学その4、これでおしまいです。
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