「手厚さの罠」と疾病利得
Reverse Diverse。アタッチメントを探求する。
はい、こんにちは、平林です。 こんにちは、イーナです。
前回の最後に、手厚さの罠ってあるよね、っていう話になりましたね。
今回はそれについておしゃべりしていこうと思います。
基本的にはさ、疾病利得とか言われるんだけど、その病気になったことの利得っていう意味だよね。
そういう話でもあるんだろうなと思ってて、何回か前にお話ししたけど、私も杖ついてた時は、電車の中で席を譲られる、譲ってもらえるっていう経験は結構したんだよね。
で、それは必要なことでもあるし、で、楽なことでもあるから座った方が自分にとっては。
なので、良かったんだけど、それがすごく、私の場合さ、座って体が楽っていうぐらいの話だけれども、
もうちょっと違う利得、例えば道場を引きたいとかさ、みんなから優しくされたいみたいな。
で、それによってある種安心感を得るとかね、自分の価値をそこで確認するみたいなことも、
誰にもあるんだけど、それが執着し始めると結構大変なんだろうなと思う。
なぜかっていうと、疾病利得って長くは続かないから。
そうなんですね。道場が得られる時間が短いって意味ですか?
例えば職場だったら。
始めはいいけど。
そうそう、みんな飽きてくるからね。で、そのうち不満につながっていったりとかするし、で、もう一つは当てにならないものだよね。
例えば電車の中だと譲ってくれる人もいるし、譲ってくれない人もいる。
で、みんなイライラしてたりするから、出勤時間とかね。
なんでお前こんな杖ついているんだとかさ、変な攻撃を向けてくる人もいて、本当はリスクもあって。
そうかそうか、例えばベビーカーで満員電車に乗ったら、こういうようなこと言われたりするとか。
そうそう、もちろん優しくしてくれる人もいるけど、そうじゃない人もいるとか。
で、だいたいなんかその大地震とかが起きたりさ、何かこう、みんながもうパニックに起きているような状況になったら、
障害のある人は取り残されちゃうみたいな話もあるわけでしょ。
当てにならないものなんだよね。
当てにならないものに執着しちゃうと、そこで安心感を得たいと思って執着しちゃうと結構大変だよね。
自己理解の解像度と環境との関係
なるほど。しかもその選択肢がどんどん狭くなっていっちゃいますよね。
そうなのそうなの。だって自分はできないんだっていうことを見せ続けないと、その利得が得られないわけだからね。
結構その障害の領域だとありますよね。
ありますね。
学校の先生に理解してもらえない場合に、その読み書きとか話す的なことで、
じゃあその、それを説明していくっていうことをやるんだけど、
それをやっていくことで、それをどんどん内面化してしまって、
本当はこう、まあでもあれも難しいというか、できることがあると、これができるんだから、
100%無価の話で、ちょっとでもね、できるとまた全散化させられるっていう。
そうそうそう。どっちもリスクがあるからさ、どっちのリスクを取るかっていうさ、話に今の構造の中ではなっちゃいがちだよね。
うん。
だからそこで解像度を、いかにこう、学校の先生とか、本人自身も自分の解像度、自分への理解の解像度を細かくしていけるかっていうところですよね。
よくさ、なんか自己理解とかって言うけど、あれもすごい解像度悪いと思ってて、私は。
そうだよね。なんかさ、個人の中にあると思ってるよね。
うん。
あれは環境との間のその話だけどね。
うん。
しかもそれどんどん自分自身もさ、小学校1年生か2年生になったら全然違うわけ。
そう。
だから1年生の時の自己理解、しっかりやってもさ、また環境が変わって、自分自身も変わり、環境も変わり、全然違うんだよね。
フラットなコミュニケーションの重要性
慢性疾患の人のやっぱり日常に定着してるのは、自分の体の状態をある種客観的に測る。
もちろん主観的にも測ってるんだけど、客観的に測るいくつもの道具立てっていうのを持ってるじゃない。
うん。
でも幼少期からずっとさ、記録してるわけだから、そういうものが何にしてもそれに変わるものというか、あると解像度っていうのは上がるんだけど。
そうですよね。なんかこうフラットなコミュニケーションができると、
例えば私、井野さんには比較的フラットなコミュニケーションができるかなと思うんですけど、
例えば井野さんが体調が悪い時に、それは台風が来てるからじゃないですかとか、ちょっと働きすぎたんじゃないですかとか、
で今度井野さんが自分で、これは天気のせいかなって言ってるけど、それ働きすぎなんじゃないですかって。
だからそういう時に相手が言ってることを否定してるわけじゃなくて、ただ単に観測結果のフィードバックをしてるという感じでコミュニケーションができないと、
否定みたいな、本人言ってることを否定しちゃうようなコミュニケーションになっちゃいかねないので、
日常のコミュニケーションからフラットにしておかないと、そういう話ができなくなっちゃうじゃないですか。
だから上司、部下の関係性が非常に不均衡だったら、そういうコミュニケーションはできないから。
上司の場合何も言わないのが最も確実なリスク回避だからさ。
でもその仕事の調整、本人がどういうことができてる、どういうことをしたいと思ってて、
じゃあ会社としてもこういうふうにしようかっていうことをちゃんと話し合うには、ちょっとコミュニケーションをフラットにできないと。
そうだね。でもさ、上司との間では無理なのかもね、それってね。
そうですね。
だからさ、産業医とかが間に入るんじゃない?
でも産業医は日常を知ってるわけじゃないから、やっぱりザクッとした診断というのかな、指示しか出せないみたいな感じはするな。
だからその手厚く見える、一見手厚く見える無関心みたいな、3ヶ月給食みたいなのは、
産業医がそこまでさ、各部署のこの1人のちゃんと状況を見極めて調整をするような、そういう構造にはなってないですよね。
だから復職が難しくなっちゃうっていう、その先のリスクを大きくしてしまってるんだろうなって。
主体性の欠如と「空白期間」のリスク
そうですね。学校の不登校の話も全く同じような気がする。
なんか変に登校刺激してくる先生もいれば、もうこれは何も言っちゃいけないんだってなって、今度無関心になって、
で、学校行けない子にとってはすごい見放されてるみたいな、学校に行ってしまうとか。
根っこはなんか同じ気がするよね。両極端な対応に見えるけど。
ですよね。真ん中の部分参加だったり、そこでのその率直なコミュニケーションだったりが、できないし、したくないのか分からないですけどね。
特にその職場ってさ、上司の指示を受けて言われたことをやるみたいな場にもなっちゃってるじゃないですか。
本当はもっとクリエイティブであるべきなんだけど、自ら主体的にやりたいことを提案していって、やっていくみたいなね、実現していく。
でも実際には多くの場合、指示を受けてなってる。
そうですよね。
そうするとやっぱりもうそういうフラットなコミュニケーションっていうのはなかなか難しいかな。
確かに。日頃からその主体的に働くっていう風な働き方がそこにあるんだったら、3ヶ月の休職っていうのも、もしかしたらいいのかもしれませんよね。
人間が主体的であったなら。
まあね。
私も夏休み長すぎるって話前回したけど、それは私は結構学校にこう、何ていうのかな、主体的じゃなくて、学校というシステムの中で動いてる。
行くものだと思ってるから行っていて、でも行くことでそのルーティンができてるってことだよね。
だから宿題もしようかしなきゃし、授業にも出てみたいな。
だけどそれを自ら主体的にやってるわけじゃないから、その仕組みからポンと出たらないっていう。
そういうものになっちゃってるっていうことだね。
主体性をこう既存される、なんか構造というのがより広くあるんだろうな。
もう小さい時から、学校教育等を通して育まれる。
そうだと思う。
だからポンと空白期間みたいなのがあると、無力化されるというか。
私1年イギリスにいたときあったですよね。
核心のEDで。
すごい自由だったわけだけど、あの時に私は型にはめられていて、自発性がないんだなってわかった。
どういうこと?
なんかこう、やらなきゃいけないことをやらなきゃと思ってて、
やりたいことをやるっていうふうに自分がなってなくてですね。
だから自由にしていいよって言われると困る側面があるなって思って。
結構ね、だから1年間ハッピーライフだったかっていうと、
意外にこうなんていうのか、非常にいい経験ではあったんだけど、
不安があった?
不安っていうか、孤独?
自分で決めてやらなきゃいけない。
自分がアクションを起こさなければ何も起こらないっていうところにポンといること。
そしてその言葉がそんなに自由じゃないから、自分の思ってることを言えるわけではないですよね。
だからすごいその、自由っていうものは結構難しいというか、
日頃の実践をしておかないと享受できないというか、
使いこなせないんじゃないのかなって思った。
でもそれがあったから、そこから徐々に自分、
今もでも枠の中である程度やってる面もあるんだけど、
部分的に自分で考えてやっていく部分を増やしてきたところがあるので、
仕事辞めて1年は自分の会社の仕事だけだったけど、
特にその感じを焦燥感、孤独感みたいなのはなく、淡々と働いていけたんですけど、
あれポンとそのレールに乗ってきた時に、ポンと自由になってもそうはできないんだろうなって。
なんか定年退職を迎えたサラリーマンみたいな話とちょっと似てるよね。
なるほどね。
次回予告
じゃあさ、次は、私がね、2012年から13年にかけて、
ほとんど機能できなくなった時に、それでも週1で仕事に行ったりはしてたんだけど、
でも仕事与えられてなかったの。何も。
その時に何をしてたのか聞きましょうか。
聞きたい聞きたい。
ぜひそれをやりましょう。そうしましょうか。
聞きたいですよね、皆さん。
じゃあそうしましょう。ありがとうございます。