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サブカル眼鏡三兄弟!死生観を揺さぶられる諏訪の旅
2026-09-16 51:55

サブカル眼鏡三兄弟!死生観を揺さぶられる諏訪の旅

中学校教師のコウシュウさん、カレー屋「SPICE CORNER」の戸田さんと、諏訪を旅してきました!


・諏訪とミシャグジ信仰

・鹿の首と御頭祭

・奇祭「御柱祭」


サブカル眼鏡三兄弟の諏訪探訪!(セミブログ)

https://semiyama.com/suwa/


御柱祭(wiki)

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サマリー

ウェブエンジニアのセミヤマさんが、中学校教師の甲州さん、カレー屋「SPICE CORNER」の戸田さんと共に長野県諏訪を旅した体験を語るエピソード。旅の最大の目的は、建築家・藤森照信氏が手がけた「神長官守矢資料館」の訪問だった。資料館では、生贄の儀式を再現した鹿やイノシシの頭部の剥製、串刺しにされたウサギの剥製など、刺激的でグロテスクな展示に遭遇し、諏訪の独特な死生観や信仰に触れる。特に、6年に一度開催される「御柱祭」では、毎回のように死傷者が出ているにも関わらず、伝統を守り続ける人々の強い意志と価値観に衝撃を受ける。また、諏訪に古くから伝わるミシャグジ信仰や、その信仰の中心にあるモリヤ家、そして御柱祭の過酷な実態を知り、自身の死生観が揺さぶられる体験となった。旅の途中では、山梨県にしかないと思っていた丸石神が諏訪にも存在することを発見したり、バブル期に建てられたユニークなビル「THビルディング」を訪れたり、峠の釜飯で昼食をとったりと、様々な発見と出会いがあった。この旅を通して、セミヤマさんは近代社会が征服しきれなかった独特の世界観が今も諏訪に残っていることを実感した。

お便り紹介とゲームの話
みなさん、こんにちは。 自然を愛するウェブエンジニア、セミヤマです。
今日は、サブカル眼鏡三兄弟の末っ子として、長野県の諏訪で死生観を揺さぶられてきたお話をしたいと思います。
本編の前に、前回のお便り会に、さちこさんからメールフォームでお便りをいただきましたので、
まずそちらから読ませていただきます。
チャンピオンズダウンロードしていると思いませんでした。笑
毎回対戦環境に追いつくのは大変なので、私も今はやってません。
が、新シーズンも来たことだし、久しぶりに触ってみようかと思います。
なお、ライチュはメガ進化、メガライチュX、メガライチュYという目玉コンテンツを引き下げて登場したのもあって、現時点で結構人気ですよ。
とのお便りをいただきました。
さちこさん、ありがとうございます。
こちらは以前、さちこさんがお勧めしてくれたゲーム、ポケモンチャンピオンズについてのお便りですね。
いやー、そうでしたか。
さちこさんも最近はプレイされてなくて、久しぶりに触ってみようかと。
そして、メガ進化。
僕、まだ使ったことないんですが、メガ進化ってかなり強いんですね。
かわいいライチュで無双するのは楽しそうですね。やってみたいです。
ゲーム関連で言うと、前回の配信から今現在までの間にいくつかゲーム買ってまして、
一つはスイッチのトルネコの大冒険 不思議のダンジョンのリマスターですね。
これ、前回の任天堂ダイレクトでサプライズ発表されて、それからすぐ配信されたんですよね。
で、僕は配信の翌日に購入して、Xにポストしたんですけど、
その時、さちこさんからは、
昨日の任題でトルネコが出た瞬間、セミアワさんの顔が頭に思い浮かびました。
とコメントをいただいたんですよね。
さちこさんの中では、もうトルネコといえばセミアワと、そういう感じになってるということで、
いやー、ちょっと嬉しいですけども。
トルネコについてはセミラジオでお話してますし、実況配信もやりましたからね。
トルネコのリマスターについては購入したその日のうちに、かなり集中してプレイしまして、
スタッフロールを見るところまでいきましたね。
で、トルネコのリマスターをきっかけに、自分の中の不思議のダンジョン熱に火がつきまして、
不思議のダンジョンシリーズ改めていろいろやってみたいなということで、
まずスチームで不思議のダンジョン風雷の試練6を購入し、
さらに初代ゲームボーイの風雷の試練GB月影村の怪物をメルカリで購入しちゃいました。
で、すでにゲームボーイアドバンスのトルネコ2と3は積みゲーにしてましたから、
不思議のダンジョンだけで現状新規にプレイを始められるゲームが4本もあるっていう状況になったんですよ。
この4作品、特に評価が高いのが風雷の試練6かなという印象があるので、
そこからやるというのもありかなと思うんですけど、
発売した順番で言うと風雷の試練GB月影村の怪物が一番先なんですよね。
月影村も気になるんですよ。
ゲームボーイは音がいいですからね。
あのなんとも言えない空気を揺さぶる微振動がたまらないところがありますから。
ただ、自宅でプレイせずにロムを寝かせていた期間で言うと、
ゲームボーイアドバンスのトルネコ2が一番長いので、
そろそろいい感じに熟成してきたんじゃないかっていう気もするんですよ。
まあ、全部同時にはできないので、
優先順位をつけて楽しみつつ紹介していきたいなと思ってますね。
というところで、さちこさんお便りありがとうございました。
サブカル眼鏡三兄弟と諏訪旅の始まり
それではそろそろ本編に行きたいと思います。
改めまして、こんにちは。
サブカルメガネ3兄弟、末っ子のセメ山です。
急に何を言い出すんだと思われている方もいらっしゃるかもしれません。
何を隠そう、セミラジオ前エピソードの中で、
サブカルメガネ3兄弟という単語を出したのは、今回が初めてなんですよ。
そして実のところ、僕は血がつながった兄弟というのは、
ユウスケという弟が一人いまして、男2人の兄弟で、僕が長男なんです。
なんですが、サブカルメガネ3兄弟という別枠の兄弟がいるんですね。
魂の形が似てるというか、そういう義兄弟の千切りを交わした3人がいるわけです。
実際には僕が勝手に言っているだけなんですけども、
内訳を言いますと、僕がサブカルメガネ3兄弟の末っ子になります。
サブカルメガネ3兄弟の中では最年少ですね。
そして次男が以前セミラジオにゲストで出ていただいた、
山梨県のカレー屋スパイスコーナーの戸田さんです。
戸田さんは僕がお店を訪れて、カレーやビリヤニを購入させてもらうときに雑談したり、
山梨県内の丸石を見て回る丸石田んぼツアーに誘ってもらったりして、ちょいちょい会う機会があるんですよね。
戸田さんはご自身が魅力を感じることについて徹底的に掘り下げていく方でして、
インド料理の研究のために定期的にインドの各地に行って、現地でホームステイしてインドの家庭料理を学んだり、
山梨県の各地に存在する独自の同祖人、丸石上についても意欲的にフィールドワークをされている方ですね。
そしてサブカルメガネ3兄弟の長男はセミラジオリスナーであり、現役の中学校の先生、教師を務められている甲州さんです。
甲州さんはセミラジオをかなり初期の頃から聞いてくださっている方で、
今回のテーマともリンクする民俗学、文化人類学、歴史などの幅広い知識をお持ちの方です。
そして甲州さんは僕の妻の幕子が山梨で古典をやった時に息子さんと一緒に見に来てくださいまして、
その時、戸田さんのお店に一緒に行ってビリヤニを購入したりしてたんですよね。
なのでこの時に魂が呼び合ってサブカルメガネ3兄弟が結成されたということになるんじゃないかと思います。
実はこの時ですね、甲州さんから長野県の諏訪についての興味深いお話を聞かせていただきまして、
で、さらにそのお話に含まれるキーワードというのがサブカルメガネ3兄弟次男の戸田さんの口からも僕は聞いたことがあったんです。
なので、え、これはセミラジオ名物シンクロニシティと思って、いずれこの3人で諏訪を探望したいですねという話になり、今回の諏訪旅につながっていったんです。
その時出たキーワードというのはミシャグジです。別名ミシャグジ神、ミシャグジ様とも呼ばれてます。
ミシャグジについてはまた後で触れようかと思いますが、ちなみに皆さん長野県の諏訪地方って行かれたことありますか?
僕は長野県は地元山梨県のお隣の県ということもあって割とよく行きますし、特に諏訪って広い面積を持つ長野県の中でも結構山梨県寄りの地域なんですよ。
なので諏訪にある大きな湖、諏訪湖の湖畔にもこれまで何度も行ったことがありますし、結構身近に感じている土地だったりするんですよ。
なんですけど、今回サブカルメガネ三兄弟で諏訪を訪れてみて、あー、自分は諏訪という土地の本当の姿を知らなかったかって思ったんです。
冒頭で姿勢感を揺さぶられたと言いましたけど、それ誇張でもなんでもないんですよ。本当にそういうふうに思いましたし、正直今回この話をするのもちょっと怖いところもあるんですよね。
でも怖いと同時に諏訪にまつわるいろいろというのがものすごく興味深くもあるので、今回は勇気を持ってお話ししていこうと思います。
今回の旅なんですが、さっき名前を挙げた三社宮寺と深い関わりのある千代氏陣長官森谷司令官という施設への訪問が最大の目的になります。
とともに諏訪地域にあるいろいろな民族学的文化人類学的スポットへの訪問も行う盛りだくさんの旅になっています。
いろいろと要素が多い旅になったんですが、まずは当日の様子を時系列でお話ししていければと思います。
今回の諏訪旅なんですが、日付としては今年の8月19日になります。
ちょうど三兄弟で日程が合わせられるのがこの日だったんですが、偶然にもその8月19日というのがサブカルメガネ三兄弟長男の甲州さんの誕生日だったんですよ。
そんなめでたい良き日に諏訪旅に行けたのはすごく良かったですね。
で、当日僕は戸田さんと地元山梨県の甲府駅から中央線の各駅停車に乗りまして、いろいろと雑談をしながらゆっくりと諏訪エリアに向かいました。
そして長野の上諏訪駅でおりまして、車で迎えに来てくれた甲州さんと合流して、そこからは甲州さんに車を運転していただいて各所に移動していく形になりました。
そう、今回運転や探索スポットの設定まで何から何まで甲州さんにお世話になってしまいまして、本当にありがたかったですね。
甲州さんは以前諏訪に住まれていたことがあって、甲州さんにとっていろいろと思い出深い土地ということでもあったんですよ。
で、まずは上諏訪駅から移動しまして、最初に向かったのは山梨に数多くある丸石の道祖神、丸石神が祀られている小さな祠でした。
丸石神については以前のセミラジオでも詳しくお話ししているんですが、基本的には山梨県にしかないものと僕は認識してたんです。
なんですけど、今回この長野県の諏訪で山梨と同じ様式の丸石神がある場所に甲州さんが案内してくれまして、これには大の丸石好きである戸田さんもかなりあがってました。
山梨県と長野県が文化的につながりがあるということをこういう部分でもすごく感じることができましたね。
ただその丸石神の祭壇、山梨県の丸石神にはない特徴がありまして、石自体は大きくて立派な、僕ら丸石愛好家にとっては見慣れた感じのやつなんですけど、その四角い祭壇の四隅に柱が建てられてたんですよ。
実はこの四隅の柱というのはこの諏訪地域において非常に強い意味を持っているアイコンなんですよね。
諏訪では四隅に柱を建てるということに非常に強い宗教的意味が込められてるんです。
この四隅の柱は御柱と呼ばれてます。御中の御に柱と書きますが、ここまでで三尺自身と御柱という諏訪に関する宗教的キーワードが登場してますが、
このあたりのキーワードや諏訪独特の宗教観についてはまた後でお話ししようかと思います。
まずは引き続き時系列で旅の様子をお伝えしていきますね。
諏訪でのユニークな発見と昼食
で、その丸石神の祭壇なんですが、すぐ隣にゴミ置き場が設置されてました。
このあたりも山梨県の丸石神と同じなんですよね。
ゴミ置き場のすぐ横に丸石神の祭壇があるというのは山梨県内でも非常によく目にするありふれた光景ですね。
で、ひとしきり丸石神の祭壇を撮影した後、次の目的地に向かったんですが、その途中で予定にはなかった場所でしばらく滞在することになりました。
それはですね、長野県諏訪市沖田町にあるTHビルディングという建物なんです。
ビルの中には入らず外観を眺めるだけだったんですが、このビルについて講師さんにいろいろとお話を伺うことができました。
こちらは8階建てのビルでいろんなテナントが入ってます。
建物のかなりの範囲がツタに覆われていて、ちょっと怪しげな雰囲気を漂わせています。
テナントに入っているお店の一例を挙げると、ビルの5階にはスミビ焼肉屋堺スワインターテンというお店が入っていて、こちらはおそらく名前通りのお店かなと思います。
6階にはインターナショナルクラブ算数師というお店が入っているそうで、このお店ホームページを軽く見てみたんですが、
インターナショナル美女ぞろいのクラブ、皆様が満足いただけるインターナショナルかっこ日本人と外国人の美女スタッフというようなことが全体的にはちょっと怪しい日本語で書いてありまして、
まあ、そういう感じの夜のお店なんだろうと思います。
ちなみにこのインターナショナルクラブ算数師なんですが、しまい手にコスチュームクラブバイオハザードというところもあるそうです。
うーん、どういうことなんでしょうね。
入店したが最後、無事では済まないようなそんな雰囲気が漂ってますよね。
コスチュームクラブバイオハザード。
いやー、まだまだ世の中知らないことでいっぱいですね。
で、そのTHビルディングなんですけど、壁にエレベーター、エスカレーターで会場へ、キッサー&お食事とすすけた文字で書いてあります。
この会場は階段の階と書きますね。
で、ビルの角には壁面がガラス張りで中が見えるエレベーターが設置されてます。
エレベーターに乗っている人の目線から言うと外が見えるエレベーターということになるんですけど、
そういうエレベーターってちょっとバブルっぽい感じしますよね。
実際このビル、バブル期にはゴールデンサンビーチっていう商業施設だったそうです。
屋内プールがあったそうで、で、ビルの屋上にはどういうわけか自由の女神が立ってたんだそうです。
ちなみにこのビルを建てたのはタレントの小池英子のおじいさんだったそうです。
その小池英子のおじいさんが資産家だったということで、長野県の諏訪にそういう商業施設を作ってたんですね。
今はビルの屋上の自由の女神も撤去されてしまってるんですが、
公衆さんは当時その屋上の自由の女神も日常の光景として目撃されてまして、
その当時から怪しいビルだなという印象を持たれてたんだそうです。
ちなみにこのゴールデンサンビーチと呼ばれていた頃のこのビルなんですが、
デイバイデイっていうディスカウントストアが入ってたんですよ。
デイバイデイご存知でしょうか。
90年代に長野県や山梨県にお住いだった方は懐かしさとともに思い出される名前なんじゃないかと思います。
消費者の天国というキャッチコピーとともに長野県や山梨県で展開されていたディスカウントストアなんですよね。
もう潰れてしまって1店舗も残ってないんですけども、
デイバイデイについては詳しくお話しすると長くなるので、
ご興味があればデイバイデイ山梨県でグーグルで検索してみてください。
デイバイデイは全部カタカナですね。
検索順位の1位に僕の書いているブログセミブログのデイバイデイ特集記事がヒットすると思います。
で、そのかつてゴールデンサンビーチと呼ばれていたビルを後にしまして、
ちょうどお昼時でお腹も空いてきたところで、
峠の釜飯本舗おぎのや諏訪店というお店に行って、
こちらでご飯の釜飯というのを3人で食べました。
ちょっとややこしいんですけど、
この峠の釜飯本舗おぎのや諏訪店なんですけど、
お店がある場所って峠じゃないんですよ。
峠じゃなくて諏訪湖、つまり湖の近くなんですよ。
で、峠の釜飯本舗おぎのや諏訪店というのがありまして、
そっちの方は長野と群馬の県境に近い峠にあるんですよ。
本店は実際に峠にあるんですよね。
そんな峠の釜飯本舗おぎのやなんですけど、
峠じゃないところにも店舗を展開してまして、
今回僕らはそのうちの一つである諏訪店に行ったわけです。
で、諏訪店では定番の峠の釜飯のほかに、
オリジナルメニューの小半の釜飯も注文できるんですよ。
この小半の釜飯なんですが、
定番メニューの峠の釜飯に比べて牛肉が入ってたりして、
よりパワー系の釜飯となってまして、
美味しくて食べると元気が出る。
そんな釜飯でした。
で、続いて諏訪市中須下金子というところにある、
神長官守矢資料館と諏訪の死生観
下金子公民館の丸石を見に行きました。
ここの丸石なんですが、最初に訪れた祭壇があって、
そこに大きな丸石が一つあってという様式にはなってなくてですね。
なんというか、公民館の敷地内の壁際に、
大きくて丸みを帯びた石がゴロゴロと転がってるんですよ。
直径50センチくらいの一つが60キロもある、
まあまあでかくて重い石なんですけど、
この石、現地では力石とも呼ばれているそうで、
なんでもその昔村の男種が力比べをするために使った石なんだそうです。
この石をどれくらい長く持ち上げていられるかや、
肩まで何回上げられるかなどを競ってたみたいですね。
今は使われてないとはいえ、
そういう人の生活に密着した用途があった丸石って、
あまり山梨の方にはなくて、面白いなと思いました。
60キロもある石ですから、
試しに軽く触ったり持ったりしてみましたけど、
うんともすんとも言わなかったです。
この石を持ち上げたり肩まで上げたりとか、
ちょっと考えられないんですけど、
トラクターとかない時代に、
体一つで一日中畑仕事をしていた人たちの力はすごいなと思いました。
続いてはこの諏訪旅の一番の目的地である、
千代市仁町館森谷資料館という施設を訪れました。
ここの建物は藤森てるのぶという建築家が手がけたもので、
屋根を貫く4本の柱が一際目を引く、
異形の建築物になってます。
この4本の柱は先ほども触れた御柱に見立てたものですね。
で、この後建物の中の様子についてお話ししていくんですが、
かなり刺激の強いグローテスクと言ってもいい表現が出てきますので、
そういうのが苦手な方はご注意いただければと思います。
それでは建物の中の様子についてお話ししていきます。
建物の中に入ると入り口の割とすぐ近くに、
お尻から頭までを串刺しにされたウサギの白製が展示されてます。
まあ、ぎょっとしますよね。
串刺しにされたウサギの白製が見られる場所って、
世界のどこか別の場所にも、もしかしたらあるのかもしれないんですけど、
僕はこの陣長館、森屋資料館以外には心当たりがありません。
そして壁には正面を向いた25体の鹿とイノシシの首の白製が展示されてます。
建物に入ってわずか数メートルのところにですよ。
ちょっと陣長じゃないと思うんですよね。
ここってそんなにすごく大きな建物じゃないんですよ。
だからこそ逆にその串刺しにされたウサギとか、
壁に掲げられた物言わぬ25頭の鹿やイノシシの頭部とかが、
すさまじい存在感を放ってます。
なんでそういうことになってるかなんですけど、
諏訪に御陶祭っていうお祭りがあるんですよ。
毎年4月15日に行われるお祭りなんですけど、
御陶祭の御は御中の御で、
陶は頭という漢字を当ててます。
頭って書くんですよね。
この御陶祭の中で、
鹿の頭の白製を祭壇に捧げるという一幕がありまして、
そのことから結構有名なお祭りなんですけど、
この御陶祭、かつては生きた鹿を殺して、
その首を生贄に捧げてたんです。
しかも1頭や2頭の鹿じゃないんですよね。
75頭の鹿の首を生贄に捧げてたんです。
お祭りをやるたびに75頭っていうことなんですけど、
鹿が足りないときはイノシシの首で代用してたそうで、
その陣長館、森屋資料館の壁に展示してある25頭の鹿やイノシシの頭部っていうのは、
それを再現した展示なんです。
鹿の角って毎年生え変わるんですが、
かつて諏訪の人たちはその様子に生命力や豊作のイメージを見出して、
その生命力を宿した生き物である鹿を殺して、
生贄にすることで豊作や狩猟の成功を祈った。
そんな風に考えられてます。
江戸時代後期に菅山須美という学者がいまして、
この人が当時諏訪に訪れたときに見物した音頭祭の様子をかなり細かく書き記してます。
菅山須美は文章だけでなくスケッチも残してまして、
さっきお話しした串刺しにされたウサギも、
菅山須美が書き残したスケッチをもとに再現されたものなんです。
かつての音頭祭では他にもいろんなものを捧げてたみたいで、
脳和えという鹿の肉と脳みその和え物というメニューもありました。
ここまででも結構すさまじいと思うんですけど、
菅山須美はさらに不穏な音頭祭の一幕を目撃してます。
おこうと呼ばれる8歳くらいの子供が赤い真っ赤な着物を着せられて柱に縛り付けられます。
その柱はおにえ柱と呼ばれてました。
おにえ柱のおは音頭祭と同じく音中の音、
にえはずばりいけにえのにえという漢字をあてます。
菅山須美が見物した音頭祭では、
お祭りの後で柱に縛り付けられていた子供は解放されました。
ただこの菅山須美が諏訪を訪れた江戸時代後期よりもっと古い時代には、
おこうは生贄として殺されていたと伝えられてます。
かつては鹿やその他の生き物も人もこの音頭祭で生贄に捧げられていた、
そう伝えられてるわけです。
もちろんそれはかつてそうだったかもしれない。
少なくともそう伝えられているという話ではあるんですが、
ミシャグジ信仰と御柱祭の衝撃
僕は今もなおこの諏訪というエリアは、
日本全体の中でもかなり独特の世界観を持った土地かなぁと思ってます。
その独特さの根源というのが実はかなり古くて、
古代と言われる時代から続いてるんですね。
諏訪には独特の国譲り神話というのが言い伝えられてまして、
どういうものかというと、
出雲の国にいた竹見那方の神という神様が敵に追われて、
諏訪まで逃げ延びてきまして、
そこで竹見那方の神は諏訪の地元の神であるモリヤの神と戦い、勝利するんです。
でも負けたモリヤの神が滅ぼされることはありませんでした。
モリヤの神は諏訪で代々神長官と呼ばれる神事を取り行う家系、
モリヤ家に繋がっていき、その血筋は今でも続いているんです。
竹見那方の神の系譜の血筋から選ばれた大法理という荒人神が、
諏訪の権力の頂点ということに表向きにはなってたんですが、
その大法理にミシャグジという精霊を下ろす、
その役目は神長官であるモリヤ家にしかできない、
そういう構造になってたんです。
なので諏訪の実権を握っていたのはモリヤ家ではあったんですね。
この神長官モリヤ司令官もモリヤ家の敷地の中に立っているんです。
そしてミシャグジというキーワードが再び出てきたんですが、
この諏訪のモリヤ家やモリヤ家が取り仕切ってきた御陶祭、
それらの宗教行事や信仰、それらすべての頂点であり、
中心にあるのがミシャグジなんです。
このミシャグジは目に見えない精霊であり、木や石などに宿ると考えられてきました。
モリヤ司令官のすぐ近くにある小高い丘の上には、
ミシャグジを祀っているやしろがありました。
ここも4本の御柱が立ってました。
そのすぐ近くにはひざ丈くらいの小さな祠が2つあったんですが、
こちらも1つの祠にそれぞれ4本の御柱が立ってました。
徹底してるんですよね。
神聖な場所には4本の御柱を立てる。
これが絶対なんです。
僕が諏訪という地域は今でも独自の世界観、
司令官があると思う最大の理由についてお話ししたいと思います。
諏訪には6年に一度行われる御柱祭というお祭りがあるんですが、
そのお祭りについて今回知る機会がありました。
僕は御柱祭のことってこれまであまりよく知らなかったんですけど、
このお祭りって毎回のように始祥者を出してるんですね。
諏訪にある諏訪大社って神社と志望社に分かれてるんですが、
神社は前宮と本宮、志望社は春宮と秋宮にさらに分かれていて、
御柱祭はこの4つの建物のそれぞれに4本の柱、
合計16本の柱を立てるお祭りなんですよ。
で、山から切り出してきた巨大な柱を基本人力でそれぞれの建物があるところまで
巻きつけた縄を引っ張って持っていって最終的に柱を立てるわけなんですけど、
その過程でいろんな事故が発生してきたんですよ。
この御柱どれくらい巨大かというと長さ19メートル、直径約1メートル、
重さ約7.5トンもあるんです。
これを山とか川とか街中を人力で引きずって移動させるもんですから、
いろんなことが起きるわけです。
例えば横倒しにした御柱にうじこの人たちが大勢で乗って急斜面を滑り落とす
木落しという場面があるんですけど、
これなんかもうレールのないジェットコースターみたいなものだと思うんですよ。
豪快でお祭り的な意味で見栄えはしますけど、
7.5トンもある巨大な柱が滑り落ちてくるわけですから、
危険なんてもんじゃないですよね。
実際これまでに幾度も事故が起きてまして、
1992年には木落しで御柱を引いていた引き子の男性一人が柱に巻き込まれ亡くなってます。
そしてこのお祭りは見物客からも犠牲者が出てまして、
1986年には木落しを見物中の女性一人が落石にあたり亡くなってます。
7.5トンもある巨大な柱が斜面を滑り落ちてくるので、
おそらくその衝撃で落石も発生したんじゃないかと思います。
祭りのクライマックスである縦御柱という場面も非常に危険でして、
これは名前通り御柱を最終的に立てる儀式なんですけど、
立てる時に20メートル近くあるその御柱の上に人が乗って指示出しをしたり作業をするみたいで、
その際に御柱から落下して重傷を負ったり亡くなってしまう方が後を絶たないんです。
2010年の御柱祭の時には、この縦御柱の最中に御柱に乗っていた
うじこの男性3人が落下し2人が亡くなっています。
直近の2022年にも境内に御柱を引き込む階段落しの際に、
柱に乗っていた48歳の男性が山道に落下して頭を強く打ち、
頭蓋骨骨折、外症性蜘蛛膜下出血の重傷を負ってしまったということで、
いや、すごいですねこのお祭り。
内容もすごいですし、
僕が本当にすごいなと思うのは、これだけの失笑者を出しながら、
じゃあ危ないから御柱は斜面から滑り落とすんじゃなくてトラックで運ぼうとか、
柱に乗るのは危ないから別の形でやろうとか、そういう話にならないんですよ。
昔からやっていたことを変えない、変えたくないっていうすごく固い意志を感じるんですよね。
だからやるたびに失笑者を出してるんですけど、基本的には毎回同じようにやるんですよ。
おそらく個人の意気地によりも重要視しているものがその人たちにはあると思うんですね。
少なくともこの御柱祭りを中心となってやってる人たちには確実にそういう価値観があると思うんです。
でないとそうはならないと思うんですよ。
で、それって僕も含めて今日本に住んでいるほとんどの人にはちょっと理解しきれない価値観だと思うんです。
この御柱祭り、ほぼ毎回のように重傷を負ったり亡くなる方が出ているということで、
2016年には東京の弁護士2人が諏訪大社の偶事に対して業務上過失致死容疑での告発状を長野県警に提出してます。
そしてその後、この告発に関しては長野知見の方で不寄所処分になりました。
で、さらにその後の2022年のお祭りでさっきも言った落下事故が発生しているわけです。
だからもう御柱祭りってこれからも同じようにやってくんでしょうね。
そういう祭りが日本にある。
しかも自分の地元からそう遠くないエリアでっていうことに今回かなりの衝撃を受けました。
でもそれでも僕は御柱祭りに対して死傷者が出ているのに続けるのはけしからんとかそういう考えは正直ないんですよ。
諏訪の人たちにとって僕はよそ者ですから、そういうよそ者が口を出す領域じゃないのかなって思ってます。
ただ、怖いとは思ってます。
彼らが個人の生き死によりも重要視しているもの、その信仰の根っこにあるミシャグジシンという存在。
それが怖くもあり、すごく興味を惹かれるところでもありますね。
ということで御柱祭りのお話が長くなりましたが、
旅の終わりと感想
御柱祭りの再現展示やミシャグジシンの祠のある神長館、森屋資料館を後にしまして、
下諏訪の方に移動することにしました。
そして諏訪大社、死亡者の近くにある力石を見た後で万寿の石物という仏像を見物しました。
仏像というと奈良や京都にあるようなしっかりと立体的に造形された像を思い浮かべる方が多いかなと思うんですが、
この万寿の石物は基本一つの大きな岩がベースになっていて、
その元の岩の形を残しつつやんわりと造形したそんな仏像なんですよ。
この万寿の石物、前から見ると服の模様とか衣装とか組んだ手元とかが岩の表面にゆるーく造形されて、
頭も乗っかってるんですが、後ろに回ってみると特に造形もされず、元の岩の形がそのままになってるんですよ。
これまであまり見たことがないタイプの仏像で面白かったです。
その後は軽くお茶した後で公衆さんに駅まで送っていただきまして、
そして来た時と同じ路線で戸田さんと二人、山梨へとゆっくり戻りました。
戸田さんとは、いや、すごく姿勢感を揺さぶられましたよね、というお話をしましたね。
そんな風に今回の諏訪の旅は終わっていきました。
今回諏訪でいろんなものを見たり、知らなかったことを知れたりしましたけど、
やっぱり御陶祭や三尺寺神、御柱祭、この辺りに激しく姿勢感を揺さぶられました。
特に御陶祭は今は75頭の鹿も子供も生贄にはしてませんけど、
御柱祭の方は今もなお毎回のように支障者を出しつつ、
それでも続ける、続けていくという強い意思とか価値観の違いに触れて衝撃を受けました。
近代社会が征服しきれなかったものが、今もなお諏訪には残ってる。
そんな風に思いました。
今回の諏訪旅なんですが、セミブログの方に写真を載せています。
よかったら概要欄からチェックしてみてくださいね。
最後になりましたが、こうしゅさん、今回いろいろと計画も立てていただいた上に、
車も出していただいて本当にありがとうございました。
また戸田さんと3人でこのサブカルメガネ3兄弟で旅をしましょう。
セミラジオではお便りを募集しています。
Xのハッシュタグセミラジオや概要欄のフォームからお送りいただけると嬉しいです。
今日は諏訪についてお話しさせていただきました。
ご視聴ありがとうございました。
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