ICTの導入の背景
どうもボブです。今日も介護の話をしたいんですけれども、今、介護業界でもICTの導入をすごい勧められているんですよね。
AIを使ったりとか、そのICT機器を使って、人材不足をどうにか解消していこう、ということで前向きに取り組んでいるわけです。
でも、今日のタイトルで賛否両論あると思うんですが、あくまで僕の個人的な感覚での参考までにということで、
一意見としてお伝えしたいのが、このICTを導入するちょっと一歩間違えると逆に人材不足、そして人材の育成とか人の力が失われていくっていうそういう危機感を覚えるんですよね、同時に。
というのも、このICTを使って、例えばベッドのセンサーで、本人、利用者さん、介護者、高齢者の方があんまり寝返りしてないなとか、体温が分かったりするのかな?
ある程度バイタルみたいなのも分かったりとかね、そういうのが本人のところに行かずとも分かるとかね、あとカメラを導入して、部屋にカメラをつけて、転倒しないかとか、そういった状況を見守っていく。
そういうふうなものもいろいろ使われたり、今後していくと思います。そしておしっこがもうすぐ出るかどうかのセンサーもお腹のところらへんにつけてね、センサーを感知するような、そういったのも福祉用具のレンタルで今後出てくるようになる、そうなんですね。
そういう機器を使ってちょっとでもね、必ずしも人じゃなくてもいい部分っていうのを作る。人がやらないといけない部分を重視していくっていうのを進めていってるんですけど、これはこれでとってもいいことだと思うんですよね。
もう昔ながらのやり方だけじゃなくて、最新機器を使って両面で支えていくっていうのはとっても僕としても賛成なんです。でもこれ思惑通りにだいたい進まないことが多いんです。
介護保険で頭のいい学者さんたちがいろいろと考えて、こうするといいだろうって思ってやろうとしたことが実際実情に合ってないっていうことで、別の方向で悪循環を生んでしまうなんてことが今までもあったわけですよね。
地域包括ケアっていうのも結局のところ絵に描いた餅と言われて、何も実現していないまま2025年、今の時点では本当は地域全体が介護施設のような感じで、いつでも24時間対応できるような、そうじゃないと介護の現状を支えていけないよって、
もう数年前にずっと言われて2025年になってしまいました。
地域のために地域を介護施設にしようっていう風にするための手段として定期巡回随時訪問介護看護っていうそういった制度が作られて、地域に介護のオンコールナースコールをしたかのように随時ヘルパーさんたちがお家に訪問したりとか定期で巡回していく
仕組みを一応制度上作ったんだけども、結局それもうとてもとても難しいということで、結局施設の中、住宅型の施設の中にこの定期巡回のサービスが入りますっていう形で、
普通の住宅型のちょっと見守りとかが強化されたバージョンのそういった使い方で定期巡回が活用されるようにほとんどの場合がなっています。
本来の目的で定期巡回が使われているところってほとんどないんですよね。福岡市の中でも。
こんな中で、じゃあICTを今後導入していくってなったら、どういうデメリットも可能性があるかって考えたら、なんかですね、このICTとか使ってもう事務所の中からでももう分かっちゃうわけですよね。本人の大体の状況が。
でも、それに初めからそれで教育された新人さんってどうなるんだろうって思うんです。
なんとなくの本人の変化、違和感。
ちょっと何を訴えているのかなとか。
この方、認知症でね、徘徊しようとしている。徘徊した時に、ただ徘徊で危険行動、問題行動っていうふうな察知の仕方じゃなくて、
この人何を今考えているのかな。今のどこに行きたいとかは分からないにしても、どんな感情を持っているのかな。
そういうふうなアンテナっていうのが育たなくなるんじゃないかなって思うんですよね。
今、なるべく体の負担をかけないような介護の仕方をやろうということで、
誰でもがベッドから車椅子に異常解除とかそういったのを楽にできるようにしようということで、
ノーリフティングケアっていうのがね、いろいろと推奨されているんですけども、
こういう機械とかを使ってやっていく方法っていいんですけど、
これも本来の体の使い方、僕も全然できないんだけども、
小武術介護とか言われて、自分と相手の力を上手に使って無理なく体を起こしたりとかする、
そういう方法、いろいろ言われているのもあるんですよ。
身につけるのは難しい。
でもそれこそ肌と肌、人と人の本来の力、そういったのを引き出していくっていう、
そういう感覚を身につけるっていう意味ではすごいことだと思うんですけども、
もう職人技ですよね。
でもこの職人技が消えていくっていう、そういうような職人技が消えていって、
どんどん乾燥化されて、その機械がないともうできないわけですよ。
感性の重要性
機械がないと介護がもうできない。
停電になったらおしまいみたいな。
そういうちょっと何かがピッとバランスが崩れるともう脆く崩れてしまうような介護が作られてしまうんじゃないかなって思うんですよね。
こういうAIだったりICTとかこういうテクノロジーを活用するっていうことは本来やっぱりとってもいいことで、
これって作能の働きなんですよね。論理とか整合性とかそういった作能的な働き。
これを今まで人間は作能と有能と一生懸命使って、でも作能優位で進んできた。
もう合理性、効率性、そういったもので進んできたけれども、
これをICTとかAIさんにお任せしよう。
そっちの方はもうAIとか機械の方が優秀だからもうそっちに預けて、
じゃあその代わり何をしないといけないかっていうのが大事になってくるんですよね。
その代わりに僕たち人間は人間にしかできない感性五感を使って、五感もしかしたら第六感を使って、
その方の何を考えているのか何を今思って感じているのかを同じようにね、
共感したりとか共振したりとかで寄り添っていくっていう感性を磨いていくような、
右脳の働きなんですこれは。直感、感性、こういったものを磨いていくことが、
このバランスをとっていくことが大事なんだって思うんですよね。
もう左脳優位でアンバランスな方向に進んでいくと結局人間の力が弱まって、
これから本当にもう介護というものがもう機械に頼らざるを得ない。
機械が動かなかったらもうおしまい。そんなね、脆弱な介護にしたいのか、
直感とか感覚、肌で触れ合った時の感覚だったりね、匂い、匂いで、
これわかる方いますよね、部屋に入った瞬間、この方もうすぐ亡くなるかもしれない、
そういうのがわかる方もいるんです。
あと、トイレにこの方もそろそろ行きたいのかなっていうふうなのを察知するとか、
そういう感覚を介護職って感じて察知して動いていく。
それができる人間が介護職だと思うんですよね。
僕はまだまだなんですけれども、現場からちょっと離れてケアマネージャーの仕事なので、
ケアマネはケアマネで、本人の会話とかそういった中から察知していく力は身につけないといけないんですけど、
現場の方からすればもう全然です。
それでもね、その大切さは忘れちゃいけないなと思うんですよね。
なので、このバランスを取る、右脳と左脳のバランスを取ると同じように、
テクノロジーの部分がどんどんね、比重を置いていくにつれて、
自分たち人間の五感、直感、そういった力を高めるための工夫をやっていくことも同時並行で必要なんだということなんですよね。
もう人材を人不足になるから、もう全部機械に任せて書類だけやっちゃおうみたいな。
そんなことで介護の力がどんどんどんどん失われると、人がどれだけいたって足りないですよ。
逆にその直感力とか、バランスがしっかり取れた状態だときっと、
これもね、僕も実践してないから絵に描いた餅の話をしてるかもしれませんが、
でもきっとこのバランスが取れたときに、ちゃんとこの不足の事態が起こったときも、
万弱な、脆弱ではない万弱な介護の現場ができるんじゃないかな、そういうふうに思うんです。
皆さんいかがでしょうか。これから本当に書類だけ、機械だけ、論理だけ、効率性だけ、生産性とかいう言葉を使ってるわけですよね。
僕これ嫌いで、介護の生産性向上みたいな、そういうのが普通に使われてます。
この言葉が全然好きじゃん。何の生産をしてるんだと。
でもこれが実際の厚生労働省が掲げている現状なわけですよね。
本当にこの方向で日本人の介護って、これ世界に誇れるものなんだろうか。
日本人は日本人の介護ってもしかしたらあるんじゃないの?思ったりします。
それを実践しているような施設もたくさん本当はあるんですよね。
だからこれから自分たちが察知する力っていうのを本当にちゃんと磨いていくこと、これをしっかりやっていきたいなって思いました。
ではご視聴ありがとうございます。