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13杯目 人生は諦めてからが結構楽しいょ
2026-02-28 38:10

13杯目 人生は諦めてからが結構楽しいょ

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今回のお話。決して "諦める" ということをおすすめしたかったわけではないです。

ただ、もし何かに挫折し、人生に絶望してしまいそうなとき、

描いた理想を一旦潔く諦めてみるのもありかもしれない、そう思います。

人生は思ったよりも長いけれど、思ったよりも儚いので。

できるだけ楽しく生きていきたいですね。

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番組テーマ

Amenohi RECORDS. | Irony

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00:00
どうも、スギ花粉にやられているリョウトです。 鼻声でお送りします。
今週もお疲れ様でした、土曜のサカナです。 さてこの番組なんですけどね
Spotifyがリスナー層っていうのを出してくれるんですけれども、大半がですね、
6と同世代か、それよりも年上の方が聞いていただいておりまして
10代から20代っていうね、年下層はね、なんと驚異の5.6%の方が聞いていただいているということで
貴重な貴重な年下リスナーさんなんですね。ありがとうございます。
こんなね、こんなやつをどう思っているのかっていうちょっと心配なんですけれども
それでもですね、僕も32年生きてきまして、結構いろいろあってですね
20代の時は割とボロボロだったなと自分では思っているんですけども
32になった今ですね、そういう経験を経て、どういうふうに人生をね、やっていこうかっていう
20代の時にもがき苦しんで到達した考え方というか、かっこいいふうに言ってますけど
結果こうなったっていうところをですね、話してみて
ちょっと、そうですね、今から社会に出る方、学生さんとか聞いてるのかわかんないんだけどね
という方とか、社会に出て、ちょっとしんどいなぁとか思ったようにいかないなぁっていう方にですね
大丈夫だよっていうふうなことを偉そうに語っていこうかなと思うんですけど
もともと僕は田舎の生まれでね、大体みんなもう18ぐらいになったら就職する子もいるし
専門行ったり、大学行ったりっていうので都会に出て、そっから都会で就職するっていう子がいたり
また地元に戻ったりっていうね、そんな感じなんですけど、僕は地元があんま向いてなかったんで
早々にですね、この町で一生暮らすのは嫌だっていうのは都会志向が強い人間で
大学に行きたいなぁと思っておりました。それがもう小学校ぐらいから
兄が5つ上なんで、結構ませてたっていうかさ、大学っていう存在を結構早めに知るわけですね
03:08
大学っていうものに行ってみたい、なんか大学は自由そうだな、そして都会だなっていう
思って地元の高校を出たんですけども、田舎から出て大学に行ったんですね。
なんですけど、まぁ田舎時代にですね、もうすでに拗ねてたっていうか
なんか田舎は田舎で自分らしくやればよかったんですけど、自分は高校までは
自分を変えようとか自分らしく行こうっていう思いがあんまりなくて、クラスメイトもほとんどね
変わらないような感じなんで、田舎なんでね、突然こう環境が変わったりってことはあんまりなくて
だからずるずるずるずる、小学校の時はね、元気だった記憶はあるんですけどね
中学校、高校っていうのは結構暗かったですね。部活してたりとか、生徒会入ったりとかっていう謎の自分を変えようと思ったんでしょうね。
そういうことをやったりもしましたけど、でもなんか
楽しくないっていうのがまず最初にあって、なんか地元のせいに全部してたんですね。地元が悪いんだと、この田舎で
自分を変えるチャンスもなくっていうままね、18になって、よっしゃ大学行けるっていうのでね
大学で自分を変えようというつもりで、まあ大学デビューってやつですかね。大学1回戦の時は
そんなに変えるチャンスがなくてですね、入った
一応部活、文化系の部活に入ったんですけども、同じようなこう
自分でずっといたんで、なんかもやもやもやもやしてて、大学1回の時に途中で大学の通りを歩いてたら
フリーペーパーっていうね、今結構ジンが流行ってますけど、無料のね、雑誌、雑誌みたいなものを
学生が作ってて、当時ね
学生フリーペーパーっていうのが結構熱くて、そういう学生フリーペーパーを集めた大会みたいなのがあったくらい
本当にね、今ジンフェスっていうのがあるんですけど、ジンフェスみたいな感じ、こんな感じで大学周りで結構フリーペーパーを作っている
団体だったり部活だったりサークルっていうのがあって、それを我が大学でも作ってたのを見てですね
フリーペーパー作ってるので、結構クリエイティブな人たちがいたりとか、あとフリーなんでお金を集めてこないといけないんですよね
そうするとね、営業部隊がいたりして、そういう活発でアクティブで、クリエイティブで
06:04
今まで出会ったことのないような人種っていうか、なんていうんだろう、体育会系の生き生き感でもなく
文化系のおとなしい感じでもなくみたいな、ここを行ったら結構自分このポジションなんじゃないかなと思って
メンバー募集に連絡をするというところからですね、私の大学デビューは始まりまして
当時の自分とはですね、かなり違う世界というか違う人たちで、クリエイティブっていうものにずっとちっちゃい頃から興味あって
なんかちょこまか作ったりとかね、してて、広告とかに興味あったんですけど、フリーペーパーというものに出会ったことによってですね、自分のクリエイティブな
関心がさらにですね、強くなりまして、よくは普通の大学、いわゆる総合大学で全然美術系とかアート系とかじゃない学部に行ってたんですけども
そこからそっちに転換していって興味がどんどんそっちに行くんですね 学校で別にそういったものを学んでるわけじゃないんだけど
独学でイラレだったりとかフォトショーだったりとかっていうのを触って覚えていき、フリーペーパーを作っていく中でデザインとか
レイアウトとかそういうものをですね、どんどんのめり込んでいく感じですね
ポッドキャストと一緒で最初のエンジンがすごいんでどっぷり行ったらどっぷりなんですよね
だからどんどんどんどんその道に行きます。もう大学とか2回生単位落としまくってましたね
なんとなく3回生ぐらいになった時にそっちの道に行きたいなっていうのが頭にあって、いわゆるグラフィックデザイナーとか
雑誌を作ったりとかですね、エディトリアルデザイナーと言われる人たち
こういう職業を目指すようになります。もうすごいことになってるんでこの時点でその自分の中のエンジン
もうボンボンね、かせまくってるところなんで、今の自分の大学で独学でやってるだけ
っていうのだったら就職は無理だと拾ってもらえないっていうのは思ってたので
自分のこの美術とか学ばずにデザイナーになるためにはどうしたらいいんだろうっていうのを
自分の大学卒業して実際にデザイナーやってる方っていないのかなっていうのをですね調べて
見つけて、当時はフェイスブックですよ
フェイスブックでメッセージを送って、インターンさせてくださいって言ってその人の元で修行したりとか
あとアルバイトでデザイン事務所に応募して
もうことごとく落ちていったんですけど一つですね、もう広がってくれるところがあってそこで働いたりとか
09:07
そんな感じで経験を積んでですね、もう実践を積んでいくことでその道を切り開いていこうというですね
すごいたくましさですね。今思えば雑誌だったり広告だったりっていうのを作っていく
そうやっていこうっていう、もうとにかくその
それになるっていう目的でずっとやってましたね大学時代は
たまたまおく大学のゼミが、アート系のゼミがね1個だけあってたまたまそこのゼミに入ることができたんですよね
だからこのねゼミの先生もねすごい応援してくれたりして大丈夫どこでもやっていけるよみたいなこと言われたんだけど
先生ってね、その人も出来事が起こるんだけど、そうやって後押しをしてくれてなかなかね就職決まらなかったんですけど
なんとかね、一社東京のデザイン事務所からお話をいただくんですね、ほんとギリギリだったけど
就活も始まったタイミングでね、1回だけ大学の就活セミナーに行ったんだけど
その時はね自分はもうねその道に行くってもう決めてたから、いわゆる一般企業だったり
公務員だったりっていうところに目指す気持ちがもうさらさらなくて、もうちょっと冷静になれよって今では思うんだけど
スーツを着てみんなと一緒に豪雪行ったりとか、イエス送ったりとかっていう
自分は全然そこに行こうっていう気が全くなかったんですよね
親も特に何も言わなかった、なんかもう怖かったんだと思う、暴走してるから一人で
みんながイエス作ってる間にポートフォーリオっていうね、デザイナーとかが就職の時に使う作品集みたいなのをね
作るんですけど、それを一生懸命作ってたわ、みんながイエス頑張って書いて豪雪行ってる間に
何よりも田舎でくすぶってた自分が大学で夢を叶えてクリエイティブな道に行くとは思ってなかったから
クリエイティブっていうものを特別に思ってたところはあった、自分の中で
人と違うみたいなね、美大とか芸大とか言ってたらそれは当たり前なのかもしれないんですけど
僕が行ってた大学でそういう道に行く人っていうのはまあいなくてあんまりね、営業やったりとか管理部門で働いたりとか
まあそういう仕事が多いじゃないですか、だから
物を作っていくっていうね、実際物を作っていく人になるっていう職業への特別な思いみたいなのは持ってたから
12:03
誇らしかったんだとは思うんですよね
なんだけど、こっからです。すぐ辞めます。すぐ辞めました、その事務所。
お金が安いとか、あと残業代出ないとか、もう本当に深夜0時ぐらいまで働いてましたけども
そういうのはね、もう覚悟の上だったですよ、そうだよっていうのはいっぱい話聞いてきたし
まあ会社に入った時点でそれはわかってたから、それはね、まあしんどかったけど若さもあったからね、できたんだけど
人があんまり会わなかったんですね。すごいちっちゃいデザイン事務所だったんで
人が会わないってなるとね、もうね、救いがないんですよね。
僕も若かったから、人間関係を修正するというか、どうやっていいのかわかんないっていうところがあって
丁寧にそんな仕事のことを教えてくれるような状況でもないからさ、新卒なんだけど
もう促進を求めてるので向こうも、とにかく仕事をどんどんどんどん与えられるんだけどっていう感じ
向こうも受け入れ体制ができてない状況で、こっちもあんまりよくわかってないっていうので、もう相互ね、結構しんどかったと思うんです
それで、やめます。とにかくやめます。というか、親がもう戻ってこいって言いました
そんなね、過酷な環境の中にいて、もう体がおかしくなるから戻ってきなさいって言われて、東京を後にします
そこでね、僕が思ったことは、はい終わったっていうね、人生積んだって思った
もう新卒ブランドを捨てたし、デザイナーとしてももう本当に全然1年も働いてないぐらいの中で
私はこの先、再就職絶対無理って思いましたね
だってもう1回デザイナーになろうと思っても、そんなすぐ辞めたやつまた辞めるだろうでしょ?絶対
だし経験もないしね、もうゼロじゃなくてもうマイナスになっちゃってて
他の企業に行くってなっても、第二新卒とか今ではあるけど
新卒で勤めた会社で何年か頑張って転職みたいな流れだから
この時点でもう超終わった、終わったっていう感じで実家に戻ってきて、もう寝込みますわ。寝込みです
そっから結構暗黒始まるんだけどね、あんまり記憶がないんだけどね
ちょっともうしばらく、何してたかな?
ちょっとはね、関西のデザイン事務所とか受けてたと思う、でもダメで
いろいろ考えたんですよ、この先どうしていくかって。でも結構もうこの時点で諦めてるんだけど人生
15:01
だいぶ早いよね、22、3ぐらいなんだけどね、無理かもと思ったんだけど
その時点でね、もうじゃあクリエイティブの道をもう一回目指すか、それとも全然違うとこかって考えた時に
僕はクリエイティブの道を諦めることにしました。皆さんだったらどうします?
僕はね、もうそこで諦めた。なぜならその東京の事務所で散々言われてたのが
お前は美大も出てない、芸術も学んでない、だから基本的なものがなってないっていうのは散々言われてきて
今思ったら八つ当たりみたいなのされてただけだとは思うんだけど、そういうふうなことずっと言われてたから
もう当時の自分としては、そんなやつがどこでも無理だわって。もう一回美大とか専門学校行ってやり直すんだったら分かるけど
この状態でもう一回就職は無理だわって思ったから、もうこの道諦めないとっていうのもあったし
あとそこで接してきた人たちしか僕はね、その業界の人たちって
インターン先の方だったり、大学時代にアルバイトしてた方たちもいるんだけど
やっぱ東京のその人たちっていうのが、僕の理想の仕事をやってる人たちだったんですよね。
だから、その人たちイコール自分が憧れてる世界っていうのだったから
人間がね、ちょっとね、合わなかったから
こういう人たちがいる世界でもう一回やるの無理だわっていうのもあったし
だからもう諦めたんです、夢は早々に。早かったわ、早かったです。
ここでね、僕はどうしていくかっていうと
公務員をね、もともと死亡してたんです急に
田舎にいた時とか大学の最初の頃は
親にずっと言われてたのは、あなたは民間じゃなくて絶対公の仕事の方がいいよって
ちゃんとこう地道に努力して頑張ってたら評価されるところだから
競争とか無理よっていうようなことをずっと叩き込まれてたんですね
そういう性格だったし、行政とか法律とかね
公務員を仕事にできるっていうことへの興味もあったんだけど
すっかりそれがね、大学入ってから違うところに行っちゃったんだけど
改めて思うとですね、自分に適してる仕事ではあったし
行政の仕事をやってみたいっていう思いもあったので
突然なんですけど公務員を目指すことになります。
なんだけど、そこら辺の時期にね、私は母親を亡くすんですね
もう怒涛じゃない?マジで
もともとずっと母親は糖尿をしてて
僕が幼稚園ぐらいの時からね、がんを患ってずっと糖尿して
18:03
定員を送り返してきて、なんとか生きながられてたんだけど
そこに来て、もう治療ができないというところまで行って
母親を亡くすんですね
もう、なんでこんな重なるんだろうって思うわ
23の時だな
辛いとかなんか、あんまり覚えてないんだよね、その時の辛さは
すごいよく母親が好きだったし
本当友達みたいな感じだったんですよね
当時はいろんな人の連絡先を立ってたんですね
リセット症候群も発動してますけど
数少ない本当に信頼できる友達だけとはつながってて
あとはもうほとんど高校だったり大学の友達は連絡を立ってたんで
母親ぐらいだったんですね、ちゃんと話せる相手が
たわもない話したりとか、母親はもう本当に
その時に結構しんどい状況にあったんで
自宅にずっといて
私も暇なんで勉強はしてますけど
自宅にいるのでご飯作ったりとかして
喋る時間もすごい長かったし
テレビ見てずっと喋ったりとかね、どうでもいいことね
本当たぶん支えだったんでしょうね、自分の
いろいろなものを失わ
もう本当に自分の希望が絶望に変わっていくんですよね
もちろん友達も温かい言葉かけてくれたりとかしてたし
父もいます、兄もいますんで私、家族はね
みんなでっていうところではあったんだけど
何なんだろうこの人生と思ったな、その時に
うまいこといかない、自分のせいでもあるんだけど
なんか重なるものがあまりにも大きすぎて
この人生はマジでどうなっていくんだろうと思ったし
もういろんなことを諦めてますね、その時点で
夢も諦めて、家族も失い
友達もほとんどいなくなったでしょ
周りの友達は一生懸命働いてて
自分は働いてなくて、そういう劣等感もあったし
いろいろな思いをずっと抱えてた、23くらい
一番しんどかったですね、人生の中で
でも自分は公務員を目指していて、公務員になったら
きっと大丈夫っていう、それが支えだったかもしれない
唯一自分に残された、何とか無事に公務員になれたならば
21:00
多分一生その仕事をやっていくだろうし
収入も安定して、自分はコツコツやっていけるから
きっと向いてるだろうし、大丈夫みたいな
希望はまだ残ってたかなと思います
ただまぁ、そのよくわからん職歴がね
どう響いていくんだろうみたいな不安はありましたけども
とにかく目の前の筆記試験に向けて勉強し
何とかですね、第一規模、第二規模じゃないんですけれども
とあるところに無事に就職することができます
嬉しかったですね
やっと第二の人生が始まるっていう感じかな
母親もすごく心配してたので、私の就職はね
母親も安心するだろうというところで
ようやく公務員行くんですけれどもね
行くんですけどもね
皆さんも色々気づきの通りですね、辞めますよね公務員その後
あれ!?
最初にね、奥が配属されたところっていうのはですね
窓口業務なんですね
だからとんでもない方とかいっぱい来ましたね
すごく怒ってらっしゃる方とか
なんかすごく怒鳴られたりとかですね
投げつけられたりとか色々ありましたけども
それがきっかけじゃないんですよ、辞めるのは
その窓口業務やってた時はね
意外と自分、接客というかね
そういうのできるんだなって思ったぐらい
向いてるかもって思いました
職場のね、人間関係がすごく良くて
ちゃんと評価してくれてたし自分のこと
そういう色々理不尽なことあっても
みんなフォローしてくれたりとか
割と年齢も近い人たちが集まってたりしたので
仕事をする上ではね、全然その窓口業務っていうのは
やっていけるかもっていうところだったですね
まあしんどかったらしんどかったですけどね
なんですけど市役所っていうのはですね
ものすごく移動が多いんですよ
ぐるぐるぐるぐるさせられるんですね
窓口やったーと思ったら
もう全然違うとこ行かされたりっていうのがザラで
ほんと転職並みの移動って呼ばれてるんですね
それも自分の希望通りに行けるとは限らずに
予期せぬところに行かされたりっていうのはあるんですよ
だいたいそれが3年ぐらいで来るんだけど
3年そこの窓口業務やって
そろそろ移動来るなって思ったんだけど
やっぱデザインの仕事やってたとかっていうのもあって
広報の部署とかを希望してたんですけども
あれは誰が決めてるんでしょうねあの移動は
まあ人事なんですけど
全然違うとこ行かされたんですね
でそこが向いてないだろうって思って自分に
24:02
なんかどう見ても違う
適材適所絶対違うって思ったんだけど
よりにもよってなんでそこに配属されるんだろうっていうのがあって
これなんかすごく適当に決めてません?
もうなんかあの人事への
いやもう我慢しろよですよ
やるんだったらどこ行ってもやれよちゃんとなんだけど
絶対向いてないと思いますよって思いながらも
なんかこれさ適当に決めてないみたいな
あまりをこうこいつ余ったからここだみたいな
やってないっていうのがもうどんどんどんどんこう募っちゃってね
実際やってみたら違うかもって思ったんだけど
やってみてもやっぱ向いてないのよそこ
窓口やってるほうが全然向いてたんだよね
でちょっとやみます
ちょっとやみましてやめることになりました
多くは語らないんですけどもいろいろあって
せっかくなった公務員なんだけど
ここの組織公務員というとこの独特な組織だったり
この移動の文化でコツコツやってたら
確かに強化されたし
自分に向いてる仕事もあったんだけど
明らかにこの組織風土に馴染めずですね
やめます
その時にまた重なるんだよねいろいろ
恋愛の話全然出てこなかったですよね
出てこなかったですよね
っていうのも20代前半の時って
ボロボロで恋愛してる場合じゃない
公務員も目指してたし
なんだけど公務員になった
これでもう大丈夫仕事は安定
残業もすごい多かったんですよ
公務員って皆さん5時に帰るイメージかもしれないんですけど
それこそ11時とかまでやってたんですけど
0時になったりとかねとある日はあったりとか
だけど土日はさすがに休めるし
早く帰れる時は帰れるから
ワークライフバランス的には
全職がちょっとひどすぎたっていうのもあるんだけど
一般的なサイクルで働いてたので
恋愛をする余裕が生まれまして
その時にいろいろ恋愛はしました
付き合ったりとかもしました
ただですね
話せば長くなるんですけども
僕はゲイなので付き合う相手は男性なんですけども
たまたま付き合った人がですね
バイセクシャルというですね
男性も女性も恋愛対象になるよっていう方がいたんだけど
その人にですね
結婚をしたいので
結婚したくなったので
27:01
別れてほしいですという風なことを言われたりとかですね
女性と結婚したかったみたいですね
別れてほしいですって言われたんだけど
でもこの関係性は続けていきたいですって
ちょっと意味わからんこと言われてですね
は?
ちょうど東京オリンピックが開催されてた時ですね
僕は結婚するんだけど
君とのお付き合いみたいなのは継続してみたいな
は?
は?
お前都合良すぎだろっていうのがあったり
お前自分高く見積もりすぎだろっていうのもあったり
次に付き合った人とはですね
コロナ禍だったんですけども
愛情表現が全くないということで
僕のことはですね
名前では呼ばずですね
先生って呼ばれました
議員かなんかと勘違いしてたのか分かんないんですけど
先生って呼んでましたし
全く向こうから連絡が来ずにですね
こっちからずっと連絡してばっかりで
本当にこれは付き合ってるのか付き合ってないのか
よく分かんないっていうところがあったりとかですね
そういうことで
散々な感じ
だから恋愛もむちゃくちゃで
まずは公務員無理でしょ
だからもう人生積んだじゃん
もう早速また
また人生積んだじゃないですか
やっと職歴はできた
ちゃんとした
ようやく
なんだけど
じゃあここからどうする?
どうすっけ?っていうのだし
恋愛に関しても
もうこの先自分無理だなと思ったんだよ
恋愛するの
ちょっと相手も悪かったんだけど
僕のこのリカバリー能力もないし
あと相手を見る目がなかったりとか
あと自分の恋愛体質っていうのも
ちょっと問題があったり多分するんだわ
だからパートナーっていうのもできないなと
いうので
28、9ぐらいの時かな
積みましたねまた
終わった後の30を前にしてね
夢を諦めて
安定を諦めて
恋愛諦め
いろいろこう諦めてきて
今に至るんですけども
もうなんだろ
諦めるしかなかったんですけど
こっから先さらにっていうのはもう
あまりにもしんどいからさ
やめようと思ったんだけど
そういう思いになったらね
肩の力が抜けて
自分は向いてないとか
無理かもしれないって思ってることやってみて
ダメだったらもう結局ダメだから
もういいんじゃないかなと思ったんですよね
いろいろこう期待して
自分に期待をかけてやってきたけど
結局ダメだったから
次なんかやってダメだったとしても
早めにダメかってなるし
30:00
いいんじゃないかなと思って
何やっても
どんな失敗だったとしても
っていうところに行き着きました
だからずっと民間企業で働くの怖かったんですけど
民間企業で働いてみようかなっていう気にもなったし
そこでダメだったらもう
その時考えようぐらいな感じで
1回飛び込んでみようと思って
業界とか業種も
今まで自分が経験してないところに行ってみて
向いてたら向いてただし
っていう思いでやってみようとかいう気持ちになれました
恋愛に関してはちょっと未だに
あれなんですけどね
今まではすごい理想を追求して生きてきたんだけど
その理想って
これは前の陽介くんと話した時に
言ってたことなんだけど
自分にとって特別だと思う仕事だったりとか
向いてるとか評価されるとか
そういう何者かになりたいってずっと思って生きてきたんだけど
そうじゃなくて
結局自分が一番心地のいい日々を過ごせるか
ひいては一番生きやすい生き方っていうのを
結果的に何か求めることができたような気がします
母親を亡くして家族との関係が悪化してたんですけれども
それがちょうど僕が公務員を辞めようかなと思ってたぐらいの時だったんで
結構またまたかいっていうのはあったんだけど
ちょっとその時点で実家を出てみて
家族との距離を置いてね
そうしたら今では良好な関係が再構築できたっていうのもあって
家族とは良好になれたし
この10年ぐらいの間にずっと支えになってくれた友人
信頼できる数少ない友人が今ではいて
結果ね公務員から転職して民間の企業に入りましたけれども
そこでは自分のこんなもうダメダメだと思ってた経歴だったり経験を買ってくれて
それを活かした仕事をさせてもらえる環境がある
そしてその絶望期に始めたポッドキャストですよ
このポッドキャストやってみて
ポッドキャストという自分にとっての新しい場所ができたわけなんですよ
もうこれ全部諦めた後に残った
残せた貴重なものでね
なんかこれって諦めた結果じゃなくて
そこに至るまでにずっと自分が10年間20年間30年間
少しずつ紡いできた人間関係だったりとか
自分の努力とか学びがもたらした産物なのかなっていう風に
今では思うことができました
だからね動く長い話をさせてもらって皆さん
33:02
今日は魚になるなっていう日なんだけどね
この自分の20代を経て
ここまでボロクソな人生はなかなかないかもしれないんですけども
ちょっとこう仕事を辞めちゃったりとかさ
夢を破れたりとかさ
家族でうまくいかなかったり恋愛でうまくいかなかったり
友人、人間関係でうまくいかなかったりっていうことはあると思うんですけども
そこで一旦描いていた理想を諦めてみて
ちょっといろいろやってみようと一回新しいこと
それダメだったらダメだしっていう風にちょっと肩の力を抜いてみることとかさ
自分がね今までいや向いてない怖いって思った世界に飛び込んでみるとか
そういう人と接してみるとかってすると
意外と向いてる意外と心地いいってこともあるかもしれない
いうことを伝えたいです
理想の人生とかこういう風に歩みたいってことは一旦諦めてみて
そっからなんかまた新しい目標とか夢とかができたならばいいかなって思いました
そしたらすごく楽になってですね
今32、諦めてから3年ぐらい経ちましたけど
でも徐々にいや徐々にでもなく今この人生楽しいなと思います
いろいろ失ったけれども失った先に得るものはあったんだなっていう風に思います
だからさ5.6%のさティーンとさ20代のみんなさ
いろいろあると思うんだけどこの先
まあまあその時は一回立ち止まってみて
また別の方法だったりまた別の道で生きていくのもありかなと思っていて
とりあえず生きてみようと
とりあえず生きてみようって思いになったら
なんか何でもできるかもしれない
これやってダメだったらどうしようじゃなくて
ダメだったらダメだなって思えるから
そんな思いでみんな過ごしてみてほしいなって思います
はいということで今日は長々と
すいませんこんな喋るつもりなかったんだけど
すごい長尺になってしまいましたんで
皆さん本当に土曜だけじゃなくて
今週1週間のサカナに聴いていただければと思います
というかもう聴いてるのかこの時点では
ありがとうございました聴いていただいて私の20代の人生でしたけども
でもさっく自分の人生ボロクソだなと思うけど
36:02
こんなどころじゃない人生を歩んでる人はいっぱいいると思うんです世の中にね
ましてや先輩方が聴いてくださってるわけなので
もっともっといろいろ大変な思いしてる方も多いと思うんだけど
だから僕が生意気になんか言っちゃいましたけれども
まだまだだぞっていう風にね
なんか言われてるような気もするんだけど
今の僕の目標はですね
なんかこういう風になっていきたい
こういう自分になりたいみたいなのはあんまなくて
なんかとりあえず波風立たずに
ストレスなくふーって生きていって
その中でちょっとヨシケくんと語ったところに重なるんですけれども
まあでもそれでもちょっと抗ってる部分はあるから
ポッドキャストでねまたイベントに出させてもらったりとかもするし
リスナーさんもいてこの場所は大切にしたいなと思うし
ここでなんかまたやりたいことがあったらやりたいなーなんて
そういう目標はあったりしますね
恋愛に関してなんですけども
ちょっとお休みでこちらに関してはさせていただこうかな
恋愛するとこの波風立たせずにっていうのがね
ちょっと怖いんですねまだ立ちそうで
だからそこはちょっと休めるところはあるんで
休んでいきたいなと思います
長々と聞いていただきありがとうございました
ちょっと花粉で鼻声だったり
ちょっと今もう喋りすぎて喉ガラガラになってきたんですけれども
また次回
次回ねゲスト回になりますので
最後の4人目の準レギュラーが登場しますのでお楽しみに
それではまた来週お会いしましょう
さよならバイバイ
バイバイ
38:10

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