みんなの声を届けよう!樋口塾。 音声コンテンツをもっと身近な存在に、ポッドキャストラボ福岡。
シュウの放すラジオは、誰でもポッドキャストを始められたらいい、という思いのもとに集まった樋口塾。
そして、RKB毎日放送と日本一のポッドキャスター樋口清則によるプロジェクト、ポッドキャストラボ福岡の一員として配信しています。
シュウの放すラジオ特別編
シュウの放すラジオで、あいだの生き方ラジオの話をしたことがないかもしれないですね。
いっしーさんは、今どんな人ですか?
今はランニング終えて、シャワーも浴びて、気持ちがいい人ですね。
いいですね。
この今の状況の緩さと相まって、まさに今そんな人ですよね。
シュウさんは?
僕もそうですね。
今日は、ビリケンさんを見に行ったはずが、ちょっと違う、ちっちゃいビリケンさんを見に行って、
意外と早く帰ってきて、近所の温泉に、暑すぎる温泉に行かせてもらったりして、
すっきりしているところに、今人生で初めてのテキーラを飲ませてもらおうと思っています。
このファイル。
ファーストリアクションが楽しみな人です。
飲みます。
僕も味はあまり分からないですけど、ウイスキーをチビチビ飲むのとそんなに変わらない感覚ですね。
そんな感じだと思います。
でもやっぱり吸ってきますね。
まあまあ吸ってますけどね。
でもめちゃくちゃおいしい気がしますね。
これはいいやつなんで多分。
僕も他のあんまり飲んでいないけど、これ飲んだ時にうまいな。
そうか、生まれて初めて飲むテキーラをこれにしちゃったらまずかったかな。
他のが飲めなくなってしまうかもしれない。
完全に酒飲んで、目の前にポテチ置いて。
そうですね。
ここのこととかはあまり言わんほうがいいんですか?
名前は出さないほうがいいですもんね。
なるほど。
せっかくニッシーさんの昨日の話とかもめちゃめちゃ面白かったんで、ゆるいわとはいえ、なんとなくニッシーさんに僕は興味がありすぎて、
ざっくり話せる範囲でニッシーさんの話を聞けたら、聞きながら楽しく喋れたら嬉しいなみたいな感覚なんですけど、
間の言い方らしいこと言ってるから別にあわいの話は言っていいんですかね?
もちろんもちろん。
簡単に軽く自己紹介をしておくと、
今大阪に住んでいて、
任意団体あわいという、あわひと書いて読み方があわいっていう読み方をさせている団体を立ち上げてまして、
主に給食中とか離職中の方々の居場所支援みたいなことをやったり、
休む人のためのカフェっていう名前で、
どなたでも無料でコーヒー、紅茶が飲めますよっていうバーを関西でいろんな場所で開いたりだとか、
さっきから名前が出てる間の生き方ラジオっていうポッドキャストで、
主に給食とか離職経験のある方をゲストに呼んで、
だいたい50分ぐらい話を聞いて、
それまでの話とその人の生き方の話を、
インタビューみたいな形の放送を毎週月曜日の朝7時に配信したりとか、
あとオンラインのコミュニティを作って、
ディスコードっていうのを使って作ったりしてるっていうような、
そういう活動をしてまして、
ちょうど今法人化の手続きを進めている最中で、
これが放送されるのがいつかわかんないですけど、
今日配信されます。
予定では2026年、今年の6月末にはNPO法人になるみたいな感じで。
ちなみに僕、ポッドキャストを、
間の生き方ラジオ3年半ぐらい放送してるわけなんですけど、
こうやって対面で収録するのは初なんですよ。
これで良かったんですか。
今まで結構Zoomで収録してたこと、
他のポッドキャストとかでも出たことあるんですけど、
基本的に全部Zoomで収録やったんで、
今対面でポッドキャスト収録してるのがめっちゃ新鮮って感じです。
なるほど、なんかもうちょっと申し訳ないけど、
ちょっと僕は勝手に嬉しいです。
NECさんの対面1番撮ったみたいな気分で。
対面でポッドキャスト収録、地味に初だよなと思いながら、
僕めっちゃ体調が悪い、
うつとかも経験してから、
低気圧ですごいしんどかったりとか、
体幹1ヶ月のうち調子がいいのが10日あるかないかみたいな。
基本的にはダウンしてるみたいな、
たまに雨降るだけでも体動かんみたいな感じで、
ソファーの上でグッターってしてるとかみたいなのがあったり、
するのも事実で、
でも一方でこういうのを立ち上げたりもしてたりみたいな、
それはすごい良名性があるというか、
弱い部分、いろんな体調が悪かったり、
僕メンタルもぶっちゃけ弱いなとは思ってるんですけど、
自分ではっていう面もあるし、
一方ででもすごい思いの部分というか、
何としてもこれを形にしたいとかみたいな、
これまで生きてくる中での社会に対するこの、
社会って言ったらちょっと大きいワードになっちゃうけど、
いろんな思いがあるわけですよね。
それをどうにかしたいみたいな気持ちと、
その両方があるっていう感じです。
すごい弱い部分ももちろんあるし、
でも多分人より強い部分もあるしっていうのが
同時に存在してるっていう感覚なんで、
どっちも本物というか多分みたいな感じはありますね。
なるほど。
そうですよね。
自分もさっきなんか気持ちが大事っていうところから
アウトプットの先みたいな話になってるって言っては、
気持ちって言っても、
じゃあそれでどう物事を噛み合わせて動かしていくみたいなのが、
ゼロではダメなんだろうなって思いながら、
僕はそっち側が全く思いつかないもんで、
西田さんが今両方大事っておっしゃったものとはちょっと事例は違うんですけど、
片方だけっていう感覚がちょっとあって、
気持ちだけには偶然不利してるもので、
ふわっとしたことをいつも言ってて、
でもみんななんかは伝わるけど、
やっぱりわかんないみたいな状況が、
もう4,5年続いてるっていうのが収納アナウンスラジオって思ってて、
いやいやでもその割にはね、
僕を活かしてくれる方がいらっしゃるみたいな形になってるのはすごいありがたいんですけど、
でもじゃあ、
じゃあ何やってる人みたいなのを全く知らない人に全く説明できないみたいな、
昨日ここに初めてお邪魔した時みたいな状況になるんですよね。
そこら辺をちゃんとこう、
自分なりに仮にかもしれないけど、
形としてはこう、みたいなことが、
料理のもう一個の輪として言えるようになりたいなみたいなのを、
ニッシーさんからなんか盗みたいみたいな。
それは何?説明できるようになりたいってことなんですか?
いや実際にその、
ニッシーさんで言うと、
ニッシーさん個人の思いっていうのと、
例えば形として淡いっていうものを作って、
自分じゃなくても回していくみたいな状況を作りられつつあるじゃないですか。
ニッシーさんの淡いに変わるようなもの、
みたいなものが自分にも欲しいとか、
あった方が多分なんとなく回りそうとか、
そんな感覚があるっていう感じですかね。
やっぱりあんまりにもふわーっと一人で、
なんかしないけど僕だけ生きてますって、
それでいいって言っちゃってはいるんですけど、
とはいえ何かがやっぱり形としてないと、
自分の肉体が消えたときに何も残んないのかなーとか、
ポッドキャストの音声だけが残るかもしれないけど、
みたいななんとなくそういう感覚があるかなー。
でもなんか変に掲げきってないのが良さな気もしますけど。
あーそうっすか。
僕の場合ですか。
なんか前淡井のメンバーと他の人とも何か言ってたんですけど、
別にあらゆることをいわゆる団体にしなくてもいいよね、
みたいなことを言ってて、
こういう活動とかを変にこう、
例えば淡井はちゃんと団体って名乗って、
これから法人化したりするわけですけど、
別にそれぞれの個々人の活動みたいなものもたくさんあって、
淡井のメンバーには。
じゃあそういう一人の何かの思いとかの活動を、
わざわざ何かをちゃんと掲げて、
何かの活動とか団体みたいなものにアップしていくっていう方の評価?
上げていく必要は別にないでしょっていう話を前にしてて、
何もかも別にそんなに、
それやりだすとこう、
なんていうんですか、
昨日しゅうさんが昔紐とか編んだりして、
わらじ作ってたらそれ売れるのにって言われちゃって、
いやそうじゃないんだよなーみたいなのと同じように、
自分の思いとしてやってたことを何か掲げて、
何か自分の中だけでとどめてもいいけど、
何か掲げてせっかくやるなら外に出していかないと、
みたいな感じになっちゃうと、
何かこう、別の論理で絡め取られたりすることもあったりすると思うんで、
何か別にあえて掲げずにふわーっとやるでも、
別に僕はアリだと思うんですよ。
淡いみたいな団体っていう意味で言うと、
そこまでのものっていうのはさすがに向いてなさそうっていうのはあるんですけど、
なんかその、しゅうさんの生き方の、
今ふわーっとしちゃってるって言ってるじゃないですか。
何かもうちょっとふわーじゃなくて実態持たせたいみたいな感覚は?
えっとですね、それで言うと、
何か僕が言ってることって、
僕一人に閉じた特殊な部分ももちろんあるんですけど、
ある意味も生きるだけでいいみたいな最低限の、
根源的な、普遍的なことを言ってるつもりでもいたりするんですよ。
そうなった時に、間の生き方ラジオみたいに、
パーソナリティが変わっても成り立つもの?
みたいなものに対する憧れというか、
そうじゃないと本当はいけないんじゃないか、
みたいな感覚がある?いけないというか、
そういうことをやってるはずなのに、何で自分しか
そういう動きができないのかな、みたいな気分があるのかな。
うーん、なるほどね。
だから、どこら辺までストイックにやるかっていうのは、
僕はストイックに見られがちで、
僕自身はそんなストイックと思ってないんですけど、
そこまでのことを全く完コピでやってほしいという意味では全然ないんですけど、
みんなが共感して、これは同じようにやりたいみたいな、
間の生き方ラジオのパーソナリティ部分みたいに、
誰かが僕がいなくてもやってもらえるみたいな、
何かがやれたほうがいい気がする、みたいな、
なんかそんなふわっとした感覚がありますね。
しゅう、なんかラジオっぽくなってきちゃうな。
こっちはかなりインタビューしちゃうな。
しかもiラジっぽいラジオになってきても、
iラジオ間の生き方ラジオの逆です。
いや、今どこまで聞こうかなと。
いや、なんかしゅうさんが感じて、
なんて言ったらいいんですか、
ただ生きてるだけでいいじゃないけど、
たぶん別に自分と同じような生き方を
みんなにしてもらいたいわけでもない?
そこは難しいとこですね。
全くないかというとなくはないんですけど、
無理やりでは意味がないと思ってるから、
本当に最低限みたいな意識を持ったら
勝手にたどり着くみたいには思ってるかもしれないですね。
形だけ全く同じようにみんなやったらいいじゃなくて、
どっちかというと、
もうちょっと思想とまでいかないけど、
その空気感みたいなことですよね。
お金も大事だけど別にそれだけじゃないし、
もうちょっと本質的というか、
手触りのあるものを大事に生きていけたらいいんだけどな、
みたいな感じの、
この空気感をみんなが持てたらいいのにな、
みたいな感じですよね。
そうですね。
違ったら違うでいいんですよ。
いやいやいや、そうだと思います。
自分と全く同じような生き方をみんなしたらいいのにじゃなくて、
どっちかというと、
話聞いてると、
しゅうさんがもともとめっちゃ仕事してたけど、
ビーマンショックの時期に全部がなくなった時に、
何やったんやろう、みたいになったっていうのが、
そうですね。
そうじゃない部分というか、
みんながもうちょっと、
持てたらという言い方はあるかもだけど、
もうちょっと空気感が緩まったらいいとか、
みたいな感じなんかなと思って聞いてますね。
うんうんうん。
簡単にそうなれるはずなのに、
みたいなところまでは思わないんですけど、
自分がそこがもうちょっと整理できて、
すぐに形にならないにしても、
そこをある程度、
僕が意識しながら動いていけるみたいなものの、
目標にしやすいのが間の生き方ラジオなんですよ。
なんとなくのもの。
なんとなくですよ。
僕がいなくなったらもうパッと終わり、
みたいな気がするんですよ。
間の生き方ラジオは、
西さんがいなくても回りそうなイメージがあるんですよ。
そういう、
間の生き方ラジオみたいなのが、
回り続ける何か的なものが、
僕からも出せないはずもないんだけどな、
みたいに思っちゃうっていう。
そうなんですね。
やっぱり出せればこれやって、
結果になる可能性もありますよ。
今のところ勝手に、
出せないものかなって意識して、
昨日も聞いて感銘を受けてたみたいな、
感じですね。
何かが残ってほしいみたいなのがあるんですね。
それはあるかもしれないですね。
結局そういうのって、
瞑想深まったら、
それ自体が執着だったって自分で気づいて、
あの時はそう言ってたけど、
今はないですって言う可能性はありますけど、
今はあるんですよね、まだね。
一旦この辺で止めとこうかなと。
そうですね。
タイミング的にも。
一旦この辺。
収録自体は止めない。
でも一回止めますか。
そうですね。一回止めます。
すいません。再開しときます。
ちょっと僕のややこしい話になってしまったんで、
あれはもうフェードアウトということで。
ぶつ切りになっちゃった。
いやいやいや。
実際そんな今の時点でうまく言える気もしないんですし、
何かそんなモヤモヤあるんだな、
みたいに思っておいてもらえればいいのかな、
みたいに思ったりしてますね。
だからあと5分以内くらいを目安に
撮ろうかなと思ってますけど、
やっぱり日枝さんの話に戻したいんですけど、
昨日いっぱい聞いちゃったからあれですね。
今は法人化とかを目前に控えてっていう感じで、
日枝さんの中で一応それをやりたいこととして、
バチンとそれだけがあるような感じで、
それが終わるまで他のことはあんまり気にしてない
みたいな状況なのか、
それはそれとしてやりつつ、
まだ何か自分の中で同時並行して意識していることがあるのかとか、
その辺とかちょっと聞きたいなと思ったんですけど。
何か意識しているとかっていうレベルじゃないんですけど、
普通にこの法人化するのは、
より淡いってもうすぐ4年くらい立ち上げからなんですけど、
そろそろもう一歩自分の中でようやく体調も安定してきたし、
今ならしっかりやれる気がすると思って、
毎日でちゃんと気合い入れるみたいな意味合いも込めて法人化しようっていうのがあるんですけど、
もちろんそれもありながら、
僕自身は僕自身でどう生きてこっかなみたいな、
シンプルに収入面とか、
僕もちょっとシュウさんに近いような生き方というか、
そこまでじゃなかったけど、
うつになってしんどくなって、
そもそも長時間も働けないしっていう中で、
生活コストすごいたまたま安い家に住めたというか、
今住んでるのも小民家なんですけど、
すごい安いところに住んで生活コスト下げて、
少ない時間だけ働いて生きていくみたいな、
それは狙ってやったというより、
そうせざるを得なかったってだけなんですけど、
そういう生き方をしてきた中で、
ぶっちゃけそんなに今も働けてないんで、
淡いとかやりながら、
淡いもまだまだ全然自分にお金つけられるほどじゃないので、
っていう中でやってるから、
淡いをやりながらもちろんこれめっちゃ頑張りたい、
でも一方でさてどう自分は生きていったらいいんだ、
収入どう稼いでこうみたいなのはずっとここにあります。
むしろ今は淡い法人化するから、
こっちに集中するから今ちょっと他のできませんみたいなのを、
ある意味言い訳にしてこっちにやってる。
なるほど。
でもずっと働くのに苦手感覚あるんで、
なんかもうどうやったらいいんやろうなって、
そうか。
日本人と同時並行でどういうこと考えてるんですかっていうか、
ずっとどう言ってったらいいんやろうなってずっと悩んでますね。
あー言われてみればそうか。
ほんまにこのまんま淡いずっとこの感じでやってていいんやっけ、
だからこそちゃんとお金つけていく意味も込めてそっちも頑張ろうだし、
でもとはいえいきなりそんなガッツリお金つけれるようにはやっぱりなかなか難しいと思うんで、
で、どう働いていこうかな、
なるほど。
どうやったら生きていけるかな自分みたいなのを、
だからもう天秤ですよね。
頑張るぞーの時は気持ちがちょっと元気で、
ふと不安の方が勝ったらやばい。
ほんまに生きていけるのかなーみたいな感じをずっとブラブラしてる感じです。
聞いてみればなんとわからんもんですね。
いやーほんまずっとまじでどうやったら生きていけるんやろうなみたいな。
逆にその感覚も持ちつつ法人化まで進めてるみたいなのも、
僕から見たらすげーなーみたいな感じに映っちゃうんですよね。ついついね。
いやー実際は全然ですよ。
だってこれ法人化する際に、
NPOの法人化ってこう最初に立ち上げ総会みたいなの開くんですけど、
やっぱ法人化するって決めただけで怖くなってますもんね。
そう、その程度の人間だってやっぱ自分では思ってる。
別にそんな肩書きだけパッと言えば、
自分で団体立ち上げて人集めて、今法人化しようとしてて、代表やっててみたいなだけ聞くと、
まるでパワフルなのかなーみたいな感じやけど、
実際には法人化するって決めただけ、
何もまだ始まってもないのに法人化するって決めただけで、
ほんまにやってけんのか自分みたいな。
法人化とかして大丈夫?
今までよりはきっちりやらなあかんことがいろいろ増えあるんですよ。
やれんのか?みたいな。
なんですぐ寝れんくなってる?みたいな。
こんなトークメンタルでやってけんのかよ?みたいな。
そっかー。
本当に働くのもずっと怖いなって思ってるし、
やっぱ観光によって僕は180度変わっちゃう感じがあるので、
今でも結局アルバイトに応募するのすら怖いっていう。
なら履歴書を書かなあかんっていうのだけでもすごくストレスになっちゃうみたいなぐらいなんで、
だから悩む。どう生きていこう?みたいな。
雨降る定期圧だけで体悪くなっちゃうんで、
毎回その度にこんな体でどうやって生きていけと?みたいな。
なったりしながらという感じですね。
なるほどです。
ごめんなさい。
でも堂々かで、さっきも言った淡いをやりたいんだっていう自分が思ってるいろんな思いを形にしたいっていうところには強く持ってるので、
両方あるって言ったのはそこ。
だから結構僕はそうじゃなくてめっちゃぐったりしてるんですよみたいな、
ついつい自分がしんどい側に立っているみたいなことをバランスとる感じでそっちめっちゃ言っちゃうこともあるんですけど、
でもまあとはいえ立ち上げてる強い部分も多分持ってるんやろうなって思うんで、
だから本当にその両方なんだろうなっていうすげー臆病ですげー怖がりなところと、
でもなんかこう自分が本当に信じてることは通したいみたいなところの強さなのか頑固さなのかわかんないけど、
なんか通したいみたいなのはあって、その両方を持ってるっていう自分なんだろうなと思う。
そんな感じかな。
なんか僕が途中でさっき一回中断したときにうまく言えなかったことのヒントがまた勝手にもらえた気がしてて、
僕はその強くて通したいところがあまりにも出せなくてうまく表現できてないから、
さっきの話もまだええそう見えないけどなくても大丈夫なんじゃないですか、しゅうさんらしさなんじゃないですかみたいなおっしゃってくれたように見えるかもしれないけど、
明らかになんかが今くすぶって中で何とかしろ俺を出せって多分言ってるんですよ。
なんかはあるんですね、ちゃんとなんかもうちょっと強く表現したいこととか。
っていう程度の表現しか今できないけど。
なんかこう僕がすごいこういうふうに自分なんかすごい弱い部分もあればここで強い部分もあるみたいな感じで、
人間をすごい複雑なものとして見れるようになったのはそのあわいの活動を通してっていうのはすごいありますね。
あわいっていうのがそのあいだっていう意味なんですけど、
なかなか言葉にできないものとか、やっぱこう曖昧な状態であるっていうことをついついこうやっぱ今の何ですか、
社会の日常生活の中でやっぱり自分のしんどい時とかも何がしんどいのとか説明を求められちゃうとか、
わかりやすさを求められてしまうっていう中で、
もうちょっと言葉にできないところに大事なものがたくさんあるし、
むしろ人間ってそんなに簡単に説明できたり表せたりできるものでもないでしょうっていう、
むしろ言葉にもできないけどもなんかしんどいっていう、
まだ名前がつかないしんどさの方が本当はほとんどのはずだっていうのがすごい活動を通して感じるようになって、
すごいもっと人間って曖昧なものであるっていう、
めちゃくちゃ上手い言語かー、いつも感じてたけど僕そんなに上手く言ったことないなって思って、
めっちゃいいですね今の。
例えば代表やってますみたいな面だけやったら強く見えるし、
でも一方ですぐ寝不足になったりするっていうやつ、
でもそっちどっちなのって聞かれると、
いやそんなきっちり分けれるものじゃないんだっていうのと同じように、
そういう感じがあらゆるレベルで起きてるというか、
そんなに人間ってわかりやすいものじゃないっていうのがやっぱりすごい僕が感じてることで、
弱い部分もあれば強い部分もあるし、
それが瞬間瞬間で出るのが違った環境によっても違うし、
昨日までと今日でもまたちょっと変わったりもするし、
常に移ろいゆくし、いろんな面があって、
それがたまたま人の形の中だけで、
そんなに一面でこの人はどういう人だみたいな、
一面性で切り取ってできるほど人間ってわかりやすいものじゃないでしょうっていう感じがすごく、
淡いの活動を通してすごく感じてることですね。
だから僕は淡いに惹かれてるんだなって思いましたよ。
たぶんしゅうさんも強く表現したいものもあるんでしょうし、
でもそれをガンガン前に出して押し通したいわけでもないような気もするんだよなとか、
でもふわふわしたまんまがいいわけでもないんだよなとかみたいな、
そう、まさにそう。
っていうので同時に存在するものなんだろうなみたいな、
人によってはどっちなのはっきりしいやって言われちゃうみたいな、
いやでも両方あるねみたいな、表現したい思いもあるし出したいけど、
でもめっちゃ強く出したいかと言われるとそうではないとか、
今なんかどっちもあってどっちも半端にしか出せないみたいになってて、
今回めそばしくに僕参加した後なんですけど海外の方いっぱい来られて、
どっちも出してダメだったら謝るみたいなスタンスを見たような気がしてて、
ざっくり海外とかじゃあれですけど、
なんとなく西側の方はそういう人が多いなみたいに思っていて、
それに対して憧れにちょっと近いところがあるかもしれないですね。
どっちもあって、
特に強いのを出しにくい気質なので、
出して間違ってたらごめんみたいなのを僕もやれるようになりたいみたいな、
感覚が一番今近いですかね。
すいません、長くなっちゃったかもしれないけど、
今日はこんな感じであんまり編集ほぼせずにさっきのつなげる感じで出したいと思います。
ありがとうございます。すいません。
西田さん本当にお話できて嬉しかったです。
ありがとうございました。