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はい、今日のテーマは、日々、違う私を生きる、変わっていく自分を否定せずに眺めてみる、そんなお話です。
眠っている私、昨日の私、目が覚めた私、ご飯を食べた私、玄関を開けて外に出た私、
それは全部同じようでいて、全部少しずつ違う私です。
一瞬ごとに私はもう前の自分ではなくなっている。 どこでもドアをくぐった後の私は、くぐる前の私とは違う、なんて言われたりしますけど、
それって玄関をくぐった私とそんなに変わらないのかもしれません。 歩いている途中ですら私は変わっていく。
元の自分や本当の自分ってどこにあるんだろうって思ってしまうくらい。 それだけ私は無情で生き物でどうしようもなく変わり続けている。
でもそのことが僕はとても面白くて、そして愛おしいなって思うんです。
はい、少し補足していければと思うんですけど、その
僕、個人的な感覚なんですけど、私はついこういう私だよねとか、こういう人間だからみたいな、
自分を当てはめようとするというか、一つの形に自分をどうしても固定したくなるってことが僕はあるのかなって思うんですよね。
なんかそっちの方がもちろん、自己確立だったりしていくっていう面で本当に必要なことだと思うんですよね。
一種の社会で生きる上では、もちろんどういう経緯があって、どういうふうなことをしていきたいっていうような自分を固めなきゃいけない場面っていうのがすごいというか、
どうしても必要になってしまうと思うんですよね。そういう社会で生きる上では。
でも社会じゃなくても、例えば親としての私だったり、子供としての私だったり、会社員としての私、学生としての私、いろいろな私っていうものがある中で、
生きていかなきゃいけないっていうふうなこともあると思うんですよね。だからこそ私はこういう人だよねっていうふうに、どうしても固めないといけない。
だけど、すごい引いてみた時に、一つの生命として見た時ってことって、本当に何というか、ただ私たちって変わり続ける存在なのかなって思ったんですよ。
物語を生きたい気持ちっていうのももちろんそうですし、役割を演じてるっていうこともあると思うんですよね。先ほど話した子供だったり学生だったり。
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仕事をしている私っていうような。もちろんそういう大切な、大切にしたいというか、繋がりの中である気持ちももちろん大切にしたいことだと思うんですけど、
でもそれってすごい自然なことだと思うし、だけど、何ていうか、その物語もその役割もずっと同じでは僕はいられないと思ってて、
私のように日々変わっていくものだと思うんですよね。その急激な、例えば今日からあなたは違う人間ですって言われはしないですけど、
自分の中で本当にわずかに変わっていっているものがあると思うんですよね。もちろん急に変わってしまう日もあると思うんですよね。
例えば会社がなくなっちゃったとかっていうこともあると思うんですけど、でも静かに変わっていく日っていうのはもちろん僕はあると思ってて、
だからこそ、変わってしまう自分っていうのを責めるとか、逆に苦しいなって思ってしまう部分はあると思うんですけど、
でもそれこそが僕は生きてるってことなのかなって思ったんですよ。どうしても変わってしまうというか、循環の中で生きてるというか、
生まれて死んでいくっていう中の自分もサイクルにいるっていうか、細胞ももちろんそうですし、考え方とか自分っていうもの自身もまさにその中に含まれてて、
だからこそ、変わっていくことって裏切りとか、自分自身をなくしてしまうっていうことじゃなくて、むしろそれが生きているっていうことというか、人生というか、
そうやって僕たちは生きているんだっていうことなのかなって思ったっていう。はい、今日この頃でした。
じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。日々違う私を生きていく、どうしようもなく変わる私をそっと許しながら、
今日のあなたも今日だけのあなたできっと大丈夫です。はい、じゃあ今日の放送はここまでにしたいと思います。それじゃあまたね。