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『身体の美学入門 - 感性から捉えなおす人間の本質』を読んで
2026-08-06 42:19

『身体の美学入門 - 感性から捉えなおす人間の本質』を読んで

株式会社HILUCO

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、伊藤阿佐氏の著書『身体の美学入門』を起点に、人間の本質や感性について深く掘り下げています。美学という学問的な視点から、身体の美しさや醜さ、そしてそれらが文化や時代によってどう変化してきたのかを探求します。特に、障害を持つ人々の視点や、ルッキズムといった現代社会の問題とも関連付けながら、多様性を認め合う社会における美学の重要性を論じています。また、AIの台頭が人間の価値観に与える影響や、言葉にできない感覚をどう捉えるかについても考察が及びます。さらに、個人の感性の違いや、食の好み、物の選び方といった日常的な事柄を通して、その人らしさや生き方の多様性についても語られています。最終的には、文化の継承や、個人のこだわりと社会との調和といった、より普遍的なテーマへと議論が展開されていきます。

書籍『身体の美学入門』と出版への想い
今回はですね、最初は伊藤阿佐さんの
身体の美学入門っていう本を起点に話し始めつつ、今後一緒に収録して、
なんか番組とかしていくとしたら、どんな感じがいいかなと、諸々話していけたらと思います。
まあついちょうどこの収録してる 前の週に東京に行ってたのでそこ
で直接話したのもあるんですけど ちょうど同じタイミングだった
けど あれはなんだっけ セミナー というか大和会でもないななんて
いう枠組みで聞いてきたんだっけ
伊藤旭さんの身体の美学入門の本の 観光記念イベント
でその伊藤さんとゆかりのある方が ゲストに来てこの本を中心に対談する
みたいなイベントですね なるほど全然また話ずれるけど
なんかいつかもりなくて自分の本出したい とかそういう欲ってあるのかな
あー結構ありますね
ある
なんか人生の目標って聞かれたときに 具体的にこれとか少ないんですけど
イクアルとしたら自分の本出して それを子供に読んでもらったら
嬉しいなっていうのはありますね
それはなんか最近そのジンとか 自分で作ったりとか自費出版みたい
のもあるけどやっぱどっかのなんか 出版社で出したいみたいな感じ
あーあんまその出し方考えたこと なかったんですけど
そうですねそんなにこだわりは しないんですが何らか多分今の
自分で出せる形というよりは何らか こうこの人のこれ面白いって興味
持ってくれる人がいていくっていう その何らか成し遂げたのか
自分の中で固まってきたものがあった 先に出せるといいなっていう感じ
そうよね
まあ自分もなんか欲望の中のどっか にはあるような気がするし
まあでもなんかなんだろう分かり やすいノウハウ本っていうより
はもうちょっとなんか分かりづらい けど大事な話みたいなのがなんか
出せたら嬉しいかなみたいなのが あったりすると
だからこの活動の先に何かそういうのも 繋がるといいかもしれないな
みたいなことも思いつつ改めて 伊藤さんの本結構面白かったから
取り上げて喋ってみましょうかね
岡本太郎の言葉と自己啓発を超えた価値観
確かに本でつづく話 もうちょっとだけ戻りたいんですけど
ノウハウっていう 田代さんも今おもしろものを書ける
ような予定もたくさんあると思うん ですけど
この人のこういう本みたいなの 出したいなと
ああこういう感じの本出したいな っていうやつ
難しいね
全然伊藤麻生さんの本に行かない けど
自分がこうなんだろう人生のターニング ポイント的にいつも思い出す本が
一応岡本太郎さんの 自分の中に毒を持てっていう本
だからそれは何が役に立つっていう わけじゃないけど
本当に最初の一節からビビッときて
人生は積み上げるもんじゃなくて 積み減らすべきだみたいな
どんどん積み上げていくことによって 身動きが取りづらくなるから
もうガシャンと崩してしまって ゼロから積み上げるときが一番
エネルギーが湧くんだよみたいな話は
前回とかでも話した衝動の話にも 近いかもしれないけど
そういうマインドというかそういうのは 大事にしたいなみたいなのがあるから
そういう
自己啓発っていうわけじゃないけど
ノウハウっていうよりもそういう言葉 みたいなのが作れたら面白いかなとは
思うし なんか腰痛の治療の本ですとか
なんかそういうセラピストの独立の ノウハウですみたいなやつは
出せちゃうんだけど そうじゃないなみたいな感じとか
松岡誠吾さんの本とか最近読んだりするけど
ああいう感じのこうなんか
ちょっとこねくり回す感じっていうか いろんな話が混ざるような
本とかはちょっと独自性が出るのかな みたいな気がする
いいですね 自分なりの
美学の視点と身体、障害、ルッキズム
お飲み方っていうのがまず面白いっていう人は
何書いても読みたいってなりますよね 松岡さんとかそうだと思うんですけど
日本文カロンみたいなのもあれば 読書の書評みたいなのもあって
でもどれも成功っていう
こんな感じがしてファンは離れないんでしょうね
そうね その意味では伊藤阿佐さん的な切り口の
身体の感性とか障害とか腹心近い領域だけど
美学的な観点で見るとどうかみたいなのは やっぱ面白いなと思うし
その意味では美学療法士的な視点なのか
スポーツとかも関わってた
だから馬のコンディショニングの本とかは書きたいかもしれないし
動物との向き合い方とか
それって多分今まだノウハウとしてないんじゃないかなっていう気がするから
でもそういう感じはあるよね
いいですね
本題に戻りましょうか
戻ってまた本のお話に戻ってもいいし 一旦で
そうですね
改めて概要というか本でいくと
伊藤阿佐さんが美学っていう学問の専門っていう感じで
哲学とかが広いところであった時に倫理学とか
減少学とかそういうのもあるけどその中の美学みたいな分野で
一般用語の男の美学とかそういうのとはちょっと違った
言葉とかにしきれないんだけど体で感じてしまってる部分とか
そういうのを取り上げていく
そこの感覚の違いみたいなものを
言葉で表現していくのが美学的な研究かなっていうところで
特に身体で美しいとか見にくいとか
美衆の感覚みたいなのにフォーカスしたのが今回の
ルッキズムとかとも通じてくると思うんですけど
個人的には衣服誌とかよく関わる中で
障害のある方の見方とかに
美学的な側面は入ってくるかなと思うし
多様性を認め合えるみたいな社会について考えていくと
制度だけでは解決できないところが
こういう美学的な感性について考えていくと
ひと口見つかるかなみたいな感じで
興味深くなっている感じですね
伊藤阿佐氏の原点回帰と本のテーマ
僕が伊藤さんが相談していたトークイベントを聞きに行った時に
おっしゃっていたのが伊藤さんが書いてきたテーマって
セコス障害のある方の
自意識とかあとはご本人もそうだという風に公言されてますけど
キプロンという症状を深く深く誇って
どういうことが起こっているんだろうという話とか
いろいろある中で原点に戻ったという話を
されていましたね
大学の何年生だったか忘れてたんですけど
途中で本当は細胞とか生物学者というのを目指していたところから
ちょっとこう道を逸れて違うんじゃないかって思ってきて
出会ったこの美学っていう学問に
最初にポッとしていったと
それがベースとしてあるはずだけれども
なんとなく近年の活動としては
障害のある人のスポーツとかテクノロジーの向き合い方とか
そういうところに集中していたけれども
なんとなく自分の原点というのにもう一回向き合おうかなっていう
タイミングでのこの本だったという話はされてますね
なるほど
なんかその原点感を感じたっていうか
伊藤阿佐さんがいろいろ
視覚障害の方の立場でとか
そういう喫音のどうもる体の話とか
いろいろその障害にまつわるところを
客観的な視点というよりは
中の人の視点というか
そこから紐解いてる本をいろいろ出してるなっていう印象はあったんだけど
そこの全体的に総括した原点みたいなのが
確かにこの身体を美学的な観点で捉えるみたいなところだなと思ったから
本当にその原点感を感じた
テーマ設定から
これはちょっと後で話したいなと思ってた
僕が一番グッとしたポイントとして
後書きに込められたメッセージとAIとの対話
あと書きがすごい好きだったんですよね
さっき田尚さんが紹介してくれたこの本のあらすじ内容は
もちろんなんですけど
その根底にあるのは
こういうことを伝えたいんですよっていうのが後書きで書いてあって
それが人間
人間ライフさんというか
人間のらしさの価値っていうものを取り戻すことができるんじゃないか
それは今の社会情勢っていうものに晒されて
失われつつある危機感とともに
もう一回それに光を当てませんかというところもあるので
僕読んでて
こんな伊藤さんみたいな方でもそういうことあるんだと思ったのが
研究のアイディアをまとめるために
AIと対話して一日が終わることがしばしばありますっていう風に書いて
僕も結構それで今日どうだったんだろうなって思う人があるんですけど
それが同じようなことを感じてるっていうのが
嬉しいというかホッとした気分ですね
確かにそんな感じはあるよね
人間とは何か、言葉にできない感性の探求
もっと人と会って書籍とか読んでるとか
なんかちょっとアナログ感を感じる部分もこれまでやってる気がするけど
AIとか使ってやっぱり対応したりしてんだなみたいな
自分もこうやっぱり人間
源来さんというか
天美洋さんの月っていう小説って聞いたことある?
いや、ないですね
福井山由里園っていう障害者の殺傷事件
の話があるんだけど
あれがやっぱり人間とは何ぞやみたいなところのやっぱり問いがあるなっていう感じがして
やっぱり言葉を話すとか知性がある存在っていうのが
人間であまりうまく言葉は使えないとか
生きてるだけっていうのもあれだけど
やっぱ障害があったりして
施設とかで暮らしたけど
人間は動物的な存在で生きる価値がないんだみたいなところから
結局殺傷事件が起きたっていう話だったかなと思うんだけど
なんかそれが
人間とは何ぞやというか
AIとかが出てくると改めてまた人間の価値を考えるし
個人的にはそういううまく言葉が使えないとかであっても
やっぱり生きてるわけだし
そういう人もちゃんと目を向けるといいかなとは思うんだけど
そういう意味で言葉にできなくてもちゃんと感性があって
いろいろ感じて判断してるんだよみたいなことは
こういう美学的なところから見えるかなと思ったから
そういう小説とかともつながる本かなって思いましたね
その小説は事実を元にしたフィクションではあるんですか
フィクションではあるけど結構
現実を捉えてるというか
でもその本人目線
小説はトリッキーというか
本人の目線の話じゃなくて
施設の中で暮らしてる障害のある人から見た目線で
殺傷事件を起こしてしまった犯人を見てるっていう
だから完全に内面を捉えてるっていうわけではないんだけど
そういうどういう出来事が起こったのかみたいなことを
小説の中で描いてる感じかな
読んで面白い本って
本からの広がりと多様な事例
そこからの広がりがあるのもいいですよね
本で読んだテーマが
あの本とも重なる気がするなという本が出て
この本だけで完結というか
この本だけ読んで面白いっていうのももちろんいいですし
ここからこの分野について
例えばその黒人の方の
いろんな運動っていうのが取り上げられてますけど
その歴史をひも解いてみようかなとか
文化人類学ではどうなのかなっていうのが広がっていくのも
この本は実際そうだなと思ったんですけど
いい独房感ですよね
そうね本当になんだろう
身体の美学っていう感じだけど
捉えられてる事例としては
この黒人とか
太ってる痩せてるみたいなところだったりとか
そういうテーマが取り上げられて
美しいとか醜いとかっていうところがあふれられてるけど
もっと他のところにも本当に広がる話題かなっていう感じがするし
もちろんここに取り上げてるテーマを
もうちょっと深掘りするっていうのもあるだろうから
そうねかなり広がりはあるかなっていう感じだけど
森野くん的にはこの中で
特に深掘ってみたいテーマ見つかったかなとか
他のこういうところと繋がりそうだなって
あったりするのか
そうですね
最近読んだ本の中では一番ぐらい
折り目をつけた本だったので
いっぱいあるんですけど
ちょっと探していいですか
これテーマっていうほど
言語化できてる問いとかではないんですけど
山に対する美意識の変遷と文化人類学
本当に全然知らなかったことで
意外だったのは
山っていう対象に対する
微臭の感覚というのが
国によって地域によって全然
過去に違ったっていう事例は結構
え、そんなことあるんかっていうぐらい
結構驚きましたね
そうね
ヨーロッパですかね
本文にはヨーロッパ地域では
もともと山っていうのが
すごく見にくいものという風に
言われていたっていう記述があって
初めに読んで
どういうことなのか
山が美しいは分かるんですけど
えーねと思ってたら
宗教的な考え方だったりとか
割と最近までそういう考え方だったっていうのは
かなり
今回初めて知ったことでしたね
そうね、これは驚きだよね
なんか日本人的な感性の中で
山が見にくいって思えないというか
ほぼ聞いたことないけど
やっぱりそのキリスト教的なところで
神が世界を作ったかっていうと
なんかやっぱりつるっとしてる球体とか
その整ってるべきだみたいな
ところからデコボコしてる地球っていうのは
おかしいみたいな
見にくいみたいな
ちょっとね、やっぱり
想像がなかなかつかないから
そういう意味で文化人類学とか
宗教とか見ていくと
また理解が深まりそうな感じがする
確かに確かに
感性の変化と嗅覚、そして個人のこだわり
しかもこの認識っていうのが
時代を経て変わってきたんですよね
今を生きる同じ時代のヨーロッパの人たちが
どれぐらい山を見にくく思ってるか
またまた美しく思ってるかわからないですけど
もうでもこの100年200年だいぶ変わったっていう
そこが特に異性者が
そんなことはやめろみたいな言うわけでもなく
山を差別する
規制する法律ができたわけでもなく
本人の中での感性っていうのが
変わっていったっていうのは
なかなか興味深いプロセスだなと思って
例えば
山というよりもうちょっと身近な例で言うと
僕はその仕事で匂いとか嗅覚に関わることが多いので
昔好きだった匂いが
今は好きとか
逆で
昔めっちゃ好きだった匂い
今はもう受け付けもしないっていう
そういう
感性が変わるっていうことは
匂いでも結構あるのは知られていて
でもその
同じ匂いを嗅いでどう思うかっていう
感覚が変わる仕組み
っていうのはまだ嗅覚においては解明されてないらしくて
もしかしたらそこが分かると
何らかその化粧品とか香りを出すものを
提供者からしたら
恣意的に操作し得るっていうのはちょっとなんか
ディストピア的で怖いんですけど
感性が変わるっていうところへの
興味は割とありますね
そうね
なんかその辺でちょうど
森野くんとの取り組みの中で嗅覚の評価のデバイスがあって
それやらせてもらったっていうのもあったし
ちょっと別のところもあるんだけど
自分の感性的な特徴として
好き嫌いとかこれは嫌だなっていうところで
嫌じゃなければいいんだなっていうのが
思ったことがあって
嗅覚の検査でも
いわゆるいい香りの中での違いっていうのは
あんまり判別できないんだけど
嫌な香りはすぐある程度分かってみたいなところ
別の全然違うところで
物を書く時のペンのこだわりみたいな話になった時に
これは書きづらいなみたいなものは
自分の中ではあるかもしれないけど
逆にどういうのがいい
細さとかシャーペンの芯の太さとか
全然こだわってないなっていう気がして
だから人によって
嫌じゃなければいいっていう
ここの荒い感性の人と
これもいいこれもいいけど
やっぱこっちのがいいみたいな
物の選び方に見る個人の感性の違い
嗅覚でいうと検知と認知の中の認知的なところ
物によってどこまでこだわるかっていうのが
人によって違って
嫌じゃなければいいっていう人は
好きの中でも
まず好きになってもらえばいいかもしれないし
好きの中でも特にこれが好きって言えるようになる
みたいなところも変化だろうから
どういう段階の人がどういう変化を起こすかっていうのが
いろいろノウハウがあるのかなっていう感じがするかな
ボールペンの例面白いですね
僕今の田代さんの話聞いて
割とこだわりある方だなと思って
芯の太さは絶対0.5が良くて
インクはZstreamのインクがいいっていうのがあるんですけど
ボールペンを使ってきた人の頻度ってそんなに変わらないじゃないですか
人によって勉強が好きとか
物書きの人とかはあるかもしれないですけど
その中でも多分人によって全然違いが
感性の荒さ
違いがあるっていうのは
どこで出てくるんでしょうね
どこで出てくるのかなっていう感じだし
どっちが良し悪しでもないんだけど
自分はやっぱりさっきのインクはZstream的なものが良くてとか
自分がこだわりがあって
そういうのに囲まれるのがいいよねっていうタイプもあれば
逆に自分は嫌なものは嫌なんだけど
良いものだったらだいたい良いから
アジャストしやすいっていうかいろんなものに
自分がそれに対して適合すればまあいけるっていう感じ
だからそういう意味で
生きやすさみたいなものとかも違ってくるし
どっちがどっちが良いっていうわけでもないんだけど
まあそういうタイプあるよねって感じかな
それめちゃくちゃ分かるなっていうのが
確かに好きなものが固まってる人ほど
じゃあ異国に急に飛ばされて
もうなんかしんどいみたいなの絶対ありそうですよね
例えば枕の形こうじゃないと寝れない
それは自分の好きなことがとか
心地よいっていうのが分かっている幸せと
でもそのコンフォートゾーンから外れた時に
地獄みたいな苦しみを感じるっていう点で
どっちがいいのかっていうのはもう分からないところですね
そこでなんか自分がそういう感性に
嫌なものからまず離れるとか嫌じゃなければいいっていうのになったのは
そういうどこでも生きていけるような自分になろうと思ってる欲求っていうか
そういうのがあるからそうなっていったかもしれないし
だからその自分の好きなものがあるっていうときは
いろんなとこに行くってよりも自分を起点にして
周りを居心地よくして自分の家を整えてとか
身近なところに目が向いてるっていうか
どっちもよしよしなんだけど
そもそもの欲求みたいなのの違いがあるのかもなっていう気がした
ストライクゾーンの広さっていうのが
それももう一種類ある気がして
食の好みとホーム&アウェイ理論
考えながら話すんですけど
割と受け入れるキャパシティが広いけれども
新たな刺激をどんどん求めに行く人って今もいる気がして
おはん屋さん選ぶときとかで割と顕著に出る気がするんですよね
本当に広くどこでも全然いい
パクチーのお店だけはいいやっていう
こだわりとしてはギュッとここだけっていうのがある人と
めっちゃアジア料理大好きっていうある程度のこだわりがあって
それ以外は探索しないっていう人と
たまためっちゃ好きなものもあるけど
どんどん新しいのに開拓していくみたいな
こういう人もいますよね
そうねいや多分ご飯選びも似たような感じで
結構なんか自分もこういろいろ行ったりはするけど
多分嫌だと思ったとこはもう行かなくて
これいいなと思ったら
これがめっちゃいいっていうわけじゃないけど
まあいいやまあいいかなみたいなところをずっと選び続けちゃったりとか
ちょっとご褒美的なときはやっぱりこの中でもこれがいいよねっていうものに
飛びつくとかって感じだから
結局なんかさっきの匂いの話もボールペンの話も
食選びの話もそれどうなんだな
この領域はまた違うみたいなのがあるけど
全体的に見るとそういう物の選び方っていうのは
その人らしさも出るし
なんかパターン分けできそうだなっていう感じもあるかな
確かに
このご飯屋さんの話でいうと
好きな書き手の人で
平野咲子さんっていう
フードエッセイストだったかなっていう風に
活動してる方がいて
マッカギャストとか本もすごい人気なんですけど
その人が書いてたコラムで
味のホーム&アウェイっていう話をしていて
どう聞くそのざっくり分けると
ホームの味なのかアウェイの味なのか
ホームとアウェイもやっぱり行き来するところがあって
どんどんアウェイに出ていく人もいれば
そのホームに転がる人もいて
でもホームからアウェイにも行くし
アウェイからホームにも変わるし
ホームからアウェイに変わっていくっていう
アミスターの話を具体的に書いてるんですけど
駅の駅中にある売店で
ひろたのシュークリームっていうのが
僕もそんなにすれ違ってこなかったんですけど
なんとなく見たことはあるんですね
結構リーズナブルで
ほんと1個100円とかで買えて
働いて帰ってきたお父さんが
子供に買って帰るお土産の定番みたいな
なんですけど
どんどんシュークリームも高価格化していって
クリームのエステレバターみたいなのが
いろんなこだわりが出てくる中で
ひろたっていうのは結構リーズナブルだけども
ちょっとこう没個性的に
どうしても相対的には見えてしまうと
だんだんひろた好きだったけど
PLLMとかビアードパパとか
そういうものにだんだん目移りしてしまって
駅でいつも通るひろたのシュークリームに
すごく罪悪感を感じながら通り過ぎるっていう
そんな話がすごい
切なさもあってすごい好きな話なんですけど
このアウェイ
ホームアウェイっていう捉え方も1つ
他のことでもできるって感じですね
そうだね
だから自分の中だと
ホーム感の構築とこだわりへの回帰
アウェイを減らすというか
いろんなところでもホーム感を感じれるように
っていうのを目指して
いろんなところに対応できる対応力みたいなのを
磨いていったけど
逆に最近で言うと
自分の会社作って8年目とかになったりして
拠点も西宮の中でここかなみたいな感じだとしたら
そこをちょっとホーム
ホーム感をより強めていこうみたいな動きが
ちょっと自分の中でも出てきてるんだけど
逆に今までいろんなところに適応してきたからこそ
ホームをどう作ろうかっていうときに
こだわりがあんまりなさすぎて
作りきれないなっていうか
こだわりきれないなみたいな感覚を感じてるから
だからそういうボールペン1つにしても
なんかいろいろちょっとこだわっていこうかな
みたいなフェーズ
このこだわりたいっていう
気持ちはやっぱりあるんですか
こだわりたいって気持ちはあるんだろうね
もともと多分ファッションちょっとこだわってるときとかは
やっぱりこれとこれがいいよね
みたいなのあったと思うんだけど
最近忘れてたっていうか
セラピスト的な仕事とか
今企業のコンサル的なことをしてると
やっぱり自分の色を出すというよりも
相手の要望を聞いて答えることを重視してきた期間が
最近結構長かったから
でもそろそろ次はちょっと自分色を出して
そこに人が集まってもらうとか
自分が居心地よい空間を作る
必要性をちょっと感じてきてるから
そういう意味でちょっと試行錯誤中っていう感じ
なるほど
ブランド構築におけるバランス感覚
楽しみですね
それも自分の色を出した場所なのがいいのか
そこに集まる可能性がある人の感性も
意識した上で
説中案的なものがいいのか
どっちがいいのかな
いろんな人が集まることを想定しすぎると
品質が多分
最大公約数っていうか
あまり変わり映えのないものになるかもしれないけど
逆に小人数の
うちはこうだよねっていう風にした方がいいのか
どうなのかみたいな
確かに
うちはこれですからっていうと
ちょっと半ば這いた的な感じになっちゃうんですよね
新しい人にとっては
最初だけかもしれないですけどね
その這いた感と
創設感のバランス
ブランド的なものを作ろうと思うと多分
そういう塩梅が大事なんだと思うけど
どうしようかなみたいな
お店づくりとかってもうそれ
永遠の課題ですよね
新しい人になんかいい感じって思ってもらいたいけど
ファンにとってもこれこれっていう
そこの間口は
あえて狭めるっていうところもあるでしょうけど
狭めて嬉しいことがあるかというと
また難しいところなので
オフィス店舗
作りっていうのは
面白いとこですね
でもそういう意味では
立地とこだわり、期待値のコントロール
自分の話が長くなっちゃうけど
土地としても都会っていうよりは
ちょっと兵庫県の西宮っていうちょっと離れた土地で
しかも行きづらい場所だから
そこでも行きたいと思ってもらうためには
多分多くの人が受け入れられるものじゃ
足りなくて
都会にもなかなかないようなその土地にしかないような
かなりこだわり作っておかないと来ないような
その辺もちょっと考えないといけないな
確かに
これちょっと嫌なシナリオとしてなんですけど
兵庫県だったら
神戸の三宮野とかっていう街中
じゃないところに
このところにオフィスあるんだって言って
すっごいプレーンだったら
ちょっとなる可能性もありますよね
森野くんは一応1回来てもらってるから
場所の感じも分かると思うんだけど
美術館が近くにあるのと
でも周りは一軒家の住宅地
みたいな感じの中でオフィス
外から見たらプレーンな感じなんだけど
中入ったらこんな感じなんだみたいになると
何かでお口せんでるような気がするし
確かに
機体の水準と
機体に近くする水準っていうのが
それをコントロールするっていうのは
難しいとこですけど
そんなことも思いつつ
でもやっぱり感性みたいなものでも
包摂と多様性、文化の継承への懸念
周りに合わせることを意識するとか
自分のこだわりを持つのかとか
好き嫌いとかがあった時に
嫌いなものってやっぱり
自分からは話してしまいがちだけど
そこをもうちょっと包摂していくためにはどうしたらいいのかとか
難しい問題で
日本よりも特にヨーロッパとかの方が最近やっぱり
移民に関する問題とか多く出てきてるような
気がするんだけど日本もやっぱり
多文化の人が関わるような世の中にはなってきてるから
日本の中のでも土地によってやっぱ違いとかってあると思うけど
もっと広く知っておかないと
いけないかなみたいな感じがするかな
それで思い出したのがさっきの
伊藤さんのトークイベントを聞きに行った時の
最後の方に伊藤さんがおっしゃってた
最近伊藤さんの中でホットな話題があって
このまま時代が進むと
文化がなくなってしまうんじゃないか
っていう話をしていて
話の流れは国名には覚えてないんですけど
学校で
登壇したのは伊藤さんももう一人の方も
大学の教員をされていて
学生と接することが多い中で
学生の派手に
ルールから逸脱するっていうことが
めっちゃ減ってきたっていう話があって
例えばハックするっていう言葉が
全然通じないって言ってたんですよね
ハックってライフハック的な役立つっていう点で
ハックするとしか言えない覚悟感があると思うんだけど
そういう日常のというよりは
ルールをあえて抑えた上でちょっと逸脱して
普段はできないような遊びをするとか
そういう話の中で
美大の図書館があって
その形が特殊なケーキみたいな形
チーズケーキだったかな
形に近いからチーズケーキって呼ばれていて
そこにろうそくを乗せて
モニュメントとしてしたいんですよねみたいなことを
学生から美大では言われたりすると
でも伊藤さんの東京科学大学の方だと
逸脱しようとする
マインドっていうのは全然感じなくて
むしろ画を出したら
疎まれてしまうんじゃないかっていうので
画を出すことでの尖った部分が擦れて
摩擦が生じるってことをすごい
監視されてるとかっていう
SNSの方が毎回めっちゃ怖がってる気がすると
ただそうなっていくと文化っていうのが
だんだん失われていくんじゃないかっていう話なんですけど
がすごい最近気になってるらしくて
なるほどな
文化の存続と人間の欲求
でもやっぱSNSの影響はあるだろうし
やっぱこれ言ったら思う人がいるかなとか
想像しちゃうとやっぱ発信できなくなって
そこでも居心地よく発信しようと思うと
有料のコミュニティとかクローズドなバーみたいなことは
ちらほら生まれるかもしれないから
なんか文化みたいなのがなくなることはないかもしれないけど
これがどうなのかな閉じすぎちゃって
そこに関わるきっかけが生まれづらいとか
パブリックなとこでは本当にクリーンな感じになってて
裏側では文化的なものがあるけど
それがなくなったら本当になくなって
世の中クリーンだけに見えちゃうとか
ディストピア的にはそういうのは今からそうな気がするね
そうなると新しい文化との出会いっていうのが
やっぱり減っちゃうんですかね
いやでも個人的にはなくなりはしないし
例えばなんか禁止法みたいのができても
裏側で合言葉言ったら入れるみたいな
その中で文化がまた含まれて
その中で音楽が生まれてとか
表向きでルールがきついときは出てこないけど
それが改めて規制緩和されたら出てくるとかっていうのもある気がするから
どこかでは残るんだろうけど
そこまで風紀みたいな感じで
全部なくなったらなくなっちゃうけど
うーん
どの辺まで伊藤さんが危惧してるかっていうのはちょっとわかんないけど
確かに
いやなくせないでしょって感じ
だからマルクスの共産主義的な考えっていうか
労働っていうのが資本主義的な欲望じゃなくて
公共財としてもうみんながやった方がいいよねみたいな
世の中が構想されて結局やられた時代もあるわけだけど
やっぱそれだったらただサボるだけになっちゃったりとか
結局廃れてしまうみたいなのもあるから
確かに短期的にはそういう監視的なのが強まって
クリーンな感じになって文化が見えづらいみたいな感じはなるけど
人間やっぱ欲深いし
残したいっていうか
続けたいみたいな欲望はあるだろうから
そんな簡単ではないかなとは思いつつ
でもやっぱ伝統産業とかそういうのは
やっぱなくなっていきやすいとかっていうのもあるだろうから
減ってしまう文化もあるだろうけど
なくなりはしないかなっていうのはあるのかな
確かに
感性を大切にする姿勢
そんなもんかな
久しぶりにちょっと
人間の身体の美学というか感性の話
だけど個人的にも
AIとかデータとか数字とか客観的に見えるものじゃない
感覚的なものっていうのは大事にしたいなと思うし
結構逆に注目される領域な気はするので
引き続きまたいろいろ考えていきましょう
ありがとうございます
ありがとうございます
42:19

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