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2026-02-16 16:10

歩道に立っている木を見て、ストーリーを語る大切さを感じた #1199

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サマリー

このエピソードでは、街路樹に付けられたネームプレートに疑問を持ったことから、発信活動におけるストーリーテリングの重要性について考察します。ネームプレートは、木を単なる風景から意味を持つ存在へと変え、管理や市民への情報提供、記念といった役割を果たします。これは、自身の経験や価値観を発信する際に、単なる出来事ではなく、言語化しストーリーとして語ることで、他者にとって価値あるものへと変わることに似ています。また、木が管理されているように、他者からのフィードバックを受けて自己メンテナンスを行うことの重要性にも触れ、発信においては自身の背景や経験に基づいたストーリーを語ることが、人の心を動かす鍵であると結論付けています。

結婚記念日のディナーと散歩
みなさんこんにちは、ということでやっていきましょう。 月曜日ということで、また1週間張り切ってやっていきたいと思います。
昨日のラジオを聞いてくれた人ももう中にはいるかなと思うんですけど、昨日はですね、結婚記念日でした。
なので、夜はね、ちょっと豪華な、いつもより贅沢なディナーを楽しんで、その後勢いでね、買い物に行って、お互い服を2,3着ぐらいかな、まとめて買って、
帰ってきたわけなんですけど、 昨日ディナーで恵比寿に行ったんですよね。東京の人は分かる、関東に住んでいる人はちょっとイメージは分かるかなと思うんですけど、
恵比寿に行って、で、恵比寿から僕たちは渋谷に一旦一駅戻って、で、渋谷からまた乗り換えて帰るんですけど、
恵比寿から渋谷って、僕もイメージなかったというか、まあ、やったことなかったんですけど、歩けるんですね。20分ぐらいで、
恵比寿から渋谷まで歩ける。で、それをうちの妻が急に、歩くって言うから、20分ぐらいだったらもう、えっかーって言ってね、あの、喋りながら歩いたんですよ、一駅。
街路樹のネームプレートへの疑問
その中で、あの、皆さんも見たことあると思うんですけど、こう、歩道の隅っこというか脇に、あの、車道側とは反対にね、歩道に結構なんか、木がありますよね、街って。外路樹。
で、あの、ふとね、今までこの生きてきて、何十年ってして、何にも疑問に思わなかったんですけど、ふと、なんでこの、街のこの歩道にある木に、
ネームプレートみたいなのがあって、何かの何々っていう木で、ちょっとした説明が書かれてるみたいな。これって何の意味があるんやろうなーって、ふと、疑問に思ったんですよ。
今まで、一切そんなこと思わなかったのに、急にね、歩いてたら、そういえばなんでこれって、名前書いてんやろうなーって、なんか意味あるんかなーと思って、でね、調べました、軽く。
軽く調べたんですよ。そしたら、これなんかこう、僕たちのやってるこういう発信活動みたいなものと、もうちょっと共通するところがあるなと思ったんですね。
なので、そのなんか、なんでそこに、木にね、名前が書いているのかっていうところ、プラス、ちょっとこう、僕たちの発信にも消化したような、結びつけた話を今日はしていきたいなと思っています。
びっくりでしょ。皆さん、ちなみに何でかわかりますか?
てか、疑問に思ったことあります?街に、そのね、歩道にある木に、なんかね、黒いプレートが貼ってあって、名前とかね、何かでとかって書いてあって、何の意味があるんやろうって、そもそも疑問に思ったことすらないんじゃないですかね。
僕も全くなかったんですけどね。ふとですよ、ほんと。たまたま昨日、歩いただけで、歩いたことによって、そういえばなんでやろうなーって。
ネームプレートの理由と発信との共通点
思うきっかけになりました。でね、簡単にちょっとね、調べたんですけど、ひとつは樹木の管理が理由らしくて、ある意味自治体が管理しているものなんで、種類とか管理番号とか年度とかが書かれているケースもあるそうなんですね。
それによって、木の病気とか害虫とかね、そういうものからの守るためのチェックだったりとか、倒木リスクみたいな、倒れてしまうみたいな管理を、そういうものを使って結構効率的に行うみたいなものがひとつ理由にあるらしくて、もうひとつが、市民への教育らしいです。
子供たちが学習するとか、その地域のこういうのがあるよっていうのは知ってもらう。知ってもらうことによって愛着を持ってもらうと、確かにただの木ですねって、よくわかんないけどこれ木だよねって言われるよりも、花水木みたいな、言われた方が愛着というか距離は縮まりますよね。
共通言語みたいな、木とか、日本って言われるよりも神奈川県って言われた方が、例えば神奈川県に住んでいると地元やなって思ったりとか、神奈川県の中でも川崎みたいな風に言われた方が、川崎の人にとっては俺の地元やみたいな風に、愛着が枠とちょっと似てるんじゃないかなと思います。
そういう理由もあるのかなと、愛着を持ってもらうためにも名前を付けると。
もう一個が、記念とか寄付の表示もあるらしくて、何周年記念とか誰かが寄贈しましたみたいなものが書かれているプレートもあるそうなんですよね。
あとは、都市計画データ管理の一環、ちょっと上の管理とも似てますけどね。
まとめると、管理するためと、市民の人たちへの情報提供と、あとは記念とか寄付を示すためっていう意味があるらしいんですよね。
これが、僕たちの発信と結構似てるなとか共通するところがあるなって僕思ったんですよね。
どこが屋根みたいな感じかもしれないですけど、一つは名前が付いてない木はね、僕たちからすると多分風景なんですよ。
ただの木だし、ただの視界に入ってくる緑の風景みたいな。
けど、名前が付くと風景じゃなくて、何らか意味を持つと思うんですよね。
ただの緑だけど、そのプレートがあることによってイチョウとか花水木とかっていう意味が植え付けられますよね。
僕たちは名前が知らないと、これは木だよね、それ以上踏み込めないし、それ以上詳しくはなれないんだけれども、名前があると木だよねからイチョウだよねまでは行けると。
経験と言語化による価値の創造
これも例えばね、僕たちが発信している、僕がずっと言ってるのは自分の経験を発信しましょうとか、僕はそうしてますよとかね。
悩みとか価値観とかそういうところこそが差別化になるし、そこに人は集まるという話をしてるんですけど、
例えば自分の経験とか自分の価値観、悩みとかも言語化して発信しないことには、ただの自分にとっての出来事でしかないじゃないですか。
他人からすると日記ですかみたいな。自己紹介ですか。
けど僕たちが言語化して言葉にしてこうやってコンテンツに乗っけることによって、
ただの自分の経験とかただの自分の価値観というもの、他人が全く興味がないものが誰か読者とかリスナーさんとかにとって言葉にしたことによってそれが価値に変わるわけなんですね。
これ伝わりますかね。
ただ昨日はカレーを食べて美味しかったです。
だと他人にとっては何の価値もないですよね、これには。
けどそこに昨日はカレーを食べて、親が作ってたカレーの味と同じカレーでそれを自分のパートナーが作ってくれて、
すごくそれが親のことを思い出して、もう会えないんだけれども嬉しい気持ちになったとか懐かしい気持ちになったなみたいなものって、
多分共通してそういう経験を最近したなとか、自分も昔の懐かしい味っていうものをちょっと食べてみたいなとか、
ルナが伝わらない気がしてきた、だんだん。伝わらない気がしてきたな、今のこの例え。
思いつきでやったんですけど。
要するに言いたいことは、名前がないのにただの木でしかないし、ただの緑でしかないし、僕たちは自分ごとにならないんですよね。
名前も知らないから、ただの木ですよ。
周りの人からしたら、僕がやった経験とかも全然自分ごとにならない、ただの良知の経験、良知の価値観に過ぎないんですよね。
これを言語化して、ちゃんと意味をつけてあげることによって、名前を張るとニアリーイコールですね。
ちゃんと言語化して、そこに意味を自分が植え付けてあげることによって、これはその瞬間に受けて、もちろん全員じゃないですけど、
誰かにとってそれが価値になる可能性があるということが伝わったら嬉しいなと思います。
管理とフィードバックによる自己メンテナンス
さっき管理という話もしましたけど、管理されているということは誰かが面倒を見ているというか、チェックしているわけですよね。
放置されているわけではなくて、自然に育って自然に枯れていってみたいな話ではなくて、
定期的に安全面とかも含めて、誰かが見ていると。
つまり、ちゃんと客観的にチェックをされた上で、フィードバックをもらえる状況に近いなと思っていて、
なんかちょっとここヤバいなと思ったところにメンテナンスが入ったりとか、
これくらい10年経ったっていうことは、こういうリスクがあるからこの辺やっとこうねみたいな風に先んじて前もって、
手を打つという意味でも、フィードバックを受けているような状態と結構似ているんじゃないかなと思っていて。
これもなんか、これは発信っていうよりは関わり方というかね、自分自身のメンテナンスみたいなところがニュアンスは近いかなと思うんですけど、
やっぱりこう放置っていうか、ずっと誰からも何のフィードバックも受けずメンテナンスもせずいる自分って、
どうなんだろうなって思った時には、僕はコーチをやっているし、クライアントとしての経験ももちろんあるので、
やっぱり他の誰かからの客観的なフィードバックだったりとか、そこで何かに気づいて自分にメンテナンスをするっていうこと、
非常に大事だなって思います。自分の経験を踏まえて。
僕はコーチからのフィードバックによっていくつか価値観を変えてもらったことがあるし、
自分の捉え方がずれているというか間違っているっていうことに気づくこともできたっていう経験があるし、
それはコーチとしてもクライアントさんが自分が思っていた捉え方、自分が見ていた視点を僕との対話によって少し変えることができた。
ずらすことができて、100%ネガティブだったものにポジティブな側面が生まれたりとか、
そうやって第三者のフィードバックとかから気づきを得て、ここはこういうふうに軌道修正メンテナンスをした方がいいなと思って直していく。
これも結構ね、ガイロジュー、ちょっとね、ネームプレートっていうところから若干、
でもそこは管理っていう文脈だから、まあいいのか、なんか共通しているところだなっていうふうに思ったんですね。
ストーリーテリングの力
やっぱり最後にもう一個、さっきも言いましたけど、何周年記念とか、誰々から寄贈されましたみたいなものもあんまり僕は見ないけど、
でもあるそうなんですね。それもやっぱりストーリーだなと思って、普通に一応です。名前ですよね。
けど何周年ですよと、この木は何周年、もう何年ここにいますとか、
誰かからこういった気持ちで贈られましたっていうのはもう完全にストーリーになるなと思っていて、
発信している方は分かると思いますけど、ただの目の前の現実だけを突きつける、目の前の現実だけをこう書いたブログとかよりも、
やっぱり自分自身のストーリーをちゃんと絡めて、過去がこうだったんだけれども今はこうですみたいなふうにね、
ストーリーを乗ることによって一気に価値が変わるというか、説得力も増すし愛着も増すんじゃないかなと思います。
僕たちの発信は自分の経験とか価値観とかを伝えていくっていうのもそうだし、
今まで生きてきた人生全部使って自分のストーリーとして語るっていうことが僕たちの発信なので、
そういう意味でもね、ただの会社員の発信とかただの主婦の発信にするんじゃなくて、
こういう背景を持った、こういう人生を生きてきた、こういう経験をしてきた会社員、主婦、サラリーマン、フリーランスのコンテンツです、メッセージですっていう方が、
そりゃあ説得力もあるし、ストーリーの方が人の心を動かせますよね。
っていうところがね、あのすごくふと思った疑問から、なるほどねと、ちょっと似てるなと思ったところです。
具体から抽象化する発信術
ちょっと面白くないですか?何にも全く興味がなかったものに、ふとなんでやろうなと思って疑問を描き、
それをちょっと調べると、なるほどねと思って、つまり僕たちに置き換えるとこういうことかなっていうような話をしてきました。
僕がよく言っている、具体的に起こったこと、見たもの、具体っていうものを抽象化するという話ですね、これは。
木の名前、木にネームプレートがあるのってなんてだろうっていう具体的な疑問から、
これって発信でも同じことが言えると思うんですよっていう抽象化。
これが日常をコンテンツにするっていう僕がずっと言ってるやり方で、
これができるようになると、ちょっと感じたこと、ちょっと見たもの、ちょっと誰かに言われたことっていう具体的な何でもないものが抽象化できると、
これってみんなにも同じことが言えません?あなたも同じ経験してません?っていう風にコンテンツに発信にすることができるんですね。
っていうのは余談ですけれども、そんな感じでね、街でガイロジュのプレートを見て、
なんでやろうって思ったところからコンテンツにしてみました。
ストーリーを語ることの重要性
僕たちはストーリーを語っていく必要がある、ただの出来事を語ったりとか、自分の自己紹介をするんじゃなくて、
こういう背景を持っている、こういう経験をしてきた人間が、これを語るからこそ意味があるっていうところが、
僕たちの発信の中でも最も重要なところの一つかなっていう風に思いますので、
発信していく中でラジオでもブログでも動画でも、そういうところをちょっと意識してみてほしいなと思います。
ストーリーを語っていくというところを意識してほしいなと思います。
はい、そんな感じでね、今週一発目のラジオ、まさかのところからネタをもらってきてコンテンツ化できてしまいました。
いやー、こうやってやっていくとね、本当に発信って無限にできるので、
日常からコンテンツを作るっていうところは僕も何年もやってきてますけども、
その辺のやり方、コツみたいなところは、結構僕は公式LINEでもワークシートを配布したりとか、
ちょっとしたお手伝いっていうところもできるところなので、
具体的なところから抽象化するってよくわからん、でもできるようになりたいって思ってる方がもしいたら、
いつでもね、公式LINEから問い合わせをしていただけたらなと思います。
概要欄にリンク貼ってますので、ぜひチェックしてみてください。
はい、そんな感じで今日はここまでにしたいと思います。
皆さん今週も一週間張り切って楽しく過ごしていきましょう。
また次回お会いしましょう。バイバイ。
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