#愛着障害 #アタッチメント理論 #となりのニューロダイバーシティ #恐れ回避型
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感想
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サマリー
このエピソードでは、回避傾向のある同僚や上司との働き方について、愛着理論の観点から掘り下げています。話し手の一人は、締め切りに間に合わない場合に罪悪感から連絡が遅れがちになる自身の経験を語り、それを乗り越えるために相手に状況を説明し、現実的な締め切りを設定し直すことで対処していると説明します。また、生成AIの活用が、自身の考えを言語化する際の助けになっていることにも触れています。 さらに、上司が部下を放置する行動についても、回避型の特性と関連付けて考察します。親切心から注意する上司がいる一方で、回避型の管理者は問題を抱え込まずに自分が引き受けてしまう傾向があり、組織の成長を妨げる可能性が指摘されます。干渉されないことを好む回避型の上司と、密なコミュニケーションを求める部下との間には、相性の問題も存在します。 連絡を絶ってしまう、いわゆる「失踪癖」のある回避型の人々についても言及され、それは特権的な状況にある人にのみ可能な選択肢であると分析されます。組織全体が回避傾向を持つ「ことなかれ主義」に陥ると、問題解決の回路が閉ざされ、ハラスメント相談室のような制度も形骸化してしまうという現状も示唆されています。
回避型の自己認識と締め切りへの対処法
Reverse Diverse アタッチメントを探求する。
はい、こんにちは、平林です。 こんにちは、イーノです。
今日も引き続き、回避型について話していきますか。 そろそろ聞いている人は、
囚われ型も深掘ってほしいと思っているかもしれないですけれども、
平林さんと私がね、どっちかというと回避型かなっていうことで、平林さんは拒絶回避型かな。
私は恐れ回避型かなっていうことで、回避型っていうところでは共通点があるので、どうしてもこの話題が多くなっちゃってごめんなさい。
今日は、そんな回避型の人と働くって、どういう体験なんだろうねっていうようなあたりをテーマにしようかなっていうふうに思ってるんですけれども、
平林さんは、自分で雇用されて働いたこともあるし、今は自分の会社を持って、自分のペースで働いているっていうことだけど、
特に自分の働き方とか、そこでの立ち振る舞い、コミュニケーションのあり方とかをめぐって、自分ってこういう癖があるんだなとか、こういう傾向があるんだなって思うことってあります?
えーと、締め切りについては、自分の癖っていうのはよく出るかなと思います。
締め切りはすごく私にとっては重要なものなんだけど、締め切りがないと取り掛かれないっていうのがあるので。
だけど、締め切りを過ぎているのに見通しが持てないとき。見通し持ててたらもうやるだけだからいいんですけど、
いろいろと、例えば原稿なんかで、ここどうしようかなとか、どうやって書けばうまく自分が書きたいことを書けるだろうかっていうのが見つかってない段階で、
締め切りが近づいてきて、過ぎてしまったとき、
あの井野さんのおかげで、先方に事情を説明して、どのくらい待ってもらえるかとか、今の状況を説明して、向こうの状況も聞くとか、
そういう風にすることで、実際待ってもらえることもあるし、
その罪悪感を溜め込まずに済んで、ずっと何も言わずにいると、その罪悪感によって取り組みづらくなってしまうので、
だから回避が出てくるんだと思います。言いにくい。言いにくくて、何て言ったらいいかわからないまま、でもやらなきゃいけないっていう。
本当は言いにくいとかそういうことよりも目的に向かって進めてた方がいいので、
それには今の事情を話して、もう困りますっていうのはしょうがないわけだから、じゃあ諦めますって言えばいいし、
だいたいそんなにギチギチの締め切りじゃなかったりするわけだから、待ってもらえるし、
だから一旦相手に説明して、大丈夫なんだっていう風にして、自分を落ち着かせてですね。
で、改めて締め切りっていうものがそこでまた切られますよね。
しかもそれを相談して決められる。このぐらいならって言って相談するから。
あと10日待ってもらえませんか。今こういう段階ですって相談すれば、
だいたいその10日以上は待てないんだとか、すぐそこから印刷がかかるんだとかそういうことは言ってくれるけど、
そんなにそれが無理ですみたいなことにはならなくて、適切な締め切りとして自分でも認識できて、
そこからエンジンがかかって、で取り組んで終えられるっていう。
だから回避が出てくるのはやっぱり罪悪感とか。
私不安は高いタイプじゃないと思うんですけど、そういう時はちょっと不安を感じるのかな。
まあそうだよね。できるかなどうかなっていうね。
そうそうそう。
恥みたいなのもあるの?恥ずかしい。できないと恥ずかしい。
恥ずかしいっていうのはあんまりないんですけど、
だから相手に今できてないってことを言うことができないってことはないんだけど、
なんて言ったらいいのかわからないっていうのはあるかな。
それはどういう意味なんだろう。
言葉をどういう風に説明したらいいのかっていうのが、
今はもう言葉として存在している。自分の中でもあるので、
それはそのまま言えばいいだけ。
昔はなんて言っていいかわからなかったっていうのは、言語としてどのように言えばいいか知らなかったっていうのもあるんですけど、
そのまま言えばいいじゃないかっていうことだけど、
なんて言えばいいのかな。
ちょっと話は飛ぶんですけど、生成AIが出てきて提案してくれるようになりましたよね。
こういうことを書きたいんだって。
過剰書きにしちゃうんだけど、ちょっと文章に手伝ってとか。
その出てきた文章を見た時に、自分が言いたかったことと違っているのか、
それとも少し近いのかっていうのがわかって。
だから例を見たら、私の場合。
なるほどね。
そうそうそういう感じっていうふうになるか、
いやちょっとここが違うんだよねってなるのか、
一から生成するってなると、ちょっと難しい時があるんですよね。
なるほどね。
イメージみたいなのはあるんだけど、
それを抽象化して言語化していくっていう具体化していくみたいな、
そういうことが難しかったってことか。
よくビジネスメールってあるじゃない。
私も最初働き始めた頃、ビジネスメールっていうものの書き方がわかんなくって、
いつのメールを書くのに、それも断りメールなんだけどね。
2時間ぐらいかかった記憶があってね。
その時に当時同僚だった人に、どうやって書けばいいんだろうって言ったら、
嘘を書けばいいんだよって言われてびっくりしたんだよね。
でも私の中では嘘を作るっていう選択肢はないからさ、
もうバカ正直に自分の今の状態を書いて断ろうと思ったんだけどさ、
そういうこと言われてびっくりしたのを覚えてる。
それもありますよね。
こういう時はこれは言ってはいけないことと、言ってはいけないことと、言ってもいいことというか、
それが嘘であっても、ことがあったり、
あと別に普通にあっさり答えても別にいいんだなっていうのも。
なんか逐一理由を書かなくてもね。
ちょっと今こういう状況です。
今仕事が立て込んでいるのでとかね。
すみません。
また連絡しますぐらいでも、何も連絡しないよりは、
マシなんだということが学習されて。
なるほどね。
じゃあその締め切りに関しては、少しずつは現実適応が、
現実に対応する、対処するっていうことができるようになってきてるってことか。
だしそんなにたくさんこう、何て言うんだろう。
無理して引き受けないっていうか、
そういうのもたくさん来るわけでもないっていうのもあるかもしれませんね。
たぶん一時期研修がたくさん来てたのを断らずにやってて、
その上現行が来ると。
確かにね。
しかもその研修に向こうに行くっていうさ、
移動の時間とかね、あるとなかなか座って書くっていう時間が取れない。
そうそう。それで優先的なのはそういうなんか、動く方ですよね。
で、座って書く方をおろそかにするというか、後回しにするっていう。
そうだよね。話す方が楽なんだよね。書くよりね。
わかるわかる。
で、そればっかりやってるとどんどん書けなくなっていくというか。
そうだね。わかるわかる。
それを今は自分がコントロールしてるって感じかな。
研修もちょっと難しいなと思ったら難しいですって言ったことはあるし。
断っても大丈夫だっていうその、なんだろう、経験が積み重なったのかな。
回避型の上司と放置、そして組織の課題
そうですね。あと研修自体もあまりこう、意味がないっていう。
そこで引き受けることの意味。
ベネフィット。
だしその、その代わりにこういうのやってるから来てくださいって言ってもいいんじゃないかっていうような。
なるほどね。
その締め切りを守らないでちょっと放置しちゃうっていう話だったけれども、
まあ締め切りはさ、もちろん相手は困るんだと思うんだけど、
その放置したとしてもさ、そういう研究者っていっぱいいるじゃない。
私の周りにも結構締め切り放置しがちな研究者いっぱいいるからさ、
そういうこともあるかって向こうはわかってくれるかなと思うんだけど、
上司がさ、部下を放置するっていうパターンもあるじゃない。
多分なんか回避型の人ってそういうことしちゃうんだろうなっていうふうに思ってて、
ちょっと話は変わるけど、同じ放置っていう意味ではそうなのかなっていうふうに思うんですけど。
なんか私その上司でいろいろ注意する人っていうのは、実は親切なんじゃないのって。
だんだん思うようにはなってきて、自分が例えばそれをする立場でもあるようになったとき、
実はなんというか大変じゃないですか。
叱るっていうのはね。
何も言わないで自分がカバーした方が楽ではある。
そう、感謝もされるしね。
そうそう。
いい上司だとか言われるしね。
上司って悪い上司の姿ではないから、一般的には。
だけど言う方は親切だよねって、相手が学ぶきっかけがそこで与えられ、
リカバーすることもできるはずで。
だから回避型の人間が上司になると、
何も言わないで自分が引き受けて。
組織としては大きくならない。
気の不全に落ちるよね。
だろうなと思いますね。
上司がいっぱいいっぱいになってね、いろいろ回らなくなって、
でも部下っていうのは上司に対して結構ファンタジー持ってるときあるから、
この人はできる人だみたいなね。
だから気づかずに上司がいっぱいいっぱいになってるの。
気の不全に落ちるってのはよく見かけるよね、実際ね。
なるほどね。
ちょっと面白いですね。
放置っていうものへの両面あるっていう捉え方として。
私は放置型の上司の元、
上司っていうか同僚に近い上司だけど、元で働いてるんですけど、
やっぱ干渉されないっていうのはいい面。
それはいいよね。
っていうふうに思う。
それはやっぱり自分との相性だと思うんですよね。
私自身もどっちかっていうと回避型だし、独立してやりたい人間ではある。
やりたいことたくさんあってね。
自分には自分の考えもあり、
でも最低限の擦り合わせはした上で細かくは干渉してこないっていうのが結構やりやすいなって思うけど、
同時にすごくコミュニケーションを求める人っていうのもいるじゃない。
働いてる人の中には。
もっと密なコミュニケーションを取りたいとかね。
言う人にとっては放置型の上司っていうのはネグレクトに移るんだろうなってこの間いろいろ見ていて思うんですよね。
なんか自分を大切にしてくれてないとか極端な言い方をすると無視してるとかね。
自分に仕事を丸投げしてるみたいにやっぱり受け取る人もいるんだなっていうのは見てきたから。
これも相性なのかなとも思うけどね。
あとその情報伝達の理念とかやりたいことをどのぐらいの範囲まであまり言葉にせずに共有できるかって言うと、
ちょっと大きくなったら無理ですよね。
言葉にして伝えたり、相手がどう理解してるかを確認しないと。
だから組織が大きくなればやっぱりそれ無理なんじゃないかなって。
回避型の上司でいられる、いるのは。
なるほどね。
私はあんまり大きい組織に、自分が作ってる組織もすごく大きくしようとあんまり思わないし、
大きい組織で働くっていうことも多分望んでないんですけど、
それはだからコミュニケーションコストっていうのを、
やっぱりどこかでめんどくさいとか、リスクだとか、そういうふうに持ってて。
だから単体で、小さい単体でいて、人と協力したいっていう。
お互い独立したもの同士っていうことだよね。
上司部下っていう関係じゃなくてね。
やっぱりそこにある種の使用者、雇用者っていう関係が、
労使関係が入っちゃうと、使用者の側の責任ってすごく大きいから。
そうですよね。だから同僚みたいな感じで平たく3人とか3、4人なら可能かもしれないけど、
それとその短期的なアルバイトして手伝ってくれるとか、イベントの時に手伝ってもらうとか、
そういうのは可能かもしれないけど。
なるほどね。
若い人を育てて、その人に責任を分威をして、任せて、
で、ちょっと違うなと思えばちゃんと口を出してっていうのは結構大変なことで。
そうだよね。
自分はありがたかったのかもねって思うことはある。
そういう職場でも若い時に働いた経験があるからってことだよね。
じゃあ、放置っていうのは良い面も悪い面もあるねっていう話でもあると思うんだけど、
その回避型のもう一つの特徴としてさ、連絡を絶っちゃうみたいな人もいるわけじゃない。
連絡を絶つ回避型と特権、シャッターを下ろす心理
めんどくさくなりすぎて。あれは結構一緒に働いてると困るよね。
同僚であっても困るし、上司であったらもっと困るっていうのが結構大きな問題になるしね。
でも連絡絶っちゃう人って意外と。
いるよね。
いるよね。
失踪癖があってね。
そうそう、平昭さんの失踪癖っていうね、言葉を使うけど。
やっぱ失踪できるっていうのは特権だよねと思う。
なるほどね。ちなみに平昭さんは失踪癖はないの?
ないです。私逃げないから。
連絡を絶つっていうことはないんだ。
メールを放置するっていうことはあるけど。
それも一つの連絡を絶つ方法ではあるけど。
だけど電話かかってきたら出るよ。いませんとか言えない。
許すとかは使わない。
使わない。あとそこに行かないとかそういうこともしない。
気まずいから行かないとか。そういうことはしない。
そういう行動の制約はしないというか、できないというか、
もう一回やまるしかないかなっていうような感じ。
もしそういうのがあったら。
機会として利用しますね。
そうだよね。自分にとっても損だもんね。
連絡絶っちゃうってなって、失踪しちゃうみたいになったら
いろんなね、行動の制約があって、いろんな機会を失うっていうことでもあるもんね。
だから特権的じゃないとできないと思う、その選択。
なるほど。どういうこと?
だって、そこで失踪しても生きていかれたり、
その仕事が継続できるっていうことですから。
だから、頼まれた仕事をやってなくて、
ごめんなさいって言う以外に選択肢がないですよね。
で、自分の事情を説明してごめんなさい。
それ以外にはなくて、
逃げてしまって、いなくなったら、
もういいじゃないですか、私じゃなくても。
だから、頼まれなくなるよね。
だけど、頼まれなくならない人っていうのがいるわけ。
いるよね。
それはだから特権っていうふうに思う。
でもさ、頼む周りもちょっとバカだなって思わない?
頼み方を考えるんじゃない?
だけど、その頼み方も、
部分参加っていう話を私することあるんですけど、
いい感じに部分参加が、やっぱり特権を持っている人っていうのは、
そこにいるだけで価値があったり、
構成員の中に入ってくれていればいいっていう風に。
頭数だったりとか。
そういう価値があるんですよ、その人の存在に。
パンダみたいな感じだね。
特権だよね、それって。
なるほどね。
そういう意味でね、連絡を絶ったり、
失踪できる人っていうのは特権があるっていうのは、
それでクビになったりしない、むしろ、
これまで通りの関係性っていうのが一見維持されているように見えるし。
そういう意味で私もメールの返信が遅いっていうのはある意味甘えだし、
それによって自分の特権がなくならないんでしょうね。
だから放置しちゃうのかもね。
ある意味甘えではあるかも。
これぐらいなら許されるだろうってどっかで思ってるのかもしれないよね。
とはいえ実際、3、4日、場合によっては4、5日ぐらいは、
遅れることはあるよねっていう状況によっては。
あと考えてたりするよね。どうしようかな、これ。
考えてて忘れちゃうみたいなこともあるよね。
忘れてたみたいな。
断ろうと思ってたのに忘れてたから断りづらいみたいなのもあるよね。
なるほどね、つい引き受けちゃうみたいな。
そうね。
私は意外と失踪するっていうところまではないかもだけど、
ないんじゃないですか。
シャッター下ろすことはあるんだよね。
仕事上でも、だから締め切りはまず1ヶ月前にやるから守るでしょ。
もう3日前にできていなかったら、そっちの方が不安で。
ですよね。最近そうでもない時もあるけどね。
いっぱい仕事が書いてるから。
でもまず連絡するんじゃないですか、最近。
そうかもね。
そうするとシャッターって下ろしてないじゃん。
特にこのアタッチメント理論っていうのはさ、
人間関係っていうことでしょ。
私はさ、やっぱり前回前々回の回避型って言いながら、
結構自分が不快だって感じてるような人とも関係性気づいてるよねって客観的には見えるっていう風に言ってくれたし、
それある程度事実な面もあるのかなと思うけど、
やっぱりね、許容できないみたいな。
それも正義感の裏返しなのかもしれないし、
何なのかよくわかんないんだけど、
でもこれ許せないっていう風になるとシャッター下ろしちゃうんだよね。
ボツ交渉になっちゃうみたいなところ。
でもそれがあんまり見えないけどね。
そうだよね。
上手に隠してるってこと?
心の中がすごく冷たくなるみたいな。
そういうのを感じる時があって。
だけどさ、もう一回トントントントンってノックして話をしたら効くんじゃないですか?
効くけど、多分これまでとは違った形で効くんだと。
一見その行動は、旗から見える行動は変わんないんだと思うけど、
自分の内面はすごく大きく変わってて、
シャッターがガラガラガラガラって降りるっていう感じの時がある。
この人とこれ以上関わると、自分がやばいみたいにアラートが出るんだと思う。
それでもさ、よっぽどの話ですね。
そうだね。
でも人生の中では何回かあるよ。
よっぽどっていうほどのあれでもなくて、結構ある。
でもそれがあるから、もしかすると関わり続けているように見えるのかもしれないけどね。
え、どういう意味ですか?
つまり、シャッターを降ろしながら、でも表面的にはちゃんと一緒に仕事したりとか活動したりとかできるって。
それはわかるかな。確かに。
このシャッターは降ろしながらいられるっていうのはね。
だけど介入的だったらさ、シャッターを降ろしてもさ。
え?今ずれたかも。
介入的な人にはすごいシャッターを降ろして警戒してると思う。
自分の境界線を侵害してくる人ってことでしょ。
そういう人にはすごい警戒して距離を取ったり、心のシャッターを降ろしてたりすると。
それは多分旗からは見えない。
見えないね。
でもそこはなんか自己防衛っていうか、やっぱり自分の性格傾向として、
利用されやすいところがあって、昔から。
なんかさ、私が井野さんのを見てて、もっと直に思ってること言えばいいのになって思うことがあるって言ったことあると思うんですけど、
そういう時そうですか?
そうかもしれないね。
遠慮っていうよりは、ちょっと言っても通じないだろうなみたいな、諦めみたいな。
うん。
のは感じてるのかもしれないね。
だからそれはなんか自分の中のちょっと回避的な側面かなと思う。
なるほど。
言わなきゃ通じないよねっていうのも事実なんだけど、
言っても伝わんないよねっていうさ、こともあるじゃない。
特に一緒に働いてたりとか一緒に活動してたりとかしてると、
相手のこともある程度理解してるから、あるいは相手の状況っていうのもなんとなく想像できるから、
今はこの人には受け取れないだろうなみたいな。
それはちょっとこう、頭出ししてみて反応悪かったら、
これはちょっと今は言わない方がいいんだろうなみたいな。
それはありますね。
感じてるかな。
それが自分の回避傾向の現れなのかどうかっていうのはまたちょっとわかんないんだけど、
なんか必要な側面もあるわけだから、自分を守るっていうかさ、
自分のこの仕事だったり生活だったりを充実させていくためには大事なことだから。
共感と回避型、そしてことなかれ主義の組織
まあ、この愛着理論はパターンだということだから、
まあそのパターンがあったとしても、なんていうか、
そういう、自分はそういうところがあるよねっていう中で、
でも聞いてみないとわからないこともあるねっていうので聞いてみるみたいな。
それ別のチャンネル開いてトラウィーするみたいなことができますからね。
だからどっちかっていうとシャッター下ろす系の傾向のが強かった昔から。
自分のこと喋らないとかね。
前もポッドキャストで言ったと思うけど、
友人にそんなの友達じゃないって怒られて何のことやらみたいな風に、
お互いに友達だよって合意してれば友達でしょみたいに思ってたんだけど。
だからそういう意味でやっぱり、
イラバイさんほど明治的に思ってたわけじゃないけど、
私も人間関係とかコミュニケーションをコストとかリスクだと見出してるところがあるのかもしれないなと。
逆にさ、自分のことをすごく話す人はあんまりリスクだと感じないってことですよね。
そういうことなんだろうね。
ですよね。
あるいはなんかもっと違うものを得ようとしてるっていうかさ。
得られるんでしょうね。
だから私分かんないけど。
なんかさ、世の中にはすごい共感してくれる人もいるじゃない。
そういうコミュニケーションスタイルっていうかさ、
上手な人、大変ですね、本当もうおつらいですねみたいな感じで。
そういう人にはすごく話したがるの。
私なんかそういうのされると居心地悪いっていうか。
私もそう。
でもそういうの欲しいっていう人は、
やっぱり自分のことを、特にどんなに自分がしんどいかとか、
どんなに頑張ってるかみたいなのを話したいんだろうなと。
そこもなんか相性でさ、回避型の人にうっかり話しちゃったら、
そうですかみたいな。
そうなのよ。
なんかそれ話したからって具体的に何か解決しますみたいな。
でも欲しいのはその反応ではないんだろうなと思う。
そういうのは後から身につけた。
こういう人はこういう反応が欲しいんだろうな、みたいなのが分かるようになって、
そういう会話のコミュニケーションの時は、
そうなんだ大変だったねとかねぎらうとかさ、
そういうのをするようになったけどね。
なるほど。
回避型の上司と働く大変さについて自分にお話いただきましたか?
いや、なかなかさ、今全く中にいるから話しにくいこともあるよね。
そうですよね。
私がどこで働いてるかみんな知ってるから。
でも別に回避型っていうのは悪口じゃないから。
悪口でもないし、なんかその、
今日はその同僚上司っていう形で個人だったけど、
やっぱりその組織だよね。
私が一番こう厄介だなと思うのは、回避型の組織。
ああ、ことを悪立てなかったり。
そうそう、ことなかれ主義の組織は本当に厄介だなって思ってるね。
なるほど。
組織診断みたいなのにあるのか。
アタッチメント理論。
まあでも隠蔽しちゃうとかね、問題を隠蔽したり。
でも大体の組織はそんな感じがするね。
そうですよね。
やっぱりことを荒立てないっていうのが一番大事なこととされてしまって、
問題に向き合ってそれを解決していこうっていう回路がなかなか開かない。
この間マナプラのセミナーで小さな異議申し立てを
ちゃんと受け止められるかみたいな話をしてたんですけど、
小さな異議申し立てを組織の中でちゃんと受け止めて変えていくっていうのって
あんま見ないですもんね。
ないですね。
話を聞く場は作ってくれてもアリバイ作りですよね、基本的にはね。
基本的には力の強い弱いとか構造がもう出来上がってて、
その構造自体を問い直すみたいなのはね、なかなかね。
だって組織の中のハラスメント相談室行ってもね、っていうね。
なだめられるっていうことですもんね。
うーん、なだめることもないと思うんだけど、なんだろう、何も起きないっていう感じだよね。
だからカウンセリングルームみたいな感じだよね。
その場に留まってしまうっていうか。
で、一応そういうそのコンプライアンスの機関とかあるけど、
そこに通報したとしても結局は何も起きないっていう感じ。
しかしその特定のひどい人を処罰はするかもしれないけど、
それを引き起こしてる大きな構造みたいなことについては問い直さないですよね。
何も起きないっていう感じはすごくしてる。
だから一つ動かそうとしたら自分が訴訟を起こすとかね。
そういうことはあり得るなって思うんだけど、それも結構コストなのよ、コミュニケーションの。
で、その間自分の仕事とか活動の時間が大きく奪われるわけでしょ。
ループを書くぐらいの気持ちでやらないと、本を書いて。
それ考えるとバカバカしいなと思うんだよね。
ということで今日は全然違う話に着地しましたけれども、
もうちょっと掘り下げてもいいし、
まだこの囚われ方についてあまり深掘りしてないので、
こっちの話もできればいいかなと思ってます。
不安が高くて依存しちゃうってことだよね。
他者にすごく依存してしがみついちゃうみたいなタイプの人はいますけれども、
そちらの話もできればなと思います。
はい。では本日はありがとうございました。
はい。ありがとうございます。
33:08
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