最悪の朝の振り返り
みなさんこんにちは、ということでやっていきましょう。
はい、月曜日ということで、また一週間張り切っていこうと思います。
ですが、今日はですね、最悪の朝を迎えまして、あのー、昨日の夜、ライブがあって、で帰ってきてご飯食べて、
本来であればお風呂に入って、ちゃんと寝たかったんですけど、もうなんか力尽きて、朝まで床にいました。
違うな、正確には夜中まで床にいて、ソファーに登って、でまた寝て、結局朝までベッドでは寝ず、リビングにいました。
でね、もうね、腰とか、なんかいろんなところが痛い。最悪の、なんかだからこう、体がだるくて今日、ちょっと良くない朝を迎えてしまっていました。
いやなんかね、やっぱ睡眠って大事ですよね。僕は結構、あのー、睡眠時間をなるべく減らしたいタイプの人間で、もっともっとなんか起きる時間を長くしていろいろとやりたいっていう風に思うんですけど、
まあでも、一般論的にはね、人生3分の1は寝てるとまあ言えなくはないので、そういう意味ではすごく大事というか、こだわる意義があることだし、
大事にすればするほど人生が豊かになるっていうロジックもまあ通るんじゃないかなと思うからこそ、いやー、今日は辛かったです。はい、体がね。
まあそれはさておき、今日はですね、昨日のライブを踏まえてちょっとまた感じたことを話していきたいなと思うんですけど、
結論ね、僕もよく言ってますけど、やっぱりライブ感みたいなものってすごく大事だなっていう、なんか生放送感というか、別にライブ配信とかじゃなくてもね、生放送してなくても、
こういういわゆるオンデマンドの撮って出すっていう、そういう形式のものであっても、こうなんか生感、ライブ感、今まさにそれが起こってる感、リアルタイム感っていうものが、やっぱりこう受け取る側は動画として目から受け取る情報だとか、音声として耳から受け取る情報とか、
まあいろいろとパターンはありますけど、どんなものであれ、どんなアプローチであれ、リアル感はやっぱり最高のコンテンツというか、コンテンツをさらに面白くするような力があるなと改めて思いました。
ライブってすごくわかりやすい、音楽のライブはめっちゃわかりやすいんですけど、あれってライブだから1回しかないわけですよね。例えば全国ツアーとかっていって何十本とかっていうのがあるじゃないですか。
僕はよく学生の頃に、今回のツアー5本か6本か行くんだよねって言うと、え、そんな何回も行ってどうするん?だって全部一緒でしょ?って何回も言われました。え、セットリスト変わんの?変わんないですよね。演出変わる?一緒ですよね。何回も行くんですか?みたいな。
当時僕大阪にいたんで、大阪兵庫、大阪兵庫、京都で遠征して名古屋とかで言うと広島とか。え、そんな遠征までする意味あるんですか?だって同じですよね。で、もうずっと何回も言われましたよ。
けど確かにセットリストは同じかもしれないし、演出とかね、ステージ上の装飾とかそういうものは諸々全部同じですけど、じゃあ同じMCかって言われたらMC一つとっても違うし、例えばこの曲でこういうなんかハプニングが起きるとか、なんかこういう急にやる予定がなかった1曲が追加されるとかね。
なんか音声トラブルがあって、なんか曲始めたけれども一旦止めてやり直しになるとかね。そういうなんかライブでしか起こらない。その時しか起こらない。だから予定調和にないものってやっぱりいっぱいあるから、それを見に行く、それを期待するわけじゃもちろんないんですけどね。
けどやっぱりそういうのを経験すると、やっぱりライブって1回しかないし、この場のライブはこの場でしか起こらないし、今日は今日しかないなっていう気持ちがすごい芽生えるんですね。しっかりこうなんか理屈、言葉だけじゃなくて本当にそうなんだなっていうのを踏み落ちるんですよ。
音楽と共に育つ一体感
昨日も面白かったのが、やっぱりライブって例えばこの曲のこの場所はみんなでジャンプするとか、この曲のここのところはみんなでこういうふうに声を出す、コーランドレスポンスをするとかね。やっぱりあるんですよね。それはある種予定調和に近いものではありますよね。みんなここはこういうふうに動くんだな、こういうふうに楽しむんだなっていうのを理解した上でやってるから。
昨日面白かったのが、僕一緒に見てた人がいて、ライブの友達がいて、その友達がめっちゃ声を出すようなキャラなんですよ。僕はもうそこまでめっちゃ声張るようなタイプじゃなくて、僕の横のその友達がそういうタイプで、僕の前の何人か3人くらいの仲間というか集団がいて、
その人らも結構声とかブワーって出して騒ぐタイプだったんですよね。で、その人たちは友達身内でわわ騒いでる。で、僕の横の友達は一人で遊んでる。僕はそういう楽しみ方っていうよりは頭振ったりとか、なんかそういう体を動かす方が好きなんで、声を出すっていうよりもね。
僕は昨日はそんなにそこに混ざるようなことはなかったんですよ。で、そうすると、僕のその横にいる友達と前にいる集団がなんかね、交わるんですよ急に。なんか前の人が、あ、後ろのあの人騒いでるなっていうのは多分察して、後ろ振り向いてきてなんかこうみんなで同じようにやるみたいな。僕はそれを見てて、いやおもろっと思って。
いやわかってるんですよ。僕も、その昔ね、バンドのライブとか行くと、まぁ知らない人がね、知らない人と肩組んで、頭振ったりとかね、知らない人と肩組んで、なんかあちこち動き回ったりとか、知らない人を持ち上げて、知らない人が飛んできたら前に送ってみたいなね、言葉で言われてもわからない人もいると思いますけど。
あの、まぁ知らないとか知ってるとか関係なく、ライブ中はみんなこうなんか同じ音楽が好きな、こうなんか共通のね、まぁ仲間じゃないけどね、みんなこう友達じゃんみたいな感じなんですよ。
だからその、全然知らない人と、下手したら教科履歴の人と、なんかこう一緒に遊ぶっていう、すごい、うわこれがやっぱライブのおもろさの一つやなっていう、これがライブだよなっていうのをなんか目の前で見せてもらって、うわこことここ一緒になって騒いでておもろみたいな。
でなんか終わったら、「あ、どうした?」とか言って、なんか握手とかしてんすよ。でなんか、「よかったらTwitter繋がりません?」みたいなこと言ってて、だから友達になってんすよね。それがおもろくて。
いやでも懐かしいなと思って、僕も昔はね、こうライブ会場で友達を作ったりとかね、まぁあのやっぱりSNS繋がろうよみたいな、SNS、Twitterでね特に繋がって、で次いつ行くとか今日いるよみたいなことを言いながら現場で会うみたいなことをね、昔特に今以上にやってたんで、懐かしいなと思って。
いやこうやって友達も作ったし自分も、でなんかそういう知らない人と一緒に遊んでね、「ありがとうございました!」みたいなことも言って幸せ流してね一緒に。いやーライブだなーと思ったんすよ改めて。
で、これですよ。この曲でこういう風に遊ぶよ。ここで声出すよ。ここで飛ぶよ。はある程度ライブに行けばみんなわかるんですよ。それはある種、ある意味予定されている。もう決まってる。ここはこうだよって。こういう風に遊ぶよって。
ありますよね。嵐とか。わかんないよ。あのいろんな韓国K-POPアイドルとか。今流行ってるなんだ?ミルクとかスノーマンとか。知らないけど。多分ありますよね。ここでみんなで声出すよみたいな。ここでみんなジャンプするよみたいな。
それはある種予定されているものであって、もちろんライブの中のワンシーンではあるんだけど、それはある程度もう決まったこと。そうじゃなくて、もうそのシナリオにないこと。予定以外のことを目の前で見るといやおもろと思うんすよ。
やっぱり例えば音声トラブルとかって、やってる側は多分って思うんですよ。完璧なライブを見せたいのに音声トラブルかよ。頼むよみたいな。僕たちはなんかレアかよに来たっていう。ボーカルが歌詞を飛ばすとか間違えるとかってボーカルとしては絶対に嫌だしすごい悔しいと思うんですよね。
見てる僕たち側からするとこれは間違おうと思って間違わないですよね。飛ばそうと思って飛ばさないじゃないですか。けどなんかすごいレアかよ見れたっていう気持ちになったりするんですよ。
フィーチャリングでゲストボーカルが今日は来てるみたいな。いつもいなかったのに今日だけ来たよみたいなとかもやっぱりレアかよだし、そういうなんか予定にないものを見れた瞬間に感情って高まる。
リアルタイム感の重要性
僕で言うと昨日の友達と知らない人が一緒に遊んでるところとかを見ていやおもろいなライブって思ったんですよね。これを僕たちもこういう発信で演出っていうかどれだけライブ感生感を見せていけるかっていうのはもうある種テクニックでもあると思うんですけど、それと同時に意識してそういうものを取り入れていくと
リスナーさん、読者さん、視聴者さんみんなをより巻き込みやすく、より楽しんでもらいやすくなるんじゃないかなと思ってます。
何もライブ配信しようねとかyoutubeライブしようインスタライブしようスタイルでライブ配信しようっていうわけじゃないですよ。こういう録音して出すっていう形式であっても、例えばちょっとストーリー性のある話をしてみるとか、実は今こういうプライベートでも仕事でもいいけど、今こういう状況でこういう風にちょっと揉めてるんですよね。
今日会うからこういうことを言ってみようと思うんですよとか。で、次の日、昨日言った例の件言いましたよあれ伝えました。そしたら今度はねっていう、これもある種のライブ感、今まさに起こっていることを一緒に見てる、一緒に体験してるっていう風に巻き込んでいけるんですよね。
僕はラジオのいいところは生活感を出せるところだと思ってるんですけど、例えば洗濯機の音が鳴ってるとかね、お子さんの声が入るとか、ペットの鳴き声が入るとか、そういうのも僕はすごくリアルタイム感、生感があっていいなって思うんですよ。
なんかそういうのってよく、うるさい静かにしてとか、うわー入っちゃったよ、一旦ここ編集してカットしようとかって思ってしまいがちなんですけど、そのピンポンってインターホンが鳴るとか、洗濯機が終わったよーって音が鳴るとか、誰かの声とか鳴き声とかが入るほうが、それは会だけの特別感があって、予定になかった、まさに今リアルで起こったワンシーンがそこに刻まれて、
それが一緒にこの時代を生きてるんだなみたいな風にもなるし、なんか得した気がするっていう。
だって絶対そんなめっちゃペットが吠えまくるみたいなのって予定でないはずなのに、それでちょっとトラブってるところとかって面白いんですよね、こっち側。なんかすごい、せっかくいいこと話してたのにペットがワンワンワンワンめっちゃ吠えてて、もうそれどころじゃなくなって、ペットのあれで精一杯で落ち着いたと思ったら何の話でしたっけみたいな、いやおもろいなーって僕は思いますよ、視聴者だったらね。
そういうのをうわーって思わずに、あっラッキーなことが起こった、おもろい展開になったじゃんって思って出せるかどうか。さすがにね、今ここで吠えてないとかは無理ですよ。
けど、そういうのが起こった時に、うわこれはおもろくなったぞって捉えられるような視点を持っておくことと、あとは雑談でもいいし実際のテーマでもいいんですけど、今まさに起こっていること、今まさに進んでいること、今まさに向き合っていることをコンテンツの中に仕込んでおくことによって、え、これ次どうなるんだろうとか、これまた明日続き言いますねとかってね。
そうやって今まさに起こっているものを一緒に共有する、そういう体験をこちらから提供していくっていうのは、よりリスナーさん、受け取り手のエンゲージメントっていうんですかね、との関係性がより深まっていくし、より濃いものになっていく。
あとより反応性が良くなっていくと思うので、そういった意味でも生感、リアル感っていうものをコンテンツに仕込んでいくっていう意識をちょっと持っていただけると、面白くなるんじゃないかなと思うので、ぜひちょっと意識して作ってみてほしいなと思います。
はい、というわけで、僕の今日のこの放送中は何も起こりませんでした。洗濯もさっき終わったし、誰も何も言わないし、音も鳴らないし、トラブルないです。物が落ちるとかもない、お皿が割れるとかもない、お皿割れないでほしいけど、何のトラブルもなく終わってしまいました。残念。
いやー、何も起こりませんでしたね、特に。でもね、それが普通なんでね。そういうハプニングに期待するのはちょっとどうかなって思うので、それよりは今まさにね、さっき言った今まさに起こっていることを一緒に共有していく、一緒に体験していくみたいな方が本質的かなとは思いますけどね。
はい、そんな感じで今日はこの辺で終わりたいと思います。ちょっと体がね、痛いから今日はちょっとゆっくりしようかなと、お風呂でも浸かろうかなとか、あんまり普段浸からないんでシャワー派なんでね、けどちょっとゆっくり浸かってもいいかなとか思ったりしてます。はい、皆さんも体のケアとかね、体調管理気をつけていきましょう。ではまた次回お会いしましょう。バイバーイ。