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自分が完璧に幸せで満たされてないとセラピーをする資格がないのか?
2026-10-04 09:46

自分が完璧に幸せで満たされてないとセラピーをする資格がないのか?

#腸心セラピー
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サマリー

心のケアサロンでセラピストとして活動する話者が、自分が完全に満たされていなければ人を癒せないのではないかという迷いを語ります。多くのセラピストは自身も発展途上であり、聖者のように悟っていなければ施術できないという考えは誤りだったと気づきます。満たされ具合を測る「コップ」は、他人との比較や自分のエゴが作った枠にすぎず、今あるものを認め感謝できれば、半分の水でも十分に満たされていると捉えられます。マルシェで来場者と交流し、話者は今の自分のまま胸を張ってセラピーをしてよいと実感し、クライアントとの対話を通じて自分自身の問いへの答えも見つけました。

セラピストも完全に整っていなくてよいのか
皆さんこんにちは、心のケアサロンココケアのボブことまさるです。 今日はですね、自分を満たす、人を満たす前に、まず自分を満たすことが大事だよっていうお話をしたいと思うんですが、ただこんなことはもう聞いたことはあるよっていうことだと思うんですけども、ちょっと踏み込んでさらにお話をしたいなと思うんですが、最近気づいたことだったんです。
僕がですね、セラピスト、超心セラピー、超と心のセラピストとして、いろんなマルシェに参加したりとかするんですけど、その中で、施術師同士で、興味を持ってブースに来てくださって、受ける方もベテランのいろんな心と体のセラピストさんなんですね。
今まで何人もこうやって、僕も受けたりとか受けてもらったりとかしながらやっていてるんですけど、みんなね、やっぱり自分自身はなかなか整っていない。まだまだ発展途上だっていう方ばっかりなんですよね。それは僕も含めてそうなんです。
こういうセラピストとか、人を癒す仕事の人、それだけじゃなくても、どんな仕事でも、やっぱり仕事っていうのは誰かに、ちょっと言葉は臭いかもしれないけど、幸せを与えるものになると思うんですよね。
食べ物でもサービス業でもなんでもね、誰かがちょっと便利になったり美味しいという気持ちになったり、やっぱりそれも全て幸せっていう感覚を誰かに届けてるわけですよね。
でもこういう話聞いたことないですか?自分の心のコップが満たされていないと、誰かに幸せを分け与えることはできないんだよ。まずは自分のコップを満たすことだよっていう話聞いたことありませんか?
僕もあるんですよね。それはそうだと思いながらも、いろんな方にセラピストとしていろいろやっていく。でも自分は完全に満たされていないというか、完全に自分が整った状態ではない。
その状態で誰かに施術をするっていうのって、これちょっと矛盾してるよねって思ったりするんです。どう思います?皆さん。自分全然整っていない人に、私セラピストですって言って、いろんな心のセラピーとかしてもらったり、体のセラピーしてもらったり。
どう思いますか?皆さん。
自分自身がすごく大変な人生を歩んできたからこそ、今のセラピストという仕事に行き着いたわけですよね。みんなそうなんです。何かあったからこうなったんです。
で、なのに自分のコップ満たされていないと満パンでむしろ溢れるぐらいでないと人に与えることができないんだったら、それちょっともう地獄じゃないですか。みんな聖者のように悟りを開いた人じゃないとセラピーってしちゃダメなんですかってなりますよね。
僕も今自分セラピーする資格ないんじゃないかって思うことがありました。ただこれ大きな間違いだったんです。
満たされている状態を自分で決める
言ったら今のまんまでも十分立派なセラピストとしてやっていいんだ。
これセラピーストの話だけじゃなくてお仕事する人も自分が完璧に幸せな状態じゃなかったとしても、他の人と比べてすごい幸せで完璧じゃなくてもお仕事を通して誰かに幸せを届けることって十分できるんだってことに気づいたんです。
どういうことかというと、てっきりこのコップに満タンに水が入った状態で溢れる状態じゃないといけないって思い込んでいたけれども、あるインドの聖者から学んだ方に教えてもらったんですけど、そもそもこのコップ自体ないんだよって言われたんです。
コップ自体が自分が作ったエゴとか自分自身が作り上げた誰かとの比較で作り上げた器だけなんだっていうことなんです。
コップそのものがもうそもそも人間ってないんだよ、そういう状態で生まれているんだよ、一人一人みんな神様の分け身玉で自分自身がもう宇宙なんだよ、神様なんだよっていう話も聞いたことあるかもしれません。
本当に実はそうで、そのコップの枠を作っていたのは自分自身だけなんですね。
完全にその器そのものがないっていう状態が悟りの状態かもしれないんだけど、そうじゃなくてもこのコップにお水が入っていて、
もし今半分だと思ったとしても、この半分の状態が十分自分にとっては満たされている状態だというふうにコップの縁をぐーんと縮めて半分なら半分のところまで縮めて、
そこがもう目一杯溢れんばかりの状態と自分が認識すれば、その時ってもう十分満たされた状態になるわけですよね。
コップの器の大きさ自体は自分で決められるわけです。
これってどういう実際どういうことかというと、今あるものをただただ自分が認めて、今あるものに感謝をして、今あるもので十分幸せだという感覚をいかに持てるかという話なんですよね。
それができた時、ないもの、ないもの、まだあとこんだけ足りないっていう意識を捨てて、今十分自分は満たされていて足りてるんだっていうことで心をいっぱいにすると、それが溢れてきて、誰かに幸せを届けることができる状態になる。
セラピストとして立派に一人前にというかね、セラピストとして誰かに幸せを届けようと思ったら、自分でその変なコップの大きさを作るんじゃなくて、
ちゃんと今の自分が持ってる水の量、これをありがたいな、そういうふうにちゃんと自分が自分で自分を満たしてあげる作業をやっておく、それが必要なんだっていうことに改めて、今更って感じかもしれないけど、すっごく今日気づいたんですよね。
マルシェで得た確信と気づき
最近いろいろ思っていたんだけれども、今日マルシェに参加をしていろんな方とお話ししている中で、なんか急に自分の中にボンと降り落ちたんです。
そうか、じゃあ本当に胸張ってやっていいんだなって本当に思うことができました。おかげで今日たくさんブースに来ていただいて、皆さん本当に喜んで帰ってくださいました。
いろんなその人その人の気づきを持って帰っていただくことができました。答えは僕が出すわけじゃなくてクライアントさんが自分自身で出すものではあるんだけれども、その過程で僕自身もクライアントさんから自分の中の問いの答えを見つけ出すことができたような気がします。
ということで今日は自分のコップの水を満たすのは自分なんだよというお話をさせていただきました。ご視聴ありがとうございます。
09:46

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