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#32【 ポッドキャスト読書会】大切な人との「最期の時間」、あなたなら何を話しますか?
2026-07-22 36:38

#32【 ポッドキャスト読書会】大切な人との「最期の時間」、あなたなら何を話しますか?

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大切な人との「最期の時間」、あなたなら何を話しますか?

今回の「世界から見る日本」は、ポッドキャスト読書会企画・7月のテーマ「話すことについて考える」に参加した読書感想回です。

取り上げる一冊は、鈴木秀子さん著『死にゆく人にあなたができること』

死を目前にした大切な人と、どのような言葉を交わし、どのような時間を過ごせばよいのか――。

今回は、この本から学んだことに加え、私自身の経験をお話しします。


「もっと話しておけばよかった」
「本当は何を望んでいたのだろう」


そんな後悔を少しでも減らすために、家族だからこそできるコミュニケーションについて、一緒に考えてみませんか。

このエピソードが、今そばにいる大切な人との時間を見つめ直すきっかけになれば嬉しいです。


#ポッドキャスト読書会


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サマリー

今回の「世界から見る日本」では、鈴木秀子さんの著書『死にゆく人にあなたができること』を元に、大切な人との最期の時間におけるコミュニケーションについて考察します。ナビゲーターのゆきさんは、ご自身の母親の闘病経験を交えながら、死にゆく人との「仲良し時間」や、現実を受け入れる「聖なる諦め」の重要性を語ります。また、家族が死に直面した際に冷静さを保ち、故人の意思を尊重することの難しさと大切さについても触れ、リスナーに今を大切に生きること、そして大切な人との対話を促します。

はじめに:ポッドキャスト読書会とテーマ紹介
世界から見る日本へようこそ。
世界から見る日本は、海外の視点から日本社会を考えるポッドキャストです。
番組では、世界から見た日本はどう映るのか、他国はどうなのかといったことを比較しながら、
より良い日本へのヒントを探り、世界から見る日本といった視点をリスナーの方々と共有します。
海外在住歴30年以上、現在オランダに住み、日本とオランダをつなぐ事業開発サポートをしている私、
ゆきが文化、歴史、制度の違いを通して、日本の当たり前を外から見直す番組です。
はい、皆様お元気ですか?
私はお休みをいただいており、ちょっと前回の配信から間が空いてしまいました。
今回もポッドキャスト読書会に参加をしております。
こちらは、ポッドキャスト番組大丈夫でなくて大丈夫と、
ジュエリーボックスにメリケンサックという2番組をされているしおりさんが企画された
ポッドキャストで読書感想会を配信しようという企画です。
しおりさん、このような企画の立ち上げ、運営をしてくださり本当にありがとうございます。
こちらの企画、6月から毎月企画があり、今回7月は話すことについて考えるをテーマに
対話やコミュニケーションについての本ならば、ジャンルは何でも構いませんということ。
ということで、今回は話すことについて考える特殊ケースについて取り上げた本についてお話ししていきたいと思います。
書籍紹介:『死にゆく人にあなたができること』
今回私が改めて読んだ本は、死に行く人にあなたができること、精神科医シスターが送る心のメソッドです。
この精神科医っていうのは、聖書のせいに心という漢字を書いて、あとは会は会社の会ですね。
精神科医、なんかこう聞くと、死生館と宗教の本かしらと思うかと思います。
著者の鈴木秀子さんは、キリスト教徒でありカトリック教のシスターです。
東京大学人文科学研究科博士課程を修了された後、ハワイ大学スタンフォード大学で教鞭を取り、
現在は精神女子大学教授でありつつ、著書、教書なども含めると150冊以上も書かれている方なので、
もしかしたら鈴木秀子さんのお名前をどこかで聞いたことがある人もいるかもしれません。
この本、「死にゆく人にあなたができること」は、主に死にゆく人との限りある時間の中で、
どのようなコミュニケーションをとったらよいのかについて考える本です。
7月のテーマが話すことについて考えるということだったので、話すこと、コミュニケーションについて考えたところ、
世界から見る日本であれば異文化コミュニケーションについての本を取り上げようかなとも思ったのですが、
番組内でも異文化コミュニケーションについてはすでに何度か話しているので、
その他に私が個人的にとても大切に思っている死にゆく人とのコミュニケーションについて、今回は取り上げたいと思いました。
皆さんは身近な人の死を経験されたことはありますか?
ナビゲーターの個人的経験:母の闘病と死
突然お別れがやってくる場合もあれば、その人との別れに多少時間が与えられている場合があるかと思います。
そういう私も大切な母を今から16年前に水蔵がんで亡くしました。
水蔵がんというと、がんの中でも早期発見が難しい沈黙の臓器と言われています。
母の場合も水蔵がんが発覚したときはすでにステージ4と診断され、
余命5ヶ月と宣告されたのですが、幸いにも免疫治療などの効果があり、診断から2年後に亡くなりました。
これは水蔵がんのステージ4の平均寿命が6ヶ月から1年と考えると、本当によく頑張ってくれた2年でした。
当時私はすでにオランダに住んでいて、ちょうど6ヶ月の長寿を連れて日本に一時帰国していたときに、
母の目に黄色い感じの黄色い色が出て、おかしいなと思い、近所の内会に母を連れて行ったところ、
すぐに大学病院を紹介され、あれよあれよと言う間に水蔵がんと診断されたわけです。
当時は、ある大学病院で手術できますと医師に言われ、わらにも凄える気持ちとは、まさにこのことで言われるがまま手術をしたのですが、
お腹を開けてみると、実際がんは神経が集中していて、すごく難しい箇所にあって、
主要の一部を病理診断のために取ることができただけで、がん自体を取り除くことはできず、そのまま何もせずにお腹を閉めたという手術でした。
そして残念ながら病理診断の結果、やはり悪性腫瘍と診断され、予免5ヶ月と宣告されました。
母の場合は、その時5ヶ月という予免があったことで、私も家族も母とお別れする時間はある程度与えられていたということですね。
母が膵臓がんとわかる少し前に、私は一時専業主婦となることを決めたので、幼い長女とともに、幸いにも日本とオランダを行き来する日々が2年ほど続きました。
今は医療が進んで、体の痛みのコントロールなどができる時代になってきました。
しかし、死を目前とする人の孤独や不安といった心の痛みに関しては、我々はどのように対応したらよいかということは、なかなか学ぶ機会がありません。
医療の進歩により寿命が延び、高齢者が増えるのと同時に、死が身近になっていくことも事実です。
うちの母の場合も、この嫁5ヶ月をどう過ごしたらよいかということについては、本人も家族もいろいろ考えました。
今振り返れば、母は体に負担がある抗がん剤は大変、避けたいとの思いもあったと思います。
しかし、残される私の父や私の思いなどに配慮し、できるだけ抗がん剤を使って、同時に免疫療法も行いながら、がんと共に生きる希望というか、
そのようなものを本人は持ち続けてくれて、我々家族に希望を与えていてくれたのかもしれないと思います。
母は途中から、私や長女が日本に帰国する際は抗がん剤治療をお休みし、できるだけ体力がある形で私と長女と過ごしたいという気持ちがあったことから、
我々家族もその気持ちを尊重し、抗がん剤治療をその時はお休みしたりなどしていました。
実際、この本の中でも治療方針などについて、家族の間で意見が分かれたり、最悪の場合には仲違いが起きてしまうこともあり、
また、どうしても生きてほしいという家族の強い思いが死にゆく人を苦しめてしまう場合があると書かれています。
死にゆく人をサポートするのが大切なのに、死にゆく人自身は家族が争う姿を見たくない、これ以上悲しませたくないという思いから、
自分の本心を伝えられないまま、そして残される家族も死にゆく本人が本当に思っている言葉を聞けないまま、
安らかで自然な死を迎えられず一生を終えてしまう。
死にゆく人とのコミュニケーションの難しさ
残された家族も大切な家族を亡くし、ちゃんと話せなかった。
その人の死と向き合うことができなかったという大きな後悔を背負ったまま、
生き続けなければいけないことを避けるための本でもあります。
鈴木秀子さんも本の中でこう言っておられます。
では、どうすれば死にゆく人を安心させて、穏やかで幸せな最後を迎えさせてあげることができるのでしょうか。
残された人が大切な人を失った悲しみや後悔を癒して、これからの人生で前を向いていくには何が必要なのでしょうか。
これを学ぶことができるのがこの本です。
少し個人的な話に戻って申し訳ないのですが、母の投票中、私は母に聞いておきたいことがたくさんありました。
自分がちょうど母親になったばかりの頃でしたから、母として一人の女性として聞いておきたいことは山ほどありました。
母の人生は幸せなものだったのか、後悔はなかったのか、どのような思いで自分を育ててくれたのか。
母親としての私に期待すること、アドバイスがあるとしたらそれは何か、などなどあげたらきりがありません。
でも、そんな自分勝手な思いでいろいろ母に質問することは、彼女が残された時間が少ないことを私が認識していて、また彼女を死にゆく、消えてゆくものとしか見ていない。
つまり、あなたはもうすぐ死ぬのだから、今私はこれらのことを聞きたいんです。
それはすなわち、あなたの未来はもうないも同然と言っているように聞こえるのではないかといろいろ考えてしまい、過去のことを振り返り、あの時はこうだったねとか思い出を振り返ることもできませんでした。
この本は出版されたのが2020年です。割と最近ですね。
母が亡くなった2010年、水蔵がんが発覚した2008年。
あの頃はこのような本もなく、いろいろ探したのですが、どうしてもホスピスなどの看護ケアの介護するプロ側の心構えだとか、声がけみたいな本ばかりで、
家族として死にゆく者とのコミュニケーションをどうとったらいいのかっていう本は、私は日本語では見つけられませんでした。
逆にオランダでは、愛する死にゆく人への質問本、あなたと愛する人の最後の時間を共有するために、といった本があり、
死にゆく人との会話を促す質問集などをまとめた本があったのですが、これを開いてもこんな直接的に質問できないよ、と途方にくれたのを覚えています。
そこはやはり文化の違いがあるなーって感じましたね。
皆さんはどうですか?
書籍が示す死と向き合うための3つの大切なこと
大切な人を失った経験がある方、その方との限られた時間のコミュニケーションについて、もしシェアできる経験などがあれば、お便りやX、インスタグラムなどで教えていただきたいです。
鈴木秀子さんは、著書の中で、死に向け合う時に大切なことを3つ挙げています。
その一つ目は、大いなる存在を実感して、人は生かされているということを知ること。
2番目は、聖なる諦めによって執着を手放し、現実を受け入れること。
3番目は、死にゆく人との仲良し時間を大切にすること。
この一つ目の大いなる存在を実感して、人は生かされているということを知るということについては、
この大いなる存在が神であれ、何かしらの大きな力が働いているというような気持ちであったり、
そういうのは何でも良いと思います。
この一つ目に関しては、このエピソードでは深振りしませんが、
本の中では、鈴木秀子さん自身が経験した臨時体験がきっかけで、
あちら側の世界、仏教でいうと山津の川を渡ったところというか、
そこを体験した時の様子、その時鈴木さんが持った安心感とか幸福感などを語っているとともに、
他の臨時体験者のお話も例に出しながら、
大いなる存在を実感して、人は生かされているということを知ったと感じる経験について説明されています。
でも私にとって、この本を読んで響いたのは、むしろ2と3です。
「聖なる諦め」の実践と母の願い
まず2の、聖なる諦めによって執着を手放し、現実を受け入れること。
これがとても私には響きました。
というのも、先ほどお話したように、母が嫁5ヶ月と宣告された時は、
なかなかその現実を受け入れられず、愛する母に死んでほしくないという思いや執着が、
母が本当に望んでいることは何かを考える前に、できるだけ母に長生きをしてほしいといった思考になってしまい、
母に聞きたいことも聞けないなど、色々なことで自分自身をがんじがらめに縛り付けていました。
日本に3ヶ月滞在し、オランダに帰り、また3ヶ月オランダに滞在して、再び日本に戻る。
こんなような生活の中で、常に1歳未満の子どもを毎回飛行機に乗せ、
時差などでギャン泣きする彼女を眺めながら、子育ての不安も母と共有できない。
だって母はもっともっと厳しい戦いをしているのだからと、こういった寂しい思いなど色んな思いが交錯して、
自分の考えもぐっちゃぐちゃで整理をつけることができませんでした。
ではどうすれば大切な人の死を、聖なる諦めをもって諦め、受けることができるのでしょうかと、
鈴木さんは本の中で問いを投げかけています。
皆さん、この点どう思われますか?
本の中で鈴木さんはこのように語りかけています。
引用します。
最も大切なのは、中略。
死にゆく人が何を思い、何を願っているのかを明らかにして受け止めるということです。
残される人が自分の感情だけにとらわれず、大切な人の本当の思い、願いを知り、受け止めることができれば、
死にゆく人は残してゆく人たちへの心配や後悔などを手放して、幸せに包まれながら旅立つことができるのです。
それが死にゆく人たちの最後の願いです。
そして見送る人は死の本当の意味を知り、死にゆく大切な人から大きな愛にあふれたメッセージを受け取ることができるのです。
鈴木さんは諦めるとは明らめることだとおっしゃっています。
この明らめるとは明らかにする、明るいという漢字を使った明らめるということです。
明らめるには勇気と覚悟が必要とのこと。
これね、本当にそうだなぁって思うんです。
私の母の場合、彼女が何を思い、願っていたかというと、最後は我々家族と過ごした家で迎えたいという希望でした。
基本的には抗がん剤治療を受けるときに病院へ行き、その後は自宅療養だったのですが、
最後の半年は信頼していた医師がいた東京の病院に入院し、その後実家近くの神奈川の病院に定院をして、
その間、我々は自宅で最後を迎える準備を整え、
介護用ベッドや酸素吸入器などの練習をしたり、訪問・介護の手配をしたり、
その回あってか、母は無事自宅に帰ることができ、自宅に帰ってからちょうど10日がたって亡くなりました。
家族一同としては、「はぁ、間に合った!」という気持ちでいっぱいでした。
一つの文でお話しすると、スラスラといった感じなのですが、現実には色々あって、
でも今思うと、オランダにいて親の死に目に会えない方がたくさんいる中、
自分はこうして母の死に至る2年間、本当にそばにいることができた運というか、幸せというか、
めぐり合わせに感謝の気持ちでいっぱいです。
弟2人と父がいる5人家族なのですが、とにかく皆、母が家で最後を迎えられるように動き、
ちょうど家族全員が実家に泊まっていた夜に母は息を引き取りました。
それはまるで家族が揃うのを待っていたかのようでした。
そして鈴木さんがおっしゃっていた3番目、死にゆく人との仲良し時間を大切にすること。
「仲良し時間」の定義とナビゲーターの経験
この仲良し時間とはどういうことなのか。
鈴木さんは本の中でこう説明しています。
引用します。
ろうそくが溶けて短くなっていくと、最後の方では炎は徐々に小さくなっていきます。
そして炎が消えかかる寸前、急に炎は強く明るくなり、その後にふっと消えてしまいます。
同じように、死が近づいた患者さんが突然元気を取り戻し、まるで病気から回復したかのような状態になることがあります。
その時、死にゆく人たちはそれまでの人生でやり残したことや、言いたくても言えなかったことなどを周囲の人に伝えることがあるのですが、
これを医療に携わる一部の人たちの間で、仲良し時間と呼んでいるというのです。
そして鈴木さんはこう続けます。
仲良し時間を穏やかに過ごし、死にゆく人の本当の思いを聞き届き、幸せな旅立ちの準備を整えることは、
残された人から死にゆく人への愛情の時間です。
そして、仲良し時間を幸せに過ごすことができれば、それは将来、自分が亡くなる時のための大切な経験と知恵にもなります。
本の中では、鈴木さんがシスターとして立ち会った数々の最後の仲良し時間について具体的な例が出されています。
そして、同じクリスシャンとして信仰があった遠藤修作さんとその奥様について、
遠藤修作さんが亡くなれる時などについても書いてあり、とても興味深く読みました。
実際、私も母とこの仲良し時間がありました。
それは、母が実家近くの病院へ転院した頃、
父と私が交代で、その病院で母の横で寝泊まりしていました。
その頃は、親戚のお見舞いなどがあることもあって、母の妹、私のおばが来てくれることもあり、
特に私のおばがいる時は、母の信頼できる妹が来たこともあり、
私はちょっと実家に帰り、長女と時間を過ごし、また寝泊まりに病院に戻るという日々でした。
その頃、ちょうど私が病院を去り、おばと親戚の人たちがいる時、
母はおばに、「ゆきこは?ゆきこはどこ?」とすぐ私の気配がなくなったことに気づき、聞いたっていうのです。
おばはすぐに私の携帯に電話をして、まだ駐車場にいた私は、
もうこれが母との最後の別れかもしれないって思って、かけ戻って私が母のそばに行くと、
はあ、よかったって、ゆきちゃんがいれば安心と一言言ったのです。
それまでは、母の存在が私の安心になることがあっても、
私の存在が母の安心材料の一つになっているとは思わなかったので、
それまでオランダと日本を行き来していた日々が、もちろん自分自身のためでもあったのですが、
私が横にいることが、母の安心材料となっていることが、この一言でわかり、
嬉しいと思うと同時に、このまま安心して亡くなってしまうのでは?って思ったほどです。
その後、無事、母を自宅に帰らせることができた時、
自宅に帰ってきた当初は、母も口がきけていて、
うちの実家は今の隣に和室があるのですが、そこに母の介護用ベッドを置き、
父はその隣で寝るっていうことをしていたのですが、
昼間、その和室に母と私以外誰もいない時、
この10月の温かな日差しが縁側から差し込んでくる日に、
お母さんは、ゆきちゃんのことはもう何も心配していないから、
どこに出しても恥ずかしくない娘だと思っていると、
そして、私の長女を優しい子に育ててねと話してくれたのです。
それまで聞きたいこと、話したいことが山ほどあったのですが、
これを聞いて、もう私はこれで一生生きていけるくらいの十分な言葉を母からもらったって思いました。
そして、これ以上何も聞く必要はないって思いました。
今思い返しても涙が出てくるのですが、本当に不思議です。
その言葉をもらったあの日の和室、縁側からの日差し、母の匂いなどを今でも鮮明に覚えています。
そして母は、私だけではなく弟2人とも父ともそれぞれ別の時間にこの仲良し時間があったのです。
そしてこの本を読んで、それは母だけにある特別なことではなくて、死にゆく人との仲良し時間だったんだって気づきました。
そしてこのような仲良し時間を死にゆく人と分かち合うためには、家族とともに向き合う死へのプロセスがあることも、著者の鈴木さんは説明されています。
死にゆくプロセスと家族の向き合い方
それは次のような段階と流れがあります。
ここでは親を例えにお話しされています。
第1段階、まだ親が健康で元気なうちから、その時のことについて家族全員でしっかり話し合う。
第2段階、親が発病したら、まず初期では皆で病人を見守りながら医療的な治療に専念してもらい、家族が互いに希望を持って過ごす。
第3段階、病状が進行し、いよいよ余命宣告を受けた時は、親の死を受け入れる心の準備を進める。
第4段階、死の間際には仲良し時間を共に過ごし、家族全員が幸せに最後の時を迎える。
これは、お話しするとすごくロジカルで、別に普通のことを言っているようなのですが、
愛する人が病気になり、死にゆく人になった時は、これを実践するのはとても難しいことです。
だからこそ、この段階を踏んでいくというプロセスが大切だと思います。
うちの母の場合は、第1段階をすっ飛ばして、第2段階の発病と第3段階の余命宣告が隣り合わせてやってきたので、なかなか現実に心がついていかず、大変でした。
この第1段階である健康で元気なうちからその時について話すは本当に大切で、
いざ第2、第3段階に入ると、私のように母にあなたが亡くなるから、だから今聞いているのよっていうのを感じてしまい、
母の生きる希望も私がいろいろ質問して聞くことによって奪っているような感覚になってしまいます。
だからこそ、元気なうちに皆さん話してください。
それは治療方針だとか、延命治療だとか、葬儀についてなどとか、そういった実務的なことももちろんなんですが、
いろいろな思い出や聞きたいことがある人はどんどん聞いておいたほうが良いと思います。
私は残された父とそのような話をよくしています。
父も私も母の経験があるので、お互い事前に話し合う重要性を認識している間柄です。
しかしどんなに事前に話していても予定通りに進まないこともあります。
本の中では末期間の患者さんが緩和ケアを受けていたホスピスから外泊許可を得て週末自宅で家族で過ごしていたところ、
急に様態が悪くなり心拍停止となってしまった例が挙げられています。
本人もご家族も延命治療は望まないことで考えは一致していたのにもかかわらず、急に自宅で心拍停止という緊急事態が発生し、
一緒にいた家族はびっくりしてホスピスの主治医に連絡せず急いで救急車を手配。
現場に駆けつけた救急隊員からは、蘇生死途中は行うかどうしますかという確認があったところ、
その家族は助かる可能性があるならお願いしますと告げられたんですね。
救急隊員は救命という任務を果たすべく人工呼吸や心臓マッサージを行い、そのまま救急病院に搬送。
救急病院の医師は当然ながら今ある命を救うため最大限を尽くし、家族としては緊急事態という現実の中で全て医師に任せたため、
患者さんには人工呼吸器などがつけられ、望まないはずの延命治療が施されてしまった。
こんなケースも書かれています。
事前に話し合いがあっても、いざ予想とは違う緊急事態が起きたり、愛する人が苦しんでいる様子を見ると、
自分自身の感情も動揺してしまうことから、死にゆくご本人の意思が尊重されなくなってしまう場合があります。
だからこそ、家族と病気になったご本人との共通認識を常に確認し続ける姿勢が大切だなあって思います。
結びの言葉と番組からのお知らせ
そして最後は、この本にあった著者鈴木秀子さんの言葉を引用して終わりたいと思います。
死にゆく人の最後を幸せに見送ることは、残された人のその後の人生を実り多い豊かなものとして光り輝かせてくれます。
人生においては、無意味なもの、無駄なものは何一つないのです。
世界から見る日本の今回のエピソードはいかがだったでしょうか。
今回はこのエピソードの収録時間をオランダで撮ることができず、今一時帰国をしている日本にて普段の機材なしでのスマホ収録でした。
なのでいつもと比べるとお聞き苦しかったかと思います。
ごめんなさい。日本を出発する前は本当に忙しくて、長女と次女の卒業式やら、仕事やらで。
そして日本に帰省すれば朝から晩まで家族と一緒なので、なかなかポッドキャストを聞くのも普段と比べるとそのペースが落ちていますが、
今はこの家族の時間を楽しみたいなって思っています。
オランダに帰ったら、またいろいろ7月の振り返りなどもしていきたいなと考えています。
番組ではリスナーの皆様からのお便り、質問なども概要欄にあるお便りフォームからお待ちしております。
いただいたお便りは大切に、必ず番組で紹介させていただきます。
番組が気に入っていただけた方は、ぜひ番組のフォローおよびSNSでハッシュタグ世界から見る日本にて感想や投稿をしていただけたら、これまた必ず返信いたします。
お相手は海外在住歴30年以上、現在オランダに住んでいるユキでした。
それではまた木曜日にお待ちしております。
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