#33 生まれて気管切開、13歳まで喉にチューブをつけ肺気胸で死と向き合う原体験
2026-04-20 17:20

#33 生まれて気管切開、13歳まで喉にチューブをつけ肺気胸で死と向き合う原体験

私の原体験の話をします。
私は未熟児で産まれ、気管切開をし、13歳まで喉にチューブをつけて生活をしていました。
声門下狭窄症という、かなり珍しい状態でした。
小学生の頃までは、肺炎、気管支炎、風邪もよく引いていました。
そして、小学6年生の時に、肺気胸で死にかけた時は呼吸が激痛でしんどかったです。
喉にチューブをつけた生活は、私にとって当たり前で全く苦しくなかったけど、肺気胸のほうが苦しさを感じました。
また、そのような幼少期を過ごしたおかげで、
子供の時からいい意味で他人からどう見られるかを気にしすぎず、自分はどうしたいか、自分軸で生きるようになりました。
また、健康第一をモットーに健康の大事さを感じているのは、この経験があったからこそ。
名医の先生との出会いや、何か一つでもかけていたら、私は今生きていません。
生かしていただいたからこそ、これからは私の人生含めて発信していき、後悔のないように、自分のやりたいように生きていきたいと思っています。 #原体験 #命
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00:06
みなさんこんにちは、いわしーです。
今日は、私の過去の原体験である病気をしていた頃のお話をしてみようと思います。
こちらの裏の写真が、私の小学生の卒業アルバムの写真になります。
私は生まれてから12歳の頃まで、気管切開をしていて、喉にチューブをはめて生活をしていました。
約12年ちょっとですね、中学1年生までだったかなと思います。
その頃ですね、いわゆる息味といわれる喉からのですね、単の吸引が結構必要な生活をしていまして、何度か手術を繰り返して今は感じている状況です。
もともとすごく未熟児で生まれまして、NICUに入り呼吸困難になったりする中で、人よりも軌道が狭かったので、12歳ぐらいの時に気管切開をしています。
なので、物心がついた時には喉に穴が開いていたという状況で育ってきています。
なかなかこんな喉にチューブをはめて生活をしている人はいないので、やっぱり小さい時から街を歩けばいろんな人に見られるような生活をしていました。
入団員もたくさんしていました。
幸い、幼稚園はですね、年長さんから行かせていただいて、小学校も普通学級で皆さんと一緒に生活をしていたんですけども、
何度か手術をする中で、小1の時までは息が漏れやすいチューブをつけていたので、コミュニケーションがしづらい問題がありました。
息のような声で話すという特徴的な感じだったので、小1の途中まではなかなかお友達とうまくお話しするのが難しかったなと記憶しています。
なので、小さい時はどうやって人とコミュニケーションをとったらいいのかなと悩んだこともあったかなと思います。
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小学校1年生の途中で今写真に載っているチューブに変わってからは息漏れが少なくなったので、結構会話もしやすくはなったなという感じです。
みんなと一緒に体育の授業も受けたりとか、普通に日常生活は基本的には送っている状況でした。
その中で周りも良い意味で障害者扱いみたいなことをする人はあまりいなかったので、普通に生活できたのは良かったなと思っています。
ただやっぱり街を歩けば、いろんな太くて多数の人に見られるという生活は日常茶飯事という状況の中で、中には変なおじさんがチューブなんねえって変に声かけてきたりすることも度々あったなと思っています。
ただその経験の中で、良い意味で人に見られることに対してあまり気にしすぎなくなったなと思います。
いちいち気にしてたら多分やってられなかったんだろうなって思うので、人にじろじろ見られようが私は私だって思って日々生活をしていました。
なので、そんな幼少期があったからこそ結構人は人、自分は自分っていうような考え方は持っていて、
一人一人違うよねっていうこととか、世間がどうこうっていったところではなく、私にとってどうかっていう、自分軸で生きるっていう原点はまさしくこの幼少期の時代があったからだなと思っています。
良い意味で人にどう見られるかっていうのを気にしない性格になりました。
やっぱり呼吸器が弱かったので、肺炎とか気管支援とかはよくなりがちで、風邪もよく引きがちっていう状況が小学生の時にはあったんですけども、
特に小学6年生の時に肺器梟になってしまったことも私の中でターニングポイントだったなと思っています。
肺器梟は肺が破けてしまう病気なんですけども、私体力ないのにマラソン大会の練習までみんなと一緒にやってしまって、多分そこの無理がたたっちゃって肺が破けちゃったっていうことがありました。
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肺器梟は本当に苦しいんですよね。呼吸するたびに激痛っていう感じで、なった最初の1,2週間は近くの病院に行ってもきちんと診断してくれなくて、ただの風邪ですねって言われてました。
明らかにただの風邪じゃなくて、すっごく呼吸が苦しかったので、おかしいなとは思っていたんですよ。
土曜日くらいの大学病院からの先生が入るような日があったので、その時にレントゲンを見てもらって、初めて肺が破けているということに気づいて、すぐに大学病院に救急車で搬送されて、その後2ヶ月くらい入院をしていました。
肺器梟で肺が破けていると、本当に呼吸するたびに激痛で、息が苦しくて苦しくてっていう感じですね。
たまたま治ったんでよかったんですけど、その時は死ぬんじゃないかっていうふうに思うような経験でした。
その時感じていたのは、それまで12年間私は喉にチューブをつけていたので、見た目でわかりやすい障害みたいなものは持っていたんですけども、
いわゆる肺とか心臓、胃とかもそうですね、目に見えないところの病気もすごく苦しいし、むしろ目に見えない方が苦しいこともあるなってすごく感じたんですね。
わかりやすく見た目に障害がある具合には、人にも良くも悪くも病気を持っている人として扱ってもらえるけど、目に見えないものを抱えている人ってパッと見てわからないから、なかなか理解してもらえないこととかあると思うんですけども、
見えない苦しみの方がきっと苦しいんだろうなっていうふうにその時気づきましたね。
あとは目に見える障害で、すごくいろんな人に声かけられたりとかあったんですけど、痛いでしょうとかですね、大変だよねとか言われたことあったんですけど、
喉のチューブをつけているという状況自体は、私にとっては当たり前すぎるものになっていたので、それに対して苦しいという思いってほとんどなかったんですよ。
喉に穴を開けたりとか手術をするのも、基本的には麻酔をして手術をするので、その行為自体に痛みはないというところもありますしですね、
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通常の生活でも痛いと感じるものっていうのはないんですよ。
なので、見た目に障害があってもそれがかわいそうかどうかっていうと、そうでもないなって思ったし、
自分にとって本当に気にしてなかったので、周りは何をそんなに気にしているのかってすごい感じるところがありました。
ある意味、先天的な病気だったから当たり前すぎて苦しくなかったなって思うし、
一応、ある程度体が成長した段階でどんどん閉じるということ、期間は締める、手術を最後にはするという話は子どものとおりから聞いていたので、
しばらくの辛抱だというふうに治る希望があったから、そんなに悲観的になることもなく生きていたなと思っています。
逆に、後天的に何か病気になってしまう方の方が今までなかったものを経験するので、とっても辛いんじゃないかなって私は思っています。
中学1年生の時に最後の手術をして、喉はきちんと塞いでいる状況なんですけども、
私がすごく幸運だったなと思うのは、私の喉の器官切開した病気が、正門が狭いというものですね。
これを、しかも赤ちゃんとか入院時期で手術ができる人というのは、当時30年以上前はなかなか限られていて、
という状況の中で、たまたま私が入隊員をしていた地域に、その道のスペシャリストの先生がたまたま数年間だけいらっしゃったんですよ。
なので、本当にその道の第一線みたいな先生に、幼少期に手術をしてもらえて、最後の手術も、その時には大阪に先生が帰られていたんですけども、最後は大阪に行って手術してもらったりしたんですよ。
私、大学生の時に、たまたま論文とかを調べている時に、そういえばと思って、その先生とかの論文もしかしたらないかなと思って調べていたら、
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当時に近い時期の、私の病気に近い論文がいくつかあったんですよ。
なので、本当にまさに研究中だった時に私は手術をしてもらえたし、その論文の中の、たぶん私は被験者の一人だったんじゃないかなというふうに思っています。
本当にその時、私は福岡の田舎の方の出身なんですけども、そこでたまたまその先生方に出会う機会があって、手術してもらえたという幸運があるから、今も生きているなと思います。
しかも、これだけ私が喋れるまで、いい感じに手術してもらえたというのもすごく幸運だなと思っています。
喉の手術なので、少しでもずれていたら喋れないとかも全然あるという状況だったんですよね。
ここまで普通に日常会話ができるぐらい回復したというのも、たぶんレアなことだなと思いますし、本当に昔からおしゃべりが好きで、
そういった喋れなかった時期とか喋りにくかった時期とかあった反動もあるのかなと思うんですけども、
それ以降も社会人としてなる頃には、もう普通の人と同等、いやそれ以上、結構元気いっぱいまでになりまして、
今だと本当に時々しか風邪ひかないぐらいの普通の体力もつけることができて良かったなと思いますし、
社会人になってからも基本的に喋るを生かした営業的なお仕事を中心に今までやってきているので、
ちょっとこんな感じでハスキーボイスではあるんですけども、でもそれでも日常的に話せるぐらいの会話を生かした仕事ができているというところもすごくいいなと思ってますし、
こんなにおしゃべりが好きなので、こうやってスタンドFMでも毎日お話できているのがとても楽しいし幸せなことだなと思っています。
なのでこれからも喉のケアはしつつも声を生かして発信活動を頑張っていきたいなと思いますし、
やっぱり今元気に生きていることが本当に奇跡だなと思っているし、当たり前じゃないと思っているし、
たくさんの医療関係者の方々に生かしていただけたからこそ、これから自分の経験も含めて皆さんに発信していって、
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この命、人生を多くの人に生かしていく生き方をしていきたいなって改めて思っています。
あとはやっぱり今めちゃくちゃ元気だし、何の後遺症も残ってはないんですけども、
いつまた気管が弱くなったりとか病気になったりとかするか分からないなと思っています。
全然今元気なんですけど、誰にしもいつ病気になるか分からないし、いつ死ぬかも分からないという状況があるので、
だからこそ今、健康を大事にしつつ、今できることを精一杯、後悔がないように生きていきたいなって思うし、
やっぱり自分の人生、生き方、いろいろあったので、それをたくさん発信していって、後世に残るような形にできたらいいなって今思っています。
だからこそもっともっとこの発信活動を強化していきたいし、自分の事業をやっていきたいなと思っています。
ただやっぱり今もちょっと風邪ひいて咳が出ている状況なんですけども、決して体力的には無理をしないようには気をつけていきたいなと思いますし、
体調も考えてまず健康第一をもっと無理をしないようにということを調整をしながら日々生きていきたいなと思っています。
では今日も聞いていただきましてありがとうございました。また明日からも朝から配信していきますのでよろしくお願いします。
それではまた。
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