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#1461  ネーミングの光と影「◯◯の壁」に誘導されてない?2025/5/23
2025-05-23 23:31

#1461 ネーミングの光と影「◯◯の壁」に誘導されてない?2025/5/23


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みなさん、こんにちは。ナビゲートインタビュアー、仙台りんです。
今日は、命名することとか、名前をつけるんですね。
ラベリングすることの光と影ということを考えたので、ちょっと話していこうと思います。
かねてより、私の放送を前から聞いてくださっている方は、何度か耳にしたことがあるかもしれませんが、
私は、何とかの壁っていう表現が、どうも好きになれないんですよね。
小一の壁とか、年収の壁とか、年齢の壁もありますよね。
何とかの壁っていう表現が好きじゃないんですよ。好きになれない。
なんか抵抗感がある。そんな感覚を持っています。
なぜかというと、この時期にはこういう問題が起きるよっていうことが、
明確に示されてしまうと、別にそこに引っかからない人、
別に私の環境ではそれは問題にはなりません。いわゆる壁にはならないという人も、
変にそれを意識してしまったりとか、
全然本来は壁でもなんでもないのに、いやこれは壁なんじゃないかっていうふうに、
ネガティブ要素として捉えてしまったりすることがあるんじゃないかなって思うんですよね。
小一の壁でちょっと例を話していきたいと思います。
うちは3人子供がいまして、3番目の子がこの春、小学1年生になりました。
なので私は人生で3回この小一の壁のタイミングを過ごして経験してきたんですよね。
その時に毎回小一の壁みたいな言葉が私の周りを通り過ぎていくんですけど、
実は私は小一の壁を感じたことは一度もありません。
これをですね、こうやってはっきり言うのも実ははばかられるんですよ。
みんな小一の壁で苦労しているのにお気楽でいいわねって思われるんじゃないかなとか、
もしくは私ってなんかすごく鈍い、鈍感なのかなと。
なんか人よりか劣ってるのかなとかですね。
これで真剣に悩むことはもちろんないんですけど、
なんか私は小一の壁とか全然感じませんって言っている人って何となく嫌味な感じがするんじゃなかろうかと思って、
私は勝手にそう思ってですね。
なのでもうこの小一の壁ということに関してはリアルな場でもリアルな世界でもそうですし、
このSNSとかネットの世界でもあんまり触れないようにしています。
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でも正直に本音をここで言うのであれば、
小一の壁はむしろ壁と全然思っていなくてトランポリンぐらいに思ってるんですよね。
トランポリンって高く跳ね上がって結局元の場所に戻るじゃないかっていう、それはツッコミどころとしてあるんですけど、
要するに子供が小学生に上がってくれることによって、
上がってくれる?上がることによって私の行動範囲が広がるなとか、
私のできることが増えるなっていうポジティブな捉え方を私はしているんですよね。
それに対してなんだよあいつって思う奴は勝手に思えよって思うので別にいいんですけど、
わざわざそういう人との摩擦を生むようなことだったりとか、
何か人のネガティブ要素みたいなところを刺激するようなことって言う必要ないと思っていて、
基本的にはあまり私は好きじゃないなこの言葉って思っているし、それについても別にだからって好きじゃない嫌いです、そんな表現やめろみたいな主張も特にはしていませんが、
このスタッフはですね、ちょっと私もいろいろ本音ベースでしゃべっているところもあるので、
なんとかの壁っていうのはどうも好きになれないんだよねっていう話はこれまでも何度かしてきています。
でも本当にこの生一の壁でニッチンもサッチもいかないと、
本当にどうしようもないんですって困っている人がいるのも現実としてあるということは理解しているつもりです。
この前もニュースで見ました。
小学校の門が開く前に、もう親も出てしまうんでしょうね。
子どもも登校して、門が開くまでずっと待っている子どもがいるっていうニュースを見ました。
そのためにいろいろ早くから親がいなくなって、家に誰もいなくなってしまうからということで、
一人ぼっちになってしまう子どもを安全に見守ろうというような動きが自治体で始まったというニュースを見て、
すごくこれは良いことだなというふうに思ったんですが、
やっぱり現状、どうしても物理的に無理なんだよね、難しいんだよねということはあると思うんですよね。
なので、小一の壁に対応できるとかできないとか、
個人個人の事情とか理由とかそういったところがどうこうという話ではなくて、
子どもが小学生に上がるといろいろと今までできていたことが働く親にとって難しい局面が増えるというこの現象に
小一の壁っていうこのネガティブな名前をつけてしまったこと、
そういうネガティブ要素を含むネーミングとかラベリングをしてしまうこと、
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誰がしたか分かりませんけど、その状況があんまり良くないんじゃないのかなと思っています。
これ小一の壁に限ったことではなくてですね、
例えば産後鬱、産後クライシス、鬱の方が分かりやすいですかね、という言葉も
何かいつの頃からか当たり前に聞くようになったなって私は思っていますが、
出産経験のある女性の皆さんいかがでしょうか。
私これも、私産後鬱になったんだよねって自覚したことはないんですけど、
振り返るとなんかあの時ちょっとガルガルしてたな、みたいなことはあります。
あれはだからいろんなホルモンバランスの乱れだったのかなと思うことはあるんですけど、
ただですね、その過中にいた時に産後鬱という言葉はもちろん知っていて、
私ってこれ産後鬱に向かっているのかなとか、余計なことを考えてしまったり、
したこともあったかもしれないなと忘れちゃったんですけど、
人間ってありがたい生き物ですね。
なんか嫌なこととか辛いことってちゃんと忘却できるようにできてるんでしょうね。
なのでもう何年も経って忘れてしまったんですが、産後鬱っていうネーミングがあることによって、
全然鬱のレベルでもないと。
ちょっと元気がないなぐらいのことでも、私って産後鬱かもとか、
そういう余計な心配をしてしまうこととかあるんじゃないかなとか。
あとは、別に夫婦関係何の問題もないのに産後鬱っていう言葉があることによって、
変にそこを意識してしまって、夫婦関係が逆にギクシャクしてしまうとか、
そういうこともあるんじゃないかなと思ったりしました。
もっと言うと、もっと昔からあった言葉で、反抗期。
これも反抗期っていうものが確立して言葉としてあるので、
意識してしまって、ちょっと子供が反発してきたとか、ちょっと子供が文句言ってきたぐらいで、
もううちの子早めの反抗期に入ったかもとかね。
なんかそういう決めつけではないんですが、本当は違うのにね。
っていうことってあるんじゃないかなと思ったりもします。
まだありますよ。
ワンオペ育児。
これもいつの頃からか、市民権を得た言葉っていうんですかね、になった気がします。
でも、別にワンオペ育児って今始まったことでもなければ、
今と昔では大人の働く環境っていうものとか時代とかがいろいろ変わってきているので、
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昔のワンオペ育児と今のワンオペ育児はもちろん中身が違うっていうことはわかるんですが、
ワンオペ育児、ワンオペイコール大変、つらい、夫何にもやってくれない、腹立つみたいなね。
こういうものがちゃんとくっついてきてしまっていて、
ちゃんとっていうのも変ですけど、
イコールこれこれこれって芋づる式のように出てくるというかくっついているものなので、
今日土日なのに、休みの日だけど私が一人で子どもを見なきゃいけないんだ、
みたいな状況に例えばなるとすると、
とか平日全然夫はいないんだ、とかいう状況にやるとすると、
このワンオペっていうものにすごく意識がいってしまって、
あーもう大変、あーつらい、なんで私ばっかり、みたいにならなくていい人がなってるんじゃないかなとか思ったりするんですよね。
正直ワンオペ育児私もずっとやってました。
特にコロナの前は夫は全然家にいませんでしたし、
じゃあコロナになって在宅になったからといってどうだっていうと、
うちの夫はほとんどやりません。何にもできません。
なのでワンオペじゃないか結局って思ってこの5年過ごしてきてるんですけど、
実はですね、夫がいない方が楽なことも結構多いんですよね。
夫が在宅でいてくれると助かる場面もあるんですけど、
正直なところですね、あまり大きな声では言えないんですが、でも堂々と言いますけど、
夫がいない方がスムーズに回ることは多々あります。
ちょっと私もこのあたりについてはもう言いたいことがいっぱいあるので長くなってしまいましたが、
この辺のラベリングとかネーミングとか命名されてる、確立してる言葉っていうのが、
何か大変とか何か疲れるとか何かモヤモヤみたいなところを、
それってこれなんだよ、それってサンゴーツなんだよ、サンゴーツって言うんだよそれとかって言ってもらえると、
なるほどって、すっきりしたという風になる場合と、
逆にそんなことを知らない方が幸せに生きていけたのに、
言葉をよく耳にするから、何か自らダークサイドに近寄っていくみたいなパターンがあるんじゃないかなと思って、
この辺のラベリングの光と影って最初に言いましたけれども、
この状態とか状況、現状に名前を付けることっていうのが、
良い方に働く人と悪い方に働く人というのが実際はいるんじゃないかなってことを思います。
個人的には、こういうちょっとネガティブな方に引っ張られがちなネーミングに対しては、
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本当にそうなのか、私の場合は本当にこれに当てはまるのかっていう視点を持って、
見てみるっていうのがいいのかなと思っています。
または、こういう時期が来るらしいと、それは現実としてありますよね。
いろいろそれに付随して大変なこともあるらしいと、
それはただの知識とか事前情報として自分の中に入れておくだけに留めておいて、
じゃあそれに備えて対策をどう取っていくとか、いつから準備しておくっていうのを、
いい意味で捉えるっていうのがすごく大事なんじゃないかなと思います。
何々の壁の話に戻りますけれども、何とかの壁、小市の壁とかっていうと、
結局これまでやってきたことが、継続とか維持できなくなるから難しい壁だっていう風になるんですよね。
私の場合は、出産と同時に1回キャリアを全部リセットしてしまった専業主婦になっているので、
そもそも維持したいものっていうのがなかったんですね、小学校1年生とかに上がるときに。
細々と徐々に在宅ワークとかを始めていったという背景はありますが、
そこもうまく割と調節しやすい程度に収めていたので、
落ちたって言うと変ですけど、キャリアとしては1回ダウングレードしているので、
あとここからは上がっていくだけだっていう状況ではあったんですよね。
これをですね、第一子の出産の時から見据えて戦略的にこれをやっていたかって言うと、実はそうではないんですよ。
第一子の時は、やむを得ず退職して専業主婦になることになったんですけど、
職場はその職場ではもう続けられないっていうことになったので、辞めるっていうことになって、
もうね、臨月でお腹も大きかったので、どこも新しく雇ってくれるところもないし、
じゃあまあとりあえずこのまま行こうかっていう感じになったんですよね。
その時は小一の壁っていう言葉は私はたぶん知らなかったはずなんですよね。
そういう言葉が今ほど有名だったかどうかも覚えてないというかわからないので、
あれなんですけど、本当に第一子出産をした10年前っていうのは小一の壁ということは全然知らなかったし、
小学生になると、今から赤ちゃんが生まれるっていうのに、
もうそこで小学校に入ったらみたいなイメージなんで、もちろんできなかったので、
その時点では何も考えていませんでした。
でも徐々に2歳になり3歳になり、幼稚園入ってとかって言って、
小学校が見えてきた時に、やっぱり小一の壁っていう言葉をどこかのタイミングで知って、
15:03
その時にちょっと考えたことはありましたね。
何を考えたかというと、自分はこのまま在宅ワークの方面で行くのかとか、
どこかで近くの薬局の薬座師として働きに出るのかとか、
そういうのを考えたことはありました。
それぞれの道で子どもが順次小学生に上がっていった時に、
どういうふうな生活スタイルになるんだろうか、
果たしてそれは今の私のワンオペの状態で継続可能なんだろうか、
継続はできるとしても家族に負担とかシワ寄せとかはいかないんだろうか、
いったとしてもそれは許容範囲のレベルなのか、
家庭内の生活が破綻するレベルなのかどうか、
みたいなものをあくまでシュミレーションですけど、
その時にいろいろ考えることはやりました。
小学校入学のタイミングでいろいろ環境が変わる、条件が変わる中で、
あとそれが2年とか1年とか差し迫った段階で、
結局はそれを継続できないような働き方とか、
継続できない、断念せざるを得ないような選択っていうのを
今からあえてする必要があるんだろうか、みたいなことを考えたりしてですね。
具体的に言うと、例えば全員保育園に入れて、
幼稚園から保育園に転園させて、私がフルタイムで出勤するスタイルに、
やろうと思えば当時できたわけですよね、選択肢としてはあって。
でも小学校入学のタイミングで果たしてそれを継続することができるのか、
みたいなことは具体的に言うと考えていました。
私は結局それを選ばなかったわけなんですけど、
でもこれを一度ちゃんと検討できたのは、
やっぱり小一の壁っていう分かりやすいものがあったから、
表現として、言葉として小一の壁というものがあったから、
じゃあそこに何年後かに来る、そこに備えて私はどうしようっていう逆算で
計算ができたなと、検討ができたなっていうのは、
この小一の壁様にありがとうを言いたいところですよね。
そんなわけでちょっと話が脱線してきたので戻しますが、
なんとなく気づかぬうちに蝕まれていくような、
つらいな、今なんか大変だな、みたいに思っていることに
名前を付けてもらえるということは、
なるほどね、それだったのかっていうすっきり感があるとともに、
でもその言葉を必要としていなかった人にも届いて、
逆に過度に心配させたりとか、過度に不安にさせたりとかする要素も含んでいて、
このラベリングとかネーミングっていうものは、
やっぱり光の面と影の面が両方あるなということを感じていましたので、
今日話してみました。
18:00
最近だと、高年期とかちょっと気になりますよね。
まだ私、高年期に入る年齢ではないと自分では思っているんですけど、
でもなんか体調が悪いんだよね、みたいな
同い年の友達の話とかを聞いていると、
え、それって高年期なのかね、みたいな流れになったりすることがたまーにあるんですよ。
でも私はですね、全然そういう体調の、体の不調みたいなのを感じていないんですよ、今、正直なところ。
何か気を使っているかって言ったら全然使っていなくて、
サプリも飲んでないし、睡眠時間も結構適当だし、長かったり短かったりするし、
お酒も好きで飲むし、太ったらちょっと戻す、絞るみたいなことはしますけど、
何か健康オタクですっていう感じでは全然なくて、
割と自由に制限なく、制限をそんなにきつくせずやっているつもりなんですよね。
あまり自分のこの体力を過信してはいけないと思うんですけども、
そう、不調もないし困っていることもないし、疲れないんですよ、なぜか。
最近だるさが続くとか、全然ないんですよ。
全然ないんですよ、本当に申し訳ないぐらい。
でも一定の年齢に来たら、たぶん高年期っていうものがね、目の前に本当に迫ってきたら、
私ってこれ高年期なのかなとか、余計な心配をまたしてしまうのかなというのは思ったりします。
これたぶん妊娠の時のつわりもあれかもしれませんね、似てるかもしれませんね。
多くの方はつわりがある、大なり小なりあるっていう方が多いと思うんですけど、
中には全くつわりがないっていう方もやっぱりいますよね。
私の友達にも何人かいました。
むしろ毎月のホルモンの関係で、いろいろ頭が痛いとかお腹が痛いとか眠いとかいろいろあったものが
妊娠したら全部なくなって、もう体調が良くなったみたいな友達もいてですね。
妊娠したらつわりが苦しいんだっていう、なんかそのすり込みみたいなものですかね。
なんかそういうのってあんまりしなくてもいいんじゃないかな。
別に誰がすり込ませてるってこともないんですけど、なんかすり込まされてるかな私って思ったりもするんですよね。
まあつわりはでもつらかったか。
つらかったんですけど、2回目、2人目の妊娠以降はいつか終わりがあるってことが分かってたので、
もうしょうがないよね、耐え忍ぶしかないよねっていう感じでしたね。
1回目は確かにつらかったんですけど、終わりが見えない、未知のものとの戦いみたいな感じなのがつらかったのであって、
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つわりそのものが、つわりそのものはつらいんですけどね、つわりそのものがつらいというよりかは
分からないことが多すぎて、もう嫌だなっていうのがあったなっていう気がします。
って考えると、生一の壁とかなんとかの壁とかもそうなのかもしれませんね。
未知のものとか、この先どういうことが待ち受けているのかが分からないことに対しての不安みたいなものを煽る言葉というか、
表現している言葉なのかもしれませんね。
でも不安なものに対して不安だって思っていたらずっと不安なわけで、やっぱり行動してとか、
何か対策を一つずつ講じるとか、実際何か動くとかっていうことをしないと不安って消えないので、
一生消えないものだと思うので、結論としてはやはりなんとかの壁っていう言葉があって、
それを家中にいるときにもう生一の壁がきついわとか、なんとかの壁が大変だわっていうふうに思うのではなく、
そういう生一の壁っていうのが来るよとか、こういう状況になったらワンオペエクジっていう時期もあるよとかっていうことを備えるための
事前知識として、なるべく前向きに捉えるのがいいんじゃないかなと。
どうしても光の面、影の面っていうのがあるので、なるべく光の面を自分の中に取り入れていってできることを
一つずつ動いてやっていくっていうのがいいのかなというふうに思いました。
とにかく私の中では、生一はトランポリンだったんですよ。
生一のトランポリンっていう言葉を流行らせたいぐらいだと思っています。
トランポリンでぴょんぴょん楽しく跳ねるように、その時期、小学校入学の前後の時期っていうのを
親子ともども楽しく乗り越えていけるといいよねっていう感じで、
生一の壁、改め生一のトランポリンを私は推奨していきたいなというふうに思っています。
ということで今日はここまでです。最後までありがとうございました。
それではまた次の配信でお会いしましょう。さようなら。
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