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一緒に住んだら、もう家族 ~「子どもの村」の一軒家~
2025-01-02 58:28

一緒に住んだら、もう家族 ~「子どもの村」の一軒家~

福岡市にある「子どもの村」は、実の親と住めない事情を持つ子供が、住み込みの里親と一緒に暮らしている。実の親にお返しするため育てる里親だが、次第に離れがたい情も湧いて…。里親3人の「子育て」を取材した。
番組詳細
親の病気や育児ネグレクト、虐待など、様々な理由で親元を離れ「社会的養護」下で暮らす子供がいる。児童養護施設や乳児院のほか、一般の里親家庭に引き取られる子たちだ。その数は4万人あまり。だが、30年間ほとんど変わっていない。受け入れ施設には定員があるからだ。児童虐待は、報告されているだけで、毎年20万件を超す。子供を受け入れるには、里親を増やすしかない。
「子どもの村福岡」では、計11人の子供が3人の里親に育てられている。「村」は一般の里親家庭とは違い、3軒の家に里親に住み込んでもらい、子供を育ててもらう。子供に様々な事情があるため、「村」はテレビの取材を受けていない。顔が映せないからだ。このため、あえてラジオドキュメンタリーという形を取り、取材することにした。



3人の里親は、それぞれ個性的だ。子供をちょっと甘やかし気味な45歳男性。しっかり怒りながら、実家の助けも借りて育てる37歳女性。プライベートでは子育てを終え、「村」で再びの子育てに臨む54歳女性。子供への向き合い方は、三者三様だ。
一軒家で子供と暮らす里親は、なぜ「村」にやってきたのか。複雑な事情を抱える子供と、どうやって人間関係を築いていくのか。「村」では専門知識を持つスタッフが里親をサポートする。支援体制に助けられつつ、公私が入り交じりプライベートがのぞかれてしまう生活に悩む場面も。取材に率直な心情を明かす里親が、子育てに臨む真摯な姿勢からは、現代日本の子供が育つ環境が浮かび上がる。
放送日時RKBラジオドキュメンタリー 『一緒に住んだら、もう家族 ~「子どもの村」の一軒家~』
2025年1月2日(木)
出演者眞邉香代里、松島智子、田原正則、藤本正明、足立慎一
制作取材・構成・編集 荒木風花・神戸金史
整音・選曲・MA 大場敬一郎
制作 宮岡朋治
ナレーション あべやすみ
制作・著作 RKB毎日放送

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00:05
2023年の暮れ、福岡ソフトバンクホークスのギータこと柳田裕樹選手が、クリスマスプレゼントを持って訪ねたのは、子どもの村福岡。
様々な事情があって、実の親と暮らせない子ども11人が生活しています。
まずは柳田選手からご挨拶をいただきましょう。それではよろしくお願いします。
皆さん、お久しぶりです。今年もこうやってみんなに会えて嬉しいです。来年もまた元気に会えるように、健康に過ごして頑張っていきましょう。
はい、ありがとうございます。
去年よりももっと子どもの村の男の子も女の子も野球熱が高まってですね、中庭で毎日キャッチボールなどしております。
また3名の子どもがですね、ショートボールのチームに入っていて、たくさん試合にも出ました。きっと聞きたいことがたくさんあると思います。
それでは柳田選手に質問したい子、手を挙げてください。
好きな女性のタイプは何ですか?
優しくて、可愛くて、一番優しい女性が好きです。
好きな食べ物は何ですか?
お肉と魚とパスタといちご。
子どもの村では3人の里親が住民票を村に移して、一軒家に住み込み、それぞれ3、4人の子どもを預かって暮らしています。
里親の田原雅取さんが手を挙げました。
さっき質問した男の子たちに、柳田選手はちょっと今日練習したくないなとか、行きたくないなと思った時に、やっぱり行こうと思う考え方だと教えてもらえたらと思いますか?
最終的にやらずに終わると後悔というか、後になってやっとけばよかったと思っちゃう。
そう思いたくないので、嫌でもやります。
子どもたちは毎年、柳田が訪ねてくるのを楽しみにしています。
03:00
田原さんと一緒に暮らす小学6年の雄介くんがお礼を言いました。
柳田選手、今年も僕たちが暮らす子どもの村に来ていただきありがとうございました。
僕は柳田と最初出会った時は2年生のときでした。
この頃から毎年約束を守ってきてくれて本当に嬉しいです。
今は6年生になりました。柳田選手に負けないように、スーツボールの練習も一生懸命やってます。
僕は来年入学期間になるので色々なことをやりたいです。
絵も描きたいです。
手術ももっと上手くなりたいです。
僕も頑張るので柳田選手も頑張ってください。
村のみんなで一生懸命応援します。
来年も会いに来てくれたら嬉しいです。ありがとうございました。
柳田と子どもたちは中庭に出てキャッチボールです。
この素敵な交流をテレビのカメラが取材したことはありません。
村の子どもたちはそれぞれ様々な事情を抱えています。
子どもたちの顔は映せないのです。
RKBラジオドキュメンタリー
一緒に住んだらもう家族。
子どもの村の一軒家。
この番組に登場する子どもたちは全て仮名です。
子どもの村は福岡市の郊外。農業が盛んない今津地区にあります。
運営しているのはSOS子どもの村ジャパン。
世界130以上の国と地域で展開している国際NGOの日本法人で福岡市に事務局を置いています。
子どもの村の敷地はおよそ1000坪。土地は福岡市から借りています。
2010年に発足。建築費など3億円は寄附で賄われました。
村はその後も多くの個人や企業の寄附で運営されています。
柳田選手は子どもたちにクリスマスプレゼントを渡す前に村のセンターハウスを訪れ、今年の寄附金345万円を手渡しました。
06:10
ありがとうございます。しっかり子どもたちのために頑張ってください。
里親と里子が暮らす3つの一軒家を専門のスタッフが見守るとても珍しい村が福岡にあるのです。
村では里親を育親と呼んでいます。
普通の里親は自分の家で里子を預かりますが、子どもの村では育親に村の一軒家へ移り住んでもらいます。
田原雅則さんは45歳。小学校6年生の雄介くんを頭に、わんぱく盛りの4人の男の子と暮らしています。
田原さんは以前、長崎県の児童養護施設に勤めていました。
施設に来たからとて、担当のスタッフとの関係性というのを築いていくのって、
朝からいるけど夜はいないとか、2、3日休みだとか、そこの関係性が作りにくかったんですね。
そこで独身で時間もあるからと施設に泊り込んでみたそうです。
1、2ヶ月やってみて、子どもたちの関係性も結構取れたりとかして、
24時間するのも面白いなと思って、こういった里親だと子どもたちと一緒に生活する。
ちょっと面白そうだなと。でも自分独身だし、一人だから自信ないしなと。
そんな時にこの子どもの村があると。スタッフも入ってもらえるし、専門家人もたくさんいる。
いろいろ相談しながらやれる。これだったらできるんじゃないかなと思って。
来てみて話を聞いたら、理想にしか言えないと思って。
村のセンターハウスでは、専門知識を持つファミリーアシスタントや村のセンタースタッフが交代で見守ります。
行く親が体調を崩したり、どうしても遠出しなければならなくなったりした時には、担当のファミリーアシスタントに大役を頼むことができます。
田原さんは8年前、子どもの村の行く親になりました。
父親というよりかは、どっちかたらお兄ちゃん的な感じなのかなって。
本当にダメな時はガツンと叱るけど、ビシビシやってたら疲れるし。
でも甘えは一番、根本的に相手の信頼関係を築いていく必要なので、僕はそれを理由に甘えさせたばかりなんですけど、
09:08
多分周りから見たら、もうちょっと甘えさせんでやるんかなって思ってるかもしれないです。
甘えさせる、そこまで宣伝いっちゃないもんね。
2人目の行く親、真部香織さんは54歳。
村の前の道路で子どもたちと遊んでいた時でした。
速攻に入ってしまったボールを取ろうと、コンクリートの厚いフタを持ち上げようとして、
左手の中指を誤って挟み、骨が砕けてしまいました。
家事もできず、ファミリーアシスタントの助けを借りて乗り切りました。
プライベートでは一人娘を育て上げ、孫も授かりました。
娘が赤ちゃんの時に離婚をして、私もDVで逃げたようなもんなので。
娘を連れて実家に戻って、1対1だったので楽しかったです。
楽しい子育てだったし、実は大事な人が自死したんですね。
その人も家庭に恵まれない人だったんですけど、母親に捨てられたってずっと思っていて。
結局自分は必要ない人間だっていう結末で自死してしまった。
自分が必要ないとか捨てられたとかっていう気持ちが、40になって50になっても残ってしまって自分を殺してしまうっていうのが、
そんな人を一人でも二人でも助けたいと思ったのと、
私も気打ちしてネットサーフィンをしていた時に育親募集が出ていたんですよね。
それでもう育おうと思いました。
真部香織さんが育親になったのは3年前。
3人の子供からはあだ名で呼んでもらうことにしました。
私はかんちゃんと呼ばれているんですね。
最初にここは船だから、かんちゃん船長やけんって。
あなたたちがこの港で降りたいですっていうところまではみんなで一緒に協力して漕いでいくという話をしています。
船だよとか言ったらワンピースとかのあれを見ながら海賊がいいなとかって言って。
海賊団。あそこに海賊団って書いてるんですけど。
お約束をですね。家のルールを決めようと思った時にみんなで話し合ったら、
12:03
仲良くする、約束を守る、仕事をする。
仕事って何?って言ったらカレンダーを毎日めくる。
カーテンなんですけど、まあしてないですけどね。
海賊団結成。
最初に来た時にあの子たちにも言ったんですけど。
一緒に住んだら家族や。離れてても家族や。
だから私の娘も家族。
お姉ちゃんやって言ったら、え、そうなの?ってすごい喜んでて。
離れてても家族は家族。一緒に住んだらもう家族やっていうふうには話してます。
お母さんに捨てられたわけじゃない。そこは一番大事にしたいと思ってますね。
やっぱり母親っていうか赤ちゃんを産むだけでも大変じゃないですか。
もうそこだけで本当に愛情いっぱいで生まれてきたんだよって。
きっと辛いことはまだあの子たちにはいっぱいあって、私がわからないところもいっぱいあると思うんですけど。
でも生きていくっていいことだよっていうか、なんかそういうのを伝えたいなって。
松。僕がさ、松にさ、一番さ、最初から松と出かけた時にさ、おばちゃん家行ったよ。
松子と松島里子さん。
3人の育児家で最も若い37歳です。
一緒に暮らす4人の子供を連れてきたのは福岡市内にある自分の実家です。
子供たちは仏壇の前に進んで手を合わせました。
パチンって鳴らしたらいかんというか、静かにお手伝いをしてる。
松が西ちゃんたち4人を実家に連れて行くのには訳があります。
本当にわからないですよ。自分にお父さんがいるってわかってないとか、人がどうやって生まれるかとか、衝撃的でした私は。
教えないといけないのか。私の兄弟とかも誰から生まれたとかって。
お母さん誰とか言うんですよ、私の姉に。先祖とかいう意味とかわからないと思います。
ほうじゅうとかも連れて行くし、お盆のこととか、いろいろ経験、体験させること。ものすごい大事だなと思いました。
今日は西ちゃん9歳の誕生日。
大きくなったな。
3つの時に来たんですね。
松のご両親しゅうへいさんとまちこさんは、まるで本当のおじいちゃんおばあちゃんのように喜んでいます。
私の両親も子供に今関わってくれてる。
例えば、私の友人家族も子供に関わってくれてるんですね。
15:03
だから、思春期になった時とか、私の周りにいる人たちのことも子供たちが頼って生きるように。
いつか絶対来るので、私とぶつかる時が。
うちの姉夫婦とかとも子供たちに関わってますし、お正月は毎年実家に帰って、お年玉もらって、おとそ飲んで、おせちより食べて、とかっていうこともしますし。
お盆には迎え火を送り火を。
全然会ったこともない私の祖父母の仏壇に手を合わせて、とかってしますよ子供たち。
施設ではできないことですね。
もともとは中学校の先生になるつもりだった松。
今の娘の暮らしを両親はどう見ているのでしょうか。
まさかこの人がそういうあれをするとは思いませんでしたね。
里親になって子供たちを育てていくということは、その当時は想像できませんでしたけど。
子供を育てるというのは素晴らしいことですからね。
お父さんは反対しちゃったよね最初に。
もう反対を受けたとかじゃないんですよ。
でもやっぱり私ずっと中学校の先生になるって言ってたから。
父もそれを縫い取るっていいと思うっていうのを応援してくれてる大学を昔もあったので。
児童福祉の世界で生きる決意を固めた娘を周平さんは応援することにしました。
松は父親からのこんな言葉を覚えています。
今から出会う子供たちは橋の持ち方とか姿勢がどうとか挨拶がどうっていうようなところを教える以前に
人との関係性とか自分のことを大事にする人のことを大事にするみたいなことのほうが
それは大事なことだけしか教えられないかっていうようなことを
二人の時に言ってくれて嬉しいなと思って。
子供たちとは家に一緒にいる大人という感じで暮らしていると松は言います。
お母さんとかママとかっていうのは呼ばせてないんですよね。
出会いの頃から松って呼んでねって言ってます。
子供たちにはお母さんがいるので私は線を引いてる部分はありますね。
最初からお母さんって呼んでねって言ってる里親さんも村以外でもいますし、人それぞれ。
子供たちにとってはどういう存在なんですか、松は。
そうですね、お母さんのような時もありお兄さんのような時もあり遊び相手でもあり
恐ろしい鬼ババの時もありっていういろんなそれぞれの局面によって違うかなと思うんですけど
たぶん三人の中で一番厳しいです。
松は意地悪やけんとかいいなぁ田原さんとかはとかって言います言います。
仏壇で子供たちが手を合わせた時、私たちはこんな質問をしてみました。
誰に線香あげたの?
うん、僕。
誰に?
仏壇、松に。
18:01
子供からの答えはなぜかはっきりしませんでした。
誰に手を合わせるの?線香あげてるの?って聞いたら。
松のおばあちゃんとかって普段言うところを言わんかった。
分からんとかじゃなくて分かっとるけどあえて言わない。
そういう感じでしたね。
しかし松の父しゅうへいさんのことを子供たちは私たちにおじいちゃんと説明したのです。
なんでだったんでしょうね。
田部さんや荒木さんが自分たちのことをどれくらい知ってるのか分からない部分もあると思います。
だからおじいちゃんって言ったのかなと思いました。
僕らに説明する意味も込めて?
というか、学校ではですよ。
普段いつも松って言ってるのに学校ではお母さんって言ってます。
お母さんって言うの?
そう。びっくりしてる。
でも外では使い分けてる。
お母さん、おじいちゃん。
家族同士の普通の言い方で呼ばないほうがいいのか。
それとも逆にそう呼んだほうがいいのか。
いつ、どこでなら。
さいちゃんたちはいつも考えているらしいのです。
松が意外なことを口にしました。
みんなに突っ込まれるんですけど、人と暮らすのが苦手なんです。
結婚したいと思ったことがなく、子供だけはOKなんですけど。
一番向かないことをやってるんですけど。
自分の子供を産みたいと思ったこともないんですよね。
それでもやっぱり家族を求めてる子がいるならそっちでいいんじゃないかと思ってしまう。
自分の子を産まれたら大変だろうなと思うので、育てられないです、自分の子とか。
一方、45歳の田原さん、なんと!
結婚願望が普通にあるので、
そこまでいい出会いがあればいいなと思って。
今でもたまに婚活行ったりとかするんですけど。
結婚できればもっと楽しくなるんだろうなと思ってるんですね。
もし婚活が成功したら、この里親生活の中に入ってもらおうってことになるんですか?
だからハードル高いんですよ。
結婚した瞬間に4人の子持ちになるっていうことでもありますよね。
断られる毛布としては想像がつかない、その後の生活の。
期待を持ちつつ、でも落ち込まずみたいな。
出会いがあれば一緒にやってもらえたらいいなと思ってるんですね。
夢を諦めていない田原さん。
子供をちょっと甘やかし気味です。
松は実家の助けも借りて、しっかり怒りながら育てています。
そして海賊団を結成し、再び子育てに臨むかんちゃん。
21:05
子供への向き合い方は三者三様です。
皆さんこんばんは。どうぞよろしくお願いいたします。
子供の村は里子を引き受ける一般家庭を増やすため、リクルート活動も続けています。
この日は里親の説明会を開きました。
参加者は20人ほど。子供の村事務局の藤本雅昭さんです。
実のご家族のもとで生活できない子供を家族の一員として迎え入れて生活を共にするということです。
虐待とかも含みますけれども、様々なご事情で親御さんのもとで生活できない一定期間里親家庭で生活する。
実の親と暮らせない事情は、親の病気、育児ネグレクト、児童虐待など様々です。
児童虐待の統計を取り始めたのが1990年です。少しずつ毎年増えていって、1999年に1万件を突破しました。
今はだいたいどれくらいの件数か。
2万人弱です。
もっと多いです。20万件です。
20万件という数は結構インパクトが大きくて、1日500件以上です。
これは虐待そのものが増えたって捉えるとちょっと間違えるかなと思っています。
今まで発見されなかった虐待が発見されたみたいに捉えていく方が正しい捉え方なのかなと思います。
受け皿の1つが里親家庭、もう1つが児童扶養後施設あるいは乳児院です。
ここでしっかり子どもたちを引き受けて育てる、この法の枠組みのことを社会的養護と言います。
社会が責任を持って育てましょうという、それが法の理念です。
今、社会的養護課で生活している日本の子どもはだいたい4万2千人くらいいます。
実はとても日本は少ないんですよね。
1万人あたりの児童人口で比較すると日本はとても少ない、17人です。
多いところで100人くらい、カナダ、デンマーク、フランスなんかはそうです。
極端に少なくて日本やっぱりいいよねっていうことではなくてですね、これには理由があります。
社会的養護の子どもたちの数というのはこの30年間ほぼ変わらないです。
4万人から5万人くらいの間でずっと推移をしています。
これ何かというとまさにもう里親家庭の数、児童養護施設、乳児院の定員の数そのものです。
これも増やすことができないので30年間ほぼ同じ数で推移しているということです。
一方で児童虐待相談対応ケースは増えています。
明らかにこの定員の数を超えているということですよね。
だからこのギャップの部分というのは実のご家庭でちょっと厳しいながら生活をしている可能性のある
24:04
というふうに捉えたほうがいいんじゃないかなというふうに思います。
鞘ちゃんたち4人の子どもと暮らすマッツ。
以前は田原さんと同じく児童養護施設で働いていました。
毎の施設と比べ、戸で暮らしていることって何か違いはあるのですか?
もう全然違うと思います。ここは本当に生活なのでですね。
やっぱり行方の判断に最終的には委ねられるというところが
やりやすくもあり責任の重さをかなり感じるというところですね。
行方の判断がちょっとまずいんじゃないかなというようなときは
村長はじめスタッフが意見をしてくれるので
やっぱりちょっとここでワンクッションあって考えることもできますし。
54歳にして孫もいる鞘ちゃんこと真部香織さん。
しかし自分の子育てと村での育親生活は全く勝手が違いました。
1年目とかもうぐちゃぐちゃでした。
ご飯を投げ散らかしてぐちゃぐちゃになったりとか。
もうそれはひどかったですね。
喧嘩して捕まえようとすると噛みつかれて
もう全身あざだらけだったんですね。噛んだり蹴ったり。
なんでそういうことをするのかがわからない。
でもそれを支えてもらったのは
ファミリーチームミーティングだったりとか
あと両隣の育親さんの存在ですね。
で、お隣さんが大人に対する怒りをぶつけているような気がする。
そうかもしれない。
今までの大人に対する怒りが全部私にぶつけている。
お隣には同じ育親が暮らし
担当のファミリーアシスタントも支援してくれる村での子育て。
しかし、別の面もあります。
マッツが本音を明かしました。
本当に環境としてはいいなと。
もう一方で、どの方々もみんなそうと思うけど
生活を除かれるというか。
一般の里親と違い
育親は子供の様子を村のスタッフと共有します。
つまりプライバシーは丸見えなのです。
プライベートであり公的であり
というようなところの難しさはとてもあると思います。
一定の業務を委託されて
個人事業主として契約をしたりとかいう形だと思うんですけど
仕事の面と生活の面とが融合しているような感じも受けるんですが
子供たちとの暮らしに関しては仕事という意識は全くないですが
法人の会議とか研修があったりするので
そこはどちらかというと仕事っぽくは感じてはいますね。役割として。
27:06
お休みはとれているんですか?
一応、休業日という形で月に何回かは。
基本的には家で休めるタイプなので
子供もほったらかして本を読んだりもするし
私が本を読んでいたら子供たちも本を読んでいるですね。
田原さんは春から中学生になるゆうすけくんに
スマホを買ってあげることにしました。
家計はどうやりくりしているのでしょうか。
村から収入をもらうんですけど、その中から出す。
子供たち用のお金と村からもらっている
僕に対しての一般生活費というのがひっくり返して収入なんですけど
その中で全部やりくりするという感じですね。
変な話なんですけど、そういうのを切り詰めたら
少し生活が楽になるじゃないですか。
僕なんかは適当なので、あんまり節約ということに関してはやっていないです。
子供たちは節約性と節約性と言っているけど
僕は生活できればいいかなと思っていて
収入と何に使ったって食費でいくら使ったとか
子供の洋服とか子供の物でいくら使ったとか
それ以外旅行に行くといくら使ったとか
車のお金とかも全部出すので
あれを見ながら使いすぎているなと思います。
ご自身の貯蓄みたいなことはできるんですか?
できます。余ったお金というか、余りすぎてもダメなんですよね。
絶対この金額は子供に使わせないといけないというお金はあるので
あとは自分に入ってくるお金から出していって
どれだけできるかで貯めていく。
僕は貯めるということが苦手なので、キープするくらいですね。
里親という特別な役割。松はこう話します。
全然楽しいことばかりじゃないです。
昨日はちょっと悩んでいる一般の里親さんのところに
ちょっとお悩み相談に行ってきて
里親って9割苦しい、1割楽しいって思ってますって言ったばっかりなんですけど
9割はもうしんどいことばっかり思い通りにならないし
言うこと聞かないし、わーってなるし
でもたった1割の楽しさとか喜びっていうものを知ってしまうと
やめれないっていうのが私の考えです。
子供の村がある福岡市西区の今津地区。
今日は正月のお祭り11日祭りの日です。
子供たちはイオーター、つまりお祝いしたぞと叫びながら
地域の家に駆け込んでいきます。
30:01
お目当ては用意してくれているお菓子です。
おいしいです。
楽しそうですね、みんな。
そうですね。今津のハロウィンと言われています。他の地区から。
今津の11日祭りは福岡市指定の無形民族文化財。
新型コロナ禍で中止されていましたが、4年ぶりに復活しました。
だしを引くのは子供たち。村の子供ももちろん参加しています。
この古い町で2010年、子供の村はスタートしましたが、
それまでには強い反対もありました。
8回会議したんですわ。反対じゃなくて。
反対の理由は皆さん何だったんですか。
あのね、何も知らずにただ人の情報を聞いて、
そういう悪い子を連れてきたら今津が悪くなるっていうこと。
それは今津受け入れがしっかりすればどうでもなるじゃないか。
それが結果的には良い結果で終わったんです。
それが子供の村の老いたち。
ああいう子供たちを助けないかんじだ。
みんな今良い子ばっかりやん。
見まずに居ついてほしいんじゃ。
見まずにやっぱりスマイルをして、
そして小さい時からの話を色々とやっぱりできるようにせないか。
ここはふるさとですもんね。
そうよ。子供たちのふるさとや。私はそう思う。
言いたいことを言ってごめんなさいね。
今ではだしやみこしが子供の村にも立ち寄るようになりました。
俺のお家よ。
村では温かい豚汁を用意していました。
おいしいです。
大人向けやもん。
疲れたね。ほんと疲れたね。がんばれがんばれ。
出迎えた足立信一さんは、もとは小学校の校長先生。
3年前から村長を務めています。
やっぱり4年ぶりに復活してほんとによかったなって思いますね。
最初は地域との関係を作るのは大変だったのかもしれないけど、
やっぱり子供が一つの接点になってですね、
村の存在が認知されていったんだなって思いますね。
それはうれしいですね。
14年間の信頼関係というか実績、いろんな子供会の活動とかですね、
33:00
こういうお祭りとかをずっとやってきた結果が、
こういう今の状態なのかなと思いますね。
祭りからの帰り道。
ゆうすけ君たちが田原さんにまとわりついています。
寒っ。
じゃあ今日どっか食べかんやろ。
食べかんよ。だって酔っ払ったじゃん。
じゃあ自転車で行きたい。
自転車もダメよお父さん。酔っ払っておけ。
そうなん?
お父さんマジで酔っ払ったやろ。
ちょっとしか飲んでないもんそんな。
お父さんまだ宿題終わってない。
松屋寛ちゃんとは違い、田原さんは自分をお父さんと呼ばせています。
幼稚園の参観とかに行くと、やっぱお父さんお母さんって呼んでるじゃないですか。
その中で田原さんとか言ってたりするのが、僕の中ではずっと違和感はあったんですね。
子供たちも多分なんかムズムズ感はあったんだと思います。
はっきりと覚えてるんですけど、その年の運動会ですね。
国道競技やったりとか。
その日を境にお父さんになったんです。
お父さんって呼んだと思って。
多分いろんな思いがあったんだと思います。
それが一番高まったのがその運動会だったんじゃないかなと。
僕としてはそれが生活する中で自然だなって思うんですね。
しかし田原家のゆうすけ君たちは、いつも甘えているばかりではありません。
お前なんかお父さんじゃねえってよく言われるけど。
そんなこと言われるんですかね。
そうなんですよ。
お前の言うことなんか聞くかみたいな感じで。
えーって言ってきたかと思ったら5分後に、
お父さん一緒にお風呂に入ろうとか言って。
わーって言ったらやっぱり嫌われないかなと思って聞いてくるんですね。
お父さんどうして僕のこと嫌いやろうって。
嫌いやろうって。
いつも言われてあげて、あなたの言葉は好かんけどって。
あなた自身は嫌いじゃありませんって。
あなたを最後までちゃんと育てるけんって。
最近は、わーって言って、お前がこんきち首相がいかねえかみたいなこと言ってくるから。
ちょっと待って、どっちが悪いと思う?
僕ですって。
見放さないというか、安心感はあるんだと思います。
言っても大丈夫って。
分かったもう言わんけんって。
って言ったら次の日にウィーって。
昨日言わんって言ったら嫌。
そんな毎日ですね。
子どもの村福岡にはセンターハウスとホールがあり、さらに県家が5軒建てられています。
育児家が3軒の家で子どもたちと暮らしていますが、残る2軒は?
ここはですね、短い期間お子さんを預かるショートステイという事業をしてまして、福岡市からの委託で運営をしています。
村のスタッフが外部の子どもを短期間預かる専用の家なのです。
36:03
日帰りの子さんもいらっしゃれば最長で2週間までなんですけど、親御さんの急な出張だったり、入院だったり、いろんなご事情で誰も預けるところがないというところに区役所に行ってお申し込みをされて、私たちが受けようという流れなんです。
小学校、低学年ぐらいまでですかね、お見えになるのは。半分以上が育児疲れだそうです。やっぱり一人親世帯の方のご利用が、繰り返しのご利用が多いということも分かってきました。
SOSを発しているわけですね。
そうですね。なので私たちは利用の理由が何であれ、表面上の理由と本当の理由が違っているということも実践の中で分かっているので、
そこはですね、どんどん利用していただいて、虐待防止の切り札としてこのショートステイの仕組みを全国に広げていきたいなと思っています。
預かってくれる場所さえあれば、一旦立ち直れるかもしれないと。
おっしゃる通りです。
福岡市内に住む30代の主婦、仮に陽子さんとします。
3歳と1歳の子供を育てていますが、時に手を挙げてしまい、これではいけないと思い始めました。
夫が出張がある仕事なもんで、子供が今まで一人だったときはよかったんですけど、もう二人とも抱っこ抱っこで。
一人だともうキーってなっちゃって、私も。
公園とかで遊ばせてても、二人いようと一人だろうと、自分の子供は自分で世話しろよみたいな雰囲気が公園内にあるので、
公園一つ連れて行くのでも、もう二人いたら大変で、子供が増えないの分かるなって。
3人目とかはもう考えられないって感じで。
虐待のテレビとかニュースとかよく見るんですけど、気持ちは分かるなって。
もうキーってなってたら、誰かがどうかしてあげないとこんなことも起こるよなとか思いながら見ています。
福岡市では子供の村のほか、児童養護施設や乳児院でショートステイを受け入れていますが、
その人数には限りがあります。
児童虐待は全国で毎年20万件以上報告されています。
緊急避難場所が圧倒的に足りないのです。
なので子供の村は、一般の里親家庭でもショートステイの子供を引き受けてもらえるようコーディネートする取り組みも進めています。
区役所に相談した陽子さん。村から町の里親を紹介されました。
39:05
ちょっと思いっきりって、えいって預けてみたんですけど、
預けるときに里親さんとお会いすることができて、子供3人ぐらいと一緒に迎えに来られてて、
子育て世代のお母様で、なんかすごいお会いして、かわいいかわいいって私の赤ちゃんのことを言ってくれてて、
すごい安心して預けられたというのはありました。
2人とも別に大丈夫でしたみたいな感じで。
これまで4回利用した陽子さん。心境に変化が生まれてきました。
そうやって困ってる私みたいなお母さんを助けたいっていう思いでされてたりとか、
本当に子供が好きでされてる方とかたくさんいるっていうのを初めて知ったので、
すごい良い生徒だなと思って。
私は今利用してる立場ですけど、子供がもうちょっとしたら大きくなってあんまり手もかからなくなったら、
預かってみるのも楽しそうっていうか、面白そうだよねっていうふうには。
今預かってもらってるくせに何言ってんだって言われそうなんであんまり言ったことないんですけど。
ちょっと子育てに余裕ができたら預かってみる立場にもなってみたいなっていうふうにちょっと思ったりもしています。
今日は田原家4人の子供の最年長、6年生ゆうすけ君の卒業式。
朝から田原さん、墓場の木付けに宿泊しています。
30%だって。
30%だって。
70%は間違ってるかもしれん。
これでいいんじゃない?お坊さんみたいに。
もういいから、もう。
違くない?今回の。後ろで見せるんじゃなかった?
ほんとね。
YouTube見よう、わからんけん。ねえ、もうちゃんとしようよ。スマホ貸して、僕の。
なるほど。
なるほど。
なるほど、わかった。
できたけん。
違う、しちゃう。
えー、もう。
もうここまま行く?
1時間たっても切られません。田原さん、お隣のかんちゃんにSOSです。
失礼します。
わー、かっこいい。
このね、結び方が。
いっぱい結んでこうしてたんだよね、縦にね。
多分それじゃない。
もうさ、普通に結んでいい?
うん、いいよ。
42:00
ねえ、後ろで。普通に結ぼう、後ろで。
もう、お父さん着替える時間ないやん。これでよかろう?
ねえ、だめ。
だってお父さんの写真撮らんもん。
ねえ、お父さんもスーツで行って。
だって間に合わんって。
探すってどういうこと?
ねえ、スーツで行って。
俺らが恥ずかしい。
髭も剃ってないし、歯も磨いてないし。
大丈夫、大丈夫。
よいしょ。
僕一番最後と思う。
なんとか卒業式に間に合ったスーツ姿の田原さん。
でも髪は寝癖でボサボサです。
卒業生は入場します。拍手でお迎えください。
節目を一つ乗り越えてよかったのかなと。
無事卒業できてですね。
ゆうすけ君、春からは街中にある中学校に通います。
頑張って。
社会的養護施設で暮らしたり、一般家庭で里親に育てられている子どもたち。
先々はどうなっていくのでしょうか。
こどもの村事務局の藤本正明さんに聞きました。
ちょっと試験を含むところがあるので、
それは前置きでお伝えしながらにしたいと思います。
法律上はですね、児童って18歳未満なんですよね。
でも今22歳まで、社会的養護家で生活することは今できます。
例えば大学に進学したりとかいうことであれば、それが可能です。
ただ、やっぱり里親さんって錠が入るわけですよ。
だから現実的にはですね、措置・看護も、そこは自宅になったりすることもあるし、
経済的な援助も行っておられる方も結構数多くいらっしゃるのは現実かなと思います。
実の親と暮らせる環境が整ったときには、
子どもたちをお返しする、それが村の大切な目標です。
かんちゃんはこう言います。
お母さんにも最初のときに手紙を書いたんですね。
今は他人に子育てを委ねても人生長いから、きっと私が今子育てして娘に助けられているみたいに、
45:00
きっと30年、40年たったらお母さんとこの子たちの関係が、
今度は子どもたちがお母さんを助けるような関係になっていると思うので、
だから今はお母さんが一番元気になることを大事にして、
いつかこの子たちがお母さんの元に帰れるように、それを大事にしたいなとは思っています。
母親ではなく別の大人として接すると語っていたマッツ。
私はできるだけ里子というのは実家族のところに帰ったほうがいいだろうなと思っている人間です。
帰れる条件が少しでもあるならば、その条件を整えるお手伝いもしていきたいと思っている。
とはいえ、子どもが実の親のもとに帰ることを想像すると、
行く親の心には複雑な感情が湧き上がります。
親に帰した後、自分は喪失感に耐えられるのか、
新たに別の子どもを平気で迎え入れられるのか。
大人だけで話していて、お母さんの引き取りをお母さんが3年後くらい考えているとか何とか、
そういう話があると、私が揺れるんですよ。
子どもたちには何もそんな話をしていないのに、彼らも何かしりかすんですよ、何か。
スタッフにもよく言われるんですけど、真部さんが揺れると子どもたちも揺れるから。
なるべく考えないようにはしているんですけど、
もしあの子たちが3人いなくなったら、次また受けようって思えるかはちょっと自信がないです。
そして18歳を迎えたら、お別れとなるのでしょうか。
松津、実は先々、今の子どもたちと一緒に村を離れ、
街中で普通の里親家庭を作るつもりだと明かしました。
ずっといるつもりはないです、ここに。
一般の地域で市里家として生活していくということは目標にはしているので、
ここに来た時からずっと思っていたので。
実は子どもの村からはこれまでも、
別れ難い絆を結んだ育児親と子どもが一緒に独立していきました。
すると村は別の育児親を探し、新たな子どもを受け入れてきたのです。
一応措置委託というところでは18歳というところにはなりますけど、
もうずっとつながっていく。子どもが望めば。
途中で出ていくかもしれないですし、こんなとこ嫌って出ていくかもですけど、
望めば家族としてつながっていきたいなと思っています。
48:03
子どもが望めばずっと家族として、田原さんはこう話します。
親が育てられない間、責任を持って育てていくというのが僕の役割と思っていて、
でも気持ちとしてはあなたたちを育てたお父さんというのは、
もしここから出ても変わらないので、思いとしては育てたお父さんだよという。
一緒に住んだらもう家族。
3人は育児親としての立場をわきまえつつ、
子どもたちと村の一軒家で暮らしています。
中学生になったゆうすけくん。車の中で田原さんが愚痴をこぼしました。
ちょっとなんか暴言が激しくなってます。
中学生イコール大人になったんじゃないかっていう勢いでなんかいろいろ言ってきますもん。
帰りどれくらいになるとって聞いたら、10時くらいとか言うから。いやいや、中学生でしょ。
学校終わったらボーリング行ってくるとか言ってます。
子どもたちだけで。
子どもたちだけではカラオケ、ボーリングなんちゃらかんちゃらは行っちゃダメですよって書いてあって。
それ見せたら、そんなの関係ねえって言って破りだして。
ゆうすけくんに直接聞いてみました。
今どんな中学生生活なの?
え、普通。普通というか。
何してる?部活は。
バレー。
大変?
大変。
え、なんか朝早く行って、夜遅く帰ってくるんだよ。
厳しい?
まあ、普通じゃない。
大人になってきたのか、なかなか会話が弾まないゆうすけくんです。
お小遣い増やしてくれって言いたいんじゃないの?
うん。
今いくらもらってるの?
3000円。
たらん?
たらん。
ゲームとか好きなもの書いてない。
お父さんはやりたいこと応援してくれてる?
どういう風に応援してくれてるの?
バレーとかあったらたまに応援とかしてくれたりとか、
週次あったら、段とかが上がっていったら、
ご褒美で3000円分とか買ってあげるとかしてくれてて、
いいとは思う。応援してるとは思う。
逆にちょっと、お父さんにこういうとこ直してほしいってある?
えー、なんか、部屋片付けろって言ってる割には、
自分の部屋めっちゃぐちゃぐちゃで、矛盾した。
お父さんの部屋は倉庫だから関係ないの?って。
それ聞いてどう思うの?
はぁ?って思った。
田原さん、大丈夫ですか?
51:01
だけど、ゆうすけくんこんなことも口にしました。
今津っていう土地は好き?
うん。
ずっと今津にいたい?
うん。
そうなの?町の都会の方には行きたくないと?
うん。それはどうして?
えー、なんか、お父さんから離れてくない。
一緒にいたいの?いつからそんなのになった?
えー、なんか、ずっとそう思って。
いつからだっけ?わからん。
一緒にいたら楽しい?
部屋は汚いけど。
うん。
これからもみんなで生活していきたい?
うん。
よかったね、ここに来て。
実は田原のお父さん、子供たちに内緒にしていることがあります。
中学の子はちょっとだけ覗きに来ました。
どんな視点かなと思って、ちょっと遠めに前に行って、平和公園で。
お父さんは下の子供たちの様子が知りたくて、
小学校の修学旅行にこっそりついて行ってしまったのです。
ほんとかいな。
バレてない?
バレてない。変装して、でもかなり怪しい感じなので、
たぶん周りかしら怪しい人がいるぞみたいな。
マスクしてって感じですか?
ちょっと見せますね、それは。こんな感じ。怪しすぎますよね。
帽子にマスクにサングラス、墓。
で、ちょっとカツラもしわがな感じの。
カツラ買ったんですか?
カツラはそんなに高いものじゃなかったので買いました。
触手されなかったですか?
されるかなと思いつつ、一番びっくりしたのは、
鉢合わせがちょうど来たら、
ほかの生徒がこっち見てじいてみて、ちょっと焦ってしまって。
変装までしてついてきたかったんですか?
ちょっとどんな姿勢かなって見たかったのに。
薬溶け込んでやってたんで、ああよかったと。
ほんとに行ったの?って。
もうドンビキですけどみんな。
お父さん、ちょっとやりすぎですよ。
え、お父さん、なんか変なの出た。
田原さん45歳。結婚願望あり。
とりあえず今、お相手はいません。
え、お父さん。
54:06
RKBラジオドキュメンタリー。
一緒に住んだらもう家族。子供の村の一軒家。
制作宮岡智春。取材・構成・編集荒木風華。
神戸金文。声音選曲MA大葉圭一郎。
制作・著作。RKB毎日放送。
ナレーションは安部康美でお送りしました。
この番組に登場した子供たちはすべて仮名です。
数学教師芸人の高田先生だよー。
高田先生の算数ワクワクラジオ。
算数が不安なあなたを算数ファンに変えるポッドキャスト番組です。
アップル、スポティファイ、アマゾン、ラジコなど各種音声プラットフォームで配信中。
4649よろしくー。
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