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みなさん、こんにちは。ナビゲートインタビュアー、仙台りんです。
今日はちょっと嬉しいことがありまして、ここでお話ししたいなと思います。
先日、高校の友達数人と久々にご飯を食べに行きました。
頻繁にわりとよく会っている友達もいれば、卒業以来だねと。
お互いになんとなくどういうことをやっているのかっていうのは、風の噂で聞いていたけれども、
本当に会うのは卒業以来だね。何十年ぶり?みたいなね。
そんな友達もいました。
そこの友達の中の一人に、高校の教員をやっていると。
もう新卒からずっと中学校、高校の教員をやっているという友達がいまして、
その友達にすごく言われた一言が、とっても今回嬉しかったんですね。
ことの発端はですね、お互いそもそも高校を卒業してから、
どういう進路だとか、どういう経緯を経て今に至るのかということを、
まず情報シェアから始まったんですよね。
その教員をやっている友達は、私はですね、
書道家として芸術方面に進んだって聞いていたんですよね。
当時からすごくお習字というか、書道、芸術としての書道がすごく好きでやっていまして、
古典を開いたりとか、そういうのもやってたんですよね。
その辺までは知っていました。
なので、そっち方面で何か今活動しているんだという風の噂で、
それを信じてたんですけど、実は大学を卒業して教員になってからは、
細々とやっていると。大学の時までは割と一生懸命やってたらしいんですけど。
結婚して子供が生まれてからはもう全然やってない。
もうここ何年もやってないということだったんですよね。
そうだったんだと。でも芸術系の大学に行ってたので、
じゃあ何でそこで教員の方になったのか、何でそれが高校の教員なのかと。
いくつか学校を経験したらしいんですけど、今は中高一貫の私立の学校に赴任しているというか、
そこで働いているそうで、何でそこで書道の先生やってないって言ってたので、
普通に国語を教えてるって言ってたんですよね、現代文。
何で書道を教えないのという話を色々聞いてました。
逆にその友達は私が理系だったっていうことはもちろん知ってるんですけれども、
役学部に入ったっていうところからもう知らなかったと。
もうどんだけ会ってないんだっていう話なんですけどね。
ちなみにもう何年ぶりかに会いましたけど、
当時の感覚ですごく当時に戻ったかのようにですね、
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何の違和感もなく喋れましたね。
役学部行ってたんだっていう話から、じゃあ今何やってるのっていうことで、
つらつらと私も今10年間役大師やってないのって話とかをしていました。
そこからですね、私たちが行ってた高校って、
全然そういう進路指導とか手厚くなかったよねっていう話になったんですよね。
自分で情報を取って自分たちでやれみたいな。
よく言えば自由。悪く言えばというかね、割と自主性を重んじる的な感じ?
本人とまでは言いませんけど、そんな感じだったよねっていう話をしていて。
私がそこで言ったのが、
当時に戻れるんだったら私役学部受けてなかったと思うんだよねっていう話をしたんですよね。
私は今更なんですけれども、高校2、3年。
もう一回自分の幼少期からのいろんな出来事の棚下ろし、キャリアの棚下ろしをして、
自分の強みとか弱みとかを分析して、
自分がこういうことに悪な探求心を持ってできるんだっていうことを見つけ、
だから今役大師をやってないっていうことの人に何ら後ろめたい気持ちもなく言えるんだよねみたいな話をしていてですね。
親には申し訳ないと思っているけど、いつかどこかで免許はもう一回行かせたらと思っているけどっていう話をして。
大学を受けると役学部に行こうという選択のところだけではなく、
じゃあその後大学院に進むかどうかっていう選択だったりとか、
就職どこかどうするか、何を仕事としていくかっていう。
私は結局病院で役大師をやりましたけれども、そこの分岐点もそう。
病院を辞めた後のいろんな選択もそうですね。
でも大きくは病院に就職するまでですかね。
そこまでいくつか人生の選択みたいなのを迫られる瞬間、迫られるというか自分で選ぶ瞬間があって、
何度かやっぱり今と違う選択をしただろうなと思うものがあると。
当時その17歳とか18歳の時に今ぐらい自分のことをよく理解していて、
自己分析ができていたならば、多分違う選択をしてたと思うっていう話をしたんですよ。
確かに我々全然10代後半の高校の時にもう自己分析とかやってなかった。
じゃあ就活の時にやったかっていうと、やりきれてなかった。そこまで深掘りできてなかったよね。
もう今も能々と生きてるわっていう話で笑い話になったんです。
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で、教員の友達に何を言われて私が嬉しかったかっていうと、
その話を本当にうちの高校の子どもたちにしてほしい。
すごくその話は今の高校生に響く話だと思うんだよね。
というふうに言ってくれました。
そういう話を私たちも高校の時に聞きたかった。誰かから聞きたかったし。
もっと真剣に取り組むべきだったね。
将来についてのいろいろ考えたり選択をっていう話になったんですよね。
ただここから面白いのが、その国語の教員をやっている友達も、
とはいえ私自身は一位教員だから別に誰か講演をしてくれるような人を呼ぼうとかね。
そんな権限もないしなとか。
私は私で、仮に100歩、1万歩譲って私にお声掛けがかかったとしましょうとしたところでね、
何の背景もない、何の説得力もない、何の牽引性もない。
私なんかが言って、なんだこのおばちゃんみたいに、
なんだこのおばさんの話みたいになっちゃうから声話せないよって。
これは昔からの友達の中で、ここで今こうやって共有してるから、
ああそうだったんだとかそうだったよねっていう風になるのであって、
これを何の関係もない、何の信頼関係もない、何の縁もゆかりもない、
おばさんと高校生が向き合って喋ったところでね、
なかなかそうもいかないよね、そんな響かないよっていう話をして、
まあ笑い話で終わってしまったんですけど。
私がSNSフォロワー何十万人いて、本も何十冊も出していてとか、
ああでこれなんだかのテレビに出演した経験もあってとか、
なんとかの学位を持っていてとか。
そういう感じだったら、じゃあ私行くよって。
どこの学校?じゃあ私から校長先生に連絡しようかとか言えたかもしれませんけど。
お互いにそんな力もなく、うちわ話ぐらいで終わっちゃいましたけど。
でもここまで悲観的に考えなくてもですね、
その友達にはすごく響いたというか共感をしてもらえた話なんだなと思って。
一人が共感してくれたら、あと何人かは多分この話に共感してくれたり、
なるほどねって思ってくれる人はきっといるだろうなとも思って。
それはすごく嬉しいなというふうに思いました。
せっかく今もう全人類が発信できる時代ですから、
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このスタイフもそうですし、ノートだったり何でもいいんですけど、
何かそういうところで自分の考えとか自分の体験とか自分の失敗を含めて、
こういうふうにやってみるのもありだと思うよという人生の後輩に向けてね、
何か自分なりの考えみたいのを残しておくっていうのは、
もしかするとネット上に置いておくと誰かが目に留めてくれて、
誰か一人でもね、なるほどねってヒントとかにしてもらえる機会はあるのかもしれないなということを思いました。
私は今たまたまそういう若者っていうんですかね、
10代とか20代前半ぐらいの人と常に付き合いがあるという状態ではないので、
こういうのを話す場もないし聞いてくれる人もいないんですけど、
どこかで今後そういう方とお話をするような機会があれば、
老害にならない程度にですね。
これは私なりの自分の人生経験として、
誰かにお話できることなんだなっていうのが一つ、
認識というか再確認というかできたのはとても良かったなというふうに思います。
高校で直接つながりとか今でも例のことっているわけではないけれども、
誰々君はこうなったらしいとかね、誰々ちゃんはこうなったらしいとかいう話、
お互いに持っている情報をシェアしてですね、
なるほどねっていうので、
みんないろんなところでいろんな活躍してるんだな、
みんな頑張ってるんだなっていうのがすごく分かって、
とてもいい刺激になった楽しい時間でした。
私はオンラインを中心にいろいろ、
普通に生活していたら出会えない人とかとの出会いっていうのがあって、
とてもありがたいなと思ってるんですけど、
やっぱり10年20年とか30年とか前からずっと友達としてやってる人たちと、
またその後どうなってるっていうシェアをするのもすごくまた面白いなと、
それはそれである意味、
昔は同じ学校に通っていて、
同じ似たような環境で似たような価値観でとか考え方で過ごしていたんでしょうけれども、
その後やっぱり全然違う道をそれぞれ歩んでいるので、
その後また新たな道でそれぞれどうなったかっていう、
またそこでの考え方とかをシェアするのはすごく、
また違った意味で世界が広がって面白いなというふうに思いました。
たまには何十年かぶりに連絡を取って、
いろいろ昔の友達と喋ってみるのもいいなと思いましたので、
おすすめです。
ということで今日はここまでです。
最後までありがとうございました。
それではまた次の配信でお会いしましょう。
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さようなら。