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こんにちは。人生経験豊富で成熟しちゃった癒やし継続者カウンセラーのrippiです。
今日は知らないうちに受け取っていた人生の思い込みというお話をしようかと思います。
お知らせと次世代ビジョンボード作成会について
その前に少しお知らせです。
9月26日土曜日の午後の8時から、AIを使った次世代ビジョンボード作成会を開催します。
山火賁は無料です。
申し込みサイトはほぼできているんですけど、ここも思い込みがあってですね、この話は後でします。
ビジョンボードというのは、叶えたい夢やなりたい自分、行きたい場所、理想の暮らしなどを写真や言葉にして一枚にまとめて普段から目にするところに置いておくものです。
それを見ていたりすると、自分がどんな未来に行きたいのかなというのが擦り込まれていてですね、そっちの未来に行きやすくなります。
なので、今回の作成会ではAIも使ったりしながら、その未来が叶った後、自分がどんな生活しているのかなとか、どんなエネルギーでいるのかなとかね、
そういうのを感じることによって、よりその状態になりやすくなるというような次世代ビジョンボードをやっていきます。
人生の思い込みとその起源
今日は、知らないうちに受け取っていた人生の思い込みですね。
皆さん、ちゃんとしなきゃと思うことありませんか?
ちゃんとしなきゃとか、人に迷惑をかけてはいけない、人に頼ってはいけない、我慢をしなくてはならない、空気を読まなきゃいけない、いい人であらねばならないとかね、
そういうふうに思うことありませんか?
それって、自分はこういう信念を持ってそうしているんだ、みたいに思っている人も多いかもしれないんですけど、
でも、いつからそうなったんでしょうね。自分でいつそう思うようになったんでしょうか。
子供の頃、親とか先生とかからいろんなことを言われたりすると思うんですよね。
お姉ちゃんなんだから我慢しなさいとか、そんなことで泣かないでとか、また泣くのとかね、
泣けば解決すると思っているのかとか言ってね、泣いても無駄だみたいなことを言われたような気がしますね。
だから泣いてはいけない。泣くと怒られるから泣いてはいけないと思っているから人前で一切泣かなくなったのかもしれませんね。
今気づいちゃいました。
あと我慢も言ってはいけないとかね、そんなことをしたら恥ずかしい。恥ずかしいというのもよく言われましたね。
あとみんなと同じでしなさいとか、みんなはどうなのとかね、そういうことありますね。
なので、そういうのを何度も何度も言われたりすると、それが当たり前になっちゃうんですね。
家の中でそれが当たり前、それが常識みたいな。
常識で考えなさいって私もすごくよく言われたんですけど、普通こうでしょ、常識で考えなさいって言われたんですね。
だから普通どうなんだろう、常識ってなんだろう、あれ私おかしいのかな、これが駄目なのかな、これが正しいって言われてからじゃあこれでいいのかみたいなね。
じゃあこういうことをやっていれば正しくて、これなら否定されなくて、これなら自分が人に迷惑をかけないんだなとかね、
そういうふうに思っていて、人格とか出来上がっていったりすると思うんですよね。
だから私は人に迷惑をかけてはならないというのはすごく大きくあるんですけど、
思い込みによる行動への影響
私でもすごく大事だと思うんですけど、でもそれが本当に強いと困ってても助けてって言えないんですよね。
それとか体調が悪くてもまあいける、何とかなるとか、私が頑張ればいいとか、
それとか人にお願いするのも申し訳ないとかね、何とかして自分でやらなきゃいけないとか、
本当に困ってても、全部私一人でやっちゃうんですよね。
あと何かをしてもらったら返さなきゃって、等価交換みたいに思っちゃったりとかね。
だから私は人に迷惑をかけたくない性格だからって思ってるかもしれないんだけど、
本当にそれって元々の自分の考えなのかなーっていうね、我慢をするのが当たり前になっているのではないかなとかね。
あと人に譲らなくてはならないとかね、本当にちょっと2本も3本下がっている方が美しいみたいに思ってたりとかね。
なので自分の希望よりも人を優先することが美しいみたいな、その方が当たり前とかね。
というかむしろ自分の得たいことを言ってはならないって思っているってこともあると思います。
本当は嫌なのに、大丈夫ですよ、やりますよとか言ったり、私こっちがいいな、じゃあどっちでもいいですよとか言っちゃったりとかね。
後からこっち行きたかったんだ、これやりたかったなって思いながらもやもやする。
そういう時って自分でもなんでこんなにもやもやするんだろうって分からなかったりするんですよね。
思い込みの世代間連鎖
なのでちゃんとしなきゃとか言われたとか、ちゃんとしなさいって言われた言葉もそうなんですけど、
自分がちゃんとしていないと許せないかったりするんですね。
部屋が散らかってるなぁ、今日も何もできなかったなぁ、予定通り進まなかった、失敗した。
今日もできなかったから私って本当にダメとか思っちゃう。
本当に私ってだからダメなんだとか思っちゃったりするんですよね。
だけどね、どうしてそんなにちゃんとしていない自分がダメ、許せないと思っちゃうんでしょうね。
でもそれって親とか周りの人に言われたから、そういう風に思い込まされているっていうところで、
親がひどかったとかね、思っちゃったりするんですけど、
だけど親も自分の親に言われたことだったりするんですよね。
今はいろんなね、子供の教育みたいな育児本とかもいっぱいあるけど、
昭和の人たちはその上の大将みたいな人たちの頭ごなしな教育みたいなとかね、
私のおばあちゃんは強烈な人だったんですけど、
なかなか昔の人ってね、男尊女孝とかもいっぱいあっただろうしね。
今みたいにね、わりと柔軟な考え方が許されるような感じではなかったので、
自分が親にされたこととか、自分が学べなかったこと、
自分が知っている中の本当に近くにいたママたちとか、自分の親たちとか、兄弟たちとか、
そういったものが常識って思っちゃっていて、
それを子供にやってただけかもしれないんですよね。
だからその時代はそれが普通だった。
そんなことやってると嫌われちゃうよとかね、
そういうふうに私がこもらないように言ってくれてたこともたくさんあると思います。
だけど気がついたらね、
自分が思っている以上に周りの言葉とか、家の空気とか、その時代の常識みたいなものが
自分の中に入っちゃってて、インストールされてて、
気づいたらその行動をとってしまったりしていることがあると思います。
思い込みへの気づきと解放
なので、今ね、自分がこうしなくてはならないとか、
こうあればならないと思っていることって何かあるかなっていうのを探してみてください。
どんなのがありましたか?
そして何か思い浮かんだら、何か出てきましたかね?
これって私いつからそう思ってるんだろう?って考えてみてください。
もしかしたら、あれこれ私、昔はそんなことなかった。
ちっちゃい頃はもっとこうだった。
えーいつだっけ?みたいな感じに思うかもしれないですね。
あの時にあの人にこういう風に言われたから、私は今こうなんだ。
さっきのね、私が泣いてはいけないみたいな。
本当に私は泣いてはいけないが大きくて、人前で泣けないんですよ。
本当にね、ドライアイなんじゃないかって思ってるんですけど。
でもやっぱりね、人前で泣くのは恥ずかしい。
恥ずかしいっていうのはね、めっちゃありますね。
だからみんなの前で泣ける人ってすごい羨ましいなって思いますね。
なのでこういうのとかもね、未来を考えている時にも出てきたりします。
9月26日の次世代エピジョンボード作成会では、
AIと一緒にこれからどうなって、どんな風な人生を生きていきたいかっていうのも描いていきます。
そういう時に、でもこんなことを想像していいのかな?
こんな未来を設定していいのかな?とか高望みじゃないかな?とか思うこともあります。
でもそれって本当に高望みなの?っていうかね。
そうやって思ってはいけないって思ってるだけなんじゃないの?
そう思うのが恥ずかしいって思わされてるだけなんじゃないの?みたいなことに気が付けるかもしれません。
まとめと今後の展望
はい、というわけで今日は知らないうちに受け取っていた人生の思い込みについてお話をしてみました。
はい、何かの気づきになったら嬉しいです。
はい、ではでは今日もいい一日になりますように。
ハッピーを引き寄せましょう。
ではでは。