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体調が悪いから何もできないは本当?
2026-07-24 21:42

体調が悪いから何もできないは本当?

#防衛機制 #ニューロダイバーシティ
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サマリー

本エピソードでは、「体調が悪いから何もできない」という思い込みについて、心理学における「防衛規制(ディフェンスメカニズム)」の概念を交えながら掘り下げています。防衛規制には様々なレベルがあり、特に「未熟な防衛」とされる空想や投影などが、自己肯定感を守るために過剰に用いられる場合があることを解説。また、体調不良を理由に行動を制限してしまうことの落とし穴や、具体的な状況把握と実践を通じて「地に足のついた」現実的な対応を見つけていくプロセスについて語られています。職場での体調不良者への対応における構造的な問題点にも触れ、無力化を防ぐための自己理解と自己開示の重要性が示唆されています。

「防衛規制」の概念とその分類
Reverse Diverse アタッチメントを探求する。
はい、こんにちは。平林です。 こんにちは、イーノです。
このポッドキャストでは最近、ファンタジーについて話し合ってきましたね。
自己防衛的ファンタジーだね。
その自己防衛的ファンタジーっていう言葉、これってあるのかな、世の中にはという話題も出ていました。
イーノさんが調べてくれたみたいです。
調べてきました。
今日はちょっとその話から始めていこうと思います。
ジェミニによると、AIで調べました。
AIで調べなくても、一般的なネットリサーチとかだと、防衛規制、英語だとディフェンスメカニズムっていう言葉はよく使われてて、
元々は精神分析から出てきていて、今はそのいろんな領域、認知心理学とか、
農科学とかの研究もあるみたいで、ディフェンスメカニズムに関する。
ディフェンスメカニズムっていうのが近いかな。
日本語だと防衛規制、ちょっと難しい言葉だよね。
防衛規制。
そういう規制がかかっちゃうっていう、そういうイメージの規制ですか。
自分に言うとメカニズムっていう。
メカニズムって規制っていう日本語?
確かにさ、防衛規制っていう言葉は、読んだことがあるよね。
あ、そうですか。
あんまり使ってないけど、紹介したことあるかな。
それでその後にちょっと見てみたのが、防衛規制、ディフェンスメカニズムに関する研究として、
ちょっとヒットしたのが、古いんだけど、1994年にジョージ・バイラントっていうのかな、
っていう人が書いた論文で、これは人格障害、パーソナリティ障害を理解する上で、
この防衛規制、ディフェンスメカニズムの視点っていうのが有用ですよっていう、大事ですよみたいなニュアンスの論文なんだけど、
精神分析的というか臨床的だなっていうふうに思ったのは、
この防衛規制っていうのは別に、もともとなんで防衛規制っていうのが働くのかっていうと、
やっぱり人間は、例えば受け入れがたい現実みたいなものに直面したときに、
それを何らかの形で、そこから生じるストレスを軽減して、
自分のアイデンティティとか、認知的な世界とか守ろうとするわけじゃん。
防衛しようとするわけだよね。そういうものとしてあるから、
誰にでも、これなんか認知の歪みと一緒で、誰も持ってるものとして捉えてるの、この防衛規制っていうのをね。
ただ、やっぱり臨床の話でもあるから、それがすごく臨床面で問題になるようなものもあるっていうので、
4つの段階に分けて、4つの段階というか階層に分けて、
1つは、さっき言った、自分にとってちょっと受け入れがたいことが起きている、
自分の例えば信念とは真逆のことを相手に求められて、ちょっと不快感を感じてるとかさ、
そういうときに私たちが取る防衛規制の一般的な型として、
例えば、皮肉をで返すとかさ、ユーモアで解消するとかさ、
あるいは抑圧しちゃうとか、なかったことにするとか、そういうものはよく起きるんだって。
ただ、臨床の場面でちょっと問題かな、みたいになってくるのは、その後の3つで、
で、1つ目は、なんていうのかな、神経症的って呼んでるんだけど、
さっき言ったような抑圧とか、反動をするとか、
あと、知性化をしたり合理化をするっていうのも入ってるので、
私はさ、結構それも健康なっていうか、一般的なものかなと思ってたけど、
ちょっと神経症的っていうふうに捉えてる。
あまりその良いも悪いもなくて、分類してるって感じ?
そうそう、分類してるの。
で、2つ目が未熟な防衛っていうふうにつけてて、
未熟も成熟もあるかっていう感じなんだけど、
未熟な防衛ってつけてて、それが投影だったり、行動化ってアクティングアウトだったり、
返り返りだったり、受動攻撃だったり、空想だったりする。
だからここにファンタジーが入ってる。未熟な防衛の1つ。
なるほど。
うん、それで最後が精神病的な防衛ってなって、
これは現実を否認するとか、極端に売却するみたいなものを入れてるんだよね。
だから結構そのグラデーションっていうか、
その1人の人間でもある時はこういう防衛を取るけど、
別の時はこういう防衛を取るとかさ、あり得ると思うんだけど。
臨床的に多分その介入すべき、あるいはその注意を向けるべき、
防衛っていうのはこういうものですよ、みたいな仕分けをしてるのかもしれないけど、
そういう回想も出してます。
それでそのパーソナリティ障害の根底には、
一番最後に言ったのじゃないな、
未熟な防衛が非常に過剰に利用されてる、使われてる、みたいな言い方をしてた。
返りとかがそれだったっけ?
返りも入ってる。投影とか。
投影なんかね、別にカウンセリングしたら普通に生じるんだけど、
あと受動攻撃とかよくあるもので、空想だよね、ファンタジー。
まあそんな風に、自己防衛的ファンタジーっていう言葉は、
私が勝手に作ったんだけど、前回言ったように、
心理学とか精神分析の中では、
防衛規制っていう言葉は使われてきて、
その中に空想っていうのもある。
防衛規制としての空想みたいな、ファンタジーみたいな捉え方できるんだろうなと。
でもちょっとね、本のタイトルとしてはキャッチーじゃないよね。
本のタイトルとしては病理化しすぎって感じがしますね。
まあ病理化するための枠組みだからね。
はい、ということです。
ファンタジーと「地に足のついた」実践
なるほど。
だから広くは防衛規制として捉えたほうが良くて、このファンタジーの話も。
それが過剰になったりすると、ちょっと周りとの相互が大きくなったり、
自分自身が日常生活うまく回せなくなっちゃったりするよね、みたいな話なんでしょうね。
これまでファンタジーの話をしつつ、
対義語みたいなことから地に足がついてるみたいに表現して、
なんでそう思うかみたいな話をしてきたんですけど、
結構そのファンタジーが強くなると、
境外っていうか、さっきの境外的なところがあるよねっていうのは感じることがあって、
いろいろあると思うんですけど、
自分の選択肢を狭めていってしまう系のファンタジーっていうのも、
ファンタジーっていう言葉でいいのかわからないんですけど、あるよなと。
それが、いいのさんの実践を見ていて、選択肢を広げていく系の、
とりあえず歩いてみるとか、出かけてみてから体調を把握するとか、
歩いてみないとわからないとか、やる気は働いてみないと出てこないとか、
そういう、なんていうのかな、やる気とかそういうものがあらかじめあるものとして幻想的に捉えていたんですよね、私。
やる気が出ないとか言って。
言うときって、感覚的にはわかるけどね。
そうそう、だけどやる気っていうものがあるんだ、できてる人はそういうものがあって、
自分にはそれがないから、やる気が出ないからやる気を出すためにどうすればいいかみたいな、
そういうふうに思ってたけど、そうじゃなかったんだ。
だから、動いてみないと出てこない、そういうものなんだ。
だから、自分の状態っていうのも歩いてみてフィードバックを実際に受けないと、
止まっている状態で自分の状態っていうのはわからないっていう、
まあ当たり前なんだけど、意外とそれって、なんていうのかな、知られてないと思うんです。
うん、そっか。
体調不良を言い訳にする心理とセルフハンディキャップ
でも、私も最初からそういうふうに考えていたわけではなくて、
やっぱりすごく体調が悪かったとき、
治療も一番ね、体に負担の大きな治療をしていたときとかは、
まず、体調がいいという感覚をなくしちゃうから、
体調がいいという感覚も昔からあったのかって言われると不思議ないような気もするんだけど、
とにかく悪い。ご飯も食べれないし、まず朝起きられない。
で、普通ご飯も食べられない。食欲もない。
で、やる気もないみたいな。
で、結構絶望してるみたいな。
で、そういう状態のときもあったんですよ。
そのときはうつも入ってたのかなとかって今振り返ると思うけど、
そのときはやっぱり自分は病気があるから、
で、今はその病気が悪化してるから、できないんだっていうふうに思ってた。
で、そのほうが、やっぱりそれ自分は守るために必要だった部分もあって、
つまり、何ていうのかな、何かをやってできなかった場合、失敗した場合って言ってもいいけれども、
そのときに自分は今体調が悪いから、できなかったんだっていうふうに言い訳できるじゃない。
で、逆にちょっとうまくいっちゃった場合も、
体調これだけ悪いのに、なんかよくできたみたいな、
そのふうに自分でもやっぱ思うわけだよ、ワオみたいな思うわけでしょ。
だから、何ていうのかな、自分は体調が悪いんだとか、今病気がすごく悪化してるんだっていうのを、
言い訳にすることで、言い訳っていう言い方もよくないんだけど、
それをその強調することで、失敗したときの自分の自尊心を守ろうとしてたと思うし、
成功したらラッキーなわけなので、そういうことをやっぱり最初はしてたかなとは思う。
それってあれですね、まだ本気出してないだけっていう、よくあるパターンのひとつだったかもしれないけど、
そうなのかなとも思うよね。
それ結構あるよね、自分。私もあると思う。
なんだったっけ、セルフネグレクトみたいな。
セルフハンディキャッピングじゃない。
そうそう、セルフハンディキャップっていうのも自己防衛的な心の反応で、だからそれと似てますよね。
そういうのしてたし、あとやっぱり、今は杖ついてないんだけど、当時杖ついてたんですよ。
その話も今度してもいいけど、なぜ杖が取れたのかっていう話。
やっぱり杖ついてるとさ、通勤電車とか乗ってると譲ってもらえるよね、席を。
見える化するんです。
譲ってもらえないときも当然あるんだけど、通勤時間帯だと。
そういう利得っていうのもあったから、自分は病気なんだとかね、体のここが悪いんだっていうのを見えるようにすることで、利益があったかなっていうふうに思う、それは。
それもなんかある種の、それも防衛っていうのかどうかわかんないけど。
丸々マークみたいなものが世の中で必要とされる理由のひとつではありますよね。
いちいち説明できないし、その知らぬ人にされてもわからないこともあるし、それはなんか共通言語としての丸々マークみたいなね。
そうそう。そういう時期も全然あって、私には。
解像度を高め、状況に適応する
でもそれが固定化されると、それもそれで息苦しいというか、ちょっと解像度が低いっていうか。
意識的に色々される。
自分の中でも、自分は体調が悪いんだとか、体力がないんだとか、自分は病気なんだみたいな認識だと、解像度が悪いじゃない。
だからもう十何年とかね、20年ぐらい時間をかけて、どの時期にはどういうその外的な制約があったりとか、外的なその要因があったりとか、
自分が頑張りすぎちゃった時には、どの機能がどのぐらい悪くなるのかなっていうのを具体的に把握するようになった。
それが多分地に足がついているって言われた一つだと思うんだけど、結構観察はするようになった。
そこで掘り進んでいくっていうね。
そう。で、もちろんそれもね、なんかこう要因と結果っていうのは一対一じゃないわけ。
要因とその体調ってのは。まだわかんないところもあるんだけど、体調が悪いですよりは解像度が高くなっていくよね。
そうすると、体調が悪いからもう何もしなくていいんだとか、体調が悪いからもうどうせできないんだっていう過剰な一般化からは離れることができて、
自分の状況を見ながら、数値も手がかりにしながら、じゃあ今日はこのぐらいにしとこうかとか思えるようになっていった。
ラベリングと職場における構造的問題
今の話を聞きながら、あーなるほど、よくわかってきたような気がすると思ったのは、その体調が悪いっていう風な言葉で、
例えば自分をカテゴライズしたりすると、相手にその、あ、まるまるさんは体調が悪いんですねっていう風にラベリングされたりして、
自分がその言葉を使ったからなのかもしれないけど、そうするとその枠の中に閉じ込められてしまって、それで本当はこういう時はこういうこともできるししたいんだけど、
でもそういう風に思われちゃったから、そこからちょっと出ちゃうと、逸脱しちゃうとダメだからって言って、その枠の中をそおうようになってしまうようなメカニズムっていうのも人間にはありそうで、
そこからその地に足がつくっていうのは、実践をそこで通して、もうちょっと自分の理解を進んでいくことで、世の中の認識、例えば体調が悪いとか風邪ひいたとかいう時の認識から出ていくっていう、そういう実践なんですかね。
で、やっぱりさ、これはその構造的な問題もあって、特に職場っていう場を考えた時にね、深刻な病気になって今治療中ですっていうのはもう伝えるわけじゃない。そうしないと病院で治療するとかさ、できないからね。
で、そうするとさ、やっぱり上司の側はどういう風に受け止めるかっていうと、この人は一定期間働けないっていう風にみなすんだよね、どうしても。だから重要な仕事は回ってこないし、重要な仕事を任されないってことは重要な情報も回ってこないっていうことなんだよ。
で、それってやっぱりすごい大きな阻害感になるし、自分は何もできないんだっていう、謝った認識っていうかな、にもつながっていくんですよ。で、私はやっぱり鬱っぽくなった一つの要因はそれもあると思う。
うん。無力化されちゃうっていう。
そうなの。相手はもちろん良かれと思ってやってるし、そこでいや、そんな甘えたこと言うな、治療しながら働いてる人なんていっぱいいるんだから、お前も頑張れとか言ったらハラスメントになっちゃう。
だから結構その、過剰にっていうことでもないかもしれないけど、やっぱり抑制的になって、そっとしておくみたいな対応を取ることが多いわけだよね。
だからその構造の中に置かれると、やっぱり平林さん言ってるようにどんどん無力化されていくから、なのでこういう時にはこのぐらい動けるなとか、こういう時でもこれはできるなっていうのを自分で見つけて、それをやっていかないと、で、見せていかないとどんどん職場において周辺化されるっていうか、大事な仕事こそ任されないっていう状況にはなっちゃう。
それもあったと思う。だからちょっと今の話を受けると、なんていうのかな、私のさ、足が地についているのは、そういう現実になんか適応せざるを得ないような側面もあったから、
完全に良いこととも言えないかもと思うけどね。
まあ、戦いみたいなもんですよね。
うん。
はい。
今後の展望
まあ、少し掘り下げてみたけれども、ちょっとまだいけそうな話は掘り下げていけそうなので、また次回も話していきたいと思います。ありがとうございます。
ありがとうございます。
21:42

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