1. RKBラジオドキュメンタリー
  2. 家族になろう~「子どもの村福..
家族になろう~「子どもの村福岡」の暮らし ~
2025-05-29 1:02:26

家族になろう~「子どもの村福岡」の暮らし ~

福岡市にある「子どもの村」は、実の親と住めない事情を持つ子供が、住み込みの里親と一緒に暮らしている。実の親にお返しするため育てる里親だが、次第に離れがたい情も湧いて…。里親3人の「子育て」を取材した。



===番組概要===

国内での児童虐待の報告は毎年20万件を超え、一般家庭で子供を預かる「里親」を増やすことが急務となっている。そうした、街中にある一般家庭ではなく、里親が集まって住む「村」が福岡にある。「子どもの村福岡」では3人の里親が計11人の子供と暮らしている。里親は個人事業主として村と契約を結び、村内に建てた一軒家にそれぞれ住み込んで子供と暮らす。目標は「返せる時期が来たら、子供を実の親の元に返すこと」だ。



3人の里親は、それぞれキャラクターが違う。実家の助けも借り育てているのは37歳女性の「まっつ」。孫もいる54歳の女性「カンちゃん」は、再びの子育てに挑戦している。唯一の男性、45歳の「田原さん」は、ちょっと子供を甘やかし気味。番組は、三者三様の子育ての様子を伝えていく。



子供に様々な事情があるとは言え、一つ屋根の下で暮らす里親と子供は、次第に離れがたい絆で結ばれていく。実の親が一緒に暮らせる環境が整った時、子供が村を離れる日が来る。村の目標は、「将来の別れ」を約束する。その日を想像し、「カンちゃん」は内心苦悩する。



里親が体調を崩したり、休みを取ったりする場合には、代わって村の専門スタッフがカバーするサポート体制が整っている。その反面、子供の情報を村で共有し合うため、家の中の情報は筒抜けだ。耐えきれず辞めていく里親も過去にはいた。



そして「まっつ」は、特殊な村の暮らしから離れ、町中に家を借りて一般の里親になる決断をした。それはなぜか。村はどう対応するのか。「子どもの村」で暮らす家族を、2年半にわたって追った。





出演:眞邉香代里、松島智子、田原正則、藤本正明、足立慎一

取材・構成・編集:荒木風花・神戸金史

整音・選曲・MA:大場敬一郎

制作:宮岡朋治

ナレーション:橋本由紀

製作・著作:RKB毎日放送

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:05
2023年末、福岡ソフトバンクホークスの ギー太子と柳田裕樹選手がクリスマスプレゼントを持って訪ねたのは、
子どもの村福岡。 さまざまな事情があって、実の親と暮らせない子ども11人が生活しています。
今後も、こうやってみんなに会えて嬉しいです。 来年もまた元気に入るように健康に過ごして頑張っていきましょう。
はい、以上です。
はい、ありがとうございます。
去年よりももっと、子どもの村の男の子も女の子も野球熱が高まってですね、中庭でマインしてですね、キャッチボールなどしております。
きっと、来たいことがたくさんあると思います。
それでは柳田選手に質問したい方、手を挙げてください。
はい。
好きな女性のタイプは何ですか?
優しくて、かわいくて、一番優しい女性が好きです。
子どもの村では、3人の里親が住民票を村に移して一軒家に住み込み、それぞれ3、4人の子どもを預かって暮らしています。
子どもたちは毎年、柳田が訪ねてくるのを楽しみにしています。
小学6年のゆうすけくんがお礼を言いました。
柳田選手、今年も僕たちが暮らす子どもの村に来ていただきありがとうございました。
僕は柳田と同じ人であったときは2年生のときでした。
この頃から毎年約束を守ってきてくれて本当に嬉しいです。
今は6年生になりました。
柳田選手に負けないように、スーツボールの練習も一生懸命やっています。
僕は来年中学生になるので、いろいろなことをやりたいです。
絵も描きたいです。
修行もっと上手くなりたいです。
僕も頑張るので柳田選手も頑張ってください。
村のみんなで一生懸命応援します。
来年も会いに来てくれたら嬉しいです。
ありがとうございました。
柳田と子どもたちは中庭に出てキャッチボールです。
03:06
いいね。
速い。
いいね。
この素敵な交流をテレビのカメラが取材したことはありません。
村の子どもたちはそれぞれ様々な事情を抱えています。
子どもたちの顔は映せないのです。
RKBラジオ報道ドキュメンタリー
家族になろう!子どもの村福岡の暮らし
取材 新木風花 神戸金文
この番組に登場する子どもたちはすべて加盟です。
行くよ。
子どもの村は福岡市の郊外、農業が盛んな今津地区にあります。
運営しているのはSOS子どもの村ジャパン。
世界130以上の国と地域で展開している国際NGOの日本法人で
福岡市に事務局を置いています。
子どもの村の敷地はおよそ1000坪。
土地は福岡市から借りています。
2010年に発足。建築費など3億円は寄附で賄われました。
村はその後も多くの個人や企業の寄附で運営されています。
柳田選手は子どもたちにクリスマスプレゼントを渡す前に
村のセンターハウスを訪れ、2023年分の寄附金345万円を手渡しました。
里親と子どもたちが暮らす3つの一軒家を専門のスタッフが見守る
とても珍しい村が福岡にあるのです。
粘土で遊ぼう。
粘土?この時間から粘土をせんから。
粘土。あ、スライム。
おもち持ってないの?
スライム作ればいいじゃん。
材料ないでしょ。
06:02
村で暮らす里親は3人。村では育親と呼んでいます。
普通の里親は自分の家で里子を預かりますが、
子どもの村では育親に村の一軒家へ移り住んでもらいます。
育親の松島里子さん、37歳。
一緒に暮らす子どもは幼稚園の年長から小学校5年生まで男女4人です。
家の前の花壇やプランターに子どもたちと一緒に花を植えて村の暮らしを彩っています。
子どもたちには家に一緒にいる大人というイメージで接しています。
お母さんとかママとかっていうのは呼ばせてないんですよね。
出会いの頃から松って呼んでねって言ってます。
子どもたちにはお母さんがいるので、私は線を引いている部分はありますね。
最初からお母さんって呼んでねって言ってる里親さんも村以外でもいますし、人それぞれ。
私はできるだけ里子っていうのは実家族のところに帰った方がいいだろうなと思っている人間です。
帰れる条件が少しでもあるならば、その条件を整えるお手伝いもしていきたいと思っている。
以前は児童養護施設で働いていました。
前の施設と比べてここで暮らしていることって何か違いはあるものですか?
全然違うと思います。ここは本当に生活なのでですね。
行方の判断に最終的には委ねられるというところがやりやすくもあり、責任の重さをかなり感じるというところですね。
行方の判断がちょっとまずいんじゃないかなっていうようなときは、村長はじめスタッフが意見をしてくれるので、
ここでワンクッションあって考えることもできますし。
田原雅則さん、45歳。
ギータに挨拶した小学校6年のゆうすけくんを頭に、男の子ばかり4人と暮らしています。
田原さんも以前、長崎県で児童養護施設に勤めていました。
独身で時間もあるからと施設に泊まり込んでみたそうです。
1、2ヶ月やってみて、子どもたちの関係性も結構取れたりとかですね。
24時間するのも面白いなと思って。
こういった里親だと子どもたちと一緒に生活する。ちょっと面白そうだなと。
09:02
でも自分独身だし、一人だから自信ないしなって。
そんな時にこの子どもの村があると。
村のセンターハウスでは専門知識を持つスタッフが後退で見守ります。
行く親が体調を崩したり、どうしても家を出なければならなくなったりした時には、
担当のファミリーアシスタントに大役を頼むことができます。
スタッフも入ってもらえるし、専門家人もたくさんいる。
いろいろ相談しながらやれる。
これだったらできるんじゃないかなと思ってですね。
来てみた話を聞いたら、理想に近いやんと思って。
3人目の行く親は真鍋かよりさん。
この石の方が強くってグシャって。
やばい、やっちまったと思って。
骨折。
村の前の道路で子どもたちと遊んでいた時でした。
速攻に入ってしまったボールを取ろうとコンクリートの厚い蓋を持ち上げようとして、
左手の中指を誤って挟み骨が砕けてしまいました。
家事もできず、ファミリーアシスタントの助けを借りて乗り切りました。
3人の中では最年長の54歳。
プライベートでは一人娘を育て上げ、孫も授かりました。
娘が赤ちゃんの時に離婚して、私もDVで逃げたようなもんなので。
娘を連れて実家に戻って、でも一対一だったので楽しかったんですよね、子育て。
楽しい子育てだったし、実は大事な人が自死したんですね。
その人も家庭に恵まれない人だったんですけど、母親に捨てられたってずっと思っていて。
結局自分は必要ない人間だっていう結末で自死してしまう。
自分が必要ないとか捨てられたとかっていう気持ちが40になって50になっても残ってしまって自分を殺してしまうっていうのが、
そんな人を一人でも二人でも助けたいと思ったのと、
私も気落ちしててネットサーフィンか何かをしてた時に育親募集が出てたんですよね。
それでもう行こうと思いました。
3人の子供からはあだ名で呼ばれています。
私はかんちゃんと呼ばれてるんですね。
12:02
最初にここは船だから、かんちゃん船長やけんって。
あなたたちがこの港で降りたいですっていうところまではみんなで一緒に協力して漕いでいくという話をしています。
船だよとか言ったらワンピースとかのあれを見ながら海賊がいいなとかって言って、
あそこに海賊団って書いてるんですけど、
お約束をですね、家のルールを決めようと思った時にみんなで話し合ったら、
仲良くする、約束を守る、仕事をする。
仕事って何?って言ったらカレンダーを毎日めくる。
カーテンなんですけど、まあしてないですけどね。
海賊団結成。
最初に来た時にあの子たちにも言ったんですけど、
一緒に住んだら家族やん。
離れてても家族やん。
だから私の娘も家族、お姉ちゃんやんって言ったら、
え、そうなの?ってすごい喜んでて。
離れてても家族は家族。
で、一緒に住んだらもう家族やん。
っていうふうには話してます。
子どもの村は里親への理解を広めようと説明会を開いています。
この日の参加者は20人ほどです。
子どもの村事務局の藤本雅昭さんが話します。
実のご家族のもとで生活できない子どもを
家族の一員として迎え入れて生活を共にするということです。
虐待とかも含みますけれども、
様々なご事情で親御さんのもとで生活できない一定期間、
里親家庭で生活する。
実の親と暮らせない事情は、
親の病気、育児ネグレクト、児童虐待などさまざまです。
この数は結構インパクトが大きくて、1日500件以上です。
これは虐待そのものが増えたって捉えるとちょっと間違えるかなと思っています。
今まで発見されなかった虐待が発見されたみたいに捉えていくほうが
正しい捉え方なのかなというふうに思います。
受け皿の一つが里親家庭、もう一つが児童費用後支払い入陣です。
ここでしっかり子どもたちを引き受けて育てる、
このほうの枠組みのことを社会的養護といいます。
15:01
社会が責任を持って育てましょうという、それがこの理念です。
今、社会的養護課で生活している日本の子どもはだいたい4万2千人くらいいます。
実はとても日本は少ないんですよね。
1万人あたりの児童人口で比較すると日本はとても少ない、17人です。
多いところで100人くらい、カナダ、デンマーク、フランスなんかはそうです。
極端に少なくて日本やっぱりいいよねっていうことではなくてですね、
これには理由があります。
社会的養護の子どもたちの数というのはこの30年間ほぼ変わらないです。
4万人から5万人くらいの間でずっと推移をしています。
これ何かというと、まさにもう里親家庭の数、児童養護施設入陣の定員の数そのものです。
これも増やすことができないので、30年間ほぼ同じ数で推移しているということです。
一方で児童虐待相談対応ケースは増えています。
明らかに定員の数を超えているということですよね。
だからこのギャップの部分というのは、実のご家庭でちょっと厳しいながら生活をしている可能性のあるお子さんがいるというふうに捉えたほうがいいんじゃないかなというふうに思います。
福岡市内で里親となっているのはおよそ100世帯。
とても足りません。里親という特別な役割。
マッツはこう話します。
全然楽しいことばかりじゃないです。
昨日はちょっと悩んでいる一般の里親さんのところにちょっとお悩み相談に行ってきて、
里親って9割苦しい、1割楽しいって思ってますって言ったばっかりなんですけど、昨日。
9割はもうしんどいことばっかり思い通りにならないし、もう言うこと聞かんし、わーってなるし、
でもたった1割の楽しさとか喜びっていうものを知ってしまうと、やめれないっていうのが私の考えです。
54歳にして孫もいるかんちゃん。
これまで児童福祉と関わったことはありませんでした。
3年前から始めた育親生活は、自分の子育て経験とは全く勝手が違いました。
1年目とかもうぐちゃぐちゃでした。
ご飯を投げ散らかしてぐちゃぐちゃになったりとか、それはひどかったです。
喧嘩して捕まえようってすると噛みつかれて、もう全身あざだらけだったんですね、噛んだり蹴ったり。
なんでそういうことをするのかがわからない。
でもそれを支えてもらったのはファミリーチームミーティングだったりとか、
あと両隣の育親さんの存在ですね。
で、お隣さんが大人に対する怒りをぶつけているような気がする。
18:06
そうかもしれない、今までの大人に対する怒りが全部私にぶつけている。
でもかんちゃんには子どもたちに伝えたいメッセージがあります。
お母さんに捨てられたわけじゃない。
そこは一番大事にしたいと思ってますね。
やっぱり母親って赤ちゃんを産むだけでも大変じゃないですか。
もうそこだけで本当に愛情いっぱいで生まれてきたんだよって。
きっと辛いことはまだあの子たちにはいっぱいあって、私がわからないところもいっぱいあると思うんですけど、
でも生きていくっていいことだよっていうか、そういうのを伝えたいなって。
みんな家に行くときはイオーターやろ。
ちょっともう。
一人で行かないように。二人で絶対行って。二人以上ね。
2024年のお正月。
子どもの村がある福岡市西区の今津地区で11日祭りが始まりました。
子どもたちはイオーター、つまりお祝いしたぞと叫びながら地域の家に駆け込んでいきます。
お目当ては用意してくれているお菓子です。
楽しそうですね、みんな。
今津のハロウィンと祝われています。他の地域から。
今津の11日祭りは福岡市指定の無形民族文化祭。
新型コロナ禍で中止されていましたが、4年ぶりに復活しました。
駄志を引くのは子どもたち。村の子どもももちろん参加しています。
この古い町で2010年子どもの村はスタートしましたが、それまでには強い反対もありました。
8回会議したんですわ。反対じゃなくて。
反対の理由は皆さん何だったんですか。
あのね、何も知らずにただ人の情報を聞いて、そういう悪い子を連れてきたら今津が悪くなるっていうこと。
それは今津受け入れがしっかりすればどうでもなるじゃないか。
それが結果的には良い結果で終わったんです。
それが子どもの村の老いたち。
ああいう子どもたちを助けないかんじだよ。
みんないま良い子ばっかり。見まずに居ついてほしいんじゃ。
21:02
見まずにやっぱりスマイルをして、そして小さい時からの話を色々とやっぱりできるようにせないか。
ここはふるさとですもんね。
そうよ。子どもたちのふるさとや。私はそう思う。
言いたいこと言ってごめんなさいね。
今では駄志や三越が子どもの村にも立ち寄るようになりました。
重かった?
重くなかったぞ。
村では温かい豚汁を用意していました。
美味しいです。
大人向けやもん。
疲れたね。ほんと疲れたね。がんばれがんばれ。
出迎えた足立信一さんは元は小学校の校長先生。
3年前から村長を務めています。
4年ぶりに復活してほんとに良かったなって思いますね。
最初は地域との関係を作るのは大変だったのかもしれませんけど、
やっぱり子どもがひとつの接点になってですね、村の存在が認知されていったんだなというふうに思いますね。
それは嬉しいですね。
14年間の信頼関係とか実績、いろんな子ども会の活動とかですね、
こういうお祭りとかをずっとやってきた結果がこういう今の状態なのかなと思いますね。
田原さんは春から中学生になるゆうすけくんにスマートフォンを買ってあげることにしました。
家計はどうやりくりしているのでしょうか。
村から収入をもらうんですけど、その中から出す。
子どもたち用のお金と外家に対する手当と村からもらっている僕に対しての一般生活費というのがひっくるめて収入なんですけど、
その中でもう全部やりくりするという感じですね。
変な話なんですけど、そういうのを切り詰めたら少し生活が楽になるじゃないですか。
僕なんかもう適当なので、あんまり節約ということに関してはやってないです。
子どもたちは節約せい節約せいで売っているけど、僕は生活できればいいかなと思っていて、
収入と何に使ったって食費でいくら使ったとか、子どもの洋服とか子どもの物でいくら使ったとか、
それ以外旅行に行くら使ったとか全部出すのでね、車のお金とかも。
あれ見ながら使いすぎているなと思います。
ご自身の貯蓄みたいなことはできるんですか?
できますできます。余ったお金というか、でも余りすぎてもダメなんですよね。
絶対この金額は子どもに使わせなきゃいけないというお金はあるので、
あとはもういわゆる自分に入ってくるお金から出していって、どれだけできるかで貯めていくという。
でも僕は貯めるということが苦手なので、キープするぐらいですね。
24:04
専門のスタッフも支援してくれる村での子育て。
しかし、別の面もあります。
マッツが本念を明かしました。
本当に環境としてはいいなとは思う一方で、
どの方々も、みんなそうと思うけど、生活を除かれるというか。
一般の里親と違い、行く親は子どもの様子を村のスタッフと共有します。
つまりプライバシーは丸見えなのです。
プライベートであり公でありというようなところの難しさはとてもあると思います。
一定の業務を委託されて、個人事業主として契約をしたりとかいう形だと思うんですけど、
仕事の面と生活の面とが融合しているような感じも受けるんですが。
子どもたちとの暮らしに関しては仕事取引は全くないですが、
やっぱり法人の会議とか研修があったりするので、
そこはどちらかというと仕事っぽくは感じてはいますね、役割として。
お休みは取れているんですか?
一応、休業日という形で月に何回かは。
基本的には家で休めるタイプなので、子どももほったらかして本を読んだりもするし、
私が本を読んでいたら子どもたちも本を読んでいるんですね。
ヤクルトが、もう飲んだヤクルト。
祭りからの帰り道。
ゆうすけくんたちが田原さんにまとわりついています。
寒っ。
じゃあ今日どっか食べかんやろ?
食べかんよ。だって酔っ払ったじゃん。
え、お父さんは?
じゃあ自転車で行きたい。
お父さん、自転車もダメよお父さん。酔っ払っとうけ。
あ、そうなん?
お父さんマジで酔っ払ったやろ?
酔っ払ってないって。
正直に言って。
ちょっとしか飲んでないもん。
お父さん、まだ宿題が終わってない。
マッツやかんちゃんとは違い、田原さんは自分をお父さんと呼ばせています。
幼稚園の参観とかに行くと、やっぱりお父さんお母さんって呼んでるじゃないですか。
で、その中で田原さんとか言ってたりするのが、僕の中ではずっと違和感はあったんですね。
で、子どもたちも多分なんかムズムズ感はあったんだと思います。
はっきりと覚えてるんですけど、その年の運動会ですね。
やっぱり親子競技だったりとか。
その日を境にお父さんになったんです。
お父さんって呼んだと思って。
多分いろんな思いがあったんだと思います。
それが一番高まったのがその運動会だったんじゃないかなと。
僕としてはそれが生活する中で自然だなって思うんですね。
しかし、田原家のゆうすけ君たちは、いつも甘えているばかりではありません。
27:00
お前なんかお父さんじゃねえってよく言われるけど。
そんなこと言われるんですか?
そうだね。お前の言うことなんか聞くかみたいな感じで。
えーって言ってきたかと思ったら5分後に、お父さん一緒にお風呂に入ろうとか言って。
和歩言ったらやっぱり嫌われないかなと思って聞いてくるんですね。
お父さんどうして僕のこと嫌いやろうって。
嫌いやろうって。
いつも言われたら、あなたの言葉は好かんけどって。
あなた自身は嫌いじゃありませんって。
あなたを最後までちゃんと育てるけんって。
最近は、あーって言って、お前が今期就職がいかないかって言ってくるから。
ちょっと待って、どっちが悪いと思う?
僕ですって。
見放さないというか、安心感はあるんだと思います。
言っても大丈夫って。
分かった、もう言わんけんって。
言ったら次の日にウィーって。
昨日言わんって言ったやん。
そんな毎日ですね。
子どもにとって、一緒に暮らす育親とはどんな存在なのでしょうか。
親が育てられない間、責任を持って育てていくっていうのが僕の役割と思ってて。
でも気持ちとしては、あなたたちを育てたお父さんっていうのは、もしここから出ても変わんないので。
思いとしてはですね、育てたお父さんだよっていうね。
子どもたちにとってはどういう存在なんですか、マッツは。
そうですね、お母さんのような時もあり、お兄さんのような時もあり、
遊び相手でもあり、恐ろしい鬼ババの時もありっていう、
いろんなそれぞれの局面によって違うかなと思うんですけど。
たぶん3人の中で一番厳しいです。
マッツは意地張りやけんとか、いいなぁ田原さんとかはとかって言います?
マッツ、僕がさ、マッツにさ、一番最初さ、
マッツと出かけた時にさ、おばちゃん家行ったよ。
マッツ子と松島里子さん。
一緒に暮らす沙耶ちゃんたち4人の子どもを連れてきたのは、福岡市内にある自分の実家です。
おじいちゃん。
マッツが子どもを実家に連れて行くのには訳があります。
本当に分からないですよ。
自分にお父さんがいるって分かってないとか、人がどうやって生まれるかとか、衝撃的でした私は。
教えないといけないのか。
私の兄弟とかも、誰から生まれたとかって。
お母さん誰とか言うんですよ、私の姉に。
先祖とかいう意味とか分からないと思います。
だから宝珠とかも連れて行くし、お盆のこととかっていうのも、いろいろ経験、体験させること。
ものすごい大事だなと思いました。
30:07
沙耶ちゃん9歳の誕生日。
3つの時に来たんですね。
マッツのご両親、周平さんと町子さんは、まるで本当のおじいちゃん、おばあちゃんのように喜んでいます。
私の両親も子どもに今関わってくれてる。
例えば私の友人家族も子どもに関わってくれてるんですよね。
だから思春期になった時とか、私の周りにいる人たちのことも子どもたちが頼っていけるように。
いつか絶対来るので、私とぶつかる時が。
うちの姉夫婦とかとも子どもたちに関わってますし、
お正月は毎年実家に帰って、お年玉もらっておとそ飲んで、お節より食べて、とかっていうこともしますし、
お盆には迎え日を送り日を、全然会ったこともない私の祖父母の仏台に手を合わせて、とかってしますよ子どもたち。
施設ではできないことですよね。
もともとは中学校の先生になるつもりだった松。
今の娘の暮らしを両親はどう見ているのでしょうか。
まさかこの人がそういうあれをするとは思いませんでしたね。
里親になって子どもたちを育てていくということは、その当時は想像できませんでしたけど。
子どもを育てるというのは素晴らしいことですからね。
お父さんは反対しちゃったよね最初に。
もう反対を受けたとかじゃないんですよ。
でもやっぱり私ずっと中学校の先生になるって言ってたから。
父もそれを縫い取るっていいと思うっていうのを応援してくれてる大学を昔もあったんで。
今は児童福祉の世界で生きると決意した娘を父親として応援しています。
この日、娘から初めて聞いたことがあります。
学校ではですよ、普段いつもマッツって言ってないって学校ではお母さんって言ってます。
お母さんって言うの?
それをびっくりして、でも外では使い分けてる。
学校ではマッツをお母さんと呼ぶさえちゃんたちの心の内に、松島一家は思いを巡らせます。
はい、チーズ。
完璧。
みんなに突っ込まれるんですけど、人と暮らすのが苦手なんです。
結婚したいと思ったことがなく、子供だけはOKなんですけど。
一番向かないことをやってるんですけど。
自分の子供を産みたいと思ったこともないんですよね。
それでもやっぱり家族を求めてる子がいるのと、そっちでいいじゃないかと思ってしまう。
自分の子を産まれたら大変だろうなと思うので、育てられないです、自分の子とか。
子供の村福岡にはセンターハウスとホールのほかに1軒家が5軒あります。
33:07
3軒の家では育親が子供たちと暮らしています。
残る2軒は…
ここはですね、短い期間お子さんを預かるショートステイという事業をしてまして、福岡市からの委託で運営をしています。
村のスタッフが外部の子供を短期間預かる専用の家として使われています。
日帰りの子さんもいらっしゃれば最長で2週間までなんですけど、親御さんの急な出張だったり、入院だったり、
いろんなご事情で誰も預けるところがないというところに区役所に行ってお申し込みをされて、
私たちが受けようという流れなんです。小学校、低学年ぐらいまでですかね、お見えになるのは。
半分以上が育児疲れだそうです。やっぱり一人親世帯の方のご利用が、繰り返しのご利用が多いということも分かってきました。
SOSを発しているわけですね。
そうですね。なので私たちは利用の理由が何であれ、表面上の理由と本当の理由が違っているということも実践の中で分かっています。
そこはですね、どんどん利用していただいて、虐待防止の切り札としてこのショートステイの仕組みを全国に広げていきたいなと思っています。
預かってくれる場所さえあれば一旦立ち直れるかもしれないと。
おっしゃる通りです。
福岡市内に住む30代の主婦、仮に陽子さんとします。
3歳と1歳の子供を育てていますが、時に手を挙げてしまい、これではいけないと思い始めました。
子供は自分で世話しろよ、みたいな雰囲気が公園内にあるので、公園一つ連れて行くので2人いたら大変で、子供が増えないのは分かるな、3人目とかは考えられないという感じで。
虐待のテレビとかニュースとかよく見るんですけど、気持ちは分かるなって。
気になってたら、誰かがどうかしてあげないとこんなことも起こるよなとか思いながら見ています。
福岡市では子供の村のほか、児童養護施設や入試院でショートステイを受け入れていますが、その人数には限りがあります。
36:06
児童虐待は全国で毎年20万件以上報告されています。
緊急避難場所が圧倒的に足りないのです。
なので、子供の村は一般の里親家庭でもショートステイの子供を引き受けてもらえるよう、コーディネートする取り組みも進めています。
区役所に相談した陽子さん。村から町の里親を紹介されました。
ちょっと思いっきりって言って預けてみたんですけど、預けるときに里親さんとお会いすることができて、子供3人ぐらいと一緒に迎えに来られてて、子育て世代のお母様で、
なんかすごいお会いして可愛い可愛いって私の赤ちゃんのこと言ってくれてて、すごい安心して預けられたっていうのはありました。
帰ってきたら、2人ともなんか別に大丈夫でしたみたいな感じで。
これまで4回利用して、陽子さんの心境に変化が生まれてきました。
そうやって困ってる私みたいなお母さんを助けたいっていう思いでされてたりとか、本当に子供が好きでされてる方とかたくさんいるっていうのを初めて知ったので、
なんかすごい良い生徒だなと思って。
私は今利用してる立場ですけど、子供がもうちょっとしたら大きくなってあんまり手もかからなくなったら、
預かってみるのもなんか楽しそうっていうか面白そうだよねっていう風には、
今預かってもらってるくせに何言ってんだって言われそうなんであんまり言ったことないんですけど、
ちょっと子育てに余裕ができたら、預かってみる立場にもなってみたいなっていう風にちょっと思ったりもしています。
今日は田原家4人の子供の最年長、6年生ゆうすけくんの卒業式。
朝から田原さん、袴の着付けに宿泊しています。
ちゃんとできるとお父さん?
30%はできる。
70%は間違ってるかもしれん。
これでいいんじゃない?お坊さんみたいに。
違くない?後ろでもするんじゃなかった?
YouTube見よう。わからんけん。
ちゃんとしようよ。スマホ貸して。僕の。
なるほど。
39:01
なるほど。わかった。
できたけん。
じゃあそれでいいね。
違うしちゃう。
もうここまま行く?
1時間経っても着られません。
田原さん、お隣のかんちゃんにSOSです。
失礼します。
かっこいい。
いっぱい結んでこうしてたんだよね。
多分それじゃない。
後ろで見ていい?
後ろで普通に結ぼう。
お父さん着替える時間ないやん。これでよかろう。
だってお父さんの写真撮らんもん。
お父さんもスーツで行って。
だって間に合わん。
スーツを探すとこなきゃいけないんだけど。
探すってどういうこと?
スーツで行って。オイラが恥ずかしい。
髭も剃ってないし、歯も磨いてないし。
大丈夫。
僕一番最後と思う。
なんとか卒業式に間に合ったスーツ姿の田原さん。
でも髪は寝癖でボサボサです。
節目を一つ乗り越えてよかったのかなと。
無事に卒業できてですね。
実はお父さんにも夢があります。
結婚願望が普通にあるので、
どこかで出会いがあればいいなと思って、
今でもたまに婚活行ったりとかするんですけど。
結婚できればもっと楽しくなるだろうなと思ってるんですね。
もし婚活が成功したら、
この里親生活の中に入ってもらおうってことになるんですか?
だからハードル高いんですよ。
結婚した瞬間に4人のお餅になるっていうことでもありますよね。
断られる文句としては想像がつかない。
その後の生活の。
でも期待を持ちつつ落ち込まずみたいな。
出会いがあれば一緒にやってもらえたらいいなと思ってるんですね。
社会的養護施設で暮らしたり、
42:00
一般の家庭で里親に育てられている子どもたち。
先々はどうなっていくのでしょうか。
子どもの村事務局の藤本雅昭さんに聞きました。
法律上は児童って18歳未満なんですよね。
でも今22歳まで里の社会的養護家で生活することは今できます。
例えば大学に進学したりとかいうことであればそれが可能です。
ただそのやっぱり里親さんって錠が入るわけですよ。
だから現実的にはですね、
措置期間後もそこは自宅になったりすることもあるし、
経済的なエンジンを行っておられる方も結構数多くいらっしゃるのは現実かなと思います。
実の親と暮らせる環境が整った時には子どもたちをお返しする。
それが村の大切な目標です。
子育て経験者の寛ちゃんはこう言います。
お母さんにも最初の時に手紙を書いたんですね。
今は他人に子育てを委ねても人生長いから
きっと私が今子育てして娘に助けられているみたいに
きっと30年40年たったらお母さんとこの子たちの関係が
今度は子どもたちがお母さんを助けるような関係になっていると思うので
だから今はいつかお母さんが一番元気になることを大事にして
いつかこの子たちがお母さんの元に帰れるように
それを大事にしたいなとは思っています。
そのまんえ、子どもが実の親の元に帰ることを想像すると
行く親の心には複雑な感情が湧き上がります。
親に帰した後、自分は喪失感に耐えられるのか
新たに別の子どもを平気で迎え入れることができるのか。
大人だけで話してて、お母さんの引き取りを
お母さんが3年後くらい考えているとか何とかそういう話があると
私が揺れるんですよ。子どもたちには何もそんな話をしてないのに
彼らも何かしりかすんですよ。スタッフにもよく言われるんですけど
まねべさんが揺れると子どもたちも揺れるから。
なるべく考えないようにはしてるんですけど
もしあの子たちが3人いなくなったら次また受けようって思えるかは
ちょっと自信がないです。
中学生になったゆうすけくん。車の中で田花さんが愚痴をこぼしました。
ちょっとなんか暴言が激しくなってます。
45:01
中学生イコール大人になったんじゃないかってゆう勢いで何か色々言ってきますもん。
帰りどれくらいになるとって聞いたら10時くらいとか言うから。
いやいや中学生でしょって。
学校終わったらボーリング行ってくるとか言ってたんですよ。
子どもたちだけで。
子どもたちだけではカラオケボーリングなんちゃらかんちゃらは行っちゃダメですよって書いてあって
それ見せたらそんなの関係ねえって言って破り出して。
ゆうすけくんに直接聞いてみました。
お小遣い増やしてくれって言いたいんじゃないの。
今いくらもらってるの。
3000円。
たらん。
ゲームとか好きなもの書いてる。
お父さんはやりたいこと応援してくれてる?
うん。バレエとかあったらたまに応援とかしてくれたりとか
週次あったら、段とかが上がっていったら
ご褒美で3000円分とか買ってあげるとかしてくれてていいと思う。
応援してると思う。
逆にお父さんにこういうとこ直してほしいってある?
部屋片付けろって言ってる割には自分の部屋めっちゃぐちゃぐちゃで。
矛盾した。
お父さんの部屋は倉庫だから関係ないのって言った。
それ聞いてどう思う?
はぁって思った。
ゆうすけくん、こんなことも口にしました。
今津っていう土地は好き?
うん。
ずっと今津にいたい?
うん。
そうなの?町の都会の方には行きたくないと?
うん。
それがどうして?
え、なんかお父さんから離れたくない。
一緒にいたいの?いつからそう思うようになった?
え、なんかずっとそう思って。いつからやったっけ?わからん。
一緒にいたら楽しい?
うん。
部屋は汚いけど?
これからもみんなで生活していきたい?
うん。よかったね、ここに来て。
そして松。母親ではなく別の大人として接すると語っていましたが。
一応、措置委託というところでは18歳というところにもなりますけど、
もうずっとつながっていく。子供が望めば。
途中で出ていくかもしれないですし、こんなとこ嫌って出ていくかもですけど、
48:02
望めば家族としてつながっていきたいなと思っています。
実は子供たちと一緒に村を離れて街中に家を借り、
普通の里親家庭をつくるつもりと明かしました。
ずっといるつもりはないです、ここに。
一般の地域で市里親として生活していくということは目標にはしているので。
ここに来たときからずっと思っていたので。
村を出れば、4人の子供と暮らす家を借りなければなりません。
もちろん、家賃がかかります。
あの子たちの子供時代を少なくとも18まで考えたときに、
ずっとこの村の特殊な環境で過ごしていくということが、
果たしていいのかなと考えています。
村の環境がダメとかではなくて、とてもいい環境だと思うんですけど、
じゃあ一般的かと言われると、まったくかけ離れている部分もとても多いですよね。
なので、ここも一つのふるさととして、
また次の場所というのも考えたほうがいいのかなと思いました。
そして、手頃な家がマッツの実家のすぐ近くに見つかったのです。
もうすぐ。
引っ越し?
26に引っ越すって。
あの家に入る。
そうか。楽しみ?
楽しみ。
そうか。
40秒でおばあちゃん家から着くって。
やったね。
やった。
近いね。
めっちゃ近い。
めっちゃ近いね。
すぐ近くに越してくることになり、マッツの両親は本当に嬉しそうです。
お母さん。あ、おはよう。
おばあちゃん。
おはようございます。
新しい家から今度の学校まで子どもたちと歩いてみることにしました。
マッツが卒業した小学校です。
えらいな。ちゃんと横断歩道から渡りましたよ。
今だけかもしれないけどね。
ここは福岡市の住宅街。
地域全体が顔見知りだった農村部の今津地区とは違います。
子どもたちはどう受け止めているのでしょうか。
今のところ子どもたちも楽しみ楽しみばっかりで。
実際転校する日とかになったらやっぱり緊張するだろうなと。
やっぱり難しいことがたくさんあると思います。
素朴に子どもたちや他のお子さんたちは
なんで同じ家なのに名前が違うのとかっていうところからスタートするからですね。
大人の親御さんたちもわからない方の方が多いと思うので
51:04
いかにうまく私が関係を皆さんと築いていけるかというのはあると思います。
できるだけ積極的に地域の行事やら学校の行事とか
PTAの活動とかもそうなると思うんですけど
参加していって最初はですね
ご理解をいただけるようにしないといけないなと思っています。
里親家庭であるということを公にするかしないかというところは
それぞれ皆さんの判断ですけど
うちはもう里親家庭だというところは最初からお伝えしていこうと思うので
でも子どもたちが家を気に入ってくれてよかったです。
かんちゃんと田原さんは松を応援しながらも
寂しさを募らせているようです。
結構前からいつということは伝えてはなかったですけど
そういう意向というのは伝えていたので
頑張ってねということで
ですけど最近は本当に出ていくんだねって言って
ダンボール運んだりとかするので
まだめさんなんかは私大体もうずっと一年通して
花壇をきれいに花を植えてたりしてたんですけど
今はもう早々プランターを全部撤収してしまったので
そういうのを見て実感してるっていう風に
この前言われてました。寂しいって。
松一家が村を出る日が来ました。
村を去る松一家。
でも縁が切れるわけではありません。
足立信一村長が説明してくれました。
新しい試みなんですけど
会議とかずっと来てくれるから
うちのサテライト
だからお別れではないというのが僕らの認識ですけど
本人が普通の里屋さんになるのか
うちとつながるのかという選択をしてもらったんですけど
やっぱりもう村のことを気にしてくれてて
それでこういう形になったんですよね。
村の行く親の一人として外で子供を
行く親の一家が暮らす家を
村の外にもう一軒作るという形になったのです。
経済的にはもう全く一緒です。
だから家賃払わなくていいし
彼女は動きやすいと思います。
54:02
あの大きな家結構な家賃なんですけど
それは村が持つ?
そうです。
そのくらいまでしても
松島さんはつながってほしい。
人なんですよ。
もう本当に里親としては
スーパーというかかなり経験があって思いもあって
人とつなぐ力がいっぱいあるし
何だって子供たちが素晴らしい
頑張らせてあげてるから
ただ子供たちが学校行っちゃうから
子供たちいなくなっちゃうんだね。
寂しいね。寂しいね。
ここは4人減っちゃって
11人から7人になっちゃったんですけど
ここは空き家になるので
公募?里親さんされる方いますか?
ということで募集をかけて
そしてある程度里親さんの目処がついたら
また児童相談所の方にマッチングを考えてもらって
また一緒に
プロがめっちゃ早いね。
お隣のかんちゃんが様子を見に来ました。
田原さんはこの日
幼児で子供と出かけて留守にしていました。
松一家の旅立ちにかんちゃんは名残惜しそうです。
お隣でいろいろお世話になりました。ありがとうございました。
寂しい。卵1個貸してとか家に来なくなると思うのかな。
ほとんど私貸すんだよね。
私何回借りに行ったかな。
今日も借りたね。
今日何借りた?
アルミホイル。
すみません。
ですよね。その前砂糖でしたかな。
しょっちゅう。それもできなくなるから。
でも毎週来ますので。
子供たちはちょっと会う頻度が減るけどね。
遊びに行っていい?
すぐ来てもらおうね。夜ご飯食べに来て。
聞いたら遊びに行きます。
頑張ってください。私も向こうで頑張ります。
2人になってしまうとちょっと寂しいけどね。
松一家の子供たち4人は
旅立ちの前に好きな花を買ってきていました。
ここにお花を植えてから行けば
また遊びに来たときに成長が楽しみや。
松島家といえばお花やから。
自分で植えたい。
一人一株ずつ植えよう。
まだすぐ入ってきんじゃねえか。
松たくさんの花咲かせてくれるんだって。
横に広げん広がるやつ。
花は枯れたらすぐ切らんと次が出てこんけんね。
57:01
切りに来ないからね。
そうだね。
閉めるよ。
気をつけて。
やっと引っ越しから解放される。
その気持ちだけです今。
いいよ。届けるから。
宮岡 智春
取材・構成・編集
荒木 風花
かんべ かねぶみ
声音・選曲・MA
大葉 圭一郎
制作・著作
RKB毎日放送
ナレーションは橋本 由紀がお送りしました。
この番組に登場した子供たちは全て仮名です。
01:02:26

コメント

スクロール